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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)8480号 判決 1997年9月17日

原告

有限会社ダイニチ

右代表者代表取締役

浦野美智子

右訴訟代理人弁護士

山田庸男

鈴木敬一

小泉伸夫

宮岡寛

李義

岡伸夫

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

森本宏

児玉実史

八代紀彦

佐伯照道

天野勝介

中島健仁

石橋伸子

山本健司

滝口広子

渡辺徹

生沼寿彦

飯島歩

被告

東大阪市

右代表者市長

清水行雄

右訴訟代理人弁護士

岡本生子

主文

一  被告甲野太郎は、原告に対し、金一億二九〇〇万円及びこれに対する平成六年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東大阪市は、原告に対し、金五一六〇万円及びこれに対する平成六年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の二と被告甲野太郎に生じた費用の二分の一を被告甲野太郎の負担とし、原告に生じた費用の五分の一と被告東大阪市に生じた費用の五分の一を被告東大阪市の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金二億五八〇〇万円及びこれに対する平成六年八月三一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、司法書士である被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)が原告に斡旋し、更に根抵当権設定登記手続等も行った融資が、実際は、他人に扮した者に対する融資であり、融資金の回収が不可能になったとして、被告甲野に対しては、委任契約上の本人確認に関する調査報告義務の債務不履行に基づいて、被告東大阪市(以下、「被告市」という。)に対しては、被告市の職員が、本人確認義務ないし印鑑登録手続実施上の調査義務を怠り、虚偽の印鑑登録廃止届及び印鑑登録申請を受理し、虚偽の印鑑登録証明書を発行したとして国家賠償法に基づいて、それぞれ損害賠償請求をなした事案である。

一  争いのない事実等(争いのない事実及び弁論の全趣旨により認定できる事実の他は、認定に供した証拠を()内に表示)

1  融資に至る経緯

(一) 原告は不動産売買の仲介、金銭の貸付等を業とする有限会社であり、大山善次郎こと鄭善次郎(以下、「大山」という。)は原告の事実上の経営者であり、被告甲野は司法書士である。

(二) 大山は、登記の委任事務を通じて、被告甲野とは以前から面識があった。

(三) 平成六年七月四日、被告甲野は大山に対し、資金の融資をしてくれる先を探している人がいるとの融資話を持ちかけた。

大山は融資を実行するための調査をしたが、担保予定の土地である東大阪市森河内東<番地略>の土地二三六〇平方メートル(以下、「本件土地」という。)は現況が駐車場で坪単価は一〇〇万円以上であり、他に担保権の設定はなく、資産価値としては十分な物件であることが判明した(甲一八、二八、二九、証人大山)。

(四) そこで、原告は、大山を代理人として被告甲野の紹介した人物と融資の交渉をすることとし、大山は同月一一日、被告甲野の司法書士事務所(以下、「事務所」という。)において、同人紹介の吉田伊藏と称する西田健次(以下、「自称吉田」という。)と面談した。

(五) 右面談の後、大山と被告甲野が話し合い、被告甲野は、司法書士として本件融資に関連した登記申請手続を受任することの報酬とは別に、大山が自称吉田より取得する融資手数料の中から金一五〇万円を受け取ることになった(証人大山、被告甲野本人)。

(六) その後、原告と自称吉田との融資の話し合いがまとまり、原告は金三億円を自称吉田に貸し付け、利息分の二七〇〇万円と、手数料金一五〇〇万円を差し引いた金二億五八〇〇万円を自称吉田に交付すること、その際、本件土地について極度額金四億円の根抵当権を設定することになった(以下、「本件取引」という。)。

(七) 自称吉田は、共犯者である中西清利(以下、「中西」という。)が手配した吉田伊藏名義の偽造自動車運転免許証(以下、「本件免許証」という。)を用いて、同月一四日、東大阪市役所永和行政サービスセンターにおいて被告市職員乙川花子(以下、「乙川」という。)に対し、本件免許証を提示し、吉田伊藏名義の印鑑登録廃止届を提出するとともに、別の印鑑を新たに登録する旨の吉田伊藏名義の印鑑登録申請をなして印鑑登録を行い、即日印鑑登録証明書の発行を受けた(甲二七、乙八、丙九、一一)。

2  本件取引時の状況

(一) 同日、大山と自称吉田は再び被告甲野の事務所に集まり、被告甲野の立会いのもと本件取引にとりかかった。

(二) 大山は本件取引に先立ち、原告のためにすることを示して、債権者及び根抵当権者を原告、債務者及び根抵当権設定者を吉田伊藏、極度額を金四億円とする本件土地についての根抵当権設定登記の申請手続を被告甲野に委任した(以下、「本件委任契約」という。)。

(三) この時、自称吉田は、本件土地の登記済権利証、印鑑登録証明書、住民票、固定資産評価証明書、本件免許証等を準備していた。そこで、被告甲野及び大山は、本件取引の前に、自称吉田から本人確認のために本件免許証の提示を受け、大山と被告甲野は別室で本件免許証を確認した。

その際、大山及び被告甲野双方から本件免許証について、不自然と思われる点が指摘された。

(四) そこで、被告甲野の事務所の事務員である荒谷由紀枝(以下、「荒谷」という。)は、運転免許試験場に電話をし、光の加減によっては、桜のマークが見えないものもある旨を確認し、更に、本件免許証番号から、吉田伊藏なる人物の登録があるか否かを確認したが、運転免許試験場の職員にプライバシーの保護を理由に回答を拒否された(甲一八、一九、乙一、被告甲野本人)。

(五) その後、被告甲野の事務所の応接室において本件取引に関する書類が作成され、大山から自称吉田に対して現金二億五八〇〇万円が交付された。

3  詐取事件の発覚

その後、平成六年七月二二日頃、大山のもとに被告甲野から、本件取引について連絡があった。そこで、大山は、早速吉田伊藏本人の自宅に直接電話をしたところ、これまで相手にしていた人物は吉田伊藏本人ではなく、全くの別人であったことが判明した(以下、右一連の詐欺事件を「本件事件」という。)。

