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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)909号 判決 1997年7月24日

原告

丹野順子

被告

青柳宗親

ほか一名

主文

一  被告青柳宗親は、原告に対し、金三三一万四九〇〇円及びこれに対する平成七年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告の被告青柳宗親に対する判決が確定したときは、原告に対し、金三三一万四九〇〇円及びこれに対する平成七年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告青柳宗親は、原告に対し、金一三七九万九一七九円及びこれに対する平成七年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告の被告青柳宗親に対する判決が確定したときは、原告に対し、金一三七九万九一七九円及びこれに対する平成七年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告青柳宗親が運転する普通乗用自動車が道路を横断歩行中の重野ふみ子に衝突し、同人を死亡させた事故につき、同人の相続人である原告が被告青柳宗親に対しては、民法七〇九条に基づき、被告日動火災海上保険株式会社に対しては、自動車保険契約に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により比較的容易に認められる事実

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年三月二六日午後一一時一五分頃

場所 東京都杉並区桃井四丁目三番一七号先(青梅街道上り)(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 自家用普通乗用自動車(多摩七八ち一六八)(以下「被告青柳車両」という。)

右運転者 被告青柳宗親(以下「被告青柳」という。)

被害者 重野ふみ子(事故時七八才)(以下「重野」という。)

態様 北西から南東に向けて直進進行中の被告青柳車両が道路横断中の重野に衝突したもの。

2  重野の死亡

重野は、本件事故の結果、平成七年三月二六日午後一一時二〇分頃、胸腔内蔵器損傷等により死亡した。

3  被告日動火災海上保険株式会社の責任原因

被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告青柳との間で、被告青柳車両を被保険自動車として、対人事故につき、被告青柳が法律上の損害賠償責任を負担する判決が確定したときは、損害賠償請求権者に対して賠償額を支払う旨の任意自動車保険契約を締結していた。

4  相続

重野の死亡当時、原告はその子であった(甲二1及び2)。

5  損害の填補

原告らは、本件交通事故に関し、自賠責保険から一二七四万五一〇〇円の給付を受けた。

二  争点

1  被告青柳の過失の有無

(原告の主張)

被告青柳は、本件事故現場を前方不注視及び制限速度時速五〇キロメートルを少なくとも時速二〇キロメートル以上超える速度で進行した過失により、本件事故を惹き起こしたものである。

(被告らの主張)

被告青柳が本件事故を惹起したときの進行速度は時速六〇ないし七〇キロメートルである。本件事故は、東京の幹線道路である青梅街道(片側三車線)において発生したものであり、時速六〇ないし七〇キロメートルで走行することは常態である。

2  損害額

(原告の主張)

(一) 逸失利益 六二五万七九七六円

重野の死亡時の年齢は七八才であったが、至極健康で家事等万般を独力で処理するなど稼働能力を有していた。死亡直前における重野の得べかりし年収は、平成六年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計女子労働者六五才以上の平均賃金の約八割である二三九万円と認めるのが相当である。そして、稼働可能期間を平均余命の二分の一である五年、生活費控除率を四割として、ホフマン式にて、逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりになる。

(計算式) 2,390,000×(1-0.4)×4.364=6,257,976

(二) 慰謝料 二二〇〇万円

(三) 葬祭関係費 一五〇万円

(四) 弁護士費用 一二五万円

(被告らの主張)

否認する。

なお、重野は、本件事故当時、自己の所有していたアパートの売却により得た所得と自己の所有しているマンションの賃貸による収入により生活していたのであり、重野が現実に仕事をみつけて収入を得なければならない事情も認められず、就労の蓋然性はない。重野が自己の家事を独力で処理していたとしても、それは人が生きるために必要な生活行為であるから、これを稼働収入に得られる労働と評価するのは相当でない。

3  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故現場は、片側三車線の主要幹線道路である青梅街道上であり、事故現場の近くには横断禁止(歩行者)の標識がある。また、本件事故現場において青梅街道は他の道路と交差しているが、この道路は歩車道の区別のない幅員約五メートルの一方通行路である。このような状況においては、幹線道路を走行してくる車両は減速ないし徐行することなく走行しているのが通常であるから、左右の安全確認を欠いた重野の横断は極めて危険である。

