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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)8967号 判決 1999年11月29日

原告

株式会社大電

右代表者代表取締役

佐波睦生

右訴訟代理人弁護士

酒井信次

被告

田畑和美

右訴訟代理人弁護士

三宅信幸

主文

一  被告は、原告に対し、四四六万九八九〇円及びうち四〇六万九八九〇円について、平成九年八月一四日以降支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対する退職金債務九九万九九〇〇円が存在しないことを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを七分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、六二二万七八一九円及びうち五一四万一〇六九円に対する、平成九年八月一四日以降右支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対する退職金債権九九万九九〇〇円が存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、原告の従業員であった被告が、原告から金員を騙取、費消し、これにより原告が損害を被ったとして、原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償(請求の趣旨の限度で内金)を請求するとともに、右被告の不正行為を理由として被告を懲戒解雇したとして、原告が被告に対し、退職金債務がないことの確認を求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実)

1  原告は、電気工事等の請負を目的とする株式会社である。

被告は、昭和六二年四月一日原告の名古屋支店(以下「名古屋支店」という)で雇用され、同支店の従業員であった者である。

2  被告は、平成九年五月二九日付けで、原告に対し、同年七月二〇日をもって退職したいとの退職願を提出した。

原告は、被告による金員騙取を理由に、同年八月一一日付で被告を懲戒解雇とする旨の意思表示をした。

3  被告の原告に対する退職金請求額は、九九万九九〇〇円である。

三  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 被告の金員騙取行為

被告は、別紙記載のとおり、領収書の金額を改ざんするなどして原告から金員を騙取、費消した(以下「本件不正行為」という)。被告の騙取方法は、以下のとおりである。

(1) 領収書金額の改ざん等

別紙の「方法」欄に、「金○○円の領収書を○○円に改ざん」「請求書及び領収書の偽造」「領収書偽造」「自己宛の領収書を原告宛に改ざん」と記載されたものである。被告は、例えば額面一一五〇円の領収書について、千の位に記載されたアラビア数字の1を9にする(別紙番号一)など記載された金額を改ざんしたり、「1」ないし他の数字を金額欄の先頭箇所に記入したりして、領収書の金額を改ざんしていた(別紙番号一から二三、二五、二六、二八から三一、三五から四一、四四から四九、五一、五三から五七、六四から七〇、七四から七六、七九から八三)。また架空の請求書、領収書を作成したり(別紙番号二七、五九、六〇、七一から七三、七七、七八、八五、八六)、また自己使用の物品を購入した際に入手した領収書を利用し(別紙番号二四、三二から三四、四二、四三、五〇、五二、八四)、これらが立替金の領収書であるかのように装った。

被告が名古屋支店に採用された当時、仮払用に「小口現金」の枠があったが、被告より「手元に現金があれば、使ってしまう恐れがあるので、小口現金が必要な時は被告が立替える」旨の申出があったため、名古屋支店では、被告に「小口現金」を預けてはおらず、被告は物品を購入する際には自己の金員を立て替えていた。そして名古屋支店では、被告を含め、立て替えをした者は、各自毎月仮払金の使用明細と領収書を添付した精算報告書により清算することになっていたが、被告は、右改ざんした領収書や架空の請求書、自己使用物品の領収書を真正な立替金の領収書であるかのように装って、その額面金額の清算を請求し、その金額を、支店の口座より出金し、正規の立替金との差額を騙取した。

(2) 架空の請求書を偽造し、請求者名で架空の口座を開設したうえで、原告に右口座に送金させ、右口座より預金を引出す方法(別紙番号五八、六一、六二、六三、八七、八八)

名古屋支店は、神宮前マンションを所有してるところ、被告は右マンションの管理者である訴外中部互光株式会社名で、架空の「修繕費及び組合費」と題する原告宛の請求書を偽造した。そして平成八年一〇月頃中京銀行栄支店に、右管理組合名の口座を開設し、原告に右管理組合の名で請求した金員を送金させ、同日、右金員を預金口座から引き出すことにより、同金額の金員を騙取していた。

(3) 銀行預金を引出して原告の金員を騙取し、右犯行を隠蔽するため、架空の預金残高を捏造する方法(別紙番号八九)

