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大阪地方裁判所 昭和40年(タ)150号 判決 1966年11月29日

原告 林千代子

<仮名・以下同>

右訴訟代理人弁護士 尾崎亀太郎

被告 林一郎

右訴訟代理人弁護士 山口伸六

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の長女良子の親権者を原告と定める。

被告は原告に対し金八〇万円及び本判決確定の日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告と被告とを離婚する。被告は原告に対し金一一〇万円及び訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。原被告間の長女良子の親権者を原告と定める。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、≪以下事実省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、原告(昭和一六年一月一三日生)と被告(昭和一四年一二月七日生)とは、昭和三九年六月二日に見合し、同年一一月三日挙式の上被告の母春子と三人の共同生活に入り、同年一二月一六日婚姻届を了した夫婦で、その間に同四〇年九月一八日長女良子が出生した。

二、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

被告は原告と同居後二箇月程してから帰宅が遅くなり、宴会などと称して夜中の二時、三時に帰ることもしばしばで早く帰った日でもまた自動車で出かけてはそのまま朝まで帰らないということも度々であった。原告は被告と話しあい、特に昭和四〇年二月に妊娠を知ってからは、安心して子が生めるように頼み、被告もまた真面目になることを約したのであるが、その後も被告の右の如き生活態度は変らなかった。のみならず、同年三月からは給料もいれず、原告が調べたところ、被告が○○工務店○○営業所に勤務していたというのはいつわりであることが分った。原告は同年四、五月頃妊娠の身で健康も思わしくなかったので、医者のすすめで一時実家へ帰っていた。被告はこの頃から原告との婚姻前すでになじみのあったバーのホステス山田夏子との関係を復活し、嘗て被告名義で同人のために賃借した○○市○○区○○町のアパートの一室で同棲同然の生活に入り、山田は同年五月に妊娠し、翌四一年二月六日太郎という男子を出生し、現在被告と共に共同の生活を営んでいる。当時右同棲の事実を知らなかった原告は、媒酌人○○夫妻のすすめもあって、約一箇月余の後被告方に戻ったものの、被告の行状は変らないのみか、やがて全然帰宅しなくなったため、同年八月一日再び実家に帰り、同年九月八日大阪家庭裁判所に離婚の調停を申し立てるに至った。しかし原告は、なお被告がその心をいれかえてくれさえすれば、と願っていたのであるが、良子出産の知らせに対しても数日を経て見舞に来て、別段嬉しそうな様子をみせなかったことや、その直後子供をひきとるから別れてほしいと述べたことなどがあり、更に同年一〇月被告が山田夏子と同棲している事実をつきとめ、遂に離婚を決意するに至ったのである。

被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信せず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

三、以上認定にかかる事実によれば、被告の不貞行為は歴然たるものがあり、その前後の事情をあわせ考えれば、原被告間の婚姻は既に回復不可能なまでに破綻し、これを継続せしめるに由なきものといわなければならない。かくして原告の離婚請求は理由があり、これを認容すべく、原被告間の長女良子の親権者については、その未だ幼児であることに鑑み、原告側及び被告側の予見し得られる受け入れ態勢につき、叙上の事実関係及びその他の本件にあらわれた諸般の事情を綜合して考察すれば、現に良子を監護養育している原告を親権者に指定するのが相当である。

四、原告は被告の右の如き行為により離婚のやむなきに至らしめられたについて蒙った精神的苦痛のための慰藉料として金一〇〇万円、離婚にともなう財産分与として金一〇万円を請求する。しかし民法第七六八条(同法第七七一条により裁判上の離婚に準用)による離婚の際の財産分与とは、詳説は避けるが、夫婦間における実質的共有財産の清算(狭義の財産分与)を中核的要素とし、離婚にともなう損害賠償(慰藉料)的要素及び離婚後の扶養料的要素をもすべてとりこんだ包括的な一箇の離婚給付であると解するのが正当であり、従ってそれは、相手方の有責不法な行為によって離婚のやむなきに至らしめられたことによる慰藉料、即ちいわゆる離婚慰藉料をも当然に包含し吸収するものである。本件原告のように離婚慰藉料と「財産分与」とをあわせ求める場合、その意図するところは、これらを以て一切の離婚給付の解決をはかろうとするにあることはたやすく看取され得るから、その附した法的名称にかかわらず(もっとも原告の求める金一〇万円の「財産分与」が前説示の狭義の財産分与の趣旨であると解し得られないわけではないから、名称自体も何ら障碍とはならないともいえる)、これは右の意味における包括的な離婚給付としての財産分与(広義の財産分与)を求めるものに外ならないということができる。以下このような観点から本件を検討する。

