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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)477号 判決 1967年10月28日

原告 田中初太郎

右訴訟代理人弁護士 武藤達雄

被告 重田タミ

右訴訟代理人弁護士 静永世策

主文

被告は、原告に対し金二、一八七円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し、かつ昭和三九年五月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金二、〇五〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め(た。)

≪以下事実省略≫

理由

一、本件建物が原告の所有であること、原告が昭和二六年一月一日以降被告にこれを賃貸し、その賃料が同三九年五月当時月額金二、〇五〇円であったことについては、当事者間に争いがない。

二、原告は、被告が本件建物の二階を大窪新一に無断転貸した旨主張するから判断するに、被告が本件建物の二階の壁を一部こわし、隣接する大窪新一所有家屋の二階に通ずる通路を設けたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によって認定することができる次のような事実、すなわち本件建物は、四戸一棟中央向って左側の一戸であって、これの向って左隣りが大窪宅、右隣りが訴外岡田宅であり、昭和三九年四月ごろ、大窪宅と本件建物、および本件建物と岡田宅の各境界をなす二階の壁の一部が取りこわされて右各二階の通路にされていた事実、本件建物および岡田宅の各二階には、大窪新一がその代表者である大新鞄嚢株式会社の商品である多量の鞄がそれぞれ保管されていた事実、当時被告は本件建物で右会社の鞄の錠前づけやチャックづけの内職をしていたが、岡田は大工であって右会社に関係のあるような仕事はなにもしていないのに前記のように本件建物との間の壁を抜いたうえ二階に右会社の鞄を置いていた事実、右のような事実に≪証拠省略≫を綜合すると、被告は本件建物の二階を、岡田は同じく原告から借りている隣の家屋の二階を、それぞれ大窪新一または右大新鞄嚢株式会社に鞄の置場として転貸していた事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

三、原告が昭和三九年六月三日被告到達の内容証明郵便で無断転貸を理由として本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。(原告は被告が本件建物の裏庭を妹夫婦に無断転貸した事実をも契約解除事由として被告に通告したかのような主張をするが、≪証拠省略≫によれば、右事由は解除事由として記載されていないのみならず、右転貸の事実については、≪証拠省略≫中にこれに沿うかのような部分があるが、当裁判所これを措信せず、他に右事実を認めしめるに足るような証拠はないので、右の点についてはこれ以上判断しない。)

しかしながら、原告の右解除権の行使は、本件の場合、以下の理由により権利の濫用であってその効がないものといわなければならない。

すなわち、前認定のように原告は本件建物を含む四戸一棟の建物のうち本件建物の向って右側の一戸を岡田に賃貸しており、岡田はその二階を大窪新一または大新鞄嚢株式会社に転貸しておったのであるが、原告は、本件において当初被告と岡田を共同被告として、前記無断転貸を理由とする賃貸借契約解除を請求原因として、右各家屋明渡請求の訴を提出したが後日岡田に対しては右訴を取下げたこと(右事実は、裁判所に顕著である。)、原告が右訴を取下げるに至ったのは、≪証拠省略≫によれば、原告と岡田との間に、岡田が右無断転貸による解除の事実を認め、改めて原告との間に保証金名義で金一五万円を支払い、かつ賃料を従前の月額金二、〇五〇円から金五、〇〇〇円に増額して新賃貸借契約を締結する旨の話し合いができたからであるという事実を認めることができ、また≪証拠省略≫によれば、被告が本件建物の二階の壁を抜いて転貸したのは昭和三九年四月ごろであり、その後一月半もしないうちに原告から本件賃貸借契約解除の内容証明郵便が来たので驚いて転貸をやめ、壁を抜いて作った通路に板を打ちつけてこれをふさぎ、その後さらに壁を塗りなおして元どおりに修復した事実を認めることができ、さらに≪証拠省略≫を綜合すると、被告は本件建物を昭和一九年六月に原告の前主から借り受けて居住するに至ったところ、原告は本件建物を含めて附近の家屋四〇数軒を昭和二六年ごろ競売によって取得し、本件建物についてはその貸主たる地位を承継したものであることを認めることができ、右各認定事実に反する証拠はない。以上のような事実を綜合して考えると、原告の真に意とするところは、無断転貸という賃貸借契約における典型的な背信行為を理由として被告から本件建物の返還を受けること自体にあるのではなく、岡田に対すると同様自己に有利な新しい賃貸条件で改めて本件建物を被告に賃貸するか、あるいは被告からその明渡を受けてこれを第三者に新しく有利な条件で賃貸することを目的としていたものであるということを推認することができる。それにもかかわらず、前記のように二〇年間も続いた賃貸借契約を、短期間の無断転貸を理由として、転貸をやめさせるような催告を事前にすることもなく(そのような催告をしたとの証拠はない)、突如として賃貸借契約を解除するごときは解除権を濫用するものであるということができる。賃料増額請求のためにはおのずから他の途があるのである。

右に説明したように本件賃貸借契約の解除は権利の濫用として無効であり、右契約は依然として継続しているから、右契約終了に基づく原告の本件建物明渡請求は理由がない。

四、被告は、原告の昭和三九年五月一日から同年六月二日までの賃料請求について、右賃料は、原告が受領を拒絶したので供託した旨主張するが、この点に関する証拠がないので、右期間内の賃料支払義務を免れ得ない。そこで右賃料額は、同年五月分の金二、〇五〇円に同年六月分のうち二日間の金一三七円を加えた金二、一八九円であるから、被告は、原告に対し右金員を支払う義務がある。

五、よって、原告の前記賃料請求の点は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用し、仮執行はこれを必要なしと認めて付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 高林克己)

<以下省略>

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