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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3281号 判決 1995年1月19日

原告

上村勝治

被告

榎原静男

主文

一  被告は、原告に対し、一〇万四五一二円及びうち九万万四五一二円に対する平成六年四月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その八を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、九四万五五〇六及びうち八六万五五〇六円に対する平成六年四月二四日から支払済みに至るまで年五分の割台による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車が普通貨物自動車に追突し、被追突車の運転者が負傷した事故に関し、右被害者が追突車の運転者に対し、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生(甲一)

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年七月二四日午前一一時ころ

(二) 場所 大阪府吹田市佐竹台五丁目四番先路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告が所有し、かつ、運転していた普通乗用自動車(大阪三三ね四四七九、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告が運転していた普通貨物自動車(和泉四〇り六一五四、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 被告車が原告車に追突し、原告が負傷した。

2  責任原因

(一) 本件事故は、被告の前方不注視等の過失が原因であるから、被告は、民法七〇九条に基づく責任を負う。

(二) 被告は、被告車の保有者であるから、同車を自己の用に供する者として、自賠法三条に基づく責任を負う。

3  損益相殺

原告は、本件事故により生じた損害に関し、被告から五万円の支払いを受けた。

二  争点

1  示談契約の成立

(一) 被告の主張

原告と被告とは、平成三年八月、本件事故による損害賠償金として五万円を支払うことにより、同事故による紛争の一切を解決することを約する示談契約を締結し、右金員を支払つた。

(二) 原告の主張

被告は、示談が成立したとして、書証(乙一)を提出するが、同書面の署名、本文の筆跡が原告のものでないことは明らかであり、五万円の授受はあつたものの、同授受により本件が示談解決済みであるなどというのは、事実に反する。

2  原告の受傷の有無

(一) 原告の主張

(1) 本件事故は、軽貨物自動車で配送途中の原告車に被告車が追突したものである。被告は、原告車が停止中であつたことを否認しているが、原告車は、バス停の歩道側に少しえぐれた部分に停車していたため、車両後部に損傷を受けている。原告は、伝票の整理をするため、バス停に停車していたもので、被告が前方を注視せず、漫然と進行したため、本件事故が発生した。原告は、追突の衝撃で、原告車のハンドル部に顔面を打ち付け、鼻と口から出血した。原告がかけていた眼鏡は、レンズが破損し、フレームが曲り、同時に左膝をチエンジレバーないしハンドブレーキにぶつけ、打撲した。

原告は、本件事故当日、光井歯科診療所で治療を受け、歯冠が脱離し、歯根膜炎(歯周組織、すなわち、歯肉、歯根膜、セメント質、歯槽骨に及ぶ炎症)の治療を受けている。原告は、顔面打撲により、歯にかぶせた物が脱離する程の外力を受け、そのため、歯周組織に炎症を起こしたのである。

原告は、本件事故で左足膝をサイドブレーキで打撲し、痛みを感じていたが、湿布薬を貼付するだけで特に病院での治療を受けていなかつた。これは、当時加入していた国民健康保険の保険料を滞納していたことから、健康保険を使いにくかつたからである。原告は、その後、外傷性膝関節炎のため、平成四年四月に至り、成仁会病院で左足膝の治療を初めて受けたのである。

(二) 被告の主張

(1) 原告は、平成三年八月六日、医誠会病院内科において、全身倦怠感を訴え、受診した。初診時の原告の主訴は、五、六年前、引き逃げ事故にあつたため、手足のしびれ感、足のむくみ感があるというものである。同病院では、脛骨の前に軽度の浮腫があることが確認された他、検尿、血液検査、胸部レントゲン検査、心電図検査などが実施され、高尿酸血症に罹患していることが判明した。原告は、同事故により肩、腰、左膝打撲の傷害を負つたと主張しているが、右治療時、打撲、捻挫等の外傷の申告はしておらず、治療は行われていない。

また、原告は、成仁会病院において、平成四年四月二八日から左膝の治療を受けているが、変形性左膝関節水腫によるものであり、本件事故による傷害ではない。変形性左膝関節水腫は、俗にいう、左膝に水がたまつた状態であり、同日になつて左膝が腫れて痛いと訴えて同病院において診察を受け、関節穿刺が実施されている。これは原告の既往症によるものであり、本件事故によるものではない。

さらに、原告は、市立堺病院においても左膝関節症と診断されているが、成仁会病院での診断と同じく、左膝に水がたまつている症状と解されるので、本件事故と因果関係はない。

(2) 原告は、平成三年七月二四日、左上額第一歯冠(修復物)脱離を訴えて診察を受け、同日中に脱離した修復物を再装着し、治療を終えている。外傷による修復物脱離の場合、脱離を引き起こす程の外力が加わつているのであるから、脱離が生じた歯にも炎症が生じているはずであり、同日中に再装着することはできず、また、外力により歯の歯切が認められたり、顔面にも何らかの損傷が認められるはずである。しかし、原告にかかる炎症、損傷は認められない。

