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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)2426号 判決 1997年3月26日

原告

山根福枝

右訴訟代理人弁護士

川西渥子

渡辺和恵

被告

財団法人大阪市交通局協力会

右代表者理事

奥村保夫

右訴訟代理人弁護士

高坂敬三

夏住要一郎

岩本安昭

田辺陽一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金二一八万六〇四八円及びこれに対する平成七年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員並びに平成七年四月以降毎月一七日限り一か月金五三万六四八五円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は大阪市交通局の外郭団体であり、大阪市交通局から委託を受けて、定期券の販売等の事業を行っているほか、独自の収益事業として、コインロッカーや売店の営業、社会福祉事業の助成等を行う社会福祉法人である。

(二)  原告(昭和九年九月二日生まれ)は、昭和四〇年一〇月二一日、被告に採用された者で、被告の就業規則第三条(1)所定の第一種職員に当たる。原告は、平成六年一〇月当時、被告の旅行部計画課梅田案内所課長補として、同案内所において、パック旅行等の旅行商品や市営定期観光バスの予約受付等の業務に従事していた。

2  被告は、平成六年一〇月二八日、被告の就業規則上第二種職員の定年が満六〇歳であり、定年に達した日の属する月の翌月末日を定年退職日とする旨定められていることを理由に、原告に対し、同月末日をもって定年解雇するとの意思表示(以下「本件解雇」という。)をしたとして、以後、原告の従業員たる地位を争い、同年一一月分以降の給与及び賞与の支払いをしない。

3  しかしながら、前記のとおり、原告は、被告の第一種職員であり、その定年年齢は満六五歳であるから、右解雇は無効である。

4  したがって、原告は、被告の従業員たる地位を有しているので、被告は、原告に対し、給与及び賞与の支払義務を免れない。

原告の右解雇当時の給与は、月額三九万四〇一二円(基本給、職務給、住居手当、通勤手当及び超過勤務手当の合計)である。したがって、原告の平成六年一一月分から平成七年二月分までの間の賃金は、右給与月額の四か月分の一五七万六〇四八円に平成六年の冬季賞与八一万円を加えた額から仮処分決定(当庁平成六年(ヨ)第三三八二号事件)に基づく仮払金二〇万円を控除した二一八万六〇四八円となる。

また、原告は、被告に対し、平成七年三月以降、一か月当たり五三万六五八四円(平成六年一月一日から同年一〇月末日までの賃金合計四八三万九八〇三円、前記月額三九万四〇一二円の給与の二か月分の七八万八〇二四円及び前記賞与八一万円の合計を一二で除した金額)の割合による賃金の支払を求める権利を有する。

5  よって、原告は、被告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することの確認を求めるとともに、末払賃金二一八万六〇四八円及びこれに対する最終分の給与の支払日(被告の給与は、毎月末日締め、翌月一七日払)の翌日である平成七年三月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに同年四月以降毎月一七日限り一か月五三万六四八五円の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)のうち、原告が前記解雇当時被告の第一種職員であったことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

4  同4の事実は争う。

仮に、原告が平成六年一一月一日以降も被告に在職したとした場合に、原告が支給を受けるべき給与は、一か月当たり三三万〇二〇〇円(基本給二九万九五〇〇円、職務給二万四五〇〇円及び住居手当六二〇〇円の合計)である。原告の前記解雇当時の給与月額三九万四〇一二円には通勤手当及び超過勤務手当が含まれているが、これらの手当は、通勤に要した費用の実費弁償、あるいは超過勤務に応じて支給されるものであり、前記解雇後通勤や超過勤務の実績のない原告が請求し得るものではない。また、原告の同年一二月の賞与は八一万円であるが、被告は、前記仮処分決定に基づき、平成七年二月以降、原告に対し、毎月二〇万円を仮払した。

したがって原告の平成六年一一月一日から平成七年二月末日までの賃金(賞与を含み、平成七年二月の仮払金を控除した額)は一九三万〇八〇〇円であり、原告主張の方法で計算した同年三月以降の平均給与額は五二万五八五〇円である(なお、被告の給与は、毎月一七日に当月分を支給するものとされている。)。

三  被告の主張

被告は平成六年一〇月二八日、被告の就業規則上第二種職員の定年が満六〇歳であり、定年に達した日の属する月の翌月末日を定年退職日とする旨定められていることを理由に、原告に対し、同月末日をもって定年解雇するとの意思表示(本件解雇)をした。

被告は、昭和四二年一〇月二一日、第一種職員として原告を採用したが、昭和六一年四月一日、原告の呼称を第二種職員に変更した(この措置を以下「呼称変更」という。)。その結果、原告は、以後第二種職員としての取扱を受けるようになった。そして、本件解雇当時の第二種職員の定年年齢は、満六〇歳であったのであるから、その到来を理由にした本件解雇に瑕疵はないので、有効である。

以下、この点につき詳述する。

1  呼称変更に至る経緯及び呼称変更の手続

(一) 被告は、大阪市交通局の事業に協力し、大阪市交通局の公傷退職者や永年勤続退職者、殉職者の遺族等の救済、福利厚生などを目的とし、五種の職員を雇用している。被告が雇用する五種の職員のうち、第一種職員は大阪市交通局の退職後被告に採用された者、第二種職員は当初から被告に採用された者とされている。

第一種職員は、大阪市交通局に定年又はそれに近い年齢まで勤務した後に被告に採用される高齢者であることが前提とされ、第二種職員などの通常の職員と同様の初任給や定年で処遇することはできないため、第一種職員に、第二種職員とは別個の定年制度や給与体系を設ける必要があった。

(二) そこで、被告は、第一種職員の定年と第二種職員の定年に格差を設け、また、給与面でも、第一種職員の初任給を第二種職員のそれより多額とする一方で、定期昇給額や各種手当については、第二種職員の方が第一種職員よりも優遇されるよう設定し、第一種職員と第二種職員との待遇面の調整を図った。

(三) これまでに第一種職員として被告に採用された職員は、約六〇〇名に及ぶが、そのほとんどが大阪市交通局を定年(満五五歳ないし満六〇歳)まで勤めた高齢の男性であった。これに対し、被告に採用された女性の第一種職員は、一八名にすぎず、これら女性のすべてが、原告と同様、大阪市交通局を若年定年制に基づいて退職した後、被告に第一種職員として採用された者であった。

