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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)10532号 判決 1997年2月12日

原告

川島悟

右訴訟代理人弁護士

尾崎博彦

被告

神戸化学工業株式会社

右代表者代表取締役

赤井隆正

右訴訟代理人弁護士

和田栄重

和田重太

主文

一  被告は、原告に対し、八八万九八八九円及びこれに対する平成七年一一月二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二七万一二七〇円及びこれに対する平成七年一一月二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告との間で、昭和五九年一一月九日、雇用契約を締結したが、平成七年九月一三日、退職届を提出し、同月三〇日をもって被告を退職した。

2(一)  原告の右退職は、被告の原告に対する処遇上の不満によるもので、被告が原告を解雇したとしても原告はこれに応じる意図があったから、被告賃金規則二六条一項四号の「会社の都合により解雇又は退職するとき。」に該当し、その場合に支給される退職金は、次の計算式で算出される。

(本給)×〇・八×(勤続年数による支給率)

(二)(1)  原告の退職時の本給

一三万九七〇〇円

(2) 一〇年一一か月の勤続年数による支給率(賃金規則二九条及び同規則三〇条別表による。)

(端数を除いた勤続年数による乗率)+(端数を繰り上げた勤続年数による乗率 端数を除いた勤続年数による乗率)×(端数たる月数)÷一二=一〇+(一一・五一〇)×一一÷一二=一一・三七五

(三)  以上から、原告の退職金は、一二七万一二七〇円となる。

一三万九七〇〇×〇・八×一一・三七五=一二七万一二七〇円

3  よって、原告は、被告に対し、雇用契約に基づき、退職金一二七万一二七〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一一月二日から支払済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原・被告間で、昭和五九年一一月九日、雇用契約が締結されたことは認め、その余は否認する。

2  同2は否認する。

原告に退職金が支給されるものと仮定しても、原告は、自己都合で退職したものであるから、被告賃金規則二六条、二七条の適用はなく、同規則二八条四号(勤続満一〇年以上一五年未満の場合には、退職金支給率表によって算出した金額の七割を支給)により、原告の取得すべき退職金は、原告主張の金額の七割である八八万九八八九円である。

三  抗弁(懲戒解雇による退職金債権の不発生)

1  平成七年三月七日の流出事故に関する虚偽報告等

(一) 原告は、平成五年九月、被告の製造課長となったが、原告の部下である担当作業員が、平成七年三月七日、被告会社の工場において、布類の染料の中間体(以下「製品」という。)である製造番号#二二製造記号DCAL(以下「DCAL」という。)を誤って溝に流出させ、工場の排水路を詰まらせた。原告は、他の製造部員の協力を得れば容易に原状回復ができたのにもかかわらずこれをせず、また、右事態を被告代表者に報告せず放置したため、工場の排水ができず、工事全体の作業を約一週間停止せざるを得なくなった。さらに、原告は、溝から取り出した約一トンの右製品の不良品を製品に計上し、被告代表者に虚偽の報告をした。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条五号(業務上の怠慢又は監督不行届によって事故を発生させたとき)、六号(故意又は重大な過失によって会社に損害を加えたとき)及び七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

2  平成七年三月二八日の不良品発生に関する虚偽報告

(一) 原告は、平成七年三月二八日、製品である製造番号K四製品記号DAAN(以下「K四のDAAN」という。)に不良品が発生し、通常より約二〇パーセント精製品の収量が減少したにもかかわらず、これを良品として製品に計上し、被告代表者に虚偽の報告をした。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

3  平成七年四月二五日の不良品発生に関する虚偽報告

(一) 原告は、平成七年四月二五日、製品である製造番号K五製品記号DAAN(以下「K五のDAAN」という。)に不良品が発生したにもかかわらず、これを良品として製品に計上し、被告代表者に虚偽の報告をした。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

