大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)9862号 判決 1998年10月29日

甲事件=原告

清水照子

被告

東忠昭

乙事件=原告

清水照子

被告

国富嘉和

主文

一  甲事件被告は、原告に対し、六八万九九一〇円及びこれに対する平成八年一〇月三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  乙事件被告は、原告に対し、三九八〇円及びこれに対する平成九年三月二三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と甲事件被告との間に生じたものは、これを一〇〇分し、その八五を原告の負担の、その余を甲事件被告の負担とし、原告と乙事件被告との間に生じたものは、全部原告の負担とする。

五  この判決の第一、第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(甲事件)

甲事件被告(以下「被告東」という。)は、原告に対し、四七七万〇七二九円及びうち一三二万八七六二円に対する甲事件訴状送達の翌日から、うち三四四万一九六七円に対する平成九年三月三日付「訴の変更(拡張」申立書」と題する書面送達の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

乙事件被告(以下「被告国富」という。)は、原告に対し、三四二万四二八八円及びこれに対する乙事件訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を払え。

第二事案の概要

(甲事件)

本件は、原告の運転する自転車に被告東が運転する自動車のドアが当たった事故に関し、原告が負傷したなどとして、被告東に対し、民法七〇九条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

(乙事件)

本件は、原告が、自転車に乗って横断歩道を横断中、被告国富の運転する自動車に衝突されて負傷したなどしたとして、民法七〇九条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

(甲事件)

以下は当事者間に争いがない。

1  被告東は、平成五年五月二七日午前九時二〇分ころ、大阪市都島区片町一丁目四番一一号先路上で、普通貨物自動車(大阪四一ち二九二、以下「被告東車両」という。)を停車すべく、右道路歩道に右車両を乗り上げて停止してドアを開けたところ、右歩道上を走行していた原告運転の自転車に右ドアがあたった(以下「本件甲事故」という。)。

2  本件甲事故は、被告東の過失によって発生した。

3  被告東は原告に一八万円支払った。

(乙事件)

以下のうち1、2は当事者間に争いがなく、3は丙四より認められる。

1  被告国富は、平成六年三月一五日午後一時五四分ころ、普通貨物自動車(大阪四七の三一三一、以下「被告国富車両」という。)を運転して、大阪市鶴見区安田二丁目六番先交差点(以下「本件乙事故交差点」という。)を左折した時、折から横断歩道上を自転車を運転して渡っていた原告の右自転車にあて、そのため右自転車は歩道の縁石にあたり、原告が同自転車から飛び降りた(以下「本件乙事故」という。)。

2  本件乙事故は、被告国富の過失によって発生した。

3  被告国富は、治療費として二万三四八〇円を支払った。

二 (争点)

(甲事件)

1  事故の態様及び過失相殺

(一) 原告の自転車のスピード

(1) 原告の主張 歩くくらいゆっくりだった。

(2) 被告東の主張 通常の自転車の走行速度より早い程度の相当のスピードだった。

(二) 衝突の内容

(1) 原告の主張 被告東車両のドアが自転車のハンドルを押し出すようにぶつかり、その衝撃で原告の乗った自転車が飛ばされて、右ハンドルのカーブ部分がまっすぐに変形した。

(2) 被告東の主張 ドアが開いた後、自転車が右ドアの角にぶつかった。

(三) 事故後、被告東が原告を抱いて落とした事実があるか。

(1) 原告の主張 事故後、被告東が原告を抱いて落とした。被告東が清水にその事実を告げた。

(2) 被告東の主張 原告が主張するような事実はない。

(四) 原告の過失

(1) 被告東の主張 原告にはスピードが出していたこと、前方不注視があるので、少なくとも一〇パーセントの過失があった。

(2) 原告の主張 原告はスピードも出していないし、前方不注意もないので、斟酌すべき過失はない。

2  原告の損害

(一) 原告の傷害

(1) 原告の主張 原告は本件甲事故により、左側胸部打撲、臀部打撲、左前腕打撲、右下腿打撲挫創、外傷性頸椎症の他に、腰部打撲、脳しんとうに加え脳挫傷の傷害を受けた。カルテの頭部外傷性Ⅱ型は脳挫傷というべきである。

