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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)1026号 判決 1956年5月12日

原告 長谷川藻次郎 外一名

被告 大阪市

主文

被告は、原告藻次郎に対し金二十万三千五百四十円、原告正二に対し金一万千四百三十八円及び右各金員に対する昭和三十年四月一日から支払ずみまで年五分の金員の各支払をせよ。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、二十分してその一を原告正二、その余を原告藻次郎の各負担とする。

この判決は、原告等勝訴の部分につき、仮に執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は、「被告は、原告藻次郎に対し金六十二万四千八百九十四円、原告正二に対し金三万三千九百五十八円及びそれらに対する昭和三十年四月一日から支払ずみまで年五分の金員の各支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告は昭和十九年三月城北矢田線の道路敷に使用の目的で別紙<省略>第一表記載(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の土地を原告藻次郎より、同表記載(ホ)の土地を原告正二よりそれぞれ期間の定なく賃借し、現に道路敷として使用している。賃料は毎年三月末九月末の二回払の約定で、被告は、原告等の請求に応じ昭和二十七年九月までは、別紙第二表記載の通り賃料(坪当月額)を支払つていた。

二、原告等は、被告に対し昭和二十七年十月十八日到達の書面で同年十月分から、また昭和二十九年十月三十一日到達の書面で同年十一月分から、それぞれ別紙第三表請求額欄記載の通り賃料(坪当月額)の値上を請求したところ被告はそれに応じないで、同表供託額欄記載の通り賃料を供託したにすぎない。

三、原告等の右増額請求は、左記により正当有効なものである。

(一)原告等が本件土地を売却すれば代金から年九分以上の利息を取得することができ、被告が市債を募集して右土地の買収をした場合やはり市債に対し年九分以上の金利を支払わなければならない。従つて本件土地利用の対価たる賃料も、右土地の価額の年九分以上に当る金額をもつて相当と解すべきものである。前記値上請求額は、本件土地の当該年度における固定資産税額にその課税基準評価額の年九分に相当する金額を加算してこれを坪当月額に換算したものであつて、本件土地の相当賃料ということができる。

(二)  原被告間には建物所有を目的とする貸地と同基準により賃料を増減する旨の特約がある。別紙第二表記載の賃料は建物所有を目的とする貸地の統制賃料額に従つたものであり、その間被告が統制額の改訂に伴い異議なく賃料の増額に応じてきたのは、上記趣旨の特約(明示又は少くとも暗黙の)に基くものである。ところで、昭和二十五年七月以後店舖工場等の敷地に該当する本件道路周辺の土地については賃料の統制が解除されたので、それらの土地と同基準で賃料の増額を請求できることは、上記特約の趣旨に照して当然である。

(三)  本件土地の建物所有を目的として賃貸したのではないから借地法第十二条の規定の直接適用はないけれども、大審院判例(明治四〇年三月六日判決、民録三巻二二九頁等)は借地法施行前古くから「無期限の宅地の賃貸借」(必ずしも建物所有を目的とするものに限定されない。)につき地代値上の慣習法ないし事実たる慣習の存在を認め、学説判例ともそれが結局法の理念たる信義衡平の原則に根拠を有することを強調している。租税公課の増加、地価の高騰にもかかわらず付近の賃料に比し著しく低廉な賃料を賃貸人に甘受させることが信義衡平に反するものであることは、賃貸の目的が公道の用に供するにあると否とにかかわらない。いわんや、民法第一条の規定が設けられた現在において、賃貸人に右のような犠牲を強いることは、明らかに許されず、憲法第二十九条第三項の規定にも違反するものといわなければならない。従つて、特約の有無にかかわらず、被告は右賃料増額を応諾する義務がある。

四、よつて、原告藻次郎は、被告に対し別紙第三表請求額の坪当月額により算出した昭和二十七年十月一日から昭和三十年三月末日までの本件(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の相当賃料計金六十八万四百九十五円から同表供託額の坪当月額により被告が供託した昭和二十七年十月一日から昭和二十八年三月末日までの賃料計金五万五千六百一円を控除した金六十二万四千八百九十四円、被告正二は同じく本件(ホ)の土地の右期間の相当賃料計金三万六千三百八十円から被告の供託賃料計金二千四百二十二円を控除した金三万三千九百五十八円の延滞賃料とこれに対する弁済期の翌日たる昭和三十年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の遅延損害金の各支払を求めるため、本訴に及んだ。」

