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大阪地方裁判所 昭和31年(ヨ)2581号 判決 1958年6月30日

申請人 寺尾正則 外一名

被申請人 錦タクシー株式会社

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は、申請人等の負担とする。

事実

第一、申請人等の主張

申請人両名訟訴代理人は、「被申請人は申請人両名を被申請人会社の従業員として取扱い、かつ昭和三一年一〇月一日以降毎月末日限り申請人寺尾に対し一ケ月金二八、五八八円五〇銭、申請人真鍋に対し一ケ月金二八、四六六円七〇銭宛を仮に支払え。」との判決を求め、その理由として、

一、被申請人会社(以下、単に会社ともいう)は、従業員六五名を擁し、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)を営み、営業用自動車(タクシー)二〇輛、自家用自動車一輛を有する株式会社であり、申請人寺尾は昭和二九年一一月二五日、同真鍋は同年二月六日いずれも会社に入社しタクシーの運転業務に従事してきたものであつて、昭和三一年九月現在の一ケ月平均賃金は申請人寺尾は金二八、五八八円五〇銭、同真鍋は金二八、四六六円七〇銭である。しかして、申請人両名は、いずれも大阪自動車労働組合(通称、大自労)錦タクシー支部(その組合員数は二八名、以下単に組合という)の組合員である。なお、会社従業員中約二〇名は別に錦タクシー労働組合(第二組合)を結成している。

二、しかるところ、会社は、昭和三一年一〇月一日申請人両名に対し、右両名が「同年六月五日午後四時三〇分頃会社前道路上で会社取締役板東茂夫に暴行を加え、治療二四日を要する傷害を与え、右事実が同年九月二六日大阪地方検察庁検察官の公訴提起により明確にされた」との理由により会社就業規則第七九条第三号、「他人に対し暴行脅迫を加え、またはその業務を妨害したとき」及び第四号「業務上の命令に不当に従わず、社業職務の秩序を紊したり、紊そうとしたとき」を適用し、懲戒解雇する旨通告した。

三、しかしながら、右懲戒解雇は、次の諸理由により無効であり申請人両名は依然として会社の従業員である。

(一)  本件懲戒解雇は、会社と組合間の昭和三一年八月二日付協定に違反する。

すなわち、右協定成立の際に作成された「和解協定書」には申請人両名の従業員たる地位に関し、明文上の記載はないが、協定成立の際、会社は同年五月二一日以降協定成立の日までの間にわたる会社、組合間の労働争議中のできごとを理由として、組合員特に申請人等組合幹部を処分しないことを約し、組合はこのことを重大な条件として争議を妥結したものであつて、その経緯は次のとおりである。

(1) 会社は、右争議中常に申請人両名の退職を主張し、殊に本件解雇理由となつた昭和三一年六月五日の事故発生以後は、申請人両名外二名の退社を争議妥結の前提条件として要求し、同年七月二一日大阪地方労働委員会のあつ旋に際し、会社が内示した争議解決案も組合幹部である申請人両名外二名の退職を前提条件として、その余の組合員に対し「立上り資金」として一人当り一〇、〇〇〇円を貸与し、右金員を毎月一、〇〇〇円宛月賦弁済することとし、給料より差引くこと(ただし、返済期間中に一部返済を免除することを考慮する)、賃金は第二組合との協定によること、未払賃金(時間外、休日、深夜業手当)は一人当り八、二〇〇円として支払うこと、組合は夏期手当の要求をしないこと等であつたが、組合は同月二三日会社案を討議した結果、申請人両名を含む組合幹部の馘首を前提とする会社案を不服として、これを拒否することに決定し、その旨会社に通知し、一時団交は決裂した。

(2) その後、同年八月一日団交が再開され、同月二日正午頃会社は申請人等組合幹部四名の退社要求を撤回し、解雇しないことを認め、その交換条件として前記「立上り資金」一人当り一〇、〇〇〇円を五、〇〇〇円とする案を提示したので、組合は大会を開いた結果、右会社案は金銭的には組合に不利であるが、会社が前記組合幹部等の解雇を撤回したことの誠意を認め、同日午後三時右会社案を受諾し、和解協定書に調印したものである。

