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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4846号 判決 1997年2月14日

原告(反訴被告、以下「原告」という)

株式会社たち吉

右代表者代表取締役

岡田忠治

原告

たち吉ライフサービス株式会社

右代表者代表取締役

中西信八郎

原告ら訴訟代理人弁護士

米田秀実

松井敦子

米田実

辻武司

松川雅典

四宮章夫

田中等

日積司

坂口彰洋

西村義智

上甲悌二

藤川義人

被告(反訴原告、以下「被告」という)

金子丈寛

右訴訟代理人弁護士

東畠敏明

(他四名)

主文

一  被告は、原告株式会社たち吉に対し、二一三万七〇八三円及び平成七年三月一日から支払済みまで、内金二〇〇万七〇八三円に対しては年一四・六パーセントの、内金一三万円に対しては年八パーセントの、それぞれ割合による金員を支払え。

二  被告は、原告たち吉ライフサービス株式会社に対し、四九万〇二二九円及び内金四八万四〇〇〇円に対する平成七年二月一日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告株式会社たち吉のその余の請求を棄却する。

四  被告の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告株式会社たち吉と被告との間では、本訴反訴を通じてこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告たち吉ライフサービス株式会社と被告との間では、被告の負担とする。

六  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

1  被告は、原告株式会社たち吉(以下「原告たち吉」という)に対し、五六四万六七五〇円及び内金五四二万一〇〇〇円に対する平成七年二月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員及び内金一三万円に対する同日から支払済みまで年八パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は、原告たち吉ライフサービス株式会社(以下「原告ライフサービス」という)に対し、四九万〇二二九円及び内金四八万四〇〇〇円に対する平成七年二月一日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、八六万九三〇二円及びこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが、原告たち吉の従業員であった被告に対し、貸金の返還を求めた(本訴)のに対し、被告が、原告たち吉に対する貸金返還債務については、同原告に対して有する退職金請求権と対当額で相殺したと主張し、原告ライフサービスに対する貸金返還債務については、原告たち吉が被告の退職金の中から支払う旨の合意が成立していたと主張して、原告らの請求を拒むとともに、いまだ支払われていない退職金の残額が存在するとして、原告たち吉に対し、その支払を求めた(反訴)事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

1  被告は、昭和四八年八月六日原告たち吉に雇用され、主として営業社員として勤務してきたが、平成六年一二月二七日付けの諭旨退職勧奨に応じ、平成七年一月三一日に原告たち吉を退職した(争いがない)。

2  原告らは、被告に対し、以下の通り金銭を貸し渡した(争いがない)。

(一) 原告たち吉

(1) 金四〇万円

ア 貸付日 平成五年一〇月七日

イ 弁済期及び弁済方法 平成五年一一月二五日から平成七年一〇月二五日まで、原告たち吉が被告に支払う給与及び賞与から次のとおり差し引き控除する。

給与返済 一万円

賞与返済 四万円

ウ 利息 年八パーセント

エ その他 被告が、退職又は死亡したとき、解雇されたときは、貸付金を一時に返済しなければならない。

(2) 金五七〇万円

ア 貸付日 平成六年四月一一日

イ 弁済期及び弁済方法 平成六年五月二五日から平成二四年二月二五日まで、原告たち吉が被告に支払う給与及び賞与から次のとおり差し引き控除する。

給与返済 一万三〇〇〇円

賞与返済 八万一〇〇〇円

ウ 利息 年五パーセント

エ 遅延損害金 年一四・六パーセント

オ その他 被告が退職又は死亡したときは、貸付金の残額を直ちに返済する。

(二) 原告たち吉ライフサービス 金一〇〇万円

(1) 貸付日 平成五年六月一八日

(2) 弁済期及び弁済方法 平成五年七月二三日から平成八年六月二五日まで、原告たち吉が被告に支払う給与及び賞与から次のとおり差し引き控除する。

給与返済 一万五〇〇〇円

賞与返済 七万七〇〇〇円

(3) 利息 短期プライムレートに一・五パーセント上乗せした連動金利

(4) 遅延損害金 年三〇パーセント(三六五日日割計算)

(5) その他 被告が退職したときは、貸付金の残金及び利息を直ちに返済する。

3  右貸付金の、被告の原告らに対する残債務は、次のとおりである(争いがない)。

(一) 原告たち吉に対する債務(平成七年二月二八日現在。なお、同日現在の残元本及び利息の各金額は必ずしも明かではないが、その合計額が五六四万六七五〇円であることは当事者間に争いがなく、右金額は平成七年一月三一日現在の元利金の合計額と全く同一であるから、同年二月二八日現在の残元本及び利息の各金額も、同年一月三一日現在のそれらと同一であるとみなすこととする)

