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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)2571号 判決 1965年6月30日

原告

甲女

代理人

富田貞男

復代理人

大家素幸

被告

乙交通株式会社

代表者

飯原敏雄

代理人

中筋義一

中筋一朗

神田定治

主文

被告は原告に対し金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年七月八日より完済まで年五分の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときはその勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年四月五日より完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用はは被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は昭和三六年四月五日午後八時頃大阪府○○郡○○町南一〇三六番地のA病院に入院中の友人を見舞い、同日午後一〇時頃タクシーで○○町の自宅に帰るため、自動車による旅客運送を営む被告の○○営業所に対し、電話で、自動車をA病院に廻すよう依頼したところ、被告がこれを承諾し、その営業用自動車を右病院に廻してきたので、これに乗車した。右自動車を運転したのは昭和三四年一月より被告に自動車運転手として雇われ、当時被告××営業所に配属されていた丙であつて、丙は原告の指示によりその自宅の方向に自動車を進行させたが、自宅附近において、原告の指示に反し、突如方向を転じて△△市方面に向い、原告が下車させるよう懇願するのもきかず、疾走して人里離れた△△旧陸軍演習場に至り、逃れんとして抵抗する原告を自動車の後部座席に押込み、左手を捻じ上げるなどして原告の反抗を抑圧して原告を姦淫し、その際処女膜裂創を負わせ、心身に多大の苦痛を与えた。

二、右のように、原告が被告○○営業所に対し自動車をA病院に廻すよう依頼し、被告がこれを承諾したことにより、原告と被告の間に運送契約は成立したのであり、仮に右時点において末だ運送契約が成立しなかつたとすれば、原告がA病院において、丙運転手に対し行先を自宅と告げて乗車したときに運送契約が成立した。したがつて、被告は原告をその自宅に安全に運送する債務を負担したのであつて、原告が運送のために受けた前記損害を賠償する義務がある。

三、仮に被告に運送契約に基く債務不履行の責任がないとしても、原告の前記損害は被告の被用者である丙が被告の事業の執行につき加えたものであるから、被告は使用者としてこれを賠償する義務がある。

四、原告は昭和一六年六月五日出生したものであつて、鋳造業を営む傍ら町会議長、町教育委員長等を歴任し、現に市会議員の職にある父Aに育てられたいわゆる良家の子女であり、○○学院高等部を卒業し、○○株式会社に勤務し、近く良縁を得て嫁ごうとしていたのに、丙の破廉恥な行為により、一瞬にして奈落の底に突き落され、勤務先を退め、傷心の日を送ることとなつたものであり、その精神的苦痛は甚大であり、被告が大会社たる○○電気鉄道株式会社の子会社であることをも考慮すれば、その慰籍料は金五、〇〇〇、〇〇〇円以上を相当とする。

五、よつて被告に対し損害金五、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年四月五日より完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。

六、なお被告主張二の事実のうち、昭和三六年四月五日午後八時頃原告が被告××営業所からA病院まで丙運転の前記自動車に乗車したこと、右病院から帰宅すべく丙運送の自動車に乗車した際助手席に坐つたことは認めるが、その余の事実は争う。原告が助手席に乗つたのは、丙が助手席の扉を開け強いて原告を助手席に乗せたものである。被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。

訴訟費用は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

一、原告主張一の事実中、被告が自動車による旅客運送営業を目的とする会社であつて、丙を運転手として雇い、××営業所に配置していたこと、原告がその主張の日時に、A病院に赴き、被告営業所(但し××営業所)に電話で自動車を右病院に廻すよう申出たこと、被告が原告の要請に基き丙の運転する被告営業用自動車をA病院に廻し、原告がこれに乗車したこと、丙が原告を自宅に運送するため、その方向に自動車を運転し、原告自宅附近を通過したことは認めるが、その余の事実は知らない。仮に丙が右自動車を運転して△△旧陸軍演習場に至り、同所において原告と情交したとすれば、原告との合意に基きなした和姦である。