原告においては予備費一〇〇万円を名古屋支店名義で預金する慣行であり、被告が一〇〇万円を三和銀行栄町支店において「大電田畑」名義の定期預金としていたが、原告名古屋支店長木本清孝が、被告に対し、右預金を支店長名義に変更するよう命じたところ、被告は右定期預金を解約して、金一〇〇万円を騙取し、右犯行を隠蔽するため、新たに「大電名古屋支店長」名義で五円の預金を行ったうえ、さら定期預金の欄に、あたかも、金一〇〇万円の定期預金が存在するかの如く、架空の数字を記入した。

(4) 被告は、平成八年一〇月一五日、被告の母が死亡したと虚偽の事実を原告に告げ、原告に同月二三日香典五万円を支給させてこれを騙取した(別紙番号九〇)。

(二) 本件不正行為の発覚が遅延した事情等

名古屋支店の口座からの出金の順序は、被告から「メモ」または口頭による出金総額が提示され、被告の作成した銀行に対する払戻請求書に、右支店長が捺印することにより出金されているが、支店長としては、出金総額と預金残高に関心があり、被告からの出金要請時は勿論のこと、その後においても、精算書と領収書金額の確認等を行うことがなく、本件不正行為の発見を遅延させた一因となっている。

なお、被告は、遊興費、携帯電話の費用等の捻出のため、支店長であった藤原宣昭(以下「藤原」という)や木本らが領収書の金額の改ざんをおこなっていたと主張するが、このような事実はない。携帯電話については、名古屋支店で平成八年一二月頃、訴外三菱マテリアル株式会社における現場管理の都合上、至急、携帯電話を必要とする事情があり、原告の携帯電話を被告名で購入したことはあるが、その際被告が立て替えた右携帯電話の購入代金及びその使用料相当額(約三万円)を、被告が車での通勤のために使用していた近隣の駐車場の駐車料金を原告が負担するという形で、経理上の処理を行っている。

(三) 退職金債務の不存在

(1) 被告は自己の前記犯行が露顕したと考え、平成九年七月二〇日付で退職したい旨の申出を行なった。原告は被告に早急に、事務、特に経理の引継ぎを行なうよう要請し、被告の協力を待ったが、被告は真摯な態度でこれに応じることがなかった。他方、原告は、被告の経理処理に不信感を抱いていたので、伝票類等の記録を精査したところ、一見して、「金額の改ざん」と目される「領収書」類が続出し、少なくとも、平成九年八月一一日現在において、被告は原告に対し五一七万五七三六円の損害を与えていることが判明した。このため原告は被告に対し、平成九年八月一一日付内容証明郵便をもって、前記金員の支払及び、被告に対する「懲戒解雇」を通告し、右書面は同月二二日被告に到達した。

原告の従業員にあっては、退職は当該従業員が退職を願い出て、原告が右退職願を承認することにより、退職の効力が発生する(書証略、就業規則・第三節『退職及び解雇』)。被告は原告に対し平成九年七月二〇日付けでの退職を願い出ているが、原告は被告の退職願いを承認していないから、同日被告が原告を退職したことはない。

(2) 前述のとおり、被告には懲戒理由があるところ、原告の就業規則「退職金規定」の九条には、一項で懲戒解雇された者に対しては退職金を支給しないと規定され、二項で退職金支給日までの間において在職中の行為について懲戒解雇事由が発見された者についても前項に準ずると規定されている。

(3) 被告は原告に対し、平成九年八月一九日付け内容証明郵便をもって、前記金員の費消を否定し、被告に所定の退職金九九万九九〇〇円を支払うことを求めるに至った。前述のとおり被告には懲戒事由があることは明らかであるところ、原告の退職金規定第九条は、懲戒事由があるときは退職金を支給しない旨を定めており、これによれば、原告は、被告に対し退職金支払義務を負わない。

(四) 弁護士費用の請求

原告は本訴代理人に着手金等につき、大阪弁護士会所定の規定に従い、着手金三四万五〇〇〇円とその消費税一万七二五〇円の支払をなし、報酬として六九万円とその消費税三万四五〇〇円の支払を約束した(合計一〇八万六七五〇円)。