(2) 被告東の主張 原告は本件甲事故により、脳しんとう、左側胸部打撲、臀部打撲、左前腕打撲、右下腿打撲挫創、外傷性頸椎症の傷害を受けたのみである。腰部打撲は本件甲事故とは受傷部位がまったく異なる。カルテの頭部外傷性Ⅱ型は脳しんとうにすぎない。

(二) 原告の損害

(1) 原告の主張 以下の合計四九五万〇七二九円から前記一八万円を引いた四七七万〇七二九円である。

<1> 明生病院治療費 八七万九九六〇円

<2> 明生病院入院付添費 二万八〇〇〇円

<3> 明生病院通院付添費 三万二〇〇〇円

<4> 明生病院通院交通費 四万一三二四円

<5> 物損 以下<1>ないし<8>の合計 一三万九四七一円

紙おむつ、アイスノンなど 七六六二円

自転車代 三万三七〇〇円

皮靴 四八〇〇円

サングラス 二万三六〇〇円

眼鏡 二万五〇〇〇円

財布 四〇九九円

上着一着 二万七八一〇円

スカート 一万二八〇〇円

<6> 明生病院入通院慰籍料 二五万四二〇〇円

<7> 遅延損害金 一三万三八〇七円(右<1>について支払ってもらえなかったために原告が明生病院に支払ったので、平成六年四月から平成八年九月までの遅延利息)

<8> 坂部整形外科の治療費 一六八万八〇四二円

<9> 坂部整形外科の治療慰籍料 一六〇万円

<10> 遅延損害金 一一万四七八五円(右<8>について支払ってもらえなかったために原告が坂部整形外科に支払った平成七年八月から平成九年二月までの遅延利息)

<11> コルセット代 三万九一四〇円

(2) 被告東の主張 原告の損害のうち平成五年一〇月末までの腰の治療以外の損害は争う。本件甲事故による傷害は遅くても平成五年一〇月末ころに症状が固定していた。坂部整形外科の治療(初診平成六年五月七日)の分は本件甲事故とは受傷部位が異なることや前記症状固定日から相当因果関係がない。また、原告は、本件甲事故以前にも事故に遭って、本件甲事故の前日にも、首と腰の牽引治療を続けてきており、原告の損害のうち右以前の事故による寄与割合は、二、三割はあった。

(乙事件)

1  事故態様及び過失相殺

(一) 事故態様

(1) 原告の主張 青信号に従い横断歩道を自転車で走行中、急に左折してきた被告国富運転の被告国富車両に自転車があたり、その衝撃で前に押し出され、自転車は斜め前方に走り出し、歩道の段差にぶつかり、その衝撃で自転車は後ろ向きに走り出したため、原告は自転車から飛び降りて、尾骨周辺がサドルにぶつかった。

(2) 被告国富の主張 事故態様はおおむね原告の主張するとおりだが、激しくぶつかったのではなく、軽く接触した程度に過ぎなかった。この事故で、原告が、尾骨周辺をサドルで打ったかは知らない。

(二) 原告の過失

(1) 被告国富の主張 横断歩道上を自転車に乗って渡ってはいけなかったこと、被告国富車両の動静に注意を払わなければいけなかったことから、少なくとも原告には一〇パーセントの過失がある。

(2) 原告の主張 原告には過失はない。歩行者優先(自転車走行も入る。)だから、横断歩道上を自転車に乗って走行したことを、原告の過失として斟酌すべきではない。原告は、横断歩道を渡る前と、横断歩道のほぼ中央付近で左右を確認したが、その時、被告国富車両は見えなかった。それから対面歩行者用信号を見ていたら、ぶつけられたに過ぎないから被告国富車両など車両の動静を注意する義務違反はない。