4  被告市の印鑑登録制度

(一) 被告市は、従来、印鑑登録手続について、照会書を申請人に送付し、市長が定める期間内にその回答書を当該申請人に持参させて、当該印鑑登録申請が申請名義本人の意思に基づくものであることの確認をする照会書方式を採用していた(丙七)。

(二) しかし、その後、被告市では住民の要望に応じ即時登録制度を採用することとし、平成二年一〇月一九日、東大阪市印鑑登録及び証明に関する条例(以下、「条例」という。)を改正し、平成三年一月二一日に施行した(甲一六)。

(三) 改正された条例では、第五条で「市長は、印鑑登録の申請があったときは、当該申請が本人の意思に基づくものであることを確認しなければならない。」(同条第一項)、「前項に規定する確認は、印鑑登録の申請の事実について照会書を申請人に送付して、市長が定める期間内にその回答書を当該申請人に持参させることによって行う。」(同条第二項)、「市長は、申請人自らが印鑑登録の申請を行った場合は、前項の規定にかかわらず、国又は地方公共団体の機関が発行した免許証、許可証等で市長が認めたものの提示又は提出を求めて第一項の確認をすることができる。」(同条第三項)と規定され、当該印鑑登録申請が本人の意思に基づくものであることの確認につき、従来の照会書方式に加え、例外として免許証、許可証等により確認をする即時登録の制度を採用した(甲一六)。

(四) 条例第五条第三項に規定のある免許証、許可証等で市長の認めるものは、東大阪市印鑑登録事務取扱要領で、次の(1)ないし(5)の全てを充足する自動車運転免許証、外国人登録証(甲)、パスポート等とされた(甲一七)。

(1) 写真が貼付されており、浮出プレス、職印、せん孔等で割印がしてあるもの又は特殊加工(ラミネート)により免許証、許可証等に改ざん防止を施してあるもの。

(2) 当該本人の氏名、生年月日が記載されていること。

(3) 発行年月日が記載されていること。

(4) 有効期限の定めのあるものについては、その期限内であること。

(5) 有効期限のないものについては、原則として発行日より五年以内のものであること。

(五) 実際に即時登録の申請がなされた場合の確認の手続は、印鑑登録申請書の提出を受け付けた職員が、申請書の提出者が申請者本人であるか否かを確認するため、自動車運転免許証等前記(四)記載の免許証等の提示を求め、名称、発行者、職印、発行日、有効期限を確認した上、申請者が当該免許証等貼付の写真の人物と同一人物であるか否か、更に、申請書の記載内容である氏名、生年月日、住所が当該免許証等と同一であるか否かを確認し、申請者の承諾を得て当該免許証等の写しをとり、当該免許証等を申請者に返還し、受け付けた職員が右の確認により、現に申請している者が申請書の申請名義人本人に間違いないこと及びその意思を確認をした後、コンピューターによる印鑑登録事務を取扱っている職員に申請書を送付し、印鑑登録事務取扱職員が申請書記載内容の氏名、生年月日、住所と住民基本台帳の記載との同一性を確認した上、印鑑登録をなすという方法をとっていた(証人菊岡雅夫)。

(六) 被告市の条例第一五条において、市長は、印鑑の登録及び証明に関する事務の適正な実施を図るため、必要があると認めるときは、関係人に対し質問し、又は書類の提出を求めることができる旨規定されている(甲一六)。

二  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 被告甲野の責任

被告甲野は原告から依頼を受けた司法書士として、職務上要求された調査義務を尽くしておらず、原告との本件委任契約上の債務不履行責任を負うべきである。

すなわち、司法書士は他人の嘱託を受けて登記に関する手続についての代理及び法務局に提出する書類の作成等をその業務としていること、右業務は法定の資格を有し登録された者のみに認められた専門的業務であること、真正な登記の実現は不動産登記制度の根幹をなすものであることに鑑みれば、司法書士は虚偽の登記を防止し、真正な登記の実現に協力すべき職責を有するものといえ、登記申請手続を代理するにあたっては、登記申請書添付書類の形式的審査をするにとどまらず、受任に至る経緯や当事者あるいは代理人から事情聴取した結果など、職務上知り得た諸事情を総合的に判断し、当該登記申請を疑うに足りる相当な理由が存する場合には、登記申請の前提となる実体関係の存否を調査確認する義務があるというべきである。更に、本件では、被告甲野が自称吉田を原告に紹介し、原告より仲介手数料を受領していることから、原告と被告甲野との間には、単なる登記手続の委任関係の他、融資先の斡旋に関する委任契約が成立していたというべきであり、二重の委任関係があったのであるから、調査義務の範囲は、信義則上、通常の司法書士に課される調査義務の程度より加重されるものと解すべきである。

本件においては、本件取引の際、被告甲野は原告の代理人である大山から、本件免許証の写真の写りが悪く、また、本件免許証が厚いのではないかと指摘された上、偽造の疑いがあるので確認してほしいと言われ、自らも本件免許証上の桜のマークに不自然さを感じ、運転免許試験場へ問い合わせるまでの行動にでており、当該登記申請を疑うに足りる相当の理由が存する場合であったのであるから、被告甲野としては自称吉田と吉田伊藏本人との同一性について、通常本人しか携帯できない健康保険証等の提示を求めたり、公務所へ照会等をするなどの方法を駆使して調査確認し、これによっても確認することのできなかった場合にはその旨を依頼人に告げるべき義務が存在したというべきである。

にもかかわらず、被告甲野は運転免許試験場から本件免許証上の桜のマークが見えないものもあるとの報告を受けたのみで、本件免許証番号から吉田伊藏の登録があるか否かの確認についてはプライバシーの保護を理由に回答を拒否されたにもかかわらず、それ以上の調査をすることもなく、調査結果を大山に報告すらせず、取引の席に戻り、本件免許証の件は問題がなかったかのように振る舞ったものである。被告甲野の右行為は調査義務に反するとともに報告義務にも違反しており、その結果、原告は自称吉田に本件融資を行うことになったものであり、被告甲野は原告に対して委任契約上の債務不履行責任を負うべきである。