2  被告の主張

(一) 被告は、原告に在職中に原告が主張するような領収書の改ざん等を行って金員を騙取したことはない。ただし(書証略)の領収書については、後述のように原告で認められていない携帯電話の代金であったことから、支店で処理するように支店長と福井新吾課長(以下「福井」という)から指示されて支出の付け替えを指示され実行したものである。また被告自身が個人的に費消した支出を原告に請求したことはない。

(二) そもそも、名古屋支店での被告の職務内容からしても、また、同支店の出納、経理システムからしても、被告が原告が主張するような不法行為ができるはずもない。

(1) 被告の職務内容

被告が名古屋支店に採用されてからの同支店での職務内容は工事台帳の作成、つまり原告名古屋支店が受注した工事をコンピューターの工事台帳に入力する作業がほとんどであり、被告の仕事のうちの八〇パーセントがこの入力作業であった。被告は経理担当ではない。そして、その他の被告の仕事は、同支店には女性従業員が一人しかいないこともあって、お茶出し、コピー、接客、電話応対、買物(このなかには、上司のタバコを買うなど個人的な用事で行くことも多かった)であり、被告が、名古屋支店で職務を遂行していくにあたって、金銭を扱うことは少なかった。

(2) 金銭の取り扱いについて

被告が、名古屋支店在職中、同支店において、金銭の出納、保管をしていたのは支店長と福井である。被告は直接仮払いの請求をしたことはなく、支店長が仮払請求をして精算をしていた。被告は、支店長あるいは福井の指示で名古屋支店に必要な物品を購入する際には、その都度物品購入に必要な現金を主として支店長からもらって買物に行っていたものである。そして必要品を購入したあとは、その購入商品と領収書を見せており、被告が領収書を改ざんする機会はなく、金銭をごまかすこともできない。被告が扱う現金は切手代、茶葉代、コーヒー代等の小口の支出だけであった。また上司の指示で銀行で送金事務を行った場合でも、その後必ず支店長に請求書と振込金受取書(領収書)をそろえて渡すので、被告が不正な改ざんをしてもすぐに発覚するはずである。

被告は、原告名義の銀行預金通帳を預り管理していたが、これは記帳のために預かっていたにすぎない。名古屋支店の取引銀行は三和銀行栄支店一行であるが、この銀行印は支店長が保管している。支店長は文字通り肌身離さず銀行印をもっており、自宅にも持ち帰るくらい徹底している。銀行印を入れたセカンドバックを会社に置いて行くときも机の引き出しに入れて鍵を掛けていくのであり、この鍵を持っているのは支店長の外は福井だけである。従って、被告が銀行印を持ち出すということはありえず、被告が無断で預金解約などできるはずもない。

被告が、支店長から現金の引き出しを命ぜられることもあるが、その場合も原告の支店に用意されている銀行預金払戻用紙に被告が所定の記入をしたうえで、支店長が金額の記入を行って銀行印を押印する。被告が金額を記載することもあるが、それは支店長の面前であり、被告が数字をごまかす余地は全くない。そして支店長は精算書、領収書の金額を確認して銀行印を押印していた。

このように被告はほとんど出納事務はおこなわず、また、出納事務の手伝いをする場合も逐一上司の指示・確認のもとに行っており、不正を働く余地など全くない。

(3) 領収書の改ざんについて

月末になると支店長が一ケ月分の領収証をまとめて被告に渡し、清算をするように命じる。被告は、受領した領収証をもとに精算書を作成する。しかし、被告が受領した領収証の金額が、被告が上司に渡す前の領収証の金額と違っていることがたびたびあった。被告も明らかな改ざんを見つけた場合には支店長に報告したりしていたが、支店長はそのままで良い旨返答するだけだったし、不明瞭を指摘しても黙って改ざんされた金額のままに記載すればよいと叱責されるくらいであった。このため、その後は被告も改ざんに気付いてもそのまま精算書に記載するようにしていた。このように、領収証の改ざんは被告が領収証を上司に渡してから精算書作成のため受領するまでの間に行われていたのであり、被告には関係ない。

