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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)340号 判決 1955年2月07日

原告 田所隆吉

被告 畠中俊子 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告畠中俊子は原告に対し、吹田市二千六百八十八番地上家屋番号寿録第十六番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十三坪六合三勺、二階坪五坪の内玄関五帖の部屋を除く他の全部を明渡し、本件訴状送達の翌日以降右明渡済迄一ケ月金五百円の割合の金員を支払え。被告松村弘之助は右家屋の内二階全部を明渡し、本件訴状送達の翌日以降右明渡済迄一ケ月金百九十円の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決と、「担保を条件とする仮執行の宣言。」と、を求め、その請求の原因として、「被告畠中俊子は請求の趣旨記載の家屋を訴外尾高勝男より家賃を一ケ月金六百円で賃借していたが、同被告は昭和二十六年二月一日原告に右家屋の階下表玄関五帖の部屋を賃料を一ケ月金二千円で転貸し、且当時すでにその二階を、訴外三好某にも転貸していた。勿論右転貸については家主の承諾を得ていなかつたので家主である訴外尾高勝男は被告畠中俊子に対し昭和二十六年八月上旬右転貸を理由に前記家屋の賃貸借契約を解除し、原告並に同被告に対し右家屋の明渡を求め、そして若し明渡が困難であれば買取れとの申入れをして来た。そこで当時被告畠中俊子は買取りの資力も且その意思もなかつたので原告が昭和二十六年十月九日右家屋を訴外尾高勝男より買受け同日その所有権取得登記をした。ところで被告と前所有者の訴外尾高勝男との前記賃貸借契約はすでに昭和二十六年八月上旬解除となつているのであるから、同被告は原告に対し、右家屋を占有するについて何等の権原を有しない不法占有者である。それのみでなく同被告は、右家屋の二階を貸主の承諾を得ずに被告松村弘之助に転貸し、被告松村弘之助は右二階を占有使用しているがこれとても原告に対する何等正当の権原に基かない不法占有である。若し仮りに前所有者訴外尾高勝男の被告畠中俊子に対する前記賃貸借契約解除が無効としても、そうすると原告は右家屋の所有権を取得すると同時に被告畠中俊子に対する賃貸人の地位を承継し貸主となつたわけであつて、原告は昭和二十七年一月二十七日被告畠中俊子に到達の書面で同被告に対し、同被告の前記被告松村弘之助に対する無断転貸を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたから、右賃貸借契約は同日解除されたわけである。従つていづれの点から言つても被告等は原告に対して何等の権原を有しない不法占有者である。よつて被告畠中俊子に対しては右家屋の中表玄関五帖の部屋を除くその他の全部の明渡、被告松村弘之助に対してはその階上の部分全部の明渡を各求めると共に、本件訴状が被告等に到達の翌日以降右明渡済迄被告畠中俊子に対しては一ケ月金五百円の、被告松村弘之助に対しては一ケ月金百九十円の各割合の損害金の支払を求める次第である。」と、述べ、被告等の答弁事実に対し、「被告等が互に姉弟の関係であることは認める。」と、述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」と、の判決を求め、被告畠中俊子の答弁として、「原告の主張事実の中被告畠中俊子が原告主張の家屋をその前所有者訴外尾高勝男より原告主張のように賃借したこと、同訴外人から原告主張の日時頃右家屋の買受方の交渉のあつたこと、原告が右家屋をその主張日時買受け所有権を取得したこと、右家屋の表玄関五帖の部屋を昭和二十六年二月一日原告に賃料を一ケ月金二千円で転貸し、二階を訴外三好某に転貸したこと、原告より原告主張日時その主張の書面による意思表示を受けたこと、及び被告松村弘之助が右家屋に居住していること、はいづれも認める。然し、原告に対する右金二千円の転貸料と言うのは被告畠中俊子所有の洋服仕立道具並にミシンの使用料を含むものである。また被告松村弘之助は被告畠中俊子の実弟で、大阪市内の学校に通学のため、更にその卒業後は勤務先に通勤のため実姉の被告畠中俊子方に同居しているに過ぎないものであつて、被告畠中俊子が同松村弘之助に右家屋の二階を転貸しているのではない。更に前所有者の訴外尾高勝男から被告畠中俊子に対し原告主張のような契約解除のあつたことは否認する。若し仮りに右前所有者よりの解除の事実があるとしてもこれは原告自らがその解除原因を作つたのであるから、かゝる原告がその解除の効果を被告畠中俊子に対して主張することは所謂公序良俗に反し法律上許されない。従つて原告の本訴請求は理由がない。」被告松村弘之助の答弁として、「被告松村弘之助が昭和二十六年二月下旬頃から原告主張の家屋に居住していることは認めるが、これは実姉の被告畠中俊子方に同居しているのであつて転借しているのではない。また本件家屋の前所有者訴外尾高勝男が被告畠中俊子に対し原告主張のように賃貸借契約を解除した事実は否認する。仮りにその事実があるとしても被告畠中俊子の答弁として主張する通りの理由によつて原告はその解除の効果を主張し得ないものである。それ故原告の本訴請求は失当である。」と、述べた。<立証省略>

