大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1901号 判決 1972年2月08日

原告 西島利夫

右訴訟代理人弁護士 小倉武雄

同 密門光昭

同 小堀真澄

右小倉武雄訴訟復代理人弁護士 青野正勝

同 鈴木純雄

被告 株式会社近畿相互銀行

右代表者代表取締役 吉沢新作

<ほか一名>

被告両名訴訟代理人弁護士 松永二夫

右訴訟復代理人弁護士 宅島康二

主文

一、被告大銅建設株式会社は原告に対し金二五二、八三〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告大銅建設株式会社に対するその余の請求および被告株式会社近畿相互銀行に対する本訴請求はいずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用は、これを一二分し、その一を被告大銅建設株式会社の、その余を原告の負担とする。

四、本判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告訴訟代理人は「被告らは、原告に対し連帯して金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、主張

一、原告訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は、茨木市元町三丁目二三番地宅地一四七・一〇平方メートル(四四坪五合)(以下本件土地という)と同地上に木造瓦葺二階建居宅一階六八・九二平方メートル(二〇坪八五)、二階四二・二八平方メートル(四四坪七九)および附属建物一階工場約三三・〇五平方メートル(一〇坪)、屋上物干場約三三・〇五平方メートル(一〇坪)(以下本件建物という)をそれぞれ所有し、同所において東洋舎の商号でクリーニング業を営んでいたものであるが、右営業用の排水は永年同所の東南部に隣接する宅地約六六一・一五平方メートル(二〇〇坪)の周囲の巾約六〇・六センチメートル(二尺)深さ約九〇・九センチメートル(三尺)の流水溝を経て東北溝川に排出していたところ、被告株式会社近畿相互銀行(以下被告銀行という)は、昭和三九年秋頃右隣接宅地を買受けてこれ(買受後の右土地を以下被告銀行土地という)を所有し、同年一二月一〇日頃、同地上に被告銀行茨木支店の店舗として鉄筋コンクリート三階建ビルの新築工事(以下本件工事という)を建築請負業を営む被告大銅建設株式会社(以下被告大銅建設という)に請負わせた。

(二)  被告大銅建設は、右請負後間もないころ右工事に着工したが、その着工に当りまず建築業者として、右工事は本件建物の基礎から至近距離内に地下約一・八メートルに達する堀削を伴うものであるから、これによりその敷地である本件土地に影響を及ぼしその地上の本件建物に損傷を生ぜしめるおそれがあるので、その防護措置をとるべき義務があるのに、これを怠り、前掲流水溝を撤去し、被告銀行土地のうち本件土地に接する部分につき土留等の措置を講ずることなく、しかも境界線(別紙図面中赤実線部分)を越えて本件土地内に入りこみ、本件建物の南側はその建物壁から約三〇センチメートルの地点、その東側はその建物壁から約四〇センチメートルの地点(右図面中青斜線部分)まで、いずれも地盤線から約一・八メートル掘下げてその基礎工事を行ったため、本件土地の地盤が、ゆるみあるいはくずれるとともに本件建物の東側部分全部と南側部分の一部の建物基礎部分にわたって三〇センチメートルから少くとも一〇センチメートル沈下し、これに伴って本件建物全体が南東に傾斜し、ことにその東南隅の沈下が激しく、その隅柱は約三〇センチメートル沈んで土台から外れて浮上がったほどである。

また被告銀行としては、本件工事の注文者として、右工事が本件建物の基礎から至近距離内に地下約一・八メートルに達する堀削を伴うものであることはこれを知っているから、専門的知識がなくともその堀削により本件土地に影響を及ぼし、その地上の本件建物に損傷を生ぜしめるおそれのあることは社会通念上容易に予測しえたはずであるから、右注文に際し、右の点について時に請負人に注意を喚起し、その防止措置を充分に講ぜしめるように配慮する注意義務を有するところ同銀行は全くかかる配慮を怠り工事請負人たる被告大銅建設に対し該工事を一任したままこれを放置していたばかりでなく、工事の途中において原告が度々本件建物の損傷の危険につき被告銀行に対し警告を発しているにかかわらずこれを無視して工事を続行させたものである。

