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大阪地方裁判所 昭和35年(行)25号 判決 1969年3月27日

原告 株式会社榎木製作所

被告 大阪国税局長 外一名

訴訟代理人 氏原瑞穂 外二名

主文

被告茨木税務署長が原告の昭和三二年三月一日から昭和三三年二月二八日までの事業年度の法人税についてした更正処分のうち所得金額二二二万四九〇〇円をこえる部分を取消す。

被告大阪国税局長が前項の法人税についてした審査決定のうち所得金額二二二万四九〇〇円をこえる部分を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一双方の求めた裁判

(原告)

「原告の昭和三二年三月一日から昭和三三年二月二八日までの事業年度の法人税について、被告茨木税務署長がした更正処分ならびに被告大阪国税局長がした審査決定をいずれも取消す。」

との判決

(被告等)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二双方の陳述

(原告)

一、請求の原因

(一)原告は昭和三三年四月三〇日に原告の昭和三二年三月一日から昭和三三年二月二八日までの事業年度(以下本件年度という。)の法人税について被告茨木税務署長(以下被告署長という。)に対し確定申告をしたところ、被告署長は更正処分をし同年一〇月三一日付でその通知をした。

原告は同年一一月二四日再調査請求をしたところ、被告署長はその棄却決定をし同年一二月四日付でその通知をした。そこで原告は同月二二日被告大阪国税局長(以下被告局長という。)に対し審査請求をしたところ、被告局長はこれを棄却する旨の審査決定をし、原告は昭和三五年二月一八日その通知書を受領した。

(二)原告の確定申告に係る所得金額は二〇六万〇五三四円、被告署長の更正に係る所得金額は三六二万四九〇〇円であるが、その差額一五六万四三六六円のうち一四〇万円について原告は争うものである。すなわち、原告の従前の代表取締役榎木松作は昭和三二年一二月三一日死亡したのであるが、原告は松作に対する退職金二〇〇万円、弔慰金一〇〇万円計三〇〇万円をその相続人に交付したので、本件年度の所得の計算につき、右三〇〇万円を損金とした。ところが、被告署長は右三〇〇万円のうち一六〇万円だけを損金とし、その余の一四〇万円の損金計算を否認したのである。被告局長も前記審査決定において、被告署長のした右一四〇万円の損金計算否認を認容している。しかし、この一四〇万円も松作の退職金等(損金)として計算すべきであるから、原告の本件年度の所得金額は、被告署長の更正に係る前記所得金額三六二万四九〇〇円から右一四〇万円(損金)を控除した残額二二二万四九〇〇円となる。

すなわち、本件更正処分および審査決定は、被告署長が右一四〇万円を損金とせず、利益処分とした限度において違法というべきである。その違法事由は次に述べるとおりである。

(三)右計三〇〇万円のうち二〇〇万円は、松作に対する退職金であつて、非同族会社の役員退職金事例に比較して過大ではないばかりでなく、旧法人税三一条の三(昭和二五年三月三一日法律第七二号による改正規定。以下同じ。)の規定は右退職金に適用されない。

(1) (松作の原告に対する功労)原告は昭和二六年五月二四日設立された鉄工業を目的とする会社である。松作はその設立当初から死亡の日の昭和三二年一二月三一日まで六年有半の間終始原告の代表取締役として、その経営のため献身的に尽力した(原告は昭和三三年一月一五日の株主総会において右退職金および弔慰金を計三〇〇万円と決めた当時、旧法人税法七条の二第一号に当る同族会社であつた)。原告の本件年度において、その売上金額、所得金額が、設立当初に比べてそれぞれ約一〇倍、六倍となつたのは、松作の経営者としての尽力の結晶にはほかならないのである。松作はその間自己所有の土地および建物を無償で原告の使用に供しており、その間の賃料を計算すれば九〇万円余となる。松作は原告の金融機関よりの手形借入等について無償で個人保証をしていた。その間の保証料を計算すれば、日歩五厘余としても一六万円余となる。なお、原告は松作に対し六四万七四五〇円の貸付金があつたので、右退職金の一部をもつてその精算をした。