4  平成七年六月一日及び同月六日の不良品発生に関する報告等の懈怠

(一) 原告は、その監督不行届により、平成七年六月一日及び同月六日、右各日仕込みの製品である製造番号三二・三三製品記号MSBT(以下「MSBT」という。)に反応タンク二ロット分の不良品を発生させ、約二五パーセントの収量減となったにもかかわらず、これを被告代表者に報告・相談しなかったため、被告の損害がさらに拡大した。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条五号(業務上の懈怠又は監督不行届によって事故を発生させたとき)、六号(故意又は重大な過失によって会社に損害を加えたとき)及び七項(ママ)(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

5  平成七年六月一六日の不良品発生に関する報告等の懈怠

(一) 原告は、製造工程における設備の清掃が不備であったことを被告代表者に報告・相談しなかったため、平成七年六月一六日、製品である製造番号#七製品記号APT(以下「APT」という。)に不良品を発生させた。しかし、原告は、右不良品の発生及び収量減について被告代表者に報告せず、さらに、右不良品の再精製についても報告をしなかったため、再精製の際に使用する水の量を誤り、被告の損害を拡大した。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条五号(業務上の怠慢又は監督不行届によって事故を発生させたとき)、六号(故意又は重大な過失によって会社に損害を加えたとき)及び七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

6  平成七年六月二七日の不良品発生に関する虚偽報告

(一) 原告は、平成七年六月二七日、製品である製造番号K六製品記号DAAN(以下「K六のDAAN」という。)に不良品が発生したにもかかわらず、これを良品として製品に計上し、被告代表者に虚偽の報告をした。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

7  生産報告書及び生産予定表の提出の懈怠

(一) 原告は、製造課長として、被告代表者に対し、毎月の生産報告を翌月一五日までに生産報告書として提出し、また、前月末までに当月の生産予定表を提出しなければならないのに、平成七年五月分以降の生産報告を全く行わず、また、同年六月分ないし八月分の生産予定表を提出しなかった。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

8  原告の平成五年九月以来の被告会社組織系統の無視

(一) 原告は、平成五年九月、被告の製造課長に就任して以来、部下約三〇名を無視し、役職のない単なる作業員四名ほどに仕事の指示をしただけで、各現場責任者に生産指示を行わなかったため、生産が混乱し、製品が不足する事態が生じた。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

9  原告の部下の時間内入浴に対する監督不行届

(一) 原告は、被告の製造課長であったにもかかわらず、その監督不行届により、平成七年九月の数か月前ころから、原告の部下である製造関係従業員九名ほどが、就業時間内に作業を勝手に終えて入浴するという事態が発生していた。

(二) 右事実は、被告就業規則五六条七号(業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき)に該当する。

10(一)  被告は、前記抗弁5(一)及び7(一)の事由により、平成七年八月一五日以降、原告を減給処分(給与の一〇パーセント)に付した。

(二)  被告は、同年九月七日、前記抗弁1(一)、同2(一)、同3(一)、同4(一)、同6(一)、同8(一)、同9(一)の各事由及び被告がその後も生産予定表や生産報告書の提出を求めたのにこれらを提出しないことにより、原告の課長職を解任するとともに、同月一三日、右事由により、原告に対し、懲戒解雇する旨の意思表示をした。

(三)  被告賃金規則二六条一項本文ただし書によれば、懲戒解雇された者に対しては退職金を支給しないこととされているから、原告は、被告に対し、退職金請求権を有しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(平成七年三月七日の事故等)のうち、原告が被告の製造課長となったこと、被告の担当従業員が、平成七年三月七日、被告の工場において、DCALを誤って溝に流出させ、そのため工場の排水路が詰まったこと、その結果右工場の作業が一週間停止したことは認め、その余は否認し、同1(二)は争う。

