大判例

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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)61号 判決 1968年4月06日

原告

金相龍

被告

梅田交通株式会社

主文

一、被告は、原告に対し金一、八三八、八七〇円および右金員に対する昭和四二年一月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用は、被告の負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告において原告に対し金一、三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の申立

被告は原告に対し金二、一一三、八二〇円および右金員に対する昭和四二年一月二八日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二争いのない事実

一  本件事故発生

とき 昭和四〇年一二月四日午前二時三五分ごろ

ところ 大阪市東淀川区十三東之町二丁目一五番地先路上

事故車 普通乗用車(大五か三五九九号)

運転者 訴外若松田丸

受傷者 原告(足踏自転車運転中)

態様 右場所において事故車と原告運転の自転車とが接触したため、原告はその場に転倒し負傷した。

二  事故車の所有

被告は、事故車の所有者である。

第三争点

(原告の主張)

一  責任原因

被告は左の理由により、原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

根拠 自賠法三条

該当事実 被告は、事故車を所有しこれをその営業のために使用し自己のための運行の用に供していたものである。

二  損害の発生

(一) 受傷

(1) 傷害の内容

腰部挫傷、第Ⅲ腰椎亜脱臼

(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)

(イ) 入院

自四〇・一二・四~至四〇・一二・二七

(ロ) 通院

右退院後引続き通院治療中

(3) 後遺症

両側坐骨神経痛

(二) 療養関係費

原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。

(1) 入院費 二〇、四〇〇円

(2) 薬代等 四九、二七〇円

(3) 付添費 一九、二〇〇円

但し、前記入院期間中の二四日分。一日につき八〇〇円。

(三) 逸失利益

原告は、本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

鳶職人夫(但し、毎年六月から八月までの間)

焼芋行商(但し、毎年九月から次年の五月までの間)

(2) 収入

鳶職人夫としての収入 月額平均五〇、〇〇〇円。

焼芋行商による収入 月額平均八〇、〇〇〇円。

(3) 休業期間

本件事件以来、引続き休業中。

(4) 逸失利益額 合計 九五〇、〇〇〇円

但し、昭和四一年一二月までの分。

(イ) 昭和四〇年一二月から同四一年五月までの焼芋行商による分。 四八〇、〇〇〇円

(ロ) 同四一年六月から同年八月までの鳶職人夫としての分 一五〇、〇〇〇円

(ハ) 同四一年九月分から同年一二月までの焼芋行商による分 三二〇、〇〇〇円

(四) 精神的損害(慰謝料) 一、〇〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

(1) 原告は、本件事故により収入の途をとざされ、坐骨神経痛に悩まされ、現在のところ生活扶助に頼つて妻とかろうじて生きている現状にある。

(2) また、昭和四一年九月二七日には、妻徐文子が妊娠三ケ月であつたが、本件事故による生活困難のために止むを得ず涙をのんで優性保護法一四条一項四号により人工妊娠中絶をした。

(五) 弁護士費用 三七五、〇〇〇円

原告が本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は左のとおり。

着手金 三五、〇〇〇円

報酬 三四〇、〇〇〇円

計 三七五、〇〇〇円

三  示談について

(一) 不成立

原告は、昭和四〇年一二月中旬ごろ、治療費支払要求のため、入院中ではあつたが杖をついて被告会社の事務所に行き示談書に捺印したことはあるが、その時はとりあえず、治療費の支給をして貰うために必要といわれたので捺印しただけであり、生活費を含めた最終的結論は後日の話し合いに譲ると云うことであつた。したがつて、その時には示談契約は成立していない。

(二) 無効

仮りに、示談が成立したとしても要素の錯誤により無効である。

すなわち、被告会社の事故係であつた川口正勝は原告の無智を利用して、捺印すれば治療費はおろか生活の面倒もみるからと云つて原告に示談書への捺印を求めたので、原告はこれに応じて捺印したものである。もし、原告が、その当時示談内容について法的に正確な知識を有しており、右川口から示談内容についての真実の説明をうけておれば当然捺印には応じなかつたのである。然るに、右川口は、原告の困窮、無智を利用して原告を甘言で欺罔して示談書に捺印させたものであり、右は要素の錯誤による意思表示として無効と云わざるを得ない。