2  損害

(一) 原告の傷害

(1) 原告の主張 尾骨周辺の打撲

(2) 被告国富の主張 尾骨周辺の打撲は知らない。あっても尾てい骨周辺の擦過傷くらいで、一週間くらいの傷だった。

(二) 原告の損害

(1) 原告の主張 以下の合計 三四二万四二八八円

<1> 明生病院治療費 三九八〇円

<2> 坂部整形外科病院の治療費 一六八万八〇四二円

<3> 坂部整形外科病院の治療慰藉料 一六〇万円

<4> 遅延損害金 七万六七一〇円(右<2>について支払ってもらえなかったために原告が坂部整形外科に支払った平成七年九月から平成九年二月までの遅延利息)

<5> コルセット代及びその他の物品損害 五万五五五六円

(2) 被告の主張 原告の損害は争う。原告が主張する損害が発生するほど傷害ではなかった。

第三争点に対する判断

(甲事件)

一  事故態様、過失相殺について

1 前記第二の(甲事件)一の事実、証拠(甲A一、乙一ないし三、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右認定事実に反する部分は採用できない。

(一) 被告東は、仕事に使う道具を買うため被告東車両を運転して、鍵中商店に向い、同店の前に駐車するため本件甲事故現場である大阪市都島区片町一丁目四番一一号先の横断歩道に同車両を乗り上げて、運転席から右前部ドアを開けた後、右横断歩道上を走行していた原告運転の自転車が同ドアの角にぶつかった。

(二) 原告は、本件甲事故現場付近の歩道を自転車に乗って走行していた時、原告自転車の前に被告東車両が歩道に乗り上げて止まったが、そのまま進行したら、急に同車両の右側前部ドアが開いたので避けきれず、右自転車と右ドアが接触して、転倒して本件事故に遭った。

2 なお、原告の自転車の速度については、被告東は相当のスピードであったと主張し、乙二(被告東の陳述書)には右主張にそう部分があるが、一方原告はゆっくりした速度であったと主張し、お互いに異なる主張をしているし、右のような当事者の陳述以外、第三者の証言や客観的な証拠等的確な証拠もないので、いずれとも判断できかねるから、原告運転の自転車は通常の速度であったと推認すべきである。また、衝突の態様について、原告は、被告東車両のドアが自転車のハンドルを押し出すようにぶつかり、その衝撃で原告の乗った自転車が飛ばされて、右ハンドルのカーブ部分がまっすぐに変形したと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠もなく、自転車が猛スピードではなく通常の速度で自動車のドアに衝突したことに起因する事故態様からすると、金属性であろう自転車のハンドルがまっすぐに変形するとは通常考えられないから、原告の右主張は採用できない。さらに、原告は、本件甲事故後、被告東が原告を抱いて落とした、被告東が原告にその事実を告げたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠もなく、原告の右主張も採用できない。

以上によれば、元来被告東には被告東車両のドアを開けるとき、後ろから自転車などが来るかもしれないので、後方を十分確認して右ドアを開けるべきなのに、さらに、歩道上に被告東車両を乗り上げた上、右義務を怠った過失があったといえるし、それが本件甲事故の主要な原因であったといってよく、原告の前で被告東自動車が横断歩道に乗り上げてきたのであるから、原告は、前方を注視して同車両のドアが開いて人が降りてくるかもしれないことを予測し適切な退避措置を講ずべきであったともいえなくないが、前記被告東の過失の内容やその他の事故の態様からすると、被告東の過失に比べ原告のは極めて些細なものといえるから、それを過失相殺の過失として斟酌するのは相当ではないというべきである。

二  原告の損害について

1 証拠(甲A一、四、五、一四、一九ないし二二、乙一、三、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定事実に反する部分は採用できない。甲A二九も同様な理由で採用できない。

