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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2619号 判決 1970年2月28日

原告 白川佶成こと 白中錫

右訴訟代理人弁護士 弓場晴男

被告 足立貞吉

右訴訟代理人弁護士 押谷富三

同 田宮敏元

同 辺見陽一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

原告は「被告は原告に対し別紙目録記載(一)の土地上にある同目録記載(二)の建物を収去して右土地を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の主張

一、被告は昭和三一年一〇月二四日別紙目録記載(二)の(イ)の建物(以下本件建物という)の所有者となり、同日その敷地である別紙目録記載(一)の土地(以下本件土地という)をその所有者である訴外玉田ウタより本件建物所有の目的をもって賃借した。

その際賃貸人に無断で建物の増改築をしてはならないとのいわゆる無断増改築禁止の特約を結んだ。

二、原告は昭和三五年二月一三日玉田ウタより本件土地を買受け同日その登記を経由し被告に対する本件土地賃貸人たる地位を承継した。

三、被告は昭和四一年三月頃原告に対し本件家屋の裏庭である空地約一二・九九平方メートル(約三坪九合三勺)上に増築をしたいからとその承諾を要求してきたが、原告は本件建物がすでに建築年数約三〇年の老朽家屋で借地期間満了前に朽廃し借地権は消滅するものであったのでそれに伴う土地利用計画の都合もあり、また被告の右工事により本件土地の空地部分が皆無となり隣家である原告所有の家屋保存にも影響するので右申入れを拒絶した。

四、しかるに被告は、右空地全部にわたって増築工事を強行し同地上に本件家屋に接続して木造モルタル塗り階上ベランダ付の家屋(別紙目録記載二の(ロ)の家屋)を建てた。右増築部分はガス風呂、水洗便所等の恒久的施設のほか階上はセメント張りのベランダとなっているもので、その建築は極めて強固であり、堅固な建物とみなすべきものである。

五、原告は昭和四一年三月一九日右工事の進行中これを知り被告方でその不当を申し述べたところ被告及びその家族はこもごも大声で「おまえは第三国人でわけの分らない人間だ」とか「馬鹿者」などといって罵倒し原告の名誉を毀損したのみならず、居合わせた請負大工を使嗾して原告を殴打し傷害を負わさせる行為に出た。

五、以上被告の無断増築工事を始めとする一連の行為は賃貸借関係の継続を困難ならしめる不信行為の最たるものというべきである。

よって原告はこれを理由として昭和四一年五月二四日被告に到達した本件訴状をもって本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

第三、被告の陳述

一、原告主張の

一および二の事実は、本件賃貸借契約が無断増改築禁止の特約づきであるとの点を除きこれを認める。

三の事実は、被告が昭和四一年三月頃本件家屋を増築する旨原告に申し伝えたことはこれを認めるが、原告が右工事の承諾を拒否したとの点は否認する。

四の事実については、被告は昭和四一年三月本件家屋の裏側を一部改造したのみであって増築工事というほどのものではない。なお右改造部分が堅固な建物であることは否認する。

五の事実は、改造工事中原告が被告に異議を申し出たことは認めるが、被告が原告の名誉を傷つけたり大工を使嗾して原告に傷害を負わせたとの点は否認する。

二、仮に原告主張のごとく無断増改築禁止の特約があったとしても本件工事は建物所有のための借地権者として当然なしうるところであるから敢て原告の承諾を必要としないものであるが、世間的な附き合いの意味から台所を一部改造することを原告に申し出たのである。しかるに原告は被告の工事中他の男一人とともに棒切れをもってどなり込んで来、大工を殴りつけたので原告も大工に抵抗せられて殴り返されたという事態を惹起したものであり、原告がその際受けた傷害は原告自らが招いた仕儀であるといわねばならない。

以上の次第で原告の主張は理由がない。

第四、証拠≪省略≫

理由

一、被告が昭和三一年一〇月本件建物(登記済み)の所有者となり以来本件土地を訴外玉田ウタより賃借していたところ、原告が昭和三五年二月本件土地を右訴外人より買受け右土地の賃貸人たる地位を承継したこと、被告が昭和四一年三月頃本件建物の裏側部分階上及び階下の増築もしくは改築工事をしたことは当事者間に争いがなく、原告が昭和四一年五月二四日被告に送達された本件訴状をもって被告との賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。

二、よって右解除の効果につき以下判断する。

(一)  原告本人尋問の結果によると本件賃貸借契約は無断増改築禁止の特約づきであったこと、並びに被告が本件工事の着手前原告に右工事の承諾方を求めたところ、原告は防火上差支えるといってこれを拒否したことが認められこれに反する被告本人の供述は措信しがたい。

(二)  しかしながら≪証拠省略≫によると、本件工事の前後における本件家屋の構造、造作等は別紙図面のとおりであって、被告のした工事は一階については約一六平方メートルの奥(東側)がもと巾約九〇糎の濡椽つき練瓦敷の土間でその南側に大小の汲取式便所があり、北東側が炊事場となっていたのを右濡椽と便所とをとり除き南側に納戸、瓦斯風呂、一穴の水洗便所を設けたほかは炊事場とガスの元栓の位置を多少異動し、なおコンセント増設、天井や床の張替えをした程度であり、二階の部分も奥が木造の物乾場であったのを約二二平方メートル足らずのモルタル塗り物乾場にしたぐらいのものであることが認められ(右工事により本件家屋が堅固な建物になったことは認められない)、これをくつがえすに足る証拠はない。そして以上によると被告のした工事は本件土地の利用上相当というべきであり賃貸人たる原告の地位に著しい影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

(三)  原告は本件家屋の朽廃にともない借地権の消滅により同地を空地となし原告所有の隣地とあわせて同地上に新たに家屋を建築するつもりであったのが右計画が実現不可能になり、また本件工事により隣家である原告所有家屋の保存にも影響を及ぼしたと主張するが、同工事により本件家屋の朽廃期限が著しく伸長されたと認めることはできず、また原告所有家屋の保存に格別な影響があったと認めるに足る証拠もない。

(四)  なお原告は本件賃貸借における信頼関係が破壊されるに至ったのは同人が被告の工事を制止した際被告が家族とともに原告を罵倒しその名誉を毀損したのみならず大工を使嗾して原告に暴行傷害を蒙らせたこともその一要因であると主張するが賃貸人の賃借人に対する主観的信頼関係の喪失は、それが賃借人としての義務履行に対する信頼喪失の事由として客観的に相当視されうる場合を原則とするものであって、賃借人との間に賃貸借関係を維持することが賃貸人にとり到底耐えられない苦痛であり、賃借人の居住権上の利益を犠牲に供してでも右賃貸人の感情を無視することを許されない極めて特段の事由がある場合に限り賃貸借契約解除の原因となるものと解すべきところ、本件においてはかかる特段の事由を認めるに足りる証拠はなんら存しないので右原告の主張は採用しえない。

以上の次第で本件解除はその効力なくよって原告の請求を棄却することとし民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之)

<以下省略>

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