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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9781号 判決

《目次》

主文

事実及び理由

第一 請求

第二 事案の概要

一 争いのない事実

二 争点

1 被告JR西日本所属列車のSKR線への直通乗入れに際しての被告JR西日本の立場

(原告らの主張)

(被告JR西日本の主張及び反論)

2 被告JR西日本ないし被告JR西日本従業員の注意義務違反

(一) 方向優先てこの設置、操作に関する注意義務違反

(原告らの主張)

(被告JR西日本の反論及び主張)

(二) 乗務員の教育訓練に関する注意義務違反

(原告らの主張)

(被告JR西日本の反論及び主張)

(三) 事前トラブルを通じての注意義務違反

(原告らの主張)

(1) 是正勧告等義務違反

(2) 報告義務違反

(3) 報告体制整備義務違反

(被告JR西日本の反論及び主張)

(1) 事前トラブルの事実関係

(2) 是正勧告等義務違反について

(3) 報告義務、報告体制確立義務について

(四) 事故当日の甲野運転士の注意義務違反

(原告らの主張)

(被告JR西日本の反論及び主張)

3 被告JR西日本の法人過失責任

(原告らの主張)

(一) 法人としての不法行為責任

(二) 本件での被告JR西日本の法人としての不法行為責任

(三) 民法四四条による責任―法人の責任についての予備的主張

(被告JR西日本の主張)

(一) 「企業の不法行為責任を否定する立場の不当性」について

(二) 「本件での被告JR西日本の民法七〇九条の不法行為責任」について

4 被告JR西日本の使用者責任

(原告らの主張)

(被告JR西日本の主張)

5 被告SKRの不法行為責任

(原告らの主張①)

(原告らの主張②)

(被告SKRの答弁)

6 共同不法行為

(原告らの主張)

(被告JR西日本の主張)

7 被告JR西日本の契約責任

(原告らの主張)

(被告JR西日本の反論及び主張)

8 被告JR西日本の安全配慮義務違反

(原告らの主張)

(被告JR西日本の反論及び主張)

9 原告らの損害(総論)

(原告らの主張)

(一) 基本的視点

(二) 逸失利益

(三) 慰謝料

(四) 葬祭費用

(五) 弁護士費用

(六) 最後に

(被告SKRの反論)

(一) はじめに

(二) 「基本的視点」について

10 原告らの個別損害

(原告らの主張)

(一) 訴外亡吉崎佐代子関係

(二) 訴外亡伊原一男関係

(三) 訴外亡臼井信子関係

(四) 訴外亡木村てい子関係

(五) 訴外亡後藤正利関係

(六) 訴外亡寺川初榮関係

(七) 訴外亡中田晶子関係

(八) 訴外亡乙川花子関係

(九) 訴外亡中島未晴関係

(被告SKRの反論)

(一) 訴外亡吉崎佐代子関係

(二) 訴外亡伊原一男関係

(三) 訴外亡臼井信子関係

(四) 訴外亡木村てい子関係

(五) 訴外亡後藤正利関係

(六) 訴外亡寺川初榮関係

(七) 訴外亡中田晶子関係

(八) 訴外亡乙川花子関係

(九) 訴外亡中島未晴関係

11 履行期

(原告らの主張)

12 弁済の提供

(被告SKRの主張)

(原告らの反論)

第三 当裁判所の判断

一 判断の前提となる事実

1 被告SKRの設立経緯と運行形態

2 世界陶芸祭の開催とSKR線の輸送力増強計画

3 被告SKRによる列車行き違い設備(小野谷信号場)の設置

4 輸送計画及び教育訓練の協議

5 信号保安システム一般について

6 直通乗入れの実施及び事前トラブル

7 事故当日の概要

二 争点1(被告JR西日本所属列車のSKR線への直通乗入れに際しての被告JR西日本の立場)について

1 基本的視点

2 本件直通乗入れに至る経緯及び被告両社の打合せ状況

3 本件直通乗入れに関する各種契約・協定の内容

4 乗務員に対する教育・訓練等

5 貴生川駅についての業務の受託と信号の操作

6 直通乗入れの実施及び収益の増加

7 安全性確認、結果回避措置の容易性

8 小括

三 被告JR西日本及び従業員の注意義務

1 総論

2 被告JR西日本の従業員の具体的注意義務

四 争点2(被告JR西日本従業員の注意義務違反)について

1 信号システムに関する注意義務違反

(一) 信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因について

(二) 信号システムについての協議及び施工経過

(三) 方向優先てこ65Rの設置・操作についての連絡の必要性

(四) 注意義務違反

(五) 因果関係

(六) 小括

2 教育・訓練における注意義務違反

(一) 旅客鉄道運輸における係員の教育訓練の重要性

(二) 教育、訓練に関する打合せ

(三) 被告JR西日本において乗入乗務員に対して実際に行われた教育

(四) 運心や車両直通運転契約書の現場への交付

(五) 注意義務違反

(六) 小括

3 報告体制確立に関する注意義務違反

(一) 報告体制を確立することの重要性

(二) 代用閉そく方式指導通信式の手続き

(三) 被告JR西日本所属の駅員及び乗務員による情報収集

(四) 四月八日の信号トラブルと代用閉そく方式の手続き違反

(五) 四月一二日の信号トラブルと代用閉そく方式の手続き違反

(六) 五月三日の信号トラブルと代用閉そく方式の手続き違反

(七) 報告体制確立に関する注意義務違反

(八) 小括

4 甲野運転士の本件事故当日における注意義務違反

(一) 甲野運転士の注意義務の根拠

(二) 過失評価の前提となる事実

(三) 甲野運転士の注意義務違反

五 被告JR西日本の責任について

1 法人過失ないし企業過失論について

2 被告JR西日本の責任

六 争点5(被告SKRの不法行為責任)及び争点6(共同不法行為)について

1 被告SKRの責任

2 共同不法行為

七 争点9(原告らの損害(総論))について 891

1 はじめに

2 死亡逸失利益

(一) 死亡逸失利益の算定手法について

(二) 年金・恩給

(三) 生活費控除

(四) 就労可能年限

3 慰謝料

4 葬祭費

七 争点10(原告らの個別損害)について(円未満切り捨て)

1 訴外亡吉崎佐代子関係

2 訴外亡伊原一男関係

3 訴外亡臼井信子関係

4 訴外亡木村てい子関係

5 訴外亡後藤正利関係

6 訴外亡寺川初榮関係

7 訴外亡中田晶子関係

8 訴外亡乙川花子関係

9 訴外亡中島未晴関係

八 争点12(弁済の提供)について

九 結語

原告

吉崎峻三

外二二名

右原告ら訴訟代理人弁護士

国府泰道

秋田真志

井奥圭介

桂充弘

兼松浩一

佐藤健宗

杉本吉史

田島義久

田中厚

福田健次

宮内康浩

被告

西日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

南谷昌二郎

右訴訟代理人弁護士

高澤嘉昭

天野実

楠眞佐雄

被告

信楽高原鐵道株式会社

右代表者代表取締役

北川啓一

右訴訟代理人弁護士

中坊公平

島田和俊

藤本清

同(中坊公平復代理人)

飯田和宏

主文

一  被告らは各自、原告吉崎峻三に対し、金一九八九万〇六九六円、同溝口恵美子及び同坂本久仁子に対し、それぞれ金九九四万五三四八円、同伊原いとに対し、金二五八〇万四四〇〇円、同伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智に対し、それぞれ金八五九万四八〇〇円、同臼井和男及び同臼井泰子に対し、それぞれ金二九二五万七二四〇円、同木村昭典に対し、金二七三五万四六五七円、同木村滋及び同井上俊子に対し、それぞれ金一三六七万七三二九円、同後藤泰子に対し、金三二二一万三二三三円、同後藤久美及び同芝利美に対し、それぞれ金一六一一万六六一六円、同寺川清一及び同寺川喜隆に対し、それぞれ金二四〇〇万四三三四円、同中田明道及び同中田佳子に対し、それぞれ金四一七五万〇九〇三円、同乙川春夫及び同乙川夏夫に対し、それぞれ金二六九一万七七九一円、同中島三木男及び同中島育子に対し、それぞれ金二三五六万五九四五円並びに右各金員に対する平成三年五月一四日から右各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四  この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

1  被告らは各自、別紙請求額一覧表記載原告番号1の1ないし8の2の各原告に対し、別紙請求額一覧表の各請求額欄記載の各金員及び右各金員に対する平成三年五月一五日から右各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、別紙原告請求額一覧表記載原告番号9の1及び9の2の各原告に対し、別紙請求額一覧表の各請求額欄記載の各金員及び被告西日本旅客鉄道株式会社については、右各金員に対する平成三年五月一四日から右各支払済みまで年五分の割合による金員を、被告信楽高原鐵道株式会社については、右各金員に対する右各平成三年五月一五日から右各支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成三年五月一四日、滋賀県甲賀郡信楽町内の被告信楽高原鐵道線上で発生した列車同士の正面衝突事故(いわゆる「信楽高原鉄道列車事故」)に関し、その犠牲者九名の相続人である原告らのうち、被告西日本旅客鉄道株式会社線(以下「JR線」という。)からの直通乗入列車に乗車していて死亡した犠牲者八名の相続人である別紙原告目録記載原告番号1の1ないし8の2の各原告らが、被告ら各自に対し、選択的に、民法七〇九条(予備的主張として商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項)あるいは同法七一五条に基づく不法行為責任、旅客運送契約に基づく契約責任を、被告西日本旅客鉄道株式会社(以下「被告JR西日本」という。)に対しては、右に加えてさらに旅客運送契約に付随する信義則上の安全配慮義務違反を主張して、犠牲者らの死亡による損害賠償を請求し、被告信楽高原鐵道株式会社(以下「被告SKR」という。)所有の列車に乗車していて死亡した犠牲者一名の相続人である別紙原告目録記載原告番号9の1及び9の2の各原告らが、被告ら各自に対し、選択的に民法七〇九条(予備的主張として商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項)あるいは同法七一五条に基づく不法行為責任を、被告SKRに対しては、右に加えてさらに選択的に旅客運送契約に基づく契約責任を主張して、犠牲者の死亡による損害賠償を請求している事案である(なお、原告らは各不法行為は共同不法行為の関係になり、被告らは民法七一九条一項に基づき責任を負うと主張している。)。

一  争いのない事実

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成三年五月一四日午前一〇時三五分ころ

(二) 場所 滋賀県甲賀郡信楽町大字黄瀬九九三番地の三 信楽高原鐵道線(以下「SKR線」という。)軌道上(起点貴生川駅より9.1キロメートル付近)

(三) 関係列車① 四両編成の信楽駅発貴生川駅行上り五三四D列車(以下「本件五三四D列車」という。)

右所有者 被告SKR

右運転者 渕本繁(以下「渕本運転士」という。)

(四) 関係列車② 三両編成の京都駅発信楽駅行下り五〇一D列車(ただし、京都駅から貴生川駅間の列車番号は九九三〇Dである。)(以下「本件五〇一D列車」という。)

右所有者 被告JR西日本

右運転者 甲野太郎(以下「甲野運転士」という。)

(五) 事故態様 SKR線の小野谷信号場と紫香楽宮跡駅間の単線軌道上で本件五〇一D列車と本件五三四D列車が正面衝突し、双方の乗客三七名と乗務員五名の合計四二名が死亡し、合計六一四名(運輸省調査)が重軽傷を負った。

2  関係者

(一) 被告ら関係

(1) 被告SKRは、昭和六二年七月一三日に旧日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という。)の移管を受けて発足した第三セクターの株式会社であり、資本金は二億円、その従業員数は本件事故当時約二一名であった。同社の営業キロ数は、貴生川駅から信楽駅間の14.75キロメートル、一日の乗降人数は平成二年度で一七三二人、平成元年度の経常利益は約一〇〇万円であった。

(2) 一方、被告JR西日本は、昭和六二年四月一日に旧国鉄の分割民営化により発足した鉄道事業を主たる目的とする株式会社であり、資本金は一〇〇〇億円、従業員数は本件事故当時約四万八〇〇〇名、平成元年度の輸送人員は一六億〇一〇〇万人、平成三年度の当期未処分利益は八二一億五二〇〇万円であった。

(二) 犠牲者

本件事故当時、訴外亡吉崎佐代子、同亡伊原一男、同亡臼井信子、同亡木村てい子、同亡後藤正利、同亡寺川初榮、同亡中田晶子及び同亡乙川花子は、本件五〇一D列車に乗客として乗車しており、訴外亡中島未晴は本件五三四D列車に同じく乗客として乗車していた。そして右九名は、いずれも本件事故により死亡したものである。

二  争点

本件において、被告SKRは自己に本件事故を惹き起こした責任があることを認めており、責任論に関する限り、実質的な争点は原告らと被告JR西日本との間にのみ存在している。被告JR西日本に対して、原告らは、民法七〇九条に基づく法人自体の過失責任、同法七一五条に基づく使用者責任、旅客運送契約上の契約責任、安全配慮義務違反に基づく責任を選択的に主張しているが(ただし、原告中島三木男、同中島育子については、前二者のみを選択的に主張)、右各責任に共通して検討されるべき点は、事実関係として、被告JR西日本の列車のSKR線への直通乗入れにおいて、被告JR西日本はどのような立場に立っていたのか、被告JR西日本ないし同被告の従業員に本件事故につき過失ないし注意義務違反(その前提としての予見可能性)があったのか否かの点である。その上で、法人過失責任、使用者責任、契約責任及び安全配慮義務違反についての法的問題について検討する必要がある。したがって、本件における主たる争点は、①被告JR西日本所属列車のSKR線への直通乗入れに際しての被告JR西日本の立場、②被告JR西日本ないし同被告の従業員の注意義務違反、③被告JR西日本の法人過失責任、④被告JR西日本の使用者責任、⑤共同不法行為の成否(その前提としての被告SKRの責任)、⑥被告JR西日本の契約責任、⑦被告JR西日本の安全配慮義務違反及び⑧原告らの損害と整理することができる。したがって、以下において、概ね右の順序にしたがって当事者らの主張を整理することとする。

1  被告JR西日本所属列車のSKR線への直通乗入れに際しての被告JR西日本の立場

(原告らの主張)

(一) 本件直通乗入れの性格

(1) 本件事故は、SKR線上において被告JR西日本の直通乗入列車と被告SKRの列車が正面衝突したという事故であるところ、被告JR西日本が少なくとも貴生川駅までは旅客の運送を引き受けたこと、貴生川駅以降も引き続き被告JR西日本所属の乗務員が列車の運転業務を継続して、列車内部にJR線内からの旅客を乗せたままSKR線内に入って行ったことについては争いがないところである。さらに、貴生川駅以降信楽駅までの直通列車の運行の実現に対しても、計画段階から深く関与し、両社間でさまざまな契約、協定を結んでいることも否定することができない事実である。

(2) ところで、滋賀県及び信楽町では、平成元年初めころから「世界陶芸祭実行委員会」を設置して、信楽町大字勅旨の「陶芸の森」の完成にともない、平成三年四月二〇日から同年五月二六日までの間、「信楽町における世界陶芸祭」(以下「世界陶芸祭」という。)の開催を企画し、世界陶芸祭実行委員会は同祭開催期間中に訪れる観光客のうち鉄道利用客の輸送について、被告JR西日本及び被告SKR(以下両者を合わせて「被告両社」ともいう。)に対して協力方を要請し、被告両社は、右世界陶芸祭実行委員会からの要請を受けて、互いに協力して右観光客の輸送計画を進めた結果、被告JR西日本の直通列車をSKR線内に運行することとし(以下「本件直通乗入れ」という。)、これに伴いさまざまな契約及び協定を締結し、さらに被告両社が信号保安設備を改修するなど相協力して本件直通乗入列車の運行を実現させたものである。

(3) 他方、後述するとおり、被告JR西日本は、宣伝広報活動を独自に展開し、本件直通乗入れによって収益の増加を得ていたほか、直通乗入列車(以下「直通列車」ともいう。)の運行に際し、被告SKRの委託を受けて直通列車の運転士の教育を行ったが、被告JR西日本の行った教育は、運輸局に提出した計画書どおり行われていない上、被告SKRの説明とも異なる誤ったマニュアルを作成して教育していたものであり、さらには、被告SKRに無断で方向優先てこを設置・操作するなど、被告SKRへの協力を超えて独自に直通乗入列車の運行及び入場者の輸送に深く関与していたのである。

(4) このように、被告JR西日本は、本件直通乗入列車の運行に深く関与していたことから、当然に乗客に対する安全を確保する立場にあったというべきである。さらに、鉄道における安全確保の在り方という点からみても、本件直通乗入れのように列車の運行に二つの鉄道事業者が関与する場合には、両鉄道事業者は相互に連絡を密にし、協力し合うなどして乗客らに対し、安全を確保すべき義務が存することは当然である。

以下において詳論する。

(二) 被告JR西日本の本件直通乗入れにおける関与

(1) 本件直通乗入れ決定に至る経緯

被告両社は、いずれも世界陶芸祭の後援団体となり、共に世界陶芸祭実行委員会から、世界陶芸祭に訪れる観光客の鉄道輸送を確保するための協力方を要請され、この協力要請に基づき、互いに協力してその要請に基づく計画を進め、被告JR西日本の直通列車を運行することとし、共同で直通乗入列車の運行を実現させたものである。

すなわち、世界陶芸祭実行委員会が作成した入場者の動員計画によると、被告SKRの輸送能力では対応できないことが明らかであったことから、同委員会は、平成二年三月二二日付滋賀県知事名で、被告JR西日本常務取締役鉄道本部長宛に「世界陶芸祭開催に関する協力について(要請)」と題する書面を送付し、直通乗入れを含む被告JR西日本の全面的かつ具体的な協力を要請した。これを受けて、被告JR西日本は、世界陶芸祭成功のために積極的に協力することとし、具体的には、まず平成二年四月ころから、被告両社において、旅客の増加に伴う列車の増便に備え、行き違い場所である小野谷信号場の設置、特殊自動閉そく方式の採用と貴生川駅の信号保安装置の変更工事について協議を開始し、その後、世界陶芸祭開催に伴う信号設備の変更工事について被告両社間で順次協議がもたれ進行していった。また、右信号設備の変更工事と並行して、世界陶芸祭開催に伴う被告JR西日本の本件直通乗入れ等についての準備も進められていった。

(2) 信号保安設備設置の分担

以上の経緯の中で、まず、本件直通乗入れに被告JR西日本が深く関与していたことを端的に示すものとして、SKR線内における信号保安設備設置の分担がある。

被告SKRは、従来単線上のピストン輸送しか行っていなかったため、SKR線上での行き違い場所も不要であったし、正面衝突を避けるための信号保安設備の設置も不要であったが、世界陶芸祭開催に伴う被告JR西日本の直通乗入れに際して新たな信号設備と行き違い場所を設けることとし、被告JR西日本もこれに応じて信号設備の改修工事を実施することとし、具体的には、信号装置の新設については、信楽駅と小野谷信号場を被告SKRが分担し、貴生川駅の軌道回路である三LOT・三LCTを除くこれより貴生川駅側については被告JR西日本が分担した。

被告両社の信号保安設備の改修についての合同会議は、平成二年九月一三日に被告JR西日本本社会議室において開催された。この会議には、被告JR西日本の鉄道本部運輸部(以下「運輸部」という。)、鉄道本部運行管理部(以下「運行管理部」という。)、鉄道本部安全対策室(以下「安全対策室」という。)、鉄道本部電気部信号通信課(以下「電気部信号通信課」という。)、運輸部駅務課から主席など各一名ずつ、貴生川駅の嶋岡管理助役(事故当時には貴生川駅駅長)、亀山CTCセンターの米沢所長らが出席し、被告SKR側からは、同被告の中村業務課長、山本施設課長、信栄電業株式会社(以下「信栄電業」という。)の小堀、株式会社シグナルコンサルタント(以下「シグナルコンサルタント」という。)の津田部長、松岡などが出席し、

① 直通列車が遅れたような場合等に備えて、信楽駅に小野谷信号場上り出発信号機12Lを抑止できる装置(抑止ボタン)を設置すること(当初被告JR西日本は右12Lを抑止するてこを被告JR西日本側に設置し、同被告が操作することを主張したが、被告SKR側のシグナルコンサルタントの津田部長から、SKR線内の信号を被告JR西日本が操作するのはおかしいとの異議が出されたため、被告SKRの信楽駅に抑止ボタンを設置し、被告SKRが操作することとなった。)

② 右列車の遅れを信楽駅に連絡して抑止ボタンを操作してもらうため、被告JR西日本の亀山CTCセンターと信楽駅の間で直通電話を設置すること

などを決定した。

被告JR西日本は、右のとおり平成二年九月一三日の会合で、12Lの抑止は信楽駅に抑止ボタンを付けることで決定していたにもかかわらず、その直後に被告SKRに無断で、小野谷信号場の上り出発信号機12Lを抑止する装置である方向優先てこ65Rを設置した上、その存在をひた隠しにし、運輸省への届出もしないまま直通乗入列車の試運転開始後本件事故に至るまでこれを被告SKRに無断で使用し続けた。

被告JR西日本の、このような方向優先てこの無断設置と無断使用は、被告JR西日本がSKR線の列車運行に独自に深く関与していたことを示すものであり、この点からも被告JR西日本が直通乗入列車の乗客に対する安全を確保する義務を負うことは当然である。

(3) 本件直通乗入れに関する被告両社の打合せ状況

被告JR西日本と被告SKRは、平成二年七月一四日に行われた滋賀県知事の要請に基づく輸送計画に関する打合せ会、平成二年一〇月下旬ないし一一月上旬の教育訓練に関する打合せ及びその後の共同での教育訓練計画の策定と近畿運輸局との折衝、平成三年三月一三日右運輸局への教育訓練実施計画の届出、平成三年一月一七日の滋賀県知事の要請に応えこれを具体化するための合同会議、同年三月一四日の代用閉そくの分担連絡体制についての合同会議、同年三月二〇日の直通列車乗務員の教育訓練に関する指導者養成会議、などの協議、合同会議を行った。

右のように被告SKRと被告JR西日本は、本件直通乗入れに当たりその運行について互いに協力することは不可欠であったことから、合同の会議を持ち、これを実現させたものであり、かかる実態からみても、被告JR西日本が本件直通乗入列車の運行に深く関与していたことは明らかである。

(4) 本件直通乗入れに関する各種契約・協定の締結

被告両社は右の各会議等、直通列車乗入れに関する協議を重ね、平成三年三月二七日、直通乗入れに関する各種契約・協定が締結された。

車両直通運転契約書、直通乗入運転に関する協定書、運転作業協定書によると、以下のとおりの内容が確認でき、かかる契約・協定の諸規定からみても、被告JR西日本が本件直通列車の運行に深く関与し、信楽線内の安全についても配慮すべき立場にあったことは明らかである。

(ア) 乗務員に関する規定

まず、乗務員についていえば、一般に、他社線に列車を乗入れるような場合、運輸省は従来より責任関係を明確化させるため、運転関係の業務分界駅で運転士を交代するように指導し、現実に多くはこのように運行されてきているところ、今回の乗入れに関しては、被告SKR側が当時全従業員二一名、うち列車運行部門及び駅務を所管とする業務課は中村業務課長を長として一〇人で構成され、さらにそのうち運転士は五名にすぎない弱小会社であることから、被告両社は貴生川駅で被告JR西日本の運転士と車掌を被告SKRの運転士に交代させることなく、そのまま乗務させて運行することとなった(車両直通運転契約書一二条一項)。

そして、右直通列車の乗務員の「勤務方については、甲(被告JR西日本)がすべて責務を負うものとする」とされ(同契約書一二条二項)、この規定により被告JR西日本は、直通乗入列車乗務員の選定を行うとともに、就業規則についてはSKR線内であっても自社のものを適用していた。

さらに協定や契約上に規定はないが、点呼についても、SKR線内のことも含めて被告JR西日本が行うことになっていた。

右約定及び点呼についての取り決めは、本件直通乗入列車の乗務員の指揮監督権を、被告JR西日本も有していることを端的に示しており、現に、平成三年五月三日には林運転士の運転する直通乗入列車に貴生川駅の中尾助役が運転士の運転状況を指導監督するために同乗していたのである。

(イ) 車両に関する規定

被告JR西日本の直通列車の保守については、被告JR西日本が定める内燃動車整備心得及び気動車整備基準に基づき被告JR西日本が自らの責任でこれを担当することが合意された(車両直通運転契約書六条)。

そして、被告SKRが被告JR西日本の直通列車を検査する必要があると認めたときは、被告JR西日本の費用負担で被告SKRがいつでも検査できる権限を定めている。

直通運転に使用する車両については、いずれの会社からでも「直通列車が運転上支障を生ずるおそれがあると認めたときは、いつでも当該車両の使用を停止することができる」(車両直通運転契約書五条二項)とされている。

これらの規定からすれば、直通乗入車両については、あくまでも被告JR西日本が責任を持って保守点検をすることになっていることが明らかである。

(ウ) 線路・運転保安設備に関する規定と被告JR西日本の検査権

車両直通運転契約書の四条一項は「乙は、自己の線路及び運転保安設備を直通列車の運転に支障のないように整備するものとする。」と規定して、被告SKRが被告JR西日本に対してSKR線の線路及び運転保安設備の整備義務を負う旨を定めるとともに、これと裏表の関係で同条二項において「甲は、乙の線路及び運転保安設備を検査する必要があると認めたときは、いつでも検査することができる。」と定め、被告JR西日本の被告SKRに対する検査権限を認めている。

さらに、被告JR西日本には、①一〇日前に書面で行う場合及び②被告SKRが契約の義務に違反したときに、いつでもこの契約を解除又はその効力を一時停止することができるという一方的解除権が認められているところ(同契約書二三条)、逆に被告SKRにはこのような強い権限は与えられていない。

これらを総合勘案すると、本件直通乗入れにおいては、被告SKRは被告JR西日本に対して直通列車運転に支障のないように線路・運転保安設備を整備する義務を負い、被告JR西日本は右義務の履行状況を確認するためにSKR線内についても検査権を有し、被告SKRに右整備義務違反が認められた場合には、直ちに契約の効力を停止したり契約そのものを解除したりすることができる約定になっているのである。

この点に関し、被告JR西日本は、本件直通乗入れは車両と人とを賃貸しただけであると主張するが、単なる賃貸借であれば、右のような検査権などは不要なはずであるし、また、被告JR西日本は、被告SKRの鉄道免許や運行管理権を盾に、被告JR西日本にはSKR線について何らの権限もなかったかのごとき主張をしているが、右主張が誤りであることは、前記規定の存在のみをもってしても明らかである。

(エ) 直通列車の運行について

直通列車の運転取扱いについては、被告両社が協力して協議の上でこれをなすものとされ、その上で、指令相互間の連絡及び協議系統(直通乗入運転に関する協定書五条)、指令相互間の照合及び連絡事項(直通乗入運転に関する協定書六条)、指令相互間の協議事項(直通乗入運転に関する協定書七条)が詳細に合意されている。

直通乗入運転の細目については、直通運転の区間、編成車両、運転日を具体的に契約書により確定したが(車両直通運転契約書一条一項)、編成両数の変更については被告両社が協議して決定するものとされ(同条二項)、直通列車の運転時刻及びその変更も被告両社が協議して決定することとなっている(車両直通運転契約書三条)。

そして運転整理を行う場合、「できる限り相手に影響を及ぼさないよう相互に協調して自会社内の運転整理を行う」(直通乗入運転に関する協定書八条。方向優先てこの操作はこの協定に反している。)とされ、直通列車の優先順位は列車の性質、接続、乗客の多少等を勘案して被告JR西日本及び被告SKRが「その都度決定する」ものとされている(同九条)。

さらに、直通列車の貴生川駅における運転取扱業務のうち、「ア 直通列車に対する閉そくの取扱い、信号機の取扱い」「イ 直通列車の車両入換、転線作業などに係わる運転操縦、誘導並びに解結作業」についても、被告JR西日本が行うことを取り決めている(運転作業協定書二条)。

また、異常時の取扱いに関連するものに焦点を合わせると、直通区間における異常時の運転取扱いについては、被告両社間で協議して定めるとされ(直通乗入運転に関する協定書一一条)、この異常時の運転取扱いについては運転作業協定書により被告SKRの異常時取扱規程等が適用されることで合意されている(運転作業協定書一条)。直通列車に事故及び故障が生じた場合については、被告両社が協力して応急処置を行うものとされるほか、事故の処理については被告両社でその都度協議することとされている(運転作業協定書一二条)。また、平素と異なる作業又は作業協定書に定めていない作業を行う必要がある場合は、その都度双方で打合せの上行うものとされ(運転作業協定書三条)、運転作業協定書に定めていない事項又は疑義が生じた場合は、その都度被告両社が協議して処理する(運転作業協定書四条)とされている。

なお、直通列車の運転取扱いに必要な事項について、相互に文書を交換し、関係者に周知徹底をはかるものとし、周知すべき事項は被告両社間で協議して決めるとされている(直通乗入運転に関する協定書四条)。

以上のとおり、これらの規定は、直通列車について、直通列車の指揮命令事項、運転内容の決定及びその変更事項、異常時の取扱い、事故や故障の際の処理等の安全面での重要事項を含む列車運行に関する事項すべてにわたり、被告両社が協議して決定し、運行する旨を明らかにしており、これによれば、本件直通乗入列車の運行は、被告JR西日本による被告SKRへの単なる乗務員と車両の貸与という単純なものではなく、世界陶芸祭の多数の入場者を直通列車で安全に輸送するため、被告JR西日本と被告SKRが互いに連携を保ちながら、相協力し合って行われるべきものであって、それ故にこそ、被告JR西日本にもSKR線内の旅客の安全輸送に配慮すべき立場にあることを前提としたSKR線内の検査権、被告SKRの義務違反を認めた場合の契約の効力停止権、解除権が認められているのである。

以上のような契約・協定内容からみても、被告JR西日本が、被告SKRと並んでSKR線の列車運行について安全確保義務を負うことは当然であるといわなければならない。

(5) 乗務員に対する教育・訓練等

被告JR西日本が本件直通列車の運行の実現に深く関与していたことは、以下に述べる被告JR西日本の直通乗入列車の運転士等に対する教育・訓練等の実態、運転士の意識、乗務員の選定とその業務の管理からも明らかである。

(ア) 教育・訓練の計画

被告JR西日本の直通乗入列車の運転士等に対する教育・訓練については、平成二年一〇月下旬または一一月上旬ころ、被告SKR中村業務課長と被告JR西日本の運輸部運用課池田副課長(以下「池田副課長」という。)との打合せにおいて、「二段階方式」すなわち被告SKRが被告JR西日本の助役に対して指導者教育を行い、この指導者教育を受けた被告JR西日本の助役が被告JR西日本運転士等に対する教育・訓練を行うという形によって行うことに決められた。

そしてその取決めを受けて、右両名は、同年一一月二二日に近畿運輸局との折衝を経た上で、平成三年三月一三日に近畿運輸局を訪れて「乗務員に対する教育訓練実施計画」を届け出し、受理されている。右「乗務員に対する教育訓練実施計画」は被告JR西日本の池田副課長が作成し、被告JR西日本社内で決裁を受けたものである。

右「乗務員に対する教育訓練実施計画」は鉄道運転規則一〇条に関する通達(昭和六二年四月一日官鉄保第二四号・地車第七五号)の第三、1、(1)の「教育訓練の実施要領を定めること」の規定を受けて作成され、近畿運輸局に届出を行い、受理されたものであるが、被告SKRが単独で作成・届出・受理を受けるのではなく、被告SKRと被告JR西日本が共同して作成・届出・受理を受けたことは重要である。つまり、被告JR西日本は「運転の安全を図り、もって公共の福祉を確保することを目的」(鉄道運転規則一条)として鉄道運転規則において規定された運転士らの教育・訓練に責任をもって関与しているのである。