さらに、本件事故当時は、夜間であったのであり、しかも、重野は黒っぽい服装をしていた。重野は、道路を対向車線側から横断して被告青柳の走行車線に入ったところで本件事故に遭ったのであるが、本件事故の直前は対向車線上の車両の進行がとぎれていたから、対向車線上の車両の前照灯が重野を照らすことはなかった。右のような状況からすれば、被告青柳にとって、重野を事前に発見して対応することは非常に困難であった。

したがって、本件においては大幅な過失相殺がなされるべきである。

(原告の主張)

本件事故現場付近は夜間でも充分見通しが効き、被告青柳自身、現場の左右には街路灯がついていて道路の状況は良く見えるのであって、前方を良く見ていれば、進路前方からの歩行者は確認できたという認識を有していた。

本件事故においては、重野が幹線道路における横断歩道のない交差点を横断したこと、横断禁止の規制があったこと、重野が老人であったこと、被告青柳には著しい過失が存したことを考慮し、重野の過失割合はせいぜい一五パーセントとみるのが相当である。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1及び3について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実及び証拠(甲一一1ないし4、10、12)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、東京都杉並区桃井四丁目三番一七号先交差点(以下「本件交差点」という。)であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場は、北西・南東方向の道路(以下「青梅街道」という。)と南西・北東方向の道路とがほぼ垂直に交わる交差点であり、信号機による交通整理は行われていない。南西・北東方向の道路のうち、本件交差点から南西に向かう道路(以下「西荻窪駅方面道路」という。)は、西荻窪駅方面に至る一方通行路であり、本件交差点から北東に向かう道路(以下「今川三丁目方面道路」という。)は、今川三丁目方面に至る一方通行路である。青梅街道の幅は、約一五・七メートルであり、そのうち田無方面から新宿方面に向かう車線(三車線)の幅は約八メートルである。西荻窪駅方面道路の幅(歩道等を除く。)は約四・六メートル、今川三丁目方面道路の幅(歩道等を除く。)は約三・四メートルである。本件交差点前後における青梅街道の中央付近には、いわゆるゼブラゾーンが設けられており、また、本件交差点付近には、横断禁止(歩行者)の標識が設置されている。青梅街道進行車両に対する速度制限は時速五〇キロメートルである。青梅街道を田無方面から新宿方面に進行した場合、本件交差点における前方、右方及び左方の見通しはよく、夜間であっても、照明灯があるため、明るい状態であった。

被告青柳は、平成七年三月二六日午後一一時一五分頃、被告青柳車両を運転し、青梅街道を田無方面から新宿方面に向かって、時速約七〇キロメートルで別紙図面<1>地点から同図面<2>地点へと走行していた。そして、被告青柳は、同図面<2>において、南西方向から同図面<ア>地点に来ていた黒っぽい印象の歩行者を見つけたが、それとほぼ同時に、右歩行者である重野に被告青柳車両の右前部を衝突させ、重野をボンネット上にはねあげた上、同図面<イ>地点に転倒させた。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告青柳が本件交差点を通過するにあたり前方及び右方を注視すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったまま漫然と進行した過失のために起きたものであると認められる。そして、被告青柳が制限速度を時速約二〇キロメートル超えて走行していたこと、重野が本件事故当時七八才の老人であり、相対的に自動車を運転する者には一層の注意が要請されることを併せ考えると、被告の過失は決して軽いものとはいえない。しかしながら、その反面において、青梅街道は西荻窪駅方面道路や今川三丁目方面道路よりも明らかに広い幹線道路であり、本件交差点付近には、横断禁止(歩行者)の標識が設置されていることにかんがみると、本件交差点を横断すること自体危険であるといわざるを得ず、加えて、本件交差点前後における青梅街道の中央付近には、いわゆるゼブラゾーンが設けられており、西荻窪駅方面道路及び今川三丁目方面道路はそれぞれ一方通行路とされていることにかんがみると、青梅街道を田無方面から新宿方面に向かって進行する車両にとって右方には注意が向きにくい面があるから、重野としても青梅街道を進行してくる車両につき相当の注意を払う必要があったというべきであるところ、前記事故態様によれば重野にも被告青柳車両の進行について注意を欠くところがあったというべきである。したがって、本件においては、右一切の事情を斟酌し、二割の過失相殺を行うのが相当である。