被告が領収証の金額の不明瞭を指摘した場合における支店長や課長の説明は、被告が記憶しているだけで以下のようなものがあった。<1>客にタクシー代を現金で渡したので領収証がもらえないということで雑費で処理するよう指示していた。<2>上司は頻繁に名古屋市内のクラブで遊興していたが、交際費で落とせない金額については、金額を小分して雑費として処理するように指示していた。このような指示が最も多かった。<3>原告では携帯電話の使用を認めていなかったのだが、福井課長の命令で部下が使用する携帯電話について被告が名義人になっていた。この電話料金について、同課長は雑費で処理するように指示したが、被告がこれを断わったため自分で電話料金を雑費で処理していると思われ、この場合も領収証の改ざんという方法をとっていたと推測される。なお、被告名義にした携帯電話の使用料金の請求が被告に送られてくるが、被告はその料金約三万円を原告に請求し、福井が立替えてくれて料金相当額を受け取ったのである。会社の駐車場が満車のとき、被告は他の有料駐車場を使用することがあったが、そのときは原告名義の領収証をもらって、福井から料金相当額を貰っていたのであり、携帯電話の使用料金と相殺したことはない。<4>客への付届け代金ということで、雑費として処理するように指示していた。

このように、原告会社名古屋支店では上司が私的に遊興した費用等を会社に付け替えしていた。このことは従業員の間ではだれでも知っていた事実である。領収書の改ざんもこのような不正目的で行われたのである。

(4) 「神宮前コーポ管理組合田畑」名義の通帳は、平成七年一〇月三一日に被告が藤原の指示で作成したものである。(書証略)の二、三の筆跡は被告によるものであるが、(書証略)の三の印影は被告の印鑑ではないし押印した記憶もない。藤原が押印していたのではないかと思われる。この通帳の口座は、当初は藤原が自ら出向いて開設しようとしたが、現住所が大阪になっていたためか同人では口座開設ができなかったため、支店に戻って来て急遽被告に被告名義で口座を開設するように命じたものである。藤原に命じられた被告は中京銀行栄町支店に行き口座開設の手続をした。ところが、受付で管理組合名義では口座は開設できないと言われ、支店に電話して藤原の指示で神宮前コーポ管理組合田畑名義で口座を開設し通帳を作成したのである。この口座は、原告が社宅として所有しているマンション「神宮前コーポ」の水道料金引落しのための口座である。出来上がった通帳はその日に藤原に渡した。以後、被告がこの通帳を扱ったことは一度もない。勿論、引出し手続をしたこともない。

(5) 被告は、原告が主張するような三和銀行栄町支店の定期預金通帳の改ざんをしたことはない。被告は以前藤原から緊急の場合に備え定期預金をするように本社から指示があったと聞かされ、同人の指示で、同人が指示した近畿銀行名古屋支店で定期預金口座を開設したことがある。この通帳と印鑑は藤原が保管しており、同人の転勤の際に一〇〇万円残っているといって通帳だけ渡され管理するようにいわれた。藤原は印鑑は後任の支店長に渡すと言っていた。被告は、織田にこの通帳を見せたのである。

(二) 被告は、平成九年六月中旬に退職届を提出し受理された。勤務の最終日は七月一七日で、その日に保健証、社員証及びネームプレートを返却した。退職日付は平成九年七月二〇日である。そして、離職票が同月二四日に郵送されてきた。被告は、右同日失業保険の給付手続をしている。

四  争点

1  被告による不法行為の成否(別紙記載の各<1>領収書の改ざん等、<2>請求書の偽造等、<3>定期預金の改ざん、<4>母親の死亡を理由とする弔意金の騙取行為の有無)。

2  退職金債務の存否

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 名古屋支店における金銭の取り扱い

(1) 名古屋支店においては、今後一ケ月程度の期間に、支払が発生すると思われる経費の見積額を、所定の「仮払金請求書」に基づき、本社に請求を行う。本社では、右請求の承認後、仮払請求額を支店の口座に送金をし、支店は、本社からの入金確認後、銀行から出金し、仮払請求書に「現金」を交付もしくは送金をする。

