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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7390号 判決 1996年10月22日

原告

中島英明

被告

内野拓実

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金二五八一万四六九三円及びこれに対する平成四年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告らの、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金八〇〇〇万円及びこれに対する平成四年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告内野拓実(以下「被告拓実」という。)が乗つた自転車と歩行中の原告が衝突して原告が負傷した事故に関し、原告は、被告らとの間で右事故の損害賠償に関する合意があつたとして、被告らに対し、右合意に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成四年八月二〇日午後七時一〇分ころ

(二) 場所 大阪市東淀川区上新庄三丁目二二番先路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 被告拓実が乗つた二輪自転車(一八段変速のマウンテンバイク、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 前照灯の備付けがない被告車が時速二〇ないし二五キロメートルで自転車・歩行者専用道路を走行中、折から右道路を歩行中であつた原告と衝突して原告を転倒・負傷させたもの

2  原告と被告拓実は、平成五年三月五日、本件事故につき、概ね以下の内容の合意をした(以下「本件合意」という。)。

(一) 被告拓実は、本件事故が自らの過失により発生したものであることを認め、原告に対し、原告の受けた相当因果関係の範囲に属する全損害を賠償する。

(二) 損害賠償額の総額については、原告の症状固定後、すみやかに原告代理人井上直行弁護士と被告拓実の代理人上坂明弁護士、同金井塚康弘弁護士の協議により確定する。

(三) 被告拓実は、原告に対し、本日、損害賠償内金として金三〇〇万円を支払い、原告はこれを確かに受領した。

(四) 被告拓実は、原告に対し、平成五年四月一〇日限り、損害賠償内金として金一二〇〇万円を原告代理人井上直行弁護士の指定口座に送金して支払う。

(五) 右(三)、(四)以外のその余の損害賠償金の支払方法については、原告・被告拓実は、前記代理人弁護士を通じて原告の介護の必要性と被告拓実の負担能力とを考慮しつつ誠実に協議することとする。

なお、本件合意には、第一項の次の項に、被告拓実の父である被告内野八郎(以下「被告八郎」という。)が、被告拓実が原告に対して負う損害賠償義務につき、連帯して保証する旨の条項があつた。

3  原告は、被告拓実との間で、本件合意に基づき、平成五年一一月一日から同月二四日にわたつて、損害賠償額の総額の確定、損害賠償金の支払方法について協議したが、被告拓実は、過失相殺等を主張し、既払額(一五〇〇万円)以上の賠償義務はないなどと答弁したため、協議は不調となつた。

4  損害のてん補

原告は、被告拓実から、本件合意に基づき、合計一五〇〇万円の支払いを受けた。

二  争点

1  被告八郎の連帯保証債務の範囲

(原告の主張)

被告八郎は、本件合意の際、代理人上坂明弁護士、同金井塚康弘弁護士を介して、被告拓実が原告に対して負う本件事故と相当因果関係のある全損害賠償義務につき連帯保証する旨の合意をした。仮に被告八郎代理人に右合意締結の権限がなかつたとしても、原告及び原告代理人井上直行は、被告八郎代理人に合意締結の権限があると信ずべき正当な理由があつたから、民法一一〇条の表見代理が成立する。

(被告八郎の主張)

被告八郎は、本件合意時に具体的に支払いの合意ができていた一五〇〇万円の限度で被告拓実の原告に対する損害賠償義務を連帯保証したにすぎない。仮に一五〇〇万円を超える連帯保証債務を負うにしても、協議によつて将来合意できた被告拓実の原告に対する損害金支払義務の限度で負うにすぎない。本件合意の交渉過程において、被告八郎の連帯保証の具体的範囲が一五〇〇万円までであると知つていたのであるから、民法一一〇条の表見代理は成立しない。

2  過失相殺

(被告らの主張)

原告は、飼犬の散歩中、飼犬に気をとられるなどして前方注視義務を怠り、さらに左側通行をしていたことにより、被告車を避けることができず正面衝突したのであるから、原告にも五割の過失がある。