(二) 被告市の責任

(1) 被告市職員の過失

印鑑証明事務は、地方公共団体の固有事務であるが、被告市職員は、自称吉田が吉田伊藏名義の印鑑登録を申請した際、申請者が吉田伊藏本人であるかどうかの調査義務を尽くさず、印鑑登録を受け付け、印鑑登録証明書を交付した過失がある。よって、被告市は国家賠償法第一条第一項に基づく損害賠償責任を負う。

印鑑登録制度は実印の公証制度として取引の安全に寄与すべきものであり、現実にも重要な経済取引に関与する者は、印鑑登録証明書の記載を信頼して行動しているのであるから、印鑑登録の申請を受けた職員は、印鑑登録制度の右機能に鑑み、不実の印鑑登録を防止するため、申請者が申請名義人本人自身に間違いないかどうか、調査確認する職務上の注意義務がある。

そして、本人であることを確認する原則的な手続は、あくまで住民登録上の住所宛に確認文書を送る照会書方式であると考えられるにもかかわらず、本件では右の原則的手続は行われておらず、被告市職員は本人の確認のために本件免許証の提示を求めただけで即時に印鑑登録に応じ、更に印鑑登録証明書を発行した。右取扱は、申請したその場で印鑑登録に応じるという極めて簡易な手続であるが故に、より慎重に本人の同一性を確認する重度の義務が課されているというべきである。更に、本件は従前の印鑑登録の廃止届、新印鑑の登録、新印鑑の印鑑登録証明書の交付申請の三者が一時に申し立てられたもの(以下、「三者一括申請」という。)であり、通常一般に生じる事例ではなく、紛争に発展する可能性が高いものであるから、被告市職員としては、特に慎重に本人の意思確認をすべき義務を有するというべきである。したがって、たとえ所定の確認方法として自動車運転免許証の提示を得たとしても、更に進んで自動車運転免許証が偽造されたものではないかを一定の限度で疑うとともに、自動車運転免許証の作りが一見して通常ではなく、偽造の疑いが生じた場合には、直ちに印鑑登録を拒絶する職務上の義務があるとともに、即時登録の理由を確認するなどして虚偽登録を防止すべき職務上の義務があるというべきである。

にもかかわらず、本件では、被告市職員の乙川は自称吉田からの即日登録の要求に応じ、提示された本件免許証が偽造されたものであると容易に識別できたにもかかわらず、これを一瞥しただけで、同人が吉田伊藏本人に間違いないものと軽率に信じ込み、印鑑登録手続に応じたものであり、乙川の調査義務違反の過失は明白である。

(2) 被告市における印鑑登録手続実施上の過失

写真付公的証明書による即時登録制度は即時申請、即時登録という意味において、確認書を送付する照会書方式と比べ、虚偽登録の危険性が高い簡易な方法であるから、即時登録制度においては、顔と写真の一致、証明文書の一応の真正だけで登録申請を受け付けるのではなく、できる限り本人確認のための他の手段をも講じなければならないというべきである。

被告市においては、本人確認として、氏名、住所、生年月日のみを印鑑登録申請書に記載させているにすぎず、この程度では本人確認は不可能であり、更に本籍、職業、配偶者の有無、社会保険の種類等の記入欄を設け、職員が申請者に右のような固有の情報を尋ねるなどの手続を設けるとともに、即時登録制度の場合の本人確認について詳細なマニュアルを設けるべき義務があるにもかかわらず、被告市では、右のような手続は設けられていないし、マニュアルの作成も何らなされていない。

更に、本件のように三者一括申請の場合には、重大犯罪に結びつく危険性が高いことから、廃止手続と新規登録申請の間に一、二週間程度の期間をおくか、照会書方式のみ受け付けるなどの処置をとるべきであり、本人確認が自動車運転免許証による場合には、職員が外観上当該自動車運転免許証を真正なものと認識しただけでは足りず、運転免許試験場に真正に交付されたものであるかを直接確認する義務があると解すべきである。

被告市においては、右のような手続はなされておらず、わずか一日で虚偽の印鑑登録を受け付けてしまっていることから、被告市の印鑑登録手続は条例第一五条で市長に課された調査義務を十分に果たしていないものであり、被告市の最終責任者たる被告市市長には調査義務違反の過失があり、被告市は国家賠償法第一条第一項に基づく責任を負うべきである。

(三) 損害の発生

原告は、自称吉田に対し、平成六年七月一四日、本件土地に対する根抵当権設定登記が真正になされるものとの予測の下に、金二億五八〇〇万円を交付したが、右登記申請は吉田伊藏本人の意思に基づかない無効なものであったため、右同額の損害を被った。

(四) よって、原告は、被告らに対し、被告甲野については民法第四一五条に基づき、被告市については国家賠償法第一条第一項に基づき、連帯して金二億五八〇〇万円の損害金の支払、及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月三一日から支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告らの反論

(一) 被告甲野の主張

(1) 本件事件は周到に準備された事件であり、登記済権利証は大山、被告甲野及び登記官も偽造であることを見破れないほど精巧であったのであり、登記申請を疑うに足りる相当な理由は存在しなかった。

(2) 大山は、自称吉田の持参した本件免許証に対して疑義を述べたものであるが、右疑義については被告甲野の事務所勤務の司法書士木村尉(以下、「木村」という。)及び荒谷の自動車運転免許証と本件免許証とを、大山及び被告甲野同席のもと比較対照し、大山が主張する異常の不存在について確認した上で、被告甲野が指摘した桜のマークについて運転免許試験場に照会し、不自然でないことを調査確認しているのであるから、登記申請を疑うに足りる相当な理由が存する余地はなく、被告甲野に、自称吉田と本人との同一性を更に調査確認すべき義務は存在しない。

(3) 原告は、融資の紹介により被告甲野の調査義務が加重される旨主張するが、本人との同一性の確認は融資者がなすべきものであり、紹介者であることから本人との同一性確認の法的義務を負うとは解されない。