(イ) 教育・訓練の実態

被告JR西日本が直通乗入列車の運転士等に対して行った教育・訓練の実態は、右の「二段階方式」によって、被告JR西日本の助役が運転士等の教育にあたるというものであり、さらに実際に行われた机上教育の内容をみれば、被告JR西日本が行った教育は、被告SKRとの協議や、右「乗務員に対する教育訓練実施計画」すら遵守せず、被告両社の事前の合意にすら反するものであった。 例えば、「運転取扱心得」については、直通乗入運転に関する協定書の二条では「直通乗入運転列車又は車両の運転に関する規程の適用については、甲、乙間で協議して定める場合のほか、運転関係業務の属する会社の規程による。」と規定され、運転作業協定書一条においても、「乙(被告SKR)所属線内において、甲(被告JR西日本)の従事員による運転及び車両の入換えに伴う運転業務の取扱い方は、乙の定める規程によるほか、この協定書による。」として、同条二項二号で運転取扱心得(以下「運心」という。)を挙げていることから明らかなように、SKR線内においては被告SKRの運心によることと定められており、右「乗務員に対する教育訓練実施計画」によれば、被告SKRの運心と被告JR西日本の運心の相違点の指導教育を行うとされていたにもかかわらず、実際の教育では被告JR西日本鉄道本部京都電車区(以下「京都電車区」という。)柘植派出所の西出指導員の作成したマニュアルの誤った記載に基づいて「就業規則・運転取扱心得はJR方式とする」と教育され、被告両社の運転取扱心得の相違点については説明されていない。それどころか教育担当者である被告JR西日本の助役等ですら被告SKRの運心をみてもいないというのが実態であった。

他にも被告SKRのARC方式を含めた信号システムについての教育はほとんど行われていないし、行違い変更等運転整理の方法に関する指導教育も行っていない。異常時の対応についても不十分である。

(ウ) 直通乗入列車の運転士の意識

被告JR西日本の直通乗入列車の運転士等は、「他線の信楽線を列車運行させていても、あくまでJR西日本の運転士であるという気持ちで運転しており、SKRの運転士としては運転していない」という意識で直通乗入列車の運転を行っていた。

(エ) 乗務員の選定とその業務の管理

右に加えて、直通乗入列車の乗務員の選定については、被告JR西日本がこれを選定の上、列車運行にあたっての始業及び終業の点呼も被告JR西日本の柘植派出所が行い、その後各運転士は仕業表も柘植派出所の助役に提出していたものであって、被告SKRはかかる業務管理に何ら関与していなかった。

以上の(ア)ないし(エ)の各事実からすれば、本件直通乗入運転にあたり、直通乗入列車の運転士等に対する教育・訓練及びその管理においても、もっぱら被告JR西日本が深く関与する一方、被告SKRが単独で責任をもってこれを行うというようなことはまったくなく、しかも、被告JR西日本が実際に行った教育は、被告SKRとの協定や運輸局への届出内容すら遵守しないというものであり、事実上被告JR西日本が独自の判断で教育・訓練の内容すら決定していたということができる。

(6) 運行の実態

直通乗入れ開始後(試運転を含む)においても、被告JR西日本が、SKR線内の列車の運行について次のように深く関与していたことは明らかである。

① 被告JR西日本は、本件直通乗入れのために、貴生川駅及び亀山CTCセンターの信号保安設備を改修し、亀山CTCセンターで貴生川駅の信号を操作していた。

② 代用閉そくの実施にあたっては、被告SKRが貴生川駅の駅長役を勤める取決めになっていたが、実際には小野谷信号場・貴生川駅間では、その全体について被告JR西日本が主導的にこれを行っていた。

③ 平成三年五月七日には、SKR列車が信号冒進により遅延して、ダイヤが乱れたのに対し、亀山CTCセンター指令員が、信楽駅長に対し行き違いの変更を指示するなどしていた。

④ 被告JR西日本は、平成二年九月一三日の被告JR西日本本社での被告SKRとの会合で、小野谷信号場上り出発信号12Lの抑止は信楽駅に抑止ボタンを付けることで決定していたにもかかわらず、その直後である同月二六日ころ、被告SKRに何ら連絡することなく、右12Lの抑止装置である方向優先てこ65Rの設置を被告JR西日本内部のみで協議した上、一方的に決定し、これを被告SKRに無断で設置した。その後、被告JR西日本は、その存在をひた隠しにし、運輸省への届出もしないまま試運転開始後本件事故に至るまでこれを被告SKRに無断で使用し続けた。

右の各事実は、SKR線内の列車の運行に被告JR西日本自身が深く関与していたことを示す端的な例というべきである。

(7) 直通乗入れによる収益の増加

世界陶芸祭について、被告JR西日本は世界陶芸祭の入場券と信楽駅までの直通切符をセットにした企画切符をJR西日本の窓口で発売したほか、直通乗入列車を「世界陶芸祭号」と名付け、ヘッドマークをあしらうなどして積極的にさまざまな宣伝広報活動を展開した。このように、被告JR西日本は、被告SKRよりもむしろ積極的に世界陶芸祭の入場者の獲得に動き、その結果、世界陶芸祭の入場者は当初の予想を大幅に上回るに至った。道幅が狭い等自動車によるアクセスが必ずしも十分ではなかった当時の条件のもとで、京都から乗り継ぎなしで世界陶芸祭の会場まで行けるという被告JR西日本の直通列車の乗入れが、入場者を大幅に増加せしめたものであることは間違いない事実である。たしかに、貴生川駅から信楽駅までのSKR線の乗客の運賃について、被告JR西日本がその利益の分配にあずかるわけではないが、本件直通列車乗入れにより、被告JR西日本はその増加した乗客分の貴生川駅までの乗車券相当額の収益を得ただけでなく、直通乗入れに伴って被告SKRから支払われる直通運転料金(車両直通運転契約書一五条)を収受するなどの利益を得ることになったのである。

以上のように、経済的側面からも、被告JR西日本の本件直通乗入れへの深い関与が確認できる。

(8) 小括

以上(1)ないし(7)に述べたとおり、被告JR西日本は、本件直通乗入れの計画及び実現にあたって、信号設備の設置、被告SKRとの各種協議、右協議に基づいて締結された契約ないし協定の内容、直通列車の乗務員に対する教育訓練及び指揮監督、本件直通乗入れにおける宣伝広報活動及びそれに伴う収益の増加等いかなる観点からみても、極めて深くこれに関与している上、教育訓練の誤りと不十分さ、方向優先てこの無断設置操作など被告両社の合意の枠すら超えた行為に及んでおり、本件直通乗入れが単なる乗務員と車両の賃貸にすぎないものであるとか、被告JR西日本にはSKR線の鉄道事業免許を有しない以上、SKR線上の安全確保義務がないなどとする被告JR西日本の主張は明らかに失当というべきである。

他方、被害者である乗客らの立場からすれば、被告JR西日本の直通列車の乗客のほとんどは、前述のように世界陶芸祭の入場券と信楽駅までの直通切符をセットにした企画切符に被告SKRについての記載がまったくなかったことも相まって、被告SKRの存在すら知らず、被告JR西日本が最終目的地である信楽駅まで安全に輸送してくれるものと信じて疑わなかったものであり、この点からしても、被告SKRとの内部関係を根拠に責任を逃れようとする被告JR西日本の主張は不当であるといわなければならない。

また、鉄道事業において重要なことは、そもそも鉄道は、列車を一本運行するにしても、その運行のためには、細分化された多数かつ複雑な分業行為が必要であり、極めて多数の人間が関与しなければならないという事実である。そのような中で、その安全な運行を確保するためには、その関与する多数の者が、一致協力し、有機的かつ組織的に行動することが要請されているところであり、旧国鉄の安全綱領に「安全の確保のためには、職責をこえて一致協力しなければならない」と定められていたことは、このような趣旨から理解されなければならず、安全な運行のためには、このような多数の者の協力体制こそが極めて重要であり、その重要性が強調されてされ過ぎるということは決してないのである。本件においては、本件直通列車はSKR線内では被告SKRの運行管理権のもとにあるにせよ、前述のように被告JR西日本は本件直通列車の運行の実現に計画段階から深く関与し、実際の運行業務においても多くの部分を担っていたのであるから、会社として被告SKRと連絡を密にし、万全の協力体制をとって旅客の安全輸送の実現に努めるべき立場にあったというべきである。

したがって、被告JR西日本について、本件直通乗入列車のSKR線内における運行について、乗客に対し、安全確保義務が認められるべきことは明らかである。

(被告JR西日本の主張及び反論)

(一) 本件直通乗入れの性格

そもそも、被告JR西日本は、SKR線内においては営業免許を有しておらず、車両運行権がなく、運行管理権も現実の運行管理の実体もなかった。本件直通乗入れは、被告JR西日本が被告SKRに対して車両と乗務員を貸し、定額の対価を受領する関係にあったにすぎず、乗務員については、被告JR西日本が被告SKRに対してその労働力の使用収益権限を与え、反面被告SKRから対価を受領していたものであり、賃貸借または賃貸借契約類似の契約を締結していたものである。したがって、SKR線内における運行は挙げて被告SKRによって行われていたものである。

なお、被告JR西日本は、前述のとおり、乗務員についてその労働力の使用及び収益権限を被告SKRに提供したが、当該乗務員は被告JR西日本の従業員の身分のままではあったものの、被告SKRにおいては出向(在籍出向)における身分関係に類似したものであったところ(被告SKRによる指揮・命令に服した)、SKR線に入ってからJR線に戻るまでの極めて短期間の出向を繰り返す関係で(その意味で、通常の出向と若干様相を異にする)いちいち出向命令は出ていなかったが、当初乗入乗務員の指定が行われた際に包括的にその旨の命令(出向命令に相当する)が出ていた。

以上要するに、本件直通乗入れは被告JR西日本が被告SKRに協力し、車両と乗務員を賃貸したものであって、列車の運行や入場者の輸送の主体はあくまでも被告SKRであり、少なくとも、SKR線における運行管理権を有しない被告JR西日本は、主体となって右運行や輸送を行っていないから、SKR線における乗客に対する安全確保義務を負うのは、その運行主体である被告SKRのみである。

(二) 「被告JRの本件直通乗入れにおける関与」について

(1) 「被告JR西日本の直通乗入れ決定に至る経緯」について

平成二年三月二二日付滋賀県知事名で、被告JR西日本常務取締役鉄道本部長宛に「世界陶芸祭開催に関する協力について(要請)」と題する書面の送付があり、被告JR西日本の協力を要請された事実、被告JR西日本も世界陶芸祭成功のために積極的に協力することとした事実は認めるが、被告JR西日本のSKR線での運行に関する協力の内容は、被告JR西日本の車両及び乗務員の賃貸と、SKR線での運行に合わせたJR線内での運行とJR線内からの直通乗入れ(乗入れ後は被告SKR運行列車)である。

また、小野谷信号場の設置及び特殊自動閉そく方式の採用は被告SKR独自の問題であって、被告JR西日本及び同SKR両社の協議事項ではないし、信号設備の変更工事にしても、貴生川駅の信号設備については、被告両社の協議の対象となり、被告JR西日本が被告SKRから設置管理を委託されたが、それ以外の設備は、被告SKR独自の問題であって、被告JR西日本は関与せず、また、協議の対象でもなかった。

(2) 「信号保安設備設置の分担」について

SKR線における信号保安設備の工事義務者は被告SKRであり、「分担」といっても、被告JR西日本は被告SKRから工事委託を受けたものであって、このことをもって、被告JR西日本と被告SKRが共同で直通乗入列車の運行を実現させた(以下「共同運行」という。)との事実を裏付けるものとはいえないし、また、被告SKRが分担したとされているものは、本来被告SKR自身で行うべきことを同被告が行うものであるのに反し、被告JR西日本の分担というのは被告SKRに対する協力、応援の範囲を表現するものにすぎない。

なお、平成二年九月一三日に被告JR西日本本社会議室にて開催された会合においては、「優先てこ」という具体的な名前は出ていなかったものの、被告JR西日本側から小野谷信号場の上り出発信号機(12L)の抑止機能が欲しいという要望が出され、これについて被告SKR側では信楽駅で操作するものを主張し、被告JR西日本側では亀山CTCセンターで操作するものを主張したため、被告両社のどちら側で操作するものとするかについて平行線となり、改めて協議することとしたもので、信楽駅での抑止ボタン設置は決定していない。もっとも、いずれにせよ、少なくとも小野谷信号場の上り列車を抑止する必要性があることを被告SKRも認識していたことは明らかである。

ところで、被告JR西日本は、以下に述べるとおり、被告SKRに無断で優先てこを設置したことはない。すなわち平成二年九月一三日の会議では、被告JR西日本から亀山CTCセンターでの操作による12Lの抑止機能の必要性が主張されたところ、かかる抑止機能は要するに優先てこのことをいうものである。また、その後、被告JR西日本は、被告SKRの代理人であるシグナルコンサルタントの津田部長を通じて被告SKRに具体的に優先てこの設置を通告しているし、その後の被告SKR関係者の亀山CTCセンター制御盤改修の立会い、使用開始前の試験、試運転時の65Rの取り扱い等を通じて被告SKRはその存在を認識していた。さらに、平成三年四月四日から同月一二日にかけて行われた直通列車の試運転期間中、試運転列車五五〇八Dは小野谷信号場で一〇分間停車のダイヤとなっており、その間下り列車の運転がないため、ARCにより上り出発信号機12Lは約一〇分間進行現示となるが、そうなるとその内方にある古野踏切が一〇分間鳴動持続となり、踏切通行者に迷惑を及ぼすことになることから、その対策として、同月一日、被告SKRの中村業務課長から被告JR西日本の亀山CTCセンターに対して、「試運転列車五五〇八D列車について小野谷信号場で上り出発信号を抑止して欲しい。」との依頼があり、この間同CTCセンターにおいて方向優先てこを取り扱うことを合意した。その際、被告JR西日本側は、同業務課長との間で、方向優先てこの戻し時刻を発車の二分前とするなどとの協議を行っており、同課長が方向優先てこの存在を知っていたことは明らかである。

優先てこの設置については、それが運輸省への届出事項である(認可事項ではない)こと、その届出を怠ったことは認めるが、この設置工事は、平成二年八月二一日に届出済みの貴生川駅連動改修工事(貴生川駅設置の方向てこ15R)と機能的にはまったく変わりのない軽微な「一部作用の変更」工事であり、かつ担当者の不注意から結果的に無届のまま施工したに過ぎず、意図的に届出を回避したものではない(届出の有無により結果の差異がない)。

(3) 「本件直通乗入れに関する被告両社の打合せ状況」について

平成三年一月一七日の会議について、当日の会議は世界陶芸祭実行委員会、滋賀県、信楽町及び被告SKRの四者の策定した基本計画に対し、被告JR西日本として検討する旨を回答したにすぎない。平成三年三月一四日の合同会議については、被告SKRが小野谷信号場を新設するにあたり、代用閉そくを施行する区間が従来の貴生川駅・信楽駅間から貴生川駅・小野谷信号場、小野谷信号場・信楽駅間に変更されることに伴い、その場面での異常時に実施される代用閉そくの取り扱い方法を、被告両社間で確認する目的をもって開催されたもので、その場において、被告JR西日本が被告SKRに対して代用閉そくを施行する場合の要員や指導者の派遣を求めたのは事実であるが、本来SKR線内でのことであり、第一種鉄道事業免許を持つ事業者である被告SKRが自社の社員を派遣すべきであることは至極当然のことである。また、平成三年三月二〇日の合同会議については、その内容は、原告らが主張するような討議・検討の場ではなく、被告SKR側から被告JR西日本側に対する机上教育の場であった。以上のように被告JR西日本は本件直通乗入れに際しての会議では何ら主導的な立場に立っていなかったものである。

(4) 「本件直通乗入れに関する各種契約・協定の締結」について

(ア) 乗務員に関する協定について

運輸省から、他社線に列車を乗り入れるような場合、業務分界駅で運転士を交代させるように指導をされたことはなく、現実に、SKR線以外でも、被告JR西日本が他社線に乗り入れている例は多数あるが、運転士が乗り入れている(運転士の賃貸)例では若桜鉄道・JR九州があり、車掌が乗り入れている(車掌の賃貸)例では若桜鉄道・錦川鉄道・JR東日本・JR東海及びJR九州がある。

本件直通乗入れは、要するに「被告JR西日本が被告SKRに対して車両と乗務員を賃貸する。」ということであるが、契約書の「勤務方については、甲(被告JR西日本)がすべて責務を負うものとする」という条項は、その賃貸にあたっての乗務員の手配を、被告JR西日本が行うことを定めたものにすぎず、原告らが主張するように、乗務員の支配監督権が被告JR西日本に存することを示したものではない。乗務員の支配監督権については、車両直通運転契約書一五条に「被告SKRは直通車両の運転料金として同社所属線内の運転に対して、別紙の料金(車両使用料及び乗務員費)を被告JR西日本に支払うものとする」と明記されており、SKR線内においては、被告JR西日本所有の車両(賃貸車両)は被告SKRの列車とみなして運転されることから、被告JR西日本の直通列車乗務員である運転士及び車掌の支配監督権については、当然被告SKRが持つことになり、原告らの主張は失当である、

さらに、始業時及び終業時の点呼を誰が行ったのかということと、SKR線内での従業員の指揮、監督を行ったのは誰かということとは関係がないのであって、被告JR西日本の直通乗入列車の運転士は、点呼は被告JR西日本から受けたが、SKR線内での運行についての指揮、監督は被告SKRから受けている。ちなみに、世界陶芸祭開催期間中の被告SKRの運行計画は、詳細にわたって被告JR西日本に伝達されていたことから、被告SKRとの事前打合せの結果、被告JR西日本の乗務員の点呼は、その所属する柘植派出所で行うことが決められていた。また、労働契約上、賃金、労働契約等の就業規則の適用は乗務員に対する指揮命令権と別であると解せられるため、直通乗入列車の乗務員に被告JR西日本の就業規則が適用されても何ら問題はない。

(イ) 車両に関する規定について

まず、車両直通運転契約書六条の規定は、共同運行の実体を示すものとはいえない。被告JR西日本は、もともと車両を有料で被告SKRに貸し付けるのであるから、その車両の整備については、貸付側である被告JR西日本が責任を持って行うことは当然のことであり、賃貸者が賃貸物の保守整備を行ったからといって、そのことから、賃借人の右賃借物の使用に基づく業務を賃貸人と賃借人が共同で運営することにはならないし、同契約書七条は「被告SKRはJR車両を検査する必要があると認めたときは、いつでも検査することができる。この場合検査に要する費用は被告JR西日本が負担するものとする。」と定めているところ、本件直通乗入れが被告両社による共同運行であるなら、費用負担も共同であるはずである。

要するに、同契約書六条は、車両の賃貸主である被告JR西日本が自らの規定に基づき責任をもって施行することを定めたものであり、整備や保守の分担を定めたものではないし、同契約書七条は、「被告SKRが被告JR西日本の車両について検査する必要性があると認めたときは、被告SKRが検査することができ、かつその費用は被告JR西日本の負担とする。」というものであって、むしろ、被告SKRの主体性と優位性を認める規定である。

次に同契約書五条二項(「直通列車が運転上支障を生ずるおそれがあると認めたときは、いつでも当該車両の使用を停止することができる」)は、被告JR西日本の賃貸車両につき運転上支障を生じるおそれがある場合に、被告SKR及び被告JR西日本の両方のいずれもが、当該車両の使用を停止することができるようにしたものであり、旅客輸送の安全を期するために規定されたものであって、被告JR西日本の主体性や優位性の根拠となるものではない。

(ウ) 線路・運転保安設備に関する規定と被告JR西日本の検査権について

車両直通運転契約書四条二項(「甲(JR西日本)は乙(SKR)の線路及び運転保安設備を検査する必要があると認めたときは、いつでも検査することができる」)は、被告JR西日本が行う賃貸車両の整備点検等において、車両の損傷や不都合箇所が発見された場合等、何らかの理由によりその車両が通過した線路または運転保安設備を検査する必要があると認められる場合、被告JR西日本が検査できるようにしたものである。すなわち、これらの検査権の定めは、賃貸した車両の損傷等防止のための被告JR西日本の権利であって、その結果として旅客の安全が確保されるとしても、それは旅客との関係では副次的なものである。

同契約書二三条は、被告JR西日本の解除について規定したものではあるが、本件賃貸車両については、五条(使用車両)、六条(直通車両の整備及び保守)、一一条(油脂その他消耗品等の使用)及び一二条(乗務員の乗務方)に規定されているように、賃貸車両等の財産について、被告JR西日本がすべて責任をもって被告SKRの運行の用に供するとされていることの反面において、被告SKRが四条(線路等の整備)に規定されている義務を遵守しない場合には、被告JR西日本において安全の確保及び財産保全のため、契約解除の必要があることから定められた規定である。なお、当時、被告JR西日本において、被告SKRへ乗り入れ可能なキハ五八及び二八形式の気動車の需要が逼迫していたため、もしその車両が長期にわたり故障した場合、それに代る車両の手配が難しいことから、被告SKRとの話し合いにおいて、この規定が設けられたという経緯がある。したがって、この規定も、被告JR西日本の主体性や優位性を特に定めたものではないし、いわんやSKR線の共同運行を規定したものでもない。

(エ) 直通列車の運行について

本件各協定の対象は、当然のことながら被告JR西日本の賃貸車両についてであって、被告SKRの車両全部についてではない。被告JR西日本の賃貸車両についての協定があるからといって、被告JR西日本がSKR線について共同運行したことにはならないし、SKR線の列車運行について安全確保義務を負うことにならないのも当然のことである。

また、異常時の運転取扱、事故・故障に対する対応、平素と異なる作業が必要な場合の措置等については、一般に車両及び乗務員を賃貸する場合、鉄道輸送の安全確保のため当然賃貸人と賃借人との間で取り決められるべきことがらであり、本件の乗り入れ(賃貸借)に際して、原告ら指摘のような協定が締結されたからといって、このことが賃貸人である被告JR西日本と賃借人である被告SKRとのSKR線についての共同運行の根拠となるものではない。特に、異常時の運転取扱については被告両社間の協議に基づき、被告SKRの異常時取扱規定等が適用されることにされている(運転作業協定書一条)ところ、これは、SKR線は被告SKRのみが鉄道事業免許を受けた鉄道線であり、被告SKRのみが同線の営業権、運営権、管理権を持っていることの当然の結果である。

(5) 乗務員に対する教育・訓練等について

(ア) 教育・訓練の計画について

「乗務員に対する教育訓練実施計画」は、すべて被告SKRの中村業務課長の主導の下、被告両社の打合せに基づいて行われており、被告JR西日本の池田副課長はそれを書面にしたにすぎない。そして、ここでいう乗務員とは、被告JR西日本の被告SKRに対する賃貸車両の乗務員のことであり、SKR線において走行する車両全般の乗務員のことではないから、被告JR西日本が「運転士らの教育・訓練に責任をもって関与する」といっても、乗務員を賃貸するにつき、賃借人である被告SKRの依頼により行ったものであって、それ以上のものではなく、したがって、そのことがSKR線についての被告JR西日本の共同運行の根拠となるはずがない。

(イ) 教育・訓練の実態について

まず、原告ら指摘にかかる「二段階方式」は、被告SKRの中村業務課長からの被告JR西日本に対する「SKRの指導教育を行うことができる社員の不足から、教育は一回にして欲しい。」との要望に基づき、やむを得ず採用されたものであって、かかる方式の採用は、被告SKRの内部事情に基づくものであり、被告JR西日本の都合によるものではない。

かかる「二段階方式」において、被告SKRの運転士が教育担当をしなかったという事実はなく、現に、平成三年四月三日には被告JR西日本の教育指導担当者及び運転士二名が被告SKRの車両に添乗し、被告SKR社員の運転する列車の運転士(渕本)から指導を受け、さらに、同年四月四日には被告JR西日本の試運転列車に、被告JR西日本所属の運転士を指導教育するために、被告SKRの中村業務課長及び山本施設課長が乗務し、その際中村業務課長及び山本施設課長から、被告JR西日本の運転士及び教育指導担当者三名が、新しく設置された信号システムや小野谷信号場、沿線電話の端子、列車の運転速度、特殊信号発光機等について指導を受けたほか、さらに信楽駅構内での列車の取扱等について、事前に配布されていた資料に基づき指導を受けており、このように被告SKRから指導・教育を受けた被告JR西日本の教育担当者が、被告SKRの委託を受けて、被告JR西日本の乗務員の指導・教育を行った。そして、右「委託」の趣旨は、本来被告SKRが指導・教育すべきところを、被告SKRの事情により直接被告JR西日本の乗務員を指導・教育することができないことから、被告SKRの委託を受けた被告JR西日本の指導・教育担当者が担当したものである。

なお、被告SKRの運心については、再三にわたり被告JR西日本から被告SKR(中村業務課長)に対して、被告JR西日本に配布するよう要請が行われたが、被告SKRの運心が被告JR西日本へ届いたのは四月三日直前であり、しかも一冊のみであって、被告JR西日本の運転士等に配布する被告SKRの運心の交付はなかった。

また、机上教育の内容についても、その細部についてはすべて被告SKRが策定しており、平成三年三月二〇日信楽駅会議室において、被告SKRの中村業務課長が口頭で被告JR西日本の教育担当社員等に対して、この被告SKRが作成した資料に基づき説明した。その際、「行き違い変更等の運転取扱い」について、中村業務課長からの説明指導はまったくなかった。この中村業務課長の運転士関係に関する口頭説明資料を文書化したものが、いわゆるマニュアルと呼ばれており、被告JR西日本の賃貸車両の乗務員に対する教育については、被告JR西日本の京都電車区の助役等が担当したものではあるが、実質的な教育資料の作成及び指導内容は被告SKRが主体となって作成したものである。

(ウ) 直通乗入列車の運転士の意識について

SKR線を走行する際、運転士が心の中で自分が被告JR西日本所属の運転士であると認識していたか、被告SKR所属の運転士であると認識していたかは、その列車の運行につきその運転士が被告SKRの運行管理下にあったことの認識と矛盾しない。

(エ) 乗務員の選定とその業務の管理について

直通乗入列車の乗務員の選定については、被告SKRの中村業務課長からの申し入れがあった。すなわち平成二年一〇月上旬ないし一一月下旬に、同課長が被告JR西日本の運輸部運用課を訪問し、池田副課長との間で、SKR線に直通乗入れ(賃貸)するJR列車の乗務員数、その人選等について打合せを行ったがその際、中村業務課長は「SKR線はもともと国鉄線であり、JR西日本の京都電車区柘植派出所にSKR線の運転経験者がいる」と述べた上、右運転経験者の派遣(賃貸)を求めたので、被告JR西日本も右要求に応じ、右運転経験者を選定した。右派遣(賃貸)乗務員の選定行為自体は被告JR西日本の行為であるが、実質的には被告SKRの意向ないし指示に従ったものである。

また、列車運行にあたっての始業及び終業の点呼については、本件直通乗入れ(賃貸)の乗務員はSKR線のみならず、JR線でも運転していたのであるから、規定上からも、JR線内においては、当然に運転士は被告JR西日本の管理下に置かれ、鉄道運転規則一二条、被告JR西日本の運転取扱心得八条に基づき、被告JR西日本の機関において、始業及び終業の点呼がなされるべきことは当然である。しかしながら、異常時については、緊急を要する場合が多く、短期間に指揮・命令を受けなければならない状況から、被告SKRに連絡し、その指示に従う旨の指導・教育を受けていた。

そして、机上教育としては、運転取扱心得、線路信号設備関係、運転取扱い方等についてであり、特に異常時の取扱い方については重要であるところ、被告SKRの指揮・命令に従う旨を教育すべく、別項目に掲記して行うことにされた。実際に列車に乗務しての線路見習い、運転操縦訓練では、SKR線においての勾配、カーブ、信号の位置、中間信号場でのすれ違い状況等の把握が行われた。その他にも、SKR線においての信号現示に従って操縦して予定どおり発着する訓練、ホームに到着した後の車両の入れ替え、ホームから外れる車両の戸締め等も被告SKRの指導のもと実地において訓練された。

以上に述べたとおり、被告JR西日本所属乗務員に対する教育は、被告SKRの指導のもとにおいて問題なく実施されており、原告が主張するような被告JR西日本独自の判断で教育・訓練内容を決定し、被告JR西日本独自でこれを実施した事実はない。

(6) 運行の実態について

① まず、亀山CTCセンターの改修工事は、前述のとおり被告SKRと被告JR西日本との間で平成二年一一月二六日に締結された「信楽高原鐵道自動信号化に伴う信号設備改良工事契約」に基づくものであり、また亀山CTCセンターがSKR線への発着を目的として、貴生川駅の信号を操作していた根拠は、被告SKRと被告JR西日本との間で締結された「貴生川駅共同使用契約書」二条に基づくものである。したがって、これらは被告JR西日本が主体的かつ積極的に行ったのではなく、被告SKRの要請に応じたものであるにすぎない。

② 貴生川駅での運転関係については、前述のとおり、被告JR西日本が被告SKRから委託を受けていたものであり、代用閉そくを実施するに当たっては、被告JR西日本が被告SKRと共同で行っていたのではなく、被告SKRと同被告から委託を受けた被告JR西日本が、被告SKRの指示に従って行っていたというべきである。

また、平成三年三月一四日、SKR線に小野谷信号場が新設されることに伴い、被告両社の関係者が集まって貴生川駅会議室で開催された「代用閉そく方式に関する打合せ会」においても、代用閉そく方式の手続きのうち、小野谷信号場への要員派遣やSKR線の列車に乗務する指導者の手配については、被告SKRが担当する旨が確認されている。

したがって、SKR線の小野谷信号場・貴生川駅間においても、代用閉そく方式を施行するに当たっては、あくまでSKR線の運行管理権を有する被告SKRが主導的な立場にあったことは明らかである。

③ 平成三年五月七日に、被告SKR列車が信号冒進により遅延して、ダイヤが乱れたのに対し、亀山CTCセンター指令員が、信楽駅長に対し行き違いの変更を指示した事実はない。当日の経緯は以下のとおりである。

(ア) 当日(五月七日)、一七時四九分貴生川駅発信楽駅行きの下り五四七D列車が、貴生川駅のSKR線下り出発信号機が停止現示であったにもかかわらず、同駅を発車するという事故が発生した。その後、同列車の運転士は、虫生野踏切の遮断機が当然下りるべきであるにもかかわらず、下りていなかったので、その手前で停車し、貴生川駅構内のトークバックで貴生川駅に対し、列車を停止させた旨を報告した。

(イ) 貴生川駅では、直ちに亀山CTCセンターの指示を仰ぎ、かつ、その指示に従い、同駅担当者を下り五四七D列車に派遣し、同列車を当該担当者の合図により、同駅まで退行させ、同駅の停止位置に戻した。

(ウ) 亀山CTCセンターでは、その時点で下り五四七D列車を再度出発させるために貴生川駅の出発信号機を取り扱おうとしたところ、既に上り五一六D列車の接近によりSKR線に新設されたARC(進路自動制御装置)の作用に基づいて、小野谷信号場・貴生川駅間の列車運転方向が上りに設定されてしまっていた。その結果、亀山CTCセンターの制御盤上に設けられた小野谷信号場・貴生川駅間の上り運転方向表示灯に在線を示すランプが点灯したため、下り五四七D列車を発車させて小野谷信号場で所定の行き違いを行うことができなくなった。

(エ) ところが、たまたま上り五一六D列車が京都行き直通列車であり、貴生川駅での到着線がSKR線専用ホーム(線路)ではなく、草津線用のホーム(線路)だったことから、亀山CTCセンターから信楽駅へ「下り五四七D列車と上り五四六D列車との行き違いが何ら支障なく貴生川駅で行うことができる」旨を連絡し、被告SKRからその同意(承諾)を得た。この時点における下り五四七D列車と上り五四六D列車の行き違い箇所が小野谷信号場から貴生川駅に変更したことについては、被告SKRが小野谷信号場に設置したARCによって自動的・機械的に行われたのであって、亀山CTCセンターの指示によって行き違い変更が行われたのではない。

(オ) 次に、亀山CTCセンターから信楽駅に対し、下り五四七D列車と上り五一六D列車との行き違いが貴生川駅になる旨を連絡した際、下り五四七D列車が約二〇分の遅れで貴生川駅を発車した旨を聞いた信楽駅長は、SKR線の運行管理権を有する立場から独自の判断の下に、折り返し上り五五〇D列車となる下り五四七D列車を待つことなく、別の編成車両を仕立て、新たに上り五五〇D列車として特発させることにした。

