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大阪地方裁判所 昭和43年(わ)3203号 判決 1972年2月01日

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四三年一〇月八日行われた全大阪反戦青年委員会主催の集団示威行進に参加したものであるが、

第一、同日午後九時二〇分頃、大阪市北区梅田町四二番地新阪神ビル西北角車道上において、蝟集する群集を整理する任務に従事していた大阪府曾根崎警察署警備隊第二小隊所属巡査池田忠雄の右下腿外側を一回足蹴りして暴行を加え、もつて、右警察官の前記職務の執行を妨害し、

第二、前記日時場所において、被告人を前記公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕しようとした同小隊所属巡査斉藤和男の右側腹部を一回足蹴りして暴行を加え、もつて、右警察官の前記職務の執行を妨害し

たものである。」というにある。

被告人、弁護人は、被告人が前記日時場所に居たことは認めるが、公訴事実記載のような各暴行を加えた事実はない旨主張してこれを争うので以下検討する。

一、まず、被告人が逮捕されるに至るまでの経過の概略をみると、<証拠>によれば、被告人は本件当時甲南大学理学部生物学科三年に在学し、同大学共闘会議議長をしていたものであるが、昭和四三年一〇月八日に行われた全大阪反戦青年委員会主催の集団示威行進に学内の友人学生と共に参加し、大阪市北区南扇町所在扇町公園を同日午後七時頃出発したが、間もなく足の神経痛が出たため、デモ隊列から離れ友人等の荷物を持ち歩道上を併進して、同日午後九時頃解散地点の同市北区梅田町四二番地新阪神ビル西北角付近に到着した。被告人は所携の荷物を付近の店先に置き、解散集会をしようとするデモ隊とこれを阻止し解散させようとする機動隊の情況を右同所付近で他の群集と共に目撃していたところ、同日午後九時一〇分頃、大阪府曾根崎警察署警備隊第二小隊、第二、第三分隊伊藤千年小隊長以下二十数名が車道上にあふれた群集を歩道上まで押し上げ整理したが、右警備部隊が後方に引きさがると再び群集は車道上にあふれ出し、この際、被告人も群集に混つて車道上まで出た。右小隊は再び右群集約二〇〇名位と対峙するような形で南向きに二列警備横隊を作り、歩道上にあがるよう警告を発し乍ら群集を歩道の方に押し戻そうとした。これに対し群集は、それまでにおける機動隊の規制の仕方に行き過ぎがあるとして、口々に抗議の言葉を発し、被告人も周囲より一段と大きな声で右小隊に向つて規制の根拠やその行き過ぎ等を問い糺したり強く抗議したりしていた。そのうちに被告人は群集の最前列に出てしまい直接警察官と対峙するような格好となり、被告人の右斜前三〇糎乃至五〇糎のところに池田忠雄巡査、その左隣に斎藤和男巡査、右両巡査の中間後方に接着して前記伊藤小隊長と北の坊成太巡査が位置し、被告人と右各警察官の周囲には前記第三小隊のその余の警察官や群集が密着した状態で群り、双方一進一退の応酬を繰り返し、被告人は尚も強硬に前同様の抗議を続けていた。そのような情況にあるとき前記池田、斉藤、北の坊巡査らは被告人が訴因第一の犯行をなしたとして逮捕行為に出、後ずさりして群集の中に逃げ込もうとする被告人の腕を掴んで引きずり出そうとした。それに対し、周囲の群集はこれを阻もうとして瞬時の間双方で被告人を引つ張り合う形となつたが、警察官側の力が強かつたため被告人は群集の中から引き抜かれ、その勢いで車道中央付近まで走り抜けたが、その向いに警察の指揮官車があつたため折り返し新阪神ビル前歩道手前まで逃走した際、前記斉藤巡査他数名の者に逮捕されるに至つたものであることがそれぞれ認められる。前掲各証拠中右認定に反する部分は措信しない。

二、以上は、被告人が当日のデモに参加し逮捕されるに至るまでの間の経過の概略であるが、次に、新阪神ビル西北角車道上で被告人が第三小隊の警察官と対峙した際、訴因第一、第二のような暴行をなしたか否かにつき検討する。

