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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7734号 判決

原告

伊藤隆

右訴訟代理人弁護士

松本剛

泉裕二郎

大場めぐみ

被告

富士シヤリング株式会社

右代表者代表取締役

播广千代子

右訴訟代理人弁護士

福原哲晃

吉岡一彦

今泉純一

千本忠一

主文

一  被告は、原告に対し、金四九九万三五八七円及び内金四九八万円に対しては平成六年一月二七日から、内金一万三五八七円に対しては同年二月二六日から、それぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その一を被告の、各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金三六二三万二一七七円及びこれに対する平成六年一月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員並びに同年二月以降毎月二五日限り一か月金五八万円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、倉庫の賃貸を主たる業とする会社である。

2(一)  原告は、被告の前代表者であった伊藤修(以下「修」という。)の長男であり、昭和四六年に被告に入社し、翌年退社したが、昭和四八年に被告に再入社した後は、主として営業活動に従事していた。

(二)  原告が被告から支給されていた給与(毎月二〇日締め、二五日払い)は、平成四年五月分まで月額五八万円であったが、同年六月分以降は月額四九万三〇〇〇円に減額されてしまった。

また、原告に対しては、夏季賞与として六〇万円が、冬季賞与として二二〇万円が、それぞれ支給されていたが、被告は、平成三年冬季以降の原告に対する賞与の支払いを停止したばかりでなく、原告が被告の営業のために支出した平成五年一二月一五日から平成六年一月二四日までの交通費合計一万一〇四〇円及び平成三年一〇月三日から同年一二月二五日までの経費合計二八万一一三七円については、被告が負担するとの合意があったにもかかわらず、被告は、その清算をしない。

3(一)  被告は、平成六年一月二六日付けで、原告に対し、原告を解雇する旨を通告し(以下「本件解雇」という。)、この通告は、同月二七日、原告に到達した。そして、被告は、以後原告の従業員たる地位を否定し、給与の支払いをしない。

(二)  しかしながら、後記のとおり、本件解雇は無効であるから、原告は、被告の従業員たる地位を失わないし、被告は、原告に対する給与の支払義務を免れない。

4  原告は、昭和六一年六月、被告に対し、期限を定めることなく、二八〇万円を貸し渡したが、被告は、原告が遅くとも平成四年一二月末日までには右貸付金の返済を求めたにもかかわらず、その支払いをしない。

5  また、昭和六〇年一二月五日、修が所有していた(ただし、登記簿上は、原告ほか三名の共有名義とされていた。)大阪府茨木市〈以下略〉所在の土地及び建物(以下合わせて「本件住宅」という。)が二三〇〇万円で売却されたが、その代金は、すべて被告が費消してしまった。

被告は、右二三〇〇万円につき、借入金として、修に返済すべき義務があるというべきところ、修は、平成七年一〇月一八日に死亡し、その唯一の相続人である原告は、修の被告に対する右二三〇〇万円の貸付金請求権を相続により取得した。

6  よって、原告は、被告に対し、

(一) 被告の従業員たる地位を有することの確認

(二) 平成六年二月以降毎月二五日限り、一か月五八万円の割合による給与の支払い

(三) 平成四年六月分から平成六年一月分までの未払給与合計一七四万円(減額分八万七〇〇〇円に二〇か月を乗じて算出した金額)の支払い

(四) 平成三年から平成五年までの冬季未払賞与各二二〇万円及び平成四年から平成六年までの夏季未払賞与各六〇万円の合計八四〇万円の支払い

(五) 平成五年一二月一五日から平成六年一月二四日までの交通費合計一万一〇四〇円の支払い

(六) 平成三年一〇月三日から同年一二月二五日までの経費合計二八万一一三七円の支払い

(七) 貸付金二八〇万円の支払い

(八) 原告が修から相続によって取得した二三〇〇万円の貸付金の支払い 並びに右(三)ないし(八)の合計三六二三万二一七七円に対する平成六年一月二七日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同(二)のうち、原告が被告から平成四年五月分まで毎月二〇日締め、二五日払いで月額五八万円の金員の支給を受けていたこと(ただし、原告に支給していた月額五八万円の中には、後記のとおり、被告の取締役としての報酬も含まれていた。)、この金員が同年六月分以降月額四九万三〇〇〇円に減額されたこと、原告に対しては夏季賞与として六〇万円、冬季賞与として二二〇万円がそれぞれ支給されていたが、被告は平成三年冬季以降の原告に対する賞与の支払いを停止したことは認め、その余の主張は争う。

なお、被告の従業員のうちで、原告と最も近い時期に入社したのは伊達平治(以下「伊達」という。)であるが、伊達に支給された賞与は、平成三年冬季が七〇万円、平成四年及び平成五年については、夏季が各五五万円、冬季が各七二万円であった。このような事情に照らせば、原告の賞与請求は、金額だけをみても、論外というべきである。

3  同3(一)の事実は認め、同(二)の主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

原告から金員を借受けたのは被告ではなく播广千代子(被告代表者、以下「播广」という。)であり、その金額は二二七万円であった。そして、播广の右借受金は、すでに完済されている。

5  同5のうち、本件住宅が昭和六〇年一二月五日に売却されたこと、本件住宅は登記簿上原告ほか三名の共有名義とされていたが実際の所有者は修であったこと及び修が平成七年一〇月一八日に死亡し原告が唯一の相続人であることは認め、その余は争う。

本件住宅の売却代金は二〇〇〇万円であり、そのうちの三〇〇万円は修が取得し、残金一七〇〇万円については、修により、登記名義人とされていた原告ほか三名に対し、四二五万円ずつ贈与された(なお、その方法は、原告に関しては、原告の被告に対する四二五万円の債務に充当する方法で行われ、他の三名に関しては、残金一二七五万円を修の被告に対する貸付金として処理したうえで、各四二五万円の債権を譲渡する方法によって行われた。)。したがって、本件住宅の売却に関して、被告が原告に対して負担すべき債務はない。

三  被告の主張

1  平成四年六月分以降の原告の給与の減額分八万七〇〇〇円は、原告の取締役としての報酬部分である(ただし、株主総会によって決定されたものではない。)が、原告は、当時統括していた倉庫業務に従事せず、取締役としての任務を怠っていたことから、被告は、原告に対する懲戒処分として、取締役の報酬部分を減額したのである。

