大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)761号 判決 1968年9月17日

原告 極東商事株式会社

右訴訟代理人弁護士 露峰光夫

右訴訟復代理人弁護士 木下肇

被告 ダイヤプラスチック株式会社

右訴訟代理人弁護士 笹岡作郎

同 中垣一二三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告は原告に対し金一九四万四、七九三円及びこれに対する昭和四〇年三月二五日以降支払済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

二、被告

主文第一、二項同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)、原告は諸外国との貿易取引をしている貿易商社であり、被告は貿易商社に輸出用ビニールレザー(皮の様なビニール布地)を供給することを主な業務とする会社であるところ、原告は昭和四〇年三月二五日タイ国に輸出すべく被告より左記二口の契約によって代金合計四二二万三、〇四〇円相当のビニールレザー合計三万五、一九二ヤード(以下本件商品と言う)を買受けた。

(1) 一万八、二九二ヤード代金二一九万五、〇四〇円(但し、以下(1)商品と言う)

(2) 一万六、九〇〇ヤード代金二〇二万八、〇〇〇円(但し、以下(2)商品と言う)<以下省略>。

理由

一、原告主張の請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二、<証拠>を綜合すれば、本件売買に至った経緯等は次のとおりと認めることができ、左記認定と若干異るかのように見える前掲<証拠>の一部は末だこれを覆すに足りない。

(一)  本件商品は杉田プラスチック工業株式会社が製造し、東京甲商株式会社が二次加工して富士紡績に一旦納入されたが返品された(その理由は詳らかにできない)商品の一部であり、所謂ストック(在庫品)として当時東京都葛飾区形秀工業所及び北区王子弥阪化学の各倉庫に保管されていた。

(二)  本件売買に先立ち、原告会社代表者滝本壮は昭和四〇年三月一七日上京し被告会社代表者竹菱四郎の案内で関係者ら立会の上前記二箇所で本件商品を検品した。

本件商品は三〇米の長さのロール(巻物)が四、五本入る三〇〇箱前後のカートンボックスに納められていたが、右滝本の指示によって三〇箱前後が抜取り解梱され、右滝本は最近他所から同じストック品を買受けて転売先よりクレームを付けられた苦い経験を持っていたこともあって、本件商品の品質の出来工合を相当入念且つ慎重に検分(但し、右三〇箱分の全ロールを検分したわけではない)した。

(三)  本件商品は両耳が不揃の上、反継ぎ、油のしみ、ビニールがメリヤス裏地に上手にコーテングせずに剥げていたり、しわができたり、穴があいていたりする疵物(所謂B反)の見切品であり、その用途は袋物又は椅子のカバー程度に使用するのが無難とされ、被告は他より一ヤード当り一一〇円の割で買受けこれを一ヤード当り一二〇円の割で原告に売渡したものであるが、もし本件商品が両耳が揃って無疵の一級品(所謂A反)であればその卸し中間価格でも一ヤード当り四五〇円前後で取引されていた。

(四)  本件商品はその売買契約後、原告に引渡される前に輸出向けとして昭和梱包運輸株式会社でカートンボックスを木箱に梱包替したが、その際も原告会社代表者滝本は本件商品の瑕疵の程度を再度確めた上、これを神戸港より船積みしてタイ国駐在輸入代理商河内啓を仲介して同国輸入商サボンプラスチック社に一ヤード当り邦貨一四七円の割で売渡し輸出した。

三、そうなると、本件売買は所謂限定種類物売買であるから、その種類物は限定された本件商品の範囲において特定され、民法第五七〇条の適用があるところ、同条所定の『瑕疵』とは目的物が保有すべきことを取引上通常期待され又は契約上予定された品質を有しない欠点のあることを言うが、在庫見切品売買においては、一般に注文品と異りあるべき品質と言うものが当初から抽象的に予定されておらず、買主が検品してその品質の出来工合を実際に確め、その確め得た瑕疵の程度を見込んで取引価格が定められ、いわば一定の品質を保有していないことをそのあるがまゝの在庫商品を基準として具体的に予定し、それでもなお十分採算が合うとの計算からこれを買受けるのであるから、右在庫見切品の客観的瑕疵は特段の事情のない限り、これを知り又は知り得た瑕疵として取引上通常生じ又は契約上当然予定されたものと解するのを相当とする。

四、ところで、原告は右検品によって知り又は知り得た本件商品の瑕疵の程度は全体の一割を占めるに過ぎず、被告も右程度の瑕疵しかないことを確約したのに、本件商品の瑕疵はその後判明したところによれば、右程度をはるかに超える著しいものであったから、右限度を超える部分は民法第五七〇条所定の『瑕疵』に当ると主張する。