(原告の主張)

被告拓実は、夜間、飲酒をして前照灯のない被告車に乗り、時速二〇ないし二五キロメートルで走行中、変速ギア操作のため、前方注視を欠いたまま進行した重大な過失により進路前方約一・六メートルの至近距離に迫つて初めて歩行中の原告を発見し、制動措置をとる間もなく被告車を原告に衝突させたものであるから、原告には過失がないかあつてもせいぜい一五パーセントまでである。

3  寄与度減額

(被告らの主張)

原告は、本件事故の六年弱前、小脳失調症の疑いで淀川キリスト教病院に五日間入院し、投薬等の治療を受けていたが、右傷病は、長い期間を経て進行し、パーキンソン病様症状も加わることがあるから、右同様の症状を呈する原告の後遺障害に右既往症が二割程度寄与しているものというべきである。

4  損害

第三争点に対する判断

一  争点1(被告八郎の連帯保証債務の範囲)について

前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし六、被告拓実、被告八郎)によれば、被告八郎は、本件合意の前日である平成五年三月四日、息子の被告拓実が原告との間で本件合意を成立させることを承知していたこと、右合意には、被告拓実が、原告に対し、原告の受けた相当因果簡易の範囲に属する全損害を賠償し、被告八郎が、右損害賠償義務につき、連帯保証する旨の条項があつたこと、被告八郎は、右合意を代理人上坂明弁護士、同金井塚康弘弁護士に依頼して成立させたこと、被告八郎は、本件合意の際に原告との間で具体的な協議が出来ていた一五〇〇万円の損害賠償債務については連帯保証するつもりでいたが、一五〇〇万円を超える部分については、一切保証しないつもりはなく、将来協議がまとまれば、そのまとまつた金額、まとまらなくても相当な金額であれば、連帯保証する意思があつた旨供述していることが認められ、右事実を総合すれば、被告八郎は、本件合意の際、被告拓実の原告に対する相当因果関係の範囲に属する損害賠償義務につき、連帯して保証したものと認められる。

二  争点2(過失相殺)について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲七ないし三五、三九、検甲一、二被告拓実)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場は、河川敷の幅員三メートルの自転車・歩行者専用道路である。右道路はアスフアルトで舗装された平坦な路面で、前方の見通しはよいが、夜間は暗く、本件事故当時は路面は乾燥していた。

(二) 被告拓実は、夜間、右道路の右端を前照灯の備付けのない被告車を運転して時速二〇ないし二五キロメートルで西から東へ走行中、変速ギアを後輪三段から四段に変え、加速しようとして前方から目をそらし、変速ギアのあるハンドルの右側をみたまま約一三・六メートル進行し、目を前方に戻したところ、前方約一・六メートルの地点にこちらを向いて立つている原告(当時七一歳)が目に入つたのでブレーキをかけようとしたが、ブレーキをかける間もなく衝突した。

2  以上の事実によれば、本件事故は、被告拓実が夜間暗い自転車・歩行者専用道路を前照灯のない被告車に乗つて走行していたのであるから、速度を適宜調節しながら、前方を注視して進行する注意義務があつたのに、これを怠り、自転車としてはかなり速い時速二〇ないし二五キロメートルで走行し、しかも、変速ギア操作のため目前で原告を発見するまで前方注視を欠いたまま進行した重大な過失により発生したことは明らかであるが、他方、原告にも、被告車と対面しながら、衝突を回避する措置を何らとつていないなど前方不注視が窺われるが、右事故態様、原告の年齢等を考慮すれば、原告の過失割合はせいぜい一割五分程度とするのが相当である。