右の次第で、会社が右協定成立以前の前記事由により申請人両名を解雇したのは、右協定に違反し、無効である。

(二)  本件懲戒解雇は、申請人両名の平素の組合活動を理由とするものであるから、不当労働行為として無効である。

(1) 申請人両名は、組合結成前から大自労に加盟し、同労働組合員として錦タクシー支部結成のため、尽力していたものであり、昭和三〇年九月申請人等が組合結成準備会を組織し、活動を始めるや、会社側は板東常務、神谷課長が中心となつて班長制を作り、組合結成準備委員に班賞を出す等露骨な組合介入を行い、「従業員の生活向上を計るから」と称して全従業員を説得し、結局組合の結成を不可能ならしめた。

(2) 昭和三一年初め西浦運転手の中毒死事故発生に端を発し、再び申請人等が中心となつて組合結成が具体化し、同年三月七日申請人寺尾名義で大自労錦タクシー支部結成を通告したところ、会社側は「組合を作り力で解決しようとすることは会社に刃向うことで、そのような行いをする従業員は全部淘汰する。仮に、組合を作つても、第二組合を作つて、必ずつぶしてみせる。」等と公言し、また「組合を認めない。」と申入れる等極度に組合を嫌い組合結成の妨害行為を行つた。しかし、申請人等が中心となつて、結局同月一一日会社の妨害を蹴つて組合結成大会が敢行され、右大会は従業員三一名の参加を得て成功し、申請人寺尾が組合長に、同真鍋が書記長に選出された。

(3) 組合は、結成と同時に会社に対し就業規則の呈示並びに遵守、人権尊重、既往の未払賃金(時間外、休日、深夜割増賃金)の支払、歩合制度の改正等について団体交渉を申入れたところ、会社は組合員名簿の提出がなければ団交に応じない等の放言をなし、組合の切崩しを計る一方、恣に団交を拒否して不当労働行為を行つた。申請人両名は右交渉に際し組合の中心となつて活動し、会社は申請人両名の社外排除を決意した模様であつた。

(4) その後同年四月上旬に至り、神谷課長等が中心となつて、社長の借家に居住する運転手、修理工、事務員等によつて第二組合を結成し、組合の切崩しを計つた。

(5) 会社は組合との団体交渉を理由なく遷延する反面、組合員の入社時の際の紹介者に対し被紹介者の組合脱退勧告を求めたり、組合員である運転手に第二組合員に入らないときは配車しないと申し述べたり、第二組合員には新車を組合員には旧車を配車する等の差別扱いを行い、組合切崩しに奔命した。しかしながら、申請人等は極力右の如き会社の不当労働行為を排除し、組合の団結権を守るために闘つてきたものである。

(6) 前叙のとおり、組合は申請人両名が中心となり、結成以来既往二ケ年間の未払の時間外、休日、深夜割増賃金の支払を要求していたが、会社は右の支払義務を認め、所轄基準監督署からも注意を受け、右支払の誓約書を同署に提出しながらその計算をなさず、言を左右にして支払を遅延させていたものであり、組合が労働基準法(以下、労基法という)遵守の闘いとして、会社に対し右要求を強く押し出したところ、会社は組合を嫌悪し、これが切崩しを策し、更に昭和三一年四月中頃から組合の中心活動家である申請人等を解雇することを宣言し、同年五月初め頃から組合が申請人等の退職を認めない限り、未払割増手当の支払に関する団交にも応じない旨主張するに至つたので、組合は同月二一日会社のかかる不当労働行為の排除と前記労基法所定の割増手当の支給を要求してストに突入した。しかるに、その後も会社は組合の壊滅を意図し、組合活動の中心メンバーである申請人両名の解雇の意思を露骨に示してきたもので、本件懲戒解雇はたまたま同年六月五日偶発した会社側の挑発に基く軽微な事件(後記(三)の事実)に藉口して、不当労働行為意図を実現したものに外ならない。

従つて、本件解雇は、労働組合法(以下労組法という)第七条第一号及び第三号に違反し無効である。

(三)  本件懲戒解雇理由は、会社就業規則第七九条第三号及び第四号に該当しないから、無効である。

(1) 会社が、本件解雇の理由として指称する事実の真相は次のとおりである。

(イ) 組合は、前叙のとおり昭和三一年五月二一日ストに突入したが、スト突入前の同月二〇日までの給料は同月末日に支払わるべきものであるところ、会社は第二組合員に対しては、これを支払い、スト中の組合員に対しては翌月五日に至るもこれが支払いをなさず、差別待遇を行つた。(労基法第二四条第二項、第一二〇条違反、労組法第七条違反)