原告主張四の事実中、被告が○○電気鉄道株式会社の系列会社であることは認めるが、Aが原告の父であることは否認し、その余の事実は知らない。

二、原告と被告の間には旅客運送契約は成立していない。およそタクシーによる旅客運送契約は、旅客が一定地点において営業用自動車の所定の座席に乗車し、運転者にその目的地を告知し、かつ運送の対価は目的地への順路に従う走行キロ数に対応する所定の金員を、当該自動車備付の賃金メーターの指示するところにより、目的地到達後に払う意思を表示し、営業者側において、右申込を受諾し、賃金メーター桿を倒してメーター操作可能の状態におき、出発点を離れる体勢になつた時に成立する。単に旅客が営業所に電話で自動車を廻すよう申出をなし、営業所がこれに応じて自動車を指定の場所に廻しても、その回送のための走行距離については賃を徴収しないのであつて、たかだか旅客運送の予約が成立したに止まり、未だ運送契約は成立していないのである。

原告は丙と昭和三五年以来の顔なじみであつて、昭和三六年四月五日までに三〇回以上丙の運転する被告営業用自動車に乗車し、そのうち一〇回以上も丙がメーター桿を倒さず、無賃乗車をした間柄であり、当日A病院に赴くに当り、被告××営業所から右病院まで丙運転の自動車に乗車したが、それも無賃乗車であり、自動車を降りる際、丙が「××営業所に電話をしてくれれば病院から原告の自宅まで自分が送つてやる」と申出たので、原告は右病院を辞去する時、被告××営業所に対し丙を指名して自動車を右病院に廻すよう電話で申出た。しかも丙が右病院に自動車を廻した際、原告は自ら前部運転台助手席の扉を開けて乗込んだ。丙は原告をその自宅に送り届けるため、原告自宅方向に進行したが、メーター桿を倒さなかつたのであつて、原告はこれを了知していた。

そして丙が原告の自宅まで歩いて約一分の地点に自動車を停め、ドライブしようと勧誘したところ、原告は「夜遅いからドライブはやめよう」と一応これを拒否しながら敢て降車しなかつたので、丙は原告を乗せたままさらに運転を続けたのである。以上の事実によれば、原告は前記のような通常の適法な運送契約を被告と締結する意思のないことを表示して乗車していたものであつて、丙が被告営業用自動車を被告の営業のために運行するのでなく、専ら原告と丙の利便のために不当に利用するものであることを知悉していたのであるから、原告と被告の間には運送契約は成立していない。

また、旅客運送契約は旅客を、その生命、身体等に運送に関する通常の危険を生ぜしめないで、安全かつ正確に運搬することを目的とするものであるから、運転者が旅客の生命身体に危害を加える意図をもつてこれを乗車せしめたときは運送契約の成立する余地がなく、また、運搬の途中においてかかる意図を抱いたときは当然に運送契約は終了する。したがつて、丙が原告を強姦したものであるとすれば、原告と被告の間には当初から運送契約が成立しなかつたか、又は運送途中で運送契約が終了したのであつて、いずれにしても、強姦当時には原告と被告の間に運送契約は存在しなかつたことになる。

三、仮に原告と被告の間に運送契約が成立していたとしても、原告の受けた損害は運送人が賠償の責任を負うべきものではない。というのは、旅客の運送人が商法第五九〇条に基き損害賠償の責任を負うのは、有償の運送契約が締結された場合に限るのであつて、本件のように、無償の運送契約による乗客が蒙つた損害は、これを賠償すべき責任がない。

また、右法条の損害賠償責任は、運送人又はその使用人が運送に関し通常の運送人として注意を欠いたことにより旅客に損害を与えた場合に負うのであつて、運送人又はその使用人が故意に旅客に損害を与えた場合には負わないのであり、原告主張の損害は丙の故意に基く行為により生じたものであることが明らかであるから、被告にはその賠償責任がない。

さらに被告の使用人である丙が法律上なすことのできる行為の範囲は、被告のために旅客を安全かつ正確に運送することであつて、丙自身の意欲のために被告の欲しないことの明らかな行為をすることはできない。被告が丙の所為につき運送人としての責任を負うのは、丙の右範囲内の行為すなわち旅客の安全と運送の正確を保持する意図の下になした行為の結果旅客が受けた損害に限るのであつて、商法第五九〇条にいう旅客が運送のために受けた損害はかかる損害を指すのであり、原告主張の損害はこれに当らない。したがつて被告にはその賠償責任がない。