前記第一種職員の制度を設けた趣旨に照らしても明らかなように、原告のような若年定年制による大阪市交通局の退職者に対しては、高齢で大阪市交通局を退職した後に採用されることを前提とした満六五歳定年制をそのまま適用するのは適当でない。

そこで、被告は、女性の第一種職員の定年年齢については、女性の第二種職員の定年年齢と同じにすることとし、女性の第二種職員の定年年齢が延長されるのに合わせて、女性の第一種職員についても、逐次定年延長の措置を採ってきたが、その結果、女性の第一種職員の定年年齢は、別表記載のような変遷を経ることとなった。

すなわち、原告のように、若年定年制に基づく大阪市交通局の退職者である女性職員についていえば、第一種職員の立場は、単に大阪市交通局における勤務歴があることを表し、定期昇給等で若干の差異が設けられているにすぎず、男性の第一種職員のように、第二種職員と異なる定年制を有する地位にあるということはできない。

(四) ところで、昭和六一年四月の雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)の施行により、男女の定年年齢を区別した規定を置くことができなくなり、また、大阪市交通局においても、男女職員の定年が満六〇歳に統一され、将来被告が右の定年制に基づいて大阪市交通局を退職した女性を採用することが予想されたため、被告は、第一種職員についての男女の区別を廃止して、定年年齢を満六五歳に統一することとした(第二種職員については、昭和五五年以降男女間の定年年齢の格差は解消されていたが、この機会に同時に男女による区分自体を廃止することとした。)。

右昭和六一年当時、被告に在籍していた女性の第一種職員は六名であり、いずれも原告と同様大阪市交通局を若年定年制によって退職してきた者であった。そして、前記のとおり、これら女性の第一種職員については、定年年齢を第二種職員と区別すべき合理性がないにもかかわらず、第一種職員の定年年齢を満六五歳に統一することになると、規定上は、定年年齢が従来の満五五歳から満六五歳に延長され、第二種職員との間に格差を生じるという不都合を招来することになる。そこで、被告は、第二種職員と同じ定年年齢を適用するため、前記就業規則の改正と同時に、原告を含む女性の第一種職員の呼称を第二種職員と変更することとした(呼称変更)が、このことによって、原告を含む女性の第一種職員の労働条件には何らの不利益変更はなく、かえって、各種手当が増額されるなど、対象者の利益となるものであった。

(五) 右の方針に基づき、被告の常勤理事会は、昭和六一年三月二七日、同年四月一日の男女雇用機会均等法の施行に合わせて、定年年齢の統一を図るために就業規則を改正するとともに、原告を含む女性の第一種職員の呼称を変更し、第二種職員とするとの方針を立てた。そして、被告は、同年四月中旬ころ、原告を含む女性の第一種職員の所属する大阪市交通局協力会労働組合(以下「組合」という。)の三役折衝の席で、右方針を提案したところ、これを受けた組合は、同年六月二五日の中央委員会でこれを承認したが、右提案の内容は、原告を含む女性の第一種職員に周知され、その了承を得ていた。

被告は、組合から右承認の通知を受け、同年八月二〇日、原告を含む女性の第一種職員を同年四月一日付けで第二種職員に呼称変更する旨の決定を行い、その後の原告を含む女性の第一種職員の処遇は、第二種職員に対する取扱に改められ、原告に対しても、同年一〇月から、第二種職員としての昇給が行われた。

被告は、右の経過を前提に、同年八月二八日、同年四月一日付けで、第一種職員の定年年齢を(男女を区別することなく)満六五歳とする旨の就業規則の改正を行った。

2  呼称変更の性質

被告における第一種職員、第二種職員の性格は、前記のとおり、採用による区分を表すにすぎないので、被告とその職員との間の労働契約の内容となっているのは、第一種職員、第二種職員という抽象的な地位ではなく、定年年齢や給与等の個別具体的な労働条件であるところ、被告において、第一種職員と第二種職員とは、定年年齢及び初任給の額、定期昇給額、住居手当、扶養手当、試用期間の有無、年次有給休暇の付与日数を除いて、職務内容や労働時間その他の労働条件は、すべて同一である。そして、呼称変更の前後についての原告の待遇をみると、呼称変更後も第一種職員当時の基本給が維持されたばかりでなく、定期昇給額、住居手当及び扶養手当は、有利な第二種職員についての規定が適用されるようになるなど、呼称変更は、原告にとって、有利になりこそすれ、不利益性は全くない。すなわち、呼称変更は、原告の労働条件を不利益に変更したものではないのであるから、原告の個別的同意の有無を問わず、有効である。

3  原告の呼称変更に対する同意、信義則違反

(一) 仮に、呼称変更に原告の同意を要するとしても、前記のとおり、原告の所属する組合の中央委員会は、昭和六一年六月二五日、呼称変更につき討議しており、その際、組合員である原告にも、その内容が知らされていた。また、被告においても、同年八月に呼称変更及び男女雇用機会均等法施行に伴う就業規則改正を決定した後、各部の庶務担当課長に対し、就業規則改正及び呼称変更の問題を、職員に周知するよう指示していた。

このような事情に照らせば、原告は、同年六月又は八月ころには、呼称変更の問題を知るに至ったものである。

(二) さらに、原告は、呼称変更の後も、平成六年一〇月末まで、被告で稼働しており、その間、<1>昭和六一年一〇月以降定期昇給額が第一種職員に比して一〇〇円高くなり、<2>昭和六三年一二月以降第二種職員の定年年齢を満六〇歳に延長する代償としての定期昇給額の減額措置が執られた結果、原告の定期昇給額が、それまでの二三〇〇円から平成元年四月から二〇〇〇円に、平成二年一〇月から五〇〇円に、それぞれ減額され、<3>平成六年四月一日以降第二種職員のみを対象として給料表の制度が導入され、原告の給与が増額されたなど、第二種職員のみを対象とする制度の適用を受け、第二種職員としての処遇を受けていたのであるから、原告が第二種職員として取り扱われていたことを知悉していたのは明らかである。

(三) 右に述べたとおり、原告は、自らが呼称変更の対象となり、呼称変更の結果第二種職員として取り扱われるに至ったことを知っていたにもかかわらず、その後、被告に対し、右取扱に異議を述べたり、抗議を行うこともなかった。そして、原告が定年年齢についての異議を述べ始めたのは、本件解雇直前の平成六年九月ころからであった。