(三) 取消

仮りに、右錯誤の主張が認められないとしても、右示談は前記の如く川口の欺罔に基き原告が錯誤に落入つた結果なされたものであるから本訴(昭和四二年九月二七日口頭弁論)において、これを取消すべき旨の意思表示をする。

四  損害相殺

原告は、自賠法による保険金三〇〇、〇〇〇円を受領しこれを前記の損害に充当した。

(被告の主張)

―示談の成立―

被告と原告の間では左のとおり示談が成立しており、被告は右示談金を支払つたから、原告の本訴請求は理由がない。

(1)  示談成立時期 昭和四〇年一二月一四日

(2)  示談条項 左のとおり。

(イ) 被告は、自賠法による保険金の交付される範囲内の金額を原告に支払うこと。

(ロ) 被告は右金員の外金一〇、〇〇〇円を原告に支払うこと。

(3)  示談金の支払 被告は右一〇、〇〇〇円を即日支払つた。

(4)  なお、右示談成立の経緯は次のとおり。

原告は、本件事故後豊田病院に入院したが、いわゆる示談交渉に関し右病院の渉外係員に一切委任したので、被告会社の事故係川口正勝は右渉外係員と種々折衝を重ねた結果前記の示談が成立したものであり、示談書は被告会社の本社において原告、右渉外係員、川口等立会のうえ、作成調印せられたものである。

第四証拠 〔略〕

第五争点に対する判断

一  責任原因

被告は、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

根拠 自賠法三条

該当事実 被告は事故車を所有し(争いがない)、これをさのタクシー営業のために使用して自己のための運行の用に供していたものである。(〔証拠略〕)

二  損害の発生

(一)  受傷

(1) 傷害の内容

原告主張のとおり。(〔証拠略〕)

(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)

(イ) 入院

自四〇・一二・四~至四〇・一二・二七(二四日間)

於 外科豊田病院

入院当初はギブス床上にて就床。

(ロ) 通院

自四〇・一二・二八~至四一・八・ごろ

右期間中は定期的に前記病院へ通院。自四〇・一二・二八~至四一・六・三〇の間の治療実日数は一二〇日。

右期間以降は痛み(坐骨神経痛)のひどい時に十三市民病院へ通院、治療をうけている。

(証拠前同)

(3) 後遺症

両側坐骨神経痛、軽作業は可能だが重労働は困難、長時間の正坐ができず、上体を充分に曲げられない。天気の悪い時、寒い時に腰から下が痛む。(証拠前同)

(二)  療養関係費

原告の前記傷害のために要した費用は左のとおり。

(1) 入院費 二〇、四〇〇円

原告主張のとおり。〔証拠略〕

(2) 薬代等 四九、二七〇円

原告主張のとおり。(証拠前同)

(3) 付添費 一九、二〇〇円

原告主張のとおり。(〔証拠略〕)

(三)  逸失利益

原告は、本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

鉄骨関係の日雇人夫(但し、毎年六月から八月までの間)

焼芋行商(但し、毎年九月から次年の五月までの間)(〔証拠略〕)

(2) 収入

日雇人夫としての収入 月額平均五〇、〇〇〇円

焼芋行商による収入 月額平均七〇、〇〇〇円

(証拠前同)

(3) 休業期間

原告主張のとおり。(〔証拠略〕)

