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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)791号 判決 1969年6月20日

原告

岩本順之亮

被告

野田昌宏

ほか二名

主文

一、被告らは各自原告に対し金三七〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和四三年三月三日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを三分し、その二を被告らの負担その余を原告の負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告らにおいて各自原告に対し金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の申立

被告らは各自

原告に対し金六二七、六四九円および右金員の内金四八八、七六六円(訴状において請求した損害金)に対する昭和四三年三月三日(訴状送達の翌日)、金一三八、八八三円(後記準備書面において拡張した損害金)に対する昭和四三年四月一九日(請求拡張の準備書面送達の翌日)から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二争いのない事実

一、本件事故発生

とき 昭和四二年九月一三日午前九時三〇分ごろ

ところ 大阪市福島区鷺洲中二丁目一五番地先道路上

事故車 貨物自動車(大四も七六六七号)

運転者 被告野田昌宏

受傷者 原告

態様 南から北に向け走行して来た事故車と、東から西に向け道路を横断中の原告との間に交通事故が発生した。

二、責任原因

被告野田清太郎は、当時、被告野田昌宏を使用し、同人に自己の業務の執行として事故車を運転させていた。

被告村田里枝は、当時、事故車を自己のため運行の用に供していた。

第三争点

(原告の主張)

一、本件事故の態様・被告野田昌宏の事故車運転上の過失

本件事故は、原告が道路を殆んど横断し終る寸前の西側入道近くで、事故車がこれに衝突し道路上に転倒させたものである。右事故発生場所は、道路幅員約九メートルの車道と、その両側に約一メートルの歩道がある直線コースの見とおしのよい道路上であるが、被告昌宏は、約一五〇メートル手前で、右から左に道路横断中の原告を認めながら、何ら警告・徐行の措置をとらず、制限速度を超えたスピードで、漫然進行を続けた事故車運転上の過失により本件事故を惹起した。

被告らは、二ないし三メートル手前で原告を発見したというが、スリツプ痕のみでもそれ以上の距離になつているし、又原告が対向車の影から棒を持ち犬を追いかけて飛出したということもない。本件事故は被告昌宏が乗りなれない車で急いで走つていたことによるものである。

二、傷害

本件事故により原告は、頭部外傷Ⅱ型、左側頭部挫創、左後頭骨骨折、治療約三ヶ月を要する傷害を受けた。

三、損害

(一) 治療費残額 一〇一、〇四六円

(二) 付添費 三九、三七〇円

(三) 入院雑費 二〇、四二五円

(四) 両親損害 三六、八〇八円

原告の両親は、事故当日の九月一三日から一〇月二〇日ころまで、約一ヶ月の間、交替で夜中じゆう看病していた。そのため、その間それぞれ約半分は昼間仕事ができなかつた。父親及び母親と、それぞれ同等の仕事をしているものに払つた給料は九月一〇月併せ計一四一、二三三円であるが、右両親のつきそいによつて仕事のできなかつたことによる一ヶ月の損害は、少くともその四分の一相当額といえるから、これを損害として請求する。

(五) 慰藉料 三五〇、〇〇〇円

原告は前記傷害のため六四日間入院し、昭和四二年一一月一六日から同年一二月一八日まで通院した。被告らは、見舞にも一度来たのみで、重傷の原告に対し、二週間目には執拗に退院を迫り、そのため原告は止むなく転院したが、その際も被告らは転院手続に協力せず、爾後の治療代も支払おうとしないなど甚だ不誠実であつた。原告は本件事故により重大なシヨツクを受け、未だに自動車への恐怖心が去らず、又二日に一回位は頭痛を訴え、発音が不明瞭で言語障害がある。原告の父母は、看護付添のため家業のメリヤス加工業の上で、前記両親の損害として請求した以外に、在庫品の滞貨、顧客の喪失など算定不能の損害を受け、又母は過労と精神的苦痛から入院する有様であつた。よつて原告に対する慰藉料は右額が相当である。

(六) 弁護士費用 八〇、〇〇〇円

四、原告父母の監督について

原告の父母は、たえず原告に対し道路の横断に充分注意するよう教えていたし、道路を横断する必要のあるところへゆくときは、必ず家族の誰かが付添つて一人歩きさせないようにしていた。ただ保育所の休みの日は日課として朝九時ころ、一〇円玉を持たせ、道路を渡らずにゆけて、自動車にも会わないところにある文房具店に菓子を買いにゆかせていたが、この場合も他所に行つてはいけない、道路に出てはいけない旨、たえず注意していた。本件事故当日も、いつものように注意を与えて右文房具店に買物にゆかせたのであるが、これまで一人で遠くへ行つたりしたことのない原告が、この日に限つて遠くまでゆき本件事故に遭遇したものであつた。

(被告らの主張)

一、被告野田昌宏の無過失

被告昌宏は、制限時速を厳守し、前方注視義務を尽して進行していた。ところが事故発生地の約二ないし三メートル手前にさしかかつた際、対向車道上を南進対向して来た普通四輪貨物自動車の後方の陰から、突然犬が斜左前方に向つて飛出し、続いて棒を持つて犬を追いかけた原告が同じく斜左前方に向つて飛出したので、被告昌宏は直ちに左転把すると共に急制動の措置を執つたが及ばず、事故車が約三メートル進行して停車する寸前に、その右前部が原告の左後に接触して原告が倒れたものであつた。従つて被告昌宏は可能な最大限の予防措置を尽していたもので、事故車運転上何らの過失もないものというべきであり、本件事故発生は不可抗力によるものである。