理由

吹田市二千六百八十八番地上家屋番号寿録第十六番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十三坪六合三勺、二階坪五坪の家屋は元訴外尾高勝男の所有で、之を被告畠中俊子が家賃一ケ月金六百円で賃借していたこと、同被告が右家屋の中表玄関五帖の部屋を昭和二十六年二月一日原告に賃料を一ケ月金二千円で貸主の訴外尾高勝男の承諾を得ずに転貸したこと、またそれ以前に右家屋の二階を訴外三好某に前記同様貸主の承諾を得ずに転貸していたこと原告が昭和二十六年十月九日右家屋を訴外尾高勝男より買受け所有権を取得し、その所有権取得登記をしたこと、はいづれも被告畠中俊子に於て認めるところであり、被告松村弘之助に於ても明かに争わないところである。ところで原告は貸主尾高勝男は被告畠中俊子に対し昭和二十六年八月上旬同被告の前認定の無断転貸を理由にその賃貸借契約を解除したと主張するから、この点について考えるのに、証人松田富三郎同家野金蔵、同尾高勝男、(後記措信しない部分を除く)同尾高タツの各証言、並に原被告各本人訊問の結果の夫々一部に弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。即ち被告畠中俊子の夫は十数年前から前記家屋を訴外尾高勝男より賃借しここで洋服仕立商を営んでいたが昭和二十四年病死したので被告畠中俊子が引続いて右家屋を賃借することになつたが、夫に先立たれた同被告は二人の遺児を抱えてその日の生活にも困るような状態となつたので民生保護を受けると共に生活費の一助にと右家屋の二階を前認定のように訴外三好某に転貸し、更に昭和二十六年二月頃からは夫が生前使用していた表店の間(表玄関五帖の部屋)を同業者の松田富三郎の仲介によつて当時店舗を捜していた原告に前認定のように転貸することになり、転貸料は右店の間に備え付けの洋服仕立道具並にミシン等の使用料をも含めて金二千円と定め、爾来原告は右転借の店の間で洋服仕立商を営んで現在に到つている。而して原告に転貸した当時はすでに二階の転借人三好某は他え転出してしまつていた。一方家主の訴外尾高勝男は被告畠中俊子が二階を三好某に転貸したことは当時気付かなかつたし、店の間を原告に転貸したことも当初は知らなかつたが、それは被告畠中俊子が右家主からの質問に対する原告と共同で洋服仕立商を営んでいるとの返答を真に受けてそのように思つていたためであつて、その後家主の尾高勝男は被告畠中俊子が原告に店の間を転貸していることを知つてからは、同被告にその不都合を責めたが明かに賃貸借契約を解除して明渡を要求したことはなかつた。(この点について証人尾高勝男の証言の中に昭和二十五年頃から被告畠中俊子に対して明渡を求めていたと言う部分があるが、これはその他の前記各証人の証言並に弁論の全趣旨に徴し信用することができない。)ところが昭和二十六年夏頃になつて家主の訴外尾高勝男は急に金の必要が起つたので、被告畠中俊子に貸している前認定の家屋を売つて金を拵えようと思い、それには現在の賃借人に売るより、明渡を受けて他え売る方が有利と考え同年八月上旬頃被告畠中俊子に対し、原告に転貸を理由に明渡を要求し、若し明渡に応じられないなら買取るよう要求した。(右買取の要求のあつたことは当事者間に争のないところである。)そこで同被告は右家屋を買取る決心をして買取資金の金策に奔走したができなかつたところ、原告が買取を申出て、遂に前に認定したように買取つた。と言うことが認められる。それで以上認定の事実による、と訴外尾高勝男が昭和二十六年八月上旬被告畠中俊子に対し、原告に対する転貸を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたのであるから一応右尾高勝男と被告畠中俊子との賃貸借契約は同日限りで解除されたもののようにみられる。然しながら、およそ民法第六百十二条が賃貸人の承諾のない転貸を禁じ、之に違反した場合賃貸人に解除権を認めた所以のものは、もともと賃貸借契約なるものが契約当事者の個人的相互の信頼関係に基いて締結されたものであり、且所謂継続的法律関係であるところから、賃貸人の承諾を得ない転貸が行われたときには、賃貸人にとつては借人的に経済的に信頼関係を結んでいない予測しえない転借人によつて、賃貸物の使用収益が行われる結果を来し、かゝる事態を生ぜしめることは、一般に賃貸人の賃借人に対して有する信頼を裏切るものと言えるから、賃貸人に於てその賃借人との以後の賃貸借契約を終了せしめることを得させるため、賃貸人に契約解除を為しうることとして背信的な賃借人の不信行為から賃貸人の正当な権利利益を保護するためであることは言うまでもない。従つてその解除権の認められるのは、あくまで賃借人の背信的な転貸に基くものでなければならないし、更に解除権を行使して賃貸借契約を終了せしめないならば、引続いて当該解除を行使しようとする賃貸人と賃借人との賃貸借契約が存続する場合でなければならないものと解すべきであることは法律が右解除権を認めた目的に徴し明かである。けだし法律はその規律する社会の変遷に伴いこれに妥当するように解釈適用さるべきものであることは当然であつて、(もとより私意的独善的な解釈の許されないこと、また解釈には自らの限界のあること、殊に成文法にはその成文自体に内在する解釈の限界のあることは勿論である。)民法第六百十二条の解除権に関し、旧くは、賃貸人の承諾を得ない転貸人に対する私的制裁として賃貸人に解除権を認めたものと解されたこともあるが、現在の我が国の実情からみて、このような解釈の許されないことは敢て説明するまでもないところであつて、賃貸人と賃借人との相互の利益の調和点を何処に求めるべきかを考えれば現在の社会経済情況の下に於ては前記説明のように解釈するのを相当とする。

