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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4789号 判決 1968年9月28日

原告 田保資治

<ほか五名>

右六名訴訟代理人弁護士 村林隆一

同 岡時寿

同 今中利昭

被告 村上茂雄

右訴訟代理人弁護士 中谷鉄也

同 河村公夫

被告 南海電気鉄道株式会社

右代表者代表取締役 稲次国利

右訴訟代理人弁護士 中筋義一

同 中筋一朗

同 福田定治

右中筋義一訴訟復代理人弁護士 福田玄祥

主文

一  被告らは、各自原告田保久子に対し金八九万二六八〇円、原告田保資治、同田保愛子、同田保博朗、同田保順子、同田保美智子に対し各金三六万一九九九円および右各金員に対する昭和四一年八月一二日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一  原告らのその余の請求を棄却する。

一  訴訟費用は三分し、その二を原告らの、その余を被告らの負担とする。

一  この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一  但し、被告らにおいて、各自原告久子に対し金七〇万円、その余の原告らに対し各金二八万円の各担保を供するときは右各仮執行を免れることができる。

第一  原告らの申立

被告らは、各自原告田保久子に対し金三四九万六二九七円、原告田保資治、同田保愛子、同田保博朗、同田保順子、同田保美智子に対し各一二八万六六六二円および右各金員に対する昭和四一年八月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二  請求原因

一、本件事故発生

とき  昭和四一年八月一一日午後五時一〇分ごろ

ところ 和歌山県海南市船尾二〇四番地先被告南海電気鉄道株式会社電車軌道敷上

事故車 原動機付自転車

運転者 被告村上茂雄

死亡者 訴外田保高明

急性硬膜下及び脳内血腫により同月一六日午後六時五八分死亡。

態様  被告村上は、亡田保高明を事故車の後部に同乗させて別紙添付附図面の軌道敷上を西から東へ進行中、同図面斜線部分Ⅰ又はⅡ(耳石の部分)の敷石欠損部上を進行して同車を強く震動せしめ、亡高明を後方へ転落せしめたものである。

二、責任原因

被告両名は各々左の理由により原告らに対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

イ、被告村上、根拠、自賠法三条、民法七〇九条

被告村上は本件事故車の所有者であり、かつ本件事故は同人が前記のごとく軌道敷上の敷石が欠損していることに注意せず、漫然同欠損部分を運行した過失により発生したものである。

ロ、被告南海電鉄、根拠、民法七一七条第一項

被告南海電鉄は前記軌道設備の所有者でかつ占有者であり、本件事故は右工作物の保存に瑕疵があったことにより発生したものである。

三、本件事故による損害

原告久子は亡高明の妻、原告資治、同愛子、同博朗、同順子、同美智子は亡高明の子であるところ、同人には他に長女訴外澄子があるので、亡高明の死亡により原告久子は亡高明の以下のごとき損害賠償請求権の三分の一を他の原告らは各々九分の一づつをそれぞれ相続により取得したほか、原告ら自身それぞれ本件事故に基く、高明の死亡により以下のごとき損害を被った。

(1)、亡高明の得べかりし利益 四〇七万九九九一円

亡高明は訴外開西電熔工業所林利一の従業員として、一ヶ月六万二〇〇〇円以上の給料(賞与を含む)を取得し、一ヶ月一万円の生活費を控除しても一ヶ月五万二〇〇〇円の実収入を得ていた。一方同人は死亡当時五九才であり、なお七年九ヶ月は就労可能であったから、右金額にこれを乗じかつ月別ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して、その得べかりし利益の同人死亡当時の現価を算出すると、四〇七万九九九一円となる。