二、原告親権者の重過失

原告は四才の幼児であるから、原告の親権者両名は、原告の監護義務者として原告の行動に充分に注意し、交通量の多い道路に飛出すことのないよう看守してこれを保護する義務を有するものである。ところが、事故発生地は、交通量の非常に多い道路であり、原告方住居からは百数十メートル離れていたのに、このようなところに四才の幼児が遊んでいて、ついには犬を追いかけて道路に飛出すという無謀な行為を原告親権者は放置していたのであり、本件事故発生はこのような原告親権者の重大な過失にもとづくものである。

三、事故車の機構無欠

当時、事故車には何ら構造上の欠陥、機能の障害がなかつた。

第四証拠〔略〕

第五争点に対する判断

一、本件事故現場は、車道幅員約七メートルのアスフアルト舗装の見とおしのよい道路であるところ、被告昌宏は事故車を運転して時速約三〇キロメートルで進行しているうち、事故発生地点約一三メートル手前に差しかかつて前方に犬が飛出して来たのを認め、軽くブレーキを踏んだが、更に約四・六メートル進行を続けたとき、右斜前方約七メートルの道路中心線附近に原告が走り出て来ているのを認め、急制動の措置を講ずると共に左転把したが及ばず、約七・四メートル進んだ地点で原告と衝突し、なお約一・二メートル進行して停止した。(〔証拠略〕)

そうすると被告昌宏は、原告が道路中心線附近に至つたとき始めてこれに気付いたものであり、もし進路前方への注視を充分尽していれば、いち早く横断しようとしている原告の姿を発見して警笛吹鳴急停止等の措置を講じ、事故発生を未然に防止しえた筈であるから、本件事故発生につき進路前側方不注視の事故車運転上の過失を免れないというべきである。被告らは、対向車のすぐ背後から突然原告が飛出して来たものである旨主張するが、証人田中斉の証言によると、当時事故発生地点附近では、事故車に対向車はなく、ただ事故発生地点より十数メートル南方東側道路ぞいの吉長酒店より、右田中斉運転の四輪貨物自動車が、対向(南行)車道上三分の一位のところまで西向きに車首を出していたのみで、それも事故車より前側方事故発生地附近への見とおしを不充分とさせる程のものではなかつたことが認められるので、右被告主張は採用できない。

二、傷害

本件事故により、原告は頭部外傷Ⅱ型、左側頭部挫創、左後頭骨骨折の傷害を受けた。(証拠略)

三、損害

(一)  治療費残額・付添費 計一四〇、四一六円

原告主張のとおり認められる(〔証拠略〕)

(二)  入院雑費 一九、二〇〇円

後記のとおり六四日間入院したので、その間一日当り三〇〇円の割で右額程度の雑費支出を要したものと認める。

(三)  両親損害 一六、五九六円

原告の父母は、原告が入院した事故当日から九月一ぱい位まで、交替で夜間時の付添看病をなした。そのため、その間それぞれ約半分は、昼間家業であるメリヤス加工の仕事に従事しえなかつたが、原告父母方に雇はれて、父と同等の仕事をしている前田昇に支払われた九月分給料は三九、三八五円、又母と同等の仕事をしている御園一枝に支払われた同月分給料は二七、〇〇〇円であるから、原告父母の右付添看護による損害は、右の給料額の四分の一程度と評価するのが相当である。(証拠略)

(四)  慰藉料 三〇〇、〇〇〇円

原告は前記傷害のため、六四日間入院し、又昭和四二年一一月一六日から同年一二月一八日までの間に三日間通院した。当初松本外科に入院したが、二週間目ごろ、被告側より「早く退院させてはどうか」と申入れたことから、日生病院に転入院するに至つたが、被告らは右転院手続に協力しなかつた。原告は退院後二ヶ月位は自動車をこわがり、又六ヶ月位の間は頭痛を訴えることがあつた。原告母は看護の過労から五日位入院した。(〔証拠略〕)。その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰藉料は右額が相当である。

(五)  弁護士費用 五〇、〇〇〇円〔証拠略〕

四、過失相殺

原告は当時四才三ヶ月の幼児で、保育所が休みの日には朝約一〇〇メートル離れた文具店へ一〇円玉を持つて好きなものを買いに行くのが日課であつたところ、本件当日も、右文具店への買ものに行くと云つて原告方を出たのち、本件事故に遭遇した。右文具店は、原告方から、道幅もさして広くなく、交通量も少い道路のみを通つてゆける位置にあつたが、他方、原告方から約三〇メートルの距離には、本件事故地点に通ずる広い交通量の多い道路があつた。原告方では、原告が道路を横断しなければならないところへ行くときには、必ず家族が付添い、又原告父母は、平素から、原告一人を出す際には、交通上の危険に対する注意を与えていた。

(〔証拠略〕)そうすると、原告親権者らは、交通の危険に対して、平素から原告に一応の注意を怠らず、又、原告が一人で買物にゆく前記文具店への道は、交通量も少く、幼児の単独行動にも比較的安全と思われる道路であつたことは認められるけれども、一方原告方から僅々三〇メートル程度のところには交通の頻繁な広路があり、原告は未だ事理弁識の能力にも乏しい四才余の幼児であつたことを思うと、かかる幼児に、このような交通上の危険の多い道路に近い地理的関係のもとで、片道一〇〇メートルも要する文具店までの単独行動を許した原告親権者らの監護上の過失も免れないと云うべきであり、前認定の原告損害額より、過失相殺としてその約三割に相当する一五六、二一二円を差引くのが相当である。

第六結論

被告らは各自原告に対し前認定の損害額合計五二六、二一二円から前記過失相殺分を差引いた金三七〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和四三年三月三日(訴状送達の翌日)から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法九二条九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 西岡宜兄)

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