右工場の作業が停止されたのはその当時生産予定がなかったからであり、工場の排水路が詰まったこととは直接関係がない。

2  同2(一)(平成七年三月二八日の虚偽報告)のうち、不良品が発生したことは認めるが、その余は否認し、同2(二)は争う。

なお、「不良品」とは、要するに製品の純度が要求される基準以下のものであり、製造過程では一定の確率で必ず発生するのであるが、再度精製することで不良品の精度を上げ、製品化できるものである。

3  同3(一)(平成七年四月二五日の虚偽報告)のうち、不良品が発生したことは認めるが、その余は否認し、同3(二)は争う。

4  同4(一)(平成七年六月一日及び同月六日の不良品発生)のうち、不良品が発生したことは認めるが、その余は否認し同4(二)は争う。

5  同5(一)(平成七年六月一六日の不良品発生)のうち、不良品が発生したことは認めるが、その余は否認し、同5(二)は争う。

6  同6(一)(平成七年六月二七日の虚偽報告)のうち、不良品が発生したことは認めるが、その余は否認し、同6(二)は争う。

7  同7(一)(生産報告及(ママ)び生産予定表の報告の怠慢)は否認し、同7(二)は争う。

8  同8(一)(平成五年九月以来の被告会社組織の無視)は否認し、同8(二)は争う。

9  同9(一)(原告の部下の時間内入浴)のうち、被告の関係従業員が就業時間内に入浴していた事実は認めるが、その余は否認し、同9(二)は争う。

原告が製造管理責任者をしていた当時は、生産縮小のため業務時間内に作業を終了せざるを得なかったから、原告に監督不行届はない。

10(一)  同10(一)(減給処分)のうち、原告が減給処分を受けたことは認め、その理由については争う。

(二)  同10(二)(製造課長の解任、懲戒解雇の意思表示)は認める。

しかしながら、被告の原告に対する懲戒解雇は、原告が退職したい旨の申入れをなした後、突如としてなされたものであり、懲戒解雇の根拠としては就業規則の条文しか明示されておらず、懲戒解雇事由として主張されている事実については既に減給処分が課されているから、結局、被告代表者が恣意的に懲戒権を行使したものにすぎず、無効である。

また、被告賃金規則二六条一項本文ただし書は、懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨を規定しているが、このような規定は、永年の勤続の功を抹消してしまうほどの不信行為がある場合にのみ適用されるべきであるところ、原告にはこのような不信行為に該当するまでの事情は存在しない。

(三)  同10(三)(退職金の不払)は争う。

五  再抗弁(懲戒権の濫用による懲戒解雇の無効)

1  被告就業規則五六条五号、六号、七号、一〇号は、不明確な条項であっていずれも無効である。

2  被告は、原告に対し、被告主張の懲戒事由のうち抗弁1ないし7の各(一)の事由について、平成七年八月一五日以降、減給処分(給与の一〇パーセント減額)を行ったから、さらに原告を懲戒解雇とするのは二重処分として許されないし、同8(一)の事由はそれまで不問とされていた事実を突如として問題にしており、不遡及の禁止の原則に抵触する。

3  被告による懲戒解雇は、原告が退職申入れをした当日に、何ら具体的な懲戒事由の摘示もせず、原告に抗弁の機会も与えずになされたものであるから、適正な手続のもとになされたものではない。

六  再抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三証拠

証拠については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実、成立に争いのない(証拠略)、原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)、被告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)(いずれも一部)、原告作成部分につき成立に争いがなくその余の部分については被告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)(いずれも一部)、被告代表者尋問の結果(一部)、原告本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、染料の中間物の製造、販売を業とする株式会社であるところ、原告は、被告との間で、昭和五九年一一月九日、雇用契約を締結し、平成五年九月三日には被告の製造課長に就任して被告の工場の現場で原料から製品を製造する部門の責任者となった。なお、被告の製造部門にあっては、部長職は存在しない。