(ロ) 組合は、争議中のことであり、かつ特に会社が従来から組合の切崩しを策していることが明白であつたので、組合員の委任状により一括して五月分の給料を組合代表に支払うべきことを要求したところ、会社は、「賃金は直接労働者に支払わなければならない」等と労基法を悪用し、言を構えてこれが支払に応じなかつた。

(ハ) しかも、右五月分の賃金は労基法第一七条に違反し、前借金と相殺されたものであつた。

組合員は、会社の右不法行為にいたく憤激していたものであるが、同年六月五日午後四時頃板東茂夫取締役は支払うべき賃金を会社に持参しながら、殊更に委任状では支払えない。基準監督署へ行つて聞いて来る等の言を弄し、切迫した組合員の生活を顧みないのみならず、組合員の憤激を挑発する如き態度に出たため、組合員はとつさに、しかも自然発生的に賃金を支払わずに会社を出ようとする右取締役を取囲み、賃金を直ちに支払うよう強く要求した。しかるに、同取締役はその所持するカバンを奪取されるものと誤信して暴れ出し、そのため多少の混乱を生じ、同人が幾何かの負傷をしたことは事実であるが、右負傷は申請人両名の行為に基因するものではなく、混乱に際し生じたものであり、その原因はむしろ同取締役自身の被害妄想による「一人相撲」に基くものである。

(2) 従つて、(イ)板東取締役の負傷は申請人両名の行為によるものではなく、(ロ)また、右事故発生の原因である板東取締役の行為は違法行為の累積であつて、組合員の行動はその排除を目的とするものであつた。

(3) ところで、就業規則第七九条第三号は正常適法な業務遂行者に対し暴行、脅迫を加えて、その業務を妨害した場合を指称するものと解すべきであつて、違法行為者に対してなされた場合は含まれない、けだし、使用者は商品たる労働力を企業秩序内に組入れて業務を遂行するのであつて、右の業務遂行を妨害した場合にのみ、使用者は使用者たる立場からその労働者を企業から排除し得るものというべく、右の趣旨から同号にいう「他人」は制限的に解釈さるべきであるからである。また、同条第四号は適法かつ正常な業務上の指示、命令を不当に拒否したり、職務秩序を紊乱した場合をいうのであるが、スト中はそもそも業務命令は排除されており、同号にいう「社業、職場の秩序」なるものも平常時とは自ずから異るものがある。

以上の次第であるから、申請人両名の行為は、いずれにしても就業規則の前記条項に該当しない。

(四)  仮に、申請人両名に前記就業規則条項各号に該当する行為があつたとしても、前叙のとおり会社の不当労働行為、労基法不遵守行為の連続の中で、しかも板東取締役の違法な挑発行為に乗ぜられてスト中に、しかも偶発的に生起したものであるから、会社が自己の不当行為の責任をたな上げして一方的に解雇するのは恒常的失業者が数百万に達するという現在の労働状勢下においては解雇権の乱用として許されず、右解雇は無効である。

四、以上の理由から、本件懲戒解雇は無効であるから、申請人両名は解雇無効確認、並びに賃金請求等の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人両名は賃金を唯一の生活手段とする労働者であつて、右本案判決の確定をまつにおいては回復できない損害を蒙るので、右の損害を避けるため、被申請人に対し申請人両名をその従業員として取扱い、かつ昭和三一年一〇月一日以降毎月末日限り申請人寺尾に対し一ケ月金二八、五八八円五〇銭同真鍋に対し同様金二八、四六六円七〇銭宛の金員の支払を求めるため、本件申請に及んだ次第である。

と述べ、

五、なお、申請人両名が、大阪地方裁判所及び同高等裁判所で、被申請人主張の日にそれぞれその主張内容の判決の言渡を受けたことは認める。

と述べた。

第二、被申請人の主張

被申請人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

一、申請人等主張一、記載の事実中、申請人等の平均賃金月額並びに申請人等の所属組合及び第二組合の各所属組合員数の点を除き、その余の事実はこれを認める。申請人寺尾の平均賃金月額は金一八、四〇一円、同真鍋は金二〇、九九八円である。