(2) (三〇〇万円のうち一〇〇万円の性質)被告署長は、前記三〇〇万円を全部退職金であるとしたが、内一〇〇万円は弔慰金であつて松作の遺族に対して直接支給すべな慰謝料(所得税法六条一三号、昭和二六年一月通達四三参照)に当るものである。そして弔慰金一〇〇万円の一部は、松作の遺族が行なつた松作の葬儀費用三三万一七五一円、墓石費に充てられるべきものである。

(3) 被告署長は、退職金三〇〇万円中一四〇万円について旧法人税法三一条の三に基づいて計算の否認をしたのであるが、この規定はその否認の要件を一義的に規定しておらず、租税法律主義の原則に反する無効のものである(憲法八四条)。

仮にそうでないとしても、同規定は退職金には適用されない(法人税基本通達三五五参照)。

仮にそうでないとしても、従来全国において法人役員の退職金について計算の否認が行なわれた事例はないのであつて、被告署長のしたその否認は平等の原則(憲法一四条)に反し、かつ信義則に反する無効のものである。

仮にそうでないとしても、被告等が本件退職金をもつて過大であるとする根拠として掲げる一八の会社を標本とする統計の結果は、妥当でないから、その統計の結果に基づき、本件退職金をもつて過大なものと判定することはできない。退職金の額を決める要素は、その会社法人の利益金、資本金、資産だけでなく、当該役員の功労の大小、退職の実情その他諸般の実情である。

その統計の標本たる一八の会社が同族会社であるか、あるいは非同族会社であるかも判明していない。全国の会社数に比べて標本の数がきわめて少ない。したがつて被告主張のような不完全な統計の結果によつて本件退職金の過大であるか否かを判定するのは妥当でない。

(四) 松作の死亡によりその妻榎木多加、子榎木庄司、隆、愛子が共同相続をし昭和三三年五月五日協議のうえ遺産分割をした結果、多加が前記退職金二〇〇万円、弔慰金一〇〇万円計三〇〇万円その他苦干の資産(消極資産を含む)を取消した。そこで多加は被告署長に対しその相続税の申告をして相続税を納付した。他方、原告の支給した前記退職金等三〇〇万円についても、同被告の本件更正処分によつて法人税が課せられた。すると、右三〇〇万円中一四〇万円については実質上二重に課税されたものといわねばならない。二重課税は違法(憲法二五条に反する。)であるから、多加の相続税の申告によつて右退職金等三〇〇万円中一四〇万円についての法人税の更生処分は、取消されたものと解するほかはない。すなわち本件更正処分は取消されて失効したものである。

(被告等)

二、認否および主張

(一)(認否) 請求原因(一)、同(二)のうち原告の確定申告に係る所得金額が二〇六万〇五三四円、本件更正に係る所得金額が三六二万四九〇〇円であること、松作が原告設立当初からその代表取締役であつてその死亡まで六年半代表取締役として勤務し、その死亡後の昭和三三年一月一五日の原告の株主総会において決議された松作の退職金二〇〇万円、弔慰金一〇〇万計三〇〇万円が松作の相続人に交付されたこと、同(三)(1) のうち原告が同年一月一五日当時旧法人税法七条の二第一号に当る同族会社であつたこと、原告が松作に対する貸付金六四万七四五〇円と退職金・弔慰金とを対当額につき差引計算したこと、同(四)のうち松作が死亡し妻多加、子三名が共同相続し遺産分割の協議がなされたこと、多加が右三〇〇万円を相続財産に属するとして被告署長に対し相続税の申告をし相続税を納付したことは認める(その余は知らないが、又は否認するかである。)。