(カ) 被告SKRのこれらの手配により、本来下り五四七D列車が信楽駅に到着し、折り返し列車として運転されるはずであった上り五五〇D列車は、貴生川駅を遅れて発車した下り五四七D列車が信楽駅に到着する前に、別編成により信楽駅から発車した結果、上り五五〇D列車は、小野谷信号場で下り五四七D列車と行き違うことになり、行き違い変更が発生した。

(キ) 以上のとおり、これら二回の列車の行き違い変更は被告JR西日本が何ら関知しないままに実施されたものであって、亀山CTCセンター指令員が信楽駅長に対して行き違いの変更などを指示した事実はない。

④ 平成二年九月一三日の会合で12Lを抑止するために信楽駅に抑止ボタンを付けることは決定していないし、65Rの設置については、被告JR西日本はシグナルコンサルタントの津田に通告したし、その後の被告SKR関係者の亀山CTCセンター制御盤改修の立会い、使用開始前の試験、試運転時の65Rの取り扱い等を通じて被告SKRはその存在を認識していた。

(7) 直通乗入れによる収益の増加について

世界陶芸祭は、滋賀県あげてのイベントであり、また、その主催団体の数は滋賀県・信楽町を含め一一団体、その後援団体の数は外務省・運輸省を含め三二団体、協賛企業団体の数は一四三社という膨大な数に上り、被告JR西日本はその内の後援団体の中の一社にすぎなかった。被告JR西日本が交通アクセスの一端を担ったとはいえ、被告JR西日本の直通乗入れが即入場者の増加につながったものではなく、先に掲げた各種団体の支援があったからこそ、予想以上の入場者が集まったのであり、それらは世界陶芸祭実行委員会の各団体・企業に対する地道な宣伝活動、集客活動の働きがあったからにほかならない。

また、本件直通乗入れによって得られた被告JR西日本の取扱収入は計算上、せいぜい三億五〇〇〇万円程度であり、右金額は、平成三年度の被告JR西日本の営業収入約九〇〇〇億円からみれば、わずかなものであり、また、陶芸祭の列車運行をするにあたって人件費、宣伝費等の経費も多くかかっていることから、諸経費を控除すれば、原告の主張するごとく、多大な利益を得たとはとうていいえないものである。

2  被告JR西日本ないし被告JR西日本従業員の注意義務違反

(一) 方向優先てこの設置、操作に関する注意義務違反

(原告らの主張)

(1) 注意義務違反の内容

(ア) 事実関係

被告JR西日本が亀山CTCセンターに設置した方向優先てこ65R(以下「本件方向優先てこ」ともいう。)は、一定の早期タイミングで操作すれば、必然的に信楽駅出発信号機22Lを赤固定させるものであって、ここに本件信号システムの欠陥の根本があった。そして、本来信号保安システムが鉄道運行の安全及びダイヤ管理のための根幹をなしていることに鑑みると、その信号保安システムに欠陥が存在し、当該欠陥により信号トラブルが生じた場合には、そのことによって現場で列車を運行する者が混乱に陥り、その結果としてそれらの者の過失を誘発するおそれがあることは、容易に首肯し得るところである。

したがって、被告JR西日本は、信号保安システムの操作に当たって不測の事態が生じることがないよう被告SKR側の設計者との連絡を密にしながら、細心の注意を払って信号保安システムの設計をすべき義務があるし、その設置に当たっては、連動検査等により設計ミスやシステムへの悪影響がないか、十分な注意を払うべき義務があり、また、その運用に当たっては、システムの欠陥が事故につながらないよう、最低限その運用管理者と運用状況についての連絡を密にとり、その欠陥の発見のために万全の注意を払うべき義務があった。

そして、かかる注意義務が一つでも遵守されていたならば、事故当日の本件方向優先てこによる22Lの赤固定、被告SKRによる代用閉そく方式違反、信栄電業従業員による人為操作、甲野運転士による13R突破といういずれの事態も発生する余地がなく、本件事故は未然に防止することができたのである。

しかるに、被告JR西日本は、かかる注意義務に反し、

① 被告SKRとの平成二年九月一三日の打合せ会議における決定を一方的に覆して独断で本件方向優先てこの設置を決定し、

② 本件信号保安システムの設計に当たっては、被告SKR側の設計の詳細な内容も検討しないまま、連動会議、結線会議など必要な会議も開催せず、また電気部長による社内決裁も経ないなど極めて杜撰な設計を行い、

③ 本件方向優先てこを記載した連動図表や結線図も被告SKRに交付せず、

④ 連動検査に際しても、被告SKRに本件方向優先てこの存在を告知せず、

⑤ 運輸省に対しても必要な届出をせず、

⑥ 運用にあたっても、本件方向優先てこの存在や操作を本件信号保安システムの運用管理者である被告SKRに通知せず、

その結果、本件信号保安システムに重大な欠陥を生じさせた上、設計ミスも相まって22L赤固定という事態を招来させ、さらに被告SKR側における22L赤固定の原因の発見を不可能ならしめ、ひいては代用閉そく違反や人為操作などの行為を誘発したのである。

(イ) 被告JR西日本の過失

以上の本件方向優先てこについての被告JR西日本の過失をまとめると、以下のとおりである。

被告JR西日本は、SKR線内において、世界陶芸祭のための直通乗入列車の運行業務を被告SKRと分担し、列車運行について被告SKRとともに安全を確保すべき義務を負っていたものであるところ、被告JR西日本は、信号保安システムが鉄道安全の根幹をなす重要なシステムであり、その複雑なシステムとしての性格上、万一そのシステムが欠陥を内包しており、その結果として運行管理者や保守係員らに不測の事態を生ぜしめることになれば、それらの者の過失を誘発して事故に至る危険性があること、特に被告SKRは信号システムに習熟しておらず、信号故障の際の信号保守や代用閉そく方式を安全確実に実施する能力を欠くために、信号保安システムに内在する欠陥が極めて重大な事故を誘発する危険性があることを十分に予見することができたのであるから(予見可能性)、本件方向優先てこの設計・設置に当たっては、被告SKRと密接な連絡を取りつつ、信号保安システムに欠陥が生じないよう細心の注意を払って設計・設置をすべき注意義務があり、かつ、その設置後には、その設置及び操作方法を被告SKRに連絡することはもちろん、その設置・操作により信号保安システムに欠陥が生じていないかどうかを監視して、その欠陥を可及的速やかに発見・除去すべき注意義務があったにもかかわらず(注意義務)、右注意義務に反し、被告SKRに何の連絡もしないまま一方的に本件方向優先てこの設置を決定した上、被告SKR側の信号保安システムを十分に考慮しないまま一方的な設計・設置を実施し、さらに設計ミスにより、貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向が下りに設定されていなければ本件方向優先てこが機能しないという欠陥を生ぜしめ、そのために、亀山CTCセンターの指令員に対し、マニュアルによりその早期操作を指示し、その設置後も何ら被告SKRにその設置及び操作の事実を知らせなかった過失により(注意義務違反)、本件信号保安システムに一定の早期タイミングで方向優先てこを操作すれば信楽駅の22Lを赤固定にするという欠陥を生ぜしめた上、右マニュアルに従った指令員の本件方向優先てこの早期操作により、右22L赤固定という異常現象を惹起し、かつ、被告SKRに右22L赤固定の原因が本件方向優先てこの操作であることの発見を不可能ならしめ、その結果、被告SKRの代用閉そく違反による列車運行、誤出発検知装置解除の人為操作、被告JR西日本列車の13R突破という各過失を誘発し、よって、本件正面衝突事故を発生させたものである。

(2) 方向優先てこの設置・操作と本件事故との間の因果関係

本件においては、事故前の五月三日においても、本件方向優先てこが操作されたことにより、信楽駅の上り出発信号(22L)が赤に固定し、その結果、被告SKRが代用閉そく方式に違反する列車の運行をするという本件事故当日とまったく同じ事態が発生していた。そして、この日、五〇一D列車を運転していた原運転士、五〇三D列車を運転していた甲野運転士、添乗していた中尾助役は、信楽駅の出発信号機22Lの赤固定の事実を知っていた(原運転士は、五〇一D列車の対向列車である五三四D列車に指導者として乗り込んでいた岡村から小野谷信号場で説明を受けている。甲野運転士、中尾助役も五〇三D列車の対向列車である五三四列車に指導者として乗り込んでいた岡村から小野谷信号場で説明を受けている。)。

このように、被告JR西日本の運転士、助役は、22L赤固定の事実を本件事故直前に知っていたのであるから、被告JR西日本としては、これら運転士、助役から五月三日の信号トラブルの報告を受けた上で、その経緯を十分に分析・検討すべきであった。すなわち、被告JR西日本は、被告SKRと共に連動図表、結線図を持ち寄り、それまで個々に行っていた本件方向優先てこの設置、制御タイミングの変更工事の事実を互いに明らかにした上で赤固定の原因を分析・検討すべきであった。このように五月三日の信号トラブルの経緯を連動図表、結線図を持ち寄って分析・検討してさえいれば、本件方向優先てこが本件信号システムに欠陥を生じさせる一因をなしていることは容易に判明し得たものである。

他方で、被告JR西日本は、被告SKRが代用閉そくの諸手続に違反して列車運行を繰り返し行っていることを知っていた。

このように、一方で、被告JR西日本は、五月三日の事前トラブルを被告SKRと共に連動図表や結線図を持ち寄り分析・検討していれば、信楽駅出発信号機22L赤固定の原因を容易に解明でき、他方で、被告JR西日本は、被告SKRが信号トラブルの度に代用閉そくの諸手続に違反して列車運行を繰り返し行っていることを知っていたのであるから、これらを総合勘案するならば、22Lが赤固定したときには、被告SKRにおいて、区間開通確認もせず、閉そくの承認手続もせず、また、代用手信号なしでの列車を運行するなど、およそ代用閉そく手続に違反した危険極まりない列車の運行をなし、ひいては事故に至ることを十分に予見できたのである。

以上より、被告JR西日本は、本件方向優先てこの設置操作により信楽駅出発信号機(22L)が赤固定し、その結果被告SKRによって代用閉そく方式に違反した列車の運行がなされることについて予見可能性があったということができ、したがって、被告JR西日本による本件方向優先てこの設置操作と本件事故との間には相当因果関係が認められるものである。

(被告JR西日本の反論及び主張)

(1) 予見可能性について

鉄道における信号故障の発生及びその影響によるダイヤの乱れは、散見されるところであって、必ずしも稀な事象ではないが、それがゆえに運行管理者の過失を誘発して、衝突事故を発生させたことなどは寡聞にして知らない。そもそも鉄道運転規則は、信号故障等によって常用閉そく方式の施行が不可能であるときは、代用閉そく方式を用意しているのであって、運行管理者が信号故障によって「混乱」し、代用閉そく方式を施行しないことなど、法令がまったく想定していないことである。したがって、そもそも被告JR西日本が本件事故を予見することなど不可能であった。

(2) 事実関係について

原告らのいう(1)(ア)①ないし⑥の注意義務違反の事実は被告JR西日本に存しない。

まず、①については、平成二年九月一三日の会議では、小野谷信号場上り出発信号機12Lの抑止の必要性を被告SKR関係者も理解したものの、いかなる方法で実施するかについては結論は出なかったものであり、原告らのいうように信楽駅制御盤で行うことが決定されたわけではない。

②については、方向優先てこの設置のような軽微な変更工事については、連動会議を開催せずともよく、持ち回りで処理できたものである。具体的には、笠松、今矢、春名各主席らの打合せにより亀山CTCセンターに方向優先てこの設置を決定し、右決定に基づき電気部信号通信課で連動図表を作成の上、各部の持ち回り決裁により必要な手続きを行っている。さらに、方向優先てこ設置の段階では、小野谷信号場12Rの接近点は12RDAであったから、当時いくら被告SKRの設計を詳細に検討しても、方向優先てこの設置により信楽駅22Lの赤固定は発生し得ず、これを予測することは不可能であった。

③については、平成二年九月二〇日ころ、被告SKR側の代理人であったシグナルコンサルタントの津田部長から被告JR西日本に対し、信楽駅制御盤に小野谷信号場上り出発信号機の抑止ボタンを設ける案が記載された連動図表が交付されてきたことから、再度同月二六日に今矢、笠松、春名の三名が集まって打合せた結果、被告JR西日本としては方向優先てこを設置することで対処することに決定し、同年一〇月中旬ころ、右春名主席が津田部長に電話し、小野谷信号場の12Lの抑止の件は、被告JR西日本側で方向優先てこを設置するので信楽駅の抑止ボタンは不要である旨を連絡した。被告JR西日本は、方向優先てこの記載のある連動図表を被告SKRに交付していないが、被告SKR側は、被告JR西日本から指導されずとも、本件信号保安システムの変更につき独自に貴生川駅の連動図表を作成し得る能力を有しているところ、方向優先てこを連動図表上表示するとしても、「65R 22Lを定位鎖錠」と記載する程度であって、方向優先てこの表示のある連動図表が特段の意味を持つわけではなく、電話連絡で方向優先てこを設置する旨連絡すれば、専門家である被告SKR側の信号担当者は容易に理解し得たものである。

なお、右のように春名主席が津田部長に電話連絡したことは明らかであるが、右事実以外に被告SKRが方向優先てこの存在を認識していたことを裏付ける事情としては、以下のような事情が存する。

ⅰ 平成二年一一月一四日、被告SKRの山本施設課長は亀山CTCセンターに赴き、同所の「制御配盤」等の立会いをしている。亀山CTCセンターの制御盤の変更としては、方向優先てこ、方向表示灯の設置に伴うものがあるから、同課長は当然方向優先てこの設置を知っていたとみられる。少なくとも被告JR西日本が方向優先てこの設置を被告SKR側に隠蔽したことなどあり得ない。

ⅱ 平成三年三月七日及び八日に本件設備変更に対して運輸省の検査が実施された。その際方向優先てこの存在が記入された連動図表をあらかじめ検査官に手交したことから、七日午前の貴生川駅の設備検査の際、検査官が貴生川駅制御盤の前で「方向優先てこはどれですか。」と尋ねたのに対し、被告JR西日本担当者は方向優先てこは亀山CTCセンターに設けた旨答えたが、このやりとりは傍にいた山本施設課長も聞いている。

ⅲ 同月一一日及び一五日の信号設備の試験の際には、貴生川駅で被告SKR山本施設課長と打合せの上、共に小野谷信号場に向かい、同所で同課長立会いのもと、方向てこの操作及び誤出発の試験を実施したが、その際亀山CTCセンターで方向優先てこを取扱い、貴生川駅・小野谷信号場間の方向が転換しないことを確認している。

ⅳ 同年四月四日から一二日までの間に予定されていた試運転において、試運転列車五五〇八Dは小野谷信号場で一〇分間停車するダイヤが組まれていたが、そのままでは貴生川駅寄りにある古野踏切が一〇分間鳴動持続となる不都合が発生することが判明した。この対策として、同年四月一日、被告SKR中村業務課長から亀山CTCセンターに対し、「試運転列車五五〇八D列車について小野谷信号場で上り出発信号を抑止して欲しい」旨の要請があり、同課長と亀山CTCセンターとの間で右試運転列車について方向優先てこを操作することが合意された。

原告ら主張の④の事実については、右のとおり平成三年三月一一日から一二日及び同月一五日から一六日にかけて、貴生川駅、亀山CTCセンター、小野谷信号場において、被告SKRと被告JR西日本とが合同で連動検査を実施し、その際、亀山CTCセンターで方向優先てこを取扱って、貴生川駅・小野谷信号場間の方向が転換しないことを確認している。

⑤について、運輸省に対する届出がなされなかったのは事実であるが、これは、人事異動等の際の引継ぎが十分になされていなかったこと等が原因であり、何も運輸省に対して方向優先てこの存在を隠蔽したのではない。しかも、平成三年三月七日と八日に実施された本件設備変更に関する運輸省の検査に際しては、被告JR西日本から方向優先てこが記載されている連動図表とチェック表を検査官に手渡している。

⑥について、信号システムの運用開始後、被告SKRに対して方向優先てこの操作を連絡しなかったことに対しては特別な理由はない。方向優先てこの取扱いは、亀山CTCセンターで方向優先てこを遠隔操作するものであるところ、被告JR西日本は、被告SKRとの貴生川駅共同使用契約に基づき、貴生川駅におけるSKR線の運転取扱いを被告SKRから受託していたから、その操作を逐次被告SKRに通知することは契約上も要求されていなかった上、方向優先てこの操作はARCによる行き違い箇所の変更を阻止して予定した箇所(本件では小野谷信号場から貴生川駅に向かう上り列車のみ)で行き違いを確保する扱いにすぎないことから、特に連絡の必要はなかったものである。

(2) 相当因果関係について

本件事故当日、本件五三四D列車が信楽駅を出発するに際し、信楽駅上り出発信号機22Lは赤に固定されていたのであるが、そもそも右赤固定を発生させたことと、本件衝突事故との間に相当因果関係が存しないことは、健全なる社会通念からみて当然是認し得るものである。仮に、被告JR西日本の本件方向優先てこの操作により、22Lの赤固定を招来させたとしても、原告ら主張のごとく「その結果」「被告SKRの代用閉そく違反による列車運行」や「誤出発検知装置解除の人為操作」を「誘発」させたものではない。被告SKRは、赤固定により特殊自動閉そく式という常用閉そく方式を施行できない以上は、代用閉そく方式である指導通信式を施行すべきであり、その際に閉そくを確保することは鉄道事業者として必須の義務である。かかる基本的義務を怠り、閉そくを確保しないことによって本件事故が発生したのであるから、単に代用閉そく方式を採用させる機縁となったにすぎない出発信号機の故障との間に相当因果関係を認めることはとうてい不可能である。また、被告JR西日本は、SKR線の信号システム全体の設計者ではなく、貴生川駅・小野谷信号場間に、本来設置されている方向てこと同一の機能を有する方向優先てこを設置したにすぎないのであるから、右のような行為に本件事故と相当因果関係があるとはいえない。

さらに赤固定の原因の最重要部分は、被告SKRにおける信号システムの設計及び施工に内在しており、被告JR西日本の本件方向優先てこの設置、操作と赤固定の間にも相当因果関係は存在しない。22Lの赤固定の原因は、12Rと13Rとの間の反位片鎖錠の連動、13RASRの保留鎖錠と進路鎖錠の共用、12Rの制御時機の変更によって発生し、方向優先てこ65Rの操作なしに赤固定は発生し得るものであるから、方向優先てこの反位操作と信楽駅出発信号機22赤固定との間には、相当因果関係はおろか条件関係すらないというべきである。

(3) 回避可能性について

右のように、信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因は、被告SKRの信号システムの設計及び施工に内在していたのであるが、被告SKRは、そのようなシステムの欠陥にまったく気づいていなかったのであるから、仮に本件方向優先てこの存在について被告JR西日本から連絡を受けていたとしても、22Lの赤固定に事故前に気づくことができたとはいえない。したがって、被告JR西日本には、注意義務の前提となる回避可能性がなかったというべきである。

(二) 乗務員の教育訓練に関する注意義務違反

(原告らの主張)

被告JR西日本は、世界陶芸祭のための直通乗入列車の運行に当たっては、SKR線内における列車運行について被告SKRとともに安全確保義務を負っており、現に本件直通乗入れに関する被告SKRとの協定や運輸省の通達をみても、本件直通列車の運転士らに対し、鉄道の安全を確保するための指導教育や共同訓練を行う責任を負っていたところ、被告JR西日本は、教育・訓練の実際の内容が事前に届け出られた計画と大きく異なっていたこと、したがって、届出時の教育内容として特に掲げられていた運転取扱心得(「運心」)、運転取扱い方、異常時の取扱い方(例えば小野谷信号場での行き違いの際に対向列車が来ていない場合に同信号場で停車して信楽駅に連絡する必要があるのかどうかの点や、代用閉そくの方式)について、本件直通列車の運転士らに対する指導教育が極めて不十分であったこと、特に異常時の取扱い方について指導教育・訓練を行っていなかったことを十分に認識しており、したがって、かかる教育・訓練の欠如が鉄道事故を発生させる原因となることを十分に予見し得る立場にあった。さらに、本件事故前の信号トラブル発生後は、被告JR西日本において、運転士らに対する右教育・訓練をしないまま直通乗入列車の運行を継続するならば重大な鉄道事故につながるという、より具体的な危険性を予見し得た(予見可能性)というべきであるから、被告JR西日本としては、被告SKRと協議の上、共同して異常時の運転取扱い方や代用閉そく方式の手順についての指導教育・訓練を行うことにより、事故を未然に防止すべき注意義務があったにもかかわらず(注意義務)、右注意義務に反し、被告SKRとの間で何らの協議及び運転士らに対する指導教育・訓練を行わず、漫然と直通乗入列車の運行を継続した過失がある。

(被告JR西日本の反論及び主張)

(1) 教育義務の存在について

SKR線における被告JR西日本の列車の運行は、被告SKRと被告JR西日本との「共同運行」ではない。SKR線区を運行し得る者は、当該線区につき運輸大臣から免許を与えられた被告SKRのみであり、それゆえ当該線区における異常時の対応や代用閉そくの施行の権限と責任及び従事員の教育指導の責任は、被告SKRにのみ存在するのであって、被告JR西日本が主導して異常時対応やその教育・訓練をなすべき関係にない。

異常時の取扱い方について指導教育・訓練といっても、運転士の職責は、信号の現示にしたがって列車を運転することであり、かつ、それで足りるのであるから、信号がいかなる仕組みないし装置によって制御されているかという知識までは不要であり、そのような教育指導は必要ない。小野谷信号場において対向列車が遅延して待機していない場合にも、運転士は信号現示に従って運転すれば足り、かかる場合は「異常時」に該当しないから、そのような場合について教育をする必要はないし、そもそも、「異常時」の概念は、旧国鉄、被告JR西日本及び近江鉄道出身のベテラン鉄道職員で構成されている被告SKRと被告JR西日本との間では共通の認識があり、いちいち「異常時」の意味内容について協議する必要などなかった。

平成三年四月八日及び同月一二日の信号トラブルの際には、代用閉そく方式を実施するにつき、被告SKRは、無人駅である小野谷信号場へ人を派遣して、貴生川駅との間で区間開通確認をし、かつ、双方の駅長が打合せをした上で列車の運行という措置をとっていたのであって、閉そくを確保した上での運行はなされていた。したがって、被告JR西日本貴生川駅の担当者は、右の代用閉そく方式を実施するに当たり、被告SKR側が代用閉そく方式の手順を遵守していないとの認識を抱いていない。もっとも、四月一二日、被告JR西日本の運転士が要求したにもかかわらず、被告SKR側駅長から運転通告券が発行されなかったことは事実であるが、被告JR西日本の運転士は、SKR線においては被告SKRの運行管理のもと駅長の指示に従って運転するのであり、かつ、異常時は被告SKRにおいて対応するとの教育を受けていたから、被告SKRの駅長から運転通告券の発行を受けなかったとしても、それを被告JR西日本に報告すべき職務上の義務はない。

さらに、同年五月三日の信号トラブルによる代用閉そくは、被告JR西日本が運転取扱いを受託していない信楽駅・小野谷信号場間でなされたものであるから、その違反の有無につき被告JR西日本は知り得る立場になかったし、前述のとおり、被告JR西日本の運転士は、SKR線においては被告SKRの運行管理のもと駅長の指示に従って運転するのであり、かつ、異常時は被告SKRにおいて対応するとの教育を受けていたから、被告SKRにおいて代用閉そく違反の事実があったとしても、これを被告JR西日本に報告すべき義務はない。

以上要するに、被告JR西日本は、SKR線内を運転する運転士に対して同線内のことにつき教育すべき立場にはなく、被告SKRにおいて代用閉そく方式を遵守していないという認識を持ち得なかったし、そのような報告を受けるべき立場にもなかったのであるから、被告JR西日本が被告SKRに対して代用閉そくの遵守や被告SKRの従業員に教育訓練を実施するよう申し入れるべき義務は発生する余地がない。

(2) 実際に行われた教育について

被告JR西日本の教育担当者が直通乗入れの運転士・車掌に対して現実に行った教育訓練の内容が、運輸省に対する届出の教育内容とは大きく異なっていたような事実はなく、現実の教育内容は概ね運輸省に対する届出どおりである。

なお、運心の問題については、被告JR西日本と被告SKRとの間で行われた三月二〇日の指導者養成教育の際、中村業務課長から運心等の規程の説明はなされなかったので、被告JR西日本の中尾助役が同課長に対して運心はどうなっているのか尋ねたところ、同課長は「被告SKRの運心はJRとほとんど同一である。今部数がないので後で送る。」と返答するにとどまり、当日は被告SKRと被告JR西日本の運心の相違点の説明はなされず、また中村業務課長の「被告SKRの運心はJRとほとんど同一である」との説明があったことから、被告JR西日本の各運転士に対する教育の際には、「就業規則、運心はJR方式とする」との便宜的表現を用いたにすぎない。

(3) 相当因果関係の存在について

運心は、各鉄道事業者が、「鉄道における車両、線路、その他の輸送施設の取扱いを定めることにより、運転の安全を図り、もって公共の福祉を確保することを目的」として定められた運輸省令である鉄道運転規則四条「鉄道事業者は、この省令の実施に関する細則を定めて、あらかじめ地方運輸局長に届出なければならない。」に基づいて作成・届け出られたものであって、その基本的性格は鉄道運転規則の実施の細則であるから、内容は鉄道運転規則を基本とし、鉄道各社の運心は大同小異とみられるのである。したがって、SKR線内を被告JR西日本の運心にしたがって運転したとしても、事故発生の危険が潜在することなどあり得ず、被告SKRの運心を教育指導しなかったことが本件事故発生と相当因果関係を有する注意義務違反とはいえない。

(三) 事前トラブルを通じての注意義務違反

(原告らの主張)

(1) 是正勧告等義務違反

平成三年五月三日の信号トラブルに際しては、五〇一D列車を運転していた被告JR西日本の原運転士、同五〇三D列車を運転していた甲野運転士、これに添乗していた中尾助役、車掌を含む多くの乗務員が、被告SKRの杜撰な代用閉そく違反の状況を現認していた。

すなわち、右同日、被告SKRは、本件事故当日と同様に、①小野谷信号場に運転係を派遣せず、②区間開通確認もないまま、③信楽駅上り出発信号22Lが赤固定のまま、信楽駅から上り五三四D列車を出発させるという危険極まりない列車運行を行っており、他方、右SKR五三四D列車の対向列車である五〇一D列車を運転していた原運転士は、小野谷信号場に到着した際、被告SKRが運転係の派遣すらしていない代用閉そく違反で運行していたことを現認したばかりでなく、自らも被告SKR中村業務課長の指示により、①区間開通確認がないこと、②信楽駅との閉そくの打合せがないこと、③運転通告券による指示がないことなど、代用閉そくの手順が遵守されていないことを十分に認識しながら、小野谷信号場を赤信号で出発させ、代用閉そく違反の列車運行に加担していた。さらに、五〇三D列車に乗務していた甲野運転士及び中尾助役も、①区間開通確認がまともになされていないこと、②運転通告券による指示がないことなどを認識しながら、被告SKRの代用閉そく違反の列車運行に関わっていた。

次に、四月一二日の信号トラブルに際しては、被告SKRによる代用閉そく方式の施行は、まったく基本を逸脱したものであることが極めて顕著に現れており、被告JR西日本の甲野運転士はかかる杜撰な代用閉そく方式の施行に二回(五五〇四D列車、五五〇八D列車)も遭遇している。そして、甲野運転士は、その際、杜撰な代用閉そくの施行に何らかの抗議をしたり、是正措置を取ろうとしなかったばかりでなく、むしろ積極的に被告SKRの代用閉そく違反を容認加担していたものであり、しかも、甲野運転士は、被告SKRにより繰り返しなされた杜撰な代用閉そくの施行の実態を被告JR西日本に報告すらしていない。また、貴生川駅藤岡助役も杜撰な区間開通確認の実態を知っており、さらに、西出指導員及び藤島指導助役も、この日、運転士の指導及び監督に添乗したが、かかる杜撰な被告SKRの代用閉そく方式の違反を目の当たりにしながら何らの抗議もせず、甲野運転士に対して何ら指導もせず、被告SKRに対して何ら是正措置を取ろうとしなかったばかりでなく、被告JR西日本に対する報告をした形跡もなく、むしろ積極的に被告SKRの代用閉そく違反を容認加担していたのである。加えて、被告SKRの代用閉そくの施行は、信号機の使用停止の手続をとらないまま代用閉そく方式を行っているものであり、甲野運転士、西出指導員、藤島指導助役は、被告SKRが代用閉そくと常用閉そくの区別さえ明確にしないまま列車を運行していることを熟知していた。

さらに、四月八日の事前トラブルの際には、亀山CTCセンターの奥永司令員が主導で代用閉そくを決定し、被告SKRの指揮命令系統が混乱したまま、区間開通確認はほとんどなされなかった。さらに、被告JR西日本の中原助役は、閉そく方式の変更記録簿に虚偽の記載をして報告するなど、被告SKRによってまったく杜撰な代用閉そくが行われていることを熟知していた。

以上述べたとおり、かかる度重なる事前トラブル(インシデント)が発生し、被告JR西日本の助役を含む多くの担当者がこれら被告SKRの杜撰な代用閉そくの実態を目の当たりにしているばかりでなく、自らもその一端を担っていたのであるから、自社の乗務員に運転させ、自社の列車を使用してSKR線内に直通列車を乗り入れた鉄道事業者として、乗客の絶対的な安全の確保を図るべき義務を負っていた被告JR西日本には、かかる事前トラブルについて現場から的確に報告を上げさせた上、事故に至る危険要因の抽出に努めるとともに、かかる危険要因については、可能なあらゆる手段を使って速やかにその除去を行うなどの結果回避措置をとるべき義務が存したことは明らかであり、適切な回避措置がとられてさえいれば、本件事故は極めて容易に防止することができたのである。被告JR西日本と被告SKRの本件直通乗入れに関する協定の内容からみても、例えば、被告JR西日本としては、

① 被告SKRの代用閉そく施行状況について検査を行う(車両直通運転契約書四条、七条)

② 被告SKRに対し、代用閉そく手続の確認及び遵守を求め、必要に応じて合同訓練を実施する(同契約二二条、直通乗入運転に関する協定一一条、運転作業協定書三条)

③ 被告SKRがこれらに応じない場合は、直通乗入運転を中止する(同契約書五条二項、二二条、二三条)

など、とるべき措置はいくらでもあったのである。にもかかわらず、被告JR西日本は、これらの措置を一切とらないまま漫然と本件直通乗入れを続けていたものである。

被告JR西日本がこのような措置をとっていたならば、本件事故を防ぐことができたことは明らかである。

(2) 報告義務違反

被告JR西日本乗務員らが、SKR線内を運行中に、代用閉そく方式違反行為を自ら行い、または被告SKR社員が行うのを直接認識した場合には、まず被告JR西日本という法人組織の有機的な一部を構成しているというべき現場の担当者(つまり乗務員ら)に、本件事故発生に対する予見可能性の存在を肯定することができ、かかる予見可能性を媒介として、法人組織としては、当該事実の体験や認識、さらには事故発生に対する予見可能性についての評価判断を法人組織全体として速やかに共有した上、組織全体として事故発生の防止に向けた活動を行うべき責務が発生する。そのために、被告JR西日本の乗務員には、SKR線内を運行中であっても、報告義務の趣旨及び意義に照らし、被告JR西日本における上司に対し、自己が体験したインシデントや事故などを報告する義務があるというべきである。

まず、四月八日の事前トラブルの際、被告JR西日本の中原貴生川駅助役は、被告SKRが混乱した指揮命令系統のまま代用閉そく方式を実施しようとし、区間確認の手続も極めて杜撰であったにもかかわらず、この事実を貴生川駅駅長や亀山CTCセンター指令員などに何ら報告をしていない。

