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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)3139号 判決 1970年2月26日

原告

桑原強

被告

大阪殖産信用金庫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し金七、三七八、一九六円および内金六、七七八、一九六円に対する昭和四三年六月八日(訴状送達の翌日)から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)  本件事故発生

とき 昭和四二年六月一九日午前一一時五〇分ごろ

ところ 大阪市城東区古市南通三丁目九番地先

交差点

事故車 小型乗用自動車(大阪五ね、七五四三号)

運転者 訴外寺島武士

受傷者 原告は後頭部骨折、頭部および背腰部の打撲症、頸椎損傷、外傷性頸部症候群の傷害をうけた。

態様 原告が軽四輪自動車(以下原告車という)を運転して南から北へ進行中、右交差点手前で一旦停止して信号に従つて発進したところ、折から東から西へ高速で交差点に進入してきた事故車が、原告車の車体右横に衝突した。

(二)  帰責事由

被告は本件事故当時に事故車を所有し、これを自己の業務用に使用し運行の用に供していた。訴外寺島は被告の従業員で運転業務に従事し、その業務執行中に本件事故を惹起した。

従つて、被告は自賠法三条により本件事故から生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

1 逸失利益 金四、九七八、一九六円

原告は本件事故による受傷のため、事故後直ちに城東中央病院に入院し、昭和四二年六月二六日退院、その後自宅療養をしていたが、軽快しないので同年八月二二日から北野病院へ通院して現在まで治療をうけている。その間同年一一月七日から同月二四日まで同病院に入院した。

原告の症状として、長期間の激しい頭痛、はき気、肩こり、上肢のしびれ、神経的な異常興奮の発作がある。

原告は、訴外東洋脱水機製造株式会社の専務取締役で実質的経営者であり、給与は一か月金一一四、五〇〇円であつたところ、本件事故による受傷のため事業の継続ができず昭和四三年一月一二日から会社は休業のやむなきに至つた。しかし事故がなければ休業することもなかつたのであるから、

(1) 昭和四二年七月一日以降昭和四三年四月末日まで一か月間の休業損は金一、一四五、〇〇〇円である。

(2) その後三年間は嫁働できない見込であるので、将来損は一一四、五〇〇七三三、四七七七=三、八三三、一九六円である。

(月毎累計によるホフマン式計算法)

2 慰藉料 金二〇〇万円

前記原告の症状、原告経営の会社事業が閉鎖され、昭和二六年来の永年の努力も無に帰したこと、原告の家族は妻のほか、一四才をかしらに三人の子と父があり、被告からの補償もなく生活に困窮し一家の柱として経済的負担者の責任をはたしえず焦りと不安に苦しんでいることなど原告の身体上、精神的苦痛に対する損害として金二〇〇万が相当である。

3 弁護士費用 金六〇万円

(四)  損益相殺

原告は自賠保険金二〇万円を受領したので、休業損の内金に充当した。

(五)  よつて、原告は被告に対して第一の一記載のとおり金員および遅延損害金の支払を求める。

二、被告

(一)  請求原因に対する答弁

本件事故発生中、原告主張の時、所で訴外寺島運転の事故車と原告車とが衝突したことは認めるが、受傷、態様は争う。

帰責事由中、被告が事故車の運行供用者であることは認める。損害はすべて争う。

(二)  免責の抗弁

1 訴外寺島は、事故車を運転して東から西へ進行し、本件交差点から約二〇メートル手前にさしかかつたとき、対面の信号機が赤から青に変つたので、そのまま交差点内に進入直進したところ、突然原告車が、右交差点の南から北へ向け進入してきて、本件事故が発生した。

2 原告は、進行方向前方の信号機が故障のため発光してなかつたので、東西道路側の信号機が赤であるのを認めて交差点に進入したと自認し、その間の時間的経過は明らかでなく、次の瞬間右東西側信号機が赤から青へ変る可能性があるのであるから、右信号機の発光順序が一巡するのを待つなど安全性を十分確めて後発進すべきであつたのに、慢然と交差点に進入した。この際原告車は徐行したのであるが、これは安全運転のためでなく、原告が交差点進入の安全性について自信がなかつたためであつた。