被告は、平成七年当時、右中間物製造のため、青木工場(本工場と新工場を含む。)及び向洋工場を有しており、四〇名強の従業員がいたが、原告が責任者を務める製造課には、約三〇名の製造課員がいた。そして、右製造課員の中には、原告が製造課長になる前から、就業時間中に、被告会社工場内の浴場で入浴する者があった。

2  被告の従業員で、製造課員である平内敏正は、平成七年三月七日、被告の青木工場のうち本工場で、操作ミスにより、製品のDCAL約一トンを排水路に流出させるという事故を発生させた。このため、原告は、被告本工場の作業員に命じて、これを除去する作業をしたが、右本工場では、再開が遅れ、一週間ほどの間製品を製造することができなくなり、本来約一七〇〇キログラム製造される予定であったDCALも、八一三キログラムしか製造することができなかった。しかし、原告は、たまたま当時、製品在庫帳に記載のないDCALの在庫が九七七キログラムあったので、自分の部下の不始末をかばうためもあって、右流出事故の件を被告代表者に報告せず、また、生産報告書にも右在庫を加えた数量を記載して被告代表者に報告した。

3  被告は、向洋工場において、平成七年三月二七日からK四のDAANの仕込みを開始し、同年四月三日には七五二九・五キログラムの生産をみたが、不良品が混じっていたので精製を行い、同月一二日ころ、最終的に六二三九・五キログラムの製品を完成させた。

ところで、原告は、かねてより、製造課長として、毎月の生産予定表を作成して被告代表者に提出するほか、各工場からの生産明細報告書に基づいて、毎月一五日までに前月度の生産報告書を被告代表者に提出していたところ、右K四のDAANについては、最終的な製品の数量に関する生産明細報告書(<証拠略>)が平成七年四月二八日になってから提出されたため、被告代表者への生産報告書を作成するに当たって同月一三日に提出された生産明細報告書(<証拠略>)によらざるを得ず、しかも、右生産明細報告書にはK四のDAANにつき同月三日現在の精製前の数量しか記載されていなかった。このため、原告は、同月一五日、三月度分の生産報告書には右精製前の数値を記載してこれを被告代表者に提出した。

4  被告は、向洋工場において、平成七年四月二四日からK五のDAANの仕込みを開始し、同年五月八日には七一八四・一キログラムの生産をみたが、不良品が混じっていたので精製を行い、同月二五日、最終的に五九七五・七キログラムの製品を完成させた。

しかし、原告は、同年五月一五日当時、右K五のDAANが最終的に完成していなかったので、当時手元にあった資料から、右製品の生産量を七〇八四・一キログラムとして同年四月度分の生産報告書に記載し、これを被告代表者に提出した。

5  被告は、青木工場において、平成七年六月一五日、MSBTを製造したが、二つの製造ロットでそれぞれ二六・六七パーセント、二一・五七パーセントの不良品が発生した。

しかし、右製造ロットにおいては、かねてより右MSBTの不良品が出ており、原告も当初、被告代表者にその旨報告していたが、特段の改善指示はなされなかったので、その後右不良品発生について報告をしないようになり、右平成七年六月一五日製造分の不良品についても報告をしなかった。

6  原告は、平成七年六月一五日から、被告の工場で、APTの製造を開始したが、その際、設備の切替洗浄が不充分であったため異物及びタールが混入した不良品が発生し、同月二一日から再度精製を行わなければならなくなった。このため、APTの基準得量は四七六・三キログラムであるにもかかわらず、原告は三〇七・九キログラムしか製品として完成させることができず、また、原告はこのことを被告代表者に直ちに報告しなかった。

しかし、被告の輸出担当の従業員である松内重樹は、同月下旬ころ、APTの製造に遅れが出ていることに気付き、その旨を被告代表者に報告したので、被告代表者は、原告に対し、APTについて詳しい報告を求めたが、原告は、被告代表者には他の従業員が詳細を報告済みであると考えたためすぐには報告書や始末書を提出せず、同年八月七日ころになってから、これらの報告書及び始末書を提出した。

