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大阪地方裁判所 平成5年(行ク)1号 決定 1993年4月01日

申立人

王福栄

右代理人弁護士

鍋島友三郎

菅充行

武村二三夫

大水勇

被申立人

大阪入国管理局主任審査官

吉嵜直三

右指定代理人

山本恵三

外一名

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一申立人の申立て

被申立人が申立人に対し平成五年一月一二日付で発付した退去強制令書(以下「本件退去強制令書」という。)に基づく執行は、本案判決の確定に至るまで停止する。

第二当裁判所の判断

一本件退去強制令書発付に至る経緯

本件記録によれば、以下の事実が一応認められる。

1  申立人は、昭和二六年三月一七日、中国福建省福州市内において、中国人父王依堂、同母黄依雪の間に出生した中国人である。

2  申立人は、昭和三九年一二月に福州市内の馬尾羅星小学校を卒業し、昭和四〇年一月福州市二四中学校に進学したが、その後「文化大革命」のため中途で退学した。

3  申立人は、昭和四四年四月、自ら志願して中国軍隊に入隊し、浙江省舟山海軍基地で高射砲々手として軍務に就き、その後昭和四六年ころから約四年間にわたり語学教育機関で英語の教育を受けた後、昭和五〇年一月から昭和五七年三月に除隊するまで福建海軍基地で海外無線を傍受する業務に従事した。

4  申立人は、この間の昭和五三年一〇月ころに中国人林秀珠と婚姻し、同人との間に一子を設けた。

5  申立人は、軍隊を除隊した後、福州市公安局馬尾港口分局に勤務し、同港に外国船舶で入国する外国人を調査・監視する業務に従事し、昭和五九年五月、同公安局が福州市馬尾経済開発区公安局に組織変更された後は、外輪偵察科の副科長として同様の業務に当たっていた。

6  申立人は、平成三年九月二二日、日本へ密入国しようとして馬尾港から上海港に渡り、更に、大連、秦皇島等を転々としながら日本へ向かう船舶を探していたところ、青島港に停泊中の中国籍貨物船「于山号」が日本に向け出港することを知り、同年一〇月一八日、同船に潜入し、同月一九日同港を出港した同船で同月二五日大阪港に到着した。

7  申立人は、右到着の夜大阪港にひそかに上陸し、かねてから立ち寄り先として予定していた大阪府八尾市居住の申立人の妻方の親族である中国人張月子方に立ち寄った後、同女から知らせを受けて来訪した同女の亡夫の弟である中国人楊宗秀とともに大阪市生野区中川西二丁目一二番一号所在の同人方に赴き、同所で潜伏していたが、同月二九日大阪府警生野署員に出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)七〇条一号、三条違反の容疑で逮捕された。

8  大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)入国警備官は、大阪地方検察庁からの通報に基づき、申立人につき法二四条一号該当容疑者として違反調査に着手し、平成四年二月七日、申立人に対する収容令書の発付を被申立人に請求し、これに対し、被申立人は、同日、収容令書を発付したので、同月一〇日、大阪入管入国警備官は、これを執行して申立人を大阪入管収容場に収容し、同月一二日、申立人を大阪入管入国審査官に引き渡した。

9  大阪入管入国審査官は、同年二月二六日、申立人について法二四条一号に該当する旨認定し、申立人にその旨通知したところ、申立人は同日、口頭審理を請求した。

10  大阪入管特別審理官は、同年三月六日、入国審査官の認定には誤りがない旨判定し、申立人にその旨通知したところ、申立人は、同日、法務大臣に対し異議の申出を行った。

11  法務大臣は、同年一二月八日、右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をして被申立人に通知した。被申立人は、平成五年一月一二日、申立人に本件裁決を告知するとともに、申立人に対し本件退去強制令書を発付し、この収容部分は執行されて申立人は大阪入管収容場に収容された。

12  なお、申立人に係る法七〇条一号、三条違反及び外国人登録法違反の罪については、平成四年二月一〇日、大阪地方裁判所において懲役一年、執行猶予三年の判決が言い渡されたが、申立人の控訴により、事件は、現在大阪高等裁判所に係属中である。