(四) 右の事情に照らせば、原告は、呼称変更につき、少なくとも黙示の同意を与えていたものである。

(五) 以上によれば、原告は、一〇年近くの間、第二種職員として被告に雇用され、第一種職員に比して有利な労働条件を享受しながら、定年間際になって、突然呼称変更に対する異議を述べ始め、定年年齢についてのみ第一種職員に関する就業規則の適用を求めて本件請求を行ったのであるから、原告の本件請求は、信義誠実の原則に反し、許されない。

4  仮に、前記2及び3の主張が認められないとしても、被告の就業規則の解釈上、原告に対しては、第一種職員について規定した満六五歳定年制の規定は適用されないものである。

(一) 前記のとおり、原告を含む女性の第一種職員を対象とした呼称変更が決定されたのは昭和六一年八月二〇日であり、被告は、呼称変更を前提として、就業規則を改正し、第一種職員の男女職員の定年年齢を満六五歳に統一した。しかも、その過程において、被告は、同年六月ころ、組合に対し、呼称変更により原告を含む女性の第一種職員を第二種職員として取り扱うことにするとの説明を行ったが、組合からの異論がなかったことからも明らかなように、改正後の満六五歳定年制が原告を含む当時の女性の第一種職員に適用されないということは、労使に共通した認識となっていた。

(二) 就業規則の解釈は、文言のみにとらわれず、その制定に至った理由や背景等を考慮した上で、合理的見地からこれを行わなければならないが、とりわけ制定者たる使用者の意思が尊重されるべきである。そして、前記のとおり、被告は、改正後の就業規則の第一種職員の定年年齢に関する規定が原告を含む当時の女性の第一種職員に適用されないことを前提としていたのであるし、また、そのことは、労使双方に広く知られていたのである(実際にも、原告とともに呼称変更の対象とされた女性の職員のうち満六〇歳に達した三名は、円満に定年退職した。)から、原告に対しては、改正後の就業規則の規定は適用されず、その定年年齢は、第二種職員の定年年齢の満六〇歳である。

(三) なお、被告は、右就業規則の改正に当たり、大阪市交通局を若年定年制により退職した原告を含む女性の第一種職員のみを対象として、定年が延長されないことを就業規則に明記する方法も採り得た。しかしながら、前記のとおり、改正後の就業規則の第一種職員を対象とした定年制が原告を含む当時の女性の第一種職員に適用されないことについては労使間に共通の認識があった上、当時においては、大阪市交通局における若年定年制自体が廃止されており、今後被告に採用される女性の第一種職員は、すべて満六〇歳あるいはそれに近い年齢であることが確定し、混乱が生じるおそれもなかったため、敢えて、そのような方法を採らなかったのである。

すなわち、昭和六一年当時の被告の就業規則における第一種職員の定義であった「大阪市交通局を永年勤続又は定年によって退職した者」の意味は、その文言にもかかわらず、大阪市交通局の定年制の変遷によって大きく変容しており、当時、大阪市交通局を満三三歳で退職したとしても、被告の第一種職員として採用されることはなかったのである。そして、前記のとおり、被告における第一種職員、第二種職員の地位は、労働契約の内容とはなり得ないのであるから、昭和六一年当時において、大阪市交通局を若年定年制により退職した原告を含む女性の第一種職員を就業規則の規定する「定年によって退職した者」として取り扱うかどうかは、被告における就業規則の運用に委ねられていた。

被告は、このような見地から、呼称変更の措置を執ったのであるが、呼称変更は、前記のとおり、原告にとって、何ら不利益とならず、また、労働契約の内容の変更でもない上、被告における第一種職員の満六五歳定年制は、大阪市交通局の定年退職者に第二の職場を提供する特殊な制度であることや前記呼称変更及び就業規則改正の経緯を考え併せれば、原告のような大阪市交通局を若年定年制により退職した女性の第一種職員については、就業規則改正後の満六五歳定年制が適用される余地はない。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張の冒頭の部分のうち、被告が原告に対し本件解雇をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

2(一)  同1、2の主張は争う。

(二)  原告は、被告の就業規則上の第一種職員として採用され、定年年齢や給与(初任給、手当)において、第一種職員としての処遇を受け、また、被告の就業規則上第一種職員の男性と女性の各職員に対する規定が異なる場合には、女性の第一種職員に関する規定が適用されてきた。このように、原告は、被告の第一種職員としての地位を有するところ、被告の就業規則は、第一種職員、第二種職員の定義を置いた上で、採用年齢、試用期間の有無、初任給基準及び初任給、年休、給与及び昇給、住宅手当や定年年齢など、細かな労働条件を定めていることを考えると、被告における第一種職員たる地位は、単なる呼称にとどまるものではなく、個々の労働条件発生の基礎となる法的地位であり、原告と被告との間では、被告の就業規則上第一種職員に対する処遇として規定された労働条件を内容とする労働契約が締結されていたことは明らかである。

そして、呼称変更は、適用される定年年齢に五年の格差が生じることだけをみても、原告に不利益な労働条件の変更であることは明白であり、このことは、原告が呼称変更の結果、定期昇給額や手当等の面において、若干の利益を得ることがあったとしても変わりはない。

右のとおり、呼称変更は、原告の労働条件を不利益に変更するものであるから、原告の個別の同意がない限り行い得ないものである。そして、被告は、昭和六一年四月一日、男女雇用機会均等法の施行に合わせて就業規則を改正した後、同年一〇月一日に、呼称変更(労働条件の不利益変更)を行ったにもかかわらず、原告の同意を得ていないのであるから、呼称変更によって、被告における原告の地位を第一種職員から第二種職員に変更することは許されない(なお、仮に、呼称変更が同年四月一日に遡及して実施されたものであったとしても、被告の就業規則における男女差別定年制は、同年四月一日の男女雇用機会均等法施行によって無効となり、原告に適用される定年年齢も、男性の第一種職員と同様満六五歳であったと考えるべきである上、同日以前についても、男女差別定年制は憲法一四条、民法九〇条に違反し、無効であって、女性の第一種職員の定年年齢は、男性の第一種職員と同じ満六五歳であったというべきであるから、呼称変更の手続の実施時期如何によって、右の結論が異なるものではない。)。