(二)(主張) 本訴において、原告が設定した争点は、同族会社(旧法人税法七条の二第一項第一号に該当するもの)である原告が本件年度中に支払つた「退職金二〇〇万円・弔慰金一〇〇万円」計三〇〇万円を、被告署長が全額退職金に当るとして、そのうち不当に過大と認められる部分の金額一四〇万円は損金として取扱われないとしたこと(旧法人税法三一条の三第一項「政府は、第二十九条乃至第三十一条の規定により課税標準若しくは欠損金額又は法人税額の更正又は決定をなす場合において、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、政府の認めるところにより、当該法人の課税標準若しくは欠損金額又は法人額税を計算することができる。」による計算の否認)である。したがつて、被告等は、まず右退職金三〇〇万円のうち一四〇万円は損金として取扱うべきではないとすること(計算の否認)の適法である理由を主張しようとするものである。そして、被告等はそれに続いて、原告の設定した他の争点について順次主張するであろう。

(1) 原告は、その主張の弔慰金一〇〇万円は松作の葬儀費ならびに墓石等の費用であり、松作の原告に対する功労により、原告が負担する趣旨で支給したというのであるが、(いわゆる社葬とされない)葬儀の費用・墓石の費用等は、ほんらい遺族等個人が負担すべきものであつて、原告が負担すべきものではない。原告が弔慰金一〇〇万円を支出したのは、松作の原告に対する功労に報いるため、遺族が行つた葬儀の費用等を負担する趣旨であつた。一般に弔慰金のことばは、社会慣行上儀礼的に遺族に対して、任意に提供される香典ないし見舞金をいうものである。原告のいうところの「弔慰金一〇〇万円」は、いうところの「退職金二〇〇万円」とともに、退職金に当るものである。なぜなら、それは松作生前の、原告に対してなされた役務の対価であるというほかはないからである。

(2) 法人所得の計算において、代表取締役等役員の退職によつて支給する退職金は、そのすべてが無条件に損金となるものではない。退職金は、退職者がその法人に在職した期間、退職の事情等に対応している義務的な支出であつて、その額は退職金給付規定または慣例等によつて自ら一定の限度がある。したがつて、退職金はその限度内にある限り法人所得の計算上損金とされるのであつて、それが右在職期間、退職事情等に照らして不相当に過大であるときは、過大と認められる部分の金額は、損金ではなく、いわゆるかくれた利益処分といわねばならない。旧法人税法三一条の三は、同族会社について、その支出のた過大な退職金の計算否認を規定しているのである。それが不相当に過大であるか否か、いいかえると退職金の相当額ないし適正額は、法令上明確な基準がないので、他の法人の類似する退職金の額を対比・検討して決めるよりほかないものである。

(3) 代表取締役が退職した場合に支給される退職金は、その在職期間を通じて会社に尽した功労に対して支給されるものであつて、その金額は、抽象的にいうと、その会社に尽した功労の度合に応じて決められるものである。功労の度合は、退職当時の会社の利益金額=営業規模および自己資本額=会社の基盤などに集約的に表現されているとみることができる。すなわち、利益金額は会社の営業成績を示すものであつて、代表取締役の経営的手腕に大きく左右されるものであり、とくに退職前三年間の利益金額は代表取締役の会社に対する功労を如実に表現しているといえる。総資産価額は会社の有する全資産の価額をいうのであつて、会杜の営業規模を示すものである。自己資本額(資本金額・資本剰余金額、再評価積立金額および利益剰余金額の総称)は、会社の正味財産であつて、その大小は会社の基盤の強弱を示すものである。この両者は、代表取締役の力量に左右されるところが大であり、その大小は会社を今日の規模、基礎にまで育成して来た功労の度合を示すものとみられる。