(4) 逸失利益額 合計 八五〇、〇〇〇円

但し、昭和四一年一二月末までの分。

(イ) 昭和四〇年一二月から同四一年五月までの焼芋行商による分。 四二〇、〇〇〇円

(ロ) 同四一年六月から同年八月までの人夫としての分。 一五〇、〇〇〇円

(ハ) 同四一年九月から同年一二月までの焼芋行商による分。 二八〇、〇〇〇円

(四)  精神的損害(慰謝料) 一、〇〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

(1) 前記傷害の部位、程度および治療の経過。

(2) しかも、なお、前記後遺症があるため事故前の如き職業に復帰することは困難であり、収入の途を失い困窮していること。

(3) そのため、昭和四一年三月一日から生活保護法による扶助を受け、同年九月二七日には生活困窮のため原告の妻徐文子は妊娠三ケ月で人工妊娠中絶をうけたこと。

(〔証拠略〕)

(五)  弁護士費用 二〇〇、〇〇〇円

原告は、その主張の如き費用を支出し、その主張の如き債務を負担したものと認められるが、本件事案の内容、審理の経過、認容すべき前記の損害額等に照らすと被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは金二〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)

三、示談の成否

(一)  〔証拠略〕によれば、昭和四〇年一二月一三日ごろ、原、被告間において示談書(乙一号証)が作成され、右示談書には「下記条件をもつて円満示談解決し、将来いかなる事由あるも双方に於いて一切異議の申立をしない」旨不動文字で印刷記載された文言に引きつづき「本件事故に関し被告は原告に対し自賠法による保険金の範囲内の金額を支払うことにより双方円満に解決する」旨の手書記入の文言が記載されていることが明らかである。

(二)  しかしながら、原告本人は、右示談書作成の経過につき「原告が昭和四〇年一二月ごろ、入院中ではあつたが、被告会社を訪れ、治療費および正月を控えての生活費にも困るからこれを支払つてほしい旨申入れたところ、原告の応待にあたつていた被告会社の事故係川口正勝から、原告が働けるようになるまでの治療費、生活費については被告において面倒をみるから示談書に捺印してほしい。示談書に捺印して貰えば会社の上司にも原告の面倒をみてやつてほしい旨話し易いからとの話しがあつたので原告は示談書に捺印することを承諾したのであるが、右捺印の際は未だ前記手書部分の記入はなく右部分は捺印の後原告が小用のため席をはずしている間に記入されていたものであり。右示談書記載の内容と口頭での話しとがくいちがうので原告はその説明を求めたが、右川口は被告会社を信用せよといい、右示談書に記載した内容については納得のいく説明もないまま当座の費用として一〇、〇〇〇円渡されたのでこれを受領して帰つた」旨供述するところ、原告との応待にあたつていた証人川口も、原告に対し自賠法による保険により一日一、八〇〇円の割合で保険金が支払われることは話したが保険金の最高限度額ないし原告に対していくらの保険金が支払われるかについては何ら説明はしていない旨証言しており、右証人の証言と対比するも前記原告の供述を一概に信ぴよう性のないものとして排斥し難く、前記示談書作成当時は原告は未だ入院中で自賠法による保険により支払われる保険金額したがつて被告が原告に支払うべき金額自体も判然としておらず示談契約において最も重要な要素であるべき支払金額自体が判然としないまま最終的な解決としての合意がなされるのはむしろ異例のことと考えられることや原告の前記供述および弁論の全趣旨に徴すれば、原告としてはその当時被告において原告が就労し得るようになるまでの治療費や生活費を支払つてくれるならば示談解決すべき意思は有していたとしても被告主張の如き内容の条件で示談解決する意思を有していたとはたやすく認定し難いところである。

そうだとすると、他に原告の前記供述を信ぴよう性のないものとして排斥するに足る証拠のない本件においては前記、乙一号証の記載や証人川口の証言からは、いまだ、被告主張の如き内容の示談が成立したとは断じ難いというほかなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。

よつて、被告主張の示談の抗弁は理由がなく採用し得ない。

五  損益相殺

原告主張のとおり(自賠法による保険金三〇〇、〇〇〇円を前記二の損害に充当)(〔証拠略〕)

第六結論

被告は原告に対し金一、八三八、八七〇円およびこれに対する昭和四二年一月二八日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 上野茂)

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