したがって、原告に適用される定年年齢は、満六五歳であるから、本件解雇は無効である。

3(一)  同3の主張は争う。

原告が呼称変更の事実を知ったのは、昭和六一年一二月に配布された被告の機関誌「あゆみ」に記載された女性の第一種職員の人数欄が、対象者なしを示す空欄とされているのを見たのがきっかけであった。

(二)  確かに、原告は、呼称変更以降定期昇給額が増額されるなど、第一種職員に比して若干有利な取扱を受けるようになったが、このことによって、原告が呼称変更に同意したとか、原告の本件請求が信義誠実の原則に反するなどということはできない。

なお、呼称変更以降における被告の右取扱は、第一種職員である原告に対し、第二種職員相当の処遇をしたというにすぎず、これは、原告を本来の労働条件より有利に取り扱ったのであるから、原告の同意を要しないと解すべきである。したがって、右措置は法律上有効であり、原告がこれに応じたことをもって、呼称変更(労働条件の不利益変更)に同意を与えたことにならない。

4(一)  同4の主張は争う。

(二)  就業規則は、労働者の労働条件の決定という重要な機能を有するものであるから、その解釈、適用は、客観的、合理的に行うべきである。被告が、その制定者としての被告の意思や意図のみを強調して、労働者に対し、不利益な解釈を押しつけたり、不利益な取扱を強制したりすることは許されない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告が大阪市交通局の外郭団体であり、大阪市交通局から委託を受けて定期券の販売等の事業を行っているほか、独自の収益事業としてコインロッカーや売店の営業、社会福祉事業の助成等を行う社会福祉法人であること、原告(昭和九年九月二日生まれ)が昭和四二年一〇月二一日に被告の就業規則第三条(1)所定の第一種職員として被告に採用されたこと、原告が平成六年一〇月当時被告の旅行部計画課梅田案内所課長補として、同案内所でパック旅行等の旅行商品や市営定期観光バスの予約受付等の業務に従事していたこと、被告が原告に対し同月末日をもって本件解雇をしたこと及び被告が原告の従業員たる地位を争い、同年一一月分以降の給与及び賞与の支払をしないこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実に、(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1(一)  被告の前身は、昭和二四年五月に設立された社団法人大阪市電交助会であるが、この社団法人の社員資格は、交通局の業務災害による退職者又は永年勤続した退職者及びその家族若しくは殉職者の遺族、交通事故による身体障害のため一般労働に就くことができない者及びその遺族と定められていた。

(二)  右社団法人大阪市電交助会は、昭和三九年五月一四日に財団法人に組織変更されて、被告が設立されたが、被告設立の目的は、社会事業及び公益事業を行うとともに、大阪市交通局の事業に協力し、併せて公傷退職者、永年勤続退職者及び殉職者の遺族その他一般生活困窮者の救済並びにその福利厚生を図ることとされていた。そして、被告は、右目的を達するために、地下鉄の駅構内等に設置された売店での商品販売事業をはじめ、公告事業、観光旅行事業、清掃事業、コインロッカー等の設置による保管事業等を行うとともに、大阪市交通局から受託した地下鉄、バスの定期券の発売事業を営んでいる。

(三)  被告における職員の採用は、大阪市交通局の退職者を優先させることはあるものの、採用選考自体は、大阪市交通局に関係なく、独自の判断に基づいて行っている。

被告が雇用する職員には、合計五種類のものがあって、就業規則上処遇の異なるもの(第一種職員、第二種職員及び出向職員)のほか、他に二種類のものがある。このうち、被告の就業規則上、第一種職員は、大阪市交通局の定年退職者又は永年勤続退職者であって、所定の手続きにより被告に採用された者(三条(1))、第二種職員は、第一種職員以外の者で、所定の手続により被告に採用された者(三条(2))とされている。このような区別が生じた経緯は、被告においては、前記のとおり、大阪市交通局の定年退職者や永年勤続退職者を採用することがあるが、これらの者は、大阪市交通局を定年年齢の満六〇歳あるいはこれに近い年齢で退職した後、高齢で被告に採用されることが多いため、通常の採用過程を経た職員(第二種職員)と同様の初任給や定年で処遇すると採用ができなくなったり、採用期間が極めて短くなったりする上、給与面でも年齢や経験に比して低額になりすぎるなど種々の不都合が生じるため、別個の定年制度や給与体系を設けて、これを処遇する必要があることにあった。

(四)  その結果、被告における第一種職員と第二種職員との間に生じた処遇上の相違点は、原告が被告に採用された昭和四二年一〇月時点については、定年年齢(なお、第一種職員と第二種職員との定年の変遷は、別表記載のとおりである。)を除いて、別紙<略>記載のとおりであった。そして、被告における第一種職員と第二種職員との間に生じた処遇上の相違点は、その後の就業規則の改正等により変遷を辿り、昭和六一年に男女雇用機会均等法が施行されたことに伴って就業規則が改正された以降の第一種職員と第二種職員との処遇上の相違点は、定年年齢については第一種職員が満六五歳であったのに対し第二種職員が満五五歳であったこと、初任給基準については第一種職員が月額一〇万八二〇〇円であったのに対し第二種職員が一〇万〇六〇〇円であった反面、定期昇給額については第二種職員の方が第一種職員よりも月額で一〇〇円高く設定されており(なお、平成六年一月以降、第二種職員の給与体系が変更され、第一種職員とは別個のものになった)。(ママ)また、各種手当の額も、配偶者の扶養手当、六〇歳以上の父母の扶養手当は第二種職員のみに支給されるものとされていたし、昭和五六年四月以降支給されるようになった住宅手当も第二種職員の方が男性の第一種職員よりも月額二〇〇円高額に設定されていた(ただし、女性の第一種職員には、第二種職員と同額の住宅手当が支給されていた。)。しかし、第一種職員と第二種職員との間には、他の労働条件についての差異はなく、第一種職員及び第二種職員は、同一の業務に従事していた。