(イ)、別紙「退職金と利益等の対比検討表」(以下、別表という。)記載の一八法人では、死亡退職した代表取締役等で一〇年以上勤務した者があつたが、一〇年以上の長期にわたるに従つて退職金支給率はてい減するのが通常であるから、一〇年をこえるものはそのこえる部分につき五〇パーセントに換算修正し、改算勤務年数を算出して、その改算勤務年数で退職金を除し、勤務年数一年当りの退職金を計算した。右一八法人の一年分の退職金合算額は五八九万六千円であつた。(ロ)、右退職金支給額は、その法人の公表利益金額、資本金・資本剰余金および総資産価額を検討のうえ決められているものであるが、退職者の功労は三年間の公表利益額をもつとも表現されているから、支給金額は三年間の公表利益額をもつて、最大の決定要素とし、次に資本金・資本剰余金および総資産価額を決定要素としているものである。したがつて、退職金の支給額を決めるうえに占める比重を三年間の公表利益金額を二分の一、資本金等と総資産価額をそれぞれ四分の一として検討した。(ハ)、右一八法人の各改算勤務年数一年当り退職金の二分の一の金額を、各法人の三年間公表利益金額(退職金を損金とする前の利益金額)で際した割合(千分比)を算出し、法人数一八の平均値を求めると、千分の一六・三となつた。また各法人の改算勤務年数一年当り退職金の四分の一の金額を、各法人の資本金・資本剰余金・再評価積立金の合計額で除した千分比を算出し、法人数一八のその平均値を求めると千分の一〇となり、更に右一年当り退職金の四分の一の金額を、各法人の総資産価額で除した千分比を算出し、法人数一八のその平均値を求めると千分の一・〇となつた。(ニ)、そこで、右の算出された公表利益金額等の退職金に対する割合を、原告に適用して、原告の松作に対する退職金額の適否を検討した。すなわち、原告の公表利益金額は、昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月末日までの事業年度は九〇万五五三二円、昭和三一年三月一日から昭和三二年二月末日までの事業年度は一九六万五三三九円、昭和三二年三月一日から昭和三三年二月末日までの事業年度は五三四万七七七五円、以上合計八二一万八六四六円となるから、八二一万九千円に前述千分の一六・三を乗ずると一三万三九六九円となる。また原告の資本金一九〇万円と利益剰余金一六七万三千円との合算額三五七万三千円に前述の千分の一〇を乗ずると三万五七三〇円となる。さらに原告の総資産価額二一四四万八千円に前述の千分の一・〇を乗ずると二万一四四八円となる。原告の公表利益金に対しての一三万三九六九円、資本金等に対しての三万五七三〇円および総資産価額に対しての二万一四四八円の合算額一九万一一四七円は、前述のとおり勤務期間一年当りの原告における退職金であるから、亡松作の勤務期間六年六月の適正退職金は六・五倍して一二六万一五七〇円と算出されたのである。したがつて松作の退職金適正額は少くとも一三〇万円をこえないものというべきである。すると、原告が松作の退職金として支出した三〇〇万円のうち右一三〇万円をこえる部分、すなわち一七〇万円は不当に過大なもので否認されるべきものといわねばならない。してみると、一四〇万円の限度で右退職金三〇〇万円の計算を否認した原処分およびこれを支持した審査決定は、いずれも適法である。

前記利益金額等の各項目の割合につき平均値を計算すべき法人は、原告と同種の事業を営む規模の類似したものが望ましいけれども、本件の場合のように代表取締役が死亡退職した事例の、同種、同一規模の法人がきわめて少なく、やむを得ず前記一八法人と比較した次第である。しかしながら、右一八法人は原告と同様に非上場株式の法人であり、原告と比べてきわめて小さな規模の、および巨大な規模の法人は含まれていない。その範囲において、営業目的が多くの種類に及び、それぞれ異なつた規模のものであるから、却つて客観的に適正な退職金を算出することができたというべきである。

個人企業を法人組織にした場合、個人企業の有形無形財産は適正な価額に評価され、現物出資等の形で法人に移転する。したがつて経営者の従前の個人企業に対する功績は、法人に対する代表者の功績を考えるについて、参酌する必要はない。