(1) 平成五年一〇月七日貸付分

元本 一三万円

利息 四四〇〇円

(2) 平成六年四月一一日貸付分

元本 五四二万一〇〇〇円

利息 九万一三五〇円

(二) 原告ライフサービスに対する債務(平成七年一月三一日現在)

元本 四八万四〇〇〇円

利息 六二二九円

4  原告たち吉の従業員退職金支給規定第一二条には、次のような定めがある(争いがない)。

在職期間中、次の各号の1に該当する者に対して退職金を支給しないか、又は相当減額することがある。

(1) 従業員が就業規則第五八条各号に掲げる行為により懲戒解雇を受け、又これらの行為により自ら退職した場合には、退職金を支給しない。但し、情状酌量の余地あるものに対しては、自己都合退職の二分の一を限度として、これを支給することがある。

(2) (省略)

5  原告たち吉は、平成六年一二月二七日、被告に対し、平成七年一月三一日付けをもって諭旨退職処分とする旨通知し、そのころ、被告の退職金を、本来の金額である七〇一万九三三四円の二分の一である三五〇万九六六七円とする旨決定し(以下「本件退職金減額措置」という)、被告に通知した(争いがない)。

6  被告は、平成七年二月二八日に原告たち吉に到達した書面において、被告の原告たち吉に対する前記2(一)記載の貸金債務残金五六四万六七五〇円と被告が原告に対して有する退職金債権七〇一万九三三四円を対当額で相殺する旨の意志表示をした(争いがない。以下「本件相殺の意志表示」という)。

また、被告は、同書面において、被告の原告ライフサービスに対する前記2(二)記載の貸金債務残金を、原告らと被告との間の約定に基づき、右退職金から原告たち吉が原告ライフサービスに対して支払うよう要請するとともに、原告ライフサービスに対しても、同趣旨の書面を送付した(書証略)。

二  争点

本件の主たる争点は次の二点である。

1  原告たち吉による本件退職金減額措置が有効か否か。

2  被告は原告ライフサービスに対し、直接貸金返還義務を負うか。

三  当事者の主張

(原告ら)

1 争点1について

(一) 被告は、原告たち吉に在職中、以下のような販売マニュアル違反行為及び横領、背任行為を行っていた。

(1) 販売マニュアルに違反する行為

ア 平成五年九月頃、被告は、原告たち吉において特定企業を通じての斡旋販売が禁じられていたにもかかわらず、作成を義務づけられている新規掛売申請書を提出せず、顧客登録用紙には直販という虚偽の記載をしたうえ、坂下教会教会員をエンドユーザーとするクリスマスファームとの斡旋販売取引を開始した。

イ 被告は、クリスマスファームに対し、販売マニュアルで定められた値引率を大幅に逸脱した三五パーセントという値引率で販売を行っていた。

(2) 被告の横領、背任行為

ア 被告は、平成五年一一月受注分から、担当していた進美堂との値引率三〇パーセントの取引を、従来の直販からクリスマスファーム経由の取引(値引率三五パーセント)に切り替え、進美堂に対する値引率は三〇パーセントを維持して差額の五パーセントをクリスマスファームに利得させていた。この方法による取引は、布施すすむ、藤田智恵子、大司豊一等計七名に対しても行われ、クリスマスファームに流れた原告たち吉の売上金は八万三八六〇円に上った。

イ 被告は、右ア記載の取引において、直ちに原告たち吉に入金されるべき取引代金を、いったん被告の個人口座に入金させ、これを個人の馬券購入代金の引き落としに流用していた。

ウ 原告たち吉においては、一万円以上の高額の進物贈呈は上長の決裁を要する旨販売マニュアルで定められていたにもかかわらず、被告は、原告たち吉に無断で、クリスマスファームに対し、平成六年四月及び六月にそれぞれ一万円、三万円の進物を贈呈し、これを帳簿上架空の売掛の計上と破損による返品という操作を行うことにより隠蔽した。

(二) 退職金は功労報償的性格も併せ持つから、従来の功労を抹消又は減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合には、退職金の全額又は一部を支給しないことができると解すべきであるところ、被告の前記行為は、原告たち吉に対する重大な背信行為であり、従来の功労を著しく減殺するものであった。