2  原告(昭和九年九月二日生まれ)は、昭和二八年一月、大阪市交通局に自動車車掌見習生として採用され、六か月の見習期間を経た後、本採用となった。その後間もなく、女性車掌の満三〇歳定年制の導入が問題となった。原告は、この問題が男女間における定年差別であるとの認識のもとに、昭和三〇年四月から昭和三三年四月までは大阪市交通局労働組合の代議員として、さらに、同年五月からは右労働組合生野支部婦人部長及び中央委員となって、活発な反対運動を行った。しかし、男性の組合員の協力が得られなかったことなどもあって、功を奏さず、結局、同年九月、大阪市交通局と右労働組合との間に労働協約(「職員の定年に関する協約」)が締結され、これに基づき、女性車掌の満三三歳定年制等が実施されることとなった。なお、原告は、その後も、生理休暇の完全取得等の運動を積極的に行った。

原告は、自らが若年定年制の定年年齢満三三歳に近づくに当たって、大阪市交通局に引き続き勤めようとして、業務員への転換試験(女性業務員の定年年齢は満四八歳)を何度か受けたものの不合格となったことなどから、右労働組合に対して、被告に就職できるよう推薦を求めたが、叶わず、昭和四二年九月三〇日、大阪市交通局を若年定年制により退職した。

原告は、同年一〇月二〇日に、被告の試験と面接を受け、同月二一日、被告に第一種職員として採用され、その後、観光課や旅行業務部に在職し、本件解雇がなされた平成六年一〇月末日の時点において、被告の旅行部課長補の地位にあり、原告が所属していた旅行部計画課梅田案内所は、地下鉄梅田駅中央改札口の傍らにあって、パック旅行等の旅行商品の販売や市営定期観光バスの予約受付業務を行う部署であり、本件解雇当時、五名の職員が、三名ずつ交互に勤務時間をずらせたローテーション制に基づいて、勤務していた。

3(一)  被告がこれまでに採用した大阪市交通局の退職者は、約六〇〇名であり、そのほとんどは大阪市交通局を満五五歳あるいは満六〇歳の定年まで勤めた高齢の男子であった。また、原告のように、大阪市交通局を若年定年制で定年退職した女性も延べ一八名採用されていたが、大阪市交通局を若年定年制によらないで退職してきた女性職員の採用実績は皆無であった。

(二)  被告は、原告のような若年定年制により大阪市交通局を退職した者についても、本人の希望があれば、選考の上、第一種職員として採用していた。しかしながら、前記第一種職員の処遇や定年制度の趣旨からすれば、原告のような満三三歳という若い年齢で被告に採用された者について、高齢で大阪市交通局を定年退職した第一種職員と同一の定年制を適用することは適当でないと考え、被告は、女性の第一種職員の定年年齢を女性の第二種職員の定年年齢と同一にしていた。そして、被告は、女性の第二種職員の定年延長に合わせて、女性の第一種職員の定年年齢を、昭和四二年一〇月に満四五歳、昭和四九年一月に五〇歳、昭和五五年一〇月に満五五歳としたが、男性の第一種職員の定年年齢である満六五歳については、大阪市交通局を満五五歳ないし満六〇歳で定年退職した者に対する特別の処遇と認識されていたため、これら女性の第一種職員の定年年齢の改訂の際には、男性の第一種職員の定年年齢との格差が問題となることはなかった。

(三)  その後、昭和五八年四月に大阪市交通局の定年年齢が男女とも満六〇際になったことから、被告は、昭和五九年一〇月、組合から、女性の第一種職員及び第二種職員の定年年齢を満六〇歳に延長するよう求められた。しかし、給与体系を変更することなく定年を延長すると、人件費が著しく増大し、経営収支が悪化することが予想されたので、被告は、昭和六〇年九月以降、満五五歳定年制を維持したままで、定年退職した職員を満六〇歳まで第三種職員として再雇用し、退職時の給与の六割を支給することとし、組合の了解も得た。なお、第三種職員の制度は、昭和六一年に女性の第一種職員及び第二種職員の定年年齢が満六〇歳に延長されたことに伴い、廃止された。

(四)  右のとおり、被告における定年制は、社会情勢の変化に従い、逐次延長されてきた(その変遷の経過は、別表記載のとおりである。)が、昭和六一年の男女雇用機会均等法の施行により、男女の区別による格差を設けることはできなくなり、さらに、大阪市交通局における定年年齢が男女とも満六〇歳に統一され、将来、被告においても、大阪市交通局を右定年年齢に基づいて高齢で退職した女性を職員として採用することが予想されたことから、被告は、第一種職員における男女の区別を廃止し、定年年齢を男女とも満六五歳に統一することとした。なお、被告の第二種職員においては、昭和五五年以降、男女とも満五五歳とされていたが、右男女雇用機会均等法の施行に合わせて、就業規則上の男女の区別を廃止することとした。

4(一)  被告は、右昭和六一年当時の女性の第一種職員が六名であり、いずれも原告同様若年定年制により大阪市交通局を退職した者であったことから、その勤務期間や勤務条件に照らして、定年年齢につき、第二種職員と区別すべき合理性がないと考えたが、前記のとおり、被告の就業規則の文言上は、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性も第一種職員としての処遇を受けるかのように読みとれるため、その定年年齢も、女性の第二種職員と異なり、形式上は満六五歳と伸長されることになり、不都合であると考えるに至った。そこで、被告は、これら原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性の第一種職員に第二種職員と同じ定年制が適用されることを明らかにするため、右就業規則の改正と同時に、その呼称を第二種職員に変更(呼称変更)することとしたが、被告の認識としては、第一種職員と第二種職員との処遇上の差異は、前記のとおり、初任給基準や各種手当であるところ、いずれも、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性職員にとって不利益とはならないのであるから、呼称変更が原告ら若年定年制により大阪市交通局を退職した女性の第一種職員に対する労働条件の不利益変更には該当しないというものであった。

(二)  そして、呼称変更及び就業規則改正の手続として、被告は、昭和六一年二月ころ、同年四月の男女雇用機会均等法の施行に合わせて男女の定年を統一するための就業規則改正を行うことを決め、右改正案を検討するとともに、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性の第一種職員を対象とした呼称変更を行い、これらの者を第二種職員として処遇する旨の方針を固め、同年三月二七日に開催された被告の最高意思決定機関である常勤理事会において、就業規則改正と呼称変更を行うことの了解を得た。被告は、同年四月中旬に行われた組合との三役折衝の席でこの計画を提案し、これを受けた組合では、同年六月二五日に開催された組合の中央委員会で協議し、承認の決議をした。被告は、組合から右提案を承認するとの通知を受け、同年七月一〇日の常勤理事会で最終的な確認を経た後、同年八月二〇日、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性職員を対象とした呼称変更する旨の決定を行い、右呼称変更を前提に、同年八月二八日、第一種職員の定年年齢を男女とも満六五歳とする旨の就業規則の改正を行った。そして、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性職員については、同年一〇月の定期昇給以降、第二種職員としての取扱がなされるようになった。