次に、四月一二日の事前トラブルの際には、甲野運転士や西出指導員、藤島指導助役ら多くの被告JR西日本乗務員らが自ら代用閉そく違反を犯し、あるいは被告SKRによる違反の事実に接し、その違反の事実を知っていた。それにもかかわらず、甲野運転士は、終了点呼において、SKR線内の代用閉そく違反の事実について何一つ報告を行っていないし、その指導的立場にあるはずの西出指導員、藤島助役までも、その上司に対し、被告SKRが極めて杜撰な代用閉そくの手続を行い、また厳格な代用閉そくの手続を行う能力のないことについて、何ら報告を行っていない。また貴生川駅にあっても、藤岡助役は、SKRが杜撰な区間開通確認を行ったのを現認しながら、何らその報告を行っていない。

さらに、五月三日の事前トラブルの際には、原運転士は、被告SKRによる数々の代用閉そく方式の違反行為を現認し、かつ自らこれに関与しているのであるから、被告JR西日本社内での点呼において、「運転事故報告手続」などに基づいてその報告を行う義務が存在した。それにもかかわらず、原運転士は、被告JR西日本における点呼において、代用閉そく方式の違反行為の事実のみならず、信号トラブルがあったことや、代用閉そく方式の実施の事実ですらも、まったく何も報告していない。原運転士が、被告JR西日本における点呼において、代用閉そく方式の違反行為の事実を報告しなかったのは、自分自身が積極的に代用閉そくの違反行為を行った結果、被告JR西日本からそのことを問題にされるのを避けんがために、報告しなかったといわざるを得ず、原運転士の本件代用閉そく違反についての報告義務は、原運転士自身に「責任」のある事故として、被告JR西日本の事故報告手続第一四条の但書によっても、報告義務を除外されることはない。かかる原運転士の報告義務違反の結果、被告SKRの違法な代用閉そく方式の施行は、適切な是正の措置が取られることなく放置されてしまったのである。また、原運転士の後続列車に乗務していた甲野運転士及び当該列車に添乗していた中尾助役も、信楽駅で出発信号が出ないという信号トラブルの結果、代用閉そく方式が施行され、その施行時に違法な代用閉そく方式で運行がなされた事実を認識したのであるから、被告JR西日本における点呼において、報告手続などに従ってその報告を行う義務があった。ところが、甲野運転士及び中尾助役がその報告を怠ったため、被告SKRの違法な代用閉そく方式の施行が放置されてしまった。

以上のとおり、被告JR西日本の乗務員らには、SKR線内の代用閉そく方式の義務違反の事実を報告するべき義務があり、かかる義務を履行していたならば、被告JR西日本が組織全体として被告SKRの代用閉そく方式の義務違反の事実を認識、予見し、これを是正することによって本件事故の発生を未然に防止し得たにもかかわらず、被告JR西日本の乗務員らによる右義務違反により本件事故を惹き起こしたというべきである。

(3) 報告体制整備義務違反

また、被告JR西日本という法人、またはその代表者は、その乗務員らをしてSKR線内で発生した事故等に関する情報を迅速かつ確実に報告させるように体制を整備する義務があり、もしこれを履践していたならば、被告JR西日本として被告SKRの代用閉そく違反などの事実を明確に認識することができ、これにより、それら代用閉そくの違反行為を確実に防ぐことができたにもかかわず、これを怠ったため本件事故を惹き起こしたというべきである。

(被告JR西日本の反論及び主張)

(1) 事前トラブルの事実関係

(ア) 四月八日の信号トラブルについて

まず、中原助役は山本施設課長に区間開通確認を要請したことはなく、山本施設課長から徒歩で区間開通確認をした旨の報告を受けたことから、閉そく方式記録簿に「徒歩」と記入したものであって、虚偽の報告、記入はしていない。

次に、中村業務課長はその経験、実力からみて被告SKRにおける運転業務を統括しており、かつ運転主任等の上位職である業務課長であったから、信楽駅長と共に代用閉そくに関する決定権限を有していたところ、右同日における代用閉そく方式の施行の決定及び指導者の選定は、被告JR西日本側の中原助役と被告SKRの中村業務課長との協議により決定されたものであって、被告JR西日本側が被告SKRを無視して単独で決定したのではない。当日は、貴生川駅・小野谷信号場間の信号システムの故障により、常用閉そく方式では貴生川駅から列車を発車させることができなくなったのであるから、貴生川駅における運転取扱業務を委託されていた被告JR西日本が、列車を貴生川駅から発車させるため、代用閉そく方式の採用及び被告SKR社員の指導者への選定につき、被告SKRに先駆けてまず発案したことは当然の処置であり、これをもって指揮命令系統の混乱などということは、ことの実態のそぐわない形式論というべきである。

さらに、「区間開通確認」は鉄道運転規則や被告SKR運心にはない用語であり、その確認方法は当該区間に列車ないし車両が存在しないことを適宜の方法で確認すればよいのであって(線路上の障害物の有無までの確認は不要であろう。)徒歩で線路上を歩き通すことは要求されていない。

(イ) 四月一二日の信号トラブルについて

原告らの右同日における代用閉そく方式違反の主張に対する反論は(ア)の四月八日に関する反論を援用する。

なお、運転通告券の交付は、当該指令のあったことを文書により明確にするなどの趣旨であるから、それが欠如していても交付する側(駅長等)と受け取る側(運転士等)とが代用閉そくにより当該区間を運転することを明確に意識している以上は、列車の運行の安全は確保されているのであって、その不交付は単なる手続違反にとどまる。次に、代用閉そく方式履行中の信号停止については、仮にその違反があったとしても、列車運転士や運転にかかわる現業機関の助役等は、信号関係の専門家ではなく、信号の技術的知識を持合わせていないから、仮に信号機の現示が赤と青の間で変化したとしても、その理由は判るはずもない。さらに、代用手信号ないし出発合図の不実施の点については、甲野運転士が五五〇八D列車を運転して小野谷信号場から貴生川駅に向けて発車する際、代用手信号及び出発合図がなくとも、指導者(渕本運転士)を同乗させた上で、同人を介する駅長(当時小野谷信号場で当務駅長の任務を遂行していた中村業務課長)の指示により発車したものであり、進路の安全は確保されていたのである。

したがって、以上の代用閉そく違反があったとしても、基本的に当日の列車の運転の際に「閉そく」は確保されており(その意味で「被告SKRによる代用閉そく方式の施行はまったく基本を逸脱したもの」との原告らの主張は誤りである。)、被告SKRにおいて代用閉そくを施行するにつき、その能力が欠如していたということはできず、これら事象を現認したとしても、およそ被告JR西日本の関係者に本件赤信号冒進という被告SKRの行動の予見可能性を認める事情たり得ない。ましてや、被告JR西日本の運転士らが被告SKRの違反行為を容認し、これに加担したといわれる筋合いはない。

(ウ) 五月三日の信号トラブルについて

原運転士は、下り五〇一D列車を運転して小野谷信号場に到着した際、SKR上り五三四D列車が、信楽駅を区間開通確認のない代用閉そく違反で赤信号のまま発車してきたことなどまったく知らなかった。また下り五〇一D列車に被告SKRの岡村運転士は指導者として同乗していなかったから、原運転士は信楽駅上り出発信号22Lが赤固定したことなど知らず、小野谷信号場下り出発信号13Rの信号故障と理解していた。同運転士は下り五〇一D列車を指導者の同乗なしに運転したが、これは実質的に被告SKRの運行を管理していた中村業務課長の指示に従ったものであり、そのような運転をしても対向列車は存在しなかった(被告SKR保有車両である四両全部が五三四D列車として小野谷信号場に来ていることから、信楽駅及び信楽・小野谷信号場間に列車が存在しないことは明らかであった。)から、安全は確保されていたことも認識していた。

なお、同日代用閉そく方式による運転を体験した甲野運転士及び同列車に添乗していた中尾助役は、被告SKR側の代用閉そく方式違反については、運転通告券不交付以外に認識していない。また、信号や指令の指示に従って運転すべき職責を有する列車の運転士は、これに専念しているのであって、当該代用閉そく方式の開始にあたり区間開通確認がなされたか否かなどを詮索する意識など持たないし、持たないことに何ら非難可能性はない。

(2) 是正勧告等義務違反について

(ア) 是正勧告義務の不存在

本件事故は、被告SKRの従業員が閉そくを確保しないで列車を出発させたことが原因であり、そもそも本件事故について、被告JR西日本関係者に加害行為と目される積極的行為は存在しない。

このような形態の事故について、第三者たるJR西日本が法的責任を負うには、乗客との関係において、被告JR西日本の従業員が被告SKRに対して法理上是認し得るに足る作為義務(結果回避義務)を負っていること、この作為義務を懈怠したことにより、被告SKRにおいて前記閉そくを確保しない列車運行をしたことが主張・立証される必要がある。

そこで、被告JR西日本と被告SKRの両鉄道会社の関係を考察すると、従前から被告JR西日本と被告SKRは、貴生川駅を接続駅として「連絡運輸」を実施していた。被告JR西日本が連絡運輸を実施している相手先の鉄道事業者は多数存在し、仮にこれらの鉄道事業者が自己の線区内で、本件のごとく閉そくを確保しないで事故を発生させたとしても、被告JR西日本が、その鉄道事業者に対して是正勧告義務を有するとして、事故につき責任を負うことなどあり得ないことである。

次に、被告JR西日本は、被告SKRの要請により、平成三年三月一七日に「車両直通運転契約書」、「直通乗入運転に関する協定書」、「運転作業協定書」等の契約書を作成して、被告JR西日本所属列車を被告SKR線区に直通乗入運転をすることとなり(ただし、注意すべきは、被告JR西日本からSKR線への直通乗入列車は、平日で一編成、休日で二編成にすぎず、これら乗入列車は午前中にSKR線に乗り入れた後、同線内で貴生川駅・信楽駅間の往復運転した後夕刻にJR西日本線に帰っていくというものであった。)、前記各契約書中には被告JR西日本と被告SKRとの間の連絡・協議条項が存在するが、右各条項は、被告JR西日本所属列車をJR線区からSKR線区に直通運転により乗入れること、及び当該車両と乗務員を被告SKRに提供することに伴い、その直通列車の運行を円滑に行うことを目的とする条項と解され、連絡・協議義務が存在するとしても、その義務は、右の範囲内で被告両社が相手方に負う契約上の義務にとどまり、それを超えて乗客との関係で新たな義務を発生させるものでない。したがって、右契約上の義務は、SKR線内における被告SKRの行為が原因となった事故につき、乗客との関係で被告JR西日本の義務を発生させる根拠とはならない。なぜなら、乗客との間で安全に運送する義務を負うのは、被告JR西日本については鉄道事業免許を有する貴生川駅までであり、被告SKRについてはSKR線区内であって、被告両社は相互に他の線区について鉄道運送業務を行うことを禁じられており、かつ、運行管理権を有していないという基本的な法律関係が存在するのであって、かかる基本的法律関係は、被告JR西日本がSKR線に直通乗入運転をすることに伴って各種協定が締結されたとしても、何ら変容が加えられる性格のものではなく、かつ、現実に右協定の法律解釈に際しても右基本的性格の変更はこれを認めることはできないからである。

したがって、直通乗入運転をした被告JR西日本には、前記連絡・協議条項を根拠として、被告SKRの代用閉そく方式の手続きの不履行(例えば、運転通告券の交付、指導者の同乗等)に対する是正勧告義務は発生しない。

そして、例えば運転通告券を発行すること、代用手信号を現示すること、指導者を同乗させること等につき、仮に被告JR西日本から被告SKRに対して是正勧告がなされたとしても、果たして被告SKRにおいてこれを遵守したかは疑問である。同じ鉄道事業者として、指揮監督関係ではなく対等の関係にある被告JR西日本と被告SKRの間で、一方が他方に対して是正権限を有することはあり得ないからである(このことは、被告SKRと被告JR西日本との間で、企業規模に格差があっても同様である。鉄道事業者に不都合な事態がある場合に是正権限を行使し得る者は、運輸大臣である。例えば鉄道事業法二三条所定の運輸大臣の事業改善命令や同法五六条の運輸大臣の立入検査権等)。これを不法行為法の観点からみれば、原告らのいう「是正勧告」行為なるものは、権限に裏打ちされたものではないから、本件事故の発生という結果の回避可能性を基本的に保障し得ず、したがって、JR西日本の結果回避義務として定立し得ないのである。

(イ) 回避可能性について

本件事故は単なる代用閉そく方式の手続き違反が原因ではなく、常用閉そく方式ないし代用閉そく方式を問わず、鉄道事業者に要求される閉そくの遵守を怠ったものであるから、代用閉そく方式の手続き違反(運転通告券の不発行等)につき是正勧告がなされたとしても、それによって本件事故を回避できたと推定することは不可能である。

(ウ) 予見可能性について

そもそも鉄道輸送の安全は、一定の区間を設定してその区間を一列車の運転に占用させるという「閉そく」によって確保されているから、「閉そく」は鉄道輸送の安全の根幹であり、絶対的要請である。「閉そく」が確保されている限り、追突や正面衝突など列車同士の事故は絶対に発生しない。この「閉そく」は運輸省令である鉄道運転規則に規定されており、鉄道事業者はこれを厳守することが要求されている。したがって、鉄道事業に従事する者が「閉そく」をあえて遵守しないで列車を運転することなど、他の鉄道事業者の従事員が予測することは不可能である。代用閉そく方式として定められた手順等の一部を履行しないことがあっても、「閉そく」が確保されている限り事故は絶対に発生しないのである。

すなわち、四月一二日、五月三日のトラブルの際には被告JR西日本所属運転士に対して運転通告券が交付されず(もっとも小野谷信号場ではなく、信楽駅で交付されたことが一回あった。)、四月一二日には甲野運転士運転列車に対して代用手信号が出されず、五月三日には原運転士運転列車に指導者の同乗がなかったものの、まず、四月一二日には、代用閉そく方式は前記の運転通告券の交付及び甲野運転士に対する代用手信号を除けば、ほぼ手続的には完全に履行されていたし(区間開通確認、指導者の同乗等)、何よりも閉そくを確保した上での運行がなされていたのである。したがって、これを経験した被告JR西日本の貴生川駅関係者や運転士等は、被告SKRが閉そくを確保して代用閉そく方式を施行する体制も能力も有することを認識したのであって、逆に、被告SKRが閉そくを確保しないで列車を運行することに対する予見可能性を認めることは、一見して不可能である。

次に、五月三日の件については、同日代用閉そく方式が施行されたのは信楽駅・小野谷信号場間であるから、被告JR西日本の駅関係者はまったく関与していないが、このとき列車を運転していた原運転士については、運転通告券と指導者の同乗がなく、甲野運転士については運転通告券の交付がなかったものの、両運転士が運転する際、小野谷信号場・信楽駅間の閉そくは厳として確保されていたのである(なお、原運転士が運転する五〇一D列車には被告SKRの岡村運転士は同乗しておらず、同運転士から信楽駅出発信号機22Lの故障の事実を聞いていないことは前述したとおりである。)。

原運転士が経験した指導者の同乗のない五月三日の運転状況から、事故当日の閉そくを確保しなかった被告SKRの運転の予見可能性を認めることは不可能である。

そして、そもそも過失責任を問うには、具体的な結果につきその結果発生の予見可能性の存否を吟味すべきであって、鉄道運転規則や運心で定められた形式的な手続き違反すなわち安全の欠如すなわち事故発生の予見可能性の存在などという図式は成り立ち得ず、予見可能性の存否を論議する際の予見の対象はあくまで事故発生という結果であり、これを若干緩和するとしてもせいぜいその結果に至る重要な因果の鎖と解すべきである。単線区間の正面衝突事故の発生という本件に即していえば、予見すべき対象は、右の列車の正面衝突又はその原因となった被告SKRにおける閉そくを確保しない運転であり、これにつき予見可能性を検討すべきなのであって、そうだとすれば、せいぜい運転通告券の不発行、代用手信号の欠如、指導者の同乗がないことを経験したにすぎない被告JR西日本関係者に、事故当日被告SKRにおいて閉そくを確保しないで運転がなされることの予見可能性を認めることができないのは当然である。

(エ) 以上のとおり、事故発生以前の被告SKRの代用閉そく方式の手続きの不履行を見聞したことに基づく被告JR西日本の過失責任は、事故発生の予見可能性、結果回避義務、結果回避可能性のいずれの観点からするも、これを首肯することはできない。

(3) 報告義務、報告体制確立義務について

(ア) 報告義務、報告体制確立義務の存在について

被告JR西日本では、鉄道事故又は運転阻害事故が発生した場合の報告方について、鉄道事故等報告規則(昭和六二年運輸省令第八号)に基づき、「運転事故報告手続」を定めており、さらにSKR線乗入れに当たっても、被告SKRと被告JR西日本との間で締結された「車両直通運転契約書」の第九条において、SKR線内で発生した直通列車の鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告方について、被告JR西日本の定める「運転事故報告手続」に準じて、速やかに被告SKRが被告JR西日本に報告する取り決めをしていた。

すなわち、同手続九条には、「その発見者等は事故の発生地の線区の運行を管理する輸送指令員にその旨を報告しなければならない。」と定められ、乗務員については、同条第三項に「乗務員が連絡を行う時は、次に停止する停車場の駅長等、他の者にこれを依頼することができる。」と定められており、また、運転阻害事故等の速報として、乗務員の場合は、同手続一〇条で「停車場外において発生した事故であって乗務員が対処したもの」を、発生地を所管する支社長(他の会社が行っている個所にあっては、当該指令員を含む)にその状況を報告しなければならないとされている。一方、被告SKRが定めた「運転事故・運転阻害報告規定」の八条によっても、事故が発生した場合は、発見者は直接または駅長を介して業務課長に報告しなければならないとされている。

このように、SKR線に直通乗入れした被告JR西日本の運転士が遭遇した運転阻害事故等の報告方については、すべて信楽駅長にすることになっていたものであり、このことは、平成三年三月二〇日に信楽駅において被告JR西日本と被告SKRの間で乗り入れの打合せ会及び指導者養成教育が行われた際にも、両者において確認され、それを裏付けるものが、被告SKRの中村業務課長の説明を受けた被告JR西日本の指導員が作成した「臨時列車(世界陶芸祭)運転について」と題する資料で、同資料には明確に「異常時の対応は全て信楽駅(高原鉄道)とする」と記載されているのである。以上のように、被告JR西日本としては、直通乗入列車の運転士に対して異常時の対処方を明確に教育し、また同運転士は、「異常時の対応はSKR」という事前教育のとおり、異常時の報告については被告SKRにするものと理解していたものである。

しかしながら、運転士が報告するのは「運転事故報告手続」九条三項に基づき信楽駅長になるが、これも本来であれば同手続一〇条一項二号に定められているように、停車場外で発生した事故に限られているのである。つまり、四月一二日、五月三日信号トラブルにおいて、代用閉そく方式手続きの不備はすべて小野谷信号場で発生しており、中村業務課長が同信号場の駅長の立場で手続的に不備な指示を出していたことから、右指示は同人が当然知っているものであり、被告JR西日本の運転士は報告する必要はなかったことになる。

以上に述べたとおり、前記信号トラブルは被告JR西日本と被告SKRとの間で締結された「車両直通運転契約書」九条に基づく被告JR西日本が定めた「運転事故報告手続」によっても、被告SKRが定めた「運転事故・運転阻害報告規程」によっても、結果として被告SKRに周知されていることになり、したがって、原告らが主張するように被告JR西日本の乗務員の報告義務違反はなかったし、ましてや被告JR西日本に報告手続に伴う義務違反など発生する余地はなく、かかる意味において、被告JR西日本が組織内の制度を整備する義務を怠っていた事実もまったくない。

(イ) 事前トラブルの不報告について

SKR線内の報告手続については運行権及び運行管理権のある被告SKRが対処することであり、被告JR西日本には何らそのような義務はない。ましてや被告JR西日本乗務員らは、前述のとおり、異常時の対応は信楽駅(被告SKR)という教育を受けていたのであるから、小野谷信号場の駅長の立場であった中村業務課長の指示に従えば、それぞれの職責がまっとうされていたと判断するのは当然のことであり、四月一二日や五月三日に、被告JR西日本の乗務員らにおいて、被告SKRが施行した代用閉そく方式について被告JR西日本に報告する必要はなかった。

(ウ) 運転事故報告手続及び動力車乗務員作業標準による報告手続

まず、被告JR西日本が定める「運転事故報告手続」一四条但書でいう「自社の車両に関係するもの」とは、社員自身の取扱いにより発生した事故や、整備不良などの被告JR西日本の車両に起因して発生した事故を合わせていうものであって、単に代用閉そく方式の取扱いにJR車両が関係(使用)していたことなどは対象とはならない。あくまで、被告JR西日本車両の故障等車両自体の損傷が伴わなければ、被告JR西日本に対して報告する必要はない。

また、被告JR西日本の乗務員らが自らも代用閉そく方式違反行為に加担していたという事実はないから、被告JR西日本の乗務員は、代用閉そく手続が不十分であることを知っていたが、前途の区間の安全が確保されていたことから、やむを得ず被告SKRの指示に従ったにすぎない。よって、被告JR西日本の乗務員らの責任は認められず、「その責任でないことが明らかである場合」に該当し、被告JR西日本に報告する必要はなかったものである。

次に、同報告手続九条一項によれば、「その発見者等」が報告しなければならないところ、四月一二日、五月三日のトラブルの場合、本件被告JR西日本の乗務員は、すべて被告SKRによる代用閉そく方式を施行する段階において連絡を受けた側であり、そのことがらを発見して輸送指令(信楽駅)に連絡する立場にはなかったのであるから、発見者とはなり得ない。

なお、「動力車乗務員作業標準」はあくまで目安であって、他に特約があれば特約が優先されるところ、SKR線乗入れに当たっては、被告SKRと被告JR西日本との間で異常時は被告SKRが対応するという特約がなされ、かつ、乗務員も右乗入れに当たっての事前教育により、異常時は被告SKRに連絡(報告)すればよいとの認識であったから、終了点呼における報告義務も生じる余地がない。

(エ) 以上のように、JR西日本には原告が主張するような、運転士に対する安全教育の不徹底及び報告制度の未整備という事実はまったく存在しない。それゆえ、この意味でもJR西日本の本件事故における無過失は明らかなのである。

(四) 事故当日の甲野運転士の注意義務違反

(原告らの主張)

(1) 鉄道運転士の予見可能性一般

鉄道事業者は高度の注意義務を負い、いやしくも列車の安全運行を阻害する要因を認識した場合には、規則や慣行に従うだけでなく、事故防止のため可能な限り一切の措置をとり、多数の乗客の安全を確保すべき義務を負う。すなわち、生命、身体への危険を本来的に有する業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるところである。そして、そこでいう「最善の注意義務」は、組織としての鉄道事業者に課されるのみならず、直接乗客の安全を預かる運転士についても要求されることはいうまでもない。また、鉄道従事員は自らの権限の範囲や鉄道運転規則や運心等の運転取扱いに関する規定上課された注意にとどまらず、当該場面において、可能な限りの一切の注意義務を尽くさなければならないところであり、鉄道の運行においては運行指令者と運転士との相互の連絡が安全上不可欠であること及び従来の鉄道事故の多くが相互の連絡不十分に起因していることからすれば、運転士についても通常と異なる事態に遭遇した場合の危険発生を防止する可能な限りの措置を取る義務が認められる。

さらに、本件について過失を構成する予見可能性を考える場合、被告JR西日本が主張するような本件事故の経過を具体的に予見し得ていたのでなければならないとする主張は誤りであり、他人の生命、安全に危険を及ぼすおそれが本来的にある業務に従事するものについては、生命、身体の安全を阻害する要因を認識したときにはその解明のために調査を尽くさねばならず(予見義務)、その調査を尽くせば具体的な危険の予見が可能な場合については、その調査を怠った結果生じた生命、身体の侵害の結果について責任を負うべきであり、刑事責任の分野においても具体的な予見可能性のみを問題とする議論はもはや時代遅れの議論である。さらに、その予見可能性の判断にあたっては、事故の直近の過失行為の予見可能性のみを考えるのでは不十分であって、その直近過失を誘発した要因及び事故の予兆であるインシデントについての認識をふまえて予見可能性を考えなければならないことは既に指摘したところであるが、これもやはり多数の乗客の安全を直接守るべき立場にある鉄道運転士について当然要求される内容である。

すなわち、鉄道の運行は、自動車などの通常の交通機関と異なり、鉄道施設全体の状態を把握し、運行計画の策定や変更を行う運行指令者(運転整理担当者)と運転士をはじめとして直接に運行に携わる鉄道従事者が分離しているために、相互の認識が異なる場面が起こり得るのであって、現実の運行の判断をすべて鉄道運転士の認識に従った判断に任せたり、あるいは運行指令者に委ねることになれば、通常と異なる事態が惹起したときに安全確保のための最善の措置をとることはできないから、鉄道運転士等及び運行指令者のいずれについても、相互の連絡の励行が要求され、鉄道運転士等と運行指令員が相互に連絡をとるべきかどうかの判断に当たっては、それぞれの具体的な認識や認識可能性を前提として、その判断がなされなければならないのである。

したがって、列車の運行をあずかる運転士としては、列車の安全運行を阻害する要因を認識した場合には、その解明のための調査を行う義務が生じ、その調査を行えば具体的な危険を認識し得た場合には、事故についての予見可能性が認められるのである。

(2) 事故当日の甲野運転士の注意義務違反

甲野運転士は、本件事故を起こした一方の列車である被告JR西日本五〇一列車の運転士であったが、ダイヤ上では、小野谷信号場待避線で待避しているはずの対向する被告SKR五三四列車が未だ同待避線上に在線していなかったのであるから、同信号場の出発信号機が青現示であったとしても、そのまま進行すれば運転整理としての行違い変更に該当するため、鉄道運転規則及び被告SKRの運転取扱心得に基づき、被告SKR信楽駅の当務駅長への連絡をとり、駅長の指示を仰ぐ義務が存在した。さらに、同運転士は①本来のダイヤ上は行違いをするはずの対向列車が待避線上に在線していないことを認識し、②SKR線の常用閉そく方式が特殊自動閉そく方式であり、自動進路制御装置(ARC)の作用で、列車が進行することによって自動的に前方の信号機を青現示に変えてゆくシステムとなっている一方、同人の列車には無線機が搭載されておらず、同人が沿線電話を使用する以外には信楽駅から同列車に対し連絡を取る方法がないと認識していた上、③同運転士自身、平成三年四月一二日及び五月三日の二日にわたり、SKR線の信号トラブルに遭遇し、とりわけ四月一二日のトラブルの際には、信号システム上青現示をするはずもなく、代用閉そく方式施行に当たっては使用停止の措置がとられているため、青現示をしないはずの小野谷信号場の下り出発信号機12Lが、同運転士が運転にかかる列車の小野谷信号場での待機時及び二度の代用閉そく方式による出発時と都合三度にわたり青現示するという、錯誤信号現示のおそれのある事態を現に目撃し、④前記二度の信号トラブルの際に被告SKRが代用閉そく方式の際に求められる手順、すなわち厳密な区間開通確認や両駅間の閉そくの承認、出発信号機の使用停止措置、運転通告券の交付、代用手信号による出発等を遵守しない事態を経験し、これにより、被告SKRの安全意識が著しく欠如していることを認識するとともに、同運転士や同運転士と同乗していた被告JR西日本の指導助役がその手続違反を容認することによって、被告SKRにおいて代用閉そく方式違反の常態化を招いていたことを認識、⑤本件事故時、小野谷信号場の待避線上に本来待機すべきSKR五三四列車が到着していないということから、信楽駅において何らかの異常事態が発生して同列車が定刻には出発できず、SKR線内で本来のダイヤが乱れているということを認識していた上、同運転士自身「おかしい」という認識を抱いたのであるから、少なくとも小野谷信号場を進行する前に一旦停止をし、沿線電話を用いて信楽駅長に連絡をとり、その指示を仰ぐ義務があったところ、かかる義務を怠り、漫然と小野谷信号場で同列車を進行させ、本件事故を惹き起こした。

(被告JR西日本の反論及び主張)

(1) 甲野運転士の予見可能性について

(ア) 「鉄道運転士の予見可能性一般」について

まず、刑事・民事法上の「過失」ないし「注意義務違反」の根幹的部分は、鉄道輸送の安全確保の原則及び手段等を定める鉄道運転規則及び運心等の規定に大きく依拠しているというべきであり、鉄道輸送の安全確保の基本的手段である「閉そく」は、鉄道従事員にとって厳守すべき義務であり、その違反が過失の内容となる注意義務違反となるのはもとより当然である。

そして、鉄道事業は多数の関係従業員が、それぞれの分野で(運転取扱い及び旅客・貨物に関係する駅関係、列車の運転に関係する指令、乗務員関係、保線等の施設関係、信号・電力等の電気関係等)、定められた職務内容に従って業務を遂行することにより、初めて高速度交通機関としての使命を果たし得るのであるから、従業員各人は他の従業員がそれぞれの分野ないし持ち場において、各人の固有の責務を忠実に履行するものと信じて、自己の持ち場における責務を遂行すれば注意義務を尽くしたものということができるのである。

しかして、列車の運転操縦をもっぱらその職業内容とする列車運転士に要求される注意義務の水準は、大学において長期の専門教育を受け、国家試験合格により医師免許を付与され、一定の訓練期間を経て高度の専門的知識経験を獲得してきた医師が、医療という人の生命・健康に直接関する業務に従事するについて要求される注意義務の水準と同列に論じ得ないことは多言を要しない。けだし、列車については衝突事故等の発生等の異常時においては乗客の生命等に危険が発生するとはいえ、列車の運転業務は、前方を注視し、信号の現示と時刻表に従って、主にノッチやブレーキハンドルの操作により電車や機関車の発進、速度調節、停止等の操縦を行うものであって、それ自体人の生命・身体に関する業務とはいえない一方、医療は常に人の身体・精神を対象とし、医師の経験と専門知識を用いて生命及び健康に直接係わる種々の診断・治療行為を主に行うものであるから、業務の本質において医療と列車操縦とは大きな相違が存し、かつ、医師法・医療法等によりその地位・資格が国家により与えられ、医療の独占が保障されているプロフェッションたる医師と、鉄道事業者の指揮命令のもと、鉄道輸送業務のうち列車操縦業務に従事している列車運転士とは、自ずから要求される注意義務の程度に差異が存するというべきである。

したがって、列車運転士に対して刑事・民事責任を追及するについて、医師に要求される「危険防止のために必要とされる最善の注意義務」まで要求され得ないことは自明のことである。

そうとすれば、原告らが主張する「他人の生命、安全に危険を及ぼすおそれが本来的にある業務に従事するものについては、生命、身体の安全を阻害する要因を認識したときにはその解明のために調査を尽くさねばならず(予見義務)、その調査を尽くせば具体的に危険の予見が可能な場合については、その調査を怠った結果生じた生命、身体の侵害の結果について責任を負うべきである。」という立論は、原告ら独自の特異なものというほかなく、一般的に民事不法行為法の分野で通用する論理構成とはいい難い。過失責任論において「予見義務」は原告らのいう意味で使用されておらず、予見義務は結果発生について予見可能性が認められる場合に行為者に課せられる義務であって、原告らのいう「要因」ないしインシデントについての調査義務をいうものではない。

(イ) 甲野運転士の鉄道運転規則及び被告SKR運心に基づく調査・予見義務について

ⅰ 被告SKRの運心上の義務違反について

被告SKRの運心において「行き違い変更」は、運転整理の条項に列挙されていない。このことは、小野谷信号場新設に伴い、小野谷での行き違いが新たに発生することになったにもかかわらず、これに対応する被告SKR運心の改正がなされなかったことを推定させる。それはさておき、もし「行き違い変更」が被告SKRのいう「運転整理」に該当するというのであれば、同条一一号の「その他列車運転に支障をおよぼすと認められる事項」とみるほかない。しかしながら、そもそも運転整理とは鉄道運転規則六二条二項により「列車の運行が乱れたときは、列車の性質等を考慮して運転整理を行い、所定の運行に復するように努めなければならない。」と定められているように、列車の運行が乱れたときに所定の運行に復するために採られる措置を意味するから、それとは逆に、運転整理をもって「列車運転に支障をおよぼすと認められる事項」という被告SKRの運心は鉄道運転規則とは異なる独自の「運転整理」概念を立てているというほかない。このことは、「不定期列車の運転」をも「運転整理」としていることからも明らかである。もともと運心は鉄道運転規則四条にもとづき、省令たる鉄道運転規則の実施に関する細則であるから、鉄道運転規則に違反する被告SKR運心の定めは、その範囲で無効であり、拘束力を有しないというべきである。