そこで、原告たち吉は、被告の前記行為は就業規則第七条二号、四号、六号及び一三号に違反するもので、就業規則五八条により懲戒解雇に該当することは明らかであったが、被告の将来を考慮し、情状酌量の上、就業規則五六条五号により被告を諭旨退職処分とすることを決定するとともに、退職金支給規定一二条一号に基き、原告の本来の退職金七〇一万九三三四円の二分の一を減額し、原告の退職金を三五〇万九六六七円とする旨決定し、平成六年一二月二七日付けの書面でこれらを被告に通知した。

2 争点2について(原告ライフサービス)

原告ライフサービスからの借入額の返済が、これまで原告たち吉からの給与、賞与及び退職金からの天引き清算によって行われてきたとしても、これは債権担保及び回収の便宜のために行っていたものに過ぎず、原告ライフサービスにおいて、貸金を原告たち吉からの退職金から回収すべき義務を課すものではない。

(被告)

1 争点1について

(一) 原告たち吉による本件退職金減額措置は効力を有しない。その理由は以下のとおりである。

(1) 諭旨退職は労働法上の懲戒処分ではなく、退職勧奨に他ならないから、他の任意退職者と異なった取り扱いをすることは許されない。

(2) 退職金は賃金の後払いであるから、その支給を制限することは労基法二四条又は同法一六条に違反する。

さらに、解雇自体が懲戒の意味を有するのであるから、その上に退職金を支給しないのは過酷な処分であり、公序良俗に違反する。

(3) 仮に退職金減額規定が一定の範囲で有効であるとしても、それは社会的相当性を有するものでなければならないから、原告たち吉の従業員退職金支給規定の退職金減額規定は、従業員が懲戒解雇された場合のみを対象とした規定であると解釈すべきである。

(二) 原告たち吉の主張する被告の非違行為は、以下のとおりいずれも原告たち吉の販売拡大路線に従い、営業活動の一環として、営業担当者の裁量の範囲内で行われたものであり、懲戒処分に該当するような行為ではない。したがって、退職金の半額を減ずるという本件退職金減額措置は、重きに失し、無効である。

(1) 販売マニュアル違反行為について

原告たち吉の営業現場では、販売マニュアル通りの販売活動は行われておらず、マニュアルに反する行為も、営業担当者の判断に任されていたのが実態であり、原告たち吉もこれを黙認していた。

例えば、販売マニュアルでは斡旋販売は禁止されていたが、実際には、営業現場において売上拡大のため斡旋販売をすることを原告たち吉は黙認していたし、値引率についても、営業現場において、かなり自由に設定されていたのが現実であった。また、新規取引先の顧客登録においては、営業担当者はすべて直販として登録することが慣習となっていた。

本件クリスマスファームとの取引も、その販売回数、量、金額等から見て、直販ではなく斡旋販売であることが一見して明白であったにもかかわらず、原告たち吉が値引率を含めてこれを黙認し、取引を継続させていたことが明らかである。

(2) 横領、背任行為について

ア 進美堂等との取引をクリスマスファーム経由にしたのは、営業拡大とクリスマスファームの信用拡大を図り、もって原告たち吉の売上の増大を図る目的に出たものであり、結果として若干の損害を同原告に与えたとしても、被告の個人的利得を図ったわけではなく、むしろ売上の拡大を伴っているのであるから、一種の営業担当者の勇み足とでも評価すべきものである。したがって、これが懲戒処分の対象となるほどの規律違反であるとは到底いえない。

イ 被告が自己の個人口座に売上代金を一時入金させたとしても、被告には領得の意思は全くなく、売上代金はすべて遅滞なく原告たち吉に入金されているのであるから、これを横領と評価することはできない。

ウ 得意先に進物をすることは、営業活動の一環として、営業担当者が個別に許可を取ることなく自由に行っていたのが実態であり、その場合は帳簿上「破損」又は「値引き」として処理することが営業現場における黙示の了解事項となっていた。本件のクリスマスファームに対する進物も、右慣例に従って行われたもので、何ら問題視されるべきものではない。

2 争点2について

(一) 原告ライフサービスは、実質的には原告たち吉の一部門に過ぎず、原告たち吉の従業員が原告ライフサービスから借り入れをする際の借入枠は、原告たち吉からの退職金によって規定され、その返済は従業員が原告たち吉から受け取る給与、賞与及び退職金から天引き清算することが前提とされ、従来から従業員の退職時の残債務の支払も、すべて原告たち吉から支給される退職金と相殺することで行われてきた。

