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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)1415号 判決 1996年9月27日

原告

下村英治

ほか四名

被告

吉田征夫

主文

一  被告は原告下村美智香に対し、金四五一万六七二六円及びこれに対する平成六年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告下村英治、原告松浦德子、原告下村芳次、原告安西友子に対し、それぞれ金二〇三万〇二八一円及びこれに対する平成六年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告下村美智香に対し、金一四〇六万八五一〇円及びこれに対する平成六年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告下村英治、原告松浦德子、原告下村芳次、原告安西友子に対し、それぞれ金四二六万九二二四円及びこれに対する平成六年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、足踏み式自転車に乗つていたところ、軽貨物自動車に追突され負傷した後、死亡した者の遺族が、運転者に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づいて、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び争点判断の前提事実(以下( )内は認定に供した主たる証拠を示す)

1  事故の発生(争いがない)

<1> 日時 平成五年九月一六日午前一〇時頃

<2> 場所 奈良県大和高田市大字神楽一丁目四番五七号先路上

<3> 関係車両 被告運転の軽四輪貨物自動車(奈良四〇そ七五七六号、以下「被告車」という)

訴外下村次男運転の足踏み式自転車(以下「下村車」という)

<4> 態様 被告車が下村車に追突した。

2  下村次男の負傷及び死亡(争いがない)

下村次男(以下「次男」という)は、本件事故により脳挫傷の傷害を負つた結果、平成六年九月八日死亡した。

3  原告らの地位(甲二ないし七)

原告下村美智香は次男の妻であり、原告下村英治、原告松浦德子、原告下村芳次、原告安西友子はいずれも次男の子である。

4  被告の責任原因(争いがない)

被告は被告車の保有者であり自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。また、被告には前方不注視の過失があつた。

5  損害の填補等(争いがない)

<1> 被告任意保険会社は、大和高田市立病院での入院には関し、五八五万六二五〇円を支払つた。

内訳

(1) 老人保険に関する自己負担分 四七万八八一〇円

(2) 老人保険に関する大和高田市からの求償分 三六六万五六六八円

(3) 職業付添婦料 一七一万一七七二円

<2> 原告らは、自賠責保険金二二九二万円を受け取つた(甲一九)。

<3> 原告下村美智香は、次男死亡後、平成八年八月三〇日(口頭弁論終結の日)までに三二〇万四四〇一円を受領した。

内訳

(1) 遺族厚生年金 二一四万二七七六円

(2) 恩給(普通扶助料) 一〇六万一六二五円

二  争点

1  過失相殺

(原告らの主張の要旨)

本件事故は前方注視を怠つた被告の全面的過失による。

(被告の主張の要旨)

本件事故直前、次男が被告車の進路前方に出てきたことが、本件事故発生の原因となつており、三〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

2  損害額全般

(原告らの主張)

<1> 治療費 五四五万八七二三円

内訳

(1) 大和高田市立病院(平成五年九月一六日から平成六年二月二五日まで) 四九〇万七七五〇円

(2) 奈良厚生会病院(平成六年二月二五日から同年九月八日まで) 五五万〇九七三円

<2> 大和高田市立病院担当医への謝礼 一一万円

<3> 入院雑貨 四六万五四〇〇円

<4> 入院付添費 一八四万六七七二円

内訳

(1) 職業付添婦料 一七一万一七七二円

(2) 近親者付添料 一三万五〇〇〇円

<5> 逸失利益 二二七一万〇三四八円

内訳

(1) 厚生年金(老齢年金) 一四七万一〇〇〇円

(2) 普通恩給 六四万七〇〇〇円

(3) 厚生年金基金 二二万二九〇〇円

(4) 労働災害補償保険年金 一八八万七九〇〇円

(1)ないし(4)の合計四二二万八八〇〇円を基礎額、生活費割合を三割として、平均余命に対応するホフマン係数七・六七二を乗じる。

計算式 四二二万八八〇〇円×〇・七×七・六七二=二二七一万〇三四八円

なお、労働災害補償保険年金は特別年金も含め労働能力を表象するもので、逸失利益性を有する。

<6> 入通院慰藉料 三〇〇万円

<7> 死亡慰藉料 二五〇〇万円

<8> 葬儀費用 一三〇万円

<9> 自転車代 一万八七九七円

<10> 眼鏡代 二万円

<11> 弁護士費用 三〇〇万円

(被告の主張の要旨)