仮払いの請求を行った者は、毎月仮払金の使用明細及び領収書を添付して、精算書により清算をする。支店が本社から支払を受けた仮払金が不足した場合には、本社からの送金があるまでの間は、仮払いを行った者の各自「立替払」となり、本社からの送金のあり次第、前記の手続を経て、仮払を行った者に支払が行われる(以上当事者間に争いがない事実)。精算書は、立替えをした者自身が作成する場合もあり、他の者の分を被告において作成することも、また被告の立替え分を被告が渡した領収書によって他の者が作成することもあった。

(2) 本社から名古屋支店への送金口座は、三和銀行栄町支店の銀行口座であり、右口座の銀行印は支店長が保管していた。右口座からの出金方法は、被告が支店長のところへ、必要事項を記入のうえ銀行の払戻請求書を持参し、これに支店長が銀行の払戻請求書に銀行印を押印し、被告が口座から金員を出金するというものであった。右払戻請求書には金額がすでに記入してある場合とない場合があった。口座から出金後の支払先への送金と各立替者への支払等は被告が行っていた。

(二) 領収書の改ざん等について(原告の主張(一)(1))

(1) 別紙記載の番号一ないし二三、二五、二六、二八ないし三一、三五ないし四一、四四ないし四九、五一、五三ないし五七、六四ないし七〇、七四ないし七六、七九ないし八三の各領収書の金額について、別紙記載のとおり金額の改ざんがなされており、右改ざん後の金額で、原告において清算がなされている(書証略)。

(2) 別紙番号五九、六〇、七一から七三、七七、七八、八五、八六については、請求書及び領収書が偽造され、右偽造された請求書及び領収書に基づいて原告において清算されている(書証略)。

他方、別紙番号二七については、原告は、土地の賃料は支払済みであること、原告では多額の現金を持参することはなかったこと、被告主張の派遣社員贅川は、平成八年八月一日には日本にいなかったことから被告による偽造であると主張するが、永谷忠夫との土地の賃貸借契約は、契約期間を平成七年一〇月一日より平成八年三月末日まで、賃料を一ヶ月一五万円とするものであり(書証略)、この間の賃料が支払われていることは認められるものの(書証略)、(書証略)の領収書は平成八年四月、五月分の賃料に対するものであって、原告も右派遣社員贅川が同年四月まで仕事をしていたことは認めている(書証略)ことなどに照らすと、直ちにこれが偽造によるものとまではいえず、そのほかに右領収書が偽造であると認めるに足りる証拠はない。

(3) 別紙番号四二、四三、五〇、五二、八四の各領収書は、土曜日あるいは日曜日の日付のものであるところ、土曜日、日曜日は被告の休業日であって、名古屋支店の業務のため被告が上司の指示をうけて物品を購入することはない。また、別紙番号三二ないし三四は名古屋支店の仕事納めの日であり、名古屋支店では支店内の掃除しか行っていない(書証略)。そしてこれらの領収書についても原告において清算がなされている(書証略)。

被告は、これらについて、会社の男性社員(安藤)から領収書を受け取り清算したものである(別紙番号三二から三四)、福井より派遣社員仏崎の生活雑品の清算をするように指示されたものである(別紙番号四二、四三)、休業日に自宅で命ぜられた仕事をしたのに使用した物品の領収書であり支店長も了解していたものである(別紙番号五〇)と主張するが、いずれ右主張を認めるに足りる証拠はない。

他方別紙番号二四については、名古屋支店は名古屋市中区にあり岐阜鏡島の郵便局で切手を購入する必要はないことは認められるものの、これについて被告は、支店長が岐阜羽島の右郵便局で切手を買ったからといって清算を命ぜられたものであると主張している。これに対し、藤原が当日豊橋へ行っており岐阜にはいっていないとの陳述書を提出しているが(証拠略)、平成八年五月当時名古屋支店の支店長は木本であることに照らせば、右藤原の陳述書をもって、被告の主張を虚偽であるとまではいえず、別紙番号二四について、被告が自己宛の領収書を利用したとまではいえない。

(4) 以上のとおり、改ざんされた領収書、架空の請求書、被告の休業日の領収書に基づいて清算がなされている。そして名古屋支店での口座からの金員の出金及び各立替者への金員の交付、各支払先への返済は被告が行っていたこと、木本らから領収書の改ざんを追及され、一旦は被告はこれを認める旨述べていたこと(人証略)に照らせば、被告がこれら改ざん等の行為を行い、不法に原告から金員を取得していたといえる。