7  ところで、原告は、平成七年一月一七日、いわゆる阪神・淡路大震災の発生により、被告の従業員が減少したために、製造課長としての本来の業務のほか、雇用調整の助成金の申請、トラックの運転、求人、現場作業等の業務に追われるようになり、そのためもあって、同年六月一五日までに提出すべき同年五月度分以降の生産報告書を被告代表者に対し提出せず、以後も生産報告書を提出しないようになった。このため、被告が同年六月二六日から製造を開始したK六のDAANに同月二七日、不良品が発生し、同年八月一〇日に精製を経て完成した良品が五三九一・八キログラムしかなかったことは、同月の棚卸しの際まで被告代表者の知るところとはならなかった。

8  被告は、原告に対し、右APTの報告の遅れと平成七年五月度分以降の生産報告書を提出しないことを理由に、同年八月一五日、その給与を一〇パーセント減給する旨の処分をし、さらに、毎年八月に行われる被告の棚卸しの際、原告がDCALの流出事故を報告せず、K四ないしK六のDAANについて生産報告書と在庫に食い違いがあることが判明したため、同年九月七日、原告を製造課長の職から解任し、平社員とした。

これに対し、原告は、右減給処分を受け、次いで製造課長の職を解かれたことから、被告で就労を続ける意欲を喪失し、同月一三日朝、被告に対し、同月三〇日をもって退職する旨の届けを提出した。しかし、被告は、かねてより原告の就業態度を問題視していたこともあり、その日のうちに、原告に対し、就業規則五六条五項(ママ)(業務上の怠慢又は監督不行届によって災害傷害その他の事故を発生させたとき)、六項(ママ)(故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき)、七項(ママ)(業務命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき)及び一〇項(ママ)(懲戒が2回以上に及び、なお改悛の見込みのないとき)により懲戒解雇する旨記載された通知書を交付して、懲戒解雇の意思表示をした。

二  被告の主張について

以上認定の事実に対し、被告は、原告に抗弁掲記の各懲戒事由が存在した旨主張するので、以下、検討する。

1(一)  被告は、抗弁1(一)において、平成七年三月七日、被告会社の工場において、発生したDCAL流出事故に関し、原告が排水路に流出した不良品のDCALを良品として虚偽の報告をした旨主張し、(証拠略)、被告代表者尋問の結果中には右主張に沿う部分がある。

(二)  しかしながら、原告が不良品を良品として計上したことについては積極的な裏付けを欠くこと、被告においてその後右DCALの数量に関して何らかの具体的な問題が発生したとは窺われないこと、被告では在庫製品について毎年八月に棚卸しをするだけであるから、在庫帳に記載のない製品が現場に存在したとしてもあながち不自然とはいえないこと、被告の会社規模に照らすと、原告が良品を不良品(ママ)として計上すれば容易に露見することが予想され、かつ、原告は製造課長という立場上、そのことを十分知っていたはずであって、そのような行動に出ることは不自然であることに徴すると、被告の主張に沿う右各証拠はいずれも信用することができず、他に被告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、原告が平成七年三月のDCAL流出事故の発生に関し、右事故発生の事実を被告代表者に対し報告しなかったこと、原告が被告本工場の作業員にのみ命じて除去作業をしたため、本工場の再開が遅れ、一週間を要したこと、右事故により、排水路に流出してDCALの不良品が発生したにもかかわらず、部下をかばう気持ちもあって、右事実を正確に報告せず、その代わりに、当時存した在庫商品を加えて計上し、生産報告をしたことには、適正を欠く点があり、被告就業規則五六条五号に該当する余地があるが、それ以上にわたって何らかの懲戒事由に該当するとまではいえない。

2(一)  被告は、抗弁2(一)において、平成七年三月二八日、K四のDAANの不良品発生に関し、原告が虚偽の報告をした旨主張し、(証拠略)、被告代表者尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