(4) 適正退職金額は、前述のように退職前三年間の利益金額(以下「公表利益金額」という。)、総資産価額および資本金額の三要素によるのが相当であるが、右三要素のうち公表利益金額がとくに重要である。

そこで前記一八法人中一七法人の公表利益金額と退職金との関係について統計的操作を加えた結果、すなわち両者の間の相関係数は〇・七六一となる(前記一八法人のうち信興タクシー株式会社は、実質的に個人企業とみられるものであり、代表取締役の退職により、経営者が交替し、実質的には新代表取締役に企業が譲渡されたものとされ、退職金の中には該譲渡代金相当の金額が含まれているので、これをその統計の標本から除いた。)。一般に相関係数の値が一となるときは、両者の間に完全な数量的相関があることを示し、相関係数の値が零となるときは両者は全く関連性がないことを意味するものである。ところで、右退職金と公表利益金との相関係数の値が〇・七六一であることは、退職金が公表利益金に対し相当に高い数量的相関関係を有しており、おおむね公表利益金の増減にともない、退職金も後述の方程式にそつた変動を示すことが、統計的に推定される。すなわち、前者が大となるに従い、ある一定比率により後者の額が増加することを示している。したがつて、前述(3) の計算方法はきわめて合理的な方法であるといわなければならない。

右のように、退職金と公表利益金との間には相当に高い相関関係の存在が認められるので、右一七法人の勤続一年当り退職金額および公表利益金額を基礎として、公表利益金額が増加すれば退職金額はどれだけ増えるか、という変化関係について統計的操作を加えて右変化関係の方程式を導き出す(別紙算式表2のとおり)と、

C=0.008E+1.04(Cは勤続一年当り退職金の額、Eは公表利益金の額であり、単位はいずれも一〇万円である)

となる。原告について、右方程式(回帰方程式)を適用して原告の退職金額を求めると、一一〇万三三三六円となる。

0.008×8,218,000円(原告の公表利益金)+104,000円=169,744円

169,744円×6.5(松作の在職期間)=1,103,336円

したがつて、右計算からしても、被告署長が松作に対する退職金適正額を一六〇万円と認定した原処分およびこれを支持した被告局長の裁決には瑕疵がない。

前記一七の法人は、昭和三三年の大阪商工会議所法人会員五二四八中の、代表者死亡退職例約九〇件のなかより任意抽出した一八法人のうち、前記のように信興タクシー株式会社を除外した残余の一七法人である。

これら一七法人の各退職金の額は、前記回帰方程式の標準偏差の二倍の範囲内(2シグマの内)に入つている。ところが、原告の本件退職金三〇〇万円は、右標準差の二倍の範囲(2シグマ)から遠く離れている。統計理論上、標本の九五パーセントは2シグマの内に入るものである。したがつて、原告の本件退職金三〇〇万円が著るしく過大であることは明白である。この標準偏差は、前記一七法人が全部2シグマの範囲に入るのに対し原告だけがその範囲から離れているという限度においてのみ、援用されるのである。統計理論をもつて、直ちに右退職金の過大であるか否かを決定するものではない。その過大であるか否かはあくまで法的評価の問題である。

(5) 同族会社の行為計算否認についての規定(旧法人税法三一条の三)は、「……法人税の負担を不当に減少させる結果……」と定めて、「不当」という不確定概念を用いている。なるほど、法文上侵害的な行政行為の法律要件を定めるに当つて、確定概念のみを用いることが法治主義の原則によく適合するものということができるけれども、法律要件の対象となるべき事実が複雑かつ変転著るしいものにあつては、確定概念をもつて法律要件を規定することは不能である。租税法においても、不確定概念による要件の規定は、徴税確保の見地、公平負担の見地から、ある程度避けることができないというべきである。したがつて、行為計算否認の規定における不確定概念の使用は、租税法律主義(憲法八四条)に反するものではない。

(6) 被告署長は、原告の支給した本件退職金の額が著るしく過大であつたので、租税負担の公平の見地から、過大な限度において、所得計算上損金に当らないとしたにすぎず、他の法人についてその過大であることを認めながらその計算を否認しないことはない。被告署長の右否認は、法の下の平等の原則(憲法一四条)に反するものではない。

