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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)364号 判決 1970年4月14日

原告

高忠治

被告

尾崎幸夫

主文

一、被告は原告に対し、金七一万円およびこれに対する昭和四四年二月九日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分して、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

五、ただし、被告が原告に対し、金四五万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し金三、六四一、四九五円およびこれに対する昭和四四年二月九日(訴状送達の翌日)から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、原告 請求原因

(一)  本件事故発生

とき 昭和四三年七月一九日午後五時四五分ごろ

ところ 大阪市生野区中川町四丁目六一番地先

事故車 普通乗用自動車(大阪五も一〇〇〇号)

運転者 訴外尾崎好泰

態様 原告が同乗していた軽四輪貨物自動車(以下原告車という)が西から東に向け進行し、交差点において停車したところ、後方から進行してきた事故車に追突された。

受傷 原告はむち打ち症の傷害をうけた。

(二)  帰責事由

被告は、事故車を所有し、日ごろ自己のための運行に用の供していたものであるが、本件事故当時たまたま被告の息子である尾崎好美に事故車を貸与していた。

従つて、被告は自賠法三条により本件事故から生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

1 原告は、むち打ち症のため昭和四三年七月一九日から同年一〇月一日まで入院し、退院後も同年一一月一六日まで通院してそれぞれ治療をうけた、原告は昭和四二年八月から丸和ゴムの名称で古ゴムから乳母車のタイヤ再製業に従事していたところ、本件事故後から昭和四三年一〇月末日まで仕事ができず、その間営業損は次のとおりである。

(1) 原告の営業のうち昭和四三年四月から同年六月まで三カ月間の利益は合計二、一七五、六七一円であるのに対し、同年八月から一〇月までの三カ月間の利益は合計一、〇〇六、五七六円であるからその差額金一、一六九、〇九五円が原告が休職したことによる損害であり、その明細は別紙計算書一のとおりである。

(2) 原告は、本件事故の一カ月程前に新製品ウルトラタイヤを開発し、事故前柳田児童乗物商事株式会社、三協ベビー工業、谷本製作所から注文をうけていたが、納期はいずれも三カ月以内であつた。ところが、ウルトラタイヤは原告のみがその製造技術を知つていて、他の従業員は誰も知らないため、原告の休職により納期を経過して、注文先から解約された。そのため被つた損害は金一、八七二、四〇〇円である。その明細は別紙計算書二、のとおりである。

2 慰謝料 金六〇万円

原告は、昭和四三年一一月初めごろからぼつぼつ仕事を始めたが、こみ入つた仕事をすると頭痛がし、根気なく、天候が悪いと偏頭痛する状態が現在なお続いている状態で、古ゴム再製業を営むうえで支障があり、その精神的打撃は極めて大きい。

(四)  よつて、原告は被告に対して、第一の一記載のとおりの金員および遅延損害金の支払を求める。

二、被告

(一)  請求原因に対する答弁

本件事故発生は、態様、受傷を争うほか認める。なお態様のうち追突したことは認める。

帰責事由のうち、被告が事故車の保有者であることは認める。

損害はすべて争う。

(二)  原告主張の営業損等について

原告の収益は、同業者一般の収益からしても余りにも過大であり、しかも納税申告もしていない。それに原告の入院中、丸和ゴムは営業を継続しており、ほとんど営業に影響がなかつたのであるから、五割を超える収益減をきたしたとは考えられない。

またウルトラタイヤは原告が開発したものではなく、昭和四二年三月ごろ日本ポリケミカル株式会社、三協化成株式会社近畿ゴム化工株式会社の三社が共同で開発したもので、同年七月ごろから近畿ゴム化工から市販されていた。原告の丸和ゴムがウルトラタイヤを製造できるようになつたのは、近畿ゴム化工に働いていた者を引き抜いたからで、原告自身製造過程における原料の配合率すら知らなかつたのである。かりに原告が自ら開発したとしても、原告の入院中製造方法を従業員に指図すれば損害の発生を防止できた筈である。しかも当時すでに右タイヤは市販されていて、製造方法について秘密保持の必要はなかつた。さらに納期の経過により注文先から解約された点については、買主側に厳格に納期内に履行されなければ契約の目的を達せられないということはなく、一部は納期後に履行されており、現に注文先から解約されたのは履行遅滞以外の原告に対する信用問題で解約になつていて、これについても原告の損害発生すべきいわれはない。

