大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(人)10号 判決 1993年12月21日

主文

一  被拘束者中田詔子及び同中田惠子を釈放し、請求者に引き渡す。

二  本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

主文同旨

第二  事案及び当裁判所の判断

一  事案の概要は、本件記録により、次のとおり疎明されている。

1  請求者と拘束者は、昭和五六年一二月二五日に婚姻し、同人らの間には昭和五九年一二月二六日被拘束者中田詔子(以下「詔子」という。)が、昭和六二年二月二六日被拘束者中田惠子(以下「惠子」という。)が出生しており、婚姻当初は大阪市福島区に住み、その後、守口市に転居した。

2  請求者は、昭和六二年三月七日、枚方市の請求者の両親宅(請求者の肩書地)において、くも膜下出血で倒れ、枚方市民病院に入院し、次いで枚方厚生年金病院に転院して、昭和六三年二月二〇日頃退院し、被拘束者らを預かっていた請求者の両親宅に戻った。その後、請求者は、同年三月中頃に詔子とともに守口市の自宅に帰り、平成三年四月、惠子を引き取った。請求者には、右くも膜下出血が原因で右上下肢不全麻痺及び失語症の障害が残り、身体障害者二級である。

3  請求者と拘束者は、請求者が同人のリハビリテーションや家事に拘束者が協力しないことに不満を持ったことなどから、不和となり、請求者は、平成五年三月三一日、拘束者に「別れてくれ」と言い、拘束者が「夜にでもその話をしよう」と言って、話し合いを拒むと、しばらくして、被拘束者らを連れて請求者の両親宅に移り、被拘束者らについて、転校及び入学の手続をして枚方市立東香里小学校に通学させた。

4  拘束者は、同年五月二四日、大阪家庭裁判所に請求者に対する離婚調停を申立てたが、被拘束者らの親権をめぐって両者が対立したため、調停は不調となり、同年一〇月二九日、当庁に請求者を被告として離婚訴訟を提起した(当庁平成五年(タ)第三八四号)。

5  拘束者は、同年一一月二七日午前八時二五分頃、東香里小学校付近で、登校してきた被拘束者らを車に同乗させ、その頃賃借した大阪市西成区の拘束者宅(拘束者の肩書地)へ連れて行き、以後、被拘束者らと生活している。

二  被拘束者らの監護に関する事実は、本件記録により、次のとおり疎明されている。

1  拘束者は、歯科技工士を職業としており、自宅内で仕事をすることが可能であり、拘束者宅の至近の距離に、理髪店を営む拘束者の義理の父中田勇(七四歳)と実母の中田増枝(六九歳。以下「増枝」という。)の居住する店舗兼用住宅がある。拘束者は、日常の家事は増枝に頼み、同人の協力を得て、被拘束者らを監護し、平成五年一二月八日頃から被拘束者らを大阪市立晴明丘小学校に通学させたが、それ以外には被拘束者らの教育面での配慮はしていない。

請求者は、障害者年金(月額一二万円)を受給しており、いずれも小学校の教諭を定年退職して年金(合計月額約五五万円)を受給している請求者の父池田〓郎(六七歳。以下「〓郎」という。)と母池田賀枝(六六歳。以下「賀枝」という。)から援助を受けて、被拘束者らとの生活が経済的に可能になっている。請求者の両親宅は、延床面積一三八・七七平方メートルの二階建建物で、請求者と被拘束者らが同居するのに十分な広さがある。また、請求者は、日常の家事のかなりの部分を処理することができるまで回復し、できない部分は、賀枝が補っている。請求者は、被拘束者らの監護に専念し、常時賀枝が監護に協力しており、〓郎及び近くに住む請求者の弟中田宏之一家も被拘束者らの監護に助力している。請求者は、被拘束者らを同年四月から枚方市立東香里小学校に通学させたほか、公文教室、習字塾及びスイミングスクールに通わせている。なお、請求者の両親宅は、惠子が四歳まで、詔子が請求者の入院中引き取られており、もともと馴染みのあるところである。

2  被拘束者らは、いずれも気管支喘息にかかっているが、同年四月以降、詔子は発作が減少し、惠子は発作がなくなっており、請求者の両親宅への転地により病状が改善されたものである。

3  請求者、拘束者とも、被拘束者らに対する愛情に欠けるところはないが、拘束者は、被拘束者らを拘束者宅に連れてきた後は、請求者からの被拘束者らとの面会の希望や請求者が持参した被拘束者らの冬用衣類の受取を拒絶しており、被拘束者らに対して独善的な態度が窺われる。

4  拘束者は、被拘束者らが請求者の下で幸福な生活を送っていない事実を確認したので、被拘束者らを拘束者宅に連れて来たと述べている(答弁書)が、被拘束者らが幸福な生活を送っていないという判断には、客観性がない。

三  以上一応認められる事実を総合して判断し、被拘束者らが平成五年四月以来請求者の両親宅に同居し枚方市立東香里小学校に通学して、約八か月間教育上十分配慮の行き届いた安定した生活を送っており、被拘束者らが拘束者宅に居ては、これらがすべて失われること、被拘束者らの気管支喘息が請求者の両親宅への転地により改善されたが、拘束者宅がある地域は、環境的には被拘束者らの気管支喘息を悪化させるおそれがあること、被拘束者らは、八歳(一二月二六日で九歳)と六歳の女児で、母親である請求者からの監護を欠くことは適当でないことを考慮すると、被拘束者らが拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であると解すべきであり、即ち、拘束者が被拘束者らを監護することが子の幸福に反することが明白であると解すべきである。

四  よって、請求者の本件人身保護請求は理由があるので、人身保護法一六条三項、人身保護規則三七条を適用して、主文のとおり、被拘束者らを釈放し、請求者に引き渡すこととする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例