(二)  しかしながら、生産報告書は前月分の生産実績を記載して毎月一五日までに提出されるものであるところ、平成七年四月一三日付けの生産明細報告書(<証拠略>)によればK四のDAANには不良品が混じっており、精製を要するものである旨の記載がある一方、右K四のDAANが最終的に製品となった際の数量についての生産明細報告書(<証拠略>)は同月二八日付けであって、後者の数値が最終的に正しいものであるとしても、原告はこれを同月一五日までに知ることはできなかったことに徴すると、むしろ、原告は平成七年三月度分の生産報告書(<証拠略>)において、その作成当時に判明した限りの生産報告をしたものと認めるのが自然であって、被告の主張に沿う右各証拠はいずれも信用することができず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、抗弁2(一)の事実はこれを認めることができない。

3(一)  被告は、抗弁3(一)において、平成七年四月二五日、K五のDAANの不良品発生に関し、原告が虚偽の報告をした旨主張し、(証拠略)、被告代表者尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

(二)  しかしながら、平成七年四月度分の生産報告書(<証拠略>)は、原告が工場からの生産明細報告書に基づいて作成するものであるところ、平成七年五月一八日付けの生産明細報告書(<証拠略>)、製品在庫帳(<証拠略>)のいずれを見ても右生産報告書記載の七〇八四・一キログラムの数値の記載はなく、証拠として提出された右生産明細報告書の日付から、原告が同報告書に基づいて同年四月度分の生産報告書を作成したとは考えにくいことから、むしろ、原告は他の資料を基に、その時点で判明した限りの数値で同年四月度分の生産報告書を作成したとも推認されるのであって、被告の主張に沿う右各証拠はいずれも信用できず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、抗弁3(一)の事実はこれを認めることができない。

4(一)  被告は、抗弁4(一)において、平成七年六月一日及び同月六日、MSBTの不良品発生に関し、原告が不良品発生を報告しなかったため損害が拡大した旨主張し、(証拠略)、被告代表者尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

(二)  そこで検討するに、原告が不良品の発生について被告代表者に報告をしなかったことは原告がその本人尋問で自認するところであるが、その不良品の発生の割合が少なくないにもかかわらず、青木工場からの生産明細報告書(<証拠略>)には不良品が混在している旨の記載はなく、単に良品の数値だけを記載する体裁をとっていること、右各証拠の述べる損害の拡大なるものの内容が不明確であることに照らすと、むしろ、MSBTの製造ロットではかねてより不良品の発生が恒常化していたと認めるのが自然であって、被告の主張に沿う右各証拠はいずれも信用することができず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、抗弁4(一)の事実中、原告が報告をしなかったために損害が拡大したとの主張はこれを認めることはできないばかりでなく、原告が不良品の発生を報告しなかったことについてはとりたてて責められるべき理由があるとはいえないから、被告就業規則五六条五号、六号及び七号のいずれにも該当するとはいえない。

5  抗弁5(一)について、原告は、平成七年六月一六日、設備洗浄の不充分からAPTに不良品を発生させ、このことについて直ちに被告代表者に報告しなかったことは前記認定のとおりであるが、被告は、原告に対し、平成七年八月一五日、右APTの不良品発生に関する報告の不手際と、平成七年五月度以降の生産報告書を提出しないことから、被告就業規則五四条、五五条に基づき一〇パーセントの減給処分を行ったのであって、これに加えて、右同一事由に基づいて原告を懲戒解雇することは、同一の事実により原告に重ねて不利益を課するものであって、二重処分に当たり許されない。

6(一)  被告は、抗弁6(一)において、原告は、平成七年六月二七日、K六のDAANに不良品が発生したにもかかわらず、これを良品として製品に計上し、被告代表者に虚偽の報告をしたと主張し、被告代表者尋問の結果によれば、原告が右不良品発生の事実を報告しなかったことは認められるが、原告は、前記認定のとおり、平成七年五月度分以降の生産報告書を提出していないのであるから、原告がK六のDAANに発生した不良品を良品として製品に計上し、被告代表者に虚偽の報告をしたとの事実を認めることはできない。

