大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9943号 判決

大阪市中央区内本町一丁目二番一四号

原告

株式会社マノーネ大阪

右代表者代表取締役

高名芳夫

右訴訟代理人弁護士

正木丈雄

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

本田晃

紀純一

奥光明

内藤元子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二〇五万一〇〇〇円及びこれに対する平成四年八月一一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年一一月七日設立された建築、内装仕上工事の施工等を業とする資本金二〇〇〇万円の株式会社である。

2  原告の取締役は、平成四年一月一日当時、高名芳夫(代表取締役)(以下「芳夫」という。)、高名紀代(以下「紀代」という。)及び加藤大典(以下「加藤」という。)の三名であり、原告の監査役は、高名祐治(以下「祐治」という。)一名であった。その後、同年二月一日、加藤が取締役を辞任して高名啓介(以下「啓介」という。)が原告の取締役に就任し、以後、同年七月末日まで、同人、芳夫、紀代の三名が取締役、祐治が監査役であった。そして、原告の株主総会の委任を受けた取締役会の決議により、平成三年八月以降、芳夫は代表取締役の報酬として月四八万円、紀代及び加藤は取締役の報酬としてそれぞれ月三二万円、祐治は監査役の報酬として月三二万円を受けることとされていた。

3  原告は、平成四年一月から七月まで(以下「本件期間」という。)、毎月、芳夫、紀代、加藤(ただし、平成四年一月のみ)及び祐治に対して、別表(1)のそれぞれ各人の各「役員報酬」欄の記載の金額のとおりの取締役、監査役の報酬を支払ったものとして、それぞれの報酬額についての源泉徴収税相当の金員として、同表の各「預り金」欄記載の金額の金員を、それぞれの月の翌月の一〇日ころまでに被告に納付した。右納付した金員の合計額は、同表のとおり二〇五万一〇〇〇円である。

4  ところが、本件期間中の芳夫、紀代及び加藤の原告の取締役としての役員報酬、祐治の監査役として報酬について、原告が右各役員から源泉徴収して被告に納付すべき要件である所得税法(以下「法」という。)一八三条一項の「支払」に該当する事実はなく、右3の各納付は原告の経理担当者が誤ってしたものであった。

5  原告は、平成四年九月一九日、東税務署長に対し、右過誤納の事実の確認申請をしたが(国税通則法施行令二四条三項)、同税務署長は、平成五年七月九日、原告に対し、還付は認められない旨の通知をした。

6  よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、右の納付した金額の合計額である二〇五万一〇〇〇円及びこれに対する最後の納付の日の翌日である平成四年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3及び5の事実は認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

1  原告は、本件期間中、毎月、芳夫、紀代、加藤、祐治らに対し、別表(1)の各月の役員報酬欄記載のとおり金員を役員報酬として実際に給付し、同時に、右各役員らから、同表の「預り金」欄記載の金員を各役員の源泉所得税として徴収し、右税額相当額を控除した同表の「短期借入金」欄記載の金額を原告が返済することを約して、右各役員から交付を受けた。

2(一)  原告は、芳夫、紀代、加藤及び祐治との間で、本件期間中、毎月、それぞれの別表(1)の「役員報酬」欄記載の各役員報酬について、原告の役員報酬支払債務を消費貸借の目的とする旨の合意(準消費貸借契約)をした。

すなわち

(1) 原告は、その総勘定元帳(甲二の1ないし3)において、本件期間を含む平成三年八月分から平成四年七月分まで、各月のそれぞれの取締役、監査役の報酬(原告主張の過誤納金にかかる芳夫、加藤、紀代及び祐治の役員報酬のほかに平成四年二月以降の啓介の役員の報酬も含む。)につき、いずれも、各報酬額からそれぞれの源泉所得税相当額を控除した金額を短期借入金の貸方欄に、源泉所得税相当額を預り金の貸方欄に、それぞれ記帳し、更にそれぞれの短期借入金の欄には利息も計上し、決算もそのままの内容でその後の株主総会の決議を経ている。そして、原告は、このように、原告の各報酬支払債務が各借入金債務に変更されたことを前提に、該当する月の翌月の一〇日ころまでにそれぞれの報酬に対する源泉徴収額に相当する金員を各役員の源泉所得税として被告に納付した。