仮に、被告SKRの運心上「行き違い変更」が四一条の運転整理に該当するとしても、これを運転士に伝達する方法が口頭によるとの規定は存しない。口頭によるとの解釈は四二条を根拠とするものであるが、同条には「指令伝達簿」に駅長の指令を記入すべきことを定めているところ、「指令伝達簿」等はその名称からしても一定の場所に保管されるべき簿冊を意味し、運転士が携行する性質のものではない。そもそも被告SKR所属運転士がこの「指令伝達簿」を携行して運転しているかは大いに疑問であり、駅長から運転士等の乗務員に対する通告は、四四条に基づき運転通告券により行われると解される。

原告らの主張を前提とすれば、駅長が運転整理の一つである「運転時刻の変更」をする際は、駅長と運転士が双方ともその要旨を「指令伝達簿」に記入した上、運転士が運転時刻の変更につき復唱し、さらに、駅長は運転士に対し運転通告券を使用して通告するという、二重の無駄な伝達作業が必要となるはずであるが、かかる解釈が誤っていることは明らかである。

したがって、いずれにせよ、被告SKRの運心上は、駅長が行き違い変更を運転士に通告する際は、必ず口頭でなさなければならない、という規定は存在せず、林運転士の行為が被告SKR運心に違反したということはできない。

ⅱ 鉄道運転規則違反について

① 運転士は列車ダイヤを携行せず、また携行している時刻表には、行き違い箇所の指示が記載されていないから、運転士にとって行き違い変更がなされたか否かは本来判断できないことがらである。要するに「変更」というからには、変更前の原則的措置が存在するはずであるが、運転士はその原則的措置を認識していない。

もし運転士に行き違い変更がなされたか否かを判断させなければならないのであれば、運転士に対しあらかじめ行き違い箇所を周知徹底しておかなければならない。被告JR西日本においてはその措置をとっていないから、本件で被告JR西日本の運転士に原告ら主張の義務を課すのであれば、被告SKRにおいて被告JR西日本の運転士に対し行き違い箇所を明示する措置が必要であったが、それはなされていないのである。したがって、原告らの主張は、甲野運転士に対し義務違反を問う前提が欠如しているというべきである。

行き違い箇所の指示がなされていない場合の運転士の認識は、せいぜい普段は行き違う箇所に列車がいないということ程度であるが、運転士はその理由について詮索などせず、信号現示にしたがって列車を運転すればよい。対向列車がいなかった理由としては、例えば運行指令者が運転整理としての行き違い変更という措置をとった場合、ARCによって自動的に行き違い箇所が変更された場合、対向列車が運休した場合などが考えられのであるが、運転士はその理由を探索する必要はないのである。

② 本件において、甲野運転士は、小野谷信号場下り出発信号の進行現示に従って列車を運転した。ところで、同信号機は原告らが自認するとおり、ARCの作用により自動的・機械的に進行信号を現示したものであり、本来列車の遅延に対する回復的措置である運転整理はなされていなかった。要するに本件ではARCの作用により「行き違い箇所の変更」がなされたのであり、運行指令者の意識的・作為的なダイヤ回復措置である「運転整理」としての「行き違い変更」はなされていない。したがって、運転整理としての「行き違い変更」がなされたことを前提とし、甲野運転士は指令を受けずに独自に運転整理をなしたとの主張は、その前提を欠くものとして失当である。

③ 仮にSKR線区において、運行指令者である信楽駅長が行き違い変更を運転士に指令する場合は、小野谷信号場の信号現示によって行えばよく、これが最も迅速かつ的確である。すなわち、信楽駅から発車させるべき上り列車が、故障等により出発時刻が遅延し、ダイヤ上小野谷信号場で行き違うことになっていた下り列車を先に信楽駅に到着させるには、単に信楽駅の出発てこを上り方向に倒さないでおけばよく、これにより、小野谷信号場の下り出発信号機はARCの作用によって進行を現示する。下り列車の運転士はその現示にしたがえば、行き違い変更がされることになる。逆に下り列車が遅延し、ダイヤ上は小野谷信号場での行き違いが予定されていないけれども、信楽駅から上り列車を発車させて同信号場で行き違いをさせる方がダイヤ回復のためによい方策と判断された場合は、下り列車が12RDAにさしかかる前に、小野谷・信楽間の運転方向を上りに設定して上り列車を発車させればばよい。これにより、下り列車は上り列車が小野谷信号場待避線に進入するまで、同信号場下り出発信号機の手前で待つことになる。

このように、せっかく資金を投入して小野谷信号場を新設し、同所にARCを備えたのであるから、行き違い変更の指示は、信楽駅の制御盤の操作により、小野谷信号場の信号の現示によって行えばより迅速、的確、簡明である。信号の現示とは無関係に青信号の場合もその手前で停車して、信楽駅長との間で無線で交信して口頭による指示を仰がなければならないというのは、余りにも実態から遊離した空論である。

④ また、もし信楽駅長において、ARCの作用により小野谷信号場で下り出発信号機に進行現示がとられるのが不適当と判断すれば、下り列車が12RDAを踏む前に信楽・小野谷間の運転方向を上りに設定すればよい(貴生川・小野谷信号場間で同様の作用をするのが、原告らが問題とする方向優先てこである。)。これにより、同信号場下り出発信号機には停止の現示がなされ、同信号場で行き違うことが可能となる。そうではなく、下り列車をそのまま進行させて信楽駅に到着させることが得策と判断すれば、そのままARCの作用に委ねればよい。運転士から連絡させる必要はまったくないのである。

ⅲ 「運転整理」について

原告らは、「運転整理」とは「不定期列車の運転や特発等を含め、通常のダイヤ以外の措置をして列車運転に支障を及ぼす事項すべてを包括するもの」であるという解釈のもとに主張をしているが、「運転整理」とは、列車の運行が乱れたときに、所定の運行に復するための措置のことをいうのであって、原告らの解釈は誤りである。

(ウ) 甲野運転士の具体的な経験に基づく予見可能性について

ⅰ 甲野運転士は事前の教育でSKR線のダイヤ上必ず小野谷信号場ですれ違うとの教育を受けていないので、そのような認識を有していない。

ⅱ 四月一二日の代用閉そく施行中に、小野谷信号場上り出発信号機が青を現示したことに対し、甲野運転士らが現象の異常さに気づかなかったとか、信号システム上起こり得ない現象であることが分かっていたということはないし、少なくとも分かるべきであったということもできない。右青現示は被告SKRの従業員が信号システムを修理点検している際に点灯したものと想像されるが、運転士はそれをもって「異常」であるとは認識しないし、そう認識しないことに責められる点はない。なお、四月一二日の小野谷信号場上り出発信号の進行現示は、何ら異常、危険なものではなかった。すなわち進行すべきでない事態にもかかわらず、進行が現示されたのではない。甲野運転士は何ら支障なく小野谷信号場から貴生川駅に向けて列車を運転し、無事同駅に到着している。したがって、右進行現示は信号システム上の重大な欠陥を示すものではない。

ⅲ 五月一四日の事故当日、甲野運転士が信楽駅において本来出発すべきSKR五三四D列車が発車できない異常事態となっていることや、信号システム上のフェイルセイフが崩れ、何らかの原因によって本来は赤を現示しなければならない小野谷信号場下り出発信号機が青現示をしている可能性について認識が可能であったということはできず、そのような事態ないし可能性について同運転士が認識することが不可能であることは明白である。

被告SKR運心四四条が一定の場合に運転通告券による通告義務を課しているのは、駅長に対してであって、運転士にとってその交付を受けることが、「出発の条件」とはされていないし、そもそも運転通告券は駅長等の指示を文書で明確化するものであって、運転通告券の発行が必要な運転取扱いは、被告SKRの運心上も閉そくの変更の場合に限定されておらず、運転時刻変更や列車の種別、行き先変更等の場合も存するのであるから、運転通告券の発行と閉そくの確保とは次元が異なる問題である。

また、甲野運転士が、四月一二日、五月三日に代用閉そく方式が不十分にしかされていないことを認識することは不可能であったというべきである。

ⅳ 五月一四日甲野運転士が小野谷信号場を通過するについて、上り列車が待避線にいないことを現認したが、これを見て甲野運転士は何らかの理由で上り列車が信楽駅にいると考えただけであり、異常事態が発生しているとか、本来のダイヤが乱れているなどということなど考えていない。また「おかしいと思った」こともない。

(2) 甲野運転士の義務

鉄道信号における進行現示は、交通信号とは異なり、その内方に進路が開通しており、かつその信号が保障する閉そく区間に列車が存在しないことを示しているのであって、交通信号のようにその交差点を進んでよいという程度にとどまるものではない。また、鉄道運転規則及び被告JR西日本ないし被告SKRの運心によれば、運転士は、①出発時刻が到来していない場合、②旅客又は貨物の乗降ないし積卸が未了の場合、③運転士の視認し得る範囲内の線路に支障がある場合には列車を出発させてはならないが、右三条件が整い、かつ信号が進行現示のときは、列車を進行させるべき職務上の義務を負うのである。甲野運転士が事故当日小野谷信号場の下り出発信号機の青現示を確認して同信号場を通過した措置は、右義務を履行したものであって、不当であるどころか、右義務に忠実な措置であった。

運転士はもともと信号とダイヤに従いながら、線路等の支障の有無に注意して前方を注視して列車を操縦すべきであり、かつそれで足りる。対向列車の動静や列車の運転順序等に関心を抱くことは、かえって前記操縦上の注意がおろそかになるおそれが存する。鉄道輸送業務は、多数の列車の運転につきこれを統括して信号又は駅長等を介して運転士に指示を発する列車指令と、右指示にしたがって列車の操縦に専念する列車の運転士との分業によって成立するのであり、信号の指示に反してまで進路の安全を確認すべき義務を運転士に負わせることは、運転士に対し過大の義務を負担させ、かえって安全確保を阻害するというべきである。

なお、ダイヤ上は当該駅が行き違う駅であるにもかかわらず、対向列車が存在しないことから、行き違いをしないことは、「異常時」に該当しない。もともと、運転士は、特定の駅での行き違いをあらかじめ指示されていないし、過去に運転した行路では、ある駅で行き違いをしたとしても、当日は臨時的に対向列車のダイヤが変更されているかもしれないし、あるいは当該列車の運転が取り消されているかもしれず、さらには、本件の如く対向列車が遅れているかもしれないのであるが、運転士は対向列車の不在はそのどれが原因かを詮索する必要はなく、信号とダイヤによって列車を運転しさえすればよいのである。したがって、そもそも甲野運転士は小野谷信号場で停止して運転指令に進行すべきかどうかを問い合わせるべき立場になかったというべきである。

3  被告JR西日本の法人過失責任

(原告らの主張)

(一) 法人としての不法行為責任

(1) 被告JR西日本の責任を明らかにするにあたり、問題となるのが、本件事故における過失責任を、被用者個人の過失責任とその使用者である法人の使用者責任に限定するべきか、あるいは被告JR西日本という法人ないし組織体自身に直接不法行為責任を認めるべきかという点である。以下に検討するように、民法七〇九条の解釈論上、同条により法人ないし企業自体を直接不法行為の主体として捉えるのが相当であり、さらに産業活動が高度化し、企業等の法人組織が巨大化し、外部の第三者が各種の被害を受ける場合が多く見られるに従い、企業それ自体に不法行為責任を認めることは、社会的確信から法的確信にまで至りつつあるということからしても、被告JR西日本は民法七〇九条により直接不法行為責任を負うべきなのである。

(2) 企業の不法行為責任を否定する立場の不当性

企業の不法行為責任を否定する立場は、以下に述べるとおり、結果的には極めて不当な結論をもたらすものである。

(ア) 民法七一五条・四四条の適用の困難性及び不当性

ⅰ 民法七一五条における立証の困難

民法七一五条によった場合、原告(企業から損害を受けた者)は企業内の具体的な被用者の具体的な不法行為を主張、立証せねばならないが、それは一般的には極めて困難な作業なのである。

というのは、現代企業の組織及び活動の特色は、その人的組織や職務分担、権限が極めて複雑で活動に際しての意思決定も多数の人間の共同によって行われるという点にある。特に大規模な企業においては、人的組織は複雑なだけでなく、各組織が有機的に相互関連しており、具体的な加害行為に至る意思決定が企業内でどのように構成されてきたかを把握することは非常に困難なことである。さらに、相当期間に亘る継続的な加害行為に関しては、その間に代表者その他の役員も従業員もしばしば交替しており、どの時期に誰にどのような過失があったのかを把握するのは極めて困難である。

したがって、企業の加害行為の責任追及にあたって、民法七〇九条の不法行為責任の成立を否定し、民法七一五条による構成しか認めない立場は、右のような困難を原告(企業から損害を受けた者)に強いるものであり、現代における企業責任の追及の途を事実上封じることになるとの誹りを免れない。

ⅱ 被用者の個人責任との関係

さらに民法七一五条によった場合に、仮に企業(法人)の責任が認められたとしても、それは極めて不合理な結果をもたらすのである。

つまり民法七一五条の構造は、まず企業(法人)の被用者の不法行為責任が存在し、それを前提として企業(法人)の責任に至るものであり、第一次的には当該被用者が発生した損害の全責任を負うことは否定しようがないのである。

しかし、特定の被用者が私利を図るために権限を濫用して加害行為を行ったような場合とは異なり、企業の本来の活動において企業外部の第三者に損害を与えたような場合(例えば薬害・公害や本件のような鉄道事故もまたそれに該当する)には、一方で損害の範囲が広範で損害額も巨額になるのに対し、他方で極めて多くの機関や従業員が関与するため特定の被用者の行為はそのごくわずかを占めるだけにすぎないのである。その中で特定の被用者がその全損害について責任を負うという法的判断は、多くの場合極めて不合理であることは明白である。

ⅲ 民法四四条の問題点

そして以上の問題は民法四四条を適用した場合もまったく同様である。

企業外部の第三者にとっては、企業の代表取締役の権限や具体的な意思決定は知りようがない。にもかかわらず代表取締役の故意・過失について主張・立証の責任を負うというのはやはり不合理である。仮に被用者の作為・不作為から代表取締役の故意・過失を推定するとしても、被用者の作為・不作為を特定するのはやはり容易ではないし、実務的には単に理論構成の好み(民法七〇九条の構成を選ぶか、民法四四条の構成を選ぶか)という問題にすぎないという批判が妥当する。

さらに民法四四条によって企業の責任を問題にした場合、民法七一五条の被用者の責任と同様に、代表取締役自身が当該損害に対しまず全面的責任を負い、場合によっては企業から、さらには近時よく利用される株主代表訴訟によって、求償の危険にさらされねばならないという結果の不合理性が生じるのである。企業が利潤追及を目的とする、その本来的な活動において第三者に対して与えた損害の追及においては、企業の資産に対し直截に責任追及の途を認めるべきであり、代表取締役の責任を媒介させるのはいかにも不合理である。

(イ) 過失概念の主観性と法人の不法行為責任

企業などの法人に直接に民法七〇九条の不法行為責任を認めることに対する最も一般的な反対論の根拠は、故意・過失は自然人の精神的状態を示す概念であり、法人には意思がないというものである。

しかし、過去数十年の判例や学説の流れを大局的に考察すれば、過失概念は、個人の心理状態を問題にする立場から、次第に客観的に作為・不作為の義務違反を捉える方向に変わってきているということができ、過失の把握が客観的になればなるほど企業などの法人について過失の認定が容易になるのである。

したがって企業などの法人に他人の生命・財産の保護との関連で義務違反を考えるのは決して不可能でもなく、むしろ現実の社会的存在としての企業等を見れば、素直な理解というべきであって、過失の概念が心理的なものであることを根拠に民法七〇九条の不法行為責任を否定するのは何ら理由にはならない。

(ウ) いわゆる中間責任における解釈との矛盾

法人に不法行為責任の成立を否定する立場は、いわゆる中間責任における免責事由としての「注意」の解釈において、大きな困難に直面するのである。

例えば、使用者たる法人が被用者の選任及び監督について「相当の注意をなしたるとき」は使用者たる法人はその責任を免れるのであるが、この「相当な注意」は本来は心理的状態を意味する概念であるはずであるところ、法人に不法行為責任を否定する立場においても、「相当の注意」については法人自身において判断するというのは論理的に一貫しないことになる。

他にも民法七一七条一項の「必要なる注意」、自賠法三条の「注意を怠らなかったこと」、製造物責任法四条の「認識することができなかったこと」「過失がないこと」などの条項においても同様の問題が発生するのである。

これらの矛盾を解決するのは、法人に不法行為責任を否定する立場からは不可能なのであり、過失概念を客観的に捉え、法人自身の不法行為責任を肯定することによって、はじめて、以上のいわゆる中間責任における免責事由の諸条項において一貫した解釈を打ち立てることができるのである。

(エ) 民法四四条や七一五条との役割分担

法人に民法七〇九条の直接適用を認めた場合でも、民法四四条や七一五条の法律構成は二者択一、三者択一の関係にあるわけではなく、これらが重複して適用される場合もあり得る。ただしそれぞれに最も適合した社会的類型を考えることができる。

民法七〇九条を直接に適用する構成は、比較的大規模で複雑な組織を持つ法人に、また内容的には偶発的というよりは恒常的・継続的または日常的・定型的行動から被害が生まれたような不法行為、その団体の人的・物的組織の多くが関与しているような加害行為に適合する。

他方で民法七一五条は、一時的使用関係にまま見られるような、事業活動についての組織としての統制が主観的にも客観的にも緩やかな使用関係の場合とか、被用者がその権限を濫用して私利を図ったという場合や、被用者がその職務を遂行するに際して、対外的にも明らかに過失といえるほどのものがあった場合とかに主として適用をみることになる。

(二) 本件での被告JR西日本の法人としての不法行為責任

(1) 被告JR西日本の企業としての巨大性

被告JR西日本は、本件事故当時、資本金一〇〇〇億円、従業員数は約四万八〇〇〇人、輸送人員は年間一六億人余りというわが国全体で見ても有数の巨大企業である。本件ではこのような大企業が、直通乗入列車の運行計画の協議から始まって、多くの部署の多くの担当者が本件直通列車の運行に関与しているのであり、その詳細は一介の乗客にすぎない原告らには本来であれば知りようがないのである。ただ本件では、大津地方裁判所が刑事記録の送付嘱託に応じたため証拠が一定程度開示されているにすぎないのであり、それでも被告JR西日本の関与の全容が明らかになっているとはとうていいえないのである。

(2) システムとしての鉄道及びそこに内在する危険性

鉄道は、ひとつの複雑なシステムとして運営されている。そのシステムが設計どおりに働かない場合、情報が適切に共有されない場合には、高速大量の運輸を目的とする鉄道は一瞬にして大災害に直結するのである。

鉄道は安全であるという観念は国民一般のものであるが、これは当然にもたらされたものではない。明治以来本件事故に至るまで鉄道の歴史は事故の歴史であるといっても過言ではなく、現在の安全な鉄道というイメージは、関係者の、事故や危険性との必死のたたかいの末にようやく、かろうじて保たれているものなのである。そしてこのことは、一度安全のためのシステムが機能しなくなった場合や関係者の緊張感が途切れた場合には、大惨事の発生を招き得ることを意味している。敗戦直後の混乱期や高度成長が始まった一九六〇年初頭(大量の輸送が始まったが従来のシステムの容量ではそれに対応しきれなかった時期と評価される)に大事故が続発していることは、そのことを悲惨な犠牲をもって示すものである。

そして右の鉄道の安全は、複雑な鉄道のシステム、すなわちその組織と業務によって、きわどいバランスの上で保たれているのである。鉄道会社の業務は非常に複雑なものであり、線路の上を列車が運行することひとつをとっても、その運行のためには、細分化された多数かつ複雑な分業行為が必要であり、しかもそこにおいて関与する極めて多数の人間において情報の共有を始め、確実な意思疎通が実現されていなければならない。安全な運行を確保するためには、その関与する多数の者が、一致協力し、有機的かつ組織的に行動することが要請されているのである。

したがって、本件のような鉄道の事故に関する責任の有無について判断を行う場合には、その事故が鉄道という複雑なシステムにおいて発生したことを捉え、複雑な業務組織における全体として注意義務違反、つまり一連の経過を一つの企業全体の活動であると捉え、その企業の注意義務違反の有無という観点から評価を行わねばならないのである。

(3) 法人組織としての被告JR西日本の本件直通運行への関与

特に被告JR西日本は、本件の直通乗入列車の運行にあたって、直通列車の運転及び車掌業務、貴生川駅の信号保安設備の設置、小野谷信号場の上り出発信号を抑止する方向優先てこの設置・操作、貴生川駅における駅扱い、代用閉そく施行時の貴生川駅駅長役の分担、直通列車乗務員の選定・教育訓練、乗務員に対する点呼、直通列車車両の保守点検、協定・契約の条項における検査権・協議連絡などの各局面でそれぞれ関与している。

右の各関与の事実を総体としてみるならば、被告JR西日本の関与はまさに法人としての被告JR西日本という組織が全体として、直通乗入列車の運行というひとつのシステムに深く関与したというべきなのであり、本件事故の責任を問う場合にも、法人組織において、いかなる注意義務違反があったのかを正面から問う以外にはあり得ない。

(4) 継続的・定型的企業活動における安全管理上の落ち度の重畳・競合

本件の事故は、一人の被用者の唯一決定的な過失によって突発的に発生したのではなく、被告JR西日本と被告SKRの両社が直通乗入列車を共同で運行するにあたって、両社のさまざまな役員、被用者らが、安全を確保するために必要な措置を幾重にも怠った結果として発生したものである。

特に、被告JR西日本においては、システム的に欠陥を有する方向優先てこを被告SKRに無断で設置・操作し、自社の運転士に対する教育・訓練も十分に行わず、事前の信号トラブルや被告SKRの代用閉そく違反の事実を認識しながらこれを適切に報告しなかった上に、何らの対策も取らずに放置し、甲野運転士が小野谷信号場の待避線に被告SKR五三四D列車が未だ在線していなかったにもかかわらず漫然と列車を進行させたりするなど、安全管理上の重要な落ち度がいくつも積み重なり、競合しているのである。しかもそれら一連の安全管理上の落ち度は、いずれも被告JR西日本という企業の継続的・定型的企業活動の一環として行われているのである。

したがって、本件において問われなければならないのは、被告JR西日本が日常的・定型的企業活動の一環として行った一連の安全管理上の落ち度において、被告JR西日本という法人全体としていかなる責任を負うべきであるのか、ということである。これを個々の役員や被用者の行為に分解してその是非を問うことは決して適切ではない。そしてそこでは、被告JR西日本に対し民法七〇九条の不法行為責任が認められるか否かが直截に問われる以外にないのである。

(三) 民法四四条による責任―法人の責任についての予備的主張

百歩譲って、仮に法人には民法七〇九条の不法行為責任が認めることができないとしても、本件においては、被告JR西日本には、民法四四条に基づく不法行為責任が認められねばならない。すなわち被告JR西日本の代表者は、本件直通乗入れにおいて、SKR線内で重大な列車運転事故が発生することを予見することができ、また実際に予見していたのに、これについての調査・情報収集を怠ったものである。そして、方向優先てこの設置に関する経緯、被告JR西日本と被告SKRとの協議などの状況、各事前トラブルの内容、被告SKRの事前トラブルへの対処の実情等を総合すると、被告JR西日本が、本件事故の発生する前に、当時における最大限可能な経験と知見によって、SKR線における本件直通乗入列車の安全確保の方策を取っていたならば、原告らの家族を事故によって死亡せしめることを避け得たものと認められる。そうすると、被告JR西日本の代表者の職務を行うについての過失によって原告らの家族が事故に遭遇したものと認められるから、被告JR西日本は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項の規定に基づき、損害賠償責任を負うべきである。

(被告JR西日本の主張)

(一) はじめに

本件において、原告らは被告JR西日本の法人過失なるものを、縷々主張するものの、結局はJR西日本の被用者の過失について主張しているにすぎない。被用者の故意・過失による損害については、民法第七一五条が適用されるべきであって、同法第七〇九条適用の余地はない。

仮に法人ないし組織体自体の不法行為責任が認められる場合があるとしても(法人実在説の立場からはその余地がある)、それは法人の代表者又は理事の故意・過失が認められる場合に限られるのである。

ところで、鉄道事故は、企業活動に伴って発生したものであるが、その事故は企業活動そのものではないから、少なくとも鉄道事故においては、企業自体について直接民法七〇九条の適用を認めるべき余地はまったくなく、同法四四条ないしは同法七一五条によるべきであり、したがって、法人の機関または被用者の故意・過失を具体的に明らかにすべきである。しかしながら、本件においてこの点についての主張立証はない。

(二) 「企業の不法行為責任を否定する立場の不当性」について

(1) 「民法七一五条・四四条の適用の困難性及び不当性」について

原告らの法的主張はすべて争う。

薬害や公害事件はともかくとして、少なくとも、偶発的な交通事故や列車事故については、被用者に過失があれば、その主張、立証は困難なことではないし、どの時期に誰にどのような過失があったのかを把握することが困難であるということもない。要するに、原告らの立論は、「企業の加害行為」が存在し、かつ原告が「企業から損害を受けた者」であることを絶対の前提として、企業の責任追求や原告の救済の便宜を議論するものにすぎず、その解釈の根拠、基準は極めて曖昧であり、恣意的である。なお、法人に民法七一五条の責任が認められた場合、法人が当該被用者に求償するか否かは別問題であると同時に、実際においても、法的にも求償できるか否か、又、どの程度求償できるか否かも別問題である。つまり被用者の企業に対する責任は、別問題である。原告らは被用者個人の負担を軽減することを目的として法人過失の主張をするものと思われるが、企業を動かしているのは、あくまで個々の人間である。不法行為法は単に損害のてん補にとどまらず、損害の抑止をもその目的とするものであり、被用者個人の責任を追求し得る余地が必要である。いずれにせよ、原告らの右主張は、企業(法人)に民法七〇九条を適用する根拠とはならない。

また、代表取締役の故意、過失についても、被用者の場合と同様であり、原告らの主張は理由がない。

(2) 「過失概念の主観性と法人の不法行為責任」について

原告らが指摘する公害事件や薬害事件において、過失概念を個人の心理状態を問題とする立場から、客観的に作為・不作為の義務違反を捉えているものがあることは認めるが、かかる考え方が一般的であるとはいえない。特に、交通事故や列車事故に関しては、原告らの主張は根拠がない。

(3) 「いわゆる中間責任における解釈との矛盾」について

使用者責任における免責事由たる「注意」は、民法四四条の法人の不法行為責任において定義される「理事又はその代理人」、つまり法人の機関についていうものであり、そのことは何ら原告らの主張を裏付けるものではない。

(4) 「民法四四条や七一五条との役割分担」について

仮に、原告らがいう「過失概念を客観化する」見解に基づいて法人への民法七〇九条の直接適用を認めるとした場合でも、「内容的には偶発的というよりは恒常的・継続的または日常的・定型的行動から被害が生まれたような不法行為」に限定すべきである。「比較的大規模で複雑な組織」なる定義が曖昧である上に、そもそも立法措置に基づかず、法人の種類によって法条の適用の有無を決めるべきではなく(主体における差別は法の下の平等に反する)、事件の内容によって決めるべきであるからである。また、原告らの主張の根拠は立証の困難性であろうと思われるが、その点については、たとえ大規模で複雑な組織を持つ法人であっても、前記のとおり偶発的事件については立証が容易であるはずである。

(三) 「本件での被告JR西日本の民法七〇九条の不法行為責任」について

(1) 「被告JR西日本の企業としての巨大性」についての原告らの主張は争う。証拠についていえば、原告らは刑事事件の被告や被告SKR(被告JR西日本に対して原告らと共闘関係にある)を通じて、あるいはJRの労働組合を通じて、被告JR西日本以上に証拠や資料を持っている。

(2) 「システムとしての鉄道及びそこに内在する危険性」についての原告らの主張は争う。鉄道の安全性確保のためにこそ信号保安設備があり、かつその遵守こそが安全性確保のための至上命令とされるのである。そして、本件の場合、被告JR西日本についていえば、林運転士が運転する車両が信号の青現示に従って進行したことが過失であるか否かであって、「複雑な業務組織やその分掌、意思決定の複雑な経過に分け入って検討を行わなければならない」ことはまったくないのである。

(3) 「継続的・定型的企業活動における安全管理上の落ち度の重畳・競合」についての原告らの主張は争う。本件事故は信号無視、代用閉そく方式違反という唯一ないし唯二の決定的な過失によって突発的に発生したものである。また、被告JR西日本は被告SKRと共同で直通乗入列車を運行したものではないし、原告ら主張にかかる「安全を確保するために必要な措置」なるものは、被告JR西日本の役員及び被用者において懈怠があったか否かは別論として(現実には既に主張したとおりかかる懈怠はなかった)、本件事故とは直接の因果関係がない。

本件方向優先てこはシステム的に欠陥を有しないし、被告JR西日本が被告SKRに無断で本件方向優先てこを設置・操作した事実もない。被告JR西日本が自社の運転士に対する教育・訓練も十分に行わなかった事実もない。

被告JR西日本が事前の信号トラブルや被告SKRの代用閉そく違反の事実を認識していた事実はない。被告JR西日本の賃貸車両を運転していた運転士がSKR線内において被告SKRの信号トラブル及び不完全な代用閉そくを目撃した事実はあるが、逆に信号トラブルの早期回復や代用閉そく遵守の事実も目撃しており、かつ他社線内のことであるため、被告JR西日本へ帰った際、上司に報告していない(法的に報告義務がない)から、被告JR西日本は右事実を知らない。仮に、被告JR西日本がこのような事実を知ったとしても、法的に何の方策をも取りようがなく、せいぜい、事実上被告SKRへ善処方を申し入れる程度のことである。したがって、仮に被告JR西日本が認識していたとしても、何らの方策を取らなかったことに法的な作為義務違反がない。なお、仮に被告JR西日本が事実上被告SKRへ善処方を申し入れたとして、本件事故後の調査(被告SKR自身の主張も含む)で判った被告SKRの体制・体質からみるなら、果たして直ちに改善が行われたか否か、極めて疑問である。この点、結果発生避止との因果関係も存しない。

甲野運転士は小野谷信号場において、下り出発信号機の青現示に従って列車を進行させたものであり、何の落ち度も過失もない。同信号場の待避線に上り列車が在線していなかったとしても、甲野運転士は出発せずに停車している義務はなかった。「同信号場の待避線に上り列車が在線していない時、出発してはならない。」との規則も指示もなかった。甲野運転士は漫然と列車を出発させたのではなく、青信号を確認の上、適法に列車を出発させたものである。

原告らの主張する安全管理上の落ち度なるものは、要するに、①世界陶芸祭開催に伴う車両及び乗務員賃貸に際しての乗務員の教育が不十分であったこと、②賃貸乗務員がSKR線内で見た被告SKRの信号トラブルや代用閉そく違反行為につき被告JR西日本へ帰った後上司に報告しなかったこと、③優先てこの無断設置・操作であるが、①についてはその主張において「不十分」の具体的内容及び事故との因果関係が明らかではないし、②については、運転士に報告義務はなく、かつなぜそれが被告JR西日本の安全管理義務違反になるのか具体的主張はなく、又、結果発生避止との因果関係もなく、③については被告JR西日本による優先てこの無断設置・操作の事実はない上に、仮にそのようなことがあったとしても、本件事故との因果関係はない。したがって、被告JR西日本には安全管理上の落ち度はなく、本件事故は被告SKRの信号無視、代用閉そく違反によって発生したものである。百歩譲って、仮に被告JR西日本に何らかの安全管理の落ち度があったとしても、それがいくつも積み重なり、競合していたことが直接の原因ではなく、結果との間の因果関係はない。

4  被告JR西日本の使用者責任

(原告らの主張)