(三)  したがって本件工事によって原告の被った損害は被告らにおいてこれを賠償する責任を有するものというべきところ、原告の損害は次のとおりである。

1、本件建物中附属工場(洗濯作業場)の被害

別紙図面イ、ロ点の柱がいずれも約二〇センチメートル、ハ点の柱が約三〇センチメートル、ニ、ホ、ヘ、ト点の各柱がいずれも約一〇センチメートルそれぞれ沈下し、ハ点ト点の間のブロック壁がこわれ、工場の床コンクリートが各所でひび割れし、電線が強く繋張されて火災の危険にさらされ、前掲各柱の沈下に伴い柱と梁、なげし等の接合がゆるみ脱落して柱と天井、壁との間に約五ないし二〇センチメートルのすき間が生じ、壁各所にひび割れし、且つハ点から東に流れていた巾約三〇センチメートルの排水溝および水道管を損壊しており、その被害復旧補修に必要な工事とその費用は次のとおりである。

イ、基礎工事                五〇、〇〇〇円

ロ、軒梁取替                五五、〇〇〇円

ハ、屋根及び水切取替            三八、〇〇〇円

ニ、壁、コンクリートブロック積替      八五、〇〇〇円

ホ、壁割補修工事(内外部共)        七五、〇〇〇円

ヘ、土間コンクリート打           四二、〇〇〇円

ト、出入口取替及立詰補修          二八、〇〇〇円

チ、給水管切断補修及配管工事        四六、〇〇〇円

リ、排水溝設置工事            一〇〇、〇〇〇円

ヌ、電灯線及動力線補修工事         三二、〇〇〇円

ル、右工事に要する大工、人夫、左官手間賃 一三六、〇〇〇円

2、本件建物中居宅炊事場の被害

別紙図面イ点において柱が約二〇センチメートル沈下し、床敷、壁が一部破損し、柱と壁との間に約五センチメートルのすき間が生じ、天井の張板が割け、壁にひびが入り、柱と梁との接合がゆるみ、屋根瓦が全体に南にずり落ちそうになっており、その被害復旧補修に必要な工事と費用は次のとおりである。

イ、壁面補修工事(内外部共)        八二、〇〇〇円

ロ、床板、天井板張替            五八、〇〇〇円

ハ、屋根瓦、水切板補修工事         三六、〇〇〇円

ニ、水道管取替工事             二三、〇〇〇円

ホ、梁受補強工事              四六、〇〇〇円

ヘ、右工事に要する大工、人夫手間賃    一二四、〇〇〇円

3、本件建物中居宅の炊事場上および工場の屋根上にある物干場の被害

これは原告の営業用として構築したものであるが、その全体が南東に傾斜し約三〇センチメートル沈下し、根太、床組、手摺が数ヶ所外れて危険な状態となり、それに伴い根太下の屋根瓦が各所で破損ならびにずり落ちており、その被害復旧補修に必要な工事とその費用は次のとおりである。

イ、大梁取替補修工事           二八三、〇〇〇円

ロ、柱及びツナギ材取替           七六、〇〇〇円

ハ、踏板取替補修              二三、〇〇〇円

ニ、腕木筋違材補修             四二、〇〇〇円

ホ、屋根瓦葺替補修             二五、〇〇〇円

ヘ、右工事に要する大工、人夫手間賃    一五六、〇〇〇円

4、本件建物中居宅の被害

居宅の一階および二階の柱全体が南東に傾き鴨居下部分に約五センチメートルのすき間が生じ、鴨居が南に下ったため障子、ふすまの開閉ができなくなり、壁にひび割れならびに柱と壁との間に約三センチメートルのすき間が生じ、柱と梁との接合がゆるみ、屋根瓦が全体にゆるんでずり落ちそうになっており、その損害復旧補修に必要な工事と費用は次のとおりである。