2(一)  被告は、原告に対し、平成四年九月二五日付けで懲戒解雇(以下「第一次解雇」という。)を通告していたが、平成五年一一月四日、原告に対し、第一次解雇を撤回したうえで、同月八日から出社し、被告の倉庫のD棟内で出入荷業務に従事するよう命じた(以下この命令を「本件業務命令」という。)。

しかるに、原告は、正当な理由を述べることもなく、欠勤や早退、遅刻を繰り返して右業務命令に従わず、同日以降本件解雇がなされた平成六年一月二六日までの間の勤務状況は、別紙記載のとおり、無断欠勤が二六日、無断早退が二五日(しかも、在社時間はごく短時間であった。)、遅刻が四日あり、全日稼働したことはなかった。

被告は、原告のこのような勤務態度が、被告の就業規則五七条所定の「正当な理由がなく頻繁に遅刻、早退又は欠勤したとき。」(二号)、「就業規則その他諸規定に違反し令達及び指示に服さないとき。」(三号)に該当するものと考え、平成五年一一月九日、同月一二日及び同月一九日の三回にわたって、原告に対し、戒告処分の通告を発するとともに、同年一二月一四日には、業務命令書を発して警告したにもかかわらず、原告は、本件業務命令に従おうとはしなかった。

(二)  原告の右のような態度は、被告の就業規則五八条所定の懲戒事由である「職場の規律を無視して会社の秩序を乱したとき。」(一号)、「正当な理由がなく無断欠勤一四日以上に及んだとき。」(七号)、「戒告又は譴責が数回に及んでも怠慢で業務に不熱心なとき。」(一一号)に該当することは明らかである。

そこで、被告は、本件解雇に及んだのであるが、本件解雇は、被告の就業規則五五条二項に定められた懲戒処分としての諭旨解雇であり、労働基準法二〇条に基づく解雇予告を行い、説諭のうえ、解雇するものである。そして、被告は、平成六年二月七日、原告に対し、同年一月二一日から同月二七日までの給与一一万七三八〇円及び解雇予告手当て四九万三〇〇〇円を支払った。

(三)  右のとおり、本件解雇が有効であることは明らかであるが、仮に、本件解雇に懲戒処分としての効力がなかったとしても、本件解雇は、被告の就業規則六一条四号所定の「やむを得ない経営上の都合による」解雇にも該当するというべきであるから、原告が本件解雇により被告の従業員たる地位を失ったことに変わりはない。

3  仮に、被告が原告に対し、何らかの金員を支払うべき義務を負っていたとしても、原告は、被告に対し、次の(一)ないし(三)記載の合計四九四三万二〇〇〇円の債務を負担している。

そして、被告は、原告に対し、平成八年一〇月二日の本件第一八回口頭弁論期日において、原告の被告に対する右合計四九四三万二〇〇〇円の債務と原告が本件で請求する被告の債務とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(一) 被告は、平成四年九月二五日付けで原告を懲戒解雇する旨の通告(第一次解雇)を行ったところ、後記のとおり、原告の申し立てた地位保全仮処分(当庁平成四年(ヨ)第三四七二号事件)の決定において、原告の地位保全及び賃金仮払いを命じる決定がなされた。

ところが、その後被告が第一次解雇を撤回して本件解雇を行ったことを理由に事情変更による右仮処分決定の取消しを求めた(当庁平成六年(モ)第五〇二六七号事件)ところ、平成七年三月二七日、右仮処分決定を取り消す旨の決定がなされた。

被告は、前記仮処分決定に従い、原告に対し、毎月四九万三〇〇〇円を支払ってきたが、本件解雇後の平成六年二月分から平成七年三月分までの合計六九〇万二〇〇〇円については、右仮処分取消決定によって支払いの根拠がなくなったというべきであるから、被告は、原告に対し、右六九〇万二〇〇〇円の不当利得返還請求権を有する。

(二) 被告は、原告に対し、平成四年二月一八日に二八〇万円を、同年七月九日に三〇〇万円を、同年一〇月二九日に一四〇万円を、同年一二月三一日に一五三万円を、平成五年五月三一日に二八〇万円を、それぞれ貸し渡した。

よって、被告は、原告に対し、右合計一一五三万円の貸付金返還請求権がある。

(三) 被告は、平成五年三月一〇日、株式会社大阪銀行に対し、修が同銀行から行う金員の借入れを連帯保証した。

原告は、相続により、修の右借主たる地位を承継したというべきところ、被告は、平成八年三月二一日、前記連帯保証契約に従い、同銀行に対し、三一〇〇万円を代位弁済したのであるから、被告は、原告に対し、右三一〇〇万円の求償金債権を有する。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張は争う。

2(一)  同2(一)のうち、被告が平成四年九月二五日付けで第一次解雇を通告したこと、被告が平成五年一一月四日第一次解雇を撤回し、原告に対して本件業務命令を発したことは認め、その余は争う。

原告の平成五年一一月の欠勤日数は五日であり、遅刻はない。また、同年一二月の一〇日の欠勤の内の六日は年次有給休暇であり、早退は、修に帰宅を命ぜられたことなどから、やむなく帰ったのである。そして、その他の欠勤も、裁判所への出頭や弁護士との打合せ、後記目の疾病によるもので、正当な理由がある。

(二)  同(二)のうち、被告が平成六年二月七日に原告に対して解雇予告手当て四九万三〇〇〇円を支払ったことは認め、その余は争う。

なお、原告は、被告に対し、右解雇予告手当てを送り返した。

3(一)  同3(二)の主張は争う。

被告が主張する貸付金は、原告に対して返還を求めないとの約定に基づいて支払われたのであり、原告が返済の義務を負うものではない。

(二)  同(三)の主張は争う。

被告には資産はなく、修の負債の大半は、事業資金の捻出など被告のために生じたものであり、修の借入金等の多くの部分を被告が費消したことを考えれば、これを形式的に捉え、原告に対する求償債権を主張することは、あまりに不当である。

五  原告の反論

1  本件業務命令は、次に述べるように、原告が従えないことを知悉したうえで、その不服従を口実に原告を解雇する目的で発せられたものである。したがって、本件業務命令違反を理由とする本件解雇は、解雇権の濫用であり、無効というべきである。

