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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)979号 判決 1955年11月08日

原告 佐藤敏夫

被告 日本証券株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録<省略>第一欄記載の株券を引渡せ、若し右株券の引渡が不能なときは被告は原告に対しその引渡不能の部分につき別紙目録第二欄記載の単価によつて算出した金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

原告は証券業者である被告に対し株式の買付を委託し、その受渡の都度之を被告に寄託したが、昭和二十八年一月十日別紙目録第一欄(1) 乃至(5) の株券を、同年二月二十日同欄(6) 乃至(10)記載の株券を夫々期限を定めず無償で被告に寄託した。原告の被告に対する前記株式の買入の委託又は株券の寄託はすべて訴外萩野正二を通じてしたものであるが、同訴外人は当時被告の外務員たる使用人であつて、被告の営業所又は顧客方において被告のため顧客より株式の売買取引の委託を受け、又は株券の寄託を受ける権限を有していたものである。仮に右訴外人に斯る権限がなかつたとしても、同人は原告以外の顧客に対しても被告の営業所又は顧客方において被告のため株式の売買取引の委託を受けていたから、原告は右訴外人に右権限があると信ずることにつき正当の理由を有するものである。其後昭和二十八年三月九日頃原告は被告に対し右寄託株券の返還を請求したが被告は之が引渡をしない。よつて原告は被告に対し右株券の引渡を求め、若し引渡不能のときは履行に代る損害賠償として別紙目録第二欄に記載の昭和二十八年三月九日当日の右各株式の大阪証券市場における最終価格を単価として算出した金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、被告が証券取引法に所謂証券業者であること訴外萩野正二が被告の外務員であつたことはいづれも認めるが、其余の主張事実は争う。

尤も被告の帳簿によれば、原告主張の別紙目録第一欄記載の株式のうち(1) 株式会社鉄興社株式二百株、(7) 新理研工業株式会社株式三百株、(8) 住友機械工業株式会社株式二百株、(9) 或は(10)神戸電気株式会社百株の売買の記載があるが、被告等は之等の株の寄託を受けておらず全部受渡済である。即ち右(1) の株券は昭和二十八年一月十日、(9) 或は(10)の株券は同年二月四日夫々代金の支払を受けて引渡済であり、(7) の株券は同年二月十三日、(8) の株券は同月十四日訴外萩野正二に交付済であるが之に相当する代金は未だ支払を受けていない。右萩野正二は被告の外務員であつたが他面原告の代理人として原告の為めに株式売買の委託取次を為し、本人に代つて株券の交付受領、代金の支払受領等の行為をしていた者であるから、被告が萩野に前記株券を交付したことは即ち原告本人に対する交付となるのである。従つて前記株式に関する限り原告によつて買付けられたとしても株券は全部引渡済である。原告主張の其余の株式については買付の委託を受けたことも株券の寄託を受けたこともない。

仮に原告主張の株券を萩野正二が寄託を受けたとしても、証券業者と顧客との間の株式の委託売買取引においては、証券業者が顧客より株券の寄託を受けたときは必ず証券業者の捺印のある「預り証」を発行して顧客に交付し、顧客も亦この「預り証」と引換に株券の返還を求める商慣習法が存する。而して大阪証券取引所並に大阪証券業協会はこの商慣習法に則り其の発行に保る大阪証券日報等に常に広告すると共に証券業者も亦その旨を各店頭に掲示して一般顧客に対し周知徹底方を期しているのである。然るに原告は本訴請求の株券については之に照応すべき被告発行の「預り証」を所持しないのみならず、本訴請求の根拠たる甲第二号証は単に相場表の裏面に記された計算書であつて、その意味もその作成者も不明である。従つて萩野正二が原告からその主張の如き株券の寄託を受けたことがあつたとしても、原告は故意又は重大な過失によつて右「預り証」に関する商慣習法に違反し、萩野正二が被告を代理する権限があつたと信ずるにつき正当の事由を欠いているものである。以上いづれの理由によるも原告の本訴請求は失当であつて棄却さるべきものと信ずる。

と述べた。<立証省略>

理由

被告が証券取引法に所謂証券業者であること及び訴外萩野正二が被告の外務員であることは当事者間に争がなく、原告が萩野正二を通じて昭和二十四年頃から被告と株式の売買取引をしていたことは証人荒井春江、同梅田昭三の各証言により認められる。

原告は別紙目録記載の(1) 乃至(10)の各株式の買付を被告に委託し、株券の受渡に当り、そのうち(1) 乃至(5) の株券は昭和二十八年一月十日、(6) 乃至(10)の株券は同年二月二十日に被告に寄託したと主張し、被告は原告主張の株式のうち(1) (7) (8) (9) の株式の買付の委託を受けたことはあるがその株券は引渡し済みであり、其余の株式については買付の委託を受けたことはなく又株券の寄託を受けた事実もないと抗争するから、先づ買付け委託につき争のない(1) (7) (8) (9) の株式以外の株式につき買付の委託及び当該証券の寄託があつたかどうかについて判断する。