(二)  もっとも、原告が同年七月、八月度分の生産報告書を提出しなかったことの結果として、平成七年六月二七日K六のDAANについて不良品が発生した事実の判明が遅れたことは、被告就業規則五五条一号に該当する余地があるものの、これのみをもって業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとまではいえないから、右事実は被告就業規則五六条七号には該当しないといわざるを得ない。

7(一)  被告は、抗弁7(一)において、原告が平成七年五月度分以降の生産報告書を提出せず、また、平成七年六月以降の生産予定表を提出しなかった旨主張し、右生産報告書を提出しなかったことは、原告も自認するところであるが、右生産予定表を提出しなかったとの点については、(証拠略)、被告代表者尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

(二)  しかしながら、なるほど原告が平成七年五月度分以降の生産報告書を提出しなかったことは原告がその本人尋問中で自認するところであるが、他方、生産予定表は、各月の工場での生産計画を示すものであって工場などの生産現場では必需のものであるところ、被告において、同年六月以降、生産現場に混乱が生じたなどの事情は全く窺われないこと、原告は他に作業日報も提出していたことから、被告主張に沿う右各証拠はにわかに信用することができず、他に被告主張の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、抗弁7(一)のうち、原告が生産予定表を提出しなかったとの事実はこれを認めることができない。

(三)  原告が同年八月、九月度分の生産報告書を提出しなかったこと(なお、前記のとおり、原告が同年五月度分以降の生産報告書を提出しなかったため、原告は、平成七年八月一五日、減給処分を受けたのであるから、原告が同年五月ないし七月度分の生産報告書を提出しなかったことについては、既に右処分の対象となったというべきである。)は、被告就業規則五五条一号に該当する余地があるものの、これのみをもって業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとまではいえないから、右事実は被告就業規則五六条七号には該当しないといわざるを得ない。

8  被告は、抗弁8(一)において、原告が製造課長の職にありながら会社の組織系統を無視して行動した旨主張するが、右事由は、被告代表者がその尋問中で自認するように、原告を解雇した後に発覚した事実であるところ、特段の事情がない限り、懲戒行為の当時に使用者が認識していなかった事実をもって懲戒の理由とすることはできないものと解すべきであって、被告においては右特段の事情について何らの主張も立証もないから、右会社組織の無視の件は、これをもって懲戒解雇の理由とすることはできない。

9  抗弁9(一)について、被告の製造課員が就業時間中に入浴したことがあることは前記認定のとおりであるが、このことによって被告の会社秩序がどのように乱されたのかはつまびらかでなく、これが原告の管理職としての監督不十分を窺わせる事実であるとはいいうるものの、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告会社において、右入浴が事実上慣行としてなされていたことも窺えるので、それ以上にわたって、原告において被告就業規則五六条七号に該当するとまでいうことができず、したがって、右事実をもって原告に対する懲戒解雇の理由とすることはできない。