と述べた。<証拠省略>

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告の請求原因第一、二項の事実は、争わないが、第三項の主張にはすべて承服できない。

(一)  本件土地の固定資産税の課税基準となる評価額に従い原告主張の計算方法によつて算出した金額がほぼ原告等の値上請求額に相当することは争わないけれども、右金額をもつて相当賃料と解すべき根拠がないことは、後述の通りである。

(二)  被告が別紙第三表記載の通り賃料の増額に応じたのは、原被告間に昭和二十三年十月一日以後地代家賃統制令による統制額をもつて本件土地の賃料とする契約が成立した結果であつて、昭和二十五年七月十一日以降建物所有を目的とする借地につき一部賃料統制が解除されてから後も、原告等が依然として統制額による賃料を異議なく受領していたことは、右契約の事実を裏書するものである。

(三)  原告が自認する通り本件土地の賃貸借には借地法の適用がなく、従つて、原告が一方的意思表示により賃料増額の効果を生ずる形成権を有すべき、成法上の根拠がない。被告は借地法施行前の旧判例を援用するが、それらはすべて都市又はその近郊における建物所有を目的とする宅地の賃貸借(又は地上権)に関するものであつて、借地法においてこれを成文化したにすぎない。ことに公共団体が公道の用に供する借地につき一方的に賃料の増額を請求した事例はなく、従つてそのような慣習ないし慣習法を生ずる余地もなく、もとよりこれを認めた判例はない。仮に、なんらかの理由で原告等に賃料増額請求権が認められるとしても、増額される相当賃料は、単なる賃貸人の打算に基くものでなく、当事者双方の具体的事情を考慮した衡平適正な額であることを要する。本件の場合、(イ)周辺の土地が店舖工場等の敷地として発展したのは主として被告が道路を開設してこれに寄与した結果であり、本件借地たる道路敷の両側に広い土地を所有する原告両名は右繁栄による利益を最も多く収めながら、本件土地につき周辺宅地と同額の賃料を求めるのは、公共の利益を無視した利己的打算のそしりを免れないこと、(ロ)被告としては本件土地を契約で定めた用法に従い専ら公共の福祉のため不生産的に賃借使用するものであり、直接生産の用に供するものとして統制を除外された土地と同じ賃料を請求するのは妥当でないこと、(ハ)統制賃料は租税、地価の変動に応じて改訂され、且つ賃貸人のため一定額の利潤を保障する建前のものであること、等から考えて、統制額と同額をもつて相当賃料と解するのが至当である。

以上の次第であるから、被告は本訴増額賃料の請求に応ずるわけにはゆかない。」

と述べた。<証拠省略>

理由

原告主張の請求原因第一、二項の事実については、当事者間に争がない。

(一)本件土地の賃貸借は道路敷に使用することを目的としたものであるから、借地法の適用はなく、従つて、原告等が直接同法第十二条の規定に基く賃料増額請求権を有しないことは、明らかである。

(二)  原告等は本件土地の賃料は周辺宅地と同規準により(従つて付近の地代につき統制解除後は統制額によらないで)増額する旨の特約があつたと主張し、被告は統制額の基準により(従つて付近の地代の統制の有無とは無関係に)増額する特約であつたと主張する。昭和二十三年十月から昭和二十七年九月まで地代統制額の改訂に伴い、本件土地についてもその都度それと同額まで増額した賃料を被告が支払い原告等も異議なくこれを受領していたことは争のない事実であり、双方の主張立証の趣旨に徴するも、最低限建物所有を目的とする宅地としての統制額に従い本件土地の賃料を増額する旨の合意が当事者間に少くとも暗黙に成立していたものと認めるに足りるのであるが、昭和二十五年七月十一日本件土地周辺の借地につき賃料の統制が解除された後も(本件土地付近の大部分の宅地が工場店舖等の敷地で統制令の適用ある借地に該当しないことは、被告の明らかに争わないところである。)、昭和二十七年九月まで原告等が被告の統制額なみの賃料支払に異議なく応じていた一事から推して原告等主張のような約旨の賃料増額に関する特約が当事者間に成立していたものとはたやすく考えられず、証人柏木甚三郎、原告藻次郎本人等のこの点に関する供述部分も、右趣旨の特約を肯認する確証とするに足りない。