原告は、初診日、パノラマ方式のレントゲン検査がなされ、歯周病(いわゆる歯槽膿漏)欠損歯が認められた。この他、左下顎プリツジ不適合、右上顎冠不適合、両上顎奥の冠不適合、上顎部分有床義歯不適合が認められた。八月七日には、歯槽膿漏症、歯根膜炎に対する治療として、歯石除去、感染根管処置などが施行され、歯磨きの方法などの歯周病疾患指導がされ、九月一〇日にも、感染根管処置などが施行されている。しかし、これらは、いずれも慢性の歯周病、歯根膜炎に対する治療であり、本件事故によるものではない。

3  その他損害額全般

第三争点に対する判断

一  示談契約の成立

1  被告は、本件事故による損害賠償に関し、示談が成立したとして、示談書と題する書証(乙一)を提出する。しかし、証拠(同書証、原告)及び弁論の全趣旨によれば、右示談書の原告の署名等は、原告の筆跡ではないことが認められ、このことに、右書証の文面は「今回の交通事故に関して一切の人身傷害問題が無いことを確認致します。」というものであり、損害賠償債務を消滅させることを直接明記したものではないこと、交付額もわずか五万円に過ぎず、人的損害を賠償するにしてはあまりに小額であることを考慮すると、同書証の作成に原告が関与したかに疑いがあるばかりでなく、同書証をもつて損害賠償請求権を消滅させる合意があつたことの根拠とは認め難いから、右被告の主張は採用できない。

二  原告の受傷の有無

1  本件事故態様

前記争いのない事実に加え、証拠(甲一、一〇、検甲一の1、2、原告)によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和六年一一月一二日生)は、本件事故当時、空港運送株式会社(以下「空港運送」という。)に勤務し、原告車による配送業務に従事していた。原告は、本件事故当日、原告車を本件事故現場のバス停に停車させ、伝票の整理をしていたところ、被告車に追突され、その衝撃により、顔面を原告車のハンドル部に、左膝をギヤチエンジレバーないしハンドブレーキにそれぞれ打ちつけたが、原告車はほとんど移動しなかつた。

2  本件治療経過

(一) 前記争いのない事実に加え、証拠(甲二ないし五、八、一〇、一一、乙二の1、2、三四、原告)によれば、原告は、自宅で静養しつつ、平成三年七月二四日から同年九月一〇日まで光井歯科診療所に通院し(実通院日数三日)、平成三年八月六日及び同月九日、医誠会病院内科に通院し(実通院日数二日)、平成四年四月二八日から同年一〇月五日まで成仁会病院に通院し(実通院日数一〇日)、平成四年八月四日から平成五年五月七日まで市立堺病院に通院した(実通院日数七日)ことが認められる。

右通院期間中の治療経過の概要は、次のとおりである。

(二) 原告は、本件事故当日、光井歯科診療所において、診察を受けたところ、歯肉状態が悪化(発赤、腫脹、出血等)しており、上額前歯部歯折による修復部が脱落していたので、左第一歯のクラウン脱離部を修復し、左上第一歯、右上第二、第三歯の歯根膜炎の治療を受け(平成三年七月二四日、なお、甲一の診断書に「平成四年」とあるのは誤記と思われる。)、その後、左上第一、第四、第六、第九歯等多数の歯の歯槽膿漏症、左上第一ないし第三歯の歯根膜炎の治療を受け(同年八月七日)、左上第二、第三歯、右上第二、第三歯、左下第一歯の歯根膜炎の治療を受けた(同年九月一〇日)。

(三) また、原告は、平成三年八月六日、医誠会病院内科に赴き、全身倦怠感及び五、六年前に轢き逃げされたため手足のしびれ感、足のむくみ感があると訴え、脛骨の前に浮腫が少し認められ、胸部レントゲン検査、心電図検査を受け(同日)、貧血気味であり、血圧が高く、朝起きた時、痰が多いと訴えた(同月九日)。

(四) 原告は、成仁会病院において治療を受け、左足が昨年夏から腫れていると訴え(平成四年四月二八日)、膝の痛みや腫れを訴え(同年五月一日、一四日、二一日等)、本件事故によるものであると訴え(同年六月二二日)、腫れた部位に関し、いわゆる水を抜くなどの治療を受けた(なお、原告の病名は、主訴に対応し、当初は変形性左膝関節水腫となつていたものが、後に外傷性左膝関節炎と変更された。)。