(一) 原告は、昭和八年四月二〇日生まれの女性で、本件甲事故当時は六〇歳であった。

(二) 原告は、本件甲事故により路面に転倒して、脳しんとう、右側胸部打撲、臀部打撲、左前腕打撲、右下腿打撲挫創、外傷性頸椎症の傷害を負った。

(三) 原告は、本件甲事故現場から救急車で搬送され、平成五年五月二七日から同年六月八日まで、明生病院に入院した。来院当初、原告は、傾眠状態であったが、除々に意識が改善され、脳外科で診察を受け、頭部のC・T、X線検査を受けたが異常は認められず、念のため経過入院となった。原告は、入院後、仙骨・尾骨部痛を強く訴えたので、X線(尾骨・骨盤)、CT(骨盤)検査をしたが特に異常はなかったし、他に腰のMRI検査もしたが異常はなく、他覚的所見は認められなかった。原告は、点滴やレントゲンを嫌い、診察に非協力的になっていき、不定愁訴が増えるばかりであった。原告の治療は、当初より痛み止めの服用を拒否し、湿布薬の処方くらいであった。

(四) 原告は、明生病院退院後の平成五年六月九日から平成六年三月二九日まで、同病院に通院した。原告は、右通院で、後頸部痛、臀部痛、めまい、むかつき、嘔吐感を訴えたが、SLR伸展下肢挙上テストなど検査で特に異常は認められず、湿布薬のみの処方にとどまった。また、原告は、痛み止めの服用を肝臓に悪いと言って拒否していた。原告は、平成五年九月二〇日から三日間、同病院で腰の牽引をしてもらったが、顔がむくみ、痛いと訴え、中止した。原告は、平成五年八月ころまでには、炊事洗濯を一人でやれるようになっていた。原告を診ていた明生病院の担当医は、平成五年一〇月一三日には、原告の状態を診て、原告の症状がぼちぼち固定してきたとの意見を持った。

(五) 原告が坂部整形外科に通院を始めたのは平成六年五月七日からであった。

(六) 原告は、本件甲事故による傷害を受ける前、平成二年、原告の夫の運転する自動車に同乗していて交通事故に遭い、頸部に傷害を受け、福西外科で頸部の牽引治療を受けており、右事故の一、二か月後、自転車に乗って走行中、バイクと接触して路上に捨ててあった冷蔵庫に腰部を打撲する傷害を負い、右ふたつの事故による頸部打撲、腰部打撲の治療のため本件甲事故のあった日の前日まで、同病院に通院し頸部、腰部の牽引を継続していた。

2 原告は、本件甲事故により、脳しんとう、左側胸部打撲、臀部打撲、左前腕打撲、右下腿打撲挫創、外傷性頸椎症の他に、腰部打撲、脳挫傷の傷害を受けたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠がない。また、原告は、カルテの頭部外傷性Ⅱ型は脳挫傷というべきであるとも主張するが、頭部外傷性Ⅱ型は通常は脳しんとうを指し、意識障害がないか、あっても一過性に過ぎないものであることが多いが、証拠によっても原告が右以上の傷害を負ったと認めるに足りる的確な証拠がない。したがって、原告が本件甲事故により受けた傷害は、前記認定のとおり脳しんとう、左側胸部打撲、臀部打撲、左前腕打撲、右下腿打撲挫創、外傷性頸椎症だけであった。

以上によると、原告の訴える症状は他覚的所見がなく、いずれも愁訴のみであり、明生病院における治療ももっぱら原告の愁訴に応じて継続されたことが窺われるから、原告が本件事故によって前記傷病名の傷害を受けたことまでは否認できないものの、原告が受けた傷害の程度は比較的軽微であり、これに当初から保存的治療のみがおこなわれ、原告は、平成五年八月ころまでには、炊事洗濯を一人でやれるようになり、原告を診ていた明生病院の担当医は、平成五年一〇月一三日には、原告の状態を診て、原告の症状がぼちぼち固定してきたとの意見を持っていたなどの事情をも総合すると、原告の右症状は平成五年一〇月末には固定していたものと認めるのが相当である。