(一) 前記のとおり、修は、原告の父親であったが、原告が幼いころから家庭を顧みず、複数の愛人を作るなどしていたため、原告は、修に批判的で、ことあるごとに対立していた。そして、播广も、修の愛人の一人であったことから、癌の宣告を受けていた修が死亡して原告が被告の経営を引き継ぐことになれば、播广が放逐されることが明白であった。そこで、播广は、修の存命中に原告を排除することを企て、以下に述べるとおり、本件解雇を行うに至ったのである。

(二) 被告は、原告に対し、平成四年九月二五日付けで原告を懲戒解雇する旨の通告(第一次解雇)を行い、これを不当とする原告は、前記地位保全仮処分を申し立てたところ、平成五年一〇月一二日に、原告の申立てを認め、地位保全及び賃金の仮払いを命ずる決定がなされた。すると、被告は、第一次解雇を撤回したうえで、本件業務命令を発し、原告がこれに従わなかったことを理由に本件解雇を行った。そして、事情変更による右仮処分決定の取消し(当庁平成六年(モ)第五〇二六七号事件)を申し立てたのである。

(三) 右の事情からも明らかなように、第一次解雇の撤回は、被告が前記仮処分決定の取消しを求めるための便法として行われたにすぎず、真に原告を復職させようとの意思に基づくものではなかった。

そして、本件業務命令も、以下の事情から、原告が実行できないことを知りながら、被告が原告の新たな解雇事由を作出しようとの意思のもとに発せられたのである。

(1) 被告の工場に搬入される荷物のほとんどが鉄製パイプであり、クレーン操作の免許がない原告は、これを素手で運ぶほかない。本件業務命令は、原告に牛馬のごとき労働を強いるものである。

(2) 四〇歳を過ぎ、修の後継者として被告の役員まで務めた原告に倉庫内での労働を強制するということ自体が原告の自尊心を著しく傷つけるうえ、被告の工場で原告の指揮にあたるのは、修の愛人の実弟の伊達であった。そして、伊達は、かつて原告の部下であったことをも考えると、本件業務命令は、原告に耐え難い精神的苦痛や屈辱を強いるものである。

(3) 原告は、目の疾病(円錐角膜)のために物が見えにくく、コンタクトレンズを装着しているなど、埃の多い倉庫内での業務には従事できないのであり、被告もこのことを熟知していた。

(4) 被告は、事務作業に四人もの女性を従事させているが、被告の事務作業には、それほどの人数を要しない。それにもかかわらず、被告は、合理的な配置換えを行うこともなく、本件業務命令により、原告に対してのみ、倉庫労働を強いている。

(四) 右に述べてきたように、本件業務命令は、裁判所に第一次解雇の無効を宣言された被告が、原告を排除するため、新たな解雇事由を作出しようとの意思に基づき、原告が従えないことを承知で行ったものである。そして、原告が本件業務命令に従わなかったことを理由とする本件解雇は、被告による解雇権の濫用であることが明らかであり、無効であるから、原告は、被告の従業員たる地位を失うことはない。

六  原告の反論に対する認否

原告の反論は争う。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件解雇が無効であることを前提とする地位確認及び本件解雇以降の給与の支払請求について

1  前記当事者間に争いのない事実に、(証拠略)、原告本人及び被告代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  被告は、鉄鋼材の剪断加工を主たる業として設立された会社であったが、業績の悪化により、業務を転換し、工場を倉庫として賃貸しするようになった。そして、被告は、平成元年三月以降、四棟ある倉庫のすべてを日本アーム株式会社に貸与するとともに、日本アーム株式会社から倉庫における入出荷作業を受託し、委託料の支払いを受けていた。被告には、取締役三名及び原告を含めて五名の従業員(うち一名は女性)がいたが、日本アーム株式会社との間の右業務委託契約は、被告が四名の作業員を業務に従事させることを内容としたものであったため、被告は、作業員が休暇をとった場合にも欠員を生じることがないよう、原告を除いた男性の全従業員の三名と人材派遣会社から派遣された二名の合計五名を右業務に従事させており、女性の役員や従業員は経理事務補助及び清掃等の雑務に就いていた。被告には、日本アーム株式会社から、右倉庫の賃貸料として月額七一五万円が、入出荷作業の委託料として月額二八六万円が、それぞれ支払われており、被告は、専らこれらの収入に依存していた。そして、右倉庫業務を統括していたのは原告であった。

被告は、昭和六二年ころ、不動産事業を行うため、一〇〇パーセント子会社である万久株式会社(以下「万久」という。)を設立した。万久は、修所有の土地の管理等、被告の不動産部門を担当するもので、従業員はおらず、すべての事務は被告が行うなど、実質的には被告と一体をなす会社であった。被告は、平成三年五月ころ、金融機関から五億円を借り入れて、修の所有地に八階建ての梅新万久ビルを建築し、入居者からの賃料収入による増収を企図したが、梅新万久ビルは、完成後間もなくバブル経済が崩壊したことなどから、第一次解雇が行われた平成四年九月ころの入居者は全八室のうちの二室にすぎず、本件解雇当時も四室が空室であった。そして、右の賃料収入では借入金の金利の支払いもできなかったため、金融機関から競売申立てがなされたことなどから、梅新万久ビルは、平成七年一〇月、任意売却されるに至った。

(二)  梅新万久ビルの管理や入居者の募集は、完成当初から原告が担当し、原告は、前記倉庫業務を離れ、梅新万久ビルに常駐して、その管理等の業務にあたっていた。しかし、第一次解雇以降被告は、入居者募集や管理の一部等を不動産業者に委託し、その余の業務は被告の総務経理が行うようになったため、梅新万久ビルに関する業務で原告が行わなければならないものはなくなった。

なお、被告の総務や経理の業務は、播广が統括し、他に被告の役員を含む二名の女性が行っているが、その仕事量は、これら三名で充分処理できる程度であった。

(三)  原告は、修の長男であり、昭和四六年に被告に入社したが、昭和四七年に退社し、昭和四八年に再入社した後は、主に営業を担当していた。

修は、複数の愛人をつくるなどしていたことから、原告は、修に対して批判的であったが、修が原告の不動産購入に関して、後記のような経済的な援助を与えたり、ローンを組むために共有名義にすることに協力するなど、修と原告との関係は比較的良好であり、原告は、被告の取締役に就任するなど、修の後継者と目されていた。しかしながら、平成三年ころ、修の入院中に、原告が実印を持ち出し、修の被後見人の伊藤久子(修の実姉)の預金を無断で引き出したとの問題が生じ、修が原告を相手に損害賠償を求める民事訴訟を提起したり、原告を告訴するなどの事態に至ったことなどから、原告と修との関係は険悪なものとなり、さらに、原告とその兄弟、播广など被告の役員や従業員との関係も悪化した。