この点、被告は、被告には領収書を改ざんする機会はなく、また領収書の改ざんは、支店長ら上司が行っていたものであると主張するが、そのすべてではないとしても、自らが立替えたもの以外についても、被告がこれを使用して精算書を作成する機会があったから、被告に改ざん等の機会がないとはいえず、また上司が改ざんしていたとの主張についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) 架空の請求書の作成について(原告主張(一)(2))

別紙番号五八、六一、六二、六三、八七、八八については、架空の請求書が作成され、右請求書に基づいて清算がなされている。そしてこの架空の請求書で振込先に指定された中京銀行栄町支店の口座は、「神宮前コーポ田畑和美」名義の口座であり、右口座からは、原告から入金があった直後同額の金員が引き出されている。また右口座の引き出しに使用されている印影は被告の履歴書に押印されているものと同じである(書証略)。

以上の事実を総合すれば、別紙番号五八、六一、六二、八七については、被告が架空の請求書を作成し、別紙番号記載の金額相当額を原告をして被告名義の口座に入金させ、また振込手数料である別紙番号六三、八八については、別紙番号記載の金額相当額を原告より清算させて、右金員相当額を領得したものといえる。ただし別紙番号八八については原告より被告に清算された金額は六一八円である(書証略)。

この点、被告は、右口座は藤原の指示のもと、開設したものであり、原告社宅である右コーポの水道料金の引き落としのために利用されたいたものであると主張するが、右口座開設のためわざわざ印鑑を押してもらいに会社に戻ったとの被告の供述は不自然であり、また、同口座から水道料金は引き落とされていない(書証略)ことに照らせば、右被告の主張は信用しえない。

(四) 三和銀行栄町支店の一〇〇万円の定期預金について(原告主張(一)(3) 別紙番号八九)

三和銀行栄町支店において、原告名古屋支店名義で五円のスーパー定期と一〇〇万円の三ケ月期日指定の定期預金がなされている旨記載された通帳が存在するが、右支店には原告名古屋支店名義では五円の預金しかなされていないことが認められる(書証略)。右通帳の作成は、被告が関わったものであるところ、なぜそのような通帳が存在するのか不振をぬぐえないところであるが、そもそも原告に一〇〇万円の預金が存在したか否か明らかでないのであって、被告が名古屋支店の一〇〇万円の定期預金を解約し、これを領得したとまでは認められない。

(五) 被告の母の死亡を理由とする弔慰金について(原告の主張(一)(4) 別紙番号九〇)

平成八年一〇月二三日に、原告が、被告に対し、被告の母死亡を理由に弔慰金五万円が支払っていること、被告が自殺未遂をはかり、病院に入院した後、木本が被告と連絡をとるために被告の実家に連絡したところ、死亡したと報告されていた被告の母親が存命していることが判明したことが認められる(書証略)。

被告は、これを否定するところであるが、原告に対する被告の母が死亡したとの申出を被告以外の者がすることはおよそ考えられないのであり、これによれば、被告は、母親が死亡したとして原告から五万円を騙取したといえる。

(六) 以上より、別紙記載のうち、一から二三、二五、二六、二八ないし八八、九〇について、被告が原告より金員を騙取したことが認められる。ただし別紙番号八六については、退職するに際して被告が立替金を請求したため、福井が個人の預金から被告に支払ったものであって(証拠略)、原告が右金員を出捐したとまで認めるに足りる証拠はない。また前述のとおり別紙番号八八については、被告の領得した金額は六一八円である。

従って、本件不正行為により原告が被った損害額は、四〇六九八九〇円である。また本件における弁護士費用としては四〇万円が相当である。

二  争点2について

前述のとおり、本件において、被告に不正行為があったことは認められ、これが懲戒事由(就業規則六二条五号 第九五の一)となることは明らかである。そして原告の退職金規定には、退職金支給までに在職中の行為について懲戒理由が発見された場合には退職金を支給しない旨の規定がある(書証略)。従って、右退職金規定によれば、被告には、原告に対する退職金の請求権は認められない。

三  よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 和田健)

別紙(略)

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