13  申立人は、同年三月六日、法務大臣に対し、難民認定申請を行ったが、同年七月二七日、法務大臣は難民の認定をしない旨の処分(以下「本件不認定処分」という。)をし、同年九月二日、申立人にその旨通知したところ、申立人は、これを不服として、同月四日、法務大臣に対し異議の申出を行った。法務大臣は、同年一一月一九日、右異議申出は理由がない旨の決定をし、同年一二月八日、申立人にその旨通知した。

14  申立人は、平成五年一月二五日、当裁判所に法務大臣のした本件不認定処分及び本件裁決並びに被申立人のした本件退去強制令書発付処分の取消を求める訴訟(本件本案事件)を提起した。

二本案についての理由

申立人は、中国国内において同人の政治的意見を理由にして共産党を除名される等の不利益処分を受ける等して迫害を受け、その迫害の恐怖故に中国から不法出国したものであり、また、中国に送還されれば中国から不法出国した罪等により重罪に処せられる危険性が高いので、申立人は、法二条三号の二、難民の地位に関する条約一条A項(2)、難民の地位に関する議定書一条2項(以下「難民条約等」という。)にいう「政治的意見」ないし、「特定の社会的集団の構成員であること」を理由に「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というべきであるから、法務大臣の本件不認定処分は違法であり、また、申立人に対し特別在留許可を与えなかった本件裁決には裁量権を逸脱又は濫用した違法があり、本件裁決を前提とする本件退去強制令書発付処分も違法である旨主張し、これに対し、被申立人は、本件申立は行政事件訴訟法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」に当たるから失当である旨主張するので以下この点について検討する。

1  申立人の難民該当性

(一) 申立人が政治的意見を理由とする迫害の恐怖の故に中国を離れたといえるか否かについて

申立人は、中国国内で同人の政治的意見を理由に、共産党から除名されたり一年間の観察処分を受ける等の様々な不利益処分を受けたとし、このような政治的意見を理由とする迫害の恐怖の故に中国を離れて日本へ密入国したものであるから、難民条約等にいう難民に当たると主張し、疎甲六(申立人の弁護士に対する平成四年七月二二日付上申書)には、この主張に沿う記載が存在する。

しかし、疎乙一六ないし一八(申立人の大阪入管入国警備官、同入国審査官、同難民調査官に対する平成四年二月一二日付、同月二四日付、同年三月一八日付各供述調書)によると、申立人は中国で殊更に反体制的な政治的意見を表明したようなことはないこと、申立人が主張する、中国国内で受けた様々な不利益処分というのは、結局共産党の除名処分や前記一の5認定の職場における降格処分にすぎず、右各処分の理由も、申立人の生活態度や職務態度によるものであって、申立人の政治的意見によるものでないこと、申立人は、右職場に在籍中、身柄を拘束されていたわけでも監視下に置かれていたわけでもないことが一応認められ、右認定事実からすると、申立人が中国国内で政治的意見を理由にして迫害を受けていたとは到底言えない。

また、疎乙一六ないし一八(申立人の前記各供述調書)によると、申立人の日本への密入国の動機は日本で稼働して金儲けをするという出稼ぎ目的であると一応認められるから、申立人が迫害の恐怖の故に国籍国である中国を離れたとは到底言えず、申立人の右主張は理由がない。

(二) 申立人の「後発的難民」の該当性について

次に、申立人は、国籍国を離れた後に「政治的意見」ないし「特定の社会的集団の構成員であること」を理由に「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」に至ったという「後発的難民」に該当する旨主張するので、以下右主張について検討する。

(1) まず、難民条約等にいう「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる」とは、迫害の恐怖の故に国籍国を離れた場合だけでなく、国籍国を離れた後に迫害の恐怖が生じた場合(後発的難民)も含むものと解される。

(2) 申立人は、後発的難民として、「政治的意見」を理由に「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」といえるか。

