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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)2613号 判決 1997年2月07日

原告

木下利明

ほか一名

被告

葛井伸泰

主文

被告らは、各自、原告らに対し、各金九一一万一三一四円及び右各金員に対する平成七年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告らに対し、金三〇一八万六三八八円及びこれに対する平成七年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点において信号待ちをしていた歩行者が、普通乗用自動車と自動二輪車との衝突事故に巻き込まれて死亡した事故に関し、歩行者の遺族が、普通乗用自動車及び自動二輪車の各運転手に対して、主位的に自動車損害賠償保障法三条、従位的に民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含み、( )内に認定に供した証拠を摘示する。)

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成七年六月四日午後三時二三分ごろ

(二) 場所 兵庫県尼崎市杭瀬本町三丁目二番三五号先国道二号線歩道上

(三) 加害車1 被告葛井伸泰(以下「被告葛井」という。)運転の普通乗用自動車(登録番号神戸七八の九一六〇、以下「葛井車」という。)

(四) 加害車2 被告堀裕也(以下「被告堀」という。)運転の自動二輪車(登録番号一姫路か七七六一、以下「堀車」という。)

(五) 事故の態様 被告葛井が、本件道路を神戸方面から大阪方面に向かつて走行して事故現場の杭瀬交差点にさしかかり、青信号に従つて右折しようとしたところ、折から対向車線上を直進してきた被告堀運転の自動二輪車に衝突した。

被告堀は衝突直後に横倒しになつた自動二輪車で滑走してガードレールに衝突し、その勢いで前方に身体を投げ出されて、信号待ちのために舗道上に立つていた木下卓也(以下「卓也」という。)に衝突し、卓也は数メートルはねとばされて後頭部を路面に打ち付けてその結果脳挫傷を直接の原因として平成七年六月一七日に死亡した。

2  被告堀の責任

被告堀は、堀車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、また、本件交差点を直進通過しようとした際、対向から右折する車両に注意し、できる限り安全な速度と方法で進行すべきであるのにこれを怠つた過失により本件事故を発生させたから、主位的に自動車損害賠償保障法三条により、従位的に民法七〇九条により、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。

3  原告木下利明(以下「原告利明」という。)及び原告木下順子(以下「原告順子」といい、原告利明及び原告順子を「原告ら」という。)は、卓也の父母で、卓也の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

4  原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から、本件事故に関して三四七九万八七八八円(内治療費分一五四万七八七四円(弁論の全趣旨))の支払いを受けた。

二  争点

1  被告葛井の行為と卓也の死亡との因果関係

(原告の主張)

本件事故現場は高速で走行する車両もある幹線道路であつて、高速で走行している自動二輪車につき衝突事故が発生すれば、その乗員が歩道まで飛ばされることは通常起こりうることである。

(被告葛井の反論)

被告葛井は、被告堀と衝突したのみであり、被告堀が衝突後に飛んで卓也に衝突することは特別事情であつて被告葛井には予見可能性がなく、相当因果関係がない。

2  被告葛井の責任

(原告らの主張)

被告葛井は、葛井車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、また、対向車線上の車両の動静を確認して右折を開始すべきであるのにこれを怠つた過失により本件事故を発生させたから、主位的に自動車損害賠償保障法三条により、従位的に民法七〇九条により、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。

被告葛井と被告堀は共同の不法行為によつて卓也を死亡させたのであるから、本件事故によつて原告らに生じた損害を連帯して賠償する責任がある。

(被告葛井の反論)

被告葛井は、堀車との距離が一一〇・五メートルあつて十分に右折が可能であることを確認して右折したのであつて過失はない。

仮に過失があるとしても、卓也が死亡した最大の原因は被告堀の無謀な運転行為にあり、被告らの間の過失割合は被告葛井の二、被告堀の八というべきである。

3  損害

(一) 治療費 一六九万〇二三〇円

(二) 付添看護費 一四万〇〇〇〇円

卓也は本件事故により、意識不明の重篤な状態が続き、父母である原告らが交代して看護することが必要不可欠であつた。

(三) 入院雑費 一万八二〇〇円

卓也は、一四日間入院し、一日当たり、一三〇〇円の雑費を要した。

(四) 通院交通費 四万九八六〇円

原告らの付き添いが必要不可欠であつたところ、原告らは大阪市西淀川区に居住していたので、兵庫県西宮市にある病院には交通機関を使用しなければならなかつた。

(五) 葬儀関係費 二〇〇万〇〇〇〇円

(六) 逸失利益 二五六〇万二九八六円

(原告の主張)