なお、播广は、修と愛人関係にあり、修が死亡した後は被告の代表者の地位に就いており、また、伊達は、修の他の愛人の弟であった。

(四)  被告は、原告に倉庫業務への復帰を求めたにもかかわらず、原告がこれに応じず、梅新万久ビルの仕事に固執したことなどから、平成四年九月二五日、原告の右倉庫業務への不就労が勤務不良にあたるなどとして、原告を懲戒解雇(第一次解雇)に付した。これに対して、原告は、第一次解雇が無効であると主張し、地位保全及び賃金の仮払いを求めて仮処分を申請した(当庁平成四年(ヨ)第三四七二号事件)ところ、当庁は、平成五年一〇月一二日、被告が、原告の勤務不良の前提となる倉庫勤務を命じた業務命令を発したとの疎明がないなどとして、第一次解雇の効力を否定し、原告の地位保全を認めるとともに、被告に対し、賃金の仮払いを命じた。

(五)  そこで、被告は、弁護士と相談のうえ、平成五年一一月四日、第一次解雇を撤回したうえで、改めて原告に対し、同月八日から被告の倉庫D棟内での入出荷業務に従事するよう書面(〈証拠略〉)で命じた(本件業務命令)。被告は、原告が本件業務命令に従って、倉庫D棟内での入出荷業務に従事することを前提に、前記人材派遣会社から派遣されていた二名を一名に減らしたが、そのことによって、被告は、人材派遣会社に支払っていた月額四〇万円(一日あたり二万円の二〇日分)の経費が節減できた。

ところが、原告が本件業務命令を拒否したため、被告は、同月九日、同月一二日及び同月一九日の三回にわたり、原告に対し、右倉庫業務への就労拒否につき戒告処分に付し、原告が所持していた梅新万久ビルの鍵等の返還を求めた(〈証拠略〉)が、原告はこれにも応じなかった。そこで、被告は、同年一二月一四日付けの内容証明郵便(〈証拠略〉)でも、原告の倉庫業務への就労を促し、その到達後二日以内に就労しない場合には懲戒解雇処分に付すとの警告を発したが、原告は、依然として倉庫業務に就こうとはしなかった。

また、第一次解雇撤回後の原告の勤務状況は、警察署や裁判所、弁護士事務所を訪れるなどの理由や風邪、目が痛いなどの体調不良を訴えたりしての欠勤や遅刻、早退が多かったうえ、被告に出社しても、修やその他の従業員と口論などをした末に帰宅してしまうことも少なくなかった。

(六)  被告は、前記のとおり、原告が本件業務命令に従わず、また、欠勤や遅刻、早退が多く、勤務態度が不良であったことに対し、修から再三戒告がなされ、かつ、業務命令書による命令を発したにもかかわらず、原告が応じなかったことから、原告の態度が改まらないものと判断し、平成六年一月二六日付けの書面(〈証拠略〉)で、原告に対し、本件解雇の意思表示を通告した。右通告書には、原告の倉庫業務への就労拒否、欠勤、遅刻が甚だしく、このままでは他の従業員の士気に影響し、社内秩序が維持できないことを理由とするもので、本来なら懲戒解雇に付すべきところ、敢えて通常解雇処分とする旨が記載されており、この通告書は、同月二七日、原告のもとに到達した。

(七)  被告の倉庫D棟内での業務は、トラックで搬入された物品を、ホイストクレーンやフォークリフトで倉庫内に運び入れ、一旦整理、保管した後、日本アーム株式会社の指示に従って、段ボール箱に詰め、結束機で結束梱包し、荷札を付けるなどしたうえで、フォークリフトなどを用いて、指定のトラックに積み込むというものであった。なお、ホイストクレーンやフォークリフトの操作には、技能講習修了証が必要であるが、その取得は比較的簡単であり、玉掛け技能については、輔助業務の従事歴が受講資格とされているが、輔助業務を行うには免許等の必要はない。

また、D棟は、被告の倉庫の中では新しく、床はコンクリート張りで、他の棟に比べると埃も少ないし、D棟に保管されている物品も、段ボール箱に入っていたり、亜鉛メッキをした物などで、小型、軽量のものが多かった。

原告は、円錐角膜症に罹患しているため、裸眼の視力が〇・一程度であり、遠近感が正常にはたらかない。そして、視力を矯正するためにコンタクトレンズを装着しているが、矯正視力は〇・五程で、円錐角膜によりコンタクトレンズがはずれやすいことなどから、目を激しく動かす作業や埃の多い場所での作業を行うには支障があった。しかしながら、原告は、特に体調が悪いときなどを除いては、夜間や雨中を含めて、頻繁に自動車の運転を行っていた。

2  右認定の事実に基づき、本件解雇の効力について検討する。

(一)  右認定の事実によれば、原告が従前従事していた梅新万久ビルの入居者募集やビル管理の業務は、不動産会社に委託したり、被告の総務経理が行うようになったため、原告が梅新万久ビルに関して行うべき仕事はなくなったということができる。また、本件業務命令が発せられた当時の被告の営業は、倉庫業務のほかには梅新万久ビルの管理、入居者募集などに限定されていたのであるから、原告が梅新万久ビルに関する業務から離れた後は、倉庫業務に従事するほかなかったのであるし、さらに、被告の業績は芳しくなく、人材派遣会社に対する支払等の経費を節減する必要があったことなどの事情をも考え併せれば、被告が、原告に対し、倉庫業務に従事するよう命じた本件業務命令を発したことは、被告の経営判断に基づく裁量の範囲内の行為というべきであって、何ら不当なものとはいえない。

さらに、D棟は、被告の倉庫の中では新しく、床はコンクリート張りで、保管している物品も、段ボール箱に入っていたり、亜鉛メッキをした物などで、他の棟に比べると埃も少なく、保管されている物品も小型で軽量のものが多かったことに鑑みれば、本件業務命令は、原告に対し、ことさらに労働環境の劣悪な業務への従事を命じたものということもできない。