申立人は、①軍や公安局に所属した者でありながら不法出国し、②日本において中国への送還を拒否して難民の認定を申請し、③弁護士や日本国係官に対し、諜報、警察及び出入国管理業務を行う馬尾経済開発区公安局の詳細な構成を明らかにし、④アメリカへの入国を希望して同国総領事館にその旨の要請をする等して、中国の政治体制に公然と反対する意思、すなわち政治的意見を表明したと主張する。

申立人が右①、②の各行為をしたことは、前記一の5、6、13に認定したとおりであり、また、疎甲五(申立人の弁護士に対する平成四年一月二〇日付上申書)、疎乙一六ないし一八(申立人の前記各供述調書)によると、申立人が右③、④の各行為をしたことが一応認められるが、以下に述べるように、申立人が右①ないし④の各行為をしたことをもって、申立人が中国の政治体制に公然と反対する意思、すなわち政治的意見を表明したものと評価することはできない。すなわち、不法出国が政治的意見の表明と見ることができるのは、不法出国の主たる動機が政治的意見を理由とする場合であると解されるところ、前記(一)で認定したとおり申立人の不法出国の主たる動機は出稼ぎ目的であるので、申立人が右①の行為をしたことをもって、政治的意見を表明したものと評価することはできない。また、前掲各疎明資料によると、申立人が右②、④の各行為をしたのは、申立人が中国に送還された場合前記職務上の地位に照らして不法出国等の罪で重罰に処せられるおそれがあると申立人が考えていたことから、もっぱら右重罰を回避する目的に出たものであって、中国の政治体制に公然と反対する意思を表明する目的によるものでないこと、及び申立人が右③の行為をしたのは、同人が馬尾経済開発区公安局の職員であることを弁護士や大阪入管の係官に信じさせるために右公安局の構成等について供述したものであることが一応認められ、右認定の事実によると、申立人が右②ないし④の各行為をしたことをもって、申立人が政治的意見を表明したものと評価することはできない。

よって、申立人の右主張は理由がない。

(3) 申立人は後発的難民として、「特定の社会的集団の構成員であること」を理由に「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」といえるか。

申立人は、同人が海軍情報部に所属していたこと及び馬尾経済開発区公安局外輪偵察科副科長として外国船の査察業務に従事していたことをもって、申立人が「特定の社会的集団の構成員である」としたうえ、中国においては罪刑法定主義に基づかずに処罰がなされていること、おびただしい数の死刑が執行されていること、即決裁判による処刑、裁判手続きを経ない超法規的処刑がなされていること、及び近時は犯罪撲滅運動が展開され不合理に重い処罰がなされていること等からすれば、申立人が中国に送還された場合、同人の不法出国の罪等に対して公務員の綱紀粛正という名のもとに見せしめ的に不合理に重い処罰がなされる危険性が高いのみならず、申立人が難民認定手続等において同人の所属していた馬尾経済開発区公安局の構成等を供述したことが中国の国家機密の漏洩とみなされ死刑を含む重罰に処せられる危険性が高いとし、これらのことから、申立人が「特定の社会的集団の構成員であること」を理由に「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」場合に当たる旨主張する」

そもそも、「特定の社会的集団の構成員であることを理由に迫害を受ける」とは、特定の社会的集団の構成員であること自体を理由として不当な苦痛、攻撃を受けることをいい、公務員が違法行為を犯したとき、公務員の職責に違反したことが刑の加重事由として考慮され通常人の場合より重く処罰されることがあっても、それは「特定の社会的集団の構成員であることを理由に迫害を受ける」ことには当たらないと解される。

記録によると、中国政府が重大な経済犯罪を犯して国に多大な損失をもたらした公務員に対して死刑を容認するような発言をし、現に汚職、経済犯罪を行った七人の公務員に対し死刑判決がなされたことが一応認められるが、それは、公務員の職務を利用して国家ないし国民に多大な損失を与えるという犯罪を予防するために刑罰の一般予防効果をかなり重視した形でそれらの犯罪を重く処罰しているというだけのことであって、右認定事実から、中国政府が公務員という集団自体、又は申立人が属していた海軍情報部、馬尾経済開発区公安局の職員という集団自体を敵対視しているとすることは到底できない。