三  原告に対する懲戒解雇の効力

1  以上によると、原告に対する懲戒解雇の理由として認められる事実は、平成七年三月のDCAL流出事故に関する原告の措置の不適切さ(事故発生を被告代表者に対し報告しなかったこと、原告が被告本工場の作業員にのみ命じて除去作業をしたため、本工場の再開が遅れ、一週間を要したこと、右事故により、排水路に流出してDCALの不良品が発生したにもかかわらず、部下をかばう気持もあって、右事実を正確に報告せず、その代わりに、当時存した在庫商品を加えて計上し、生産報告をしたこと)のみである(なお、前記認定のとおり、原告が度々にわたり生産報告書の提出を懈怠するなどした点も、管理職としての立場を重視するとき、被告主張の懲戒解雇事由に該当する余地がないとはいえないが、この点を考慮しても、以下の結論に変わりないというべきである。)。しかるに、これにより被告の被った損害の具体的内容は必ずしも明確なものではないばかりでなく、右のDCAL流出事故に関する原告の措置の不適切さや、前記認定の原告のその他の度々にわたる報告懈怠等の事実は、専ら原告の管理職たる製造課長としての適格性の不存在に起因する(一従業員としてのそれに起因するものではない。)というべきところ、原告本人尋問の結果、被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、そもそも、右昇進の当初から製造課長としての適格性を有していたか疑問であることが窺え、この点は、被告による、原告の課長職への昇進措置自体に問題があったというべき余地があるし、被告は、原告の右適格性に疑問を抱いて、平成七年九月七日、原告を、製造課長から平社員に降格したのであるから、これにより、原告は、実質的には、既に、被告により相応の措置を受けたというべきである。したがって、被告が、右に加えて、さらに追い打ちをかける形で、懲戒解雇により、原告の被告の従業員(平社員)としての地位まで奪って退職金を受給することを不可能ならしめることは、管理職としては適格性を欠くとしても一従業員レベルで見た場合の原告の一〇年余の功労を全く無に帰せしめるものであって、原告にとって苛酷にすぎるというべきであることや、右懲戒解雇は、原告が退職届を提出したその日に突如としてなされ、懲戒解雇の通知書には就業規則五六条一〇号など、以上の懲戒事由とは無関係な懲戒条項が記載されているのに、具体的な懲戒事由が全く明らかにされていないなどの前記認定の各事情に徴すると、右懲戒解雇の意思表示が真実、原告に対する過去の事跡に対する懲戒として行われたものであるかは甚だ疑わしく、これらに鑑みるとき、被告の原告に対する懲戒解雇は、相当性を欠くというべきであって、結局、右懲戒解雇は、懲戒権の濫用に当たり無効であるというべきである。

2  なお、被告は、右懲戒解雇は平成七年九月七日ころには既に決定されていた旨主張し、被告代表者尋問の結果中にはこれに沿う部分もあるが、右は、懲戒解雇事由とされる事実がいずれも認め難いこと、APTの不良品発生の報告の遅れや生産報告書の不提出については既に減給処分がなされており、さらに、原告は、平成七年九月七日、製造課長を解任されていること、前記認定の懲戒解雇通知が出された経緯に照らして、到底信用し難く、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

四  原告の退職金額

次に、原告の取得すべき退職金の金額について検討するに、なるほど、被告による懲戒解雇が無効であることは前記のとおりであるが、原告が減給処分を受け、製造課長から解任されるなどしたために被告での就労意欲を喪失して、平成七年九月一三日、自ら退職届を提出したものであって、たまたま、同日に被告が原告に対して懲戒解雇する旨の意思表示をしたことの故をもって、右退職が「会社の都合により解雇又は退職するとき。」(被告賃金規則二六条一項四号)となるものではないことは明らかである。

したがって、原告の取得すべき退職金額の算定に当たっては次のとおり被告賃金規則二八条四号の適用を受け、その結果、八八万九八八九円となる。

1  (退職金額)=(本給)×〇・八×(勤続年数による支給率)×〇・七

2(一)  原告の退職時の本給 一三万九七〇〇円

(二)  一〇年一一か月の勤続年数による支給率(賃金規則二九条及び同規則三〇条別表による。)

(端数を除いた勤続年数による乗率)+(端数を繰り上げた勤続年数による乗率 端数を除いた勤続年数による乗率)×(端数たる月数)÷一二=一〇+(一一・五 一〇)×一一÷一二=一一・三七五

3  一三万九七〇〇×〇・八×一一・三七五×〇・七=八八万九八八九円

五  結論

以上によれば、原告の請求は、八八万九八八九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一一月二日から支払済に至るまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を認める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 井上泰人)

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