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大阪地方裁判所 昭和31年(行)36号 判決 1965年6月29日

大阪市東区横堀二丁目一七番地

原告

中川富次郎

右訴訟代理人弁護士

加藤充

西本剛

右加藤充訴訟復代理人弁護士

佐藤哲

土田嘉平

杉山彬

同所同番地

原告

中川寿一

右訴訟代理人弁護士

加藤充

佐藤哲

土田嘉平

杉山彬

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

岩尾一

右訴訟代理人弁護士

桂川史

大阪市東区大手前之町

被告

東税務署長

堀井由雄

被告両名指定代理人検事

川村俊雄

法務事務官

風見源吉郎

国税訟務官

藤原末三

大蔵事務官

畑中英男

中島国男

主文

被告東税務署長が原告らに対し昭和三〇年二月二三日付でした昭和二五年分所得税及び無申告加算税賦課決定処分並びに、被告大阪国税局長が右賦課決定処分につきなした昭和三一年二月二二日付審査決定はいずれも、訴外中川ミツコの所得金額一、二九四、〇〇〇円、所得税額六六一、七〇〇円、無申告加算税額一六五、四二五円を超えて決定した部分を取消す。

原告らの其の余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを七分しその一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、原告らは「被告東税務署長が原告らに対し昭和三〇年二月二三日付でした昭和二五年分所得税及び無申告加算税賦課決定を取消す。被告大阪国税局長が右賦課決定について原告らに対し昭和三一年二月二二日付でした審査決定を取消す。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決を求めた。

二、被告らは「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、双方の主張

一、原告らの請求原因

(一)  原告中川富次郎(以下原告富次郎という)は昭和二八年四月三〇日死亡した訴外中川ミツコ(通称中川光子、以下ミツコという)の夫、原告中川寿一はその子であり、それぞれ同日同女を相続したものである。

(二)  被告東税務署長(以下被告署長という)は、昭和三〇年二月二三日付で、ミツコの昭和二五年分課税総所得金額を金一、五三〇、四〇〇円、所得税額を金七八一、七二〇円、無申告加算税を金一九五、二五〇円と決定し、相続人である原告らに通知してきた。

(三)  原告らは右決定に対し同年三月七日付で同被告に再調査の請求をしたが、同年四月二三日付で請求を棄却されたので、同年五月二〇日付で被告大阪国税局長(以下被告局長という)に審査請求をしたところ、同被告は昭和三一年二月二二日付で請求を棄却する旨の決定をし、右通知は同年四月五日ごろ原告らに到達した。

(四)  しかし、被告らの決定はいずれも不当であるから、その取消を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

請求原因(一)乃至(三)の事実を認めるが、(四)の事実は争う。

三、被告らの本件課税の根拠についての主張

(一)  ミツコは、原告富次郎の妹訴外中川きみ(以下きみという)とともに、訴外万谷久右衛門(以下万谷という)所有の大阪市東区横堀一丁目一二番地の一の宅地を賃借し、右地上にミツコは木造瓦葺二階建居宅延一八坪四合(以下ミツコの譲渡家屋という)を、きみは木造亜鉛鋼板葺平家建店舗建坪一〇坪二合五勺をそれぞれ所有していたが、昭和二五年ごろ万谷から右土地明渡の請求があり、協議の結果、同年一二月二三日和解(以下本件和解という)が成立し、ミツコ、きみ(以下両名を指すときはミツコら、という)は、右明渡の代償として、同区横堀二丁目一七番地の五宅地六四坪四勺、同地上木造瓦葺二階建居宅(畳、建具付)一棟延四四坪八合、同付属土蔵造瓦葺二階建倉庫延九坪五合、及び(23)局二、六八五番電話加入権(以下あわせて譲受物件という)、並びに現金九〇万円を受領した。右はミツコらが前記宅地の借地権及び地上建物(以下あわせて譲渡物件という)を万谷に譲渡したものである。

(二)  右譲受物件は訴外株式会社万成社が万谷を代行して訴外上原武子ほか四名から代金一八〇万円で買受け、ミツコらに引渡したもので、右代金は売買当時の時価相当額と認められるから、右両名の資産の譲渡による収入金額は合計二七〇万円となるが、被告署長はこれを両名の前記譲渡家屋の床面積に応じて按分し、ミツコの収入金額を全体の六四・三%にあたる金一七三万円(但し、一万円未満は切捨て)、きみのそれを金九七万円と認定した。