(2)、亡高明の精神的損害に対する慰藉料 三〇〇万円

子供達も漸く一人前になり、これから楽ができるようになった矢先死亡するに至ったものである。

(3)、原告久子の固有の損害 合計一一三万六三〇〇円

(イ)  夫を失ったことに対する慰藉料 一〇〇万円

(ロ)  葬式費用         六万三八〇〇円

(ハ)  満中陰費用        五万八五〇〇円

(ニ)  葬儀参列者貸衣裳代    一万四〇〇〇円

(4)、原告資治、同愛子、同博朗、同順子、同美智子に対する慰藉料 各五〇万円

父を失ったことによる精神的損害を慰藉する為のもの。

原告ら各自の損害額に各相続分(一円以下切捨て)を加ると原告久子は三四九万六二九七円、その他の原告らは各一二八万六六二円となる。

第三、被告村上の答弁及び主張

一、本件事故発生の事実は認めるが、事故の原因は、亡高明の過失にあり、被告村上に過失はなかった。

すなわち、被告村上は運転者としての通常の注意義務をもって運転進行したもので、当時の進行状態からして後部座席に乗車中の亡高明が運転進行中転落するなどとは全く予見不可能なことであった。

一方、本件当時路面の各所に穴があり、本件事故地点手前から事故車ががたがたしていたから後部座席に乗車している者としては自ら事故防止の義務があったものというべく、本件事故は右高明がこれを著しく怠ったことによるものである。

二、仮に被告村上にも責任があるとしても、亡高明にも右の過失があるので、損害賠償額の算定につき考慮さるべきである。

三、本件事故車を被告村上が所有していた事実を認める

四、損害額の主張については不知。

第四 被告南海電鉄の答弁及び主張

一、請求原因第一項中本件事故発生地点が被告会社電車軌道敷上であること及び被告村上が軌道敷の敷石欠損部上を運行したことを否認し、その余の事実については不知、

本件事故は右敷石欠損部により生じたものではなく、並行する国道の車道上のくぼみのために発生したものであることは本件証拠上明らかである。

従って、軌道敷石の欠損の個所又は程度、更にはその補修義務の存否の問題を論ずるまでもなく、原告らの主張は理由がない。

二、請求原因第二項ロ、の事実中、被告南海電鉄が本件軌道設備の占有者であることは認めるがその余の事実は否認する。

三、請求原因第三項、損害額についての事実は不知。

第五 証拠 ≪省略≫

第六 当裁判所の判断

一、本件交通事故の発生

昭和四一年八月一一日午後五時一〇分ごろ、和歌山県海南市船尾二〇四番地先に於て、被告村上の運転する事故車後部座席に同乗していた訴外亡田保高明が座席から転落し、よって同人が同月一六日急性硬膜及び脳内血腫により死亡した事実は被告村上との関係に於て当事者間に争いがなく、被告南海電鉄との関係に於ても≪証拠省略≫によって明らかである。

二、右事故についての被告村上の責任

事故車が被告村上の所有であることは当事者間に争いがない。一方事故車の如き原動機付自転車の後部座席に他人を同乗させて走行する場合、右同乗者自身が自ら車体等を把握するなどして車体の動揺などにより身体のバランスを失うことのないよう注意する義務があるのは勿論であるが、同時に、右運転者にも、車体の動揺などにより同乗者に転落等不測の事態を生ぜしめることのないよう慎重な運転を心掛けるべき注意義務があるものと言うべきところ、≪証拠省略≫によれば、被告村上は衝撃に対し比較的安定性を欠く排気量五五CCの小型原動機付自転車を運転し、身体把持用の革バンドの切れている後部座席に足の不自由な亡高明を同乗させているのに、後記認定のごとく軌道敷々石の欠損部分上を走行し、その際の衝撃により右高明が転落したものと認められるので、被告村上に事故車運転上の過失が無かったと言うことはできず同人は自賠法三条により原告らの後記損害を賠償する義務を負担するものと認められる。

三、右事故についての被告南海電鉄の責任

イ、≪証拠省略≫によれば、同人が異常を感じてふり返って見た時亡高明は南海電鉄電車東行軌道敷の耳石上に頭を東に足を西に向けてあおむけに倒れていたというのであり、≪証拠省略≫によれば、高明は事故車後部座席からしりもちをつくような形で、東を向いてそのままストンと落ち、いったん頭を西に足を東にして倒れたが、その後その場で体を右にまわして頭を東に足を西に向けてあおむけになったのであり、その時の位置は東行電車のレールとレールの間の地点であったというのである。右の各証は高明の倒れていた位置に若干のずれがあるが、それが軌道敷上であることにおいては一致し、一方又≪証拠省略≫によれば高明は事故車からそのまま後方に転落し(≪間接事実判断省略≫)、その後姿勢を変えたものの、南北方向に大きく動いてはおらず、従って高明が頭を東にして倒れていた位置は事故車が走行していた位置と南北方向にさしてずれていないものと認められるので、結局事故車は東行軌道敷上もしくは同軌道敷に接して走行していたものと一応推認される。

