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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)7077号 決定 1971年11月15日

原告

植田精吾

外三〇名

代理人

荒木重信

外四八名

被告

右代表者

前尾繁三郎

代理人

田中治彦

外一三名

右当事者間の大阪国際空港夜間飛行禁止等請求事件について、原告らから日本放送協会製作現代の映像「空からの衝撃」、のフイルムおよびシネコーダーテープの検証の申出および日本放送協会に対する同検証受忍命令の申立があつたので当裁判所は日本放送協会理事大村三郎を審尋のうえ次のとおり決定する。

主文

本件検証の申出および同受忍命令の申立はいずれもこれを却下する。

理由

本件訴訟は、大阪国際空港周辺における航空機騒音が原告らの日常生活を侵害するものとして国に対し同空港における航空機の夜間九時以後の発着の禁止と右侵害により蒙つた損害の賠償を求めるものであり、原告らは右航空機騒音の程度とそれが原告らの日常生活に与える侵害の実態とを立証するため本件検証ならびに同受忍命令の申立におよんだものである。ところで、右検証の対象とされている日本放送協会製作現代の映像「空からの衝撃」のフイルムおよびシネコーダーテープ(以下単に本件フイルム等という)は、報道機関たる日本放送協会がその取材活動によつて撮影録音しそれを編集したものであるから、それを裁判の証拠として使用せんとする場合にはそれが報道の自由を侵害するものでないかどうかについての配慮を必要とする。けだし裁判所が右フイルム等の呈示を命ずることは、それがすでに放映ずみのものであるため表現の自由を規定した憲法二一条の報道そのものの自由の侵害の問題は生じないにしても、取材の自由を妨げるおそれがあり、かかる取材の自由は直接憲法二一条の保障のもとには含まれないにしてもそれと極めて密接な関係にあり、同条の精神に照し尊重すべきは当然だからである。したがつて裁判所がこれを証拠として採用しその呈示を命ずるか否かは、公正なる民事裁判の実現という国家の基本的要請と報道の自由の保証という相衝突する二つの重要なる法益間の調整の問題として裁判所も安易にその呈示を命ずることは許されず、事件の性質やその証拠としての価値およびその必要度などとこれを証拠として提示を命ぜられることにより生ずる取材の自由への妨害や報道の自由への影響等を比較衡量するとともにこれを利用する以外に他に適切な手段が容易に得られないか否かを判断してこれを決すべきものと考える。そこでこれを本件についてみるに、審尋の結果によれば、本件フイルム等は日本放送協会が相当の期間に亘つて大阪国際空港周辺における航空機騒音の程度および右騒音が附近住民の日常生活に与える影響の実情を撮影録音しこれを編集した上解説を付し製作した番組であることが認められ、したがつて右番組の内容は本件訴訟の争点と密接な関連を有することが推測出来るが、右フイルム等の検証によつて明らかにし得べき事項は、右空港において現に航空機が日夜発着を継続している以上、改めてその実情を撮影録音することによつても可能であることは勿論現場の検証や証人或いは本人の尋問、鑑定その他諸般の調査報告資料等より適確な直接の証拠により立証することが可能である。のみならず、右フイルム等は、日本放送協会により作成され、客観的な実情を忠実に表現したものであり信頼性の高いものであるにしても、編集物としての性質上通常随伴する製作者の主観が無意識的にもせよ加味されていないとは断定し得ないし、また実際の騒音とそれのテレビ録音をしたものとではこれを聴く者に与える実感は必ずしも同じではないから、右フイルム等の検証は、裁判の証拠としては直接の検証等に比し証拠価値が劣ることは否定できない。一方報道機関が報道の目的のため取材したものを如何に利用するかは報道の自由と直結していることであり、また報道機関が取材する場合には取材したものを報道のためにのみ利用し報道以外の目的には供さないとの信頼関係が存在しており、それをぬきにしては取材の自由はあり得ないから、本件フイルム等がすでに放映ずみのものであるにしても、これを裁判の証拠として使用すると将来の取材活動について有形無形の不利益が生ずるであろうことは否定できない。以上諸般の事情を比較衡量すると、本件フイルム等を検証することは相当ではないものというべきであるから、本件検証の申出は却下すべきものである。

そうすると、本件検証の申出が採用されることを前提とする原告らの本件検証受忍命令の申立も、その余の点について検討するまでもなく理由がないからこれを却下することとする。

よつて主文のとおり決定する。

(谷野英俊 安間喜夫 福井厚士)

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