(三)  資産の譲渡による所得は、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額である(所得税法第九条第一項第八号)。

1 取得価額

原告らは被告署長の調査にあたりミツコの譲渡家屋の取得時期及び取得価額等について全然資料を提出せず、かつ右家屋はすでに取毀されて外見上からもこれを推定することができなかつたので、家屋台帳に登載されていた右家屋の新築日昭和二三年三月三〇日を取得時期とし、取得価額については昭和二五年大蔵省令第五四号資産再評価の基準の特例に関する省令(以下単に省令という)第二条第一項第三号により「当該資産の取得の時期における当該資産又はこれに類似する他の資産の価額」を取得価額とみなして、相続税等の課税標準を算定する場合に準じて評価した。

すなわち、相続税等に適用される取得財産の評価額は相続等により財産を取得した時における時価によるものであるが、昭和二三年当時全国財務局では土地建物の時価評価の基準資料として、多数の売買実例や精通者の意見に基き、地区別(商店街、その他)に、一定時期における不動産の時価が財産税評価額(昭和二一年三月における時価)の何倍になつているかを示す倍率表を作成して、各税務署に配付していた。これによると、ある不動産の時価はその財産税評価額に、倍率表の示すその不動産の属する地区の評価時期に応ずる倍数を乗ずると、おのずから算出されることとなる。

これをミツコの譲渡家屋についてみると、昭和二二年法律第三一号家屋台帳法第五条により家屋台帳に登載されている賃貸価格三八八円に財産税評価倍数五〇倍を乗じた金一九、四〇〇円がその財産税評価額となり、倍率表(乙第五号証の二)によると、右家屋の所在していた大阪市(大都市の部類に入る)の商店街以外の地区に適用される倍率は四ないし六倍であるが、右家屋は課税当時現存せず、構造等が不明であつたので、その中庸の五倍を採用した。従つて、右財産税評価額一九、四〇〇円に右の倍数五倍を乗ずると、昭和二三年三月当時の相続税等の課税標準を算出する場合の評価額九七、〇〇〇円が得られる。右評価額をもつて取得価額とみなしたものである。

そして、右家屋は昭和二三年に取得され、昭和二五年一月一日以後に譲渡されたものであるから、昭和二五年法律第一一〇号資産再評価法第九条第一項、第三条により右の基準日現在において再評価が行われたものとみなされ、その再評価額は取得価額九七、〇〇〇円に同法別表第一の再評価倍数一・八倍(取得時期昭和二三年三月、耐用年数二二年)を乗じた金一七四、六〇〇円である。

なお、万谷との賃貸借契約の際、権利金は支払われていないから、譲渡にかかる借地権については取得価額がない。

2 設備費、改良費及び譲渡に関する経費

ミツコが譲渡物件についてこれらの費用を支出した事実は認められない。

従つて、ミツコの昭和二五年中における資産の譲渡による所得は、前記総収入金額一七三万から右譲渡家屋の再評価後の取得価額一七四、六〇〇円を控除した金一、五五五、四〇〇円である。

(四)  ところでミツコは法定期限までに右譲渡所得に対する所得税確定申告書を提出しなかつたので、被告署長は同女の昭和二五年分譲渡所得一、五五五、四〇〇円から基礎控除二五、〇〇〇円を控除して(所得税法第一二条)、課税総所得金額を金一、五三〇、四〇〇円、所得税額を金七八一、七二〇円(同法第一三条)、無申告加算税を金一九五、二五〇円(同法第五七条第三項)と決定し(同法第四六条第四項)、同女がすでに死亡していたため、連帯して納税すべき義務を負うものとして、相続人である原告らに対し昭和三〇年二月二三日付で、その旨通知したものである。