しかしながら、後記認定のとおり本件商品には各ロール毎に殆んど例外なく多かれ少なかれビニールが剥げたり穴があいている損傷箇所があり、弁論の全趣旨を綜合すればその瑕疵の割合は原告の主張する一割をかなり超える程度のものと認めるを至当するが、それがスクラップに近いほどの著しい疵物であるとまで認められないことは後叙のとおりであるところ、<証拠>によれば長年ビニールレザー商品の取引を手掛け、当然その品質のよし悪しを見定める専門的知識と経験を持っているものと認められる原告会社代表者滝本が、前叙のような抜取り検査法による慎重且つ入念な検品をしながら、被告側でその瑕疵を悪意で隠蔽画策した等の事情を認め難い本件において、本件商品の瑕疵の程度を著しく見誤るおそれは殆ど考えられず、原告は本件商品をヤード当り一四七円で輸出転売しているにせよ、本件売買価格は一級品(A反)のそれの四分の一であり、右取引価格は本件商品価値の程度を見込んで定められたと推定され、前掲証拠によれば右滝本は前記検品後杉田プラスチック工業(株)事務所に立寄り一番悪い見本を見せて欲しい旨申入れ、右検品に立合った同(株)社員黒川次より二、三色のサンプルを受取り、その際滝本がこのように悪い所は本件商品にどのくらいあるかと確認の意味で尋ねたのに対し、右黒川はよく見せたい気持も手伝って一本のロール毎に約一割位あるだろうと答えたことが認められるが、右はそのような著しい損傷箇所が三〇米のロール中に平均して一割位あるだろうとの趣旨と解され、その余の九割が完全無欠なものだと請合ったわけでないことは明らかであり、その他クレームを後日に留保する特段の事情も本件全証拠中にこれを認めることができないのであるから、本件商品の前記程度の瑕疵は原告において十分知り得たはずの瑕疵として本件売買契約上当然予定されていたものと解するのが相当であり、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信することができない。

三、そこで、先に判断を留保していた本件商品の客観的瑕疵の程度につき補足検討するに、なるほど<証拠>によれば、タイ国サボンプラスチック社に輸出転売された本件商品は(1)商品につき昭和四〇年五月中旬、(2)商品につき六月中旬それぞれ仕向地の同社に引渡されたが、その内既に同社が国内ビニール加工業者に売捌済の商品(但し、右商品にも瑕疵があるとしてその後クレームが続出した)を除く(1)商品中一一、一一八ヤード(三五四ロール)、(2)商品中七、六八九ヤード(二四三ロール)につきいずれもこれが粗悪品であるとして同年九月二一日及び同月二八日両日バンコックのインテコに検査を依頼したところ、インテコは(1)受検商品中四〇ロール、(2)受検商品中二八ロールを任意抜き取り検査した結果、右四〇ロールにはその内三ロールに損傷なく残り三七ロールにつき、右二八ロールにはその内四ロールに損傷なく、残り二四ロールにつきいずれもコーテングされたビニールがメリヤス裏地より剥げていたり、二ミリから三ミリの穴がロール全長に亘りシート中央五〇乃至一〇〇糎の間隔で多数点在しているとし、右損傷の割合は(1)商品一万八、二九二ヤード全部に対し五五・六九%、(2)商品一万六、九〇〇ヤード全部に対し三八・八三%と認定していることが認められ、右受検品と本件商品の同一性が疑わしいとする被告の主張は採用することができない。(但し、右検査では(1)、(2)受検商品中の瑕疵の割合が前者で九一・一八%、後者で八五・三五%もあるとしながら、売捌済の本件商品は全て完全無疵な商品と仮定して右のとおり算定しているが、右売捌済の商品にもその後クレームが続出したことは前叙のとおりであるから、右検査基準に従えば本件商品の瑕疵の割合は極めて高率になると推定される。)

しかしながら、この検査ではそのロールに全く損傷のない場合を合格品、そうでなく少しでも穴があいたり一部剥げていたりすれば(極端に言えばそのロールに一割に満たない程度の損傷があるに過ぎない場合でも)そのロールは不合格品として取扱っていることが明らかであり、これによれば本件商品中損傷のないロールは極めて少なく、他の全ては例外なく程度の差はあっても多かれ少なかれビニールが剥げたり穴のあいた損傷部分のあることを認め得てもどのロールにどの程度の損傷があるかを知ることができない以上、右検査結果をもって直ちに本件商品に著しい瑕疵があったとすることはできない。

又、<証拠>によれば、前叙輸入代理商河内啓は現地のタイ国より原告宛に本件商品につき四〇乃至五〇%は使用できない不良品であり、二〇%がC級品であるとか、一五、〇〇〇ヤードを点検した内三、〇〇〇ヤードが良く、残りは全て買手なく四、〇〇〇ヤードに至ってはスクラップ同然である旨の各報告をなしているが、一方原告は右河内啓に対し無疵の見本品を送付しており、しかも本件商品の引渡前より右同人に対し一〇乃至一五%の不良品は混るが大半はよい品物でジャンバー用にも使用できる一級品であり、ただ両耳が切ってないだけだと伝えていたことなどが認められるから、右河内啓の報告は殆ど疵のない一級品に近い品質の商品を標準として瑕疵の程度を算定している疑いが強く、又利害関係のない第三者的立場からの公平な評価とも言い得ないことをも考慮すれば、右のような内容の報告があったからとて、これをもって本件商品の瑕疵の程度がスクラップ同然の著しいものであったと認定することはできない。

その他本件商品の客観的瑕疵が前記認定の瑕疵の程度を超えるものとは原告の全立証その他本件証拠によるもこれを認めることができないから、その瑕疵が右程度にとどまる限り、右瑕疵が本件売買において取引上通常生じ又は契約上予定された瑕疵の程度を超えるものとすることはできない。

従って、本件商品の瑕疵をもって未だ民法第五七〇条の『隠れた瑕疵』に該当すると言うことはできない。<以下省略>。

(裁判官 大隅乙郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例