(三)  過失相殺

本件事故について訴外、尾崎好泰に前方不注意、車間距離不保持の過失がある事実は認めるが、原告側にも過失がある。すなわち交差点において左折するには、あらかじめ道路左側に寄り徐行すべき義務があるが、原告車は右義務を怠り道路中央部から直接左折しかけたところ、南行の車両を発見して急ブレーキをかけたため、直進するべく原告車に追従していた事故車が追突したものである。

(四)  弁済

被告は、原告に対し治療費金四三万円と本件損害金の弁済として金一〇万円を支払つた。

三、原告、被告の抗弁に対する答弁

過失相殺の主張は争う。

弁済の主張は認める。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故発生は、その態様を除き当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、原告は松尾正治運転の原告車に同乗し、西から東へ進行して事故現場の三差路において、左折北進しようとしたところ、南行する車両が停車していたので、原告車も一旦停止した際、後続する事故車が原告車に追突した(追突の点については当事者間に争いがない。)こと、本件事故のため原告がむち打ち症の傷害をうけたことが認められる。

二、被告が事故車を保有していたことは、被告において認めるところであるから、被告は運行供用者として自賠法三条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

(一)  〔証拠略〕によると、原告は受傷後直ちに大阪市内の生野中央病院に入院し、その後大阪赤十字病院で診察をうけ、ついで自宅に近いアエバ外科病院へ転医して昭和四三年七月三一日から同年一〇月一日まで入院し、さらに同年一一月一七日まで通院して治療をうけたことその後肩こりや頭重感の訴があるのみであること、原告は丸和ゴムの名称で昭和四二年八月からゴム製品である靴底、タイヤの製造販売業を営んでいたところ、入院中も電話などで従業員に指示して事業は継続していたことが認められる。そうすると、原告の症状は、むち打ち症の診断で具体的な診断所見はないが、単に頸部捻挫のみで後遺症もほとんど軽症に属するものと推認される。

(二)  そこで原告が入、通院中における原告の営業損について検討するに、〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

原告方では、昭和四三年一月火災にあい帳簿を焼き、その後しばらく記帳せず、同年六月分から整理して損益計算書等を作成したこと、同年四月から六月までの売上高を調査するため取引先から資料を集めた結果、

四月分 三、〇五一、七三〇円

五月分 三、一五三、二一九円

六月分 三、四〇〇、五一八円

の売上高であること、一方右損益計算書などによる集計されたものの売上高と営業利益は

六月分 四、一〇二、四三四円 九八六、八五五円

七月分 三、七三六、六七一円 三九〇、九二七円

八月分 三、六二〇、九三六円 二五八、九三三円

九月分 三、二三七、五七〇円 三〇九、五九一円

一〇月分 三、〇八五、三八一円 四三八、〇五二円

との記載になつていること、がそれぞれ認められる。この認定に反する証拠はない。

右認定によると、売上高は六月分を実際調査したものに置きかえ、金三、四〇〇、五一八円とすれば、四月から一〇月まで、さほどの開きはなく、営業利益も売上高にほぼこれに応じた変化を示すから、実際営業損はほとんど生じなかつたと認められる。

しかも、事故前の営業成績を明確に示すのは、甲四号証の一ないし三三のみで六、七月分の帳簿等の証拠がないばかりか、両月分だけで減収となつた営業損を知ることは困難である。従つて、営業損があつたことを正確に知りうる証拠がないので、これを認めない。しかしながら、〔証拠略〕により認められるごとく、原告の個人企業で、その業務全般を掌握していた者が入院したのであるから、対外的信用や従業員二〇名余の監督など行き届かず、原告の代りとなる者がいないかぎり事業に多少とも支障がないとはいえないから、これらの点は慰謝料算定について考慮する。