(五)  以上のとおり、被告署長のした課税処分、及びこれを是認し右処分に対する原告らの審査請求を棄却した被告局長の決定はいずれも正当であつて、何ら違法ではない。

(六)  さらに、本訴における証拠調の結果によると、万谷から譲渡を受けた宅地及び家屋は原告富次郎名義で所有権取得登記(昭和二六年一月一九日)がなされ、現金九〇万円についてもその中から右家屋の修理費及び改良費が支出されており、きみが譲渡の対価として受領したのは僅か金二五万円に過ぎないことが明らかとなつた。すなわち、本件譲渡の対価二七〇万円の大部分にあたる金二四五万円がミツコ(その相続人原告富次郎)に帰属したものというべきであつて、同女の昭和二五年中における実質譲渡収入金額は金二四五万円である。従つて、これを金一七三万円としてした本件課税処分は実質所得の範囲内であることが明らかであり、何ら不当な処分ではない。

四、本件課税の根拠に対する答弁及び原告らの主張

(一)  本件課税の根拠(一)の事実は、明渡の代償としてとの点、及びミツコらが借地権及び地上建物を万谷に譲渡したとの点を除き、認める。

(二)  同(二)の事実を争う。

(三)  同(三)の事実のうち、家屋の取得時期が昭和二三年三月三〇日であることは認めるが、その余の事実を争う。

(四)  同(四)の事実のうち、被告署長がミツコに対する昭和二五年分所得税及び同無申告加算税をその主張のとおり決定し、その主張の日付で相続人である原告らに通知してきたことは認める。

(五)  同(五)の事実を争う。

(六)  同(六)の事実を争う。

(七)  万谷は、米占領軍が訴外江商株式会社ビルを接収するにつき右会社の移転先として同人の所有地を希望してきたので、これを承諾し、ミツコらに賃貸していた宅地を更地として右会社に売却する契約をし、訴外万成社を通じて同女らに対し建物収去土地明渡を請求してきた。ミツコらは右請求を拒否していたが、米軍の介入、威圧もあり、やむなく建物収去土地明渡の和解に応じ、被告ら主張の譲受物件及び現金九〇万円と右宅地の借地権及び料理店を営んでいた地上建物とを交換するに至つたものである。従つて、資産の譲渡にはあたらない。

(八)  右交換は、家屋の床面積の点はともかく、料理店営業の目的からすると、ミツコらに甚だ不利益なものであり、同女らは損害こそ蒙つたが、何らの利益ないし所得を得ていない。すなわち、飲食業者にとつては店舗の場所が生命であるが、譲受物件は倉庫の多い路地の奥にあり、譲渡物件のあつた船町橋詰横堀角(住友本社南向い)と比較すると、格段の相違で、前者を三等場所とすれば、後者は一等場所である。右両物件は等価とみなすべきではなく、譲受物件は現金九〇万円を附加してもなお譲渡物件の価格に及び得ないのである。

(九)  前記のように本件和解の実体は交換に過ぎず、仮にこれを資産の譲渡行為とみるとしても、譲渡物件と譲受物件とは等価と看做されるべきである。仮りにそうでないとしても、少くとも右両物件の価格算定の基準は同一でなければならない。すなわち、譲渡家屋の取得価額を家屋台帳に登載されている賃貸価格を基礎として算出するのであれば、譲受家屋についても同様に賃貸価額を基礎としてその再評価額を算出し、その間に差額があれば、これを所得と考えるべきである。ところが、被告らは、前者については賃貸価格を基礎として算出し、後者については万谷の買受価額(右価額が金一八〇万円であることは争う)をそのまま採用している。ミツコらは譲受家屋を買受けたものではないのであり、被告らが右両物件の価額を全く質を異にする方法で評価したのは違法である。

(一〇)  原告富次郎、ミツコ夫婦は譲渡家屋においてきみと共同で料理店を営業していたが、右交換後、到底共同で営業を継続してゆくだけの収入がない事実が判明したので、同原告において古材木を提供し、きみの夫であつた訴外井口基からも材木、板などの提供を受けて、同女のため大阪市西区京町堀上通二丁目に家屋一戸を建築し、右家屋を現在原否らが居住している譲受家屋と等価とみなして備品、什器一切を二分し、もつて均等に分配し、現金九〇万円のうち金三五万円を同女の開業のために費消した。従つて、被告ら主張のミツコの収入金額は不当である。

(一一)  ミツコがその譲渡家屋(料亭)を昭和二三年三月に新築した費用は約三〇万円、きみがその譲渡家屋(喫茶店)を昭和二一年八月に新築した費用は約一五万円であるから、被告ら認定の取得価額は誤つている。