二、申請人等主張二、記載の事実は認める。

三、本件懲戒解雇は、有効で、申請人両名の主張は次に述べるようにいずれも理由がない。

(一)  申請人等主張三、の(一)について、

会社と組合との間に、昭和三一年八月二日争議妥結の和解協定が成立したことは認めるが、申請人両名を解雇しないことを条件に右協定はできたものではない。右協定成立前の同月一日組合側代表者は申請人両名の本件暴行事件は争議の解決とは全然別でああるから、両者を切離して争議を解決する。また、今後暴力事件が明確になつて、会社がその責任者を解雇することについては、組合の上部団体において異議をいわないことを明言したのであつて、前記和解協定は本件解雇と何等関係がない。

(二)  申請人等主張三、の(二)について、

右主張事実は否認する。本件解雇は、申請人両名の暴力傷害行為を理由とするものである。

(三)  申請人等主張三、の(三)について、

右主張事実中、組合が当時争議中であつて、組合員の委任状により五月分賃金の一括支払を会社に対し求めたが、会社がこれを拒否したことは認めるが、その余の点は否認する。五月分の給料が翌月五日になつたのは、組合員だけでなく、他の従業員も同様であり、これは組合が被申請人の営業所を占拠し、入口にピケをはつて、会社側役員や職員の社屋内立入りを拒否した結果である。また、会社は賃金の一部繰上げ支払をしたのみで、金銭を従業員に貸与したことはないから、前借金相殺の事実はない。しかして、申請人両名の暴行行為のてん末は次のとおりである。

(1) 申請人等は、昭和三一年六月五日午後二時半頃被申請人会社取締役板東茂夫に対し、組合員等の山瀬某宛の委任状を示し、かつ申請人寺尾が山瀬から更に受領の委任を受けたと称し、組合員の五月分給料の一括支払を迫つた。しかし、板東は右委任状には収入印紙も貼つてなく、また山瀬某は未知の人であるし、更に寺尾が委任を受けたとしても、同人にスト組合員の給料を代理受領する権限があるかどうかに疑義があつたため、労基法第二四条により各組合員に直接支払をなすべく、本人が来社して直接受領するよう申向けたところ、申請人等を始め争議団員は板東に対し給料泥棒、馬鹿野郎、法律違反だ等と怒号威嚇するので、板東はその場に居合せた遠藤、松尾等と相談の上所轄労働基準監督署に右委任状による支払の可否を電話で問合せた。ところが、右監督署の意向は委任状による支払はいけないとのことだつたので、これを申請人寺尾にきかすため、受話機を渡したところ、同人は会社が前貸金を給料から差引いているので、差引計算してはならないと会社に申向けてほしい旨話した模様で、これに対し板東は前貸金でなく給料の前渡であることを説明したけれども、結局監督署に出頭してほしいとのことだつたので、遠藤、松尾等と監督署に行くため、組合員にも行くよう誘つて会社の門を出た。

(2) しかるところ、組合員は遠藤等を遮り、また申請人寺尾、同真鍋等は板東に対し「給料を払え。給料泥棒」と怒号して板東の胸を突きとばし、二〇名許りの争議団員は板東を取巻き「給料泥棒」と怒号しながら同人を彼方に突きとばし、此方に突返し等した上、更に申請人寺尾は板東の右手を後向きに捩じあげて暴行を加えた。その中何者かが板東の背後からその胸部を抱きしめ、また前部から睾丸を蹴上げ、同人が路上に昏倒するや、申請人真鍋はこの野郎と怒号しつつ板東の胸を蹴り、このためこれを防がんとして板東は左の手甲に傷害を受けた。申請人等争議団員は既に意識を失いつつあつた板東をなおも胴上げにして体の方々を突き廻し、遂に同人をして意識を失わしめるに至つたものである。

(3) 右のとおり、申請人両名は、率先して暴力を振い傷害を加えたものであつて、集団暴力の指揮者であるから、右傷害については法律上の全責任がある。なお、申請人両名は昭和三一年九月二六日右暴力行為につき大阪地方裁判所に起訴され、昭和三二年五月二四日同裁判所で申請人寺尾は懲役四月、同真鍋は懲役三月各二年間執行猶予の判決があり、これに対し同人等は控訴したが、同年九月二七日大阪高等裁判所でいずれも控訴棄却の判決がなされたものである。しかも、申請人両名は、いまなお前記暴行の事実を否認し、何等改悛の情が認められない。以上の次第で、申請人両名の右行為が就業規則第七九条第三号及び第四号に該当することは明白である。また、申請人両名の解雇については、昭和三一年一二月六日大阪城東基準監督署から労基法第二〇条第三項の解雇予告除外認定を受けており、従つて会社は申請人両名を同条第一項但書後段の労働者の責に帰すべき事由に基くものとして当然即時解雇をなし得たものである。