<1> 治療費について

奈良厚生会病院への入院の必要性はなかつた。仮に入院の必要性が認められたとしても、奈良厚生会病院での治療費の中にはおむつ代を含んでおり、これは、入院雑費の請求と重複している。

<5> 逸失利益について

年金は逸失利益の対象とはならない。特に、労働災害補償保険年金は逸失利益性を持たない。

<6> 入通院慰藉料、<7> 死亡慰藉料はいずれも過大である。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  裁判所の認定事実

証拠(乙一ないし七)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

<1> 本件事故現場は、別紙図面のとおり片側一車線の非市街地を東西に走る直線の道路である。車両の通行量は普通であり、最高制限速度は時速四〇キロメートルで、前方の見通しは良好である。

<2> 被告は、時速約三〇キロメートルで右道路を東進していたが、別紙図面<1>(以下符号だけで示す)においてダツシユボードから落ちた物を拾うため前方から目を離したまま約三一メートル進行し、<2>において、前方約三メートル先の<ア>に足踏み式自転車に乗つて東進している次男を初めて認め、急制動をかけたが及ばず、<3>において<イ>の下村車と衝突した(衝突地点は×)。衝突後、被告車は<4>に停止し、次男は、<ウ>に転倒した。

2  裁判所の判断

1の各認定事実に照らし考えるに、本件事故は被告の前方不注視という全面的過失によつて発生したものである。

被告は「次男が衝突直前、被告車の前に出てきた。」と主張し、被告の警察官面前調書(乙五)には、右主張に沿う部分がある。しかし、被告が次男を認めたのは両者間の距離が約三メートルに迫つてからであり、瞬時に次男の動静を把握すること自体極めて困難であること、検察官面前調書(乙六)上では「一瞬のことで相手の動きははつきりとは覚えていません。」とあり、確たる現認でないことを被告自身も認める供述内容になつていることからして、右主張事実の立証はないと言わなければならない。

二  争点2(損害額全般)について

1  裁判所の認定事実

証拠(甲一三ないし一八、乙七、八、原告下村英治本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

次男(大正八年七月一一日生、事故当時七四歳)は、本件事故により、脳挫傷、右側頭骨骨折、右足関節開放性骨折の傷害を負い、事故当日である平成五年九月一六日から大和高田市立病院に入院し、その後平成六年二月二五日に奈良厚生会病院に転院した。次男は、初診時から四肢麻痺、意識障害が続き、転院の前後を通じて植物状態を示し、気管部が切開され、点滴での栄養の補給、カテーテルによる排尿、おむつの着用を要したもので、右状態は、平成六年九月八日の死亡時まで継続した。

2  損害額についての裁判所の判断

<1> 治療費 一〇二万九七八三円(主張五四五万八七二三円)

内訳

(1) 大和高田市立病院(平成五年九月一六日から平成六年二月二五日まで) 四七万八八一〇円(乙九の5、同病院の老人医療保険による治療費中、自己負担金以外は、損害金としても損害の填補としても積算しない。)

(2) 奈良厚生会病院(平成六年二月二五日から同年九月八日まで) 五五万〇九七三円(甲二五の1ないし13)

被告は、「奈良厚生会病院への入院の必要性はなかつた。仮に必要であつたとしても、おむつ代は入院雑費と重複する。」旨主張しているが、1認定の次男の症状から見て、入院の必要性があつたことは明らかである。また<3>において認定する入院雑費は通常の入院に必要な雑費を対象とするものであつて、次男のような極めて重篤な患者が特に要する諸費用と重複するものではない。

<2> 大和高田市立病院担当医への謝礼 〇円(主張一一万円)

入通院慰藉料の算定に当たつて考慮するにとどめる。

<3> 入院雑費 四六万五四〇〇円(主張同額)

1において認定したように次男は三五八日間入院し、一日あたりの入院雑費は一三〇〇円と見るのが相当であるから総額は四六万五四〇〇円(一三〇〇円×三五八日)となる。

<4> 入院付添費 一八四万六七七二円(主張同額)

