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大阪地方裁判所 昭和34年(行)57号 判決 1962年6月29日

大阪市生野区新今里町五丁目六二番地

原告

佐々木清子

右訴訟代理人弁護士

赤木淳

同市生野区猪飼野中八丁目七番地

被告

生野税務署長

岩崎久次

右指定代理人検事

松原直幹

杉内信義

右指定代理人法務事務官

永田嘉蔵

大森国章

右指定代理人大蔵事務官

吉田周一

山田俊郎

松田利一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、原告の求める裁判

1  被告が原告に対し昭和二八年度分所得金額を三四五、七〇〇円、所得税額を七八、九〇〇円、無申告加算税額を一九、五〇〇円とした決定は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の求める裁判

主文同旨の判決

第三当事者双方の主張とこれに対する答弁

一、請求の原因

被告は原告に対し昭和二八年度分の所得金額を三四五、七〇〇円、所得税額七八、九〇〇円、無申告加算税額を一九、五〇〇円と決定したが、右所得税賦課決定は原告に通知されなかつたのであるから、重大かつ明白な瑕疵があり当然無効である。

仮に右決定が、原告に通知されたとしても原告には、昭和二八年度に何等課税象となるような所得がなかつたのであるから、右決定には重大かつ明白な瑕疵があり当然無効である。よつて原告は右決定の無効確認を求めるため本訴請求に及んだ。

二、請求の原因に対する答弁並びに主張

1  被告が原告に対し昭和二八年度分の所得金額を三四五、七〇〇円、所得税額を七八、九〇〇円、無申告加算税額を一九、五〇〇円とする所得税賦課決定をしたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

2  原告は昭和二八年度分の所得額を申告しなかつたが、被告の調査によると原告の同年度分の所得は次のとおり、三四七、四六七円と認められるから、その範囲内でこれを三四五、七〇〇円と認定し、昭和三一年一〇月八日原告に対しその旨の所得税賦課決定をし、該決定通知書は翌九日原告に送達された。よつて本件所得税賦課決定には何等違法はない。

(一) 原告は昭和二八年九月一五日訴外共栄融資株式会社から別紙第一、二目録記載の不動産(以下単に本件不動産という。)を代金六〇〇、〇〇〇円で譲り受け、同月一八日その旨の所有権移転登記を経由した。

しかしながら、右譲渡当時の本件不動産の価額は別紙第一、二目録中不動産評価欄記載のとおり価額合計一、四三二、四八〇円であり、右譲渡価額は、右評価額の二分の一にも満たないから、該譲渡価額は所得税法第五条の二第二項、同法施行規則第二条にいわゆる著しく低い価額に該当し、所得税法第五条の二第二項により右評価額一、四三二、四八〇円により譲渡があつたものとみなされ、右評価額と原告が支出した本件不動産の譲渡価額六〇〇、〇〇〇円との差額八三二、四八〇円は同法第九条第一項第九号の一時所得の金額として取扱われるべきものである。

(二) 本件不動産のうち別紙第二目録の二記載建物(以下単に一二一の三の建物という。)は住宅二戸と工場からなつており、原告が訴外共栄融資株式会社から右建物を譲り受ける以前より、同訴外会社から、訴外辻沢俊蔵、同池田文夫が右建物のうち住宅の部分を、訴外岸田忠治が工場の部分をそれぞれ賃借りしていたもので、原告は右建物の所有権を取得した昭和二八年九月一五日以降前記賃貸借にもとずき毎月少くとも三、五〇〇円、昭和二八年度には合計一二、二五〇円以上の賃料の支払を受けていたのである。そこで右賃料一二、二五〇円から昭和二八年分所得標準率表による四五%の必要経費を控除した六、二二七円は原告の昭和二八年中の不動産所得となるのである。

(三) 従つて、前記(一)の低額譲渡差額金八三二、四八〇円から所得税法第九条第一項により一五〇、〇〇〇円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額である三四一、二四〇円と前記(二)の不動産所得額六、二二七円との合計額三四七、四六七円が原告の昭和二八年度分所得税の課税標準額となるのである。