以上の理由から、いずれにしても、本件解雇は適法有効であつて、何等の瑕疵もない。

第三、疎明関係<省略>

理由

被申請人が申請人等主張の業務を営む会社であること、申請人両名がそれぞれその主張の日に被申請人会社に入社し、いずれも大自労錦タクシー支部の組合員であること、会社が昭和三一年一〇月一日申請人両名に対し、同人等が同年六月五日午後四時三〇分頃会社前道路上で会社取締役板東茂夫に暴行を加え、治療二四日を要する傷害を与えたことを理由に会社就業規則第七九条第三号及び第四号を適用し、懲戒解雇の通告をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。そこで、以下順次、右懲戒解雇を無効とする申請人等の主張につき考察することとする。

一、右懲戒解雇が、会社と組合間に締結された昭和三一年八月二日付和解協定に違反するとの主張について、会社と組合間の争議に関し、申請人等主張の日に和解協定が成立し、協定書が作成されたことは当事者間に争がない。申請人等は、右協定書には明文上の記載はないが、協定成立の前提として、会社は争議期間中(昭和三一年五月二一日以降協定成立まで)のできごとに関し申請人等組合幹部を処分しないことを約したものである旨主張するのであるが、右主張に副う証人浅田一郎、岡本頼幸の各証言(ただし、一部)及び申請人両名各本人訊問の結果は後段認定に供した各証拠に対比してたやすく信用できない。ただ、申請人両名本人の供述によると、会社代表者が昭和三一年八月三日、全員朝礼の際、「今までのことはお互に水に流して頑張り合おう」との趣旨の挨拶をしたことが窺われるが、右は争議妥結の一般的な挨拶に止まり、申請人等主張の組合幹部の不処分を言明したものといい難いことは明らかであり、その他にこれを疎明するに足る資料は存しない。却つて、成立に争のない乙第三号証、証人浅田一郎、岡本頼幸(ただし、前記措信しない部分を除く)、板東茂夫の各証言並びに被申請人代表者遠藤磯吉本人訊問の結果に、申請人等自陳の如く、和解協定書に、申請人等幹部の不処分を約する記載がないこと、申請人両名に対する解雇処分が右両名の暴行々為に対する公訴提起があつた後においてなされた事実(この点は当事者間に争がない)を総合すると、組合は昭和三一年五月二一日から会社に対し仮眠室の改善、時間外、休日、深夜割増賃金の未払分の支給、歩合制の改正等を要求して争議に突入したが、会社は争議の当初から争議妥結の条件として申請人両名(申請人寺尾は錦タクシー支部の支部長、同真鍋は書記長の地位にあつた)を含む組合幹部四名ないし五名の任意退職(始めは同人等が闘争至上主義者であること、後には後記暴行事件の責任者であることを理由として)を終始主張し、組合はこれを拒否し続けてきたが、争議妥結に関し同年七月下旬頃から会社代表者遠藤磯吉と組合代表者、日本労働組合総評議会大阪地方評議会争議対策部長浅田一郎との間に折衝が重ねられた揚句、浅田から会社の主張する申請人両名外二名に対する暴行事件を理由とする退職要求を争議解決と切離さなければ解決の見込がなく、暴行事件に対する処置は、警察、検察庁の取調により事実が明確になつてからでも遅くはない趣旨の発言がなされた結果、会社は申請人等の退職問題を争議解決とは別個に取扱うものとして右条件を撤回したが、かくては退職問題の解決を後日に残す不利益を忍ばなければならないことになるので、従来主張していた立上り資金一人一〇、〇〇〇円の案を五、〇〇〇円に削減した案を提示し、同年八月二日乙第三号証記載内容の和解協定書が作成調印されたものであつて、会社側としては申請人等に対する暴行事件を不問に付することを右協定成立の前提条件としたものではなく、他方組合側としても、右暴行事件の無実を強調してきた関係上、暴行の自認を前提とする右条件を持出す余地もなかつたものであることが疎明される。従つて、申請人等のこの点の主張は理由がないというべきである。