ロ、被告村上は、事故車を運転して、右軌道敷の端から約一メートル位北に離れた位置を東にむけて走行していて、甲第一〇号証によれば、東行軌道敷の北端からその南端部が一メートル二〇センチ中心部が約一メートル五〇センチ程度北にあったものと認められる車道上の陥没部上を走行した旨を供述し、かつ、甲九、一〇、一四、一五号証には右供述にそう記載があってこれらによれば、被告村上は東行軌道敷の北端より約一メートル二〇センチ以上も離れた車道上を走行していたことになるが、前記イに判示した高明の転落位置とその状況及び本件現場検証の結果(検証書添付第五、六写真参照)に照らしたやすく首肯し得ずこれを採用しがたい。

一方、証人石谷は東行軌道敷上耳石部分を、証人林は軌道敷上東行電車のレールとレールの間を、被告村上が走行していた旨をそれぞれ証言し、かつ証人石谷の証言は同人の警察での供述調書及び実況見分調書たる甲第一一一二号証及び同人の陳述書たる甲第一七号証とそれぞれ相互に若干のくいちがいがあるが、その程度の差異が生ずるのは証人らの目撃位置、日時の経過よりしてあり得ないことではなく、これら各証は結局高明の転落地点が本件軌道敷上であるとする点に於て一致するのであり、前記の如く事故車の走行位置を東行軌道敷上ないしはこれと近接したところと推認することとは何ら矛盾しないのであるから、前記両証言をその範囲で採用するについては何らさまたげとならない。

ハ、高明が事故車から転落する直前車体がバウンドしたことについては、一応、甲一二、一六、一七号証にその旨の記載があり、証人石谷、同林の各証言及び被告村上本人尋問の結果を総合すれば、右高明の転落の直接の原因が事故車々体のバウンドにあることは十分に推認されるところ、証人石谷同林の各証言、原告賢治、同愛子各本人尋問の結果と甲一〇、一一号証及び検甲第一ないし六号証によれば、前記のごとく事故車が走行した可能性の認められる付近にあって本件転落の原因となりうる程度の車体のバウンドを生ぜしめるに足る道路上の凹凸欠損としては東行軌道敷上耳石部分の欠損個所(別紙添付図面斜線部分Ⅱの位置)及び軌道敷上東行電車のレールとレールの中間にある敷石の欠損個所(同図斜線部分Ⅰの位置)があるのみで、その他特に右軌道敷と近接する車道の部分には右のごとき凹凸個所を認めがたい。

ニ、以上イ、ロ、ハ、に述べた事情ことに事故車が走行していたと推認される付近にあっては右軌道敷上の凹凸、欠損以外には本件事故の原因となるべき凹凸、欠損を認め難いことならびに本件現場検証の結果等の証拠を総合考察するならば、被告村上が事故発生直前前記軌道敷上の欠損部分のいずれかの上を走行し、このため事故車がバウンドして高明が転落したものと推断するのが相当と認められる。

ホ、しかるところ、被告南海電鉄が右軌道設備(軌道敷々石を含む)の占有者であることは当事者間に争いが無く一方仮に右軌道敷上を自動車が走行することは法令により禁ぜられているとしても、今日の交通事情から追越の際などに本件のごとく比較的衝撃に対して安定性を欠く車輛が軌道敷上をしばしば走行することは当然考えられるのであり、かつ≪証拠省略≫によれば前記敷石欠損部はいずれも右のごとき車輛の走行に対し十分危険を生ぜしめる程度のものであったと認められ、民法七一七条にいう工作物の保存上の瑕疵に該当するものと言わざるを得ない。よって、被告南海電鉄は右の敷石の欠損によって生じた本件事故につき原告らの損害を賠償する義務を負うものというべきである。