そこでひるがえつて本件についてみるのに、貸主である訴外尾高勝男はその賃貸家屋を有利に売却しようとして、たまたま被告畠中俊子が原告に家屋の一部を転貸しているのを奇貨として、この転貸を理由に解除しようとしたものであるから、被告畠中俊子に於ても右転貸の事実を家主の訴外尾高勝男にかくしていた等聊か背信的な所為のあることはあるが、訴外尾高勝男はその家屋を他え売却するためにしたものであつて、たとえ同訴外人は右解除権を行使しなかつたとしても早晩右家屋の被告畠中俊子との賃貸借契約から離脱する情況にあつたもので、従つて解除権によつて保護されるべき利益はなかつたものと言わねばならない。もつとも訴外尾高勝男は被告畠中俊子に賃貸したまゝより解除して賃借権のないまゝで売却する方がより有利に売却することができるから右解除権によつて保護さるべき利益があるようにみえるけれども然しこれはその解除が有効であることを前提として言えることであつて、いやしくも解除が行われなければ右訴外尾高勝男と被告畠中俊子との賃貸借契約が継続することを前提としない本件に於ては、訴外尾高勝男には解除権は認められないものと言うのが相当である。従つて、同訴外人と被告畠中俊子との賃貸借契約は原告の主張するように解除されたものではない。

然らば原告は前認定のように、その後右家屋の所有権を取得したのであるから、被告畠中俊子は右家屋の賃借権を以つて原告に対抗し得るものであつて、原告は同被告に対する貸主となつたわけである。

次に原告より被告畠中俊子に対し昭和二十七年一月二十八日到達の書面で同被告が被告松村弘之助に右家屋の二階を無断転貸したことを理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、被告畠中俊子に於ては認めるところであり、被告松村弘之助にても明かに争わないところである。そこで被告畠中俊子が右家屋の二階を被告松村弘之助に無断転貸したかについてみるのに、被告畠中俊子は被告松村弘之助の実姉であること且被告松村弘之助が右家屋に居住していることは当事者間に争のないところであつて、被告畠中俊子本人訊問の結果によると、被告松村弘之助は学生時代から姉である被告畠中俊子方に同居して大阪市内の学校え通学し、卒業後も同所から勤務先に通勤し、その間被告畠中俊子と意見の衝突があつたりして一時右家屋を出て他に居住したこともあるが、また右実姉の許に舞戻つて来て同居しているだけのことで世帯こそは被告畠中俊子と別にしているが、未だ独身であり家賃を支払つているわけではないし、唯世見によくある独身の弟が姉の家の二階に同居しているに過ぎない事実が認められる。それ故被告畠中俊子は右家屋の二階を被告松村弘之助に転貸しているのではなく、従つて原告の右転貸を理由とする解除は無効である。

以上のようにみて来ると、被告畠中俊子と原告との間には本件家屋について未だ賃貸借契約が継続しているのであり、被告松村弘之助は実姉の被告畠中俊子方に同居しているのであるから、被告等は原告に対して原告主張のように本件家屋の原告主張の部分を明渡すべき何等の義務はない。勢い之を求める原告の本訴請求は認容する事に由がなく棄却せらるべきである。よつて尚訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 喜多勝)

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