3  右のとおり原告には課税の対象となる所得の発生原因となり得るような事実関係が存在していたのであるから、仮に、被告の前記所得金額の認定に誤りがあつたとしても、その瑕疵は取消原因となるに過ぎず、本件賦課決定を無効たらしめるものではない。なんとなれば、所得金額の有無は一見して容易にこれを知り得るものではなく複雑な事実認定にかかるものであるから、たとえその認定を誤つて賦課決定がなされたとしても、その処分に重大かつ明白は瑕疵があるということはできないからである。

三、被告の主張に対する原告の答弁並びに主張

1  原告が昭和二八年九月一五日訴外共栄融資株式会社から被告主張のような不動産を六〇〇、〇〇〇円で譲り受けたことは認めるが、右不動産中建物の部分は終戦後不完全な資材で建築されたもので、到底被告主張の如き価値を有するものではない。本件不動産は右訴外会社が昭和二七年三五〇、〇〇〇円で買い受けたもので、その後本件不動産のうち別紙第二目録一記載の建物(以下単に一二一の二の建物という。)を右訴外会社より無償で借り受け居住していた原告が、同建物と右訴外会社が賃料一カ月三、〇〇〇円で他に賃貸していた一二一の三の建物およびその敷地(別紙第一目録記載の土地)をあわせて六〇〇、〇〇〇円で買い受けたものであつて、本件不動産の取得により原告にもたらされる不動産所得は、被告主張にかかる昭和二八年分所得標準率表によつても年間二万円に足りず、又原告が居住している住宅にしても公定賃料で計算すればわずか月額一、五〇〇円程度にすぎずこれを標凖金利により逆算してみても本件不動産の適正な時価は明らかに六〇〇、〇〇〇円を越えるものではない。このことは、訴外共栄金融株式会社が本件不動産を五〇〇、〇〇〇円以上で他に転売出来なかつたため、原告がこれを買い受けたことから見ても明らかである。本件所得税賦課決定は右の事実を看過し明白な根拠にもとずかずなされたものであるから、重大明白な瑕疵が存する。

第三当事者双方の証拠の提出、援用及び認否

一、原告の証拠の提出、援用および認否

1  甲第一号ないし第三号証を各提出

2  証人御所名房次郎、佐々木栄太郎の各証言を援用

3  乙各号証の成立は認める。

二、被告の証拠の提出、援用および認否

1  乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし六、第一一号証を各提出

2  証人木下治郎の証言を援用

3  甲第三号証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一、被告が原告に対し昭和二十八年度分所得金額を三四五、七〇〇円、所得税額を七八、九〇〇円、無申告加算税額を一九、五〇〇円と決定したことは当事者間に争がない。原告は右所得税賦課決定が原告に通知されなかつた旨主張するが、成立に争のない乙第一、二号証、第六ないし第九号証、証人木下治郎の証言によれば、原告は昭和二十八年度の所得税の申告をしなかつたが、被告は同年度中原告に三四五、七〇〇円の所得があつたものと認め、昭和三一年十月八日原告に対し所得金額三四五、七〇〇円、所得税額七八、九〇〇円、無申告加算税額一九、五〇〇円と決定し、同日右決定通知書を原告宛発送し、該決定通知書は翌九日頃原告に送達されたことが認められ右認定を覆えすに足る証拠はない。従つて、この点に関する原告の主張はその理由がない。

二、原告が昭和二十八年九月十五日訴外共栄融資株式会社から本件不動産を代金六〇〇、〇〇〇円で譲り受け、同月十八日その旨の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がない。