(4) 調査内容の報告については、被告甲野は運転免許試験場への質問内容とその結果を取引前に大山に伝えており、仮に伝えていなかったとしても、大山は運転免許試験場への電話中、立ち会っていたことから、その内容を了知していたものであり、被告甲野には報告義務違反も存しない。

また、仮に被告甲野に報告義務違反が存したとしても、大山は右報告を受けていた場合でも融資を実行していたと考えられることから、被告甲野の報告義務違反と原告の損害との間に因果関係は認められない。

(5) 過失相殺

融資対象者が本人であるか否かの確認は、第一次的には融資をなす原告がすべきものであり、大山においてNTTの電話番号案内を利用して吉田伊藏の電話番号を確認したり、事前に吉田伊藏宅を訪問して吉田伊藏本人との面会を求めるなど、金融業者として当然なすべき本人確認作業を履践していれば本件の犯行はなされなかったものであり、右原告の過失は過失相殺事由として考慮されるべき事情である。

(二) 被告市の主張

(1) 被告市職員の過失に対して

ⅰ 原告は写真付公的証明書方式による印鑑登録手続が簡易な手続である旨主張するが、写真付公的証明書については偽造変造が極めて困難であることから、国の内外において、本人の資格、身分の確認及び本人の同一性の確認に利用されているものであり、写真付公的証明書に添付された写真と申請に出頭した人物の容貌を視覚的に比較確認し、本人の同一性及び本人の意思確認を行うことは、本人確認の方法としては確実な方法であるから、簡易な手続とはいえない。また、即時登録方式による件数は、印鑑登録事務のうち、半数以上を占めていることからしても、例外的、異例的取扱とはいえない。

ⅱ 三者一括申請についても、廃止届出件数のうち、四割以上が即時に登録され即時に証明書が発行されていることから、住民の迅速性の要請は強く、更に、印鑑登録をしている者が、印鑑登録証明書が必要になり、印鑑ないし印鑑登録証の紛失に気が付き、三者一括申請をなすことは、当然考えられることであり、特に虚偽登録がなされる危険性が高い場合であるとはいえない。

ⅲ 原告は、本件運転免許証が偽造であることは容易に識別できたと主張するが、本件免許証は大山、被告甲野、木村及び荒谷が確認した結果、桜のマークについてのみ疑問点が残り、その点についても運転免許試験場への照会により解決されていたのであるから、本件免許証には何ら異常な点は存在しなかったのであり、被告市の職員である乙川としても、本件免許証をよく見て手で触って確認した上で、全く異常がなかったために印鑑登録事務を行ったものであり、乙川に何ら過失はない。

(2) 被告市の印鑑登録手続実施上の過失に対して

原告は写真付公的証明書方式による確認の場合には、簡易な方法であることから、さらなる調査をなすべき義務がある旨主張し、三者一括申請の場合には廃止届と新規登録の間に一定期間をおくか、照会書方式のみとする措置をとるべきであると主張するが、前記(1)ⅰのとおり写真付公的証明書は、偽造変造が極めて困難であり、右証明書により合理的に本人確認が可能である以上、原告が主張するような調査義務は存在しないし、一定期間をおく合理的必要性はなく、照会書方式のみとする必要もない。

また、被告市においては、事務担当者に東大阪市印鑑登録事務取扱要領を配布し、窓口研修及び業務研修を行い、写真付公的証明書について疑義がある時の処置方法等について十分な指導を行っており、指導上の過失も存しない。

(3) かえって、本件取引は、本件土地の登記簿と現況の調査のみしかなさないままに、多額の現金を自称吉田に交付しており、その融資目的も不合理であり、返済可能性についても何ら調査しないままになされた異常な貸付であったといえ、被告市に何ら過失はない。

三  争点

1  被告甲野の本人確認義務の程度及び右義務違反の有無

2  被告市職員の本人確認義務違反の有無

3  被告市における印鑑登録手続実施上の義務違反の有無

4  過失相殺の可否及びその割合

四  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  被告甲野が原告に融資先を紹介した経緯

証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。

1  被告甲野は、平成六年七月四日、知人である山岡力男(以下、「山岡」という。)から、東大阪の吉田伊藏という人物に、借入金額は金三億円、借入期間は三か月(但し、延長もありうる)、利率は月三パーセント(先払い)、吉田伊藏所有の本件土地を借入債務の担保とし、借主から複数の融資仲介者に対して合計五パーセントの仲介手数料が支払われるとの条件で融資する話があり、金融業者を紹介してもらいたい旨の申出を受けた。この際、山岡は融資目的について、吉田伊藏が株で失敗したのでその穴埋めのためである旨、被告甲野に伝えた。

2  大山と被告甲野はゴルフ等で付き合いがあったことから、被告甲野は、山岡から前記融資話を持ちかけられた際、大山を紹介しようと考え、同日吉田伊藏への融資の話を大山に伝えた。

3  大山は吉田伊藏への融資の件について、被告甲野に対し、吉田伊藏と面談したい旨連絡してきた。被告甲野は、山岡に大山の件を伝え、被告甲野の事務所で集合することになり、同月一一日、大山、被告甲野、自称吉田及び山岡が被告甲野の事務所で面談した。この席には、自称吉田の共犯者である加藤光一こと藤田義彦(以下、「加藤」という。)も参加し、自称吉田は、加藤が自称吉田の娘の友達の夫であり、今回の借入についても加藤に任せてある旨大山らに説明した。大山は、この席で初めて自称吉田、加藤及び山岡と会った。

右席上、本件土地の状況や融資条件の話し合い等が行われた。自称吉田は、被告甲野から本件土地西側と南側の別地番の土地の状況について質問され、道路であると即答し、住居表示の変更についての質問にも、現住所名を即答した。融資条件については、前記のとおり決定され、自称吉田は、株で失敗した穴埋めのための融資であり、家族には内緒で金を用意したい旨大山や原告甲野に伝えた。