一般に証券業者は顧客との間に有価証券の売買その他の取引が成立したときは遅滞なく大蔵省令で定められた様式の売買報告書を作成し顧客に交付しなければならないことは証券取引法第四十八条に定めるところであり、又証券業者が株券其他の有価証券を預つた場合は大蔵省令で定められた様式の預り証を顧客に交付するを要することは証人北茂の証言によつて認められる。蓋し証券業者のなす株式等の売買取引は日々頻繁多量に達することから、取引の明確と安全、敏速な処理を期するため証券業者に右の如き一定様式の書面の作成交付義務を負はしめたものと解すべきものであり、北茂の証言によると大阪の証券業者は顧客との間に株式の売買取引が成立すると必ず売買報告書を顧客に交付し、株券を預つたときは必ず預り証を交付していることが認められ、被告においても同様必ず売買報告書、預り証を顧客に交付していたことは証人槌谷市三の証言によつて認められる。而して大阪の証券業者と顧客との株式売買取引においては、顧客は売買報告書によつて取引の成立を証明するを要し、預り証によつて株券の預託を証明すべきものであつて、証券業者は顧客が売買報告書によつて証明しなければ取引の成立を否認し得べく、又預り証を提出しない限り株券の引渡に応ずる義務のない慣習の存在することが前顕各証人の証言によつて認められる。そして右証人等の証言並に成立に争のない乙第二号証の一、二によれば大阪証券業協会の発行する大阪証券日報には少くとも週二、三回の割合で「現金又は株券を証券会社に御預けになるときは必ず当該会社の社印を押捺せる正式の預り証を御受取り下さい、個人の仮預り証等に対しては証券会社は責任を持ちません」及び「売買報告書は売買成立の都度証券会社から委託者に交付又は発送致しますから、未着又は内容に相違ある場合は直ちに証券会社へ御申出下さい」なる広告文を掲載し、各証券業者の店頭にも同様の趣旨を記載した新聞紙二頁大の広告を掲示している事実が認められるのであつて、一般顧客は前記慣習に従つて取引をしているものと認むべく、原告は前認定の通り昭和二十四年頃から株式の売買取引をしているものであるから、他に特段の事情も認められない以上、前記慣習に従つて被告と取引をしていたものと認むべきものである。

ところで、証人荒井春江、同梅田昭三の各証言及び証言により外務員萩野正二の作成したものと認められる甲第二号証、同第三号証によると、萩野正二は原告の為した昭和二十七年十二月頃から昭和二十八年二月上旬頃迄の間の株式売買の計算関係の明細を記載した紙片を荒井春江に交付し、右記載中に原告主張の買付各銘柄株式の数量並にその価格、手数料等の計算が記算されており、右記載の株式は原告が萩野正二を通じて被告に買付を委託したものと認められるけれども、右明細書は株式相場表の裏面の余白に鉛筆を以て記載され、作成者の表示も押印もないものであつて、とうてい被告が発行した正規の売買報告書とは認め難い。従つてたとえ原告が被告の外務員萩野に株式の買付を委託したとしても被告はその責に任じないことは前示慣習によつて明らかであり、他に被告が原告の買付委託を受諾し取引の成立したことの認められる証拠はなく、況や原告が被告に株券の寄託をした事実については何等の証拠もないから、原告が別紙目録記載の(2) (3) (4) (5) (6) (10)の株券の引渡を求める本訴請求は失当である。

次に別紙目録記載の(1) (7) (8) (9) の各株式については被告は原告から買付の委託を受け売買の成立したことは被告の認めるところであるが、証人槌谷市三の証言並に同証言により真正な被告の顧客勘定元帳であることが認められる乙第一号証によると、右(1) の株券は昭和二十八年一月十日、(7) の株券は同年二月十三日、(8) の株券は同年二月十四日、(9) の株券は同年二月四日に夫々引渡済であることが認められる。尤も被告は右株券は外務員萩野正二に交付したものであるが萩野正二は原告の代理人でもあるから右引渡は有効であると主張するから按ずるに、荒井春江の証言によれば、原告は昭和二十五年七月頃から病気で入院し、それ以後は荒井春江が原告の指図に従つて原告のため被告との株式売買を継続してきたものなる処、荒井は被告の店に出入せず専ら荒井方に萩野正二が出向いて同人から売買の委託を受け、金銭又は株券の授受も萩野に一任していたことが認められるのであつて、斯様に委託者たる顧客が直接証券業者の店に出入して取引することなく、金銭の出納、株券の授受等を外務員に任し外務員を信頼して取引する場合は該外務員は委託者たる顧客の代理人と認むべきものであるから、被告が原告に交付すべき前記株券を外務員萩野正二に交付したことは、原告の代理人に交付したもので、原告に交付の効力を生じたものと言わねばならない。従つて右株券の交付を求める本訴請求も亦失当たるを免れない。

よつて原告の本訴請求は全部失当であるから之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三上修)

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