イ、屋根瓦葺替              一五三、〇〇〇円

ロ、大壁ヒビ割補修             八二、〇〇〇円

ハ、本家傾斜手直             一八六、〇〇〇円

ニ、右工事に要する大工、人夫手間賃     八〇、〇〇〇円

5、雑費

以上各工事の施工につき有資格者の現場管理ならびに運搬費用および釘金物の費用として金三〇〇、〇〇〇円を必要とする。

6、慰謝料

なお原告は被告らの本件工事開始以来再三にわたって被告らに対し本件基礎工事の土地堀削に当って充分慎重に行ない本件土地建物に対し損傷の生じないよう注意を喚起しておいたのにかかわらず被告らはこれを聞き流し、前掲の如く原告に対して多大の損害を与えた。そのため原告はその営業などに著しい不便を強いられたうえ本件被害発生後も被告らは復旧工事を殆ど施さずそのまま放置し斯界の慣行や信義に反した態度をとったため原告の心痛大なるものがあり、以上の事情に照らすとき原告を慰謝する金銭は金六〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  よって、原告は被告らに対し連帯して補修工事費内金二、四〇〇、〇〇〇円および慰謝料金六〇〇、〇〇〇円合計金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件不法行為の後である昭和四〇年七月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告ら訴訟代理人は請求原因に対する答弁ならびに抗弁として次のとおり述べた。

(一)  請求原因中(一)項の事実を認め、その余の事実はすべて争う。

(二)  被告大銅建設は、本件工事施工に際し原被告立会のうえ本件土地との境界線に石の標識を埋め、同境界線から被告銀行土地側に三〇センチメートル控えてそこに矢板をたてに打込み腹おこしをそえてきりぼりを施したのちその内側被告銀行土地内を約一・八メートル掘り下げ、また右堀削については本件建物を縦横に棒をもって支えてその傾斜を防いで右基礎工事を施工しており、主張の排水路は被告銀行土地内に元の排水路より完全なものを水路を変更して完成し、右基礎工事完了後本件建物の基礎に新らたにコンクリートを入れて従前よりもこれを補強する等本件工事に原因すると否とを問わず、原告の申出によってもその指図に従い本件建物の修理をなしているから本件工事の施工により原告に対しては何等の損害を与えていない。

(三)  被告銀行は被告大銅建設に本件工事を請負わせたものであり、一般に請負は請負人として一定の計画に従ってその裁量において仕事を完成させるもので仕事のやり方について注文者が具体的な指図又は監督をするものではないから請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。

三、原告訴訟代理人は抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

被告らは原告の抗議にもとづき多少の修理を施したことはあるが、これは原告の損害を填補するほどのものではない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告が本件土地建物を所有しここで主張の経営をしており、右土地に隣接の被告銀行買受けにかかる被告銀行土地がありその土地を廻って原告主張の排水溝が設けられており、被告銀行が被告大銅建設に対し昭和三九年一二月一〇日ごろ本件工事を請負わせた事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件工事は右請負契約締結後間もないころに着工し、その基礎工事は同四〇年一月中に及び、全工事の完成は同年六月ごろであり、被告銀行は同年五月末ごろ新築された建物で開店した事実を認めることができる。