(二)  確かに、平成四年ころ以降被告においては、原告と修や播广との関係が相当程度悪化していたのであり、また、本件業務命令は、第一次解雇が撤回されるのと同時に発せられているのではあるが、前記のとおり、本件業務命令の内容自体は、被告の経営上許容された裁量の範囲内であるといえるうえ、第一次解雇に関しては、原告に対して倉庫業務に従事することを命じた業務命令があったとの疎明がないなどの理由で、地位保全等の仮処分が発せられたことに鑑みれば、被告は、本件業務命令を発することによって、業務命令の存在を明確にしようとしたと考えられ、そのことをもって、不当とすることはできない。

(三)  これに対して、原告は、本件業務命令は、原告に対する嫌がらせであり、原告を被告から排除することを目的としたものであるとして、その不当性を種々主張するので、以下それらの点について検討する。

(1) 原告は、本件業務命令がクレーン操作の免許がない原告に素手で鉄製パイプ等の運搬を余儀なくさせ、牛馬のごとき労働を強いるものである旨を主張する。

しかしながら、前記のとおり、ホイストクレーンやフォークリフトの操作には技能講習修了証が必要であるが、その取得は比較的簡単であったこと、玉掛け技能については輔助業務の従事歴が受講資格とされているが、輔助業務を行うには免許等の必要はないこと、D棟の倉庫に保管されている物品は、小物や軽量の物が少なくなかったことなどの事情に照らせば、本件業務命令が原告に牛馬のごとき労働を強いるものとはいえない。

(2) 原告は、本件業務命令が原告の自尊心を傷つけ、かつ、原告のかつての部下であり、修の愛人の弟である伊達の指揮に服せしめることは、原告に著しい精神的苦痛や屈辱を強いる旨を主張するが、前記のとおり、原告を倉庫業務に就けることは、被告の経営上必要であり、伊達が原告の上司となったとしても、被告の職制上やむを得なかったこと、当時の給与額についてみれば、原告の方が伊達よりも多額の金員の支給を受けていたこと(この事実は、〈証拠略〉によって認める。)などの事情に照らせば、右の事情をもって、本件業務命令が原告に著しい精神的苦痛や屈辱を強いるものであったとすることはできない。

(3) 原告は、さらに、本件業務命令は円錐角膜に罹患した原告が従事できないことを知悉しながら、発せられた不当な命令であると主張する。

なるほど、前記のとおり、原告は、円錐角膜の疾病に罹患しているのであり、そのため多少物が見えにくい状態であることは容易に推測できる。また、原告が視力の矯正のためにコンタクトレンズを装着していることから、埃の著しい場所での作業等、業務の性質や内容などによっては、従事することが困難な場合もあると思われる。しかしながら、原告に円錐角膜の疾患があることによって、日常生活に特段の支障が生じている形跡がないことや、前記認定のとおり、原告は、夜間や雨中を含めて頻繁に自動車を運転していたこと、D棟は被告の倉庫の中では新しく、床はコンクリート張りで、保管している物品も、段ボール箱に入っていたり、亜鉛メッキをした物などで、ほかの棟に比べると埃も少なかったことなどの事情に鑑みれば、円錐角膜に罹患したり、コンタクトレンズを装着していることによって、原告がD棟における倉庫業務に従事できない状態にあったとはいえない。したがって、円錐角膜の罹患やコンタクトレンズの着用を理由として、原告が本件業務命令を拒否することは許されないというべきである。

(4) 原告は、被告の事務作業に四名の女性を従事させながら、合理的な配置換えを行わず、原告にのみ倉庫労働を強いる本件業務命令が不当であると主張するが、前記判示のとおり、本件業務命令は、被告の経営上の必要性に基づく裁量の範囲内のものといえるうえ、倉庫作業という事柄の性質上、女性の従業員ではなく、男性である原告を対象としたことにも不当な点はないというべきである。

(5) 確かに、前記認定のとおり、平成四年ころ以降の修と原告の関係は相当程度悪化しており、また、原告と修以外の被告の役員や従業員との関係も、円満であったとはいえない。しかしながら、本件に顕れた諸事情に鑑みれば、そのような状態に至ったことについては、原告の勤務態度や対応にも問題があったことが窺えるうえ、右判示のとおり、本件業務命令は、被告の業務上の必要性に裏付けられたものであり、かつ、その経営上の合理性もあったというべきであるから、原告の本件業務命令が原告に対する嫌がらせや原告を被告から排除することを目的とした不当なものである旨の前記主張は、失当であって、採用することはできない。

(四)(1)  以上判示のとおり、本件業務命令に違法、不当な点はない。そして、原告は、正当な理由もなく、本件業務命令を拒否したというべきである。

(2)  原告の右本件業務命令違反は、被告の就業規則五八条所定の懲戒事由である「職場の規律を無視して会社の秩序を乱したとき。」(一号)に該当するというべきである。また、前記認定のとおり、原告は、本件業務命令以降(第一次解雇の撤回以降)欠勤や遅刻、早退が多かったのであるが、右欠勤のすべてが被告の就業規則上の無断欠勤にあたるとは言い切れず、したがって、「正当な理由がなく無断欠勤一四日以上に及んだとき。」(七号)との懲戒事由に該当するとは断定できないが、少なくとも、右事情は、同条一号の懲戒事由にあたるとはいえる。また、前記認定の事実によれば、原告には、「戒告又は譴責が数回に及んでも怠慢で業務に不熱心なとき。」(一一号)との懲戒事由もあったというべきである。

(3)  これらの事情に鑑みれば、本件解雇は、被告の就業規則の規定に基づくもので、有効といわなければならない(なお、前記解雇通告書(〈証拠略〉)には、原告を通常解雇に付す旨の記載があるが、右通告書には、解雇の理由として、懲戒事由が掲げてあることに照らせば、本件解雇は、被告主張のとおり、被告の就業規則に規定された懲戒処分としての諭旨解雇であったとするのが相当である。)。

(五)  右に述べたとおり、本件解雇は有効であり、原告は、本件解雇の通告書が到達した平成六年一月二七日をもって、被告の従業員たる地位を失ったというべきであるから、原告の地位確認及び本件解雇以降の給与の支払いの各請求は、いずれも理由がなく、失当といわなければならない。