4  同日の面談終了後、大山と被告甲野は、手数料の分配方法について話し合い、被告甲野は、大山に本件取引の仲介者は山岡以外に五、六名いることを伝え、大山は、被告甲野に、自分が手数料として五パーセントのうち三パーセントにあたる金九〇〇万円を取得したく、残り二パーセントを仲介者で分けるよう調整してほしい旨伝え、この場で、大山が取得する手数料のうちから金一五〇万円を被告甲野に支払うことが合意された。

5  同月一二日、大山と被告甲野は連絡を取り、被告甲野は、大山に手数料の件について仲介者の了解がとれた旨伝え、同月一四日午後二時に貸付を実行することが決められ、大山は、本件土地には極度額金四億円の根抵当権設定登記、条件付賃借権設定仮登記及び所有権一部移転登記を付けることを条件としたいので、右の点を山岡に伝えるよう要請した。被告甲野は、大山からの話を山岡に伝え、貸付の実行が決定した。

二  本件印鑑登録証明書取得の経緯

証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。

1  自称吉田は、同月一四日午前一〇時頃、共犯者である中西の指示に基づいて、印鑑登録証明書を取得するため、被告市の永和行政サービスに行き、同所で同じく共犯者である加藤に会った。

2  自称吉田は、窓口の職員に自動車運転免許証等の本人との同一性を証明するものがあれば、すぐに印鑑登録証明書が発行されることを確認した上で、窓口の近くで備え付けのボールペンを用いて印鑑登録廃止届書、印鑑登録申請書、印鑑登録書受領書及び印鑑登録証明書交付申請書にそれぞれ吉田伊藏と署名し、必要な箇所に押印するとともに、住所、生年月日は本件免許証を見ながら書き入れた。

3  そして、自称吉田は、右四枚の書類と本件免許証を、被告市の窓口の職員である乙川に交付した。

乙川は本件免許証の写真と申請者本人との同一性を確認し、更に、本件免許証上の住所、氏名、生年月日の記載が申請書類と一致しているかを確認した上で、吉田伊藏本人に間違いないと信じ、自称吉田から本件免許証をコピーする承諾を得た上、本件免許証をコピーし、自称吉田は乙川から番号札を貰い、交付窓口で印鑑登録証明書の交付を受けた。

三  本件取引時の状況

証拠(<省略>)によれば、以下の事実が認められる。

1  同日、午後二時頃、自称吉田、山岡、自称吉田の共犯者であり、加藤経営の会社の専務と称する大川洋史なる人物(以下、「大川」という。)、被告甲野及び木村の五名が被告甲野の事務所の応接室に集まった。

この時、大川は本件土地の登記済権利証、吉田伊藏の印鑑登録証明書、本件土地の固定資産評価証明書、吉田伊藏の住民票及び被告甲野が本人確認のために持参するよう指示した本件土地上の駐車場の賃貸借契約書のコピーを持参しており、被告甲野に交付した。

被告甲野及び木村は、提出された書類の確認を行い、偽造された登記済権利証は、登記された当時の物らしく古く汚れており、登記所の名称も当時の登記所の名称である「布施出張所」の印が押されており、大山、被告甲野及び木村はその真正について何ら疑問を感じなかった。印鑑登録証明書のコピーも行い、複写無効の表示を確認し、その真正を確認するとともに、その有効期間の確認を行い、更に、登記済権利証の記載内容等についても確認を行ったが何ら不審な点は見つからなかった。

2  次に、被告甲野は、自称吉田が吉田伊藏本人か否か確認するために、自称吉田に本人であることを確認できる物の提示を求め、自称吉田から本件免許証の提示を受けた。そして、被告甲野は受け取った本件免許証を確認するため、隣の事務室に向かい、大山、木村も続いて事務室に入った。

大山と被告甲野は、事務室において本件免許証を確認したところ、大山は、本件免許証の写真の顔の輪郭がペンでなぞったように浮き出るような不自然な写真であると感じるとともに、本件免許証を持った時分厚いと感じ、右二点を被告甲野に伝えた。(この点、被告甲野は、大山から本件免許証の厚みの点のみ指摘を受けた旨供述するが、乙二(木村の陳述書)によると、木村も大山が本件免許証の写真の顔について指摘したことを認めており、被告甲野の事務所に勤務していた司法書士である木村が被告甲野に不利益な内容の陳述書を作成していることから、右内容は信用でき、被告甲野の供述は採用することはできない。)

そこで、被告甲野は、荒谷から自動車運転免許証を借りて、本件免許証と比べたところ、本件免許証には桜のマークが右端に一箇所しかついていなかったことから、被告甲野は大山に対して、本件免許証の桜のマークについて疑問がある旨大山に伝えた。そこで、大山は被告甲野に対し、本件免許証の確認をしてほしい旨伝えて、自称吉田が待っている応接室に戻り、自称吉田に対して金員が必要になった理由や、吉田伊藏本人が所有している他の物件について質問を行った。

この間、被告甲野は、荒谷に門真の運転免許試験場に電話をさせ、桜のマークについて問い合わせたところ、光の加減によってマークが見える免許証と見えない免許証があるという回答を得た。

更に、被告甲野は、荒谷に本件免許証の免許証番号から吉田伊藏本人に間違いないか確認させようとしたが、運転免許試験場からは、プライバシーの保護を理由に回答を拒否された。

被告甲野は桜のマークについての疑問が解消し、大山が指摘した本件免許証の厚さや写真の顔の輪郭についても荒谷の自動車運転免許証と本件免許証とを比較したところ、特に異常を感じなかったことから、本件免許証をコピーして自称吉田の待つ応接室に戻った。