(一二)  被告らが取得価額の認定にあたり適用したという省令第二条は次のとおり規定する。

法第三十三条に規定する取得価額の不明な資産については、左の各号に掲げる金額のうち当該資産の取得価額に最も近いと認められる金額をその取得価額とみなすことができる。但し、前条第一号の規定により最も古い記録がある時期をその取得の時期とみなした資産についてその価額が当該記録に記載されている場合においては、第一号に掲げる金額をその取得価額とみなさなければならない。

一、当該資産について最も古い記録に記載された価額

二、当該資産を有する者又は当該資産がその用に供されている事業と同一種類の事業を営む他のものが当該資産の取得の時期と同一の時期に取得した当該資産に類似する他の資産の取得価額

三、当該資産の取得の時期における当該資産又はこれに類似する他の資産の価額

四、(省略)

五、当該資産の構造又は型式によつて推定される取得価額

六、(省略)

右によると取得価額の不明な資産については右各号のうち当該資産の取得価額に最も近いと認められる金額をその取得価額とみなすことができるとされており、当時ミツコの譲渡家屋の近辺には、料理喫茶営業と同一種類の事業を営む他の者が右家屋の取得時期と同一の時期に取得した右家屋に類似する他の資産はいくらでもあつたから、第二号によるべきであり、第三号を適用したのは違法である。

仮に、第三号によることが違法でないとしても、被告らは同号の要件の解釈を誤り、到底合理的とはいえない資料と計算方法に基いて取得価額を算出しているから、本件課税処分は適法性を欠くものとして取消されるべきである。

すなわち、被告らは同号適用に際し相続税等の課税標準を算定する場合と全く同一の評価方法を用いているが、相続税の場合には政策的配慮から資産の評価がおのずから低く定められており、譲渡所得に対し所得税を課する場合に控除すべき資産の取得価額について右と同一の方法によると、被告ら認定のような非常識極りない低価額となつてしまうのである。

被告ら主張の財産税評価倍数は大阪市東区につき漠然と第一地帯と第二地帯に大別し、それぞれ五〇倍、五五倍とされているに過ぎず、また倍率表も大都市を僅かに商店街とその他に大別して倍数が記載されているだけの極めて大雑把なものでこれでは、都心と市内僻地商店街とが同一に取扱われてしまうし、その評価倍数にも四ないし七倍というように幅があり、どのような場合に四倍であり、七倍であるかの標準は何ら示されていないから、税務官吏の匙加減一つできまるといつても過言ではない。

このような根拠のない評価をしなくても、省令第二条第二号によれば十分適法な取得価額を算出できた筈である。仮に第三号による場合でも、算出された取得価額が適法であるといえるためには、その評価方法に合理性があり、かつ右方法よりさらに合理的な方法が存在しないか、またはこれをとることができない事情があることを要すると解すべきである。

(一三)  被告らはミツコらの借地権の取得価額を全く評価していないが、同女らは昭和二一年春ごろ万谷から被告ら主張の宅地を賃借した際、権利金として二回にわたり計約一〇万円を支払つているから、右金額は控除されるべきである。

(一四)  被告らは万谷から交付された現金九〇万円をすべてミツコらの所得に含めて課税しているが、同女らはその賃借地を更地として引渡すことを要求されたため、建物取毀費用及び譲受家屋への移転費用として約一〇万円、右家屋を料亭に使用できるようにするため畳、建具の取替えなど修繕費用として移転以来約二〇万円をそれぞれ右九〇万円の中から支出しており、右九〇万円は右の各費用を含むものとして交付されたものであるから、所得金額から控除されるべきである。

五、原告らの主張に対する被告らの反論

(一)  交換であるから資産の譲渡にあたらないとの原告らの主張は理由がない。

すなわち、所得税法第九条第一項第八号の「資産の譲渡」とは、相続以外の原因で、財産、権利、法律上の地位などをその同一性を保持しつつ、他人に移転する一切の場合をいい、売買だけでなく、交換、現物出資、代物弁済、競売などの場合も含まれる。特に、交換は、売買と同様に有償双務契約の一種であつて、売買の規定が準用され(民法第五五九条)、売買との相違は、資産の移転に際し対価として金銭が支払われるか、金銭以外のものの給付を受けるかの点だけである。従つて、資産の売買において、資産があらかじめ投下した資本(資産の取得当時の価額を再評価した金額)を上廻る金額で売却されたとき、その上廻る部分について所得税の課税対象となる所得と認められるのと同様に、資産の交換においても、給付した資産の再評価額を上廻る金額のものを反対給付として受ければ、その上廻る部分は取得者の富を形成するものであるから、これを譲渡所得とみることは当然である。