なお、組合では、中央委員会で決定された事項については、各職場の中央委員を通すなどして、組合員に文書又は口頭で周知するとの取扱がなされていた。鈴木昭子(以下「鈴木」という。)は、原告と同様若年定年制により大阪市交通局を退職後、被告に第一種職員として採用され、呼称変更の対象とされた者であったが、呼称変更が行われた当時、組合の中央委員の地位にあり、呼称変更や就業規則の改正の概要を記載した書面を職員の回覧に供した。また、被告においても、昭和六一年八月ころ、各部の庶務担当課長に対して、右就業規則改正及び呼称変更についての説明を行うとともに、その内容をそれぞれの所属職員に周知するよう指示を出していた。

5  昭和六三年に至って、第二種職員の定年年齢を満六〇歳に延長することとなったが、被告は、財政上の理由から、永年勤続者や満五五歳以降の定期昇給額を抑制し、退職金の支給限度額を設けることを条件に、組合との合意のもと、同年一二月から、右定年延長を実施した。なお、右延長前の第二種職員の定年年齢は就業規則上は満五五歳とされていたが、被告は、組合との協議の上、満五五歳一一か月をもって定年退職扱いとしていた。

右定年延長の結果、原告の定期昇給額も、勤続二〇年を経過した平成元年四月以降、それまでの二三〇〇円から二〇〇〇円に減額され、さらに、満五五歳一一か月になった同年一〇月以降は五〇〇円に減額されるに至った。

6(一)  原告は、前記のとおり、大阪市交通局在職中から、女性の職員のみに若年定年制が適用されていたことを男女差別定年制であるとの認識のもとに、これを是正しようと努めてきたが、被告に就職するにあたっても、被告の定年制に男女の差別があれば、これを解消すべく運動しようとの思いを抱いていた。

(二)  被告の社内報である「あゆみ」には、その時々の第一種職員及び第二種職員の人数が男女別で掲載されていた。昭和六一年八月発行の「あゆみNo52」には、女性の第一種職員として、七名の人数が記載されていたが、昭和六一年一二月に配布された「あゆみNo53」以降は、その人数の欄が対象者なしを示す空欄とされるようになったが、原告も、右「あゆみNo53」を見て、女性の第一種職員の人数欄が空欄とされていたことを認識していた。

なお、被告においては、前記のとおり、昭和六一年以降数次にわたって、女性の第一種職員及び第二種職員の定年延長が実施されたが、原告は、配布された組合の報告書等によって、このことを知らされていた。

7  被告においては、呼称変更後、昭和六一年七月三一日に、女性の第一種職員であった佐々木民子(以下「佐々木」という。)が満五五歳で定年退職し、第三種職員として再雇用されたが、その際、定年年齢を巡っての問題が生じたことはなかった。なお、佐々木の右定年退職は、前記「あゆみNo53」で報じられた。

また、鈴木は、平成七年一二月三一日、被告を定年退職したが、鈴木には、自分に適用される定年年齢が満六五歳であるとの認識はなく、満六〇歳で当然に定年になるものと考えていた。

三  右認定の事実関係に基づき、原告の請求の当否について判断する。

1  呼称変更の法的性質について

(一)  被告は、被告における第一種職員及び第二種職員の区別が職員の法的地位に関わるものではなく、単に呼び名の問題にすぎないことを前提に、呼称変更が大阪市交通局を若年定年制により退職した原告を含む女性の第一種職員の労働条件やその法的地位に影響を与えるものではなく、労働条件の不利益変更に該当しない旨を主張する。

(二)  前記認定の事実によれば、被告における第一種職員と第二種職員の職員制度は、担当する業務内容は同じであるものの、初任給、定期昇給額、各種手当や定年年齢等に差異があり、これらの差異は、就業規則上、第一種職員、第二種職員という身分に応じて規定されているのであるから、右事実によれば、被告における第一種職員、第二種職員の区別は、単なる呼び名(呼称)の問題にとどまるものではなく、労働条件確定の基礎となる法的地位を指し示すものと解するのが相当である。

もっとも、前記認定の事実によれば、被告における第一種職員の位置付けは、大阪市交通局に長期間勤務したり、大阪市交通局を定年退職してきた高齢者に対して、定年後の第二の職場を提供することを主眼としたものであって、このような第一種職員の制度を設けた趣旨からすれば、原告のように満三三歳という年齢で大阪市交通局を退職してきた者については、本来第一種職員として処遇する根拠を欠いていたといえなくもない。しかしながら、被告は、右採用に当たり、原告に対し、原告が本来的な意味における第一種職員の対象者に該当しない者であるとか、とりわけ、定年制に関し、大阪市交通局を高齢で退職してきた他の第一種職員と異なる処遇を行うことやその可能性について説明したり、原告からその了解を得たりした形跡はない。かえって、前記認定のとおり、被告は、原告が若年定年制によって大阪市交通局を退職してきたことを知りながら、昭和四二年一〇月二一日に原告を第一種職員として採用し、その後、昭和六一年までの約一九年間の長期にわたって、給与や各種手当等の面において、第一種職員としての処遇を行ってきた。そうである以上、原告は、定年制を含め、被告の就業規則に規定された第一種職員としての法的地位を有するということができる。

(三)  そして、被告は、昭和六一年八月二〇日、呼称変更により、原告のように若年定年制によって大阪市交通局を退職してきた女性の第一種職員の地位を第二種職員に変更することとし、同月二八日、同年四月一日付けで、第一種職員の定年を男女とも満六五歳とすること等を内容とする就業規則の改正を行った。