二  未払給与の請求について

1  前記各事実、前掲各証拠に(証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四八年に被告に再入社し、昭和五一年に被告の取締役に就任したが、平成四年一一月に退任した。また、原告は、同年四月まで、万久の取締役も務めていた。

(二)  原告が被告から支給を受けていた報酬は、昭和五六年一月当時は月額二五万円であったが、その後二七万五〇〇〇円、二八万五〇〇〇円と増額された後、昭和五九年一〇月には三八万五〇〇〇円とされた。右昭和五九年一〇月の増額は、原告が被告から買い入れた長野県下高井郡所在の土地(二区画)の地上権の購入代金に充てるために行われたもので、以後昭和六〇年九月までの間、毎月七万ないし九万円が原告の報酬から差し引かれていた。その後、原告の報酬の月額は、昭和六〇年一〇月に四五万円、平成二年四月ころに五一万円、平成三年五月に八〇万円になったが、この平成三年の増額は、原告が修と共同名義で購入した神戸市東灘区鴨子が原所在の土地建物(代金約三億一〇〇〇万円)のローンを組み、その返済に充てるためになされたもので、右増額された報酬のうちから月々一八万八〇〇〇円程が差し引かれ、ローンの返済に充てられていた。原告の報酬は、その後平成三年九月から五八万円に減額され、さらに、平成四年六月以降四九万三〇〇〇円とされたが、右平成三年九月の減額以降は前記ローン代金は被告が支払い、原告に対する報酬から控除されることはなくなった。

(三)  右原告に対する報酬の増減は、専ら修の意向に基づいて行われ、その決定のために被告の株主総会が招集されたというようなことはなかった。そして、前記平成四年六月の減額は、修が梅新万久ビル等の不振を理由に報酬の一五パーセントをカットするとの通告(〈証拠略〉)により、実施されたものであった。

(四)  原告の報酬が四九万三〇〇〇円に減額された後も、平成四年一一月までは、右金員の全額が基本給として支払われていたが、原告が被告の取締役を退任した後の同年一二月以降は、基本給が二五万円とされ、諸手当てを加えた四九万三〇〇〇円が総支給額とされていた。

2  右認定の事実によれば、原告が被告から支給されていた報酬は、修が決定しており、その時々の原告の資金の必要性などを考慮して定められていたもので、給与規定等の明確な基準に基づいたものと認められる証拠がないうえ、原告に対する援助としての意味合いが強い部分も少なくないと思われるなど、それが原告の提供した労務に対する純然たる対価といえるかどうかについても疑問が残るといわざるを得ない。

しかしながら、原告に支給されていた報酬については、賃金部分とそれ以外の援助的部分とが明確に区別されていたわけではなく、右報酬中の賃金部分を特定することもできない。そして、少なくとも、平成三年九月の五八万円への減額以降は、それまで控除されていたローンの返済分を差し引かれることもなくなり、全額が原告に支給されていたことに鑑みれば、右月額五八万円の金員が、原告に対する給与であったと考えるほかはない。

3  これに対し、被告は、減額分の八万七〇〇〇円は、原告に対する取締役としての役員報酬であり、その減額は、取締役としての勤務不良によるものである旨を主張するが、これを支給するにあたって株主総会を召集するなど、所定の手続きが履践されたことはないこと(この事実は、被告も自認するところである。)、前記認定のとおり、右減額は、修による報酬の一五パーセントをカットするとの通告によって実施されたものであり、減額にあたって、特に取締役としての報酬が意識された形跡もないこと、被告が平成六年二月七日に原告に対して同年一月二一日から同月二七日までの報酬として一一万七三八〇円を支払っており(この事実は、原告が明らかに争わないから、自白したものとみなす。)、(証拠略)によれば、この金員は、右期間中の休日を除いた実働日の五日分として計算されたものであることが認められるところ、この計算に基づいて算出した一か月分の金額は七〇万円余りとなり、被告の主張する原告の従業員としての給与額四九万三〇〇〇円と大きく食い違っていることなどを考えると、原告の従業員としての給与は月額四九万三〇〇〇円で、減額した八万七〇〇〇円の部分が役員報酬であったとすることはできない。さらに、前記認定のとおり、平成四年六月の減額の理由は、梅新万久ビルの不振とされていたのであって、この減額が、必ずしも原告の勤務態度の不良を理由としたものとも断じ得ないのであるから、いずれにしても、被告の右主張は採用できない。

4  以上判示のとおり、原告の平成四年五月までの給与は、月額五八万円であったのであるが、被告は、同年六月以降これを四九万三〇〇〇円に減額した。そして、前記のとおり、その理由とされたのは梅新万久ビルの不振というにとどまり、原告に対する懲戒としての趣旨が表われていないうえ、原告の同意を得たなど、この減額を正当化する事情も窺えないのであるから、被告は、原告に対し、平成四年六月から本件解雇が行われた平成六年一月二七日までの二〇か月と七日(同月二一日から二七日まで)について、月額八万七〇〇〇円の割合による未払給与の支払義務を免れないというべきである。そして、その金額は、同年一月分までの合計が一七四万円(八万七〇〇〇円に二〇か月を乗じて算出した金額)、同月二一日から二七日までの分が一三万〇九六七円(五八万円に三一分の七を乗じて算出した金額)の合計一八七万〇九六七円となる。

5  これまで述べてきたことに基づいて、原告の被告に対する未払給与に関する債権をまとめると、原告は、被告に対し、平成四年六月から平成六年一月分までの合計一七四万円及びこれに対する同月二七日(原告主張の遅延損害金の起算日であり、最終分の支払日の後)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各債権を有するとともに、同月二一日から二七日までの分については、前記一三万〇九六七円から被告が同年二月七日に支払った一一万七三八〇円を控除した一万三五八七円及びこれに対する同月二六日(同月分の支払日の翌日)から支払いずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金の各債権を有していることになる。

三  未払賞与の請求について

1  前記当事者間に争いのない事実に前掲各証拠、(証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告が平成三年冬季から平成六年夏季までの賞与の支給を受けていないこと、原告を除いた被告の従業員は右各賞与を支給されていること、平成三年ないし平成五年の各冬季賞与については、業績不振などの理由で役員には支給されなかったこと及び平成五年の夏季賞与が原告に支払われなかった理由は前記仮処分事件が係争中のためであったことが認められる。