従って、申立人がその職責に違反したことを理由に重く処罰されるおそれがあっても、特定の社会的集団に属することを理由に重く処罰されるおそれがあるとは認められないから、仮に、申立人の不法出国等の罪に対して重く処罰される危険性があるとしても、そのことをもって、申立人が「特定の社会的集団の構成員であることを理由に迫害を受ける」ものと評価することはできない。

(4) よって申立人が「後発的難民」に該当する旨の申立人の前記主張は理由がない。

(三) 以上認定、説示したところによれば、申立人は「難民」には当たらないというべきである。

2  本件裁決の適否

(一) 右1認定説示のとおり、申立人は難民には該当しないのであるから、本件裁決には、重要な事実の誤認はない。

(二) 申立人は、本件裁決の違法事由に関し、右1記載の各主張をするほか、申立人が中国に送還された場合、不法出国等という罪科に比して不相当な重罰が科される可能性が極めて大きいから、法務大臣がそれにもかかわらず敢えて申立人を中国に送還させるべく本件裁決をしたことは人道に悖る苛酷な処分をしたものというべきであって、本件裁決には法務大臣がその裁量権を逸脱又は濫用した違法がある旨主張する。

ところで、仮に、難民には該当しないが国籍国に送還すると不相当に重い処罰が科される可能性が高いという場合に、法務大臣の法四九条三項の裁決が人道に悖る苛酷な処分といえ、法務大臣がその裁量権を逸脱又は濫用したものといえる場合があるとしても、ある国が自国の法律等に基づいて自国民に対して科する刑罰については、その国の主権を尊重する立場から、他の国としても、右刑罰がその国の個別的事情を考慮してもなお国際社会における通念に照らして容認しがたい程度に苛酷である等特段の事情がない限り、これに干渉することは相当ではないというべきであるから、右特段の事情がない限り、法務大臣の右裁決は人道に悖る苛酷な処分といえず、従ってまた、法務大臣がその裁量権を逸脱又は濫用したものとはいえないと解される。

これを本件についてみるに、記録によれば、申立人は一貫して中国に送還された場合は重罰に処せられると供述していること、アムネスティー・インターナショナル刊行の関係資料等からすると、中国における刑罰法規の解釈、適用の方法については、日本の刑法が採用している罪刑法定主義等の近代刑法の原理とは合致しない点があり、また、中国における犯罪捜査や刑事裁判手続の運用の実情についても数々の問題があることが一応認められる。

しかし、他方、問題があると指摘される中国での刑罰権の行使はほとんどが民主化運動者、チベット解放運動者に対するものに限られているが、前記1(一)、同(二)(2)で認定したとおり、申立人は、中国国内で殊更に反体制的な政治的意見を表明したようなことはなく、同人の不法出国等の行為も政治的意見の表明とは評価できないのであるから、申立人が中国に送還された場合に同人に対して民主化運動者等と同様な訴追や処罰がなされるおそれがあるとは認められない。

また、前記1(二)(3)で認定したとおり、中国政府が、近時、重大な経済犯罪を犯して国に多大な損失をもたらした公務員に対して死刑を容認するような発言をし、現に汚職、経済犯罪を行った七人の公務員に対し綱紀粛正のために死刑判決がなされたことが一応認められるが、このことから直ちに大巾に事案の異なる申立人に対し死刑等の極端な重罰が科せられるおそれがあるとは認められない。

よって、申立人が中国に送還された場合に不法出国等により申立人に科せられる刑罰が中国の個別的な事情を考慮してもなお容認しがたい程度に苛酷であると認めることはできないから、法務大臣が本件裁決をしたことをもって、人道に悖る苛酷な処分をしたものということはできず、裁量権を逸脱又は濫用した違法も認められないことになる。

よって、申立人の右主張は理由がない。

(三) してみれば、本件裁決には違法性がなく、従ってまた、本件退去強制令書発付処分にも違法性がないことになる。

三以上によれば、本件申立は、「本案について理由がないとみえるとき」に該当するから、その余の点につき検討するまでもなく失当として却下することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官山垣清正 裁判官明石万起子)

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