(二)  ミツコらが賃借していた宅地は元来訴外江口某が万谷から一時的使用目的で借用し、バラツク(きみ所有)を建築していたところ、昭和二三年三月その裏側にミツコ所有の譲渡家屋が万谷に無断で建築されたものであり、同人は訴外江口から先払地代六ケ月分または保証金として金三万円または金五万円を受領した模様であるが、ミツコらから権利金を受領したことはない。右金額は先払地代の場合はもちろん、保証金であつても、譲渡物件の譲渡代金とは別個に清算されるべきものであり(現に清算ずみである)、譲渡物件の取得価額に算入すべき根拠は存しない。

(三)  原告ら主張の建物取毀費用及び移転費用はその金額の根拠が明らかでなく、仮に幾らかの金額が支出されているとしても、所得税法第九条第一項第八号にいう「譲渡に関する経費」にあたらない。

また、原告らが取得した家屋の改造費は、税法上譲受家屋の取得価額に加算して右家屋の償却の対象等にはなるが、譲渡物件の譲渡経費等として考慮されるべきものではない。

第三、証拠

一、原告らは、甲第一ないし第七号証、第八号証の一、二を提出し、証人万谷久左衛門、同小久保信重郎、同上野林平、同中島昭二(第二回)の各証言、及び原告中川富次郎本人尋問の結果を援用し、乙第六号証の成立は知らないが、その余の乙各号証の成立は認める、と述べた。

二、被告らは、乙第一、二号証の各一、二、第三、四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し、証人万谷久右衛門、同中島昭二(第一回)、同三条吟治の各証言を援用し、甲第四ないし第七号証の成立は認めるが、その余の甲各号証の成立は知らない、と述べた。

理由

一、請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争がない。

そこで、被告署長の所得税賦課処分、及び右処分につきなされた被告局長の審査決定について、その当否を以下に検討する。

二、ミツコが原告富次郎の妹きみとともに万谷所有の大阪市東区横横一丁目一二番地の一の宅地を賃借し、右地上にミツコは被告ら主張の居宅を、きみは被告ら主張の店舗をそれぞれ所有していたところ、昭和二五年ごろ万谷から右宅地明渡の請求があり、同年一二月二三日建物収去土地明渡し和解が成立したこと、右和解に基きミツコらが万谷から被告ら主張の譲受物件及び現金九〇万円を受領したことは当事者間に争がない。

原告らは、右はミツコらの所有家屋及び敷地の借地権と譲受物件及び現金九〇万円との交換であつて、資産の譲渡にあたらないと主張するが、証人万谷久右衛門、同小久保信重郎、同三条吟治の各証言を総合すると、ミツコらは建物収去土地明渡の代償としていわゆる立退料に相当するものを現場及び現金で受領したものであることが認められ、到底交換とは解しがたいばかりでなく、そもそも資産の交換の場合であつても、所得税法(昭和二六年法律第四五号による改正前のもの。以下同じ)第九条第一項第八号の「資産の譲渡」に該当することはいうまでもないから、原告らの主張はいずれにしても理由がない。ミツコらはその所有家屋及び借地権を譲渡したものといわなければならない。

次に、原告らは、等価物ないしそれ以下の価値しかない物件との交換であるから、譲渡による所得はない旨主張する。

本件和解の実体が交換とは解しがたいことは前記のとおりであるが、その点はともかく、資産の譲渡による所得とは、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額をいうのであるから(同法第九条第一項第八号)、資産が等価物ないしそれ以下の価値しかない物件と交換されたかどうかは、譲渡による所得があつたかなかつたかを決定するについて何らの意味も持たない。原告らの主張は右の明文の規定を無視するものであつて、採用できない(大阪地裁昭和三五年一二月二三日判決、行集一一巻一二号三、三三〇頁参照)。