2  右の事実によれば、原告に右期間の賞与が支払われなかった理由は、原告が役員であったことや原告と被告とが仮処分事件で争っていたことによるものであるが、前記のとおり、原告は、被告の従業員たる地位をも有していたというべきであり、また、稼働状況はともかくとして、労務の提供自体は全くしていなかったとはいえない。したがって、原告は、右期間の賞与の支給を受ける地位にあったとするのが相当である。

そして、平成五年の夏季賞与の不支給は、原告との仮処分が係争中であったことを理由としているが、そのような事情が賞与の不支給を正当化するものとは到底いえないばかりでなく、平成三年ないし平成五年の各冬季賞与支給の際に、役員を兼任している者が被告の業績不振を考慮して賞与を辞退したとしても、賞与の不支給を承認した形跡のない原告についてまで、他の役員と同様に賞与を支給しないものとして扱うことはできないというべきである。

したがって、原告は、本件解雇が行われた平成六年一月二七日までは被告の従業員であったのであり、平成三年冬季から平成五年冬季までの賞与については、他の従業員と同様、その支給を受ける権利を有していたというべきである。

3  ところで、賞与は、その性質上使用者の対象期間における業績、労働者の勤務状況等の諸般の事情を勘案したうえで、支給率や金額が個別具体的に決定せられるものであって、そのような手続きを経ることなく、賞与の具体的な金額を決定することは困難である。しかるに、本件においては、支給さるべき賞与の金額を定める基準等が明らかでないばかりでなく(〈証拠略〉によるも、右期間の賞与が基本給等の額に一定の割合を乗じて算出されたとはいえない。)、原告は、右各賞与の対象期間において、担当していた梅新万久ビルの入居が進まず、また、梅新万久ビルの管理等を巡って修や播广と対立するなど、自らの業務を誠実に遂行していたのかの点で疑問が残らないわけではない。しかしながら、本件に顕れた諸事情だけでは、原告の具体的な賞与額を決定することができないし、また、被告も、右諸事情を前提とした賞与額等の主張をしないのであるから、結局、被告がその従業員のうちで原告と最も近い時期に入社したと主張する伊達に支給された金額を基準として決するほかはない。そして、伊達に支給された賞与は、平成三年冬季が七〇万円、平成四年及び平成五年の夏季が各五五万円、冬季が各七二万円であったというのであり、前記のとおり、給与の支給額は原告の方が伊達よりも多かったことに鑑みれば、原告は、少なくとも右伊達と同程度の賞与、すなわち平成三年の冬季賞与七〇万円、平成四年の夏季賞与五五万円、同年の冬季賞与七二万円及び平成五年の夏季賞与五五万円、同年の冬季賞与七二万円の支給を受けることができたものと考えるべきであり、したがって、被告に対し、合計三二四万円の未払賞与請求権を有しているとするのが相当である。

4  そして、原告が賞与に対する遅延損害金の起算日として主張する平成六年一月二七日は、右賞与の最終分の支払日の後であるから、原告は、被告に対し、未払賞与合計三二四万円及びこれに対する同日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有していることになる。

四  未払交通費及び経費の支払請求について

1  前掲各証拠、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成五年一二月一五日から平成六年一月二四日までの間に被告の業務に関して支出した交通費の合計が一万一〇四〇円であり、同じく平成三年一〇月三日から同年一二月二五日までの間に支出した経費の合計が二八万一一三七円であることが認められる。

2  右交通費及び経費は、被告の業務を行うにつき必要とされる費用で、本来は被告が負担すべきものと考えられるうえ、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告が支出した交通費及び経費については、右請求にかかる分以外は既に清算されているのであって、これらの事情に照らせば、原告と被告の間には、原告主張のとおり、原告の支出したこれらの費用を清算する旨の合意があったものと推認することができる。さらに、播广は、代表者尋問において、被告が経費の支払いをしないのは、その明細が明らかでないことが理由であると供述し、右経費の支払義務を否定していないうえ、その妥当性についての積極的な反論をしないし、また、右交通費については、被告に支払義務があることを自認する旨の供述をしているのである。

3  このような事情に照らせば、原告の未払交通費一万一〇四〇円及び経費二八万一一三七円の支払請求は、理由があるというべきである(なお、これらの金員に対する遅延損害金の起算日については、後述する。)。

五  貸付金二八〇万円及び原告が修から相続によって取得した貸付金二三〇〇万円の支払請求について

1(一)  まず、原告の被告に対する二八〇万円の貸付金の支払請求について判断する。

(二)  原告は、本人尋問において、右二八〇万円を被告に貸し付けた旨を供述する。しかしながら、このことを裏付ける客観的な証拠がないうえ、播广が、被告代表者尋問において、右貸付金の相手方は播广個人であり、その額も二二七万円であった旨を供述しているのである。さらに、当初は三〇〇万円であったとするなど、原告の右貸付金額に関する主張が変遷しており、原告の右貸付金についての認識自体が確定していないと思われることをも考え併せれば、原告の右貸付金についての前記供述は、直ちにこれを採用することはできず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

よって、原告の被告に対する二八〇万円の貸付金の支払請求は失当である。

2(一)  次に、原告が修から相続によって取得した貸付金二三〇〇万円の支払請求について検討する。

(二)  本件住宅の実質的な所有者が修であったこと、本件住宅が昭和六〇年一二月に売却されたこと及び原告が修の唯一の相続人であることは当事者間に争いがない。

(三)  被告は、その主張する二〇〇〇万円の売却代金の処理について、三〇〇万円は修が取得し、残金一七〇〇万円は、修により登記名義人とされていた原告ほか三名に対して四二五万円ずつ贈与された旨を主張する。そして、(証拠略)によれば、原告が昭和五七年九月に長野県下高井郡に所在する二区画の土地の地上権を被告から買い受け、その代金九七四万円は、被告の帳簿上原告の未収金として処理されていたこと、昭和六〇年九月二七日に二〇〇万円が、同年一二月に二二五万円が、それぞれ右原告の未収金に充当されていること、原告を除いた登記名義人の三名については、帳簿上被告主張の四二五万円に近い金額が借入金として計上され、返済が行われていたことが認められるなど、概ね被告の右主張に沿った処理がなされている。さらに、本件住宅が売却された昭和六〇年一二月から修が死亡した平成七年一〇月までの一〇年近くの長期間にわたって、修から本件土地の売却代金の処理に関して、特段の異議が述べられた形跡もないことに照らせば、修自身、被告が行った右処理を了解していたものと考えることができる。