(一)  訴因第一の池田巡査に対する暴行について。

これに副う証拠としては、前掲伊藤、池田、斉藤、北の坊の各証言が存在する。そして、右各証言を総合すると、池田巡査が前記日時場所においてその右膝外側斜後部を何者かに蹴られたことは充分にこれを認めることができる。そこで、次に右池田巡査の足を蹴つたものが被告人であるか否かについて、右各証言の信用性をみるに、まず北の坊証人は被告人が池田巡査の足を蹴るところを直接現認してはいない旨証言しているのであるからひと先ず除外する。次に、斉藤証人は、被告人の足があがりその左足首内側部分で証人の右斜前に居る池田巡査の右藤やや外側部分を蹴りそれから足が地面におりるのを逐一現認した旨証言している。しかし他方、同証人は、弁護人が、事件直後の昭和四三年一〇月一四日検察官に対する供述調書中で被告人が池田巡査の足を蹴る動作そのものを自分は目撃していないと述べているではないかと問い糺したのに対し、検察官の面前でその様に述べたことを一応認め乍らも、尚、被告人が池田巡査を蹴つたところを見ていると述べ前記証言を維持しているが、同証人は出廷するに先立ち池田、北の坊両巡査の捜査報告書を読んで来た旨証言しているところよりみると、同証人が被告人の犯行を現認した旨の前記証言は右捜査報告書の内容と混同している疑いが強い。次に、伊藤証言については、同証人の目撃位置が前記一、認定のとおり池田巡査と斉藤巡査の中間後方即ち池田巡査の左斜後方であり、被告人は同巡査の右斜前に居るのであるから、伊藤証人にとつて被告人は最も見えにくい謂わば死角に当り、しかも周囲は警察官や群集が密着しもみ合うような情況下であり、警察部隊全体に注意を払つていたともいう証人が被告人の足の動きを充分に目撃し得たか否か甚だ疑問である。現に同証人の目撃情況に関する証言は弁護人も指摘するとおりあいまいで種々変化し、結局、同証言も充分に措信するに足りない。問題は池田証言である。同証人は、自己の右斜前三〇糎乃至五〇糎の付近に居た被告人がその左足で自己の右膝外側斜後部を柔道でいう「ひざぐるま」をかける様にしてひどく蹴つた。被告人が蹴つたことは間違いない旨断定的に証言する。しかしその反面、同証人は、被告人の足が自己に当つた瞬間は見ておらず、その足が離れるのを見ているだけであり、足を蹴られるときそれを予期していなかつた旨の証言をもなしており、また、前記一、認定のとおり同証人および被告人の周囲は警察官や群集密集し騒然とした情況下にあり、被告人のみの足の動きを充分かつ冷静に現認することが可能であつたか否か甚だ疑問である。また、同証人の言う被告人の蹴り方、即ち被告人がその右斜前に居る同証人の右膝やや後部をその左足で廻すようにして蹴ることそれ自体極めて不自然であるばかりか、前記のように密集している周囲の情況下でその様な蹴り方が可能かどうか疑わしい。また、当時被告人の近くで被告人の行動に注目していた証人新戸、同更岡(同証人作成の現場写真綴によれば同人はかなり至近距離から目撃していたこと明らか)は、被告人が池田巡査を足蹴りにした様子はなく、何のために逮捕されたか判らなかつた旨証言し、被告人自身も一貫して右巡査を蹴つた事実はない旨否認している。以上の諸点を考慮すると、池田証人は被告人に足を蹴られた旨断定的に証言しているが、同人は被告人以外の者に蹴られたのを被告人の行為と誤認しているのではないかとの疑いもないではなく、同証人の証言を全面的に措信するには些か躊躇せざるを得ない。

結局、池田巡査に対する暴行が被告人のものであるとする右各証言には、以上みたような種々の疑問が残るので、いずれも充分に措信するに足りず、他に右事実を認めるに足る証拠はないので、本件第一の訴因は証明不十分といわざるを得ない。

(二)、訴因第二の斉藤巡査に対する暴行について。

前記斉藤証言によれば、伊藤小隊長の「検挙せえ」という命令で証人や池田、北の坊両巡査が被告人の腕を掴んで引つ張るとき、被告人は体当りをする様にして左足をあげその膝頭で自己の右脇腹を蹴つて来た。自分らの引く力より被告人のぶつかつてくる力が強く非常に痛かつたという。しかし他方、新戸、更岡両証人は、警察官が被告人に掴みかかりその周囲の群集が被告人の身体をうしろに引つ張つていたが、警察側の力が強く間もなく被告人は群集の中からはね返るようにして警察官の方にとび出して行つた旨証言し、被告人も当公判廷において同趣旨の供述をなしたうえ、警察官の方に引つ張られとび出してゆくとき、ひよつとしたら前方の警察官に自分の身体の一部が当つているかも判らないが、その点は気が付かなかつた旨述べている。そこで、右各証言を総合すると、被告人が警察官の方に引つ張られた際、その足若しくは膝の部分が斉藤巡査の腹部付近に当つたことはこれを認めるのが相当であろう。しかし、右事実が被告人の方から同巡査に対する積極的な暴行の意思のもとになされたものであるか否かについてみると、これに副う前記斉藤証言は、右新戸、更岡の各証言、被告人の当公判廷における供述および斉藤証言それ自体の内容(すでにみたごとく、前記(一)に関する同証人の証言態度、内容等を考慮するとその証言の信憑性は可成り減殺して評価せざるを得ない。)に徴して、充分に措信しうるものとはいい難く、むしろ右事実は被告人の意思的行為というよりも、被告人が引つ張られてとび出す際偶然におきたものと見うる余地もある。その他、訴因第二の事実に副う前掲池田、北の坊の各証言はその目撃情況が前記斎藤証言等とも矛盾し(即ち、池田証人は逮捕しようとして前に出る斉藤巡査に対して被告人が左膝をあげて蹴つた旨、北の坊証人は斉藤巡査が前に引かれるようになつたとき被告人が蹴りそのあと群集の方にさがるような態度を示した旨各証言する。)到底措信しえず、他にこれ(被告人の暴行の故意)を認めるに足る証拠はないので、本件第二の訴因も証明不十分といわざるを得ない。

三、以上のとおり、本件公訴事実第一、第二の訴因はいずれも犯罪の証明がないことになるから刑事訴訟法三三六条により被告人に対しいずれも無罪の言渡しをする。

よつて、主文のとおり判決する。

(久米川正和 宮嶋英世 近江清勝)

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