四、被告には丙の不法行為につき使用者として損害賠償をすべき責任もない。すなわち原告の損害は先に述べたところから明かなように丙が被告の事業の執行につき加えたものではない。殊に原告は丙の自動車運行が被告のためにする意思を以てなされているものでないことを知り、又は知り得べき状況の下に乗車していたのであるから、丙が原告に与えた損害について、被告が使用者として、賠償責任を負ういわれはない。しかも、被告には丙運転手の選任監督につき過失がないから、この点からしても、民法第七一五条の使用者責任を負わない。

五、仮に被告に運送人又は使用者として損害賠償責任があるとしても、原告が丙と顔なじみで、屡々丙運転の被告営業用自動車に無賃乗車したこと、丙を特に指名して被告営業所に配車方を申入れたこと、進んで右自動車の助手席に乗込んだこと、丙が原告自宅附近で自動車を停めたのに降りなかつたことなど、丙の強姦行為の誘因となつたものであるから、原告にも損害の発生について過失がある。これを斟酌すると、もはや被告には賠償責任が全くないか、或いはその賠償すべき額は僅少である。

六、被告が損害賠償責任を負つたとしても、原告は昭和三六年四月丙に対し慰藉料請求権を抛棄した。丙の強姦により丙および被告が原告に対し負担した損害賠償義務はいわゆる不真正連帯債務であつて、被告の慰藉料支払義務も消滅した。(立証―省略)

理由

一、被告が自動車による旅客運送営業を目的とする会社であること、丙が昭和三四年一月より被告に自動車運転手として雇われ、昭和三六年四月当時被告××営業所に勤務していたこと、原告が同年四月五日午後八時頃被告××営業所から丙の運転する被告営業用自動車に乗つて大阪府○○郡○○町南一〇六番地のA病院に赴いたこと、同日午後一〇時頃原告が電話で被告営業所に対し自動車を○○病院に廻すよう依頼したこと、被告が原告の要請に基き丙の運転する前記自動車を右病院に廻したこと、原告が右病院で右自動車の助手席に乗つたこと、丙が原告を○○町の原告自宅に運送するためその自宅に向い自動車を進行させたことは当事者間に争がない。

そして(証拠)によれば、丙は右自動車を運転して原告自宅附近を通過し、家に帰してくれという原告を乗せたまま、同日午後一〇時三〇分頃△△の旧陸軍演習場に至り、原告の腕を掴んで後の客席に押し込み、やめてくれと泣いて嘆願する原告の身体の上に乗りかかり、手を捻じ上げるなどの暴行を加え、強いて原告を姦淫し、よつて原告に処女膜裂創を負わせ、その後直ちに右自動車を引返して原告をその自宅まで輸送したことが認められ、成立に争のない乙第八号証の記載、証人丙の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると原告は自動車による旅客運送業者たる被告の使用人丙に強姦され、心身に苦痛を受けたことは明らかである。

二、そこでまず原告と被告の間の運送契約の成否について考察する。自動車による旅客運送契約は諾成契約であつて、契約の締結に格別の方式を必要としないのであり、その自動車にタクシーメーターが装備されている場合においても、被告の主張するように、旅客が自動車の座席に坐るまでは運送契約が成立しないとか、運転がメーター桿を倒すまでは運送契約が成立しないものとするというような一般的原則があるわけではなく、また運転者がメーター桿を倒さないで旅客を運送した場合には常に運送人と旅客との間には運送契約が締結されていないとみなければならないというものでもない。タクシーメーターは運賃額を自動車の走行距離に応じて定めた場合のその計算の器具にすぎず、運転者がメーター桿を倒したか否かは、運送人と旅客等との間の運送契約の成否を判定する資料となることがあるに止まるのである。