三  争点3(寄与度減額)について

被告らは、本件事故の約六年前の小脳失調症が原告の後遺障害と同様の症状を呈することがある可能性を理由に右既往症による寄与度減額を主張するが、そもそも証拠上、右既往症がどの程度のものであつたか全く不明である上、後記四の1認定のとおり、原告は、本件事故による脳挫傷により後記した後遺障害が残り、パーキンソン症の合併も認められたというのであるから、右既往症が原告の後遺障害発症に寄与したとは認められず、したがつて、被告らの右主張は採用できない。

四  争点4(損害)について(円未満切捨て)

1  原告の治療経過・傷害・後遺障害

証拠(甲一、一三、二八、三〇、四〇ないし四二、四三の一ないし三〇、四六の一ないし一二、五七、六六、原告後見人中島英子)によれば、原告は、本件事故により左急性硬膜下血腫、左脳挫傷、右頭蓋骨骨折の傷害を受け、医誠会病院に平成四年八月二〇日から平成五年一月六日まで入院し、その後医療法人協和会協和会病院に同年一月七日から平成六年五月一日まで(但し、平成六年四月九日から同月一五日までを除く)入院し(合計六一一日間の入院)、その間の平成五年三月一六日、「四肢・体幹に筋力低下、運動協調障害あり、バランス能力も低下しており、立位保持困難、日常生活動作は、食事はかろうじて自立。他の動作を全て全介助」と診断され、平成五年四月一五日には、脳挫傷による体幹機能障害及び両上下肢機能の著しい障害により身体障害者福祉法の身体障害者等級表一級の認定を受けた。右協和会病院退院後は、医誠会病院や淀川キリスト教病院に入退院を繰り返し、現在は自宅で療養し、主に原告の後見人である中島英子が原告を介護しているが、その症状は、けいれん発作を繰り返し、自発語はほとんどなく、車椅子に乗つたり、食事もとつたりするにも、介助が必要であるし、傾眠が続き、呼びかけに対し開眼はみられるが、意志疎通は困難である。また、食事摂取不良による低栄養状態のため全身浮腫が著明であり、パーキンソン症状の合併もあり、振戦、固縮が強い状態であるし、平成七年九月には肺炎を併発して緊急入院するなどしている。

2  治療費等(主張額七二万三五〇〇円) 五万六三四一円

前記入院期間中、原告が負担した本件事故と相当因果関係のある治療費等はテレビ代及び諸費用を除いた五万六三四一円(消費税込み)であると認められる(甲四三の一ないし三〇)。

3  入院雑費(主張額七九万六九〇〇円) 七九万四三〇〇円

原告は、前記した六一一日間入院し、右入院期間中の一日当たりの入院雑費は一三〇〇円とするのが相当であるから、右雑費は七九万四三〇〇円となる。

4  付添看護費(主張額三三二万〇四六〇円) 二七八万一〇〇〇円

原告の前記受傷内容、程度等に照らし、原告は、前記した入院期間(平成六年四月九日から同月一五日までの期間を含む六一八日間)、付添看護が必要であると認められるところ、一日当たりの付添看護費は交通費を含め四五〇〇円が相当であるから、付添看護費は二七八万一〇〇〇円となる。

5  休業損害(主張額一九万七三五五円) 一六万二九三三円

原告は、本件事故当時、学校法人大手前女子学園大手前女子短期大学の非常勤講師の仕事をし、平成四年一月一日から同年九月三〇日までの給与所得として二四万四四〇〇円を得ていたが(甲五二、五七、原告後見人中島英子)、本件事故により平成五年三月三一日まで約七・三か月程度休業を余儀なくされ、平成四年一〇月から平成五年三月三一日まで六か月間の収入を失つたことになるから、休業損害は以下のとおり一六万二九三三円となる。

244,400×1/9×6=162,933

6  後遺障害逸失利益(主張額八七万三九二〇円) 六〇万六五六六円

前記した後遺障害の内容、程度等に照らせば、原告は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害等級表一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当することは明らかであり、労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当であるところ、原告は、本件事故がなければ、その年齢等に照らし、前記認定した二四万四四〇〇円(年収三二万五八六六円)程度を少なくとも今後二年程度得られたものと認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除して後遺障害逸失利益を算定すると、以下のとおり六〇万六五六六円となる。