(三)  ついで、ウルトラタイヤの解約による損害について検討する。

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

昭和四二年三月ごろ日本ポリケミカル株式会社、三協化成株式会社、近畿ゴム化工株式会社の三社共同でウルトラタイヤと称する(あるいはソフトタイヤ)白くて美しい製品を開発し、同年夏ごろ近畿ゴム化工から市販されるようになつたこと、原告の丸和ゴムにおいても昭和四三年六月ごろからウルトラタイヤを生産できるようになり、同年七月上旬ごろに三協ベビー工業から一二、〇〇〇本、谷本製作所から九、〇〇〇本、柳田児童乗物商事から一〇、〇〇〇本からそれぞれ注文をうけ、いずれも三カ月以内に納入することになつていたが、原告の受傷により原料の配合等の困難な技術を代つてする者がいないため生産できず、結局解約されたこと、ウルトラタイヤの売値は一本一〇〇円であつて、その原料、加工費(労賃)の占める割合は三九円六〇銭であること、右注文先の柳田児童乗物ではウルトラタイヤ注文分があるため、従来からある黒いタイヤの注文分を減少させでいたこと、がそれぞれ認められる。前掲証拠中、右認定に反する点は措信せず、また証人樋口幸治の証言の一部もたやすく信用できない。

ところでウルトラタイヤを原告自ら開発した点について、〔証拠略〕は信用できないが、その生産について原告が入院中でも原告方で生産できるならば、していたものと思われ、しかも合理的に考えれば、当時他社から出回つているものについて、それ程秘密性がある筈なく、原告方の従業員に指示して生産できるならば、その利益性、得意先との信用問題から当然生産するであろう。できなかつたのは、原告のもつ技術力が他の者ではなしえなかつたからであると推認される。

右認定事実によると、三協ベビー等三社の注文は三一、〇〇〇本であるからその売上は三一〇万円となるが、ウルトラタイヤの注文数の増加は黒いタイヤの注文数の減少を来たしているので、解約になつても、黒いタイヤの注文数が増加したのでないかと推測され、かりにウルトラタイヤの売渡があつたとしても、それだけ売上が従来より増加したとたやすく認められない。またウルトラタイヤの利益については、売値から単純に原料、加工費を控除したものとして計算することは不適当であり、他の製品の場合と同じく甲七号証記載の諸経費が当然、控除されねばならないから、その割合によつて控除し、利益を算出するしかない。従つてこれら確定しえない要因があるので、その損害についても控えめとならざるをえず、前記(二)の売上高に対する営業利益は、概ね一割程度であるから、少くとも三一〇万円に対する一割の営業利益はあつたと認めうるので、営業外収益、費用の点は考慮しないのを相当と考え、金三一万円を原告の損害と認める。

(四)  慰謝料について、原告の受傷程度、治療経過、事故の態様、その他前記(一)の事情など諸般の事情を考え合せると、その身体上、精神的苦痛に対する損害として金五〇万円をもつて相当とする。

四、過失相殺

〔証拠略〕および前記一に認定した事実によると、原告の使用人である松尾正治は原告車を時速二五キロメートル程度で進行させ、左折するべく方向指示を出し、減速しながら交差点にさしかかり、その際北から南へ向う車両が停車しているのを認めて停車したことが認められるので、松尾運転手には過失なく、まして同乗者である原告に過失がある筈なく、過失相殺すべき事案でないこと明らかである。

五、原告が被告から、本件損害金の内金として金一〇万円を受領していることは、当事者間に争いがないから、これを控除すべきものである。

六、そうすると、原告の本訴請求中、被告に対して金七一万円およびこれに対する昭和四四年二月九日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行および同免脱の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

〔別紙〕

計算書一

<省略>

計算書二

(1) ウルトラタイヤ一本の原価計算

エバーフレックス、ハッポーサイ、その他原料一七、七五〇キログラムの費用、金四、六三四円

加工賃(二人)金三六〇円 計四、九九四円

一本のウルトラタイヤは重さ一四〇グラムで右原料料から一二六本製造できるので、一本の原価は三九円六〇銭となる。

(2) 売価 一本一〇〇円

(3) 契約金額 合計三一〇万円

柳田一万本、三協一二、〇〇〇本、谷本九、〇〇〇本、計三一、〇〇〇本

(4) 損失

三一〇万-(三九、六〇×三一、〇〇〇)=一、八七二、四〇〇円

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