また、原告は、平成二年にふたつの交通事故に頸部打撲、腰部打撲の治療のため、本件甲事故のあった日の前日まで、福西病院に通院し頸部、腰部の牽引を継続していたということであったから、原告に右のような要因があったところ、それが本件甲事故によって頸部等にさらなる衝撃を受け、明生病院での頸部等の治療となったと言えるし、本件甲事故後も以前の右傷害についての治療も併せて施行されたとも推測できるから、損害の公平な分担の見地から民法七二二条二項を類推適用して、原告に生じた損害から少なくもその二割を控除するのが相当である。

3 原告の損害

右を前提にすると、原告は、本件事故により次のとおりの損害賠償請求権を取得したと認められる。なお、坂部整形外科の通院にともなう損害については、前記のとおり症状固定日が平成五年一〇月末で、坂部整形外科通院がその六か月以上後の平成六年五月七日であったから、本件甲事故と相当因果関係を認めることはできない。

(一) 治療費 七七万八八八八円

甲A七ないし九によれば、原告は、入院治療費として五七万七三六〇円を負担したことが認められる。原告は、甲A六及び弁論の全趣旨によれば、明生病院に平成五年六月九日から平成六年三月二九日まで実通院日数四九日間通院し、治療費として二九万九二四〇円を負担したこと、前記のとおり原告の症状固定日が平成五年一〇月末日までの通院日数が三三日間であったことが認められるから、次の計算のとおり右固定日までの治療費は二〇万一五二八円(円未満切捨て、以下同じ。)と推認することができる。六八万一一七七円は以上の入院及び通院治療費の合計である。

計算式 299,240×33/49=20,1528

(二) 入院付添費 五万八五〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告が明生病院に入院中であった一三日間に原告の家族がこれに付き添ったことが認められるところ、右金銭に換算すれば一日当たり四五〇〇円とするのが相当であるから、右合計は五万八五〇〇円となる。

なお、原告は、通院付添費の請求もしているが、前記認定の症状から通院付添が必要であったとは認め難い。

(三) 通院交通費 〇円

甲A二、一六及び弁論の全趣旨によれば、原告は症状固定日まで明生病院への通院に際し、タクシーを利用していたことが認められるが、前記原告の症状から右タクシー使用の必要性が認め難く、ほかにこれを認めるに足りる的確な証拠もないので、通院交通費に関する原告の主張は採用できない。

(四) 慰藉料 二五万円

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件甲事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二五万円をもってするのが相当である。

(五) 物損 〇円

原告は、本件甲事故により物損として一三万九四一七円の損害を被ったと主張し、甲A一七、一八の各領収書を提出するが、仮に右証拠から原告が右領収書分の支出をしたと認められても、紙おむつ、アイスノン等代以外については、原告主張の物損の購入価格及び本件甲事故当時の残存価格または再調達価格を判断する証拠として不十分であり、ほかにこれを認めるに足りる的確な証拠がないこと、また、右のような身の回りの損傷による使用価値の喪失は慰藉料額の算定に当たって考慮するのが相当であること、紙おむつ、アイスノン等代七六六二円についても、これを必要と認めるに足りる的確な証拠がないので、原告の右主張は採用できない。

(六) 遅延損害金 〇円

原告は、遅延損害金名目の損害を主張し、甲A一五を提出するが、右証拠は手書きの西川アサ名の簡単な書面で、これ自体不自然さを免れないばかりか、右書面がいかなる目的で作成されたのかも不明であるから、これだけでは、原告の右主張を認めるに足りる証拠とはなり得ず、他にこれを必要と認めるに足りる的確な証拠がないので、原告の右主張は採用できない。

(七) コルセット代 〇円

原告は、コルセット代を本件甲事故による損害として主張するが、前記認定の本件甲事故による原告の傷害、症状及び治療経過からすると、特に原告が本件甲事故による傷害によりコルセットが必要になったとは認め難いし、他に右必要性を認めるに足りる的確な証拠もないので、原告の右主張は採用できない。