二、解雇が不当労働行為であるとの主張について、

申請人等は本件解雇は組合壊滅を意図し、軽微な事件に藉口してなされた旨主張し、成立に争のない甲第一九号証、前掲証人岡本頼幸、浅田一郎の各証言、右岡本証人の証言により成立を認められる甲第一二号証並びに申請人両名各本人訊問の結果を総合すると、会社は本件争議突入前から申請人等を含む組合幹部五名に対し闘争至上主義者なることを理由に退職を要求した外、組合活動を嫌悪し、行き過ぎの行為のあつたことはこれを否むことはできないけれども、前記認定の和解協定が成立した経緯、殊に会社が当初申請人等を含む五人の解雇を主張していたにかかわらず、結局申請人両名のみに解雇の範囲を限定し、しかもその暴行々為に対する検察官の公訴提起を待ち、その事実がほぼ明確になつた後解雇の措置に出た事実並びに後記認定の如く、申請人等の暴行傷害は会社重役に対するもので、事犯軽微とはいい難く、通常使用者がこれを不問に付することはあり得ないと思われる状況にあること等に徴すれば、本件懲戒解雇は申請人等の暴行々為を直接かつ決定的な理由としたものと認めるのが相当である。

従つて、この点の主張も理由がないというべきである。

三、本件解雇理由が就業規則第七九条第三号及び第四号に該当しないとの主張について、

(一)  まず、右懲戒解雇の事由となつた板東取締役に対する申請人両名の暴行傷害の事実の有無を判断するに、原本の存在並びに成立に争のない甲第一八号証の一、二、成立に争のない甲第一九号証(ただし、後記措信しない部分を除く)、証人板東茂夫の証言により成立を認められる乙第一、第二号証、同証人の証言並びに申請人両名各本人訊問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く)を総合すると、会社取締役板東茂夫が昭和三一年六月五日午後二時半頃本件争議突入前までの組合員の五月分給料の支払をなすため来社するや、申請人寺尾は居合せた組合員等とともに板東に対し組合員の委任状(山瀬某宛のもの)並びに山瀬から更に寺尾が委任を受けた旨の委任状をそれぞれ示して給料の一括支払を要求した。しかるところ、板東は右要求を拒絶し直接支払う旨主張して譲らず、その結果その場に居合せた大多数の組合員に対しては直接支払われたが、九名の不在組合員があつたため、申請人寺尾外組合員はなおも右不在者に対する分につき委任状による支払を強硬に要求し、「給料泥棒」「馬鹿野郎」等と怒号したので、板東は常務取締役遠藤等と相談の上一応労働基準局に委任状による支払の可否を問合せることを決め、会社の近所で電話をかり、その可否を問合せたところ、係官から「委任状による支払はいけない。」との返事があつた。そこで、板東は寺尾にこの旨を告げ、確認させるために受話機を渡したところ、同人は係官に「会社が給料から前借金を差引いているので支払うようにいつてほしい」旨依頼し、これに対し、板東は差引いたのは給料の前払金である旨説明し、一応係官の納得を得たが、「一応基準局まできてほしい」との要望があつたので、その場にいた大自労の岡本委員長に基準局に行く旨を告げ、一旦会社事務所に戻つた後遠藤常務とともに基準局に行くため、組合員の菊田吉喜等にも「一緒に行かないか」等と言葉をかけながら会社の門を出た。しかるに、板東達が会社正門から約三〇米北方附近に来たところ、申請人両名は板東の前に立塞がり「給料を支払え」と要求し、板東の「基準局に行くから一緒に行かないか」との言葉も耳に入れず、申請人寺尾は「給料泥棒」等と怒号して板東の胸を両手で突きとばし、やがて集つてきた組合員等とともに意思相通じ板東を取巻き大声でわめきながら同人を引張つたり、突きとばしたりし、同人が大声をあげ救を求めて逃げようとすると申請人寺尾は板東の手を捩じつて後から抱きすくめ、更に寄つてきた組合員等とともに板東を持上げたり等して路上に放り落し、その際申請人真鍋は倒れた板東の胸の辺りを蹴る等して暴行を加え、申請人等の右暴行の結果板東は入院九日、通院一六日を要する右肘関節、肩胛部打撲挫傷等の傷害を受けたことが疎明される。(なお、右事件については昭和三二年五月二四日大阪地方裁判所で申請人寺尾は懲役四月、同真鍋は懲役三月、いずれも二年間執行猶予の判決を受け、控訴の結果いずれも控訴棄却となつたことは当事者間に争がなく、申請人真鍋本人訊問の結果によれば、更に上告したがいずれも上告棄却となり、確定したことが認められる。)前掲甲第一九号証及び申請人両名各本人訊問の結果中、叙上の認定と牴触する部分は信用できないし、その他右認定を左右するに足る疎明資料はない。