(2) 原告は芳夫の同族会社であり、代表取締役である芳夫の支配力が強く働き、同人の鶴の一声ですべてが決定されると言っても良いほどの関係にあり、芳夫の妻である紀代、加藤及び祐治のいずれも前記のような経理処理をすることを充分承知し、これを了解して行動していた。

右(1)(2)の事情等から、少なくとも黙示的には、原告の代表取締役である芳夫及びその他の取締役や監査役である紀代、加藤及び祐治において、原告との間で、本件期間中、毎月、それぞれの役員報酬の支払債務を消費貸借の債務に切り換えることの合意ができていた。

(二)  株式会社の取締役及び監査役の報酬は、法二八条一甲の「給与等」に該当し、原告が、右(一)のとおり、各取締役及び監査役との間で報酬の支払義務を消費貸借の目的とする旨の準消費貸借契約を締結することは、これにより原告の報酬支払債務が消滅するものであって、法一八三条一甲の「支払」に該当し、原告には法所定の税額につきこれを徴収して被告に納付する義務が発生する(国税通則法一五条二項二号、三項二号、所得税法基本通達一八一条ないし二二三共-一)。

3  原告は、親会社である株式会社マノーネに対し、平成五年七月までの間に、本件訴訟で請求している不当利得返還請求権を譲渡したから、現時点において原告は右不当利得返還請求権を有しない。

四  被告の主張に対する反論

1  被告の主張1は否認する。原告の主張の各報酬債権につき、原告から各役員へ現金、小切手その他の現実の給付がされたことは一切ない。

2(一)  同2(一)の事実は否認する。ただし、(1)の事実、(2)の事実中、原告は芳夫の同族会社であり、代表取締役である芳夫の支配力が強く働き、同人の鶴の一声ですべてが決定されると言っても良いほどの関係にあったことは認める。芳夫、紀代、加藤及び祐治が弁済不能であった報酬債権につき、経済的な合理性を無視して準消費貸借契約を締結することはあり得ない。右(1)のような経理処理をしたのは、以下のとおりの事情があったからである。

原告は、その親会社である株式会社マノーネが銀行から融資を受ける際に原告の帳簿も提出する関係で、その銀行対策のため、役員報酬は未払であるのに、帳簿上は報酬を未払いのままにしないことを得策と考え、平成三年八月から芳夫が指示して、原告の経理担当者に右の経理処理を平成四年七月まで反復継続して行わせた。

また、総勘定元帳に借入金を計上すると、コンピューター処理の関係で自動的に利息も計上されることになる。各役員のうち、芳夫及び紀代は、当該月分の各役員報酬を給与所得として申告せず、当然に、それに対応する源泉徴収税額の控除もしていない。

(二)  同2の(二)は争う。仮に芳夫、紀代、加藤及び祐治が原告との間で、それぞれの報酬債権につき準消費貸借契約を締結したとしても、旧債務である報酬債権は消滅せず、法一八三条一項にいう「支払」があったとはいえない。

3  被告の主張3は否認する。

4  原告は、平成四年七月三一日に開催された取締役会において、本件期間中の各取締役及び監査役の報酬を遡ってすべて無報酬とする旨の決議をした(乙二)。したがって、各取締役及び監査役は、仮に被告主張の準消費貸借契約の締結の事実が認められるとしても、同契約を原告との間で合意解除したことになり、その結果、旧債務である役員報酬債務が復活した。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」記載のとおり。

理由

一  請求原因1ないし3及び5、被告の主張2(一)(1)の事実、(2)の事実中、原告は芳夫の同族会社であり、代表取締役である芳夫の支配力が強く働き、同人の鶴の一声ですべてが決定されると言っても良いほどの関係にあったこと、以上は当事者間に争いがない。