甲野運転士、原運転士、西出指導員、藤島助役、中尾助役及び中原助役らの報告義務違反行為並びに甲野運転士の事故当日の過失行為はそれぞれ本件事故を惹き起こした過失行為であり、不法行為を構成するものであるところ、右過失行為は業務の執行につきなされたものであるから、右運転士等の使用者である被告JR西日本は、右各不法行為につき使用者責任を負うべきである。

(被告JR西日本の主張)

(一) 甲野運転士、原運転士、西出指導員、藤島助役、中尾助役及び中原助役らに報告義務違反はないし甲野運転士の事故当日の行為は、過失とみるべきものではなく、そもそも原告らが主張する不法行為自体成り立ち得ない。

(二) 被告SKRの路線内においては、甲野運転士に対する民法七一五条の使用者は被告JR西日本ではなく、被告SKRである。

(1) SKR線は被告SKRが運輸省から第一種鉄道事業免許を受けて、独占的に運営する路線であり、右路線においては、被告JR西日本が被告SKRに賃貸した車両は被告SKR所属の列車とみなされるし、この車両や乗務員についても被告SKRの定める諸規則が適用される。右賃貸車両の乗務員は身分上は被告JR西日本に所属する従業員ではあるが、被告SKR所属線内においては被告SKRの運転業務を担当し、被告SKRの指揮・命令に服する。被告JR西日本は被告SKRの依頼に基づき被告SKRの運転業務に対し車両と乗務員を賃貸したものであるが、SKR線内においては、被告JR西日本の指揮・命令はこの車両及び運転士には及ばない。

(2) そうだとすれば、民法七一五条にいう「或事業」とは被告SKRの事業であり、「他人を使用する者」は被告SKRである。

5  被告SKRの不法行為責任

(原告らの主張①)

被告SKRは、本件事故当日、代用閉そく方式の手続きをほとんど遵守せず、小野谷信号場に要員派遣を指示しただけで、閉そく区間の開通確認がないまま列車を進行させたことにより、本件正面衝突事故を惹き起こした。また、被告SKRは、そもそも特殊自動閉そく装置という信号保安システムで列車を運行するのは初めての経験であり、そのシステム導入に際しては、新たに十分な習熟期間を設けて教育を行うほか、信号保安システムの保守・管理体制や不測の事態を想定した訓練など十分な安全体制の確立が必要であった。しかし、被告SKRはもともと人的にも物的にも運行管理体制が脆弱な第三セクターの鉄道会社であり、教育訓練も極めて不十分であった上、信号保安システムの保守・管理能力もないまま、平成三年三月中旬に信号保安システムの工事完成後、わずか一か月後に世界陶芸祭の大量輸送に突入したものであって、その安全対策は極めておろそかなものであった。

被告SKRは、右の代用閉そく方式手続き違反及び安全体制の欠如によって本件事故を惹起した過失責任について、民法七〇九条の不法行為責任に基づき、各原告について生じた損害を賠償する責任を負う。

(原告らの主張②)

被告SKRの社員である中村業務課長は、平成三年五月一四日午前一〇時二五分ころ、信楽駅の出発信号機が赤信号のままで固定されるという異常事態に遭遇したが、その際代用閉そく方式指導通信式に定められたとおり、小野谷信号場に駅長役を派遣した上、小野谷信号場までの閉そく区間の間に車両が存在しないことの確認手続を行い、運転士に対して運転通告券を発行する等の代用閉そく方式の諸手続を行った上で出発指示を行わなければならない注意義務があるところ、その義務を怠り、右諸手続を実施しないまま、本件五三四D列車を運転する渕本運転士に対し、出発するように指示をした。

また、渕本運転士は、常用閉そく方式を変更し、代用閉そく方式指導通信式によって列車を運行する場合、信楽駅長からの運転通告券の発行など代用閉そく方式指導通信式の手順が実施された上で列車を出発させる注意義務があるにもかかわらず、それを怠り、代用閉そく方式指導通信式の手順が実施されていないことを認識しながら、本件五三四D列車を出発させ、その結果、対向の本件五〇一D列車と正面衝突事故を惹き起こした。

右の中村業務課長及び渕本運転士の措置は、それぞれ犠牲者に対する関係で、民法七〇九条の不法行為を構成するものであり、同人らの各措置は被告SKRの事業の執行につきなされたものであるから、被告SKRは同法七一五条の不法行為責任に基づき、各原告について生じた各損害を賠償する責任を負うものである。

(被告SKRの答弁)

原告らの主張①のうち、被告SKRが不十分な安全体制であったとする点については、基本的にこれを認めるとしても、同被告としても安全体制確立に向けた何らの措置もとっていなかったわけではなく、運心の改正、小野谷信号場の制御盤の取扱いの指導、小野谷信号場完成に伴う列車試運転、駅無線取扱いについての指導、運転士や車掌に対する机上教育等、同被告なりの安全体制確立に向けた努力は行っていた。その余の原告らの主張①にかかる事実は認める。原告らの主張②にかかる事実はすべて認める。

6  共同不法行為

(原告らの主張)

(一) はじめに

本件事故は、被告両社による本件直通乗入列車のSKR線内直通乗入れにおける双方の過失が競合して発生したものであるから、被告両社にはそれぞれ民法七〇九条ないしは七一五条の不法行為が成立するのと同時に民法七一九条一項前段の共同不法行為(以下、「狭義の共同不法行為」という)が成立し、この場合には、被告JR西日本は被告SKRの過失を盾に取って自らの責任を否定することはできないものである。

(二) 関連共同性について

(1) 狭義の共同不法行為が成立するためには各行為者の間に関連共同性が認められることが必要であるとするのが通説である。そして、この「関連共同性」の有無については、共同不法行為が成立する場合の効果が各行為者に不真正連帯責任を負わせることにあることから遡って、主観的関連と客観的関連を相関関係的に衡量し、不真正連帯責任を負わせるに値する社会的一体性があるか否かの観点から判断されるべきであるとされている。

(2) しかるところ、本件においては、

① 被告JR西日本と被告SKRは、世界陶芸祭号のSKR線内直通乗入れに関し、計画段階から共同して準備を進めていたこと、

② 実際の直通乗入れは、被告SKRと被告JR西日本両社の協定のもとに、被告SKRが軌道設備を、被告JR西日本が車両と乗務員をそれぞれ提供し合って列車を運行させていたこと、

③ 直通乗入れにともなう信号保安設備の新設に関しては、被告JR西日本も貴生川駅構内の設備の新設を分担し、完成後の当該設備の操作も被告JR西日本の亀山CTCセンターにおいて行っていたこと、

④ 直通乗入れに当たって被告両社が締結した「車両直通運転契約書」や「直通乗入運転に関する協定書」には、直通乗入運転に関して相互に協議あるいは連絡し合う旨の規定が随所に設けられていたこと、

⑤ 直通乗入れにより、被告SKRは同社線内の運賃収入を得る一方、被告JR西日本も被告SKRから支払いを受ける直通運転料金の他に本企画による乗客の増加により自社線内の運賃収入が増加し、被告両社ともにその利益にあずかること、

これらの事情に鑑みれば、被告両社は主観的にも客観的にも密接に共同して直通乗入列車を運行していたものであり、被告両社間には本件直通乗入れにより発生した事故について不真正連帯責任を負わせるに値する社会的一体性が認められることは明らかである。

したがって、本件においては、狭義の共同不法行為における「関連共同性」が認められる。

(三) 故意過失について

(1) 狭義の共同不法行為においても、各人の行為について故意過失のあることは必要とされている。したがって、本件においても、被告JR西日本、被告SKRそれぞれに本件事故の発生について予見可能性があったことが必要となる。

しかしながら、共同不法行為における関連共同性は過失判断にも補完的に影響し、容易に予見不可能と解されるべきではない。

(2) 本件において、被告JR西日本にも本件事故の予見可能性があったことは明らかであるが、本件事故は、例えばお互いに無関係の自動車同士の出会い頭の衝突事故のようなものではなく、前述のように、被告両社の事前協議にもとづき、かつ被告両社の密接な役割分担のもとに行われていた世界陶芸祭号の信楽線への直通乗入れの過程で発生したものなのであるから、被告両社は互いに他社の行為に注意し、かつ予測すべきであり、また、それができる状況にあったということができ、この点を考慮すれば、被告両社は双方の過失が競合して本件事故が発生したことについて予見可能であったことは一層明らかである。

(四) 因果関係について

(1) 狭義の共同不法行為の成立要件としては、各行為者の行為と結果との間に因果関係があることまでは必要でなく、個々の行為が共同行為を構成し、共同行為と結果との間に因果関係が存在すれば足りると一般に解されている。すなわち、「他人の違法行為を援用して免責を図ることは許されない」のである。

したがって、本件においては、被告JR西日本と被告SKRそれぞれの過失と本件事故との間の因果関係の有無を吟味するまでもなく、少なくとも両社の過失が競合して本件事故が発生したことさえ認められれば被告両社は責任を負わなければならない。

(2) しかるところ、本件においては、被告JR西日本側の方向優先てこをめぐる過失、甲野運転士の過失、直通乗入列車運転士に対する教育・訓練に関する過失、事前トラブルに関する過失等が、被告SKR側の「制御タイミングの変更」工事の無断施行の過失、代用閉そく違反の過失、信楽駅リレー室での人為操作の過失等と競合して本件事故が発生したことは明らかであるから、狭義の不法行為における因果関係の存在が認められるものである。

(3) そして、本件においては、被告JR西日本と被告SKRの間には、強い関連共同性があったのであり、このような場合には仮に各行為者が自己の行為と結果との間の因果関係の不存在を立証しても減免責は許されない。

したがって、被告JR西日本は、自社の過失が被告SKR側の過失と競合して本件事故を発生させた以上、被告SKR側の代用閉そく違反や信楽駅リレー室での人為操作等の過失が本件事故発生の相対的に大きな原因であったとして自らの免責を主張することは許されないものである。

(被告JR西日本の主張)

(一) はじめに

本件は民法第七一九条一項前段の要件(①関連共同性②過失③因果関係等)をいずれも欠き、当該責任の発生しない場合であるから、当然ながら被告JR西日本は同条によっても責任を負うものではない。

(二) 関連共同性について

本件において「被告JR西日本は被告SKRに直通乗入列車と乗務員を賃貸し、被告SKRによる運行に協力した」もので「共同運行」と評される前提事実を欠くものである。ところで、原告らの主張するところの「関連共同性」は結局、不真正連帯責任を負わせるに値するかどうかの価値規範として捉えられており、極めて同語反覆的な表現に帰着しているが、仮に同理論を前提としても加害行為としての一体性が必要であるはずだが、本件では右一体性は存在しないものである。いずれにせよ、本件事故についての(わざわざ言及すべきではないが、ここでも原告らの主張は公害・製造物責任等の企業責任と混同させ、本件事故自体の特性を故意に忘却させているからである。)「関連共同性」の要件は充足しないことのみからしても原告らの主張は失当である。

(三) 故意・過失について

通説・実務は七一九条一項前段の要件として、共同して不法行為を行った各人の行為が①それぞれ独立に不法行為の要件(故意過失・責任能力・因果関係等)を具備していること、②各人の行為の関連共同性を要求している。しかし、近時それでは民法七〇九条以外に同条が設けられている意味がないとして同条独自の存在理由を与える解釈をすべきことから、右②が要求されるかわりに基本的不法行為におけると同様の意味での各人の行為と損害との間における事実的因果関係は要求されないとする説が有力でもある。ただし、さらにすすんで、原告ら主張の如き予見可能性にまで影響を与えようとする見解は皆無に等しい。日本不法行為法研究会のリステイトメント条文七一九条の一ないし六でも同様である。原告らの主張は理論上の分析・根拠をまったく欠くもので、主張自体失当である。なお、付言するに被告JR西日本に自社の過失などない。

(四) 因果関係について

まず因果関係を論ずる前提となる被告JR西日本の過失行為のそれぞれが存在しない。加えて、被告SKRの過失が本件では絶対的原因であり、原告ら自身も被告JR西日本側の行為が事故と因果関係のないことを認めざるを得ないことから原告らのような無理な主張となっていることを指摘する。

7  被告JR西日本の契約責任

(原告らの主張)

(一) 旅客運送契約の成立

本訴請求にかかる犠牲者らのうち、訴外亡中島未晴を除くその余の犠牲者らは、いずれも被告JR西日本の直通列車に乗車していた乗客であり、それぞれ被告JR西日本との間で各乗車駅から信楽駅までの旅客運送契約を締結していたものである。もしくは、訴外亡中島未晴を除くその余の犠牲者らは、それぞれ各乗車駅から貴生川駅までの間は被告JR西日本との間で、貴生川駅から信楽駅までの間は被告JR西日本及び被告SKR両社との間で旅客運送契約を締結していたものである。

(二) 被告JR西日本との間の旅客運送契約

(1) 鉄道旅客運送契約の性質

鉄道旅客運送契約は、運送人が鉄道によって旅客を運送することを引き受け、旅客がこれに報酬(運送賃)を支払うことによって成立する契約であり、請負契約の一種である。右契約によれば、鉄道事業者は、目的地まで旅客を安全に運送するという結果債務を負うことになる。また、鉄道旅客運送契約は、諾成・不要式の契約であり、当事者の意思表示のみによって成立するが、通常、乗車券が発行され、乗車券は運送債権を表章する有価証券であると解されている(通説)。

ところで、旅客運送契約一般について、商法上三か条の規定(同法第五九〇条ないし五九二条)しかなく、右規定はいずれも責任にかかるものであり、いかなる運送契約が成立したのかは、一般的な契約の解釈の問題に帰着する。このような解釈の基準となるのは、当事者の社会的、経済的目的、慣習、任意法規、信義誠実の原則、意思表示のなされた当該事情などである。

一方、鉄道事業について定める鉄道事業法は(国鉄が分割・民営化されることに伴い、従来の日本国有鉄道法及び民鉄にかかる地方鉄道法を一元化したものであり、鉄道の利用者の利益の保護を図るとともに、鉄道事業の健全な発達を図ることを目的とした行政法規である。同法は、鉄道事業者を対象としたものであり、同法の規定中にも、鉄道事業者と旅客との間の旅客運送契約に関する条文は一条もなく、同法からも旅客運送契約の解釈を導き出すことはできない。したがって、いかなる鉄道旅客運送契約が成立しているのかは当該契約の解釈に帰着するのである。

(2) 法律行為の解釈

本件では、乗客が被告JR西日本直通列車に乗車した際にどのような内容の運送契約が成立したのかが争点であり、法律行為の解釈の問題ということになるところ、学説上、法律行為の解釈の任務とは、表示行為の有する意味を明らかにすること、すなわち、第一に、普通人のする表示行為を組成する言語・挙動などの曖昧・不完全なのを明瞭・完全にし、第二に、非法律的なのを法律的に構成し、このようにして、当事者の達しようとする社会的目的に法律的助力を与えることのできる基礎を作ることとされている。

そして、表示行為の有する意味を明らかにする作業は、当事者の用いた表示手段(言語、動作)が当該事情のもとで、慣習や条理に従って判断した場合、相手方又は一般社会によってどのように理解されるかによって決せられることになり、このような解釈の標準としては、当事者の社会的・経済的目的を第一とし、その他に、慣習、任意法規、信義誠実の原則、意思表示のなされた事情などが挙げられている。

(3) 本件旅客運送契約の成立

本件においては、以下の理由により、訴外亡中島未晴を除くその余の犠牲者らと被告JR西日本とは、それぞれ各乗車駅から信楽駅までの旅客運送契約を締結したものと解すべきである。

(ア) 本件契約の経済的・社会的目的

法律行為の解釈の第一の標準は、当該法律行為によって当事者の達しようとした経済的または社会的目的を捉え、法律行為の全内容をこの目的に適合するよう解釈することである。

本件直通列車にかかる鉄道旅客運送契約の経済的・社会的目的は、被告JR西日本自身が本件直通列車を、「JR直通列車・世界陶芸祭号」と表示し、独自に広告宣伝を展開していたことからも明らかなように、京阪神の大量の観光客を被告JR西日本の各駅から世界陶芸祭の開催されている会場の最寄り駅である信楽駅まで輸送することにあった。そして被告JR西日本はそれによって運賃収入等の経済的利益を得ていた。

右目的は、本件直通列車乗入れの経過、被告JR西日本各駅には本件直通列車運行のチラシをおくなどして被告JR西日本自身が信楽駅までの運送を引き受ける旨の意思表示をしていたこと、被告JR西日本が世界陶芸祭の入場券と一体になった往復切符を販売し割引がなされていたこと、本件直通列車は貴生川駅から信楽駅の間の信楽線内の各駅にはまったく停止せず、被告JR西日本の各駅から信楽駅までの輸送のみを行っていたこと等の事情からも明らかである。

一方、乗客においても、世界陶芸祭に赴くために、対価を支払って被告JR西日本から切符を購入した上、本件直通列車に乗車しており、世界陶芸祭の最寄り駅である信楽駅まで(途中の貴生川駅では意味がない)、被告JR西日本に安全に輸送してもらうことを、本件契約の目的としていた。

乗客は、前記被告JR西日本の宣伝広告、切符の記載内容(後述)、列車及び乗務員が被告JR西日本のものであったこと(後述)などから、被告JR西日本が本件直通列車による信楽駅までの運送を引き受けたものと信じていた。

本件訴訟において、被告JR西日本は、貴生川駅の分界点を通過した途端に契約関係から被告JR西日本は完全に離脱し、被告SKRのみが運送契約の相手方になる旨主張するが、本件直通列車に乗ったままの乗客(貴生川駅で乗りかえることはない)は、そのようなことなど夢想だにしなかったのである。

このような目的に照らすと、本件鉄道旅客運送契約は、被告JR西日本が乗客に対して被告JR西日本の各乗車駅から信楽駅までの運送を引き受けたものと解すべきであり、被告JR西日本の主張するように貴生川駅までは被告JR西日本との運送契約、貴生川駅から信楽駅までは被告SKRとの運送契約というように分断するのは妥当ではない。

(イ) 乗車券の記載

乗客が購入した乗車券には、被告SKRの記載がなかった。乗車券は運送債権を表章する有価証券であり、権利の発生、移転、行使が証券によってなされるという本質からすると、乗客は被告JR西日本に対して信楽駅までの運送を求める権利を取得していたというべきである。

また、右乗車券には「途中下車前途無効」と記載されている。被告JR西日本の主張するように、乗車駅から貴生川駅までは被告JR西日本との契約、貴生川駅から信楽駅までは被告SKRとの契約であれば、乗車券は二つの独立した運送債権を表章していることになり、JR線の区間で途中下車しても、貴生川駅から信楽駅への下り列車に再度乗車できるはずである。しかし、右切符の記載はそうなっていないのであって、乗車駅から信楽駅までを一体とした運送債権を表章していることの証左である。

(ウ) 請負契約の本質

鉄道旅客運送契約は請負契約であって仕事の完成を目的とする(結果債務)が、本件では乗客にとっては本件直通列車によって貴生川駅まで輸送されただけでは目的を達成したものとはいえず、信楽駅までの輸送が達成されて初めて仕事の完成といえるというべきである。このような請負契約の本質からしても、本件契約は信楽駅までの輸送を内容とするものというべきである。

(エ) 被告JR西日本による運送契約の履行

乗客が乗り込んだ本件直通列車は、「世界陶芸祭・しがらき号」のヘッドマークをつけた被告JR西日本の所有車両であり、それを操縦する運転士をはじめ、すべての乗務員は信楽駅まで終始変わらず被告JR西日本の従業員であった。乗務員は被告JR西日本の制服を着用し、始業終業点呼もSKR線内の運行も含めてすべて被告JR西日本内で受け、被告JR西日本の就業規則が適用され、給与も被告JR西日本から支給されていた。さらには列車の運転は事実上被告JR西日本の運転取扱心得に従って運行されていた。また、右運転士らに対する教育・訓練等においても被告JR西日本が深く関与していた。本件直通列車を運転していた被告JR西日本の運転士の意識はあくまで被告JR西日本の旅客運送であるというものであった。そして、事故時のJR直通乗入列車を運転していた甲野運転士も、その証人尋問において、「被告JR西日本から被告SKRへ出向していたものではない。SKR線内のことも含めてJR西日本において点呼・注意を受けているが、被告SKRではまったく受けていない。被告JR西日本の助役等が指導員として添乗していた。」旨を証言している。

その他、SKR線内における信号保安設備設置の分担、貴生川駅における信楽線にかかる信号保安設備の設置、管理・操作、信号故障時の代用閉そく方式の施行(貴生川・小野谷間)、本件事故の原因となった方向優先てこの設置・操作(被告SKRに無断で独自に行なっていた)など、本件鉄道旅客運送契約の履行上必要不可欠な部分を被告JR西日本は担っていたのである。

(オ) 結論

右のような、本件における当事者の経済的・社会的目的、被告JR西日本の広告宣伝(それに伴う被告JR西日本の収益の増加)、乗車券の記載、請負契約の本質、鉄道旅客運送契約の履行に必要不可欠な部分を被告JR西日本が担っていたこと等の具体的事情からすると、乗車券を購入して本件直通列車へ乗車する行為は、当事者及び一般社会にとって、被告JR西日本との間で各乗車駅から信楽駅までの輸送を目的とする鉄道旅客運送契約を締結したと理解されるものというべきである。

(三) 被告JR西日本及び被告SKRとの間の旅客運送契約

(1) 訴外亡中島未晴を除くその余の犠牲者らは、被告JR西日本のみと旅客運送契約をしたものではないとしても、それぞれ各乗車駅から貴生川駅までは被告JR西日本との間で、貴生川駅から信楽駅までの間は被告JR西日本及び被告SKR両社との間で、旅客運送契約を締結していたものであり、貴生川駅から信楽駅までの間においては、被告両社が共同して右区間の運送を引き受けたものである。

訴外亡中島未晴を除くその余の犠牲者らは、いずれも被告JR西日本の直通列車に乗車し、各乗車駅から貴生川駅を経て、信楽駅に向かっていたものである。被告JR西日本の直通列車運行の経済的、社会的目的は前述のとおりであり、その運行実態からして、貴生川駅から信楽駅までの間においては、被告JR西日本と被告SKRの両社が共同して右区間の旅客運送を引き受けたと解するのが相当である。

原告らは、右旅客運送契約について、右の二つの主張を選択的に主張するものである。

(2) 鉄道における運送債務の履行にとって、鉄道施設、列車、乗務員は必要不可欠の要素であるが、貴生川駅から信楽駅間における本件直通乗入列車の運行においては、これらの物的・人的設備を被告両社が分担し合っており、それらすべてがそろってはじめて運行し得るものであり、このような運行の実態からして、被告両社が共同して運送を引き受けたというべきである。被告両社は、右運行に備えて、車両直通運転契約書や直通乗入運転に関する協定書、運転作業協定書を作成し、被告両社が相協力して本件直通列車を運行することを示している。

(3) 被告両社はいずれも世界陶芸祭開催の後援団体となり、世界陶芸祭へのアクセスの確保のために被告両社が相協力し、共同して運送することを目的として本件直通乗入列車の運行が実現したのである。被告両社間の車両直通運転契約書や直通乗入運転に関する協定書、運転作業協定書の各条項を見ても、被告両社が共同して貴生川駅から信楽駅までの間の列車運行の安全を確保することになっていたことは明らかである。

また、本件直通乗入列車は、世界陶芸祭への京阪神地域からのアクセスを目的としており、犠牲者ら乗客にとっては信楽駅まで運送されることによって契約の目的が達成されるものである。右目的達成は、被告両社の共同行為があってはじめてなし得るものであり、右運行の実態からみて、SKR線内について被告両社が共同して運送を引き受けたと解するのは極めて自然であり、かつ合理的である。

(四) 被告JR西日本の鉄道事業免許を根拠とする主張について

被告JR西日本は、原告の契約責任の主張に対し、①鉄道事業免許は「特許」であり、貴生川・信楽駅間について鉄道事業免許を受けていない被告JR西日本は当該区間につき旅客との間で鉄道運送契約を締結することは不可能であるし、仮に締結したとしてもそれは無効であること、②鉄道旅客契約における運賃・料金は運輸大臣の認可にかからしめられており、貴生川・信楽駅間の運賃・料金について認可を受けていない被告JR西日本が旅客と右区間について運送契約を締結したとしても、その対価である運賃に関する部分は無効であり、運送契約の当事者間で運賃部分が無効の契約を締結することはあり得ないこと、の二点を理由に、本件直通列車の乗客らとの間の旅客運送契約の成立を否定しようとしている。

しかしながら、以下に述べるとおり右の二点はいずれも右契約の成立を否定する理由にはならない。

(1) 「特許」論について

本件被告JR西日本列車のSKR線内乗り入れは、鉄道事業法第一八条に定める「直通運輸」すなわち「自己の鉄道線路に、他の事業者の車両を直通させて、人又は物品の運送等を行わせる場合」(鉄道事業法研究会編著「逐条解説鉄道事業法」一四七頁)に該当する。鉄道運送事業者が他の運送事業者と「直通運輸」をしようとする場合については、同条により、それに関する協定を運輸大臣に届出なければならないとされているだけで、それ以外の手続は要求されていない。この場合、運輸大臣の許可ではなく事前届出で足りるとされたのは、鉄道事業者が行う直通運輸その他の運輸に関する協定が、他の運送事業者との連携、調整を図ることにより、利用者の利便の向上、経費の節減、鉄道事業の健全な発展等の効果をもたらすものであり、事業者の判断によりその締結を積極的に行わせることが望ましいことから、許可制など運輸大臣の一定の処分がなければ適法に行い得ない制度とするのは適当ではなく、協定の実態を把握するために事前届出を義務づけるとともに、場合によっては協定の締結を促進させあるいは協定の内容を改善させる必要があることから、同法二三条において運輸大臣が協定の締結変更を命ずることができることとする制度で十分であり、かつ、適当であると考えられたからである。

したがって、鉄道事業法一八条における運輸大臣への事前届出は、運輸大臣の許可と同様、鉄道事業者の免許の内容を部分的に補足拡充するものであり、それぞれの路線について運輸大臣の免許を有する鉄道事業者同士が直通運輸をする場合には、両社間で協定を結び、その協定を運輸大臣に届け出ることを条件に、自らは免許を有していない他社の路線においても列車を運行させることを認めたものである。

ちなみに、自動車運送についても、道路運送法一八条に鉄道事業法一八条に類似した規定がおかれているが、道路運送法一八条においては、一般旅客自動車運送事業者が他の運送事業者と運輸に関する協定をしようとするときは運輸大臣の認可を受けなければならないとされている。そして、例えば、定期バスの運行業者が、他の同業者が路線免許を有するバス路線に自社のバスを乗り入れようとする場合には、当該他社との間にバスの乗入れに関する運輸協定を締結し、それについて運輸大臣の認可を得れば、自らは当該路線について路線免許を有していなくても、当該路線での定期バスの営業ができる。すなわち、右乗入運輸協定に対する運輸大臣の認可は、他の自動車運送事業者との自主的契約によって他人の路線に自己の車両を乗入れ運行することを可能にするものである

この考え方は、鉄道運送における直通運輸に関する協定の運輸大臣への届出にも当てはまるものである。

本件直通乗入れに関しては、「車両直通運転契約書」及び「直通乗入運転に関する協定書」が運輸大臣に届け出られており、これが鉄道事業法一八条に基づく直通運輸に関する協定の届出に相当するものである。

したがって、本件直通乗入れは、鉄道事業法の前記手続を履践しており、法的には何ら問題はなく、被告JR西日本が自社の列車をSKR線に乗入れ運行することは可能であるから、被告JR西日本の「特許」論を根拠とする主張は理由がないものである。

(2) 「認可」運賃論について

本件においては、前述のように、直通運輸に関する協定を運輸大臣に届け出たことにより、被告JR西日本は自社の列車をSKR線内に乗り入れて運行することが可能になったものである。

この場合、SKR線内の運賃に関しては、被告SKRが認可を受けた運賃が当然被告JR西日本の直通乗入列車にも適用されるものであり、被告JR西日本がそれと異なる独自の運賃を定めるのでない限り、新たに運賃料金について運輸大臣の認可を受ける必要はないものである。

本件においては、JR列車の乗客らの運賃については被告SKRの認可運賃が適用されていたのであるから、法的には何ら問題はない。

もっとも、被告両社間で締結された車両直通運転契約書では、JR直通乗入列車からの運賃収入については被告SKRがいったん全額を収受し、その中から一定の運転料金を被告JR西日本に支払うようにされているが、これは共同してJR直通乗入列車の運行を行っていた被告両社間の内部分配に関する規定であり、乗客との関係を規律するものではないから、右の結論を左右するものではない。

以上より、被告JR西日本の「認可」運賃を根拠とする主張も理由がないものである。

(被告JR西日本の反論及び主張)

(一) 鉄道事業免許について

(1) 被告JR西日本の主張

鉄道輸送は、軌道上の固定的施設に、高速度かつ大きな重量の車両等を運行して、人又は物品を運送する事業であり、その運送に当たっては貴重な人命又は財産の安全を確保することが絶対に必要である。また、鉄道事業が提供する給付は、一般国民の日常生活及び経済生活に不可欠であり、その利用者は不特定かつ多数である。したがって、鉄道の運行の安全を確保し、旅客等の生命身体の安全を図るためには、事業を経営する者がこれを行い得る十分な能力及び安全確保の意欲を有し、かつ安定的・継続的に事業を遂行し得るものであることを要する。現在の我が国における鉄道法制はこの要請から鉄道事業について免許制度を採用し、鉄道事業を経営しようとする者は、運輸大臣の免許を受けなければならないものとしている(鉄道事業法三条一項)。右免許は、鉄道事業の経営を一般に禁止した上、特別の人に禁止を解除して適法に鉄道事業をなさしめるものであって、講学上「公企業の特許」に該当する。この「公企業の特許」とは、伝統的学説によれば、法律上、一定の企業を国家的事業として、その経営権を国に留保していること(すなわち国が独占的経営権を有すること)を前提として、特定の場合に、財政経営上その他の理由に基づき、国自らがこれを経営するのを適当としない場合に、その経営権の全部または一部を私人に付与し、その者にその経営の義務を負わしめることとされている。「公企業の特許」論のうち、国が独占的経営権を有しているとの部分に対しては近時批判的学説があるにしても、鉄道事業は、一般社会の利用に供せられ、路線を定めて事業を行うものであること、免許を受けた事業者は事業開始及び事業継続義務を負うこと、事業の譲渡等について制限を受け、運輸大臣の許可を受けなければ事業の休廃止をなし得ず、運賃・料金、その他の事業の遂行につき、広範な国の監督を受けていること、鉄道営業法により運送条件の広告義務を負担し、運送拒絶が禁止されていることなどからすると、鉄道事業は極めて高度の公共性を有していることは疑いなく、鉄道事業免許は、企業経営者に対して、企業経営者としての法律上の地位を設定する「特許」であることは明らかであって、行政法令による相対的禁止を特定の場合に特定人に解除する「許可」とは異なる。

そうだとすれば、鉄道事業免許を受けていない者は、法理上鉄道事業を経営できないのであるから、その者が仮に鉄道運送契約を締結したとしても、鉄道事業免許制度の趣旨及び鉄道事業の高度の公共性に鑑みれば、当該契約は私法上も有効とすべき理由はなく、当然無効と解するべきである、原告らが仮に、取締法規違反の契約も私法上は原則として有効である、などという民法総則の一般論に基づいて、被告JR西日本と乗客との間の運送契約の成立をいうのであれば、それは「特許」と「許可」の区別を理解しないことによる謬論である。本件貴生川・信楽間の区間につき、第一種鉄道事業免許を受けているのは被告SKRであり、被告JR西日本は当該区間につき第一種鉄道事業免許はもとより、第二種鉄道事業免許(「第二種鉄道事業」とは、他人の需要に応じ、自らが敷設する鉄道線路以外の鉄道線路を使用して鉄道による旅客又は貨物の運送を行う事業をいう(鉄道事業法二条三項参照)。)も受けていないのであるから、当該区間につき旅客との間で鉄道運送契約を締結することは不可能であるし、仮に締結したとしてもそれは無効というべきである。