(二) 右の事実に鑑みれば、原告たち吉及び原告ライフサービスと被告との間では、被告の原告ライフサービスに対する貸金債務の返済方法に関し、被告が原告たち吉退社時に残債務があるときは、原告ライフサービスは、原告たち吉が被告に対して支払う退職金から右残債務の弁済を受け、これにより残債務が不足する場合に限り、被告に直接請求することができる旨の黙示の合意が成立していたと解すべきである。

したがって、原告ライフサービスは、原告たち吉が被告に支払う退職金から貸付金の回収をすべきもので、被告に対し、その返済を直接請求することはできない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1について

1  当事者間に争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告たち吉の就業規則には、次のような規定がある。

第七条 従業員は、次の各号の一に該当する行為をしてはならない。

(2) 会社の名誉、又は信用を傷つけるような行為

(4) 業務上の地位を利用して自己の利益をはかり、又は職権を濫用する専断的行為

(6) 許可なくして会社の物品、文書、帳簿等を社外に持出し他に融通又は私用に供する行為

(13) 故意又は重大な過失により会社に損害を与える行為

(その他の各号は省略)

第五八条 従業員が次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇する。但し、情状により減給又は出勤停止、役位罷免もしくは諭旨退職にとどめることがある。

(1) 第二章服務規律中第七条(服務規律)及び第一六条(会社諸施設の利用)に違反したとき

(以下省略)

(二) 原告たち吉においては、販売マニュアルにより、掛売を行う場合には、「新規掛売申請書」により承認を得るべきことが定められていたほか、斡旋販売は、商品のブランドイメージを傷つけるおそれがあること、手数料取得目的に悪用されるおそれがあること、取引額が高額になるため、信用力を充分に調査する必要があることといった理由により、原則として禁止されていた。もっとも、信用力に問題がなく、売り先も明確な大手企業等による斡旋販売は、原告たち吉の承認を条件に、例外的に認められていた。

値引きについては、販売マニュアル上、取引一件毎の取引金額に応じて値引率の上限が定められており、これによれば、三五パーセントの値引きが認められるのは取引一件の金額が五〇〇万円以上の場合に限られていた。

進物については、販売マニュアル上、一件につき一万円以上の場合は販売部長、外商部長又はブロック長の決済を要するものとされ、一件につき三万円以上の場合は営業本部長の決裁を要するものとされていた。

(二) 被告は、原告たち吉の名古屋外商係の営業社員として勤務していた平成五年九月頃から、知人である田中牧師の経営するクリスマスファームを通じ、坂下教会の教会員をエンドユーザーとする斡旋販売を行うようになった。その際、被告は、自己の判断で値引率を三五パーセントと設定したほか、新規掛売申請書を提出せず、原告たち吉に提出した顧客登録用紙には、販売形態をクリスマスファームに対する直販と記載した。

(三) 被告は、平成五年六月頃から、進美堂と値引率三〇パーセントの直販取引を開始していたが、同年一一月頃から、クリスマスファームの利益を図る目的で、進美堂に対し、直販では値引率が維持出来なくなったので、三〇パーセントの値引きを維持するため社員購入扱いで購入する旨虚偽の事実を申し述べ、形式上は進美堂との取引をクリスマスファームを経由する取引に切り替えた。しかしながら、進美堂に対する値引率は従来のまま維持し、その結果、次項に述べるような方法で、クリスマスファームに価格の五パーセントの利益を取得させた。

その後、被告は、平成六年一月から同年一〇月にかけ、布施すすむ、藤田智恵子、大司豊一、古松太平、石本昭二及び小林幸代の六名(以下「布施すすむら六名」という)に対しても、同様に、値引率を三〇パーセントとしながらクリスマスファームを経由した販売とすることにより、クリスマスファームに価格の五パーセントの利益を取得させた。

(四) 被告は、クリスマスファームを経由した進美堂及び布施すすむら六名に対する売上金については、これが直接原告たち吉の口座に振り込まれると、帳簿上はクリスマスファームに対する販売となっていることと辻褄が合わなくなるため、いったん原告の個人口座に振り込ませ、クリスマスファームからの販売代金の集金を待ち、これと併せて原告たち吉に入金していた。なお、その際に、原告は、進美堂及び布施すすむら六名から入金された売上金のうち、価格の五パーセント分の金額を原告たち吉に入金せず、これをクリスマスファームに支払い、クリスマスファームに価格の五パーセント分の利益を取得させており、その金額は、平成六年一〇月までの間に八万三八六〇円に上った。また、被告は、自己の口座に入金された売上金を一時的に自己のために流用したりもしていたが、最終的には全額原告たち吉に入金していた。