三  結論

以上によると、原告の損害は一〇八万七三八八円となるところ、これに寄与度減額二割を控除すると八六万九九一〇円となり、更に被告東が原告に支払った一八万円を差し引くと残額が六八万九九一〇円となる。

したがって、原告は被告東に対し、六八万九九一〇円及びこれに対する本件甲事故の日の後の日である平成八年一〇月三日(訴状送達の翌日であることは当裁判所に顕著な事実である。)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をもとめることができる。

(乙事件)

一  事故態様、過失相殺について

1 前記第二の一の事実、証拠(甲B一、一七、丙二、三、五、七、八、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右認定事実に反する部分は採用できない。

(一) 本件乙事故交差点は、南北に通ずる道路(以下「南北道路」という。)と東西に通ずる道路(以下「東西道路」という。)とが交差する信号機により交通整理の行われている交差点で、東西に横断歩道が設けられており、南北道路、東西道路とも歩車道の区別がある。また、南北道路の最高速度は、時速五〇キロメートルで、東西道路の最高速度は、時速四〇キロメートルと規制されている。また南北道路、東西道路とも駐車禁止規制があった。

(二) 被告国富は、東西道路西向車線を被告国富車両を運転し、対面信号が青色であったため、徐行しながら、本件乙事故交差点を左折したところ、原告が運転している自転車が本件乙事故交差点南詰横断歩道を西から東に渡って来るのが見えたが、そのまま徐行して進んでも被告国富車両が右自転車より先に右横断歩道を通過し衝突することはないと軽信し、そのまま左折を続けたところ、右自転車の速度が以外に早かったため、衝突の危険を感じて急制動の措置を講じ、被告国富車両を右横断歩道上で停止させたが、被告国富車両前部ナンバープレートと原告運転の自転車の後スタンドの左側等が接触した。

(三) 原告は、本件乙交差点南西角歩道から対面歩行者用信号が青色であったことを確認し、さらに左右を確認し、自転車に乗って本件乙交差点南詰横断歩道を西から東に渡っていたところ、被告国富車両が東西道路西向車線から左折して右横断歩道の原告自転車の前を通過しようとしたため、衝突の危険を感じて右自転車のハンドルを切ったが、避けられず接触して本件事故に遭った。

2 以上によれば、被告国富には原告運転の自転車が横断歩道を渡ってくるのを知りながら、先に右横断歩道を通過できると軽信し、漫然と左折を続けたことにより本件乙事故を起こした過失があるといわなければならない。一方、原告は、自転車で横断歩道上を運転して渡っていて、厳密にいえば自転車は横断歩道を通行することは道路交通法上予定していないが、自転車が車道の自動車の危険を避けるため保護を求めて横断歩道上を通行していたとしてもやむを得ない面があり、仮に横断歩道の通行が過失として考えられるにしても、被告国富の過失に比べきわめて些細なものといえるから、原告が横断歩道上を自転車を運転して渡っても、それを過失相殺の過失として斟酌するのは相当でないと解すべきであり、前記認定の事故態様からすると、原告にはその他斟酌すべき過失を認めるに足りる事情は認められない。なお、原告は接触でなく、激しい衝突であったと主張し、甲B一七、一八、原告本人尋問の結果などで自転車の泥よけ部分のくぼみやかごの損傷を強調するが、右くぼみなどだけから激しい衝突があったとするのに十分でなく、かごについては、右証拠だけからは本件乙事故で発生したか不明であり、他にこれを認めるに足りる的確な証拠もないので、原告の右主張は採用できない。

二  原告の損害について

1 第三の(乙事件)一の事実、証拠(甲B一ないし五、丙一ないし三、七、八、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右認定事実に反する部分は採用できない。