(7)法人税法では当該年度に所得金額があれば、その法人について法人税が課せられる。相続税法では相続財産があれば、その相続人について法人税が課せられる。それぞれ課税の対象が異なるのである。法人について法人税が課せられた所得が、その後財産として相続の客体となつた場合、これについて相続税が課せられるのは、事の性質上当然であつて違法ではない。経済上二重課税となるからといつて、法律上信義則に反するものではない。その相続税の申告・納付は、本件退職金の否認と矛盾・牴触せず、前者によつて後者が取消されたこととはならない。

第三証拠<省略>

理由

本件年度の法人税について、原告が所得金額二〇六万〇五三四円の確定申告をし、被告署長が、原告が支出した松作の退職金三〇〇万円のうち一四〇万円の損金計算を否認などして、所得金額三六二万四九〇〇円の更正処分をしたこと、原告の代表取締役榎木松作が昭和三二年一二月に死亡し昭和三三年一月一五日の原告の株主総会において、松作の「退職金二〇〇万円・弔慰金一〇〇万円」とする決議がなされ、その計三〇〇万円が松作の相続人に支払われたこと、同日現在原告が旧法人税七条の二第一号にあたる同族会社であつたこと、原告が松作に対する貸金六四万七四五〇円と右退職金等とを対当額で差引計算したことは当事者間に争がない。

本件の争点は、原告が本件年度において原告の代表取締役榎木松作の死亡に伴つて支出した退職金は二〇〇万円であるか、これに原告のいわゆる弔慰金一〇〇万円を加えた金額三〇〇万円であるか、ついで退職金を三〇〇万円とするとき、旧法人税法三一条の三によつて、その一部(一四〇万円)の損金計算を過大な部分として否認するのが正当であるか否か、である。

原告は、同法三一条の三は租税法律主義に違反する無効の規定であると主張するので考えてみる。課租要件明確の原則も租税法律主義の一内容であつて、不確定概念をもつて課税要件を定めたり、その運用に当つて自由裁量を行なつたりするのは、極力避けねばならない。しかし租税法律主義の機能は経済生活の安定と予測可能性にあるのであるから、その機能が実質的に阻害されない限り、公平負担の原則からみて、不確定概念をもつて課税要件を定めることが、絶対に許されないものというべきではない。法人の役員の退職金支出においても、それが不相当に高額であり過大であるか否か、あるいはそれは異常なものであるか否かは、当該支出をした法人が合理的理性を有する経済人である限り、他の同種、類似の法人(とくに当該支出をした法人が同族会社であるときは、他の非同族会社)の通常の事例、あるいは多数法人の共通に基準とするところと比較するときは、おのずから明白となるものというべきである。

その予測も不可能ではない。したがつて旧法人税法三一条の三は租税法律主義(憲法八四条)に反するものではない。原の右主張は採用することができない。

旧法人税法三一条の三の規定が、退職金については適用されないとする原告の主張は、独自の見解であつて採用に値しない。

原告代表本人尋問の結果によると、原告の取締役会および株主総会において、松作に対する死亡退職金を二〇〇万円としたのは、松作が従前原告に対して代表取締役としてした献身的な役務の提供、その所有不動産の無償貸与やその遺族の一人である配偶者の生活を顧慮した結果であり、他方弔慰金を一〇〇万円としたのは、松作の原告に対する借受金六〇余万円、松作の葬儀費(葬儀は遺族主宰に係る)約四〇万円を参酌した結果であることが認められる。

してみると、原告のいうところの弔慰金一〇〇万円は、社会通念上遺族に対する弔慰の趣旨を有するものではなく、前記二〇〇万円とともに松作の役務の提供の対価たる退職金に当るものというほかはない。すなわち、原告が支給した退職金は合計三〇〇万円である。