三、右のように、資産の譲渡による所得とは、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額である。

ミツコらが本件和解により譲受物件及び現金九〇万円を取得したことは前記のとおり当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証の一、二、証人万谷久右衛門、同小久保信重郎、同三条吟治、同中島昭二(第二回)の各証言を総合すると、右物件は万谷がミツコらに提供する目的で、本件和解成立の直後に訴外万成社を通じて訴外上原武子ほか四名から金一八〇万円で買受けたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右売買価額を不相当とする特段の事情も認められないから、右売買価額をもつて本件和解成立当時の譲受物件の時価と考えるのが相当である。従つて、ミツコ、きみの両名が本件譲渡家屋等の譲渡の対価として得た収入金額は譲受物件の価額一八〇万円と現金九〇万円との合計二七〇万円となる。

そうすると、ミツコが本件譲渡家屋の譲渡の対価として得た収入金額は、右金二七〇万円を本件譲渡家屋と、きみの譲渡家屋との坪数に按分(本件では、各家屋の対価及び各価額、その優劣差を明確に認める証拠はないし、要するに各家屋の敷地(占有)部分の明渡を求められていたのであるから、各家屋の坪数の割合によつて対価を定めるのが相当である)比例した金一七三万円と認めるのが相当であり、この点に関する被告らの主張は理由がある。

四、ところで、ミツコの譲渡家屋が昭和二三年三月三〇日に新築、取得されたことは当事者間に争がなく、また、その敷地の借地権が同じころ取得されたことは後記認定のとおりであつて、右家屋及び借地権は前記のようにいずれも昭和二五年一二月二三日に譲渡されたものである。そうすると、右家屋(原告富次郎本人の供述によると、昭和二五年一月一日当時料理飲食営業に供されていると同時に、ミツコ及び原告らの居住の用にも供されていたことが認められる)については、資産再評価法(昭和二六年法律第七八号による改正前のもの。以下同じ)第二八条第一項、第八条第二項、第九条第一項により、借地権については、同法第九条第一項により、それぞれ昭和二五年一月一日現在で再評価を行つたものとみなされる。従つて、右家屋及び借地権について所得税法第九条第一項第八号に規定する取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費とは、右家屋及び借地権の再評価額と、昭和二四年一二月三一日以後に支出した設備費、改良費及び譲渡に関する経費の合計額をいうことになる(同法第一〇条の六第二項)。

(一)  家屋の再評価額

前記のように財産税調査時期(昭和二一年三月三日午前零時、財産税法第一条)以後に取得されているから、取得価額に取得の時期及び耐用年数に応じて定められた資産再評価法別表第一の倍数を乗じて算出した金額である(同法第二五条第一項、第二六条)。

そこで、ミツコの譲渡家屋の取得価額について判断する。

原告富次郎本人の供述、並びに右供述により真正に成立したものと認められる甲第三号証によると、右家屋の建築費用として約一八万円を要したことが認められ(少くとも右の程度の費用を要したことは証人中島昭二(第一回)の証言の一部によつても裏付けられる)、右認定に反する証人万谷久右衛門の証言部分は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。そうだとすれば、被告らが同法第三三条第一項により取得価額の不明な資産としてこれを金九万七、〇〇〇円と認定したのは相当でないものといわなければならず、右家屋の取得価額は金一八万円と認めるのが相当である。なお、原告のこれを金三〇万円とする主張も何ら証拠がなく採用できない。

そして、右家屋の耐用年数は一五年であり(昭和二九年法律第三八号による改正前の法人税法第九条の八第一項、昭和三四年政令第八六号による改正前の同法施行規則第一三条、昭和二六年大蔵省令第四九号による改正前の同法施行細則第二条第一項、別表第一)、右耐用年数及び取得時期昭和二三年三月に対応する資産再評価法別表第一の倍数は一・七倍であるから、右家屋の再評価額は取得価額一八万円に一・七倍を乗じて算出した金三〇六、〇〇〇円である。

(二)  借地権の再評価額

後記認定のように譲渡家屋と同じく財産税調査時期以後に取得されているから、取得価額に取得の時期に応じて定められた資産再評価法別表第五の倍数を乗じて算出した金額である(同法第二一条第二項)。