さらに、鉄道運送契約における債権債務についてみると、運送者の旅客に対する重要な債権のうち旅客から収受すべき運送の対価である運賃・料金は、運輸大臣の認可にかからしめられている(鉄道事業法一六条)。ところで、同条にいう運輸大臣の「認可」は、行政法学上の行政行為の分類としても「認可」であるとされているところ、一般に講学上「認可」とは、行政客体の行う法行為の効力を補充して、その行為を完成させる行為であるとされている。したがって、所定の認可を欠く私法上の行為が無効であることはいうまでもない。この認可としては、農地の売買における知事の許可がこれに該当することは広く知られており、知事の許可がない限り農地の所有権は私法上有効に移転しないのである。運賃・料金の認可は、運賃・料金に関する運送契約の私法上の効力を有効ならしめる補充行為であるが、被告JR西日本は、もとより貴生川・信楽間の運賃・料金について運輸大臣の認可を受けておらず(鉄道事業免許を有しないのであるから当然である。)、そうだとすれば、仮に被告JR西日本が旅客と右区間について運送契約を締結したとしても(前記のとおり右運送契約自体無効と解するべきであるが)、その対価たる運賃に関する部分が無効であることはいよいよ明白である。運送契約の当事者間で運賃部分が無効の契約を締結することなどあり得ないことである。

以上より、被告JR西日本が貴生川・信楽間の運送契約の主体たり得ないことは明白といわねばならない。

(2) 原告らの主張に対する反論

(ア) 「特許」論について

この点に関する原告らの前記主張は、その前提を曲解しているために生じたまったく誤論である。すなわち鉄道事業法一八条に定める「直通運輸」は、あくまで鉄道事業の免許(「公企業の特許」)を得た事業者が「自己の鉄道線路に、他の事業者の車両を直通させて、人又は物の運送等を行わせる場合」に届出で足りるとしているのみであって、「自らは免許を有していない(事業者が)他社の路線においても(事業者としての立場で)列車を運行させることを認めたもの」では決してない。原告主張の如くであれば、そもそもの鉄道事業の免許制度が不要になり、その歴史的意義・法的目的が無意味となる。なぜならば、届出だけで免許なしに事業者としての鉄道運送を認めることになるからである。同法同条が原告主張を認めるものでないことは明らかである。

さらに、原告らの主張の甚だしき論理飛躍及び誤解は、そもそも道路運送事業と鉄道運送事業との本質的差異を看過していることに起因するものである。すなわち、鉄道事業の免許は、公衆の日常生活に密接な関係をもちながら、自由競争による社会的利益を期待し得ない事業分野について、独占の保護と利用者たる公衆の利益保護とを両立させ、その間にバランスをとることを目的とするもので、同事業分野は、「営業の自由」の対象領域からは本来的には排除され、限られた事業者のみに当該営業を行う特権が与えられるとともに、それに伴う義務が課せられたものと解するのが正しいからである。それゆえ、この「免許」が設権行為(その者が元来持っていない法律上の力を与える行為)であることは、論ずるまでもないことである。

したがって、鉄道事業免許を受けていない者は、法律上鉄道事業を経営し得ないのであるから、その者が仮に鉄道運送契約を締結したとしても、鉄道事業免許制度の趣旨及び鉄道事業の高度の公共性に鑑みれば、当該契約は私法上も有効とすべき理由はなく、当然無効と解すべきである。だからこそ、前述の如く、鉄道事業法上の文言(「自己の鉄道線路に、他の事業者の車両を直通させて、人又は物の運送等を行わせる場合」)となり、直通運輸が届出だけで免許者を主体としてのみ許されることとなるわけである。本件において、貴生川・信楽間の区間につき、第一種鉄道事業免許を受けているのは被告SKRであり、被告JR西日本は当該区間につき第一種鉄道事業免許はもとより、第二種鉄道事業免許も受けておらず、直通運輸の届出をしたところで、右免許が付与される訳もないのであるから、当該区間につき旅客との間で鉄道運送契約を締結する権利能力が、そもそも存在しないことは明白である。権利能力なき主体との私法上の契約成立、さらには効力など論ずる意味すらないものである。

(イ) 「認可」運賃論について

そもそも、鉄道旅客運送契約は、運送人が旅客との運送という仕事の完成を目的とし、旅客がその結果につき報酬(運送賃)を支払うことによって成立する私法上の請負契約である。それゆえ、有償対価契約である以上、対価(運賃)が契約の要素となり、同要素を欠く契約が無効であることはいうまでもないことである。ところで、本件につき、その契約の成立や効力を論ずることが無意味なことは既に論じてきたことである。もっとも、運賃という面からだけでも、運輸大臣の認可が必要であり、同認可が私法上の効力を有効ならしめる補充行為(この点自体は原告らも争いないところと解するが)であることから、本件契約の主要要素が充足できず、無効とならざるを得ないのである。

すなわち、被告SKRが認可を受けた運賃が当然適用されるから、被告JR西日本に新たな運輸大臣の認可は不要であるとの原告らの主張は、主体性を誤ったことによる論理構成にすぎない。被告SKRとしての運賃だからこそ、被告SKRは新たな認可が不要であるとするのが「当然」の理由だからである。仮に、被告JR西日本としての運賃であれば、同額であろうとも被告JR西日本として運賃の認可が、鉄道事業法一六条上は必要になってくる。被告SKRの運賃だからこそ、被告JR西日本の各駅で信楽駅までの切符を発売した場合には、貴生川駅から信楽駅までの運賃収入については被告SKRが全額を収受し、別途一定の賃料を被告JR西日本に支払うことになっているのであって、これを単なる内部分配に関する事項などと曲解することが、原告らの暴論につながる所以である。あくまでSKR線内では、被告SKRしか事業主体足り得ないことは現行法制度上否定しようのないことである。それゆえ、運賃についてすら、被告JR西日本は私法上の主体になること不可能であり、その意味でも無効であることは明らかである。

(二) 「鉄道旅客運送契約の性質」について

鉄道旅客運送契約が一種の請負契約であり、乗車券が運送債権を表章する有価証券であることは認めるが、少なくとも運送約款上は諾成・不要式の契約ではない。

なお、鉄道事業者が旅客を安全に運送すべき「目的地」は旅客の内心の意思如何にかかわらず、当該運送債務者の事業地域内に限定され、その範囲を超えない。その「目的地」が当該運送債務者の事業地域外であれば、当該運送債務者としてはその事業地域外にまで旅客を運送することができないし、運送する義務も負わない。その事業地域外については、当該地域を事業地域内とする鉄道事業者が旅客を運送する義務を負うことになる。すなわち、本件の場合の、京都方面からSKR線へ乗り入れたJR列車についていえば、被告JR西日本が本件乗客と締結した運送契約における「目的地」(最終駅)は被告JR西日本の事業範囲の最終駅である貴生川駅までであり、貴生川駅以遠(信楽駅まで)については、そこでの鉄道事業者である被告SKRが、それ以降の目的地までの運送義務を負うことになる。

したがって、「結果債務を負う」と言うことも、当然右契約の範囲内でのものであって、旅客個人の内心における目的地までの運送についてのものではないことは明らかである。

(三) 「法律行為の解釈」について

被告JR西日本の乗客との運送契約については、一般法たる民法、商法のほか、これら一般法の特則として鉄道営業法及び鉄道運輸規程並びにこれらに基づき、かつ公告された鉄道運送約款である旅客営業規則及び旅客連絡運輸規則が適用され、右運送契約の内容は具体的に確定しており、その内容についての解釈が問題となる余地はない。

(四) 「本件旅客運送契約の成立」について

本件の場合、鉄道運送約款である旅客営業規則、旅客連絡運輸規則及びその別表によれば、被告JR西日本の運送範囲は貴生川駅までであり、同駅と信楽駅間の運送は被告SKRが行うものであることは明確である。

(1) 本件契約の経済的・社会的目的について

(ア) 本件直通乗入列車にかかる鉄道旅客運送契約は大量の観光客を輸送することを目的としたものではなく、旅客の利便を考えたものにすぎないし、その「経済的、社会的目的」といっても、それは被告JR西日本と被告SKR間の契約の目的であって、被告JR西日本と本件乗客との間で締結された鉄道運送契約の目的ではない。仮に、右鉄道旅客運送契約に、原告らが主張するような経済的・社会的目的があったとしても、当然のことながら、その行路全線について被告JR西日本が運行することを意味するものではない。むしろ、右「直通乗入運転に関する協定書」においては、被告JR西日本が行う運転関係業務の分界点は貴生川駅場内信号機の建植位置までとされている。また、被告JR西日本の運賃収入は被告JR西日本の営業路線(貴生川駅まで)についてのみであり、SKR線については被告SKRから車両及び乗務員の賃貸料金を収受したものであって、乗客からは運賃収入を得ていない。

ちなみに、宣伝広告について付言すると、世界陶芸祭号の切符発売につき、被告JR西日本は、そのパンフレットに「発駅から貴生川までの往復乗車券と信楽高原鐵道(貴生川・信楽間)の往復乗車券に陶芸祭入場券をセットした「世界陶芸祭割引きっぷ」が便利でお得です。」と宣伝し、貴生川・信楽間がSKRの運行区間であることを明示していた。

さらに、「乗車券の販売者が誰であるか」と「運送契約の当事者が誰であるか」とは別問題であり、列車乗客の一方的な内心の意図や思考によって鉄道運送契約の内容が決まるものではない。被告JR西日本には貴生川・信楽間についてまで旅客運送契約を締結する意思はなかった。

(イ) 被告JR西日本が、信楽駅まで向かう旅客との間で貴生川駅・信楽駅間を含む区間の旅客運送契約を締結したというのであれば(原告らの主張は、世界陶芸祭の期間中だけのことなのか、それとも被告SKRが昭和六二年七月に運輸大臣の免許を受けて発足して以来、JR線区で乗車し、同鉄道の駅に向かう旅客全員について該当するのかは判然としない。)、被告JR西日本は正に鉄道事業免許を受けないで、同区間の鉄道事業を経営したことになり、この場合は、鉄道事業法六七条一号に該当し、刑事罰の対象となるのである。もし、貴生川駅・信楽駅間の区間について旅客と運送契約を締結するのであれば、被告JR西日本としては、同区間につき第二種鉄道事業免許が必要となるからである。もともと、鉄道事業者が罰則の適用覚悟で自己が鉄道事業免許を有しない区間について、旅客と運送契約を締結する意思を有するなどということは経験則上考えられない。

さらに、被告JR西日本の意思を明確にする事情としては、被告SKRとの間で、直通運転をするにつき取り交わした協定等が存する。もし、被告JR西日本が旅客との間で貴生川駅・信楽駅間においても運送契約を締結する意思であれば、当該区間の運行に関する被告SKRとの契約においても、被告JR西日本が運送契約の当事者たるに相応しい地位、権限を取得しておくべきものである。そうだとすれば、その内容は、被告JR西日本において旅客から収受した当該区間の運賃も取得する代わりに、被告SKRに対し、当該区間の軌道、駅、信号等の鉄道施設の使用料の支払いをなすべきものであろう。ところが、その内容はこれとは逆に、被告SKRが被告JR西日本に対し、車両や乗務員の賃借料を支払い、被告JR西日本において収受した当該区間の運賃は被告SKRに交付するというものである。被告JR西日本と被告SKRとの間の契約関係においても、旅客との関係で当該区間の運送主体は被告SKRとする旨合意されていることが明らかである。したがって、被告JR西日本が信楽駅まで向かう旅客との間で締結する運送契約においても、被告JR西日本の契約意思としては、運送区間は貴生川駅までであったというのが合理的解釈である。

(2) 乗車券の記載

(ア) 被告SKRが販売する信楽駅から被告JR西日本の各駅までの乗車券には信楽高原鐵道の記載はあるが、西日本旅客鉄道の記載はまったくない。原告らの主張によれば、被告SKRは乗客との間で被告JR西日本各駅までの運送契約を締結したということになり、被告SKRが乗客に対して運送契約に基づく被告JR西日本の営業路線内での列車事故につき損害賠償義務を負うことになる。

(イ) 一つの乗車券に二つの独立した運送債権が表章されていることと、その乗車券につき途中下車前途無効とするか否かは別問題であり、両者の問題は矛盾しない。途中下車前途無効とされた乗車券を持った乗客の途中下車は、乗客による前途の運送債権の放棄であり、既に成立しているもう一つの運送債権を無効(消滅)ならしめるものである(かかる措置、つまり途中下車前途無効とする措置が妥当であるか否かは、営業政策の妥当性の問題であって、別論である。)。途中下車前途無効であるからと言って、無効部分の運送債権の成立までが否定されることにはならない。

なお、被告SKRが販売する信楽駅から被告JR西日本の各駅までの乗車券についても途中下車前途無効とするものがあるが、原告らの主張によれば、この記載によって、被告SKRが被告JR西日本の営業路線部分についても運送契約の当事者であるということになる。

(3) 請負契約の本質

「請負契約は仕事の完成を目的とする。」といっても、その契約で定められた仕事の完成を目的とするものであって、それ以上の仕事の完成を目的としない。むしろ、「その契約で定められた仕事の内容が何であるか」が問題である。そして、当然のことながら、発注者(乗客)の個人的な目的によってその内容が決まるものではない。本件の場合、被告JR西日本と乗客との鉄道旅客運送契約の内容は、被告JR西日本が乗客を貴生川駅まで運送することであり、右運送は同駅以遠にまで及ばず、同駅まで運送することが仕事の完成である。当然のことながら、同駅以遠の運送は被告SKRの請負である。

(4) 被告JR西日本による運送契約の履行

(ア) 本件直通乗入列車の「世界陶芸祭・しがらき号」というヘッドマークは、被告JR西日本と被告SKRとの間の本件乗入れ契約に基づくものであり、右ヘッドマークが列車に付いているからといって、当該列車のSKR線内の運行が被告JR西日本の運行となるものではないし、被告JR西日本の運転士と車掌が信楽駅まで乗務していたとしても、SKR線における乗務については、被告JR西日本が車両と共に被告SKRに賃貸したことによるものであって、当該列車のSKR線内の運行が被告JR西日本の運行となるものではないことは当然である。

(イ) 乗務員がSKR線においても被告JR西日本の制服を着用したのは便宜上のものであるし(SKR線への出入りの都度着替えることは事実上不可能である)、始業終業点呼(正確には出勤、仕業、終了点呼)についても、陶芸祭中の被告SKRの運行計画は詳細にわたって被告JR西日本に伝達されていたことから、被告SKRとの事前の打合せの結果、被告JR西日本の乗務員の右点呼は、同人らの所属する柘植派出所で行うことが決められていた。

また、被告JR西日本の就業規則の適用の点であるが、本件の場合、乗務員を被告SKRに貸しただけであるから、SKR線の列車の運行は運行管理権をもつ被告SKRが行うため、被告SKRの運転取扱心得が適用され、被告SKRに運行に関する指揮、命令権が生じるが、労働契約上賃金、労働時間等の就業規則の適用は前記権限と別であると解せられるため、乗入れ車両の乗務員に被告JR西日本の就業規則が適用されても何ら問題はない。

さらに給料の点についてであるが、SKR線内の乗務について、被告JR西日本は被告SKRに対し車両と共に乗務員を賃貸したものであり、被告SKRは乗務員の乗務につき被告JR西日本に対して賃料を支払う以上、乗務員個人に対して給料を支払う必要がないのは当然である。したがって、乗務員個人については、被告JR西日本から給料が支払われるのは当然のことである。

(ウ) 被告JR西日本の教育担当者は、事前の被告両社の打合せにおいて、被告JR西日本の運転取扱心得と被告SKRの運転取扱心得とはほとんど違わないとの説明を受けたため、事前教育においては「運心はJR方式とする」とされたものであり、被告両社の運心がほとんど同じであったこと、運心の違いはマニュアルで乗務員に教育されたことなどにより、かかる措置は妥当なものであるし、さらにかかる措置があったからといって、被告JR西日本列車のSKR線内の走行が、被告JR西日本の運行となるはずもない。

(エ) 被告JR西日本は、原告らが主張するように、貴生川駅におけるSKR線にかかる信号保安設備の設置、管理・操作、信号故障時の代用閉そく方式の施行(貴生川駅・小野谷信号場間)、本件事故の原因となった方向優先てこの設置・操作など、旅客運送契約の履行上必要不可欠な部分を担っていたということはない。

ⅰ 「貴生川駅における信楽線にかかる信号保安設備の設置、管理・操作」は、被告JR西日本が被告SKRからの依頼を受け、昭和六二年七月に被告両社間で締結された「貴生川駅共同使用契約書」に基づくものであり、被告SKRからの委託業務であって、被告JR西日本のSKR線における鉄道運送事業を裏付けるものではない。

ⅱ 右契約においては、被告JR西日本が被告SKRのため、被告SKR所属貴生川駅の改集札業務並びに同駅の列車の取扱い及び信号機の取扱いの運転関係業務を受託し、同時に運転関係業務については亀山CTCセンター取扱いを含むと明記されており、当然のことながら「信号故障時の代用閉そく方式の施行」もこの契約の対象であった。また「方向優先てこの設置・操作」も右契約に基づくものであり、被告SKRに無断で独自に行っていたものではない。

ⅲ したがって、貴生川駅における「旅客運送契約の履行上必要不可欠な部分」については、被告JR西日本は被告SKRからの委託により右業務を行っていただけであり、被告JR西日本自身の本来業務としてこれを行ったものではない。

(5) 結論

被告JR西日本と乗客との法律関係については民法、商法の他、鉄道営業法及び鉄道運輸規程が適用され、さらにこれらに基づき、かつ公告された鉄道運送約款(旅客営業規則、旅客連絡運輸規則、同別表)によって規定されるが、旅客連絡運輸規則別表によれば、連絡会社として信楽高原鐵道株式会社線、接続駅として貴生川駅が記載される等して、明確に被告JR西日本の運送範囲が貴生川駅までであり、同駅から信楽駅までの運送が連絡会社である被告SKRが行うことが明記されている。当然のことながら、この別表も旅客連絡運輸規則の内容として公告され、鉄道運送約款としての効力を有している。したがって、被告JR西日本と本件乗客との運送契約が被告JR西日本の営業範囲内のものであり、貴生川駅と信楽駅間に及ばないことが明らかである。

(五) 共同契約論について

(1) そもそも、被告JR西日本は、貴生川駅・信楽駅間の路線については事業免許を持たないことから列車運行権を持たない。したがって、乗客との間で被告SKRと共同して運送契約を締結することも不可能である。また、現実にも、旅客連絡運輸規則(鉄道運送約款)別表に連絡会社名として信楽高原鐵道株式会社線、接続駅として貴生川駅が記載され、明確に貴生川駅・信楽駅間が信楽高原鐵道株式会社線であることが表示され、そこでの運送が契約の対象外である旨が表示されている。よって、被告JR西日本と乗客との契約における被告JR西日本の運送区間は貴生川駅までであることが明確である。

(2) 本件直通列車について、貴生川駅・信楽駅間においては被告SKRに運行管理権があり、被告JR西日本が主体的に深く関与した事実も、共同運行の実態もない。

8  被告JR西日本の安全配慮義務違反

(原告らの主張)

(一) 安全配慮義務論の適用範囲

安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間」において認められるものであり、契約関係にある当事者間に限定されるものではない。そして、安全配慮義務の適用範囲は拡大されており、雇用契約や労働契約における労働災害、職業病にとどまらず、在学関係(国公立・私立を問わない)における学校事故、欠陥商品事故(売買契約関係の有無を問わない)にも及び、多種多様な事故について、安全配慮義務の存在が認められている。このような安全配慮義務が認められる事案としては、労働災害、職業病、学校事故等の事案のほか、医療契約、運送契約、宿泊契約、賃貸借契約ないしこれらに類似する実態を有する一定の法律関係などが考えられ、判例・学説上も、安全配慮義務の存在領域は雇用契約・公務員関係及び在学関係に限定されないとの見解が有力である。

(二) 本件において被告JR西日本が安全配慮義務を負う根拠

本件では以下の理由〔以下の(1)(2)(3)〕により被告JR西日本と信楽線内の直通列車の乗客との間には「一定の法律関係に基づく特別の社会的接触」があり、被告JR西日本は乗客に対して安全配慮義務を負う。

(1) 運送契約類似の関係であること

原告らは、前述したように契約の解釈として、本件直通列車の乗客と被告JR西日本との間には信楽駅までの運送を目的とした運送契約が存在するものと主張している。その根拠の要点は、本件契約の経済的・社会的目的、乗車券の記載、請負契約の本質、被告JR西日本による旅客運送契約の履行、など本件直通乗入の実態に照らして、本件契約を解釈すれば、直通列車の乗客はSKR線内に入ってからも、被告JR西日本単独と、ないしは被告JR西日本と被告SKRの双方と共同契約を結んでいると解釈すべきであると主張しているのである。

これに対して、被告JR西日本は鉄道事業免許論や認可運賃論などもっぱら形式的な根拠により、契約は不成立ないし無効であると主張するものである。

原告らとしては、JR西日本との間に契約関係が存在すると解すべきであると考えるが、百歩譲って右被告JR西日本の形式的根拠により、運送契約としては不成立ないし無効であるとしても、原告らが契約の根拠として指摘した右直通乗入れの実態に照らして、乗客と被告JR西日本との間には運送契約類似の関係があったとして安全配慮義務を認めるべきである。

運送契約において安全配慮義務が認められることは明らかであるところ、必ずしも法的に有効な契約関係が存在しなくても、その実態に照らして契約類似の関係にある場合は、「一定の法律関係に基づく特別の社会的接触の関係」にあるものとして、契約関係がない私法上の当事者間にも安全配慮義務が認められるのであるから、被告JR西日本とSKR線内に入った直通列車の乗客との間に運送契約類似の実態があった(しかも、SKR線内において少なくとも乗客と被告SKRの間には運送契約があり、被告SKRと被告JR西日本との間には車両直通運転契約や直通乗入れに関する協定、運転作業協定などの契約関係が存していた。)以上、「一定の法律関係に基づく特別の社会的接触の関係」が認められ、被告JR西日本は乗客に対して安全配慮義務を負うべきである。

この点に関し、被告JR西日本は、運送契約においては安全輸送義務そのものが主たる給付義務であるので、付随義務としての安全配慮義務を認める余地はなく、本件において被告JR西日本が安全配慮義務を負うか否かは、ひとえに被告JR西日本と乗客の間に運送契約が認められるか否かにかかっている旨を主張するが、そもそも安全配慮義務が付随義務として登場してきたのは、契約による主たる給付義務として安全確保の履行を請求できない場合を救済するためであることに鑑み、まさに運送契約の実態を備えながら仮に鉄道事業免許論などの形式的根拠により契約関係が認めることができないとされる場合の本件がそのケースにあたるのであって、被告JR西日本の右主張はまったく的外れの主張というべきである。また、有効な契約関係がなくても、類似の実態を有する場合にはその実態に着目して安全配慮義務を認めるのが判例・学説の立場であり、右被告JR西日本の主張は、これをまったく無視した独自の見解というほかはない。

(2) 学説上の基準にも当てはまること

安全配慮義務が存在し得る法律関係について、学説は、「当該関係の種類・性格等に徴して、危険性の存在ゆえに安全配慮が要請される旨をいう必要に迫られ、結局のところ、当該関係が人の身体についての時間的・場所的支配を伴うとか、給付義務の履行が相手方の生命・健康に直結・関連する」という基準を挙げている。

まず「危険性の存在故に安全配慮が要請される旨をいう必要に迫られること」については、本件は直通列車の運行を行う被告JR西日本とその乗客との関係であるが、右関係において危険性が存在することは明らかである。このことは、これまで発生した数多くの鉄道事故例や、現在でも人身事故を伴う鉄道事故が頻繁に新聞で報道されていることから明らかである。

次に「人の身体についての時間的・場所的支配を伴う関係にある」との点であるが、本件では、乗客は被告JR西日本が運転業務に従事している直通列車の車内にあり、車内では車内規則及び乗務員の指示に従わなければならないことから、右時間的場所的支配を受けているといえる。SKR線内についても、本件直通列車は貴生川駅を出発後、被告SKRと被告JR西日本の運転関係業務の分界点である出発信号の建植位置(直通乗入れに関する協定書一条)を通過するが、貴生川駅を出発すると信楽駅まで停車駅はなく、乗客は車内から外に出ることはできないこと、被告JR西日本はその乗務員がそのまま運転を継続することにより、SKR線内においても会社として本件直通列車の運転業務を担っていたこと(乗務員と車両を賃貸していただけであるとの被告JR西日本の弁解が成り立たないことは前述のとおり)、被告JR西日本はSKR線内の列車の運行に関してもさまざまな関与を行っていたこと(貴生川駅の信号保安設備の設置、SKR線内の小野谷信号場の上り出発信号を抑止する方向優先てこの設置・操作、貴生川小野谷間の代用閉そく施行時の貴生川駅駅長役の分担、直通列車乗務員の選定・教育訓練、乗務員に対する点呼、直通列車車両の保守点検、協定・契約の条項における検査権、協議連絡義務など)などの事情から、JR線内からの時間的場所的支配が継続しているといえる。

以上により本件においては、「当該関係の種類・性格等に徴して、危険性の存在ゆえに安全配慮が要請される旨をいう必要に迫られ、結局のところ、当該関係が人の身体についての時間的・場所的支配を伴うとか、給付義務の履行が相手方の生命・健康に直結・関連する」といえるので、被告JR西日本の安全配慮義務を認めるべきである。

(三) 余後効(継続効)による安全配慮義務

本件における被告JR西日本の安全配慮義務は、運送契約の余後効ないし継続効の理論からも根拠付けられる。

被告JR西日本が少なくとも貴生川駅までは乗客に対して旅客運送契約に基づく安全輸送義務を負っていることは争いのない事実である。さらに、本件直通列車は、貴生川駅を出発後運転関係業務の分界点である出発信号の建植位置を通過するが、貴生川駅出発後信楽駅まで停車駅はなく、乗客は車内から外に出ることはできないので、JR線内からの被告JR西日本による時間的場所的支配がそのまま継続しているものである。したがって、被告JR西日本と乗客との「特別な結合」は継続しており、「取引的接触により開かれ且つ高められた影響可能性及び危険が継続している」ものといえる。

本件直通列車の運行については右のような事情のほか、被告JR西日本がSKR線内の運行についても計画段階から深く関与し、貴生川駅の信号保安設備の設置、SKR線内の小野谷信号場の上り出発信号を抑止する方向優先てこの設置・操作、貴生川小野谷間の代用閉そく施行時の貴生川駅駅長役の分担、直通列車乗務員の選定・教育訓練、乗務員に対する点呼、直通列車車両の保守点検を行っていたこと、協定・契約により、被告JR西日本は、旅客の安全輸送のためにSKR線内についても検査権を有し、本件直通運行の多くの事項について協議連絡事項を定めていたこと、方向優先てこについては、被告SKRの運行管理権を侵害する形で同社に無断で設置し、操作するなどの独自の関与を行い、本件事故の原因となった信楽駅出発信号機の赤固定を生じさせていたこと、教育訓練においては、近畿運輸局に届出た教育訓練実施計画に反して、運心の相違点について教育を怠ったばかりでなく、被告SKRとの協定及び同社の事前の説明に反して、被告JR西日本の運心で運転するなど誤った内容を教えていたこと、被告JR西日本は、本件事故を十分予見し得たこと(事前の信号故障時に被告JR西日本の乗務員や添乗者は、被告SKRの危険な代用閉そく方式違反を体験しており、五月三日の信楽駅出発信号機赤固定の異常も原運転士や甲野運転士は知っていた。)、被告JR西日本は、前記検査権及び契約の効力停止権・解除権を背景に被告SKRに働きかけて、右代用閉そく方式違反を是正し、信号故障の原因を解明し、信号システムの欠陥を除去することにより、本件事故を防止できる立場にあったこと、被告SKRには信号の保守点検をなし得る専門家は一人もおらず、知識・経験・人員すべてにわたって不足しており、適式の代用閉そく方式の施行能力もなかったのであるから、本件直通列車の運行における安全輸送の実現は、事実上、一に被告JR西日本にかかっていたこと等の本件事案における全事情を斟酌して、本件直通列車の乗客は、SKR線内に入った後も被告JR西日本により保護されるべき関係が継続していたものというべきである。

よって、本件においては、仮に貴生川駅で被告JR西日本の運送契約上の給付義務の履行が終了したとしても、被告JR西日本は、信義則上、契約目的(本件直通列車の乗客の目的及び被告両社の目的が、京都等のJR西日本沿線の駅から世界陶芸祭の会場のある信楽駅までの安全輸送にあったことは間違いない。)を危殆化しあるいは挫折させてはならない義務、ないしは、一旦契約関係により接触関係に入った乗客の生命身体を保護すべき義務があったのであり、被告JR西日本は、運送契約の余後効(継続効)として、以後も信楽駅に到着するまで安全配慮義務を負うというべきである。

(四) JR西日本の安全配慮義務違反

(1) 安全配慮義務の内容

安全配慮義務の内容は、多種多様であり、契約ないし契約類似の関係の類型によって異なるが、結局、契約ないしその類似の関係に内在・随伴する生命・身体に対する危険性の防除に必要かつ適切な措置をとる義務に帰着する。本件のような旅客運送契約ないし類似の関係においては、旅客の列車による移送に内在・随伴する生命・身体に対する危険性の防除に必要かつ適切な措置をとる義務ということになる。

(2) 本件における被告JR西日本の安全配慮義務違反の内容

本件において、被告JR西日本が負う安全配慮義務の内容は、概括的には、直通列車の乗客の生命・身体に関する危険性の防除に必要かつ適切な措置をとることである。物的施設については、鉄道における安全を確保するための信号保安設備が常に正常に作動するように設置・管理を行うことであり、人的措置としては、信号保安設備の故障や通常のダイヤと異なる事態が生じた場合(異常時)の連絡・報告及び対応に関する教育・訓練の徹底が挙げられる。近時の事故防止論からは、事故の予兆に関する情報収集(そのための報告体制の整備)、予兆を惹き起こした要因の解明、それによって明らかになった要因の除去、ということになろう。

もう少し具体的にいうと、被告JR西日本には、方向優先てこの設置及び操作について被告SKRに連絡することはもちろん十分に協議してSKR線の信号保安設備が常に正常に作動するようにすること、本件直通列車の運転士らに対してSKR線内で適用される被告SKRの運転取扱心得運転を周知徹底するとともに異常時の連絡・対応について何が異常時かも含めて被告SKRと協議した上で教育訓練を徹底して行なうこと、運転阻害事故等の事故の予兆の報告体制の整備、事前の信号故障が発生した後の運転士らに対する教育訓練の徹底、被告SKRと協力しての右信号故障の原因解明及び是正、被告SKRに対して右信号故障の際の代用閉そく方式違反について是正措置を求めることなどの措置が義務づけられていたのである。

(被告JR西日本の反論及び主張)

(一) 安全配慮義務の適用領域について

原告らは、被告JR西日本は、本件乗客に対して負っている安全配慮義務の不履行があったから損害賠償責任を負うと主張するが、昭和五〇年二月二五日の最高裁判決を嚆矢として判例上形成されてきた「安全配慮義務」の法理は、本件の如きケースに適用されることはあり得ない。

少なくともこれまでの最高裁判決が認容する安全配慮義務は、私法上の雇用契約が締結されている場合に限定されないものの、その実態は雇用契約関係にあるものと同一視し得る公務員関係及び雇用関係に限定されており、安全配慮義務が認められるための法律関係である「特別な社会的接触の関係」というのは、雇用関係類似の支配・従属関係ないし指揮・監督関係を認め得る社会的関係と解されるべきである。

下級審判例の中には、学校等の在学関係等に拡大するものも存し、学説上もその適用領域の拡大に積極的なものもみられる。在学関係については特に公立学校については生徒と学校との間に私法上の契約の存在を認め難いものの、その適用については合理性が認められなくもないが(学校と生徒との間では、集団で教育を実施する過程において、校則等の規則を定立し、生徒にその遵守を求めるような指示・命令乃至監督の要素が含まれる。)、最高裁判所が適用した具体的事案が限定的であったことに照らし、その他の法律関係について無制限にこの法理の拡張をなすことは誤りである。原告らは、医療契約、運送契約、宿泊契約、賃貸借契約ないし、これらに類似する実態を有する一定の法律関係に安全配慮義務が認められると主張するが、かかる拡大解釈は明らかに失当といわなければならない。

