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大阪地方裁判所 昭和35年(行)43号 判決 1961年4月13日

原告 井上進

被告 国・大阪府知事

主文

一、被告大阪府知事と原告との間で、同被告が別紙物件目録記載の土地につき、昭和二三年三月二日を買収の時期と定めてした農地買収処分が無効であることを確認する。

二、被告国と原告との間で、原告が前項記載の土地につき三分の二の割合による所有権の共有持分を有することを確認する。

三、被告国は第一項記載の土地について、大阪法務局枚方出張所昭和二五年四月二八日受付をもつてなされた、自作農創設特別措置法による売渡を原因とする、被告国から訴外奥田ひでへの所有権移転登記が抹消されることを条件として、同法務局同出張所買収を原因とする国(農林省名義)の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

四、被告大阪府知事に対する訴のうち、第一項記載の土地について同被告がした売渡処分の無効確認を求める部分、被告国に対する訴のうち、右土地の売渡処分を原因とする訴外奥田ひでへの所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分をいずれも却下する。

五、原告の被告国に対するその余の請求を棄却する。

六、訴訟費用は被告両名の負担とする。

事実

原告は請求の趣旨として、主文第一、第六項と同旨、ならびに「被告大阪府知事との間で同被告が別紙物件目録記載の土地についてした売渡処分が無効であることを確認する。被告との間で右土地が原告の所有であることを確認する。被告国は右土地について大阪法務局枚方出張所昭和二五年四月二八日受付をもつてなされた。自作農創設特別措置法による買収処分を原因とする被告国の所有権取得登記ならびに同法による売渡処分を原因とする訴外奥田ひでへの所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

「一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと、原告の父亡井上秀一の所有であつた。ところが、被告知事は、右土地について、自作農創設特別措置法(以下自創法という)に基づき、これを同法第三条一項二号に該当する小作地であるとして、昭和二三年三月二日を買収の時期とする買収処分をし、さらに、これを訴外奥田ひでに売り渡す処分をした。原告の父亡秀一は、昭和二三年中に買収令書を受領した。そして、本件土地については右買収処分、売渡処分を原因として国の所有権取得登記ならびに訴外奥田ひで名義の所有権移転登記がなされている。

二、しかしながら、被告知事のした右買収処分には次のような重大かつ明白な事実の誤認がある。

本件土地は小作地ではなく、原告の父亡秀一が自営自作していた土地であつて、同人はこの土地を他のなんびとにも耕作させたことはない。この事実は明瞭な事実であつた。被告知事は本件土地を、同じく亡秀一の所有であつた枚方市大字出口一二九番地の一、田一反一畝一一歩外畦畔七歩の土地と取り違えて買収したものである。右一二九番地の一の土地は訴外奥田秀治に賃貸していた土地であるが、これとても、現実には同人が耕作していたのではなく、訴外谷川幸三郎が耕作していた。この一二九番地の一の土地は本件土地から一〇〇米も北にあり、両土地の間には、本件土地から北へ、他人所有の田一枚、農道、約一間中の水路、さらにつゞいて他人所有の田一枚が存在する。したがつてこの両地を取り違えるような事情はなにもなかつた。この両土地を取り違えて亡秀一が自営自作していた本件土地を小作地であると認めたのは、明白な事実の誤認であり、かつ重大な事実の誤認である。

なお、原告は買収処分の誤りを指摘して、昭和三四年七月一〇日付書面で被告知事に対し善処方を申し入れたところ、同年八月五日書面で大阪府農林部長より間違つて買収処分をしたことを確認する旨の回答を得ている。

三、本件買収処分には右のような重大かつ明白な事実の誤認があるから本件買収処分は当然無効であり、買収処分の有効であることを前提とする本件売渡処分もまた当然無効である。そうすると、原告の父亡秀一は、本件買収、売渡処分があつたにかゝわらず、依然として本件土地の所有権を保有していたのであり、本件買収および売渡処分を原因とする。前記所有権取得登記および所有権移転登記は、いずれも実体登記に一致しない登記である。