クリスマスファームとの取引は、平成六年に入り、しばしば入金が遅れるようになったが、同年一一月まで継続された。

(五) 被告は、上司の許可を得ることなく、クリスマスファームに対し、平成六年四月に一万円相当の掛時計を、同年六月に三万円相当の花生けを、それぞれ進物として提供した。

被告は、クリスマスファームに右各商品の売掛を計上したうえで、同額の架空の商品の返品を受けたこととし、最終的には損耗処理を行うという複雑な帳簿上の処理を行い、右進物提供を隠蔽した。

2(一)  以上の事実によれば、被告が正規の手続を経ることなく、クリスマスファームとの斡旋販売取引を開始したこと、特に、他の顧客への販売をクリスマスファーム経由とすることにより、クリスマスファームに価格の五パーセントの利益を取得させ、また、売上金を自己の口座に入金させたことは、就業規則第七条(4)号及び(13)号に該当し、規定外の進物をクリスマスファームに提供した行為は、同じく第七条(6)号にそれぞれ該当するというべきであるから、被告には就業規則第五八条(1)号所定の懲戒解雇事由が存在するということができる。

(二)(1)  これに対し、被告は、原告たち吉の営業現場では、販売マニュアルどおりの販売活動は行われておらず、原告たち吉は、被告のクリスマスファームとの斡旋販売取引を黙認していた旨主張し、これに添う証拠(略)も存在する。

しかしながら、斡旋販売の実体であるにもかかわらず直販の届出をすること、又は新規掛売申請書を提出することなく掛売を行うことが、日常的に行われていたことを示す客観的な証拠は見当たらず、かえって、証拠(略)によれば、名古屋外商において現実に新規掛売申請書(なお、うち一通は被告が作成したものである)及び斡旋販売による顧客登録用紙が作成されていることが認められること、被告本人自身、前任者から引き継いだ顧客の中で、直販の届出をしながら斡旋販売の実体をとっていたものは存在しなかった旨供述していることからすれば、被告の主張するように、直販である旨の届出をして斡旋販売取引を行うことが日常行われていたことを認めることはできない。

また、クリスマスファームとの取引が、実体は斡旋販売であることを、被告の上司らが知っていたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって、(人証略)によれば、被告が報告しない限り上司が当然気付くものではないことが認められるから、被告のクリスマスファームとの斡旋販売取引を原告たち吉が黙認していたことを認めることはできない(なお、書証略によれば、原告たち吉は、平成六年七月頃には株式会社帝国データバンクにクリスマスファームの信用調査を依頼していることから、少なくともこの頃には、クリスマスファームとの取引の実体を知っていたものと推認されるが、被告本人によれば、この頃、被告は、上司から、クリスマスファームとの取引を中止するように言われたにもかかわらず、これを継続したことが認められるから、これにより前記認定が左右されるものではない)。

したがって、被告の主張は理由がない。

(2) また、被告は、取引をクリスマスファーム経由としたのは、クリスマスファームの信用力を高めることにより営業の拡大を図ることに目的があったから、若干の損害を原告たち吉に与えたとしても、懲戒処分の対象となるような行為ではなく、売上金を一時自己の口座に入金させたことも、売上金は最終的にはすべて原告たち吉に入金されているから、何ら問題はないと主張する。

しかしながら、他の顧客との取引を、右顧客に虚偽の事実を申し述べてまでクリスマスファームを経由した取引としなければならない理由を見いだすことは困難であるうえに、クリスマスファームに価格の五パーセントを取得させていたことを考えあわせると、被告が、他の顧客との取引をクリスマスファーム経由にしたのは、専らクリスマスファームの利益を図るために行ったものと見るほかはない。そして、直販方式であれば原告たち吉に入金されていた売上金の一部をクリスマスファームに取得させていたのであるから、これにより原告たち吉が損害を被ったことは明らかであり、被告の右行為は、就業規則第七条(4)号所定の「職権を濫用する専断的行為」及び同条(13)号所定の「故意又は重大な過失により会社に損害を与える行為」に該当することは明らかである。

また、原告たち吉の売上金を自己の銀行口座に入金させていたことは、それ自体不正行為に該当するうえに、これが前記クリスマスファームを経由した不自然な取引を隠蔽するために行われたものであること、右売上金を一時的にせよ自己の用途に流用していたことに鑑みると、売上金が最終的に原告たち吉に入金されていたとしても、右行為は、就業規則第七条(4)号所定の「業務上の地位を利用して自己の利益をはかった」ものといわざるを得ない。