そこで、ミツコの借地権の取得価額の有無について判断する。

証人万谷久右衛門、同上野林平、同小久保信重郎の各証言並びに原告富次郎本人の供述を総合すると、万谷は昭和二一年はじめごろ知人の訴外江口某から「喫茶店をやりたいから、大阪市東区横堀一丁目一二番地の一の宅地を貸して欲しい」との申込を受けたので、同人とは同じ上海からの引揚者であつた関係もあり、当時戦災で空地になつていた右所有宅地の一部を、権利金、保証金等をとらずに、バラツク建造物に限るとの条件で一時的に同人に賃貸したこと、ところが、同人には当初から右土地を自ら使用する意思がなく、これを転貸し、まず同年中にきみの所有家屋(バラツク造)が建築され、同女及び原告富次郎、ミツコの夫婦が共同で喫茶店営業をはじめたこと、その後昭和二三年春ごろに至り、右家屋の裏側にあたる賃貸外の土地に無断でミツコの所有家屋が建築されたので、その直後にこれを知つた万谷は訴外江口に対し直ちに撒去するよう申入れたが、同人の懇請によりやむなく右家屋の敷地をも同人に賃貸することとなつたこと、その際、将来再びこのような背信行為をしないことを保証する趣旨で、地代とは別に金五万円が同人から万谷に交付されたこと、右五万円は訴外江口が原告富次郎から取立てて支払つたもので、実際には同原告らの負担となつたこと、万谷としてはもともと訴外江口以外の者に賃貸する意思は全くなかつたが、当初から同人が賃借地を占有せず、現実にはきみ及び原告富次郎、ミツコの夫婦において占有、使用していることを知りながら黙認しており(同人らから直接賃料を受領したこともあつた)、殊に訴外江口が昭和二四年ごろ死亡した後はきみらを交渉相手とせざるを得ず、事実上同人らに賃貸している状態となつたこと、万谷は本件和解により前記五万円の返還義務を免れるに至つたことが認められ、証人万谷久右衛門の証言の一部並びに乙第六号証中これに反する部分は他の証拠に照らしにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。尤も、原告富次郎は右五万円以外にも訴外江口を通じ万谷に金銭を支払つた旨の供述をしているが、その趣旨が明らかでなくにわかに採用しがたい。

そうだとすれば、訴外万谷に交付された金五万円は現実に賃貸借契約を成立させるために要したものであつて、かつ返還請求権がないのであるから、その名目はともかく、これを借地権の取得価額と認めるのが相当であり、その取得時期については家屋の建築時期と同じ昭和二三年三月と考えるべきである。

そして、前記資産再評価法別表第五によると、取得時期昭和二三年三月に対応する倍数は二・一倍であるから、借地権の再評価額は取得価額五万円に二・一倍を乗じて算出した金一〇五、〇〇〇円である。

(三)  設備費、改良費及び譲渡に関する経費

原告ら建物取毀費用、譲受家屋への移転費用、及び右家屋の修理費用を右控除項目にあたるものとして主張するようであり、具体的な金額はともかく、一応これらの費用を支出した事実が認められるが、いずれも譲渡資産の設備費、改良費にあたらないことはもとより、「譲渡を実現するために直接必要な支出」(最判昭和三六年一〇月一三日、民集一五巻九号二三三二頁参照)とはいえないから、譲渡に関する経費にも該当しない(最も問題となるのは建物取毀費用であるが、ミツコの万谷に対する建物収去土地明渡の義務は、本件譲渡家屋の譲渡とは一応別個の債務(和解契約上の)と認められるから、これをもつて譲渡を実現するために直接必要な支出とはいえない)。

なお、原告らの主張は現金九〇万円全額について控除すべきであることの趣旨にも解されるが、何ら根拠がなく、いずれにしても原告らの主張は理由がない。

五、右にみたように、ミツコの昭和二五年中における資産の譲渡による総収入金額は一七三万円であり、これから控除すべき取得価額等は前記家屋及び借地権の再評価額合計四一一、〇〇〇円であるから、その譲渡所得金額は一、三一九、〇〇〇円であり、これから所得税法第一二条第一項による基礎控除金額二五、〇〇〇円を控除した金一、二九四、〇〇〇円が同年度におけるミツコの課税総所得金額である。よつて、これを一、五三四、〇〇〇円と決定した被告署長の処分並びにこの認定を是認した被告局長の処分はこの金額を超える限度において違法であり取消を免れない。