四、原告の父井上秀一は昭和二八年三月九日に死亡し、原告と、原告の母の両名が同人を相続した。

以上の次第であるから請求の趣旨のとおり判決を求める。」

被告両名は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し次のように答弁した。

「原告主張の一の事実は認める。二の事実のうち、本件土地が小作地でなく、原告の父の自営自作地であつたこと、本件土地と一二九番地の一の土地とを取り違えて買収したこと、本件土地と一二九番地の一の土地の位置関係が原告主張のとおりであること(たゞし両土地の間の距離は約五〇メートルである)、原告からその主張のような善処方の要請があり大阪府農林部長から原告主張のような回答をしたことはいずれも認める。四の事実は認める。

しかしながら、本件買収処分は当然無効ではない。」

被告知事はさらに次のように述べた。

「本件土地と一二九番地の一の土地はともに枚方市蹉它地区農地委員会の管轄に属していたところ、同委員会では農地買収事務を円滑に行なうために、自創法第三条一項二号に該当する小作地については、被買収者から、被買収地を申告させ、これに基づいて買収計画を定めていた。本件土地の買収にあたつては、原告の父亡秀一は、農地委員会に対し、本件土地は訴外奥田ひでが小作している土地であるから買収してもらいたいと申し出たので、農地委員会がこれによつて買収計画を定め、被告知事がこれに基づいて買収処分をしたものである。

右のように、本件買収処分に錯誤を生じた原因は原告側にあるから、民法第九五条但書により、原告は本件買収処分の無効を主張できない理である。」

原告は右主張に対し「原告の父亡秀一が本件土地の買収方を農地委員会に申し出たことはない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、(一) 被告知事との間で本件土地の売渡処分の無効確認を求める部分について。

自創法によれば、農地の所有権は、買収処分により、買収の時期において、国が取得し、これと同時に旧所有者の所有権が消滅するのであつて(第一二条)、売渡処分によつて旧所有者の所有権が消滅するのではない。すなわち売渡処分は農地の被買収者たる旧所有権者の法律的地位になんら直接的影響を及ぼすものではない。したがつて、農地の旧所有者は売渡処分については、その効力を争う必要も利益もないといわなければならない(買収処分の効力を争い、その無効確認を求めることで、必要かつ十分である)。原告が売渡処分の無効確認を求める部分は不適法な訴である。

(二) 被告国に対して売渡処分を原因とする訴外奥田ひでに対する所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分について。

不動産登記の抹消登記手続を求める訴は、当該登記の名義人である抹消登記義務者を被告としなければならない。本件売渡処分を原因とする所有権移転登記は訴外奥田ひでに対してなされたものであることは当事者間に争いがない。そうするとその抹消登記手続を求める訴は、右登記の登記義務者である訴外奥田ひでを被告としなければならないのであつて、被告国は右売渡処分を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続の登記義務者ではないから、同被告は被告適格を欠く。したがつて、被告国に対し右抹消登記手続を求める部分も不適法な訴である。

原告の訴は以上の部分に関する限りいずれも不適法であるからこれを却下する。

二、被告知事との間で買収処分の無効確認を求める部分について。

原告の父井上秀一は昭和二八年三月九日に死亡し、原告と原告の母が同人を相続したことは当事者間に争いがない。したがつて、もし本件買収処分が無効であつて、亡秀一はなお本件土地の所有権を有していたとしても、現在では原告とその母の両名が本件土地の所有権を共有することになるが、このような場合でも、共有者の一人となるべき者はいわゆる共有物の保存行為として単独で買収処分の無効確認の訴を提起することができると解すべきである。

原告の主張のような買収処分がなされたことは当事者間に争いがない。そして、本件土地が原告の父亡秀一の自営自作していた土地であつて、同人はこれを他のなんびとにも耕作させたことはないことも当事者間に争いがない。そうすると、本件土地が小作地でないことは、一見してなんびとにも明瞭であつたといつてよい。被告知事が本件土地を、枚方市大字出口一二九番地の一、田一反一畝一一歩外畦畔七歩の土地と取り違えて買収したものであることは当事者間に争いがないが、両土地の位置関係は原告主張のとおりであることは被告両名の認めるところであり(たゞし両土地の間は約五〇米であると主張している)その間には他人の田が二枚、農道、水路があつて、両土地の間の距離も少なくとも五〇米位は離れていたというのであるから、両土地を取り違えて、本件土地を小作地と認めたのも無理はないというような事情も全くなかつたといつてよい。被告知事が本件土地を自創法第三条一項二号の小作地に該当すると認めたのは重大かつ明白な事実の誤認であるということができる。したがつて本件買収処分は当然無効というべきである。