二、そこで被告大銅建設の本件工事中基礎工事実施状況をみるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物はその敷地である本件土地上被告銀行土地側においてそれとの境界線から四五ないし六〇センチメートル離れて本件土地の内側にあること、本件工事の基礎工事はその施工前の被告銀行土地の地盤線が本件土地のそれより約二三センチメートル高いことから後者のそれまで下げ且つその下げる前の地盤線から一・八メートル下の所にコンクリート造基礎の底辺が達し、さらにその下三〇センチメートルの深さに栗石を敷きつめるよう設計されており、被告大銅建設は右設計に従って被告銀行土地中約四〇〇平方メートルの広さにわたり掘下げており、本件土地付近ではそれとの境界線に沿い約三〇センチメートル内側をいわゆる矢板打ち上法による土留工事を施しながら掘下げたが、付近一帯の土地がやや軟弱であったこともあって、右堀削の結果本件土地中本件建物の附属建物(洗濯場)南側付近の地盤が多少沈下をきたし、右附属建物の南面基礎が浮上り、その基礎が建物を建築する際通常工法としてはベースコンクリートを埋設するのにこれをしないで建築された不完全なものであったこともあいまって該部分がわずかに傾斜しその南側の壁東南隅床コンクリートの一部などに亀裂が生じ、水道管がちぎれる等の損傷が発生したこと、排水溝については右堀削にさきだち厚さ一・五センチメートル板で二〇センチメートル角箱襲でその周囲をセメントのモルタルで固めた仮排水路をつくり、本件工事完成後は本件土地に近い被告銀行土地内に排水留用マスを作りそれから被告銀行建物下にヒューム管を埋設して完全なものにつくりかえておること、右損傷部分のうち水道管については原告が金二六〇円を支出してこれを補修したが、その余の部分は原告の苦情申出により被告大銅建設においてほぼ復旧工事をなし、現在損傷として残っている部分は①附属建物(洗濯場)東南隅土間のコンクリート部分、②附属建物(洗濯場)真壁部分、③胴付羽子板ボールト添柱部分、④該建物の外部の東側および南側の側溝部分および犬走りコンクリート部分の補修塗直しなどであって、その補修等の総費用は該補修工事材料、運搬費その他の諸経費を含めても合計金五二、五七〇円で足りること、本件建物中居宅の一階柱は一〇分の〇・〇七度、二階柱は一〇分の〇・〇三度、その全体としては一、二階共一〇分の〇・〇二度傾斜しているものの、この傾斜は本件工事側から離れた西の道路側においても生じていて、鴨居の下り、壁のすき間の発生は該建物が老朽化して耐用年数を経過した結果によるものであって被告大銅建設の本件工事施工によるものではないことなどの事実が認められ、≪証拠判断省略≫また≪証拠省略≫によれば本件建物は本件工事によって損傷を起しその補修費用は合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を超える金額を要する旨記載されかつ同様に証言されているが、右記載および証言部分は≪証拠省略≫によれば本件工事に起因しない建物の損傷部分の改修費用を含んでいるほか炊事場、洗濯場、物干場に対する費用算定基準は新築又は改良的なものとして算出し復旧を基礎とした算定でないことが明らかであり、また≪証拠省略≫によれば原告は炊事場および物干場の修理費用としてその修理請負人柴崎勝に対し金二七七、〇〇〇円を支払っていることが認められるが、≪証拠省略≫に照らしこれまた改良費として支出したものであることが明らかであるから、いずれも本件工事による原告の損害の証拠としてはたやすく採用できない。そして他に右認定以上の原告の財産的損害を認めるに足る証拠はない。

しかしながら≪証拠省略≫によれば、被告大銅建設において前記認定のとおり本件工事による原告の損害についてその復旧工事をなしたものの、これは原告の再三にわたる被告側に対する苦情申出によるものであり、しかも本件工事が着工から完了するまで約六ヶ月を要したこと前項認定のとおりであることからすれば原告はその間本件工事により平穏な日常生活を害され精神的苦痛を余儀なく受けたことは推認するに難くなく、その慰謝料は以上認定した諸事情などを斟酌するとき金二〇〇、〇〇〇円をもって相当というべきである。

三、そこで被告らの責任について判断するに、前項認定事実によれば、本件工事を担当したのは被告大銅建設でしかも原告の該損害の発生は同被告の本件工事に起因するものであること、本件工事は単純な矢板打ち工法を施したものであるが、この程度をもってしてはなお本件建物に対し前項認定の程度の損傷が生ずるであろうことは建築業者として被告大銅建設は当然これを予見しえたものというべく、その施工にあたって予め隣地の地盤の強度をよく調査し右矢板打ち工法の実施の方法そのものをも含めて適切な補強策をとるべきなのにこれをしなかったのであるから、同被告は原告の該損害の発生につきこれが賠償責任を有するものである。しかし、被告銀行については前記のとおり本件工事に対する単なる注文者であるから本件土地の地盤が一見して軟弱なことが明らかであるなど特段の事情がない限り該工事の発注についてたとえその工事地区に近接して隣家があるからといって直ちにその地盤の硬軟を判断して隣接地に対する損害発生を未然に防止すべき工法を決定すべき注意義務があるとはいえない。また≪証拠省略≫によれば原告は本件工事中基礎工事の進行中に同被告に対し右工事により損害を被ったとして善処方を求め同被告も被害があれば復旧する旨答えた事実が認められるが、これをもって同被告に本件工事の注文またはこれに対する指図につき過失があったことの立証とはならないし、他にこれを認めるに足る証拠はないから、同被告は原告の損害につきこれを賠償する責任を有しない。

四、よって、以上の事実によるときは、原告の本訴請求は被告大銅建設に対し金二五二、八三〇円および右金員に対する不法行為の日以後であることの明らかな昭和四〇年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、同被告に対するその余の請求および被告銀行に対する請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善哉 裁判官 藤枝忠了 渡辺雅文)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例