なお、被告らは、本件事故が夜間に発生したこと、重野は黒っぽい服装をしていたこと等から被告青柳にとって重野を事前に発見して対応することは非常に困難であったとし、これを過失相殺の根拠事実として主張するが、重野が全身を黒っぽい服装で覆っていたことを認めるに足りる証拠はない上、前記のとおり、本件交差点は照明灯があるため、明るかったのであるから、被告らの右主張を容れることはできない。他に前記過失相殺の率を左右すべき事実を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について(損害額)

重野は、本件事故により、次のとおり、損害を被ったものと認められる。

1  逸失利益 認められない。

原告は、逸失利益の基礎収入に関し、次の主張をする。すなわち、重野は、本件事故当時、東京都杉並区のマンション「エスカイア西荻窪第二」に二戸の住宅を所有し、一戸に自ら居住し、他を賃貸し、その賃料月一四万円を主たる生活の糧にしていた。重野は、契約締結、賃料徴収、修補、公租公課の支払等賃貸に関わる管理全般を独力で行っていたのであって、右管理能力は重野の稼働能力と評価されてしかるべきものである。それゆえ、死亡直前における重野の得べかりし年収は、平成六年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計女子労働者六五才以上の平均賃金の約八割である二三九万円と認めるのが相当である。原告は、右のとおり主張する。

確かに、証拠(甲一一11、一三ないし一五)及び弁論の全趣旨によれば、重野が本件事故当時、東京都杉並区のマンション「エスカイア西荻窪第二」に二戸の住宅を所有し、一戸に一人で居住し、他を賃貸し、その賃料月一四万円と高円寺のアパートを売却して得た利益とで暮らしていた事実を認めることができる。しかしながら、重野が契約締結、賃料徴収、修補、公租公課の支払等賃貸に関わる管理全般を独力で行っていたという原告の主張もその具体的な内容を明らかにする証拠はなく、これに賃貸物件は一件にすぎないことを併せ考えると、重野が賃貸管理を行っていたことを理由として逸失利益の基礎収入を認めることはできないといわざるを得ない。

また、重野が家事を独力で処理していたとしても、これは人が生きるために必要な生活行為であるから、これを逸失利益の基礎収入の根拠となる労働と評価することは相当でない。他に、逸失利益の基礎収入を認めるに足りる証拠はない。

なお、以上は、重野が健康で家事等を独力で処理していたこと(甲一五)を逸失利益の算定の場面において考慮することができないことを述べたものであり、右の点は、次の慰謝料の算定の場面において考慮する。

2  慰謝料 一八五〇万円

本件事故の態様、重野の年齢、生活状況その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、重野の慰謝料としては、一八五〇万円を認めるのが相当である。

3  葬儀費用 一二〇万円

本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一二〇万円をもって相当と認める。

4  過失相殺後の金額 一五七六万円

以上掲げた重野の損害の合計は、一九七〇万円であるところ、過失相殺として二割を控除すると、一五七六万円となる。

5  損害の填補分を控除後の金額 三〇一万四九〇〇円

前記争いのない事実のとおり、原告は、本件交通事故に関し、一二七四万五一〇〇円を受領しているから、これを一五七六万円から控除すると、三〇一万四九〇〇円となる。

6  弁護士費用 三〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、弁護士費用は三〇万円を相当と認める。

三  結論

以上の次第で、原告の被告青柳に対する請求は、三三一万四九〇〇円及びこれに対する本件不法行為日である平成七年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告の被告会社に対する請求は、被告青柳に対する判決が確定したときに三三一万四九〇〇円及びこれに対する本件不法行為日である平成七年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面

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