ところで、原告がA病院から被告の営業所に対し電話で自動車を右病院に廻すよう依頼したことは、すでに述べたとおり、当事者間に争のないところであるが(証拠)によれば、原告はA病院からはじめ被告○○営業所に電話で右趣旨を申入れたところ、同営業所係員において配車の都合が直ちにはつきかねる旨答えたので、前記のように当日被告××営業所からA病院まで丙運転の自動車に乗車したとき、丙より、帰宅の際タクシーが無くて困つたら営業所に電話をかけてくれれば居宅まで送るといわれていたところから、直ちに被告××営業所に対し電話で自動車をA病院に廻してもらいたいと依頼し、特に丙運転の自動車を廻すよう告げたところ、同営業所配車係はこれを応諾し、被告○○営業所係員を通じ、偶々同営業所に寄つた丙に対し、A病院に自動車を廻すよう指示し、これに従い丙は前記自動車を右病院まで運転し、同所で乗車した原告が自宅に行くよう告げたので、かねて知つている原告の自宅に向け発車したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実によれば、原告は電話で被告××営業所に対し被告の営業自動車特に丙の運転する自動車によつて原告をA病院から原告の指示する地点まで運送するよう依頼し、同営業所係員はこれを応諾したものであつて、特段の事情のない限り、これにより、被告と原告の間に旅客運送契約が成立したと認めるのが相当である。(証拠)によると、これまで被告営業所が一定の地点まで自動車を廻すよう申込を受けてこれを応諾し、その配車先から旅客を運送した場合、他の同業者と同じく、営業所より走行距離を計算して料金を徴収するいわゆる迎えメーター制をとつていた時期もあり、配車先からこれを計算した時期もあり、昭和三六年四月当時は偶々後者であつたことが認められるけれども、このことは前記被告の応諾により運送契約が成立したものと認める妨げとはならない。

被告の主張するように、右時点においては未だ運送契約が成立しなかつたとしても、前記事実によれば、遅くとも原告がA病院で被告の営業用自動車に乗つて行先を自宅と告げ、丙運転手がこれを発車させたとき、特段の事情のない限り、原告と被告の間に、原告を右病院から前記自宅に運送する契約が成立したものとみるべきである。被告は原告が被告と運送契約を締結する意思のないことを表示して乗車したと主張し、この点につき種々の事実を挙げているから検討するに、(証拠)によれば、丙が被告○○営業所に勤務中、原告は丙運転の被告営業用自動車に屡々乗車し、時に運賃を支払わなかつたことがあるけれども、少くとも、原告が被告営業所から乗車した場合および被告営業所に配車方を依頼して乗車した場合には、丙はメーター桿を倒して自動車を運行し、原告もその料金を提供したのであつて、時に丙がこれを受取らないことがあつたものであること、当日被告××営業所からA病院まで乗車したとき原告は運賃を払つていないけれども、その際もまた原告は運賃を提供したのであつて、丙がこれを受領しなかつたものであることが認められ、これらの事実に、原告がその自宅に帰るべくA病院から丙運転の被告営業用自動車に乗車したときも被告営業所に配車方を申込んでいることを考え併せれば、原告は被告に対し所定の運賃を支払う意思をもつて乗車したとみるべきものといわなければならない。また、原告が自動車の後部座席ではなく、助手席に坐つたことは前記のとおりであるが、前掲各証拠によれば、これは丙が原告と顔なじみであつて、助手席の扉を開けた原告に乗車を勧めたからであり、これを以て、原告が被告と運送契約を締結する意思のないことを表明したものとはなしがたい。さらに、(証拠)によると、丙はA病院において原告を乗車させ発車する際メーター桿を倒すのを忘れたことが認められるが、(証拠)によれば、原告はタクシー利用の経験から自宅までの運賃が金一〇〇円であることを知つていたのであつて、丙がメーター桿を倒さないで運転していることに気付かなかつたものであることが認められ丙がメーター桿を倒さなかつたことも原告と被告間の運送契約の成立を妨げるものではない。なお被告は発車後原告と丙の間にドライブをする合意が成立したかのように主張するが、かかる合意の成立を認めるに足る証拠はない。したがつて原告が被告との間に運送契約を締結する意思のないことを表示して乗車したとする被告の主張は理由がない。

次に、被告は運転者が乗客に危害を加える意図を当初から抱いていたときは旅客運送契約の成立する余地がなく、契約成立後かかる意図を抱いたときは運送契約は当然に終了すると主張するが、独自の見解であつて採用の限りでない。