本件課税決定中一時所得については、被告が本件不動産の譲渡当時における価額を一、四三二、四八〇円と評価し、原告が右価額に比し著しく低い価額である六〇〇、〇〇〇円でこれを譲り受けたものと認め、所得税法第五条の二第二項により譲渡があつたものとみなし、本件課税をなしたこと及び被告主張の本件不動産のうち一二一の三の建物は住宅二戸と工場からなつており、原告が訴外共栄融資株式会社より右建物を譲り受ける以前から、同訴外会社より、右建物のうち住宅の部分を訴外辻沢俊蔵、同池田文夫が、工場の部分を訴外岸田忠治がそれぞれ賃借し、原告が右建物の所有権を取得すると同時に右賃貸関係を承継したとの被告の主張事実については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。しかして、被告は前示認定のように課税の対象となる所得の発生を窺わしめるような事実関係の存在する場合、右譲渡にかかる不動産の評価額の点は複雑な事実認定にかかるものであるから、仮に、評価額の認定を誤つて課税したとしても、該課税処分の瑕疵は取消原因となるに過ぎず、重大かつ明白な瑕疵とはならない旨主張するが、被告の主張にかかる所得税法第五条の二第二項、同法施行規則第二条による低額譲渡の差額金が所得税法第九条第一項第九号所定の一時所得の金額として課税されるのは、当該不動産の譲渡価額が適正な時価の二分の一にも満たない場合でなければならないのであるから、当該不動産の譲渡価額が適正な時価にほぼ一致するにもかかわらず、当該不動産の譲渡の時における価額を著るしく高額に評価し、かつ、その評価の誤りが何人の目にも明白な誤りであると認められるような事情が存する場合は、その評価額を前提として低額譲渡の差額金に対してなされた所得税賦課決定は重大かつ明白な瑕疵あるものといわなければならない。よつてまず被告の本件不動産に対する評価額が適正な時価に照して著しく高額であるか否かについて検討する。

成立に争のない乙第三号証、第一〇号証の一ないし六、第一一号証によれば、昭和二八年度の本件不動産の固定資産評価額は価額合計一、六六三、一六〇円であり、昭和二八年九月一五日訴外佐々木栄太郎と本件不動産につき根抵当権設定契約を締結した訴外株式会社和歌山相互銀行の本件不動産に対する評価額は価額合計一、五六〇、〇四〇円であること、本件不動産のうち土地四筆の延坪数が一一〇坪六合一勺、建物の延建坪数が六六坪〇八勺であること、本件不動産が大阪市生野区新今里町五丁目六二番地に位置していることが認められる。

右認定事実に、当裁判所において顕著である、一面大阪市内における不動産の更地の時価は一般にその固定資産評価額よりも高額であり、反面第三者に対抗しうる賃借権の設定してある不動産の時価はその更地価格より低額である事実をも参酌して、これを綜合すると、原告が前示認定の通り賃貸関係の存在する建物を買受け、一二一の三の建物が後記認定のような賃料で賃貸されていることを考慮に入れても、被告の本件不動産に対する譲渡の時における評価額一、四三二、四八〇円は適正な時価がいくらであるかの判断をするまでもなく少くとも著しく高額でないことが認められ、右認定に反する甲第三号証、証人御所名房次郎、佐々木栄太郎の各証言は前示認定に照してにわかに措信できない。それ故、たとえ、被告の本件不動産に対する譲渡の時における前記評価額に誤りがあるとしても被告がこれを基礎として前記のような一時所得の課税をしたことには重大な瑕疵がないものといわねばならない。

三、成立に争のない乙第四、五号証によれば、原告は前期訴外辻沢俊蔵、池田文夫、岸田忠治との賃貸、借にもとずき本件不動産の所有権を取得した昭和二八年九月十五日以降毎月三、五〇〇円、昭和二八年度には合計一二、二五〇円の賃料の支払を受けていたこと、大阪国税局作成にかかる昭和二八年分商工庶業等所得標準率表によれば、所有地上の貸家の所有標準率は五五%であることが認められる。

以上の事実によれば、原告の昭和二八年度の建物賃貸借による不動産所得は前記一二、二五〇円より四五%の必要経費を控除した六、七三七円五〇銭となるからその範囲内でこれを六、二二七円と認定した被告の本件所得税賦課決定は適法でありこの点に関する原告の主張も又理由がない。

四、以上認定のとおり被告が原告に対し昭和二八年度分所得金額を三四五、七〇〇円、所得税額を七八、九〇〇円、無申告加算税額を一九、五〇〇円とした本件所得税賦課決定には重大な瑕疵が存在するとは認められないので、右決定の無効確認を求める原告の本訴請求はその理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 木村幸男 裁判官 元吉麗子)

第一目録(土地)

<省略>

第二目録(建物)

<省略>

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