(一) 原告は、昭和八年四月二〇日生まれの女性で、本件乙事故当時は六〇歳であった。

(二) 原告は、本件乙事故により、自転車に乗ったまま右前方に押し出され、右自転車が歩道の段差にぶつかって、その衝撃等で右自転車が後退し、右自転車から飛び降りた原告の腰あたりが、右自転車のサドルにぶつかっただけで、転倒もしなかった。原告は、本件乙事故により、腰部打撲の傷害を負った。

(三) 原告は、本件乙事故後の平成六年三月一五日、二二日の二日間、明生病院に通院したが、治療は検査と投薬のみで、原告を診察した明生病院の医師は、治療見込み期間として腰部打撲により平成六年三月一五日から同月二三日の九日間と判断した。

(四) 原告は、平成六年五月七日、坂部整形外科を受診し、頸部捻挫、腰部筋挫傷、右膝打撲の診断名で、同日から平成七年八月五日まで、同病院に通院したが、他覚的異常所見は認められず、もっぱら原告の右部位に対する理学療法をするに止まった。

(五) 原告は、本件乙事故直後、被告国富に対し、「サドルで尾てい骨を打って少し痛い。」「前に事故をやっているので不安だから医者に連れて行って欲しい。」と訴え、被告国富車両に乗せてもらい、明生病院、警察に行った後、再び本件乙事故交差点に戻り、現場検証をした後、被告国富車両に乗って、ペットショップに行ってから自宅に送ってもらった。

(六) 原告は、本件乙事故の三日後くらいには自転車に乗っていた。

2 以上によると、原告は、本件乙事故により腰部打撲の傷害を負ったといえるが、その訴える症状は他覚的所見がなく、愁訴のみで、治療も投薬にとどまり、明生病院の医師も九日間の治療を要する程度と判断しており、事故の態様も前記のとおり転倒もせず、自転車が反動で後退した時腰あたりを打った程度のものに過ぎず、これに本件乙事故後の原告の行動も考慮すると、右傷害の程度は軽微であり、事故後九日間でほぼ治癒し、日常生活に支障はなくなり、そのころ症状が固定したと認めるのが相当である。なお、前記認定のとおり、原告は、坂部整形外科病院に受診し、頸部捻挫、腰部筋挫傷、右膝打撲の傷害があるとの診断を受けた事実が認められるが、前記認定のとおり、本件乙事故直後の明生病院とは傷病名が異なり、前記判断のとおり、本件乙事故により受けた原告の傷害は軽微であり、事故後九日間でほぼ治癒していたと認めるのが相当であるが、原告が坂部整形外科を受診したのは、右期日をかなり過ぎた本件乙事故の五〇日以上後の平成六年五月七日であったことなどからすると、本件乙事故と原告が坂部整形外科で受けた頸部捻挫、腰部筋挫傷、右膝打撲の傷害及びそのための治療等とは相当因果関係があるとは認めることができない。

3 原告の損害

右を前提にすると、原告は、本件乙事故により次のとおりの損害賠償請求権を取得したと認められる。なお、坂部整形外科通院にともなう損害については、前記のとおり本件乙事故と相当因果関係を認めることはできない。

(一) 治療費 三九八〇円

甲B一五、丙一、四及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件乙事故と相当因果関係のある明生病院の治療費は二万七四六〇円であるところ、被告国富が二万三四八〇円を支払っているから、残額は三九八〇円となる。

(二) 遅延損害金 〇円

これを必要と認めるに足りる的確な証拠がないので、原告の右主張は採用できない。

(三) コルセット代及びその他の物品代 〇円

必要性など本件乙事故と相当因果関係を認めるに足りる的確な証拠もないので、原告の右主張は採用できない。

三  結論

以上によると、原告の損害は三九八〇円となるから、原告は被告国富に対し、三九八〇円及びこれに対する本件乙事故の日の後の日である平成九年三月二三日(訴状送達の翌日であることは当裁判所に顕著な事実である。)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をもとめることができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎敏郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例