三、原告らの損害

(1)亡高明の得べかりし利益 一八三万円

収入 ≪証拠省略≫により原告主張のとおり月収六万二〇〇〇円と認める。

生活費 右収入額及び≪証拠省略≫により認められる大阪から和歌山までの通勤費、家族構成等本件証拠上認められる事情を総合して一ヶ月二万円と認める。

就労可能年数 ≪証拠省略≫により認められる高明の年令(五九才)等諸般の事情に照らし事故時以降なお四年間は前記収入を得たものと認められる。

右収入額より生活費を控除し、就労可能年数を乗じ、かつ月別ホフマン方式で年五分の中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると一八三万円となる。(以上の諸認定の正確度を考慮したうえで、一万円以下の数値を挙証責任の分配に従い切捨てた。)

(2)慰藉料 亡高明について 一八〇万円

原告六名について       各二〇万円

≪証拠省略≫等本件証拠により認められる高明と原告らの身分関係その他諸般の事情を斟酌して右金額を相当と認める。

(3)原告久子のその他の損害 合計七万七八〇〇円

葬式費用六万三八〇〇円は≪証拠省略≫により、貸衣裳代一万四〇〇〇円は≪証拠省略≫により各これを認めるが、請求にかかる満中陰費用は≪証拠省略≫によれば結局香典に対する返礼の為に支出されたものと認められ、これは香典として会葬列席者から贈与された金額の範囲内でまかなわれたものと推認されるから、これを加害者に請求することはできない。

≪証拠省略≫によれば、亡高明の権利を原告久子が三分の一、その他の原告が各九分の一の割合で相続したことが認められるので、これを原告ら固有の損害と合わせると、原告久子において一四八万七八〇〇円の、その他の原告において各六〇万三三三三円の損害賠償請求権があるものと一応認められる。

四、過失相殺

原動機付自転車の後部座席に同乗する者は、車体のバランス等の関係では従的にではあれ同車の運転にも参加しているものと見なされ、特に同乗者自らの車体に対する身体の保持に関しては同乗者は車体等を把握するなどして車体の動揺などにより身体のバランスを失うことのないように自らの責任に於て注意すべきであり、この点に関して運転者に重畳的に認められる責任も右の同乗者自らの自己責任を一応前提とする程度のものであるところ、≪証拠省略≫によれば、亡高明は、後部座席も狭少で足を乗せて身体の安定均衡を図るための踏台も片側しかなく、かつ身体の動揺を防ぐため同乗者が把握する為の革ベルトの切れていた本件事故車に、かなり遠距離の区間同乗することを依頼し、運転者村上の身体につかまることもなく、後部座席と運転者との間に決して小さいとは言えない大きさのカバンを置いて両手でこれをおさえながら、車体をつかまえていたことが認められ、一方後記のごとき事故車の速度及び敷石欠損の程度よりして本件欠損部上の走行が事故車にそれほど大きな衝撃を与えるものではなかったことが認められ、結局亡高明の車体の把握の仕方が充分でなかったものと推認され、又事故現場に至るまでの走行途中にも相当凹凸個所の上を走行したこともあり、かつ後部座席からも事故車が凹凸の多い軌道敷上を走行することを知り得たものであることが認められ、これらの事情を総合すると、高明にも事故車に同乗するについて十分の配慮に欠け、車体がバウンドした際十分に車体をつかまえていなかった点の過失が認められるので、前記注意義務の分配及び村上の過失態様、敷石欠損の程度、ことに≪証拠省略≫によれば、当時事故車の速度は時速三〇粁程度で必ずしも高速でなく、敷石部分の欠損凹凸も運転のハンドル操作を奪う程大きなものではなかったと認められること等諸般の事情に照らし、被告村上ならびに被告南海電鉄との関係において、共に、原告らの前記損害額のうちその四割を減じたものを原告らの損害として認容するのが相当である。これによると原告久子分八九万二六八〇円、その他の原告分各三六万一九九九円となる(一円以下切捨て)。

第六 結論

被告らは各自

原告久子に対し金八九万二六八〇円、原告資治、同愛子、同博朗、同順子、同美智子に対し各金三六万一九九九円および右各金員に対する本件不法行為の翌日たる昭和四一年八月一二日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 上野茂 裁判官 小田耕治 裁判長裁判官亀井左取は転補のため署名捺印することができない。裁判官 上野茂)

<以下省略>

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