そこで右退職金三〇〇万円は、過大な部分を含むものか否かについて検討しよう。

旧法人税法三一条の三の規定に基づき、同族会社の代表取締役に支給した退職給与金が過大であるかどうかを判定するためには、これをその同族会社と業種、業態、規模等の類似する他の非同族会社がその代表取締役と地位、在職年数功労等の類似する代表取締役に対し通常支給する退職給与金の額と比較すべきである。同族会社は租税負担を軽減させるために恣意的な行為計算をするおそれがあるから、比較される数個の法人のうちに同族会社が含まれている場合、それらよりも不相当に高額な、つまり非合理的な退職金の額は、過大なものということができる。したがつて、比較される法人のうちに同族会社が含まれるとしても、必ずしも不当ということはできない。

被告は、まず別表一八法人の代表取締役死亡退職金(いわゆる改算勤務年数による一年当り退職金)の額といわゆる公表利益金額(五〇パーセント)・自己資本額(二五パーセント)・総資産価額(二五パーセント)との各算術平均による比率の平均値(割合)を求め、その割合を適用して原告の支出すべき松作に対する適正退職金の額は、一年当り一九万一一四七円、松作の代表取締役勤務年数六年半につき一二六万一五七〇円であると主張する。

当該退職金の額が適正であるかどうかあるいは過大であるかどうか判定するには、当該法人の退職金の額と業種、業態、規模等の類似する他の法人の退職金額とを対比するのが最も適当であるといわねばならない。類似法人との比較が、何等かの理由により行なわれ得ないときは、次善の方法として、比較的多数の法人の退職金の額と比較するよりほかはないのであるが、その比較の方法は、統計的操作による合理的なものでなければならない。

<証拠省略>によると、別表一八法人は魔法瓶製造、薬品製造、ノート製造、運送業その他種々の業務を目的とする法人より成つていることが認められ、原告と類似する法人ということはできない。しかし、統計的操作による合理的方法によつて対比するならば、別表一八法人を比較の対象ないし標本とすることは、必ずしも不当ではないというべきである。

ところで、<証拠省略>によると、別表一八法人中の一七法人における「退職金と利益金×対資本利益率との関係」および「退職金と利益金×対総資産利益率」のそれぞれの相関係数は、〇・二九三および〇・二五六であつて、いずれもきわめて低い相関度を示しており、両者とも相関関係があるとはいい難いものであることが認められる。他方<証拠省略>によると、別表一八法人中の一七法人における退職金といわゆる公表利益金との相関係数は〇、七六一〇二であつて、両者の間に相当高い数量的相関関係があることが認められる。してみると、退職金は、公表利益金額の増減に伴なつて一定の変動を示すものであることが明瞭であるといい得るのに対して、資本額、総資産価額の増減に伴なつて一定の変動を示すことは必ずしも明瞭とはいい難いといわざるを得ない。すると、被告主張の別表一八法人による前記の方法による対比(公表利益金額のほか、自己資本額・総資産価額を含む各比率の平均値によるもの)は、退職金と公表利益金額との相関関係に基づく対比よりも、不確実なものというほかはない。したがつて、前者の方法による対比に関する被告の主張は採用し難い。

被告は別表一八法人中一七法人を標本として退職金と公表利益金額との変化関係を示す回帰方程式の適用による原告の松作に対する適正退職金額は一年当り一六万九七四四円、勤務年数六年半につき一一〇万三三三六円であると主張するので考えてみる。

被告主張の一七法人が、昭和三三年中の大阪商工会議所法人会員五二四八中の代表者死亡退職例約九〇法人のなかから任意抽出された一八法人のうち、被告において、代表者の退職によつて経営者が交替し実質的にその企業が前者より後者に譲渡された特殊のものであるとした信興タクシー株式会社を除いた残余の一七法人であることは、原告の明らかに争わないところであるから、原告はこれを自白したものとみなすべきである。<証拠省略>及び当事者弁論の全趣旨によると、右一七法人の支出に係る退職金は、いずれも過大なものとしてその計算を否認されたものはないことが認められる。