3 事故車に構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

従つて、訴外寺島は自己の対面信号機を信頼して事故車を進行させたもので、南北路の信号機の故障を知る筈もなく、その徐行について過失がない。本件事故は原告の信号無視による一方的過失によつて発生したものであるから、被告には自賠法三条の賠償責任はない。

三、被告の抗弁に対する原告の答弁

免責の抗弁は否認する。

本件交差点の状況(交通量、道路沿いの建物)は原告も訴外寺島も自宅または営業所が近隣にあるので、よく認識しているところであつた。原告は右交差点を南から北へ進入する際、前方の信号機が故障で発光していなかつたので、一旦停止をして東西道路の信号機を見ると赤であつたから、安全を確認して交差点中央地点まで来たとき、高速で西から進行してきた事故車の訴外寺島は交差点に進入してから、原告車を発見し、ブレーキをふむと同時に激突した。

自動車運転者の常識として、信号機のある交差点において、もし信号機が故障しているときは、信号機のない交差点に進入するとき以上に左右の車の状況に注意し、安全を確認したうえで交差点に進入するものである。原告の右運転方法は通常の運転者のとるべき処置で、原告の年令、職業、運転経歴からもこれに反する運行をしたとは考えられない。

また、交差点で一旦停止して、左右の安全を確認して、交差点に進入したとすれば車の速度は緩く、訴外寺島が交差点に事故車を進入させてから原告車を発見し、ブレーキをふむと同時に衝突したようなことは条理に反する。もしそのとおりならば、訴外寺島が前方不注意ないしは高速のため原告車の発見が遅れたためである。従つて本件事故発生について専ら訴外寺島に過失があり、被告に免責事由はない。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故発生

原告主張の時、所で訴外寺島運転の事故車と原告車とが衝突したことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、原告車が本件交差点の南から北へ進行したところ、東から西へ進行中の事故車と衝突し、原告は後頭骨々折、頭部打撲症、背腰部打撲症、外傷性頸部症候群の傷害をうけたことが認められる。

二、被告の責任について

被告は本件事故当時に事故車の運行供用者であつたことを自認しているので、以下被告主張の免責事由の存否について判断する。

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(1)、本件事故現場の交差点は、大阪円環状線のすぐ西側の大阪市道上で、南北路、東西路が直角に交差し、両道路とも歩、車道の区別があり、幅員一一メートル、内車道幅が八メートルとなつていて、路面は全面アスフアルト舗装され、平たんで事故当時は乾燥していた。交差点の各角はコンクリート、ブロツク塀あるいは板塀があつて、左右の見とおしは非常に悪く、南側の横断歩道の手前に停車した車は、東側から進行してくる車輛の状況はよく分らない。そのため信号機が設置されていたが、事故当時北側のみ故障していた。交通量は、東西路、南北路とも相当多く、車輛の速度制限は、毎時四〇キロメートルとされている。

(2)、訴外寺島は、昭和三七年五月に自動車運転免許をとり、被告の得意先係として毎日事故車に乗り、本件交差点をよく通行していた。事故当時右寺島は、本件交差点の東側にある古市南通のバス停(交差点の手前二〇数メートル、衝突地点から約三三メートル)あたりまで来たときまだ対面の信号機が赤であつたので、ゆつくり事故車を進行させ、すぐ青に変つたのを見るや、時速四〇キロメートル程に速度を上げて西進した。そして交差点に進入直後、北進する原告車を発見し、急ブレーキをかけたが、五メートル程度の至近距離であつたため、間に合わず、交差点の中央やや南側において、事故車の前部と原告車の右側面ドアー中央あたりとが衝突し、原告車は交差点の東北角近くに横転した。当時事故車の先行車、後続車ともなく、交差点の北側には南行車輛が三台程信号まちのため停車していて、事故発生後その車輛に乗つていた人が原告の救助にきてくれていた。訴外寺島が事故発生直後事故車から下りて東西の信号をみるとまだ青であつた。