被告知事は、「本件買収処分に右のような錯誤を生じたのは原告の父亡秀一が一二九番地の一の土地を買収されたい旨農地委員会に誤つた申告をしたことに起因するから、民法第九五条但書により、原告は本件買収処分の無効を主張することができない。」と主張する。しかしながら、被買収者たる農地の所有者が市町村農地委員会に対して被買収地の申告をする義務はないし、農地委員会がそのような申告を求めることができるとする法的根拠もない。枚方市蹉它地区農地委員会が、もし被告知事のいうような、被買収地の申告を求めたとしても、それは全く便宜の処置にすぎないのであつて、申告どおりに買収計画を定めればよいというようなものでは決してない。市町村農地委員会が買収計画を定めるにあたつては、自創法に定められた農地の買収要件の存否をあくまでも委員会の独自の立場で調査する職権と、同時に職責を有すると解すべきであり、したがつてたとえ被買収地の申告が誤つていたとしても、そのことのゆえに買収要件の存否を誤認したことの責を被買収者に帰することはできないといわなければならない。しかも、民法第九五条の規定は意思表示の錯誤に関する規定であつて、法律要件としての意思表示に含まれる効果意思どおりの法律効果が生ずるかどうかに関する規定であるから、農地委員会に対する被買収地の申告というような、効果意思に応じた法律的効果の発生ということを容れる余地のない場合(買収処分が被買収地の申告を法律要件として生ずる法律効果でないことはあまりにも明らかであろう)に、同条の規定を適用する余地はさらにないといわなければならない。被告知事の主張は、それ自体理由がない。

よつて原告の請求を正当としてこれを認容する。

三、被告国との間で所有権の確認を求める部分について。

右に述べたとおり、本件買収処分は無効で、したがつてその有効を前提とする本件売渡処分(売渡処分の存在については当事者間に争いがない)も当然無効であるから、原告の父亡秀一は本件買収処分、それにつゞく売渡処分にかゝわらず、依然として本件土地の所有権を保有していたことになる。しかしながら、同人は昭和二八年三月九日に死亡し、原告と原告の母が同人を相続したことは当事者間に争いがないから、原告と原告の母は共同相続人として本件土地の所有権を共有することになり、原告の相続分は三分の二、原告の母の相続分が三分の一であるから(民法第九〇〇条)、原告は本件土地の所有権につきその三分の二の共有持分を有するに止まるのである。

右のとおりであるから、原告が被告国との間で本件土地の所有権を有することの確認を求める請求(とくに持分権を主張していない以上、単独所有権の確認と認めざるをえない)は、本件土地の所有権につき原告が三分の二の共有持分権を有することの確認を求める限度において正当としてこれを認容し、この限度を超える部分を失当として棄却する(単独所有権の確認請求に対して、所有権の共有持分権の確認を認容することは請求の一部認容であつて民訴法第一八六条に違反するものではないと解すべきである。なんとなれば、所有権についての共有持分権は、所有権の単純な分量的一部分であるとはいえないにしても、少なくとも共有持分の総合として一つの完全な所有権が観念せられるという意味で、共有持分権の確認は単独所有権の確認のわくの中にあるものといえるからであり、また完全な所有権でないという意味で質的に単独所有権の確認より縮小されたものといえるからである。)。

四、被告国に対し、本件土地についてなされた、本件買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続を求める部分について。

右のような所有権取得登記がなされていることは当事者間に争いがなく、本件買収処分が無効であるから、原告は本件土地の所有権につき三分の二の持分権を有することはさきに認定したとおりである。したがつて右登記は実体関係と一致しないわけである。