卓也は、本件事故当時一二歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、平成六年度の賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の一八歳から一九歳の平均年収二四四万五六〇〇円を基礎に、生活費控除率を五割として、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して一八歳から就労可能上限年齢六七歳までの逸失利益の現価を算出すると右のとおりである。

(算式)2,445,600×0.5×20.938

(七) 死亡慰謝料 三三〇〇万〇〇〇〇円

(八) 近親者の休業損害 七八万三九〇〇円

(1) 原告利明分 四六万九九〇〇円

原告利明は、当時の月額給与四六万九九〇〇円であつたところ、卓也の付添看護及び葬儀等のため、平成七年六月五日から同年七月五日までほぼ一か月間欠勤した。

(2) 原告順子分 三一万四〇〇〇円

原告順子は、卓也の付添看護及び葬儀等のため、平成七年六月五日から同年七月二一日までのうち三八日間欠勤し、三一万四〇〇〇円の減給を受けた。

(九) 弁護士費用 一七〇万〇〇〇〇円

第三争点に対する判断

一  被告葛井の行為と卓也の死亡との因果関係、被告葛井の責任、被告らの過失割合

1  証拠(甲第九の一から四まで、第九の一〇から一四まで、被告堀、被告葛井)によれば、

本件事故現場は、東西に伸びる道路とほぼ南西から北東に伸びる道路とが交わる信号機による交通整理の行われている交差点であつて、いずれの道路も歩車道の区別があり、東西道路は本件交差点の東側では幅員約二〇メートル(中央分離帯部分〇・七メートルを含む。)の五車線、西側では幅員約一七メートルとなつていること、本件事故現場付近の道路は市街地に位置し、最高速度は時速五〇キロメートルに制限され、路面はアスフアルト舗装され、平坦で、本件事故当時は乾燥していたこと、本件交差点付近における東西道路の進路前方の見通しは良いこと。

被告葛井は、本件事故当時、友人を同乗させ、行き先を決めずに大阪へ行くため、東西道路を東進し、本件交差点を右折しようとしていたこと、被告葛井は、対面信号が青であるのを確認し、別紙図面<1>地点(以下地点符号のみ示す。)で、右折の方向指示器の合図を出し、<2>で停車し、対向車数台をやり過ごした後、堀車を発見し、交差点南詰めの横断歩道の歩行者の有無を確認し、堀車が進行してくる方向を確認することなく、時速約一〇キロメートルで右折のため発進したこと、堀車を発見し、同車から目を離して発進するまでには二、三秒あつたこと、

被告堀は、本件事故当時、三時から始まるアルバイト先に向かうため東西道路を西進していたが、三時一〇分に出発したため、急いでいたこと、被告堀が本件交差点の東側約二〇〇メートルの交差点を信号待ちの後発進した時、堀車の前方を走行していた車は本件交差点付近を走行していたこと、被告堀は、<ア>で<1>の葛井車を発見したが、スピードを落とさずに、時速七〇から八〇キロメートルで、そのまま進行し、<ア>'で葛井車が右折発進するかもしれない旨意識し、<イ>'で約三七メートル先の葛井車が右折してくるのを発見し、ブレーキはかけずにハンドルを左に切つたこと、

被告葛井は、<3>で約一三・五メートル先の<イ>の堀車を発見し、ブレーキを踏んでハンドルを切つたこと、

堀車と葛井車とは<×>で、葛井車の前部バンパー左側と堀車の右側面とが擦過するように衝突したこと、衝突後、葛井車は<5>に停車し、堀車は転倒し、滑走しつつ、<ウ>でガードレールに衝突して停止し、被告堀は、堀車から放り出され、<ウ>から約一・五メートルの距離の<エ>で、歩道にいたの卓也と衝突し、更に<エ>から三・八メートルの<オ>に転倒したこと

以上の事実を認めることができる。

2  1の事実によれば、

(一) 卓也の死亡という結果は、直接的には、交差点内において、堀車が高速で転倒、滑走し、ガードレールに衝突した同車から投げ出された被告堀の身体が、歩道にいた卓也と衝突して発生したものであるが、交差点内で、自動車が直進走行する自動二輪車と接触、衝突した場合、自動二輪車が高速で転倒、滑走し、その乗員が車両から投げ出されることはしばしば見られるところであつて、そのような危険な状態を誘発し、その結果、衝突事故の当事者以外の第三者の生命身体に危険な結果が生じることは、自動車の運転手にとつて予見可能な範囲内にあるというべきであり、被告葛井の右折運転行為と卓也の死亡との間には相当因果関係があるといわなければならない。