325,866×1.8614=606,566

7  入院慰謝料(主張額一二三万円) 一二〇万円

前記した入院期間、原告の受傷内容等を勘案すれば、一二〇万円が相当である。

8  後遺障害慰謝料(主張額二五〇〇万円) 二四〇〇万円

前記した後遺障害の内容、程度等に勘案すれば、原告の近親者である長女分を含め二四〇〇万円が相当である。

9  将来の介護費(主張額三九六二万一七〇〇円) 一二〇二万四一九五円

前記認定した原告の症状等を勘案すれば、原告の日常生活動作にはほぼ全面的な常時介護が必要であるが、右介護には原告後見人やその夫が主にあたつており、右介護を補助するものとして、ヘルパーが区役所からは月火金の週三回午後一時三〇分から三時まで無料で、原告ら親族依頼の民間からは水の週一回午後一時三〇分から三時三〇分まで一時間一五〇〇円(一か月八時間で一万二〇〇〇円、交通費一回約七〇〇円)で来てくれていること、日本ホスピス・ホームケア協会に依頼して週一回ケースワーカーを派遣してもらつていること(入会金一万円、一時間一五〇〇円と交通費実費)、月木の週二回の午前中訪問看護婦(一回二五〇円)に来てもらつていること(甲五四、五五、五七、五九の三ないし二三、甲六三の一ないし一〇五、六六、原告後見人中島英子)等を考慮すれば、近親者介護費として一日当たりの介護費は五〇〇〇円程度を認めるのが相当である。

ところで、原告の生存可能年数につき、前記認定した症状の推移等を勘案すれば、症状固定時(七一歳)から平均余命一二年の三分の二である八年程度生存すると認めるのが相当であるから、将来の介護費は以下のとおり一二〇二万四一九五円となる。

5,000×365×6.5886=12,024,195

10  将来の雑費・入浴費・健康管理のための通院費(主張額一七三八万八七〇五円) 二四〇万四八三九円

前記認定した原告の症状等に照らし、将来、おむつ代等の諸雑費を要することは認められるが、入浴車による入浴サービスは、前記認定した原告の状態等に照らし、利用が困難な状況にあり、これまで四回利用したにすぎないこと、原告は、必ずしも将来にわたり定期的な通院が必要とされているわけではないこと等(甲四四の一ないし三〇、四五の一ないし五二、四六の一ないし一二、五七、五八の一ないし九二、五九の一ないし五〇、六一の一ないし一三、六四の一ないし二五、六六、原告後見人中島英子)を勘案すれば将来にわたる雑費等の諸費用につき、一日当たり一〇〇〇円程度認めるのが相当であるから、右諸費用は、以下のとおり二四〇万四八三九円となる。

1,000×365×6.5886=2,404,839

11  家屋改造費(主張額六七二万四一八八円) 三四二万〇三〇二円

原告が自宅で療養できるようにするため、玄関にリフトをつけ、応接室を原告のベツドを置く部屋にし、ダイニングルームに車椅子が移動できるよう敷居をなくすなどの改造工事をし、右費用として三四二万〇三〇二円を要したことが認められる(甲四八ないし五〇、五七、原告後見人中島英子)。

12  介助器具購入費(主張額三〇〇万円) 五六万六八一一円

原告介助のため、電動ベツド、車椅子等の器具を購入し、右費用に五六万六八一一円を要したことが認められる(甲四五の二九、三三、三六、五〇、四七の一、二、五三、五七、五九の二四の一、二、五九の二五ないし二七、四九、原告後見人中島英子)。

13  以上の損害合計四八〇一万七二八七円となるが、前記した一割五分の過失相殺をし、既払金一五〇〇万円を控除すると、二五八一万四六九三円となる。

五  以上によれば、原告の請求は、金二五八一万四六九三円及びこれに対する本件事故日である平成四年八月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

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