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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)4664号 判決 1958年3月29日

原告 東泉産業株式会社

右代表者 八代元二郎

右代理人弁護士 阿部幸作

同 米田実

被告 武士孝次郎

被告 両毛通運株式会社

右代表者 柿沼儀十郎

右代理人弁護士 横川紀良

主文

被告武士孝次郎は原告に対し金二百五万六千五百円及びこれに対する昭和三十年十二月十九日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告両毛通運株式会社との間においては全部(原告に生じた費用の二分の一と被告会社に生じた分)原告の負担とし、原告と被告武士孝次郎との間においては、全部(原告に生じた費用の二分の一と同被告に生じた分)被告武士孝次郎の負担とする。

この判決は原告において被告武士孝次郎に対し金六十万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告会社が化学繊維品の卸売を業とすること、被告武士が桐生出張所の責任者であること、被告会社が運送並びに倉庫業を営むこと、訴外新井六三郎が同会社の取締役にして倉庫部長であつたことは当事者間に争がなく、原告が桐生市に在り原告会社桐生出張所の名称をもつて独立採算制により原告会社の人絹糸等の仕入販売を代行していた被告武士を通じ昭和二十六年頃より被告会社との間に寄託契約を締結し、本件商品の寄託をなさしめ、昭和二十八年当時はその入出荷及び毎月末若しくは月初めの在庫高の状況を明らかにするためそれぞれ被告会社から原告宛に発行される入荷報告書、出荷報告書、在庫高報告書を桐生出張所に交付せしめ被告武士をして原告本社宛に送付せしめ被告武士に対する数量価格等の指示は殆んどこれを信頼しこれに依拠して遂一連絡し同人をして本件商品の売買をなさしめていたことは原告と被告武士間に争がなく、被告会社との関係では、原告と被告会社間に成立に争のない乙第一号証、第二号証の一、二第三号証の一乃至三、証人森下儀夫、新井六三郎、大沢隆、中村兼吉、長野辰三の各証言、原告会社代表者八代元二郎、被告武士孝次郎各本人尋問の結果によりこれを認め得る。而して被告武士が昭和二十八年二月頃はじめて本件商品を原告の指示なくして不正に処分したか、これが売却代金の回収が不能となつたことに端を発し爾後原告の指示を無視してその穴埋めに次から次えと本件商品を投売して資金の回転をなし雪だるま式に損害を増大せしめ、この間原告の指示に対しては訴外新井六三郎(同人との共謀の点を除く)から入手した商品が被告会社から出荷済であるのに在庫している旨の内容虚偽の報告書を原告本社に送付しこれに従いたるが如く工作して原告を欺罔し同年九月頃まで資金の遣繰りを続けたが、遂に行詰り、原告に損害を蒙らしめたことは原告と被告武士間に争のないところである。

右争のない事実に徴すれば、被告武士の行為を違法行為と目すべきことは疑を容れない。そこで損害額につき争があるので按ずるに、原告主張の本件商品の価格が騰貴した事実を認めるに足る確証なく、而して被告武士において特段の主張立証のない本件においては、同被告の賠償すべき損害額は債務確認書(甲第三号証)の記載内容及び原告会社代表者八代元二郎本人尋問の結果に徴し、原告と被告武士間に昭和二十八年十月三十日確認された二百五万六千五百円と認めるのが相当である。

然らば被告武士は原告に対し金二百五万六千五百円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達せられた日の翌日であること当裁判所に顕著な昭和三十年十二月十九日より右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

次に原告は被告会社もその被用者たる訴外新井六三郎において被告武士と共謀してその不正行為に関連して同人に内容虚偽の本件証明書を発行し原告を欺罔したものであるから共同不法行為者として右損害を賠償すべきものであると主張するのでこの点につき判断する。

原告と被告会社間に成立に争のない甲第一号証の一乃至十一、甲第二号証の一乃至九被告武士孝次郎本人尋問の結果により真正に成立したと認め得る甲第三号証及び乙第四号証の一乃至三に前顕各証言(原告会社代表者八代元二郎本人尋問の結果を除く、)を綜合すると、訴外新井は昭和二十八年二月頃被告武士から桐生出張所員である訴外大沢隆を通じて原告本社に了解済であるから出荷済商品を在庫してある旨の内容虚偽の在庫高報告書を発行せられたい旨懇請され、拒絶したところ、税金対策資金操作、信用保持等のため必要であるから決して迷惑を掛けないとの被告武士の言を信じて得意先に奉仕の念から本件報告書を発行したこと、然るに被告武士は訴外新井の信頼を裏切り不正処分と相前後し同人から発行を受けた本件報告書を悪用して原告を欺罔し同年二月頃から同年の九月頃まで本件商品の不正処分を継続しこれによりその損害を漸増せしめたことを認め得る。右認定を左右する証拠はない。かかる結果から逆推して本件報告書が発行されなければ被告武士の不正行為はその証拠が煙滅せず、早期に露見し、それによる損害の漸増を早急に阻止し得たであろうことは推測に難くないけれども、新井の発行した虚偽の報告書が右の如き結果を与えたことから直に右行為が被告武士の不正行為に共同加担しよつて原告にその主張する如き損害を与えたものと結論するのは早計である、蓋し共同不法行為の要件としては意思共通乃至主観的共同は不要であり、単に客観的な関連共同が存すれば足るのであるけれども、これは客観的関連共同が存する限りその関係の下に立つ各人はその共同行為の結果につき認識するのが通常であり、従つて不法行為についての主観的要件及び相当因果関係を充足するのが原則であるからであつて、若し特別事情が存しかかる主観的要件及び相当因果関係の存在を否定すべきものなるときは、共同加功者の一部につき不法行為の成立を否定しうべきことは当然である。これを本件について見るに、新井が虚偽の報告書を発行したことはいずれも武士の個々の不正売却行為の後になされたものなることは前に説明したところからたやすく看取しうるところであるから、右不正行為そのものに加担したものでないことは勿論のことであるが、只この報告書が原告本社に到達しそれが桐生出張所へ次の出荷を促す作用が存した点は客観的事実としてこれを認めざるを得ず、従て客観的には新井の行為は武士の不正行為の幇助行為の関係にあることは否み難いとしても、前掲各証拠によれば、新井の発行した報告書は単に商品出庫の日附を少しくずらした点において虚偽であるというにすぎず全く入庫のないものを入庫したとして架空の在庫を記載したものでなく又貨物引換証の如き有価証券でもないから、新井はその発行する報告書が武士によつてかかる不正行為の手段に利用される等とは夢想だにせず只管それが原告会社の便宜のための奉仕としてなされるものと信じた事実が認められ且つかく信ずるにつき過失もなかつたものと認められるのみならず右新井の行為が何人かの行為と結合して原告主張のような結果を生ずるというが如きは本件の場合新井に報告書発行当時その予見を期待することは余りにも難きを強うる嫌がある。して見れば本件における新井の行為には前に説明した過失責任の原則及び相当因果関係の理論からして本件の不法行為責任を負担せしむべからざる特別事情が存するものと結論するのが相当である。然らば本件損害につき被告会社自体としては勿論使用者としてもその責に任ずべきいわれはないから爾余の点について判断するまでもなく原告の被告会社に対する右主張は採用し難い。

よつて右認定の限度において原告の請求はこれを正当として認容し、その余の原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 松浦豊久 杉山修 裁判官松浦豊久は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 宅間達彦)

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