(三)しかしながら、継続的な土地貸借関係において経済事情の変動等に伴い賃料が不相当となつたにもかかわらず、借地人においてその値上に応じないため賃貸人が同一条件のもとに借地関係の継続を余儀なくされ、その結果が当事者間の衡平を失し信義に反すると認められる場合には、賃貸人は借地人に対し妥当な範囲で賃料の増額を強要できるものと解するのが相当である。けだし、借地法施行前に地代値上の慣習又は慣習法を肯定した判例理論の根本理念も公平の観念又は信義則にあつたといえるし、長期にわたる土地賃貸借において右理念に即し賃料を合理的に調整する必要があることは、土地利用の目的が建物の所有にあると道路敷その他にあるとで差異をみないからである。しかして、右のような賃料増額請求の許否及び相当賃料の判定に当つては、借地法第十二条に例示するような一般的事由のほか双方に存する特殊な具体的事情をも考慮する必要があることは、いうまでもない。

本件についてこれを見るに、(イ)本件土地の賃料が昭和二十五年七月当時から昭和二十七年十月増額請求時まで別紙第二表記載の通りほとんど同額のまま据え置かれていたことは、双方の間に争がなく、その間ある程度公租公課が増加し地価が高騰したことは、一般公知の事実であるが、本件及び近隣の土地につき具体的にどれだけの増加高騰をみたかは、証拠上明らかでない。(ロ)本件土地は公共の用に供する道路の敷地として公共団体たる被告に賃貸したものであつて、原告等としては、半永久的にもはや他の用途に使用できないこと、早晩被告に買収されるものであることは契約当初から予期し、従つて将来右土地より収取し得る利潤については必ずしも期待していなかつたものと思われる。(ハ)一方原告等が本件土地の周辺に相当広い土地を所有していることは甲第三号証の一、二によつて認められ、被告の本件土地を利用した道路の敷地が右地価の騰貴に寄与して原告等に相当の利益をもたらしたものと推測するに難くない。(ニ)被告は本件土地を公共の道路とし維持管理し、右土地を直接収益の対象として利用するものではない。(ホ)被告が統制額算定の基準による賃料の増額を拒むものでないことは、弁論の全趣旨によつて明らかである。(ヘ)右算定基準による賃料の支払を受けることによつて、原告等は固定資産税の増加にかかわらず最低限の利潤を確保することができる。以上の諸点を考え合せると、統制額の限度の賃料の支払を受けられる限り本件土地の貸借関係を将来継続しても原告等に著しく酷に失せず、被告が原告等の賃料増額請求を拒んだとしても直ちに信義に反するものと断ずるわけにゆかない。右賃料の支払を受けられる限り憲法第二十九条第三項の違反に該当するものともいえない。原告等の本件賃料増額請求は統制額と同額の限度においてこれを許容する余地はあるけれども、すでに右限度の値上については(一)に認定した通り被告に特約に基く応諾義務が認められるのであるから、あえてこれを増額請求の一方的意思表示による形成的効果に帰すまでもない――これを超える範囲においては正当の根拠を欠く無効のものといわざるを得ない。

(四)  別紙第三表の供託額が統制額の算定基準に従つたものであることは証人南野義雄の証言に徴しこれを認めるに足り、右供託金を原告等において領収したことは、弁論の全趣旨から窺うに十分である。しかしながら、昭和二十八年四月以降の賃料については、これを弁済した旨の主張立証がないから、統制額の基準に従い被告にその支払義務があるものというべきところ、その後の統制額の変更についてはその額を明確にする資料の提出がないので、同年三月までと同額の割合によるものと認めるほかない。よつて、被告は原告等に対し別紙第三表供託額下欄記載の坪当月額により昭和二十八年四月一日から昭和三十年三月末日までの賃料を支払う義務がある。右賃料の合計額は(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の土地につき金二十万三千五百四十円(以下切捨)、(ホ)の土地につき金一万千四百三十八円(以下切捨)と算定される。

以上により、原告等の本訴請求は、原告藻次郎により被告に対し金二十万三千五百四十円、原告正二より被告に対し金一万千四百三十八円及びこれに対する昭和三十年四月一日から支払ずみまで民法所定年五分の金員の各支払を求める限度において正当であるから認容し、その余は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 橘喬)

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