被告甲野は応接室に戻り、本件免許証に問題がなかったことを伝える意味で、大山に対してうなずいた上、自称吉田らに本件取引の関係書類を作成すると伝えた。

大山は被告甲野の右行動により、自称吉田が吉田伊藏本人であると信用し、本件取引を継続した。

(この点、被告甲野は、大山が応接室と事務室を行き来していた旨及び大山が自称吉田に現金を交付する前に運転免許試験場から吉田伊藏の登録の有無について回答を拒否されたこと及び桜のマークについては問題がない旨の回答を得たことについて、大山に伝えた旨供述し、乙二(木村の陳述書)にも、大山が応接室と事務室を行き来していた旨の記載がある。しかし、乙七及び丙一〇には、被告甲野が本件免許証をコピーするために応接室から出て、大山も応接室から出た後、大山が戻ってきて自称吉田に質問していた旨の自称吉田の供述の記載があり、また、木村についても、乙二によれば、同人は登記関係書類のチェックに集中していたことを認めていることから、他人の行動に十分な注意を払っていたとは考えられず、甲一八によると、被告甲野は検察官に対して、大山が途中で応接室に戻ったと述べていること、更に、大山が自動車運転免許証の桜のマークについてのみ確認されたことを知っていながら、安易に本件取引を継続したとは考え難いことから、乙二の当該部分は信用し難く、被告甲野の供述もにわかに措信し難い。)

3  被告甲野が書類作成の終了を大山らに伝えたところ、大山は金三億円から利息相当額の二七〇〇万円及び自らの仲介手数料相当額金九〇〇万円を差し引いた現金二億六四〇〇万円を机の上に並べ、山岡らへの仲介手数料六〇〇万円を控除した金二億五八〇〇万円を自称吉田に交付した。

本件土地の根抵当権設定登記等については、同日大阪法務局東大阪支局で受け付けられ、登記簿に記載された。

四  本件犯行発覚時の状況

融資実行後の平成六年七月二二日、被告甲野の下に山岡から電話があり、自称吉田、加藤及び大川と連絡が取れない旨の報告があったことから、被告甲野は大山に右事実を伝えた。

そこで、大山は、自らNTTの電話番号案内で東大阪市森河内東の吉田伊藏本人の電話番号を調べ、吉田伊藏本人と直接話をした結果、自称吉田は偽者であり、大山が騙されていたことが判明した(<省略>)。

五  偽造免許証の形状

証拠(<省略>)によれば、本件免許証は、以下のような特徴を有していた事実が認められる。

1  真正な自動車運転免許証であれば、生年月日欄の元号、年、月、日は半角文字で印字されているものであるが、本件免許証においては全角文字で印字されていた。

2  真正な自動車運転免許証であれば氏名、生年月日、本籍・国籍、住所欄はそれぞれ左端一文字分空白とし、二文字目から印字されているが、本件免許証はいずれも左詰で印字されていた。

3  真正な自動車運転免許証であれば氏名欄の氏名末尾は通常右端二文字分を空白として残して印字されているが、本件免許証は右詰で印字されていた。

4  本件免許証の交付欄の「平成」及び「02」及び免許証番号欄の末尾二桁の「00」がずれていた。

5  吉田伊藏の名前が「吉田伊蔵」と印字されていた。

6  本免許証は通常の自動車運転免許証と比べ、やや厚みがあった。(この点、被告甲野は荒谷の自動車運転免許証と比較して分厚いとは感じなかった旨供述し、甲二七において、乙川は司法警察員に対して本件免許証に異常がなかった旨述べているが、前記認定のとおり大山は本件免許証が分厚いと感じていたのであり、本件免許証が偽造されたものであることから、厚みに何らかの変化が生じる蓋然性が高いといえることから、被告甲野の供述及び甲二七の当該部分を採用することはできない。)

六  被告甲野の責任

1 司法書士が登記手続の委任を受けた場合には、委任の本旨に従い善良な管理者の注意を持って登記事務を処理する義務を負うものである(民法第六五六条、第六四四条参照)。更に、司法書士は、他人の嘱託を受けて登記に関する手続についての代理及び法務局に提出する書類の作成等をその業務としており(司法書士法第二条)、右業務は法定の資格を有し登録された者のみに認められた専門的業務であり、真正な登記の実現は不動産登記制度の根幹をなすものであることからすると、司法書士としては、虚偽の登記を防止し真正な登記の実現をはかるべく、一定の場合には、本人の同一性を確認すべき高度の注意義務を有しているというべきである。

しかし、一方において、登記手続は、取引行為の一環として行われ、取引の相手方の確認は第一次的には取引当事者によって行われるべきであると考えられること、更に、司法書士としては委託者から依頼のあった登記申請を迅速に処理すべき要請をも有していることからすると、登記権利者から委託を受けた司法書士としては、登記申請書添付書類の形式的審査をした上で、受任に至る経緯、当事者から提出された書類等の形状及び当事者あるいは代理人から事情聴取した内容等、職務上知りえた諸事情を総合的に判断し、当該登記申請が申請名義人本人によってなされたものか疑うに足りる相当な理由が存する場合に限り、登記義務者と本人との同一性を調査確認する義務があると解するのが相当である。

2 この点、原告は、被告甲野が自称吉田の紹介者であり、仲介料として一五〇万円の金銭を受領している以上、原告と被告甲野との間には、委任契約が存在し、その結果、被告甲野の調査義務が加重される旨主張する。確かに、本件においては、平成六年七月一一日、被告甲野は、自称吉田を紹介したことについて、大山から一五〇万円を受け取る旨の合意が成立していることからすると、遅くともこの段階では、原告と被告甲野との間には、借主の斡旋に関する委任契約が成立していたものと認めることはできる。しかし、本件における原告は貸金業を営んでいるものであり、被告甲野は司法書士であることからすると、被告甲野としては、右委任契約により、借主が本人であることを確認すべき高度な注意義務を負うとは解されないことから、本件においては、二重に委任契約を締結していることをもって、被告甲野の調査義務の範囲が加重されるものとはいえない。