二  被告の主張1の事実は、本件に顕れた全証拠によっても、これを認めるに足りる証拠がない。

三  被告の主張2について検討する。

前記一の争いのない事実、証拠(甲一、甲二の1ないし4、甲三、甲四の各1及び2、甲五及び六、甲七の1ないし15、甲八の1ないし19、甲九の1ないし4、甲一〇及び一一、乙一及び二、乙三の1及び2、乙四、乙五の1ないし4、乙六、証人辻かおりの証言)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和六一年一一月七日設立の(当時の資本金二〇〇〇万円)収納家具の販売、取付施工等の業を目的とする株式会社であり、東京都八王子市に本店のある株式会社マノーネ(以下「親会社」という。)の製造する収納家具の大阪地区での販売及び取付施工を行っていた。原告は、八王子市に本店のある株式会社丸京家具製作所、東京都港区に本店のある株式会社マノーネ東京及び親会社の関連会社であり、その発行済株式数は四〇〇株であり、そのうち芳夫が三〇〇株、その妻紀代が五〇株、芳夫の親族が合計四〇株を保有する同族会社であった(甲五の確定申告書)。原告の役員は、平成三年八月一日当時、芳夫(代表取締役)、紀代及び加藤がその取締役で、高名和代がその監査役であったが、同年八月一日、祐治が監査役に就任し、その後、和代が同年九月二六日監査役を、加藤が平成四年二月一日取締役をそれぞれ辞任し、同日啓介が取締役に就任した。芳夫、紀代らは八王子市に居住し、芳夫は親会社及び株式会社マノーネ東京の役員を、紀代は親会社の役員及び株式会社丸京家具製作所の経理部長を兼ねていたが(甲四の1、2)、大阪市内の原告の事務所では、経理事務を担当する辻かおり(以下「辻」という。)ほか数名の従業員が稼働していた。原告の事業の執行、経理事務等の一切については、芳夫の支配力が絶大であり、いわば、芳夫の鶴の一声ですべてが決定される状況であった。

2  原告は、設立以来業績不振であり、また、取締役、監査役が親会社又は前記関連会社の役員を兼務していたこともあって、役員報酬の支払はもとよりその計上もされていなかった。原告は、平成二年七月三一日の時点では約三〇〇〇万円の未処分損失が生じていたが、平成三年度(平成二年八月一日から平成三年七月三一日まで)において、業績が急激に向上して約二五五〇万円の利益を挙げた。そこで、平成三年八月ころ、芳夫は、今後も原告の黒字経営が続き、一定限度の役員報酬を毎月支払うことが可能になると判断し、株主総会決議、取締役会決議を経て、各取締役及び監査役祐治に対する役員報酬を、同月分以降、毎月末日に以下のとおり支払うことが決定された。

(一)  芳夫 一か月四八万円

(二)  紀代、加藤、祐治 一か月各三二万円

しかし、原告は、平成三年度が黒字であったとはいえ、平成三年七月三一日の時点で約四九〇万円の未処分損失を抱えており、現実には役員報酬の支払資金を欠いており、直ちに報酬を支払うことはできなかった。

3  そこで、芳夫は、平成三年八月、原告の従業員で経理を担当していた辻に指示し、給与支払用の振替伝票に役員名を登録して借方勘定科目である役員報酬の欄にそれぞれの役員報酬額を入れ、貸方勘定科目である短期借入金の欄に役員報酬からその源泉所得税相当額を控除した額を計上させるようになり、このようにして、芳夫は、本件期間を含む平成三年八月から平成四年七月までの間、各月のそれぞれの取締役、監査役の報酬につき、各報酬額の源泉所得税相当額を総勘定元帳の「預り金」の貸方欄に、各報酬額から右源泉所得税相談額を控除した金額を「短期借入金」の貸方欄にそれぞれ記帳させた。短期借入金については、コンピューターにより自動的に利息も計上される仕組みになっていた。芳夫以外の加藤、紀代、祐治も、右の経理処理を十分認識しており、これを了承していた。原告は、更に、右の各役員の源泉所得税相当額の金員を各月の翌月の一〇日ころに各役員の源泉所得税として被告(東税務署)に納付した。本件期間中の原告の役員及び従業員の報酬及び給与の合計額、源泉所得税の合計額及びその納付日は別表(2)のとおりであり、そのうち、原告主張の過誤納金に係る芳夫、加藤、紀代、祐治の役員報酬額、「預り金」、「短期借入金」は別表(1)のとおりである。原告は、このようにして本件期間中、芳夫、加藤、紀代、祐治に対する役員報酬の源泉所得税として合計二〇五万一〇〇〇円を東税務署に納付した。