したがって、被告の主張は理由がない。

(3) さらに、被告は、得意先に進物をすることは、営業活動の一環として自由に行われており、本件もその範囲内で行ったものである旨主張する。

しかしながら、被告自身、一万円以上の進物には許可が必要であることを認識していたことは、(書証略)及び被告本人に照らし明らかであり、また、一万円を超える進物が、許可を得ることなく日常行われていたことを認めるに足りる証拠はないから、被告の主張は採用できない。

3  本件退職金減額措置の効力について

(一) 退職金は、多分に功労褒賞的性格を有することも否定できないから、退職金規定において、懲戒解雇事由がある場合に退職金の全部又は一部を支給しないこととする旨を定めることも許されると解すべきであるが、退職金が一般に賃金の後払い的性格を有することに鑑みると、退職金を支給せず、又は減額することが許されるのは、従業員に、その功労を抹消又は減殺するほど著しく信義に反する行為があった場合に限られると解すべきである。

したがって、この点に関する被告の主張は採用しない。

(二) 右見地から、本件における被告の行為が、その功労を抹消又は減殺するほど著しく信義に反する行為といえるか否かについて検討する。

前記認定のとおり、被告は、平成五年九月頃、販売マニュアルに定められている手続を踏むことなく、原告たち吉に対しては直販である旨虚偽の報告をしたうえ、クリスマスファームに対し斡旋販売取引を開始したこと、平成五年一一月頃から、従来から顧客であった進美堂に虚偽の事実を述べてクリスマスファームを経由した取引とさせ、さらに布施すすむら六名の顧客についてもクリスマスファームを経由させる取引とし、その結果原告たち吉の損失において第三者であるクリスマスファームを利得させたこと、進美堂及び布施すすむら六名に対する売上金をいったん自己の銀行口座に入金させていたこと、上司の承諾が得られないことを自認しながら、高額の進物をクリスマスファームに対して行い、複雑な帳簿処理を行ってこれを隠蔽したことが認められるのであって、これら一連の行為は、原告たち吉の損失において第三者であるクリスマスファームを利得させ、又は自己の利益を図ったものであり、営業社員たる従業員として、原告たち吉に対する重大な背信行為に該当するといわざるを得ない。

もっとも、被告の行為により、原告たち吉に生じた実損は八万円強に過ぎないこと、被告は右実損を全額賠償したこと(弁論の全趣旨)、被告は、一時的に売上金を流用したことはあっても、それ以上に自己の利を図る行為に出ていないこと、被告の原告たち吉における勤続年数は二一年に及ぶのに対し、前記背信行為が見られたのは、最後の約一年強の期間に過ぎないこと等を考慮すると、被告の右行為は、従前の功労を抹消するほど著しく信義に反する行為とまではいえないというべきであるけれども、その功労を減殺するに足りる重大な行為であることは明かであり、右観点から見るとき、退職金の半額を減ずることが、相当性を逸脱した違法なものであるとはいえないというべきであるから、原告たち吉による本件退職金減額措置は有効であると解すべきである。

二  争点2について

以上のとおり、本件退職金減額措置は有効であると解すべきであるから、被告が原告たち吉に請求することのできる退職金の額は三五〇万九六六七円であり、また、被告が、右退職金債権と被告の原告たち吉に対する貸金残債務五六四万六七五〇円とを対当額で相殺したこと(本件相殺の意思表示)は当事者間に争いがない。したがって、被告の原告たち吉に対する退職金債権は、右相殺の意思表示により消滅したというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、争点2に関する被告の主張は理由がない。

三  結論

以上の次第であるから、原告たち吉の請求は、被告に対し、貸金残債務五六四万六七五〇円から被告の相殺の意思表示により消滅した三五〇万九六六七円を控除した二一三万七〇八三円及び平成七年三月一日から支払済みまで、内金二〇〇万七〇八三円に対する年一四・六パーセントの、内金一三万円に対する年八パーセント(約定利率)の、それぞれ割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり(なお、充当関係は法定充当によるものとし、二個の債権の元本間では、遅延損害金が高率である平成六年四月一一日貸付分の元本から充当する)、他方、被告の反訴は、被告の退職金債権が本件相殺の意思表示により消滅している以上、理由がない。

(裁判官 谷口安史)

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