さらに、本件に顕れた諸事情によれば、被告においては、必ずしも的確な会計処理がなされておらず、ことに修や原告との関係においては、被告が修や原告の名義を借用したり、修や原告の個人的な債務を負担するなど、計算関係が混同していたことが窺えるし、原告自身、当初は登記簿の記載どおり本件住宅の権利の四分の一が原告に帰属する旨を主張していたなど、修の資産の実質的な所有関係が明確に把握できていなかったとも考えられるのである。

(四)  右に述べてきたような事情に照らせば、本件住宅の売却代金の処理については、被告主張のように、原告及び他の三名の名義人に対する贈与などによって処理され、この点については、修と被告との間で解決ずみであったというべきであるから、原告の被告の(ママ)対する前記貸付金二三〇〇万円の支払請求は理由がない。

六1  以上判示のとおり、原告には、合計一七五万三五八七円の未払給与、合計三二四万円の未払賞与、合計一万一〇四〇円の未払交通費及び合計二八万一一三七円の未払経費の支払い並びにこれらに(ママ)金員に対する遅延損害金の各支払請求権がある(なお、未払交通費及び未払経費の遅延損害金の起算日については後記のとおり)。

2  そこで、被告の相殺の抗弁について検討する。

(一)  被告は、相殺の自働債権として三種の債権を主張するが、特段の順序を付してはおらず、これらの債権を択一的に主張しているものと解されるから、まず、前記仮処分命令に基づく仮払金の不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の主張について検討する。

(二)  前記のとおり、第一次解雇の無効を主張して原告が申し立てた仮処分事件において、原告の地位保全及び賃金仮払いを命じる決定がなされた。そこで、第一次解雇を撤回し、本件業務命令を発したにもかかわらず、原告がこれに応じなかったことから、被告は、本件解雇を行うとともに、事情変更による右仮処分決定の取消しを申し立てたところ、平成七年三月二七日、この申立てに基づき、右仮処分決定を取り消す旨の決定がなされたのである。

そして、被告が前記仮処分決定にしたがい、原告に対して平成六年二月分から平成七年三月分まで毎月四九万三〇〇〇円の合計六九〇万二〇〇〇円を仮払いしてきたことは、原告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

(三)  前記のとおり、本件解雇は有効であるし、原告の申請によって発せられた地位保全及び賃金仮払いを命じた仮処分決定は取り消されたのであるから、被告が仮払いした右合計六九〇万二〇〇〇円は、法律上の理由がないことが明らかというべきである。

したがって、原告は、被告に対し、右六九〇万二〇〇〇円を不当利得として返還すべき義務を負担するといわなければならない。

(四)  そして、被告は、右六九〇万二〇〇〇円の不当利得返還請求権を自働債権として、原告の本件請求と対当額で相殺する旨の意思表示をした(この事実は、当裁判所に顕著である。)のであるから、以下この相殺の対象となるべき債権及びその額について検討する。

(五)  被告が主張する受働債権のうちには、未払給与及び未払賞与の各請求権が含まれているが、これらは、いずれも賃金たる性格を有するものであり、使用者たる被告が従業員である原告に対して有する債権をもって、原告の賃金債権と相殺することは許されないというべきである。したがって、被告の右未払給与及び未払賞与の各請求権を受働債権とする相殺の主張は、失当といわなければならない。

そうすると、被告の原告に対する前記不当利得返還請求権による相殺は、立替金の実質を有する未払交通費及び経費を受働債権とする部分に限られることになる。

(六)  前記主張によれば、被告は、右六九〇万二〇〇〇円の不当利得返還請求権の発生時期を平成七年三月二七日である旨を主張しているものと解されるので、この主張を前提として計算すると、右の時点で原告が被告に対して有する受働債権は、未払交通費一万一〇四〇円及び経費二八万一一三七円並びにこれらの金員に対する遅延損害金である。そして、右遅延損害金の起算日であるが、未払経費二八万一一三七円については、これが発生したのが平成三年一二月以前であることに鑑みれば、原告の主張する平成六年一月二七日には遅滞に陥っていたというべきである。また、未払交通費一万一〇四〇円については、原告の同年二月分の給与の支払日である同月二五日の経過によって遅滞に陥ったというべきである(前掲〈証拠略〉によれば、交通費は、支出と近接した時期に、月に一ないし三回程度の割合で清算されていたことが認められるから、遅くとも同日を経過した時点では、遅滞にあったと解するのが相当である。)。そして、右未払経費に対する年五分の割合による遅延損害金は一万六三六七円(平成六年一月二七日から平成七年三月二七日まで一年と六〇日の計算)、未払交通費に対する年五分の割合による遅延損害金は五九七円(平成六年二月二六日から平成七年三月二七日まで一年と三〇日の計算)となり、結局これらの総計三〇万九一四一円が相殺の受働債権になる。

(七)  したがって、被告の前記相殺により、原告の被告に対する未払交通費、経費及びこれらの金員に対する遅延損害金の総計三〇万九一四一円の債権は消滅し、被告の前記不当利得返還請求権も、右三〇万九一四一円の限度で消滅したことになる。

七  以上判示のとおり、本件解雇は有効であり、原告は、平成六年一月二七日をもって、被告の従業員たる地位を失ったというべきである。また、原告は、被告に対し、未払給与合計一七五万三五八七円、未払賞与合計三二四万円、未払交通費合計一万一〇四〇円及び未払経費合計二八万一一三七円並びにこれらの金員に対する年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有していたが、そのうち未払交通費及び未払経費並びにこれらの金員に対する年五分の割合による遅延損害金の合計三〇万九一四一円は、被告の前記六九〇万二〇〇〇円の不当利得返還請求権を自働債権とする相殺によって消滅した。

よって、原告の本件請求は、未払給与合計一七五万三五八七円及び未払賞与合計三二四万円の合計四九九万三五八七円及び内金四九八万円に対しては平成六年一月二七日から、内金一万三五八七円に対しては同年二月二六日から、それぞれ支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 長久保尚善)

別紙

〈省略〉

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