4  ところが、芳夫の予期に反して、原告の経営状況は再び悪化し、平成四年七月三一日の時点で約六二〇〇万円の未処理損失を抱えるに至った。そのため、芳夫は、平成四年八月中旬又はそれ以降、平成四年一月分から遡って芳夫、加藤、紀代及び祐治の前記の各役員報酬を支払わなかったように見せかけようと考え、紀代及び啓介とともに右各役員の報酬を平成四年一月に遡って全く支払わないものとする旨の取締役会決議をしたとの取締役会議事録(乙二)を日付を「平成四年七月三一日」付として作成した。そして、芳夫は、平成四年八月、辻に対し、同年一月に遡り、啓介以外の役員に対する役員報酬を帳簿上も計上しないこととするので、同年一月分から七月分までの啓介以外の役員に対する役員報酬の合計額を役員報酬勘定の貸方欄に、短期借入金合計額と仮払金合計額(従来、役員報酬の源泉所得税額を預り金として計上し、既に納付済であったもの。)をそれぞれ短期借入金勘定、仮払金勘定の各借方欄に反対仕訳するよう指示し、辻は右指示通りに振替伝票(甲一〇)を作成し、総勘定元帳に記帳した(甲二の2、4)

四  前記認定事実によれば、原告は、平成三年度において原告の業績が向上し、役員報酬を支払うことができる見込が生じたことから、平成三年八月以降役員報酬を支払うことにし、本件期間中の各月において、原告は、芳夫、加藤、紀代、祐治との間で、右各役員の前記のとおりの報酬金支払債務を消費貸借の目的とする旨の合意、すなわち、準消費貸借契約をしたものというべきである。

五  ところで、株式会社の取締役及び監査役の報酬も、法二八条一項所定の「給与等」に該当することは明らかである。

そして、法一八三条一項は、給与等の支払者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までに、これを国に納付しなければならないと定めているところ、右の「支払」とは、給与等の支払義務が発生した後、給与等の支払者が、給与等の債権者との間で、給与等の支払債務を消費貸借の目的とし、給与等の支払者がその返還を約する旨の合意、すなわち、準消費貸借契約をすることも含まれるものというべきである。けだし、同項の「支払」とは、現金や小切手の交付それに銀行口座への振込がこれに該当するのはむろん、実質課税の原則に鑑みれば、そのほか、給与等の債権者との間の代物弁済契約、給与等の債権者の放棄(債務免除)その他の給与等の支払義務を消滅させる法律行為も、原則として「支払」に該当すると考えられるからである(なお、被告は、前記三の3の経理処理をすること自体が右「支払」に該当するかのような主張もするが、そのような趣旨であるなら、帳簿に記載すること自体は右の「支払」という課税要件事実とは別個の事実であるから、その主張は失当である。)。

そうすると、前記三、四のとおり、本件において、原告は芳夫、加藤、紀代、祐治との間で、本件期間中、毎月、それぞれの役員報酬支払債務を目的とする準消費貸借契約を締結したことにより、既存の右役員に対する役員報酬支払債務は消滅したもので、法一八三条一項にいう「支払」との事実があったものと認められる。原告主張に係る二〇五万一〇〇〇円は、いずれも、右各役員報酬に係る所得税として被告に適法に納付されたもので、これが過誤納付であるとする原告の主張は採用できない。被告の主張2は理由がある。

六  原告は、前記のような経理処理は、親会社が金融機関から融資を受けることを考慮して、虚偽の記帳をして仮装したものであり、原告が各役員と準消費貸借を締結した事実はないと主張するが、前記三掲記の各証拠及び認定事実に照らして、右主張は到底採用できない(なお、原告は、平成三年八月から平成四年三月までの役員報酬、本件期間中の平成四年二月から七月までの啓介の役員報酬については、それぞれの月毎に徴収、納付した所得税について過誤納付の主張をしていない。)。

七  また、原告は、仮に原告が芳夫ら前記各役員との間で準消費貸借の契約をしたとしても、平成四年七月三一日の取締役会決議により、本件期間中の各役員との間の準消費貸借契約をすべて合意解除し、平成四年一月以降の各役員報酬支払債務を遡及的に復活させる合意をしたから、前記の二〇五万円一〇〇〇円の納付は、過誤納付になる旨主張する。

しかし、原告と芳夫、加藤、紀代及び祐治との間で、本件期間中のそれぞれの各役員報酬についての前記の各準消費貸借契約を合意解除したことを認めるに足りる証拠はなく、また、仮にそのような合意解除をしたとしても、それは、原告と右各役員との間でされた合意にすぎず、すでに右各役員の役員報酬に係る所得税の課税要件事実が存在し、それに基づいてその所得税の納付を受けた被告の法的地位に何らの影響を及ぼさないものというべきである。

八  以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 加藤正男 裁判官 西川篤志)

別表(1)

(本件各月の役員報酬・預り金・短期借入金)

〈省略〉

別表(2)

源泉所得税の納付状況

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例