(3)、原告は、本件事故の二年前から運転免許を取得し、原告車に乗つてほとんど毎日本件交差点を通過していた。事故当時原告は原告車を北進させて本件交差点に近づくうち、交差点北側の対面する信号機が故障していて発光していないのに気づき、交差点南側の横断歩道の手前(衝突地点から約一三メートル)で一時停止して東側の信号を見たところ、赤であつたので、そのまま直進できると思い一応、左右を見たものの右横断歩道の北端まで出て、慎重に他方向からの車輛を見ることなく、発進して交差点内に進入し、西進してくる事故車を発見し、急ブレーキをふんだが、衝突するに至つた。

(4)、事故車は、昭和四一年六月に登録した車で、制動装置等の故障、その他異常な点はなかつた。

〔証拠略〕中、右認定に反する点は信用できず、他に右認定に反する証拠はない。右認定事実によると、訴外寺島は、古市南通のバス停を通過した直後に東西の信号が赤から青に変つたことを確認している。そして時速四〇キロメートル(秒速一一・一メートル)で進行する事故車が衝突地点に達するのに三秒程度を要する。一方原告車は、発進、出足の遅速があるが、僅かな距離にさ程速度が出るものでなく一時停止点から衝突地点までは、平均一五ないし三〇キロメートルとすると、(秒速四・二ないし五・五メートル)二秒余から三秒余はかかる計算となる。また原告が一時停止点で東側の赤信号を見て、左右を見るのに少くとも一秒程はかかると推測できるので、右赤信号を見た直後に青に変つたものと推認できる。そうすると、原告の進路上の信号は、黄から赤になつていたのである。本件交差点は、北側の信号機は、故障していたが、他の信号機は作動していたのであるから、不完全ながら、交通整理が行われていた状態といえ、原告が注意深く東側信号のみでなく、交差点手前まで進み、他の車輛の進行状態を注視すれば信号の表示は当然判明するのに、赤信号となつた状態で交差点内に進入した。一方訴外寺島は、交差点に進入するまでその手前から二〇数メートル東側において青信号になつたことを認めており、信号が変りすぐ交差点内に飛び出した状態でない。また見とおしのきわめて悪い交差点であるから、訴外寺島が原告車の動静を見ることのできる位置は交差点の東側横断歩道にさしかかつてからであり、(その地点から衝突地点までは、〔証拠略〕によると約一三メートルである。)時速四〇キロメートルで走行する事故車が、直ちに急制動しても制動距離の関係から衝突は避けられず、転把しても事故の状況から回避しえたかきわめて疑問である。しかも一般に青信号に従い交差点に進入する自動車の運転者は左右の道路上の車輛が赤信号に従い一時停止するであらうことに信頼し、特段の事情のないかぎり、赤信号の出ている方向から、停止信号を無視して突入してくる車輛のありうることを予想して、左右を注視する注意義務はないと解され、特に訴外寺島が、交差点北側の信号機の故障のことを知つていた場合や、交通事情、その他の関係で本件交差点附近に徐行の規制がなされていたときは別として、かかる事情のない本件においては同人は、制限速度内で前方を注意して交差点を進行すればたり、南北路を進行してくる車輛のあることを予想して、あらかじめ減速または徐行して左右の安全を確認しながら進行する注意義務はない。従つて、事故車が制限速度内で交差点に進入し、原告車との衝突が訴外寺島には不可避であつたと認められるので、同人には運転上の過失はない。一方原告は、交差点東側の信号を一べつして自車の進路を青色と速断し、結果的には信号無視による直進となり、しかも信号が故障している以上他の方向からの車輛の進行状況を慎重に見るべき注意義務があるのに、何ら注意することなく進行した等の過失があり、本件事故は信号機故障の問題を別として原告の一方的過失により発生したものといわざるをえない。そのうち前記認定したとおり事故車には構造上の欠陥や機能の障害はなかつたのであるから、被告には自賠法三条但書の免責事由がある。なお、被告が運行供用者として、訴外寺島の選任監督上の過失の有無は、同人に過失がない本件事故において、因果関係がないから判断するまでもない。そうすると被告が事故者の運行供用者として本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務はない。

三、よつて、被告の免責の抗弁は理由があるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当として棄却すべきであるから、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

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