大和高田市立病院での職業付添婦料として一七一万一七七二円を要したことは当事者間に争いがない。

証拠(原告下村英治)によれば、奈良厚生会病院に入院中、原告らが交代で次男に付き添つたことが認められ、次男の症状からして付添の必要性が肯定でき、同病院での入院期間が六か月に及ぶことから少なくとも原告ら主張の一三万五〇〇〇円の付添費を認めるのが相当である。

<5> 逸失利益 一二三一万〇八八二円(主張二二七一万〇三四八円)

証拠(甲二〇、二一、原告下村英治本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次男(死亡時七五歳)は、昭和四一年九月七日発生の労務災害により受傷し、後遺障害を残したため、労働者災害補償保険法により保険給付がなされることになり、平成六年には同保険給付として、障害補償年金年額一五八万二八〇〇円、障害特別年金三〇万五一〇〇円の支給を受けていたこと、次男は原告下村美智香と二人暮らしであつたことが認められる。

右各給付について、被告はその逸失利益性を争うので判断するに、障害補償年金は、一定期間以上労働者として使用された後に被災した者に対して、被災時における給与の額を基準として算出された金額を、障害特別年金は被災労働者が被災以前の一年間に受けた特別給与の総額を基礎として算出された金額を、被災者の死亡に至るまで支給するものであり、共に、被災者の有する労働能力を平均して金額的に表象するものと解することができるから、逸失利益性が肯定できる。

また、証拠(甲二〇ないし二四)によれば、次男は平成六年において、(1) 厚生年金(老齢年金)一四七万一〇〇〇円、(2) 普通恩給として少なくとも六四万七〇〇〇円 (3) 厚生年金基金の退職年金として二二万二九〇〇円の各支給を受けていたことが認められ、これらと前記労働災害補償保険年金一八八万七九〇〇円の合計四二二万八八〇〇円が逸失利益算定の基礎額となる。

年金がその性格上本人の生活費に充てられる部分が多いことと次男の生活状況を考えあわせた場合、次男の生活費割合は六割と見るのが相当である。そして、平成四年簡易生命表によれば、七五歳男子の平均余命は九・六一歳であるから、九年に対応するホフマン係数七・二七八を乗じて、同人の逸失利益を求めるのが相当である。すると、前記金額が求められる。

計算式 四二二万八八〇〇円×〇・四×七・二七八=一二三一万〇八八二円(円未満切捨・以下同様)

<6> 入通院慰藉料 二九〇万円(主張三〇〇万円)

次男の傷害の部位・内容・程度、入通院期間・状況の他、医師に相当額の謝礼が支払われたこと、本件事故の際、眼鏡、自転車が破損したこと等の事情を加味して、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

<7> 死亡慰藉料 二〇〇〇万円(主張二五〇〇万円)

次男の生活状況、本件事故態様等本件審理に顕れた一切の事情を考慮して右金額が相当である。

<8> 葬儀費用 一二〇万円(主張一三〇万円)

本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき葬儀費用は右金額が相当であり、弁論の全趣旨により各原告がその相続分に応じて負担したものと認める。

<9> 自転車代 〇円(主張一万八七九七円)

<10> 眼鏡代 〇円(主張二万円)

本件事故により破損したことは認められるものの、当時の時価が明らかでないので、入通院慰藉料の算定に当たつて考慮するにとどめる。

第四賠償額の算定

一  損害総額

第三の二の合計は三九七五万二八三七円である。

二  損害額の填補

一の金額から第二の一の5の<1>の(1)、(3)及び<2>の損害填補額合計二五一一万〇五八二円を差し引くと一四六四万二二五五円となる。

三  原告下村美智香の賠償額

二の金額に同原告の相続分である二分の一を乗じた金額七三二万一一二七円から同原告に対する損害填補額である第二の一の5の<3>三二〇万四四〇一円を差し引くと四一一万六七二六円となる。

右金額、本件審理の内容・経過に照らすと、同原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は四〇万円と認められる。

よつて、同原告の被告に対する請求は、四五一万六七二六円及びこれに対する次男の死亡日である平成六年九月八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

四  その余の原告の賠償額

二の金額に各原告の相続分八分の一を乗じると一八三万〇二八一円となる。

右金額、本件審理の内容・経過に照らすと、同原告らが訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は、各原告につき二〇万円と認められる。

よつて、同原告らの被告に対する請求は、二〇三万〇二八一円及びこれに対する次男の死亡日である平成六年九月八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

交通事故現場見取図

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