3  本件においては、前記認定のとおり、自称吉田は大山、被告甲野及び木村も偽造であることに何ら疑いを持たない登記済権利証を持参し、被告甲野の質問にも的確に回答し、被告市が発行した印鑑登録証明書及び住民票を持参していたことからすると、それだけをみれば被告甲野には当該登記申請が申請名義人本人によってなされたものか疑うに足りる相当な理由がないとも考えられる。しかし、前記認定事実によると、大山は被告甲野に対して本件免許証が真正なものと比べ厚いのではないかという点及び写真の輪郭が不自然である点を指摘していること、自称吉田は家族に秘密で三億円もの融資の申込をしていると説明していること、自称吉田は、抵当権が全く設定されておらず十分な担保価値のある物件を所有しているにもかかわらず、大山から月三パーセント(年率にして三六パーセント)もの高利で、かつ、仲介手数料として融資額の五パーセントである一五〇〇万円を支払ってまで金銭を借り受けようとしていることとなること等不自然な事情も認められ、以上の事実からすると、当該登記申請が申請名義人本人によってなされたと信ずべき前記のとおりの事情の存在を考慮しても、なお被告甲野として当該登記申請が申請名義人本人によってなされたかを疑うに足りる相当な理由が存したというべきである。したがって、被告甲野には、自称吉田が本人であるか否か調査確認する義務があったといえる。

そこで、本件において、被告甲野が、右調査確認義務を果たしたといえるか検討するに、前記認定事実のとおり、被告甲野は大山からの指摘を受け、荒谷の自動車運転免許証との対比を行い、自らも本件免許証の桜のマークに疑問を持ち、大山から、本件免許証の調査を依頼されたにもかかわらず、本件免許証の厚みや写真の顔の輪郭については異常がないと安易に判断した上、自ら疑問に思った桜のマークの点について、運転免許試験場に電話で問い合わせ、桜のマークについては光の加減によっては見えないものもある旨の回答を得たが、吉田伊藏名義での自動車運転免許登録の有無についてはプライバシーの保護を理由に回答を拒否されているにもかかわらず、それ以上の調査は行わないまま、本人との同一性が確認できたものと判断した。

被告甲野としては、司法書士として本人との同一性を確認すべき義務を有し、更に、原告から本件免許証の調査を依頼されていたのであるから、本件免許証の提示を受けた際には本件免許証の真正について十分に吟味すべき義務があったというべきところ、前記認定のとおり本件免許証には真正に成立した免許証との相違点及び氏名の文字の違いが見られ、そのうち生年月日欄の文字の大きさや氏名欄の文字の配置及び「吉田伊藏」と、「吉田伊蔵」の違いについては、本件免許証を慎重に精査し、真正に成立した免許証と慎重に対比することにより十分にその違いを識別することができるものといえ、本件免許証の厚みについても、自動車運転免許証の真正判断の専門家ではない大山でさえ気が付いていたことからすると、被告甲野としても慎重に精査することにより識別できたと認められ、更に右事実をもとに運転免許試験場に問い合わせる、ないしは、自称吉田に問い質すなどすれば本件免許証が偽造であることは十分に発見しえたと認められるにもかかわらず、被告甲野は荒谷の自動車運転免許証と対照し、大山の指摘した点については問題がないとして、自らが疑問に感じた点のみ運転免許試験場へ照会し、問題がないと速断して、本件免許証が真正に成立したものであるとの誤った判断を導いてしまったものであり、被告甲野の右行為は司法書士に課せられた調査確認義務に明らかに反するものといわざるを得ない。

したがって、被告甲野は委任契約上の調査確認義務違反の債務不履行責任を負うべきものである。

七  被告市の責任

1 一般に、印鑑登録証明書は、不動産取引、金融取引等の重要な財産上の取引や登記、登録等の公的手続において、文書の作成名義人の真正、本人の同一性等を確認する重要な資料として使用されているものであり、偽りの印鑑登録がなされ、印鑑登録証明書が発行された場合には、これが不正に使用される危険が高く、また、偽りの印鑑登録がなされたとしても、本人が虚偽の印鑑登録に気付き、印鑑登録証明書の発行を阻止することは困難であることから、印鑑登録事務を担当する市町村の職員としては、本人以外の者が無権限で印鑑登録をし、本人の意思に基づかない印鑑登録証明書を発行することがないよう、申請者が本人であることを確認すべき職務上の注意義務を負うというべきである。特に、三者一括申請の場合には、何らかの犯罪に関わっている可能性も高いことから、より慎重に申請者と本人との同一性を確認すべき義務が、当該市町村の職員に課されているというべきである。

そして、本件では、被告市の職員における本件免許証の真正についての確認義務違反が問題となっているのであるが、写真付公的証明書により申請者と本人との同一性を確認する場合には、その前提として、提示された写真付公的証明書が偽造されたものでないか否かを、当該写真付公的証明書の形状から慎重に確認し、偽造である疑いが存する場合には、印鑑登録を拒絶する、ないし他の写真付公的証明書の提示を求める、ないし条例上、原則的な方式と規定されている照会書方式による印鑑登録を行うべき義務が当該市町村の窓口職員に課されているというべきであり、また、窓口職員の指導、教育にあたる当該市町村の職員は、窓口職員が写真付公的証明書の真偽判断を適正になしうるよう指導、教育すべき義務を負うと解すべきである。

2  この点、このように過重な調査義務を課すと迅速な行政サービスが阻害される可能性も考えられる。しかし、三者一括申請による印鑑登録証明書の発行件数は、永和行政サービスセンターで、一日五件前後であり(丙七)、その数はさほど多くなく、写真付公的証明書の真正をその形状から確認する義務を要求したとしても、事務量が極端に増えるものとは考えられず、前記のとおり印鑑登録証明書が日本社会において占めている重要性を考慮すると、右の程度の注意義務を課すことは、迅速な行政サービス提供の必要性と比較衡量しても、合理的なものであると解される。

3 原告は、更に、写真付公的証明書による即時登録方式が照会書方式と比較し、簡易な方式であるから注意義務が加重される旨主張する。しかし、照会書方式による場合でも、例えば、申請者宅の郵便受けの前で照会書が到着するのを待ち構えた上、照会書を盗取すると、虚偽の印鑑登録が可能となるなどの危険が存在するところ、一方、現在の写真付公的証明書は様々な偽造、変造に対する工夫がなされており(その結果、本件免許証においても、前記認定のとおり一般人でも識別可能な相違点が生じたものと解することができる。)、不正入手が困難であると認められ、更に、右証明書に添付された写真により、その場で本人との同一性を確認することも可能であることから、写真付公的証明書による即時登録方式は照会書方式と比較しても、客観的に高度な確実性で本人の確認が可能な制度といえ、右制度をもって、簡易な方式であるため注意義務が加重されるとする原告の主張は採用できない。