<証拠省略>によると次のように認められる。

統計的操作によつて、前示一七法人の一年間退職金額yと三年間公表利益金xとの変化関係を明らかにするところの回帰直線(変動傾向を示す直線ないし移動する平均値の線)の方程式は、y=0.008x+1.04(単位10万円)

となる。原告の公表利益金は八二一万八〇〇〇円であるから右方程式に代入すると、

169,744円=0.008×8,218,000円+104,000円

となり、松作の勤務年数六年半の退職金の額は、

169,744円×6.5=1,103,336円

となる。

他方、回帰直線(移動する平均値の線)に対する変量y(一年間退職金額)の一標準偏差(1シグマ)は一一万二〇〇〇円であるところ、右一七法人の退職金はすべて二標準偏差の範囲内にあるのに対し、原告の松作に対する退職金三〇〇万円のうち二五五万四五〇〇円をこえる部分四四万五五〇〇円が二標準偏差の範囲外にある。

以上のように認められる。

してみると、松作に対する退職金三〇〇万円のうち二五五万四五〇〇円をこえる部分四四万五五〇〇円は、特段の事由(後記)のない限り、過大なものといわねばならない。なぜならば、右一七法人の退職金はすべて二標準偏差内に入るからである<証拠省略>によると、二標準偏差の範囲をこえるものは全観察数の四・五パーセントにすぎないことが認められ、これをこえる退職金額は異常というべきである。)

被告は、前示回帰方程式の適用による松作の退職金額一一〇万三三三六円が適正なものであり、それをこえる部分はすべて過大であると主張するけれども、前示<証拠省略>によると、前記一七法人のうち五法人の退職金は回帰直線をこえている(ただし、二標準偏差内)にもかかわらず、前示のように過大とされてその計算を否認されてはいないのであつて、右回帰方程式の適用による退職金額をこえる部分がすべて(ただし、右一七法人の含まれていない、二標準偏差をこえる部分を除く。)過大であるということはできない。

次に、前示の特段の事由の存否について考えてみる。

<証拠省略>の結果によると、松作は原告設立当初(昭和二六年五月)その所有の土地約一六〇〇坪の約二分の一を、その後昭和三二年一二月死亡に至るまで右土地全部を原告の事業の用に無償で貸与していたこと、松作の相続人は昭和三四年一月一五日原告との間で右土地の賃料を年額六一万九二〇円と定めたこと、原告が松作の退職金を三〇〇万円と決めるに当つて、松作の右土地無償貸与による特別の功労をも参酌したことが認められる。

右事実によると、松作の右土地の貸与期間は六年半であつて、その間の賃料相当額は少くとも前示の四四万五五〇〇円をこえるものというべきである。するとその退職金三〇〇万円のうち前示二標準偏差の範囲二五五万四五〇〇円をこえる部分四四万五五〇〇円は、実質上相当賃料の後払に当るものというべく、したがつて、特段の事由があるのであつて原告がこれを松作の(特別の功労に対する)退職金としたからといつて、租税の不当回避に当るものということはできない。

とすると、松作に対する退職金三〇〇万円は過大なものということはできないから、被告署長がそのうち一四〇万円について、過大なものとしてその損金計算を否認したのは違法であるといわねばならない。被告署長がした、原告の所得金額を三六二万四九〇〇円とする前示更正処分は、したがつて被告局長のした裁決も、所得金額二二二万四九〇〇円(三六二万四九〇〇円から右一四〇万円を差引いた残額)をここる限度において取消を免れない。(本件につき行訴法一〇条二項は適用されない。)。

よつて、その全部取消を求める原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるものとして認容するべく、その余を失当として棄却するべく、訴訟費用の負担につき民訴法九二条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 藤井俊彦 小杉丈夫)

別表 調書II<省略>

別紙算式表1、2、3<省略>

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