ところで、被告が右措置を採るに至ったについては、前記認定のとおり、昭和六一年四月一日の男女雇用機会均等法の施行により、男性職員と女性職員につき別個の定年年齢を定めた従来の就業規則の規定を維持することができなくなり、第一種職員の定年年齢を男女を問わず、男性職員の定年年齢とされていた満六五歳に統一することは避けられない事態となった。そのため、被告において、何らかの措置を採らないと、原告のような若年定年制により大阪市交通局を退職して被告に採用された女性の第一種職員についても、右満六五歳定年制の適用対象となるざるを得ないこととなった。そこで、被告としては、就業規則の改正により、右第一種職員の定年年齢を満六五歳に統一することを前提とした上で、原告を含む大阪市交通局を若年定年制によって退職して被告に採用された女性の第一種職員が右満六五歳定年制の適用対象となることを回避するため、呼称変更をすることとしたということができる。

前記認定のとおり、呼称変更は、就業規則の改正に先行してなされたものであるが、仮に、被告が昭和六一年四月一日に遡って呼称変更及び就業規則の改正をしたと主張するように、呼称変更と就業規則の改正の効力が同時に発生したとしても、これを全体として考察すれば、右呼称変更は、原告を含む大阪市交通局を若年定年制により退職した女性の第一種職員が就業規則の改正による男女統一の満六五歳定年制の適用対象となることを回避するべく、意図してなされたものであるから、呼称変更と就業規則の改正は、一連の行為と評価すべきものであるということができる。

以上によれば、被告が呼称変更の措置を採ったことにより、それが就業規則の改正の前後のいずれになされたか否かを問わず、原告が第二種職員としての処遇を受けることとなり、その結果として、右呼称変更の時点において、第一種職員にとどまっておれば、満六五歳定年制の適用を受けたものの、第二種職員となったことにより、満五五歳定年制の適用を受けることとなったのであるし、その後の就業規則の改正の後も、第一種職員の定年年齢は満六五歳であるのに対し、第二種職員の定年年齢は満六〇歳であるから、右呼称変更が原告の労働条件の不利益変更をもたらすものであるといわざるをえない。

2  呼称変更の有効性

(一)  右判示のとおり、呼称変更は、原告の労働条件の不利益変更に当たるのであるから、原告の同意がない限り、その効力を有しないというべきである。

そして、被告は、原告が呼称変更につき同意を与えていた旨を主張するので、この点につき判断する。

(二)(1)  前記認定の事実よれば、被告は、呼称変更及び就業規則改正の手続として、昭和六一年二月ころ同年四月の男女雇用機会均等法の施行に合わせて男女の職員の定年を統一するための就業規則の改正を行うことを決めるとともに、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性の第一種職員を対象として、呼称変更を行い、これらの者を第二種職員として処遇することを企図し、同年三月二七日に開催された被告の常勤理事会でその旨を決定した。そして、被告は、同年四月中旬に行われた組合との三役折衝の席でこの方針を提案し、組合は、同年六月二五日に開催された組合の中央委員会で協議し、承認した。これを受けて、被告は、同年八月二〇日、第一種職員の定年年齢を男女とも満六五歳とする旨就業規則を改正したのである。その結果、原告を含む若年定年制により大阪市交通局を退職した女性の第一種職員については、同年一〇月の定期昇給以後、第二種職員としての取扱がなされ、定期昇給額が第一種職員の地位にあった時と比べて一〇〇円増額されたのである。これらの事情に、組合の中央委員会で決定された事項については、各職場の中央委員を通すなどして組合員に文書又は口頭で周知するものとされていたことや被告が同年八月末に各部の庶務担当課長に対して、右就業規則改正及び呼称変更についての説明を行い、その内容をそれぞれの所属職員に周知するよう指示したなどの事情を考え併せれば、原告は、呼称変更のなされた同年八月の時点で、第二種職員としての処遇を受けるに至ったことを知ったとするのが相当であるし、仮にそうでないとしても、遅くとも、前記定期昇給がなされた同年一〇月時点で、右事実を知ったとするのが相当である(なお、原告が同年一二月ころに配付された「あゆみNo53」を見たことを契機に呼称変更の事実を知ったことは、原告の自認するところである。)。

(2)  そして、原告は、被告による右労働条件の不利益変更の事実を知りながら、何ら異議を述べた形跡もなく、かえって、前記のとおり、昭和六一年一〇月以降、第二種職員を対象として支給される定期昇給や各種手当の支給を受けるなど、金額自体はそれほど大きくないとしても、第一種職員に比べて有利な処遇を享受しており、その後、本件解雇直前の平成六年九月に至るまで約九年間の長期にわたって、自らを第二種職員として取り扱うことに対して異議を申し立てたり、抗議をしたり、あるいは、原告が第二種職員として取り扱われたことによって生じた利益を返上するなどの行動に出た形跡はないのである。

さらに、前記のとおり、原告は、第二種職員のみを対象として行われた平成元年の二度にわたる定期昇給額の減額や平成六年度の給与体系の変更(給与表の適用)に対しても、特段の異議を述べたような事情も窺えない。

加えて、前記のとおり、原告は、かねてより、男女の定年差別等に対し強い関心を持っていた(なお、原告は<証拠略>や原告本人尋問において、被告に就職した際、被告に男女による定年差別があれば、これを是正するために闘うつもりであり、そのためには裁判をも辞さないとの決意を有していたと述べるところである。)が、被告に第一種職員として採用された後、同じ第一種職員にあっても、男性と女性の職員の間で定年年齢に差があったことを知っていた(この事実は、原告本人尋問の結果により認めることができる。)にもかかわらず、これに対し、格別反対し、あるいは是正のための活動をした形跡もないし、また、呼称変更により第二種職員として取り扱われることについても格別異議等を述べていないことが認められる。この点、原告本人尋問の結果によれば、原告は、かねてより、男性の第一種職員の定年が長年にわたり満六五歳とされているのは、第一種職員が、大阪市交通局を定年ないしそれに近い年齢で退職した者に対し、一〇年ほど働くことができるようにするためであることを認識していたことを認めることができる。そして、前記認定の事実によれば、原告は、呼称変更及び就業規則の改正に際しても、組合等からこの間の事情について、さらにその詳細を知るに至ったものと推認することができる。したがって、これにより、原告は、当然に、原告らを含む若年定年制により大阪市交通局を退職して被告に就職した者は、本来は、第一種職員の予定された対象からは外れるので、原告らが男性の第一種職員の定年と同様の満六五歳定年を求めることについて必ずしも積極的な理由がないとの認識を持ったということができる。それゆえ、原告は、呼称変更により、第二種職員となっても、第二種職員の定年年齢が満五五歳であることから、昭和五五年一〇月以降第一種職員の女性の定年年齢が満五五歳であったことと比較して、実質的には、何ら定年年齢に変更を来すものではないので、自らの地位に格別変動を及ぼすものではないとして、呼称変更により第二種職員として取り扱われることに反対しなかったとも考えられ、このような事情に照らせば、原告は、むしろ、右取扱を自ら受容したものと推認する余地もあるということができる。