(二) 被告JR西日本の安全配慮義務について

まず、原告らは、運送契約についても安全配慮義務が認められるべきであると主張する。しかしながら、前述したとおり、安全配慮義務が論議された中心的法律関係たる雇用契約においては、使用者と労働者の基本的権利・義務は、労働者側の労務の提供すなわち労働義務とその対価である使用者側の賃金支払義務である。使用者の安全配慮義務は、このような雇用契約における使用者側の基本的義務たる賃金支払義務のほかに、使用者が労働者の労務を受領する過程で使用者側に付随的に認められる義務として構成されてきた。しかし、旅客運送契約においては、旅客を安全に運送することは運送者の基本的義務というべきであり、旅客の運送過程で運送者に帰責し得る旅客の身体・生命の損害が発生すれば、それは直ちに、運送者の運送義務そのものの債務不履行(不完全履行)に該当し、何も運送者に対し安全配慮義務を設定し、この概念を介入させて責任を認める必要はない。旅客運送契約において、運送者は、その基本的義務として旅客を目的地に安全に運送する義務を負う。したがって、安全に運送する債務を負うか否かはまさに運送契約の存否によって決定されるのであり、運送契約における運送者に特に安全配慮義務を付加して設定する必要はない。そして、貴生川駅から事故現場まで被告JR西日本と乗客との間に運送契約が存在しないことは、前に述べたとおりである。

次に、原告らは、被告JR西日本と本件乗客との運送契約が、乗客がJR西日本線区で乗車した駅から貴生川駅までで終了し、貴生川駅以降事故現場までは、被告JR西日本と乗客との間に運送契約が存在しないとしても、被告JR西日本は安全配慮義務を負うと主張しているが(仮に本件事故現場においても本件乗客と被告JR西日本との間に運送契約が認められるのであれば、前述のとおり右運送契約に基づく債務不履行責任を追及すれば済むことである。)、原告ら主張の如く運送契約終了後の運送人と旅客との間における安全配慮義務の法理は、前記最高裁の判例の流れに徴すれば、その適用の基盤を欠くことが明らかである。

次に、原告らは、被告JR西日本が安全配慮義務を負う根拠として、直通列車の乗客は閉ざされた移動空間に身を置かれ、危険を回避する手段を有しておらず、被告JR西日本は乗客の身体に対して強い時間的・場所的支配を行っていると主張するが、原告主張のような事実関係が安全配慮義務を発生させるとするのは、根拠薄弱というべきであるし、一旦これを措き、被告JR西日本が乗客に対し、SKR線内において「時間的・場所的支配」を有しているという根拠を何ら示していない。被告JR西日本が車両の所有権を有し、乗務員が被告JR西日本社員であったというだけで、「強い時間的・場所的支配」を有しているとはとうていいえないし、そもそもSKR線内の信号等の保安設備やレール等の軌道、駅関係の建屋等列車運行に必要な鉄道関係の施設や設備はすべて被告SKRの所有であり、列車の運行管理はすべて被告SKRが行っていた。

被告JR西日本は、直通列車につき運転士と列車を提供していただけであって、運転士や車掌は被告SKRの運行管理者の指示に従わなければならなかった。このような事実関係をみれば、乗客に対して強い場所的・時間的支配を行っていたのは被告JR西日本ではなく、被告SKRであることは明らかである。そもそも、本件の如き車両と乗務員を他会社に提供しているにすぎない被告JR西日本とその乗客の間に「特別な社会的接触の関係」を認めることは不可能であるから、本件においては、安全配慮義務を問擬する余地はないというべきである。

さらに、原告らは、旅客運送契約の付随義務として安全配慮義務が存するところ、SKR線に直通列車を乗り入れた被告JR西日本と乗客との間には、旅客運送契約類似の「特別な社会的接触関係」が認められると主張するが、安全配慮義務が認められるか否かは、SKR線区における被告JR西日本と乗客との関係が最高裁判決のいう「特別な社会的接触関係」に該当するか否かによって決定され、それが旅客運送契約に類似していることによって安全配慮義務が認められるのではない。すなわち、SKR線区において被告JR西日本と乗客との間に運送契約が存在するのであれば、当然のこととして被告JR西日本には乗客を安全に運送する債務が認められ、もし運送契約が存在しないのであれば、その関係が旅客運送契約に類似しているか否かを検討するのではなく、右「特別な社会的接触関係」に該当するか否かによって安全配慮義務の存否が決定されるのである。そして、SKR線内において、被告JR西日本と乗客との間に右の関係が認めることができないことは、前述したとおりである。

また、被告JR西日本と被告SKRとの間の内部関係を規律する車両直通運転契約の存在ないし内容は、乗客と運送会社との間の法律関係の性格に影響を与える性質のものではないし、その契約内容をみても、被告JR西日本がSKR線区において乗客に安全配慮義務を負担することの根拠となる規定は皆無であり、右契約が被告JR西日本の安全配慮義務を裏付けていることなどとうてい認めることができない。

まさに貴生川駅を境にして、運送契約の当事者は、被告JR西日本から被告SKRに入れ代わり、運送契約上、旅客を安全に運送する義務の負担者は被告SKRとなるのであって、原告らの主張は、法律論の何たるかを理解しない感情的主張である。

以上のとおり、被告JR西日本には貴生川・信楽駅間の列車運行につき、安全配慮義務を負担すると解する余地はないから、原告らのこの点に関する主張及び安全配慮義務の存在を前提として、その義務違反をいう主張が失当であることは明らかである。

9  原告らの損害(総論)

(原告らの主張)

(一) 基本的視点

(1) 自動車事故による損害賠償において、裁判実務の算定基準が生まれたのは以下のような理由からである。

一九六〇年代の後半に入り、自動車事故の急増に伴い、自動車事故に基づく損害賠償をめぐる争いも急増した。当初、現在のような損害賠償額の算定基準は存在せず、判決による賠償金額に差が生じた。賠償額の中でも、慰謝料は、本来裁判官の自由裁量に委ねられているわけであるから、判決を受ける人を納得させる理由があれば、それで足りる。ただ、右裁量は合理的でなければならないのであり、右合理性を裏付ける事情が明確にならなければ加害者に納得を得ることができない。一方、逸失利益の計算では、被害者の収入、生活費の算定方法、就労可能年限などの右計算の基本となるべき事項について、裁判官によって考え方が異なれば、結果の不平等につながりかねず、また、右算定の作業に多くの時間、労力が費やされることとなった。

そこで、裁判実務では、賠償額算定の方法・金額に共通の基準を設けることにより結果の不平等を回避し、処理の迅速化をはかろうとしたのである。こうしてできたのがいわゆる「算定基準」である。

(2) 一方、学界において、西原道雄教授が損害賠償の定額化論を提唱された。これは、生命侵害・傷害における損害賠償額について、人間および人間の生命は本来、貨幣で計測できるものではなく、その価値に差があるはずがない(人間の価値は本来的に平等であるべきだ)という考え方を支柱とし、この考え方から損害の類型化・賠償額の定額化が必要であるとするものである。

この考え方は、前述の裁判所が進めた算定基準による賠償額の定額化とは根本において異なる。裁判所は、何も学界においていわれた「定額化論」を達成しようとして算定基準を考え出したのではないのである。定額化論の理念からすると、賠償は、いわゆる財産的・精神的損害をすべて総合して一つの非財産的損害とみて、これに対する適切な賠償額を全体として判断すべきであるとしており、逸失利益を否定しているのである。すなわち、財産的損害と精神的損害の二本立てとはしないのである。ところで、定額化論にいう賠償金の定額化ということであるが、右理論はその金額がいかほどのものでなければならないかという点については明確な答えを出すことができない。つまり、損害額を客観的に評価して算出することは困難なのである。この点において、定額化論は、実務に対しては明確な回答を出していないと言わなければならない。

(3) 「人間の生命は金銭で購えるものではない」にもかかわらず、現実の問題としては賠償金額を決めなければならない。交通事故(人身事故も同様である)の賠償というのは、本来このような矛盾の上に立つものである。現在の裁判実務の「算定基準」を安易に適用することは、このような矛盾をまったく無視することになる。この矛盾を矛盾として認識して、損害賠償額の算定方法を考えなければ、当該事故が被害者にどれほどの精神的苦痛を与えたものであるかを少しでも思いやることはできない。

(4) ところで、人身事故の損害賠償額の算定にあたっては、従前、自動車事故訴訟における「算定基準」が大きな影響を与え、右基準が損害賠償論全体に通ずるものとして扱われているようである。しかしながら、自動車事故は、損害賠償法が対象とすべき分野のほんの一部分にすぎない。しかも、右算定基準ができたのは前述のとおりの背景事情があり、また、自動車事故訴訟の実務は、自賠責保険との密接な関係があって、算定基準そのものが、自賠責保険の保険金額に大きな影響を受けており、賠償額の算定には、保険制度からの抑制が働いている傾向が見られる。たしかに、自動車事故は、自動車運行に大きく依拠している現代社会では高率で発生し、事故発生の責任を必ずしも一人運転者のみに帰せしめることができない社会的本質がある。そして、今日の被害者が明日の加害者になるかもしれないといった当事者双方の地位の交換性が存在するのであり、このような事情をも考慮して、賠償額が政策的見地から低く抑えられているのである。しかし、このような観点からすると、自動車事故と前提条件が異なる人身事故の損害賠償について、自動車事故訴訟の損害賠償額の算定基準をそのまま無条件に当てはまることは合理的理由もなく、妥当ではない。

(5) 本件事故は、自動車事故とは大きく異なる被害者と加害者の地位の交換の可能性がまったくない鉄道事故であり、被害者はもっぱら被告らの鉄道を利用するだけの立場であるのに対し、被告らはもっぱら鉄道事業により利益を得る立場にあって、両者間の力関係如何は誰の目にも明らかである。また、鉄道は地上に固定された軌道上を走行するものであって、交通機関としての構造上、自動車と比較してはるかに容易に安全を確保することができる。さらに、鉄道においては、自動車、航空機、船舶と異なり、被害者の危険を保険する制度が完備されていない。自動車には車両自体に強制保険が付せられており多くの車両には任意保険も付されている。また、航空機や船舶では乗車する前に乗客自身が損害保険に加入することもよく見られるところであるが、鉄道に乗車する前に乗客自身がわざわざ損害保険に加入することは通常考えられない。これは、鉄道についての安全性に対する国民の信頼性が極めて高いという証左である。このような状況下で、被告らは単線上の正面衝突事故という常識ではまったく考えられない、断じて起こしてはならない事故を惹き起こしたものであり、国民の鉄道の安全性に対する絶大な信頼を大きく裏切ったものである。

したがって、本件事故における損害賠償を考えるにあたって、本件事故を自動車事故と同列に論じることは断じて許されない。誰がいかに損害を負担、分担すべきかという問題を原点に立ち返って考えていく必要がある。

本件事故においては、他の同種事故との間の結果の不平等という問題は生じないのである。被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんし、不法行為がなかったときの状態に回復させることが本件損害賠償である。

(6) さらに、本件原告らは、いずれも被告JR西日本もしくは(及び)被告SKRとの間で旅客運送契約を締結している。旅客運送契約については、商法が五九〇条二項において、損害賠償額の算定の特則を定めている。すなわち、損害賠償額の算定にあたり、裁判所は被害者及びその家族の情況を斟酌することを要するものとしている。これは、特別損害について運送人が予見しうべかりしか否かを問わない点で、民法に定められた損害についての一般原則(民法四一六条一項)に対する例外である。旅客運送人は、旅客が受けた損害であると失った利益であるとを問わず、すべて賠償しなければならないのである。

本件における原告らの損害賠償額の算定にあたっては、自動車事故とはまったく視点を異にした旅客運送契約における旅客運送人の責任を定めた商法の趣旨にも十分に配慮しなければならない。

(7) 以上の基本的視点に立って、原告らは、損害について、財産的損害と精神的損害の二本立ての構造は維持するが、それぞれの損害額の算定に際して、後に述べるような事情を十分に斟酌すべきであると考える。以下においては、原告らに共通する問題点を指摘していくことにする。

(二) 逸失利益

(1) 逸失利益総論

逸失利益は、被害者が事故に遭わなければ得ることができたはずの利益であるが、現在の自動車事故訴訟における算定基準によれば、次のとおりの考え方によって金額が算出される。

被害者が、事故に遭わなければいつからいつまで働くことができたか(就労可能年限の問題)、その間にどれだけの所得を得ることができたか(所得の推計の問題)、その所得を将来の各時点ではなく現時点でまとめて受け取るとすればどれだけの金額になるか(中間利息控除の係数の問題)、そこから生きていたならば、必要とされたであろう生活費を控除するといくらの利益が残るか(生活費控除の問題)と考えていき、この最後に算出された金額が逸失利益である。

このような算出方法にはいくつもの問題点が存する。たしかに、逸失利益というのは、将来の所得を考えるのであるから、一定の予測が加わってくるが、右予測は合理的なものでなければならない。ところが、現在の算定基準には、右予測について、不合理な点がいくつも存在するのである。

例えば、幼児や学生の場合の逸失利益について、初任給にホフマン係数を乗じる方式では、就職してから六七歳で退職するまで、初任給と同額の金額を受け取り続けるということを前提とすることになるが、このような労働者は現実にはいないであろう。基礎となる収入を初任給の金額に抑える点で被害者を不当に扱うものであることは明らかである。被害者が生きているとしてその収入から生活費を差し引きながら、被害者の成長を認めないというのは矛盾している。また、一方では将来所得を五パーセントの利子率で差し引きながら、他方で所得を就業時の初任給に固定しておくというのも論理的でない。つまり、幼児や学生といった未就労者の場合、逸失利益の額があまりにも低額になり、不合理であることは明らかである。

要するに、右の逸失利益の算定方法では、将来の所得を推計するに際して、年齢要因と成長要因とをまったく考慮されていないのである。この結果、右逸失利益の算定方法によれば、その金額は極めて低く抑えられることになる。これは、女性の場合に逸失利益が男性に比して低くなるという問題においても同様である。従前賃金センサスの平均賃金額を安直に利用していたことが賠償額に看過し難い男女間格差を生じさせてきたのであり、この点が現在問題となっている。

また、将来所得から中間利息を控除して逸失利益を算定するという方法においても、算定基準によれば五パーセントという民法の法定利率を適用している(いずれの係数を採用したとしても)が、これは所得の成長をまったく考慮しておらず経済の理論からすれば明らかに誤っている。仮に、所得成長率が低い場合には、前払いされた賠償金を運用する利子率もそれに応じて低いわけであるから、五パーセントという法定利率をそのまま割引に用いることは理論的におかしい。市場の利子率が低ければそれに応じて割引率を低くすべきである。割引率を引き下げた場合、当然に逸失利益の金額は大きくなる。

逸失利益が低く抑えられているというのは、就労可能年限、生活費控除の割合といった問題を考える際にも同様である。

このように逸失利益の算定は非常に難しい問題であるが、裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、でき得るかぎり蓋然性のある額を算出するよう努めるべきであり、そうでなければ、後に述べる民事訴訟法の二四八条の規定が無意味になるのである。

そこで、原告らは、逸失利益の算定に関して、まず、本件被害者の多くに共通する問題点として、基礎収入の中への年金・恩給の組み入れの可否の問題を取り上げ、さらに、生活費控除の割合、就労可能年限の問題をここにあげることにする。また、個別の被害者にかかる問題は、個別の損害の主張において論じることとする。

(2) 年金・恩給

(ア) 退職年金などの各種年金や恩給については、被害者がかりに生存していたならば得ることができたのであるから、当然逸失利益として認められてしかるべきものである。さらに、性格的にも、退職年金には給与の後払いの性格も含まれているのであり、その相続性を裏付けている。この点につき議論はあるが、最高裁判所は、これまで、それらに相続性があることを前提とした判示をしてきており、死亡による逸失利益として認めていることは実務上確立しているし、さらに、地方公務員等共済組合法による退職共済年金について右年金の喪失を逸失利益と認め、この点についての最高裁判所の判断は確定したものということができる。すなわち、加害行為がなかった場合に想定できる利益状態と当該加害行為によって現実に発生した不利益状態とを金銭的に評価して得られる差額を損害として把握する差額説の立場からすれば、死亡によって、退職年金の受給権を喪失する事実がある以上、そこに損害を観念しないわけにはいかないのである。

(イ) 一方、老齢厚生年金、老齢基礎年金等の他の社会保障退職・老齢年金も前記最高裁判示の退職年金と基本的には性格を同じにするので、右最高裁判決が示した考え方はそのまま他の退職年金にも及ぶものと解され、各種年金や恩給について、死亡による逸失利益として認められることは明らかである。

この法理は、被害者が各種年金に加入し、現実に掛金を支払っている場合にも、当然に当てはめられる。すなわち、被害者が事故時点において現実に各種年金を取得していない場合でも、現実に掛金を支払っている場合には、年金の受給権を喪失したことには変わりなく、将来得べかりし年金額は社会保険庁等の計算によって算出可能であり、現実に取得している場合と区別して、これを除外すべき理由はまったくないからである。

なお、前記最高裁昭和五〇年一〇月二四日判決は、犠牲者が事故当時満四一歳であり、現実に年金の取得には至っていなかったが、将来の年金収入を逸失利益として認めたものである。

(ウ) したがって、原告らは、各種年金や恩給を逸失利益の基礎収入に加算して損害賠償額を算定する。

(3) 生活費控除

生活費控除について、民事自動車事故訴訟においては死亡当時の被害者の地位を基準にして一律にその率を定めて処理している(例えば、一家の支柱、女子、男子単身者といった区別である)。しかしながら、例えば、男子単身者の生活費控除率を終生固定することは、男子単身者も将来一家の中心的存在になることが予想される場合がほとんどであることからすれば、相当ではないし、女子と男子単身者との区別もいかなる理由に基づくのか理解し難い。また、高額所得者の場合、現実に費消する生活を考えると、生活費控除率を三割ないし五割と固定するのは実情にそぐわない。このように、右処理基準に定められた控除率の理論的根拠は乏しいといわなければならない。

被害者の得べかりし利益を算定するに当たり控除すべき被害者の生活費とは、「被害者自身が将来収入を得るに必要な再生産の費用」を意味するが、この生活費の算出を具体化することは、生活費という概念そのものが曖昧であるが故に極めて困難である。ただ、被害者が支出するはずであった家族の生活費や就労可能年限経過後の生活費が右の意味の「生活費」に含まれないことは理論上明らかである。また、厳密に考えてみると、一人の人間が将来収入を得るに必要な再生産の費用は、最低限の衣食住に要するものだけであって、これが得べかりし利益の五割にも達するとはとうてい考えられない。社会一般で観念されている生活費は、再生産の費用だけではなく、その他の生活に要する費用を含めて考えている(ただし、どこまでの費用を含めているのかは明確にできない)のであり、このような生活費の考え方を右生活費控除率の割合の決定に及ぼすことは妥当でない。「生活費」を右のように限定して考えれば、再生産の費用は死亡当時の被害者の地位にそれほど影響されるものではなく、被害者にほぼ共通するものとして考えられ、被害者の地位によって区別すべき合理的根拠は存しない。

現在の通常人の生活を想定して右再生産の費用を考えると、その費用は少なくとも得られた収入全体の三割を上回ることはないものと考えられる。したがって、この生活費控除率は少なくとも三割を上回ることはない。また、前述のとおり、就労可能年限経過後については理論的にここでいう生活費控除はありえない(再生産はありえない)のであるから、就労可能年限経過後の各種年金による収入については生活費を控除すべきではない。

この点に関して付言すると、裁判所においても、生活費の割合の数値の根拠は具体的には説明されておらず、この数値はもともと恣意的なものにしかすぎないと思われる。例えば、扶養家族の多い被害者について、生活費の割合を低下させるのは、もともと算定された逸失利益が低すぎるために、遺族が賠償金を受け取った後、早い時点で経済的に困窮するからではないかと考えられるし、被害者が女性の場合に、生活費の割合を下げるのも、もともと女性の逸失利益の算定が低すぎるからではないかとも考えられるのである。しかしながら、このような問題は逸失利益の算定において検討されるべきであって、生活費控除の割合を考えるにあたって斟酌すべきではない。

(4) 就労可能年限

(ア) 現在の民事自動車事故訴訟における被害者の就労可能年限は、一般に六七歳とされているが、過去の右算定基準にあたってみると、このような扱いは昭和四四年の第一二回生命表の〇歳男子の平均余命67.74歳によっている。右基準とされた生命表発表当時から二〇年以上が経過し、大幅に平均寿命が延びているにもかかわらず、この就労可能年限が何ら変更されていない(議論さえされていない)のはまったくもって不思議であり、右発表当時、既に、寿命延長傾向に鑑み、就労可能年限も早晩改訂を免れまいと指摘されていたほどである。

また、右就労可能年限を男子の平均余命に一致させていることも理論的根拠がない。平均賃金の算定については男女間に大きな差を設けながら、就労可能年限に男女間の差を設けないことも首肯できない(男女間の格差を一層拡大させているのである)。とすれば、従前の六七歳を就労可能年限とするという算定基準は理論的根拠に乏しいといわなければならない。

(イ) そこで、就労可能年限を考えるにあたっては、現代社会において、現実にどの年代まで就労しているかを見ていく必要がある。

平成二年一〇月一日の国勢調査によると、六五歳以上の人口は、全人口の一二パーセント(約一五〇〇万人)にものぼっている(現在はさらにその比率が増加している)が、現代社会を見わたすと、これらの人口の相当人数が現実に就労しているものと考えられる。急速に進む高齢化社会においては、高齢者の労働環境の整備が政策として掲げられ、高齢者の就労は容易になりつつある。また、企業の定年の延長化の傾向(中には、希望者全員を定年後も継続雇用する企業も多く存在する)も見られるところである。生きがいを求めて働く高齢者は増加し、高齢者への仕事を斡旋する「シルバー人材センター」は不況が続く中でも業績がアップしている。また、厚生省の「高齢者施策の基本方向に関する懇談会」の報告書(平成五年九月九日発表)によれば、六五歳以上を高齢者にみなす考え方を七〇歳以上に引き上げ、働く意思があればいつまでも働ける環境づくりを提言している。このような現代社会において、六七歳を就労可能年限であるということを前提にして逸失利益を算出することは、現実からあまりにかけ離れているといわなければならない。現代社会においては、七〇歳でも十分に就労可能であると考えられる。ちなみに、簡易、最高裁判所裁判官の定年は七〇歳とされている。

また、厚生省が発表した平成八年の簡易生命表によれば、男性の平均寿命は77.01歳、女性のそれは83.59歳であり、ともに世界最長寿を保っている(本件事故直前の平成二年の簡易生命表によれば、「男性の平均寿命は75.86歳、女性のそれは81.81歳であり、当時から世界最長寿を保っている)。平均寿命は今後さらに延びることが予想され、一層高齢化社会が到来する。このような環境下において、今後さらに高齢者の労働環境が整備されることが予測でき、高齢者の就労がより容易になることは確実である。このような将来に対する予測もふまえて就労可能年限を考えるべきである。過去の処理基準を作った考え方からすれば、平成八年においては、就労可能年限を七七歳としても不思議ではないのである。

さらに、本件事故に遭遇した犠牲者らのうち高齢者は、健康そのものであったからこそ、世界陶芸祭まで出かけているのであり、本件事故における犠牲者らの特質をも考慮して就労可能年限の問題を考えるべきである。

このようなことからすれば、就労可能年限を一律六七歳とすることが相当でないことは明らかである。

(ウ) 以上のような状況をふまえて、原告らは、就労可能年限としては、「七〇歳プラス七〇歳以上についての各年の簡易生命表(なお、原告らが入手することができた本件事故直前の平成二年のそれによる)の平均余命年数の二分の一」を主張する。すなわち、例えば四〇歳男子が死亡した場合、就労可能年限は、四〇歳男子の右簡易生命表による平均余命が37.52歳であるので、七〇歳を越える部分の平均余命年数7.52歳の二分の一にあたる四歳(小数点以下四捨五入)を七〇歳にプラスして七四歳とすべきである。

なお、平成二年以降の各年の簡易生命表によれば、平均余命年数はさらに延びており、原告ら主張の年数を上回っているのであり、原告らの主張を根拠づけている。

(三) 慰謝料

(1) 慰謝料は、被害者側の受けた精神的損害を償うものであるが、人間の受けた精神的打撃を金銭に換算することは、もともと不可能であるので、その金額に対する算定根拠は存在しない。このようなことから、慰謝料の金額の算定は、裁判所がそれぞれの場合における事情を斟酌し、自由な心証をもって、量定すべきものとされている(判例、通説)。ところで、この金額についても、民事自動車事故訴訟において基準化され、定額化の傾向にある。しかも、この金額が自賠責保険の保険金額に影響を受け、抑制されているのが実情である。この現象には、保険制度とともに交通事故の原因に社会的要素が多く含まれることから、損害も加害者だけに負担させるべきではなく、当事者間に公平に分配されなければならないとする思想が根底に在する。右思想は、保険という制度につながっている。保険というのは、自分らの力では避けることのできない災難がもたらす損害を特定の人だけに負わせるのではなく、多数の人々で分散しようという人間の知恵から生まれた制度であり、危険の分散である。例えば生命保険や海上保険というのは、死や自然現象(台風など)といった人間の意志や努力では避けることのできない偶然の事故であるから、それに遭遇する危険を分散しようというものである。

しかしながら、本件事故では、被害者・加害者の互換性ということはなく、このような思想を前提とする自動車事故とは明確に区別されなればなならない(ただし、他の自動車事故の場合も多くは偶然によって生じた事故ではなく、人為的に起こしたものもあって、その前提は問題であるが)。本件事故が人為的事故であることは明らかであり、偶然の事故ではない。このような本件事故において、前述の危険の分散の思想(ひいては保険という制度)は存在しない。

したがって、本件事故における慰謝料訴訟の算定については、裁判所は、政策的配慮に基づく民事自動車事故訴訟における算定基準を離れて、原点に戻り、本件事故のさまざまな事情を十分に考慮して、自由な心証をもって判断すべきである。

(2) ところで、現在の民事自動車事故訴訟における死亡慰謝料額の算定基準には、次のような問題点が存する。

まず、右慰謝料額は、自賠責保険における死亡の場合の法定限度額に影響を受けていることは、過去の法定限度額の引き上げの時期及び金額の推移からみて明らかである。例えば、右法定限度額は、昭和六〇年四月一五日に金二五〇〇万円(それ以前は金二〇〇〇万円)、平成三年四月一日に金三〇〇〇万円と引き上げられているが、右算定基準もこの限度額に合わせるが如く引き上げられている。このように自賠責保険の保険金額をにらむ形て定められた慰謝料の金額は、合理性がなく、人間の命の評価としてはあまりに低額すぎるのではないかと考えられる。

次に、右算定基準によれば、被害者が一家の支柱であれば高額にし、高齢者や子供であれば低額にするように決められているが、一家の支柱の場合には高額の慰謝料を支払うというのは、家族の経済的側面からのみ見ていることになり、精神的な結びつきという観点からすれば、右のような差を設けることはできないはずである。被害者本人にとっては、人生を楽しむ利益を失ったことが損害であり、それは誰も変わらないはずであって、被害者本人や被害者の家族が被った精神的損害に対する慰謝料の額が、被害者が一家の支柱であるか否かによって異なるというのがおかしいことは明らかである。しかしながら、算定基準が一家の支柱にこだわるのは、精神的損害に対する賠償に経済的損害を持ち込んでいるからにほかならない。逸失利益という財産的損害の算定が低額に過ぎるために、それを慰謝料額の増額により補充しているのである。右算定基準によれば、慰謝料額の増額を考慮し得る事情の中に被扶養者が多数の場合といった事情が含まれているのであり、右のような考え方を裏付けている。たしかに、慰謝料には、後に述べるような補完的作用があるが、右のような問題は、財産的損害の算定が十分になされれば解決し得るはずである。原告らの逸失利益についての主張の背景には右事実が存するのである。

以上の次第であり、本件事故において民事自動車事故訴訟における死亡慰謝料額の算定基準をそのまま適用することは相当でない。

(3) そこで、本件事故における慰謝料額の算定に際しては、以下のような事情を考慮すべきである。

本件事故は、単線上の正面衝突事故という信じ難い事故であり、極めて安全であるという国民の鉄道に対する絶大な信頼を大きく裏切ったこと、犠牲者らの被告らとの間の運送契約に基づく信頼関係を著しく破壊したこと、被害者らは長時間にわたって列車に閉じこめられており、その間の圧迫、恐怖等著しい苦痛が存したこと、原告らの中には被害者らと同乗し、被害者の苦しみや死を目の当たりにした者もいること、もちろん被害者側にまったく過失のないこと、既に繰り返し述べてきたように被告らの本件事故前の運行体制があまりに杜撰であり、安全対策を怠っていたこと、本件事故後本訴訟提起までの間の被告らの交渉態度が極めて不誠実であったこと、とくに被告JR西日本は本件事故の原因解明に必要な重要証拠を企業ぐるみで隠滅したこと(なお、これについて、原告らは、被告JR西日本の実行担当者数名を証拠隠滅罪で告発したところ、大津地方検察庁は、右告発に対し起訴猶予処分とし、同罪の成立を認定した。)、原告らに対する慰謝の姿勢がまったくみられないこと(本訴提起後現在に至るまで右姿勢は変わらない。)等々の事情が存する。

また、本件事故は世間の耳目を集めた大惨事であり、原告らは、衆人監視の下におかれて、精神的に一層苦しむ状況にならざるを得なかった。

(4) さらに、被告らに対しては鉄道安全軽視の姿勢に対する制裁の意味をも加味してそれぞれの慰謝料額を算定すべきである。すなわち、被告らの本件事故直前の鉄道安全対策が極めて杜撰であったことは何度も繰り返して述べてきたとおりである。被告JR西日本は、本件事故後もたびたび事故を重ね(現在までまったく改善されていない。)、運輸省から警告書を発せられる事態まで惹き起こしている。これは、被告JR西日本の本件事故による反省が十分でないからにほかならないのであって、被告JR西日本を含む被告らの鉄道安全対策に対する安全軽視の姿勢を改めさせるには、右姿勢に対する制裁といった意味をも加味して慰謝料額を算定することによるほかないものと考えられる。右のような算定方法こそが、今後の被告ら鉄道会社の真の安全対策の向上につながるのである。

なお、原告らは、決して懲罰的損害賠償を求めているわけではない。被告らがいまだに安全対策を十分にとらないことを慰謝料額算定の一要素として考慮すべきであるというものであり、このような事情を斟酌することを拒む理由はない。

(5) また、現在の経済体制の下においては、継続的にインフレーション(物価上昇)傾向がある。この傾向は、今年はそうであっても来年はないといったような可変的なものではなく、今後も継続するであろうことが明らかである。物価の上昇は、金銭購買力の下落を意味するので、これを被害者が手に入れることができないとすれば、自己の生活水準は当然低下していくことにならざるを得ない。損害賠償訴訟において、現在額を将来に向かって一定にしたまま(成長要因を考慮せずに)単に稼働年数を掛けて(中間利息を控除して)算出するとすれば、インフレーション下では逸失利益を毎年一定の割合で減少させていることになる。そこで、原告らは、本件損害賠償額を算定するにあたって、この物価上昇平均年率を一定の範囲で考慮すべきである(もしくは、所得について成長要因を考慮すべきである)と主張する。このことは被害者救済の立場から当然斟酌されるべきものである。

慰謝料には、財産的損害の評価が不十分の場合に金額を増額しようとする補完的作用がある。そして、インフレ加算を慰謝料算定の一要素とした下級審判決も存するのであるのであって、本件においても右判決の趣旨を十分に生かし、右事情を慰謝料算定の要素として考慮すべきである。

(6) 以上のような事情からすれば、慰謝料の算定においては、現行の民事交通事故訴訟における処理基準から離れて考えるべきであり、原告らの死亡による慰謝料としては、少なくとも一犠牲者五〇〇〇万円を下回るものではない。

(四) 葬祭費用

(1) 葬祭費用についても、民事自動車事故訴訟において算定基準があり、定額化されている。これは自動車事故の大量処理、迅速処理の要請に応えるため、相当因果関係の