(二) また、被告葛井には、交差点において右折する際に左前方を対向進行してくる堀車の動静に対する注意を欠いた過失があるといわざるを得ない。

他方、被告堀には、最高速度は時速五〇キロメートルに制限されている道路を走行中に、右折のため停止している葛井車を発見したにもかかわらず、時速七〇から八〇キロメートルで走行を続けた過失があるから、本件事故に関する被告ら相互の過失割合は、概ね、被告堀の四、被告葛井の六と解するのが相当である。

(三) そうすると、被告らは、同一場所、同一機会に、双方の過失により本件事故を惹起したのであるから、共同不法行為者の関係に立つものということができ、原告らに生じた後記損害額の全額につき、不真正連帯債務者として、賠償する責任を負うこととなる。

二  原告らの損害について

1  損害

(一) 治療費 一六九万〇二三〇円

証拠(甲第四)によれば、卓也の本件事故による負傷に対する治療費として、一六九万〇二三〇円を要したことを認めることができる。

(二) 付添看護費 七万〇〇〇〇円

証拠(甲第二から第四、第九の七から九まで、第一三、原告利明)によれば、卓也(昭和五七年一一月一五日生まれ、当時一二歳)は本件事故当日である平成七年六月四日に兵庫県立西宮病院に搬送され、頭蓋底骨折、脳挫傷、外傷性くも膜下出血の症病名で同病院に入院し、集中治療室で治療を受けていたが、意識を回復することなく、入院一四日目の同月一七日に死亡したこと、卓也の両親である原告らは入院期間中病院に通い待機していたこと等の事実を認めることができ、重体で生死の境にあるような者については、入院期間中集中治療室で治療を受けていたとしても、社会常識上近親者による付添看護の必要性を認めるのが相当であるから、付添看護費(付添に伴う諸経費を含む。)としては、一日当たり五〇〇〇円の合計七万円を要したと解する。

(三) 入院雑費 一万八二〇〇円

前記(二)のとおり、卓也は、本件事故により一四日間入院したものであり、一日当たり、一三〇〇円の雑費を要したことを認めることができる。

(算式)1,300×14=18.200

(四) 通院交通費 〇円

原告らの通院交通費については、前記(二)の付添看護費における諸経費として考慮すれば足りるから、別途認めることはしない。

(五) 葬儀関係費 一〇〇万〇〇〇〇円

葬儀関係費は一〇〇万円をもつて相当と解する。

(六) 逸失利益 二五六〇万二九八六円

証拠(甲第九の九、第一三、原告利明、弁論の全趣旨)によれば、

卓也は、本件事故により死亡した当時一二歳(昭和五七年一一月一五日生まれ)の健康な男子であつて、本件事故に遭わなければ、就労可能な一八歳から就労可能上限年齢の六七歳まで四九年間稼働することができたと解するのが相当であるから、平成六年度の賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の一八歳から一九歳の年額平均賃金二四四万五六〇〇円を算定の基礎に、生活費控除率を五割として、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算出すると二五六〇万四二〇九円となるので、卓也の逸失利益が二五六〇万二九八六円である旨の原告の主張はその限度で理由がある。

(算式)2,445,600×0.5×(26.072-5.133)

(七) 死亡慰謝料 二三〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、卓也が受傷の一四日後に意識を回復することなく死亡したこと、卓也の年齢、健康状態、その他本件に表れた一切の事情を考慮し、卓也の死亡慰謝料としては、二三〇〇万円をもつて相当と解する。

(八) 近親者の休業損害 〇円

原告らが卓也の入院期間中、卓也に付き添つたことによつて発生した休業損害については、前記(二)の付添看護費として考慮すれば足りるものと解される。

三  前記二のとおり、卓也の損害額は合計五一三八万一四一六円であるところ、前記争いのない事実によれば、原告らは、自賠責保険から、本件事故に関して三四七九万八七八八円の支払いを受け、卓也の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したのであるから、原告らの損害は各八二九万一三一四円となる。

四  弁護士費用

本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件不法行為による損害として被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告ら各自につき各八二万円とするのが相当である。

五  以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、各金九一一万一三一四円及びこれに対する平成七年六月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 石原寿記)

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