従つて、申請人両名が板東に対し暴行を加えていないとの前提にたつ主張は失当である。

(二)  申請人等は就業規則第七九条第三号にいう「他人」とは正当な業務遂行者をいい、同号はかかる者に暴行、脅迫を加え、またはその業務を妨害した場合のみを指称すべきであるところ、前記板東の行為は違法行為であるから、右条項に該当しない旨主張するが、申請人等が板東に対し暴行を加えた理由は前認定の事実から明らかなように同人が委任状による組合員給料の一括支払に応じなかつたことに憤慨したからであつて、それ以外の理由に基くものではなく、(なお、申請人等は同人等の行為が違法行為排除の目的でなされた旨主張しているが、かような目的でなされたと認むべき的確な疎明はないし、また緊急避難、正当防衛等の要件の認められない本件では、申請人等の行為が違法性を失う理由はない。)しかも板東が委任状による給料の支払を拒否した行為は労基法第二四条に照し違法ということができないから、右主張は右条項の解釈を論ずるまでもなく採用できない。また、申請人等は、同条第四号は正常適法な業務上の指示命令を不当に拒否したり、社業、職務秩序を紊した場合であつて、スト中は業務命令は排除されており、平常時とは異るから本件の場合は本号に当らない旨主張するのであるが、争議期間中使用者の労務に関する業務命令が排除されることはその主張するとおりであるけれども、それかといつて、使用者が労働者に対して有する社業秩序維持のための支配権を全般的に失うわけでないことは、労働契約の存する限り当然であり、本件のように従業員として給料を受領する関係では争議中と雖も平常の場合と何等異ることなく、使用者の指示命令による秩序に服すべきであるのみならず、申請人等のなした行為は会社の給料支給方法に対する抗議といわんよりは、むしろ暴力沙汰であつて、全くの違法行為と認めるを相当とするから、社業秩序を紊したものとして本号に該当するものといわなければならない。

従つて、この点の主張も理由がない。

四、解雇権濫用の主張について、

会社が組合を嫌悪し、行過ぎの行為があつたことは前認定のとおりであり、また成立に争のない甲第一六号証、前掲甲第一九号証乙第三号証、証人浅田一郎、岡本頼幸の各証言及び申請人両名各本人訊問の結果によれば、会社は時間外、休日、深夜割増賃金の支払をせず、労基法違反の行為があつたことも一応認められるところであつて、会社側の叙上の態度が組合員を徒らに刺戟したであろうことも窺えない訳ではないけれども、前叙のとおり本件暴行々為の原因は申請人等の委任状による組合員給料の一括支払の要求に会社が応じなかつたことにあるのであつて、右会社の態度が違法といえないこと、しかも当日大多数の組合員は給料の支払を受け、僅か九名の不在組合員の給料のみが不払となつたにすぎず、これらの者も既に組合から給料の立替支給を受けており(このことは申請人寺尾の供述から窺える)、特に急迫した事情にあつたとも認められないのみならず、これらの組合員に対してもその翌日または翌々日にそれぞれ支払われたことは被申請人代表者遠藤磯吉本人訊問の結果により疎明されるところであるし、会社は委任状による給料支払の可否を労働基準局に問合せた上その態度を決したのであり、右基準局の意向は申請人寺尾において了知していた(このことは申請人寺尾の供述からも窺える)にかかわらず、この点を無視して前示の行為に出たのであつて申請人等主張のように、会社の違法な挑発に乗ぜられたものとは考えられない事情にあることその他前認定の暴行の行われた経緯、暴行の程度等を考慮すれば、争議中感情の尖鋭化したときのできごとであるとはいえ、その情状軽くはなく本件解雇をもつて解雇権の濫用ということはできない。

従つて、この点の主張も採用するに由ない。

五、してみれば、申請人等の本件懲戒解雇が無効であるとの主張は、いずれも理由がなく、右解雇は有効であつて、申請人等は会社の従業員ではないから、会社の従業員たる地位についての被保全権利のあることを理由とする申請人等の本件仮処分申請はその余の点を判断するまでもなく、失当としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第九三条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 戸田勝 武居二郎)

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