不動産につき所有権の共有持分を有する共有者の一人が、その持分に基づき当該不動産について登記簿上共有者の権利(本件の場合所有権)を妨害している登記の抹消を求めることは、いわゆる共有物の保存行為に属するものというべきであるから、共有者の一人に単独でこの訴を提起できると解するのが相当である(最高裁判所昭和三一年五月一〇日第一小法廷判決、判例集一〇巻五号四八七頁参照)。

ところで本件においては右被告国の所有権取得登記につゞいて、さらに売渡処分を原因とする国から訴外奥田ひでへの所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。すなわち、本件土地の現在の登記簿上の所有名義人は右訴外人であつて被告国ではない。そこで、この訴外人への所有権移転登記をさておいて、まず、その前者である被告国の右所有権取得登記のみの抹消を求めることができるかどうかについて検討する。

一般に、数次にわたる所有権移転登記がなされている場合に、現在効力を有する登記はその最後の登記のみである。その前者の登記は過去において効力を有したにすぎず、現に効力を有するものではない。したがつて、右のような登記がなされていて、その最先の登記名義人が自己の所有権を主張し、登記が実体上の権利関係に一致しないことを理由に登記の抹消を求める場合にも、現に効力を有する登記のみに対して抹消登記請求権があると解すべきである。もつともその最後の登記が抹消されると直ちにその前の登記が効力を回復することになるから、最先の登記簿上の名義人が抹消登記の方法により自己の所有権を登記簿上に明確にするためには、右のように効力を回復した直前の登記につきさらに抹消を求め、順次これを繰返していずれ全部の登記を抹消する必要が生じてくるわけであるが、いずれにしても最後の登記以外の中間の登記はすべて過去において効力を有したに止まるのであつて、現に効力を有するのではないから、そのような登記は、最先の登記名義人の所有権を登記簿上現に妨害するものではないといえる(右のような場合、抹消手続によるほか、最後の登記の名義人から所有権移転登記を求めることもできるのであるから、このような手段によれば中間の登記は最先の登記名義人の登記簿上の所有名義を明確するにあたつてなんら障碍とはならない)。すなわち、中間の登記は、その直前の登記が抹消された結果、現に効力を有する登記となつてはじめて、最先の登記名義人の所有権を登記簿上明確するについて直接の妨害となつてくるのであるから、その際はじめてその登記の抹消登記請求権が生ずると解される。そうすると、本件において被告国に対する本件土地の所有権取得登記の抹消登記請求権は、訴外奥田ひでに対する所有権移転登記が抹消されてはじめて具体的に発生することになる。そうすると、被告国に対して即時、無条件で右抹消登記手続を求める原告の請求は、即時、無条件である点において失当として棄却を免れないものといわなければならない。しかしながら原告において、条件付の、すなわち将来の給付を求めない旨を明確にしない本件にあつては、原告の請求が将来の給付請求としての要件を満たすかぎりその限度で請求を認容することは許されると解する。そこでさらにこの点について考えるに、被告国は現に本件買収処分が無効であることを争い、抹消登記請求部分についても買収処分は無効ではないことを理由にこれを争つて棄却の判決を求めている(将来の給付の訴の必要性を争うのではない)以上、とくに将来の給付判決を必要としない事情(たとえば、被告国において訴外奥田ひでに対する所有権移転登記の抹消請求をする等原告の抹消登記請求に積極的に協力する用意があると認められること等)についてこれを認めるべき証拠もない本件にあつては将来の給付の訴の必要性を認めてよい。

本件買収処分が無効であつて、原告は本件土地の所有権の共有持分を有すること、したがつて、被告国の本件所有権取得登記は実体上の権利関係と一致しないものであることは先に述べたとおりである。よつて訴外奥田ひでに対する所有権移転登記が抹消され、被告国の本件所有権取得登記の効力が回復するならば、原告はその登記の抹消を求める権利があるから、原告の請求はこの限度において正当として認容するが、その限度を超えて即時、無条件に抹消登記を求める点は失当として棄却する。

五、以上判示のとおりであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書により主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

(別紙物件目録省略)

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