そうすると、丙は被告と原告との間の運送契約に基き被告営業自動車で原告を運送中、原告に危害を加えて損害を生ぜしめたものというべきである。

三、よつて被告の損害賠償責任について判断する。旅客運送契約は運送人が旅客を安全に目的地に運送することを目的とするものであるから、運送人は自己又は履行補助者がその債務の履行につき故意過失により旅客に危害を加えたときは、完全にその契約上の義務を履行したものとはいえないのであつて、そのために生じた損害を賠償する責任を負うべきことは債務不履行の原則上当然のことであり、商法第五九〇条の規定に徴しても明らである。被告は運送人が右責任を負うのはその締結した運送契約が有償である場合に限ると主張するが、無償の場合においてもその責任を否定すべき理由はない。(なお原告と被告の間に成立した運送契約が有償であることは前記二の説示により明らかであろう。)また、被告は運送人が右責任を負うのは自己又はその使用人の過失の場合に限り、故意の場合は除外されると主張するが、故意の場合にその責任を否定すべき理由はさらにない。

被告は、さらに、原告が蒙つた損害は商法第五九〇条第一項にいう運送のために受けた損害に当らないと主張する。しかし、自動車による旅客運送契約に基き、使用人たる運転手が旅客を輸送の途中、車内で強姦し、傷害を負わせた場合、旅客の受けた心身の苦痛は、運送契約に基く運送人の債務の履行が不完全なことによつて生じた損害であり、右法条にいう旅客が運送のために受けた損害に当るものというべきである。そうすると、被告は原告に対し損害賠償責任を負うべきものといわなければならない。

四、そこで原告の損害について検討する。(証拠)によれば、原告は昭和一六年七月五日出生し、幼時その母BがA′と同棲した(昭和三六年三月一日婚姻)ので、鋳物仕上加工業を営み町会議長等を歴任したA′に養育されて成長し、昭和三五年二月高等学校を卒業し、本件被害を受けた当時会社事務員をしていたものであつて、その後結婚したが、凌辱を受けたことを夫に知られることをひそかに畏れていることが認められる。

ところで(証拠)によれば、原告は昭和三五年暮より昭和三六年二月頃にかけ、母Bが大阪市で経営していた喫茶店を夜間手伝い、そのため帰宅の時刻が遅れ、被告○○営業所の自動車を利用することが多かつたが、当時右営業所に所属していた丙の運転する自動車に乗車すると、丙が原告の提供する運賃を理由もなく受取らないことが時々あつたのに、原告は引続き、被告営業所等に待機している数台の自動車中主として丙運転の自動車に乗車していたことが窺われるのであつて、本件被害を受けた当日も、すでに述べたように、被告営業所に丙を指名して配車方を依頼し、丙運転の自動車の助手席に乗込んだのであり、それが前記のようないきさつによるものであるにせよ、その行動にはいささか軽率の嫌いがないでもなく、本件損害の発生を避けるにつき、原告に欠けるところが全くなかつたとはいいがたい。

以上の事実その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌すると、原告の蒙つた肉体的精神的苦痛に対する慰藉料は金、五〇〇、〇〇〇円を相当とする。

五、次に被告は原告が丙に対する慰藉料の請求権を抛棄したから、被告の慰藉料支払義務も消滅したと主張する。しかし原告が丙に対する慰藉料請求権を抛棄したことを認めるに足る証拠はない。

もつとも(証拠)によると、「丙との間で慰藉料の点につき円満解決したので慰藉料請求の訴訟は提起しないことを上申する」という原告親権者A′名義の昭和三六年四月一七日付大阪地方検察庁堺支部宛の上申書が同庁に提出されていることが認められる。しかし(証拠)を考え併せると、A′(同人は原告の親権者ではない)は同年四月Cより、丙と慰藉料について交渉をしてやるから交渉の妥結に備え右趣旨の書面を作成してもらいたいと要請され、右上申書を作成してCに交付したところ、Cと丙との慰藉料についての交渉が妥結しないうちに、右書面が丙側の手に渡り、検察庁に提出されるに至つたものであつて、原告と丙の間には未だ慰藉料支払についての合意は成立していないことが認められ、証人Dの証言中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。

六、そうすると、被告は原告に対し金五〇〇、〇〇〇およびこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三七年七月八日より完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

されば原告の本訴請求は被告に対し金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年七月八日より完済まで年五分の金員の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。(石川恭)

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