(1)  原告と被告とが夫婦として共同生活を営んだ期間は前示のように僅か半年程度にすぎず、その間原告が被告の財産取得や稼動能力の増進等に特に寄与したこと、換言すれば実質的な夫婦共有財産として離婚に際し清算すべき要素は、本件全証拠を以てしてもこれを認めるに足りない。

(2)  原告が被告の不貞行為によって離婚を決意するに至ったことは前認定のとおりであり、その責任はいうまでもなく被告が負うべきである。もっとも原被告各本人尋問の結果によれば、原告にも初回実家に帰った動機と時期の点において、また被告の意志薄弱な性格を洞察し、自己の性格と教養とをこれに適合させる点において、やや思慮と努力とが十分でなかったことがうかがわれないわけではなく、他面被告の母春子の存在が原被告の夫婦仲を円滑にするのとは逆な方向に働いたことも否定し得ないように思われる。而して≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨によれば、原告は短期大学家政科を卒業し、洋裁、和裁、生花、茶道、人形製作等について一応の修得をしたまでで、格別特技と称せられるものを持たず、初婚で年令も未だ二五才であることが認められ、かかる境涯で早くも一女をかかえて離婚のやむなきに至ったことによりうける精神的打撃は察するに余りある。

(3)  原告が現在長女良子と共に実家に住み、父の家業を手伝っているとはいうものの、何時までもこのような境遇に甘んじ難いことは、被告本人の供述と弁論の全趣旨によってこれを窺知し得るところ、やがて就職し、もしくは再婚することによって、独立のもしくは安定した生活を獲得するまでには、かなりの困難が伏在することは、前示(2)の事情からしてもたやすく予見されるところである。

(4)  他方被告は、現在○○株式会社の事務員兼運転手として勤務し、月給三万六千円のほか出張手当として月に一万円程度を取得し、現に五万円程度の預金を有していることは、≪証拠省略≫によって認められるが、他に財産として挙げる程のものを所有していることを認めるに足りる証拠はない。もっとも原告は、被告が○○市○○区○○町○○番地の宅地一八坪二合七勺及び同地上の家屋二階建一棟延三六坪七合五勺を、母春子から昭和四〇年四月二三日か二四日頃贈与されたと主張するが、≪証拠省略≫によれば、その頃被告の日常生活を改めさせて原被告の夫婦仲を調整すべく、媒酌人○○夫妻、被告の母、原告の両親、それに原被告各本人が集った際、春子は原被告を春子から別居させ春子所有の右土地・家屋(アパート)に住まわせて、その家賃を生活費として提供することに同意したことは認められるが、その所有権をまで贈与したことはなく、現に登記ももとより春子所有名義のままであることが認められ、原告本人の供述中これに反する部分は措信せず、他に右認定を動かす証拠はない。被告は現在山田夏子とその子太郎と共に、家賃月金九千円のアパートに居住しているが、その家賃は被告の母春子から送金されていることが≪証拠省略≫によって認められ、春子は前示○○の土地家屋のほか、帝塚山に家屋、美章園に土地家屋を所有し、これらからの上りが月金一七万円程になることが、≪証拠省略≫によって認められるが、被告の原告に対する離婚給付を決定する際、被告が山田夏子らとの共同生活に要する費用を全面的に考慮にいれるのは適当でないと同様に、春子の財産と援助とを当然に考慮するのも正しくないといわなければならない。

以上を綜合して勘案すれば、被告は原告に対し包括的離婚給付としての財産分与をなすべきであり、その額を金八〇万円と定め、これが支払を命ずることとする。なお、財産分与の支払義務は離婚判決確定によって発生するものであるから、右金八〇万円については、本判決確定の日の翌日からこれが支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を附加して支払うべきものとする。

五、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条を適用して被告の負担とする。なお原告の請求額のうち認容されなかった金三〇万円及び遅延損害金については、財産分与の請求が非訟事項に属する以上、請求棄却をうたわない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 高野耕一)

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