3  当裁判所の判断

(一) 以上の事実によれば、本件事故は、原告車がほとんど移動しなかつた程軽微なものであつたところ、原告は、本件事故前から歯槽膿漏症、歯根膜炎の疾患に罹患していたが、本件事故により、左第一歯のクラウンが脱離し、修復を受けるなどしたことが認められる。

被告は、同歯も含め、全てが本件事故によるものではないと主張するが、本件事故による衝撃がさほどのものではなかつたとしても、原告は、以前から歯槽膿漏症、歯根膜炎の疾患に罹患し、歯が折れないし補填物がとれやすい状況にあつたこと、右脱離部への治療が本件事故後間もなく行われていることに照らし、少なくとも同クラウンの脱離は、本件事故によつて生じたものと認めるのが相当である。

また、他の歯の歯槽膿漏症は、疾患の性質上、外傷との関連性を一般的に認め難いのに対し、歯根膜炎は、本件事故により症状が増悪した部位が若干はあるものと推認される。もつとも、その部位があまりにも広範囲にわたつていることや原告の年齢等を考慮すると、その全てが本件事故により生じた蓋然性は乏しいといわざるを得ない。

(二) 他方、左膝の疾患は、原告が本件事故直後、病院での治療を受けておらず、最初に治療を受けたのが、同事故から約二週間を経過した平成三年八月六日、医誠会病院の内科においてであり、しかも、その際の主訴は、五、六年前に轢き逃げされ、手足のしびれ感、足のむくみ感があるというものであること、その後、同病院へは同月九日に通院し、血圧、尿等の検査を受けているにすぎないこと、原告がその後通院したのは、同事故から約九か月後の平成四年四月二八日であり、その後、約一年後の平成五年五月七日までの間、成仁会病院、市立堺病院に、合計一七回通院したにすぎないこと、成仁会病院への通院開始時も、当初は、当該症状が本件事故により生じたと訴えてはおらず、そのため病名も変形性左膝関節症とされていたことなど照らすと、右治療と本件事故とを結びつけるには、不合理な点があまりにも多いというべきであつて、本件事故により原告が治療を要する程の負傷をしたことを認めるに足る証拠はないといわざるを得ない。

三  損害

1  治療費(主張額三万五二九〇円)

証拠(甲一五1、2)によれば、原告は、本件事故により、平成三年七月二四日、八月二七日、九月一〇日分の光井歯科に関する治療費として七〇四〇円を負担したことが認められる。前記認定のとおり、右治療費中には、本件事故による受傷以外に関するものが含まれているところ、前記治療経過及び弁論の全趣旨に照らすと、同事故と相当因果関係が認められる治療費は、右額の三分の一弱に当たる二三〇〇円からと認めるのが相当である。

原告主張のその余の治療費は、本件事故との因果関係を認めるに足る証拠がない。

2  休業損害(主張額二八万〇二一六円)

証拠(甲六、原告)によれば、原告(昭和六年一一月一二日生、本件事故当時五九歳)は、中学を卒業し、本件事故前である平成三年六月から同年七月までの間、空港運送株式会社に勤務していたことが認められるが、その間の収入額は定かではない。しかし、原告は、本件事故当時五九歳であつたことが認められること、同事故の年である平成三年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学新中卒・男子労働者の五五歳から五九歳までの平均賃金が四八〇万八二〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であること等を考慮すると、同原告の年収は右平均賃金の程度であつたものと認めるのが相当である。

前記治療経過をもとに原告の労働能力喪失の程度を判断すると、原告は、本件事故により、顔面及び左膝を打撲し、歯の修復物が脱落したことなどにより治療を受け、自宅で静養していたことが認められるところ、右症状及び経験則上、比較的軽微な受傷でも数日間ないし一週間程度の経過観察が必要とされることが少なくないことを考慮すると、原告は、現実に三井歯科に通院した実通院時間を含み、同事故後延べ一週間は、治療、静養をし、経過観察のため、休業することが必要であつたものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式のとおりとなる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

4,808,200÷365×7=92,212

3  慰謝料(主張額六〇万円)

本件事故の態様、受傷内容、治療経過等、本件に現れた諸事情を考慮すると、通院慰謝料は五万円が相当と認める。

4  小計

以上の損害を合計すると、一四万四五一二円となる。

四  損害の填補及び弁護士費用

1  右損害につき、当事者間に争いのない損益相殺(第二、一、3)をすると、九万四五一二円となる。

2  本件の事案の内容、本件事故後弁護士を依頼するまでの時間的経過、認容額等一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は一万円と認められる。

前記損害合計に右一万円を加えると、損害合計は一〇万四五一二円となる。

五  まとめ

以上の次第で、原告の請求は、一〇万四五一二円及びうち弁護士費用を除いた九万四五一二円に対する本件訴状送達の翌日である平成六年四月二四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割台による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

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