なお、被告らは、万谷から譲渡を受けた宅地及び家屋が原告富次郎名義で所有権取得登記がなされ、現金九〇万円についてもその中から右家屋の修理費、改良費が支出され、きみが受領したのは僅か金二五万円に過ぎないから、本件譲渡の対価のうち二四五万円がミツコ(その相続人原告富次郎)に帰属したこととなり、ミツコの本件譲渡による実質収入金額は金二四五万円であるとも主張する。もしミツコの実質収入金額が金二四五万円であるならば、これに基いて計算されるミツコの課税所得金額は被告らの課税処分(金額)をはるかに超過するものであることは明らかである。しかして、前記乙第二号証の一、二及び証人上野林平、同万谷久右衛門の各証言に原告富次郎本人尋問の結果の一部を綜合すると、譲受物件及び現金九〇万円はひとまず原告富次郎に引渡されたところ、右物件のうち土地及び建物はその直後の昭和二六年一月一九日受付で前記上原武子ほか四名から直接同原告名義に所有権移転登記がなされ、現金九〇万円についてもきみはそのうち金二五万円を受領したに過ぎないこと、同女はこれを不満とし同原告に対し再三分配を要求したが、結局容れられず今日に至つていることが認められ他にこれに反する証拠はない。これによると本件和解による譲受物件はすべて経済的には原告富次郎に帰属したかの如き外観を呈している。しかし、本件においては右譲受物件及現金九〇万円は、本件譲渡家屋及びきみ所有家屋(本件譲渡家屋がミツコのもう一つの店舗がきみの所有であつたことは当事者間に争がないのである)の譲渡の対価として得たものであつて、右認定のような事実があつたとしても、前記建物収去土地明渡の和解において相手方万谷との関係においても本件譲渡家屋の方の対価はこれを二四五万円に、きみの所有家屋の方の対価はこれを二五万円に決したとは到底認め難いところである。そうして前記の様に譲渡家屋がミツコ及びきみの所有であることに争のない本件では、前記原告富次郎が本件譲受物件及び現金九〇万円の引渡しを受けたのは、ミツコ及びきみのため、その代理人としてなしたものと認めるのが相当である。されば、右原告富次郎がそれらの引渡を受けた時点において、ミツコ及びきみは各所有物件譲渡の対価である譲受物件と現金との合計価額二七〇万円を受領したものというべきである。だから、その後これを原告富次郎が自己名義に登記し、或は現金を適正に分配しなかつた事実が存するとしても、それは原告富次郎乃至はミツコときみ間に新たな計算関係を生ずることはあつても、本件譲渡家屋の対価そのものの増減には影響のないことといわねばならない。だからこそ、右本件譲渡家屋の対価は前段説示の如く対価たる合計価額二七〇万円を両物件の坪数で按分比例した一七三万円と考えるのが至当である。しかも前認定によれば譲受物件の名義を取得したのはミツコではなく、原告富次郎である。この名義の点はここではミツコの課税所得の決定には何らの影響を及ぼすものではない。そこで前記課税所得金額一、二九四、〇〇〇円に、所得税法第一三条の税率を乗じて算出した所得税額は、六六一、七〇〇円である。そしてミツコが右譲渡所得について昭和二六年一月一日から同月三一日迄に確定申告書を提出すべきところ(同法第二六条第一項)、これを提出していないことは、原告らの明らかに争わないところであるから、同法第五七条第三項により無申告加算税(所得税額の一〇〇分二五)一六五、四二五円を課せらるべき場合である。

六、よつて、被告署長の本件課税決定はその所得金額を一、二九四、〇〇〇円、所得税額六六一、七〇〇円、無申告加算税金一六五、四二五円とする限度においては適法であるが、これを超える部分は違法であり、右被告署長の処分を維持した被告局長の決定も右各金額の限度においては適法であるが、これを超える部分は違法であるので、それぞれ右違法部分の取消を免れず、また被告らの各処分の全部取消を求める原告の請求は、右各処分の適法な限度において理由なく排斥を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 潮久郎 裁判官 安井正弘)

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