以上によれば、原告は、被告の呼称変更により、自らが第二種職員として取り扱われることにつき、少なくとも、黙示の同意を与えたとするのが相当である。

(三)(1)  これに対し、原告は、呼称変更に対する同意を強く否定する。

(2)  ところで、一般的にいえば、労働契約における労働条件の不利益変更に対する同意は、真意に基づき、かつ、明確であることが要求されるというべきであって、このような見地からは、黙示の同意があったとされるのは、例外的な場合であるということができる。

(3)  しかしながら、前記のとおり、原告は、男女の定年差別に強い関心を抱いており、大阪市交通局における若年定年制反対運動において活躍した後に被告に応募し、採用された者である(<証拠略>の記載や原告本人尋問における供述中には、原告は、被告に就職した際にも、被告に男女による定年差別があれば、これを是正するために闘うつもりであり、そのためには裁判をも辞さないとの決意を有していたなどとする記載、供述部分がある。)。したがって、原告は、被告に採用された後も、被告における男女職員に適用される定年制の相違を調査したものと考えられのであり(この調査自体は、同僚に尋ねる程度のことで足り、困難が伴うものとは考えられない。)、その結果、原告が女性の第一種職員に適用される定年年齢が男性の第一種職員のそれよりも低い年齢とされており、男女間に定年格差があると認識するに至ったことは、容易に推測されるし、原告本人も、この点につき、一定の認識を持っていたことを自認するところである。そして、前記認定のとおり、呼称変更や就業規則改正の問題については、昭和六一年六月や同年八月ころに、組合や被告の各課長から組合員、各課の所属職員に周知徹底が図られ、通常被告や組合から職員、組合員に対する連絡事項の伝達も、同様の方法で行われていたことに照らせば、呼称変更や就業規則改正の問題だけが周知されなかったとは考えられないのである(前記のとおり、原告とともに呼称変更の対象とされた女性の第一種職員二名がその後満五五歳または満六〇歳で円満に定年退職していることからしても、呼称変更やその趣旨が被告の職員に周知されたことが推認できる。)から、原告は、遅くともそのころには、被告が呼称変更を行い、その結果原告が第二種職員としての処遇を受けるようになり、ひいては、原告の定年年齢についても、第二種職員に対する規定が適用されることを知悉したというべきである。

(4)  そして、原告は、前記のとおり、大阪市交通局における若年定年制反対運動に労働組合の役員として関与した経歴があり、その後も生理休暇完全実施を求める運動を行うなどしていたことに照らせば、原告が呼称変更当時これに反対する意思を有し、原告の定年年齢について、第二種職員に対する規定が適用されることに不満があったのであれば、たとえ男性の組合員に対する不信感を抱いていたとしても、組合を通して被告に対し、反対の働きかけをしたり、原告自らが被告に異議や抗議を申し述べるなどの行動に出てしかるべきであったにもかかわらず、本件証拠上、原告がそのような行動を行ったような事情を認めるには足りないのである(なお、原告は、呼称変更に対し、被告の幹部職員や組合の役員に再三にわたって抗議した旨を主張し、前記陳述書や本人尋問には、原告の右主張に沿う記載や供述部分があるが、右記載や供述を裏付ける客観的な証拠はない上、これを否定する趣旨の<人証略>の各証言に照らして、右の原告の陳述書の記載部分や原告本人尋問における供述部分は容易に措信できず、他に原告の前記主張を認めるに足る証拠はないから、原告の右主張は、採用できない。)。

(5)  そして、前記のとおり、原告は、昭和六一年一〇月、第二種職員としての処遇を受け、定期昇給額が一〇〇円増額されるようになってからも、右定期昇給の支給は受けながら、被告に対して、自らを第一種職員として処遇するように求めた形跡がないばかりでなく、その後被告の第二種職員の定年延長に伴う定期昇給額の減額措置により、原告の定期昇給額が、平成元年四月からそれまでの二三〇〇円から二〇〇〇円に、同年一〇月からは五〇〇円に、それぞれ減額されたことや平成六年に実施された第二種職員のみに対して行われた給与体系の変更(給与表の適用)に対しても、原告が異議申立等の行動に出たなどの事情も窺えない。

(6)  これらの事情に、前記のとおり、原告は、呼称変更が行われた昭和六一年以降本件訴えの提起の直前まで、一〇年近くの長期にわたって自ら第二種職員としての処遇を受けながら、異議や抗議を行ったり、定年年齢についても、原告に第一種職員の定年年齢を適用すよう求めたりしたこともなく、定年年齢については、原告自身が呼称変更に基づく第二種職員としての処遇を受け容れたと解する余地があること、被告も、原告のこのような対応から、原告が呼称変更を容認し、もはや第一種職員としての地位を主張することはないと信頼するに至っていると考えられ、原告もそのことを認識していたと思われること、そして、原告が第一種職員の地位にあるとして、満六五歳定年制の適用を主張し始めたのは、本件訴え提起の直前であったこと(この事実は、弁論の全趣旨によって認めることができる。)などを考え併せれば、本件においては、原告が、呼称変更及び就業規則の変更につき、少なくとも、黙示の同意を与えたとの事実を優に認めることができる。

四  以上判示の次第で、呼称変更は、原告の労働条件の不利益変更に該当するものの、本件においては、呼称変更につき、原告の黙示の同意があったというべきである。それゆえ、右呼称変更は有効であるので、これにより、原告は、第二種職員としての地位を有するに至り、その結果、第二種職員の定年年齢(本件解雇当時は満六〇歳)が適用されることになる。

したがって、被告が、原告が満六〇歳の定年年齢に達したことを理由としてした本件解雇は有効である。

五  よって、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であることが明らかであるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 井上泰人)

別表 財団法人 大阪市交通局協力会 定年の変遷

<省略>

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