4  本件においては、自称吉田の持参した本件免許証には、前記認定のとおり、当該免許証を慎重に精査し、真正な自動車運転免許証と対比すれば、発見することができる異常な点は幾つも存在したのであり、現に、大山は、本件免許証の厚みについて厚いのではないかと疑問を抱いたのであるから、被告市の窓口職員である乙川としても、本件免許証について真正なものと詳細に対比し、調査していれば、本件免許証が偽造されたものであることを発見しえた蓋然性が高かったにもかかわらず、漫然と本件免許証を確認し、真正に成立したものであると信じ、写真と申請者との対照及び本件免許証上の住所、生年月日と申請書上の住所、生年月日の対照のみを行ったものと認められ、右乙川の行為は前記注意義務に反する行為と認められる。

5  更に、被告市の窓口職員の指導、教育については、証人菊岡雅夫によれば、窓口に配属された職員に対して、上司より窓口業務全般について三日ないし四日間研修が行われ、写真付公的証明書方式による場合の同証明書の真偽判断は、右証明書をコピーに行くまでの間になすよう指導され、実際の真偽判断についての教育としては、会議等で見本を示しながら各種の写真付公的証明書の形状について学習するのみであり、真偽判断についてのマニュアル等は作成されていなかった事実が認められるところ、この程度の指導、教育では、窓口で写真付公的証明書の真偽判断を行う職員が、真偽についての適正な判断をなしうるとは考えられず、窓口職員の指導、教育にあたる被告市職員においても、写真付公的証明書の真偽判断をなすべき職員に対する指導教育義務を怠った過失があるといわざるをえない。

6  したがって、被告市職員が職務を行うについて、過失により、違法な印鑑登録がなされ、印鑑登録証明書の発行がなされたものであるから、被告市は、国家賠償法第一条第一項に基づいて、原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。

八  損害額

弁論の全趣旨によれば、原告は、自称吉田に対して金二億五八〇〇万円を交付し、右金員は根抵当権設定登記が無効になったことにより回収不能となり、右同額の損害を被ったと認められる。

九  因果関係について

1  被告甲野との関係

被告甲野が十分な調査を行っていれば、本件免許証が偽造であることが判明し、大山は本件取引を行わなかったと認められることから、被告甲野の前記義務違反行為と原告の損害との間には相当因果関係が認められる。

2  被告市との因果関係について

自称吉田は、虚偽の印鑑登録証明書の交付を受け、それを用いて根抵当権設定契約を行い、融資を受けることによって金員を詐取したものであるから、前記の印鑑登録証明書の機能に照らせば、かかる事態の発生は印鑑登録申請の段階で通常予想しうるものであり、被告市の職員の前記過失と原告の損害との間には相当因果関係があると認められる。

一〇  過失相殺

原告は大山を代理人として金融業を営んでいたものであり、年間に一〇回程度、数千万円から億単位にわたる融資を行っていたこと(証人大山)、大山と自称吉田とは何ら面識がなく、三億円もの多額の融資がなされているにもかかわらず、大山が自称吉田の融資話を聞いてから一一日間、自称吉田と会ってからはわずか四日間で、融資が実行されていること、更に自称吉田に絡む別の融資について関与した米田なる人物は、自称吉田が吉田伊藏本人でないことに途中で気が付いていたこと(乙六、九)、本件犯行発覚後、大山はNTTの電話番号案内を用いて、自称吉田が吉田伊藏本人でないことを即時に把握していることが認められ、右各事実からすれば、原告を代理する大山としては自称吉田が本人であるか否かを疑い、NTTの電話番号案内を利用するなどの簡易な調査で本人の同一性を確認可能であったにもかかわらず、それをなさずに融資を実行したものであり、原告代理人大山の過失も重大であるというべきである。

更に、大山は本件取引が、十分担保価値のある土地を担保にした有利な融資であることから、調査不十分なまま取引に至ったことがうかがわれ、その他本件取引に関する一切の事情を考慮し、損害の公平な分担をはかる見地から、被告市との間では、同被告側の過失に比し原告側の過失は重大であり、原告の被った損害について八割の過失相殺をなし、その損害のうち二割を被告市の賠償額とするのが相当である。

もっとも、被告甲野との関係においては、大山は本件免許証の異常に気が付き、被告甲野に本件免許証の確認を依頼していることからして、融資実行者として自ら確認を行わず、また、被告甲野に本件免許証の確認結果について再度確認を取っていない事実は認められるものの、原告代理人大山の過失の割合は被告市に対する関係に比べ、低いものといわざるを得ない。したがって、被告甲野については、五割の過失相殺をなし、その損害のうち五割を賠償額とするのが相当である。

以上により、被告市が原告に賠償すべき損害額は金五一六〇万円、被告甲野が原告に賠償すべき損害額は金一億二九〇〇万円となり、右両者は、原告が本件取引により被った損害を填補するという同一目的を有していることから、不真正連帯債務となると解すべきである。なお、乙一〇ないし一二によれば、原告は中西から金一〇〇〇万円の被害弁償を受けたことが認められるが、右中西の債務(同人は原告に対し金二億五八〇〇万円全額の損害賠償債務を負うべきであると解される。)と被告らの債務の関係も不真正連帯債務であると解されるところ、その性質に照らすと、中西の賠償すべき額と被告らのそれとの差額を超えない額の弁済については、被告らの債務に何ら影響を及ぼさないものと解すのが相当である。

第四  結論

右のとおり、原告の被告甲野に対する請求は金一億二九〇〇万円、被告市に対する請求は金五一六〇万円(但し、両者の関係は不真正連帯債務)、及びそれぞれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月三一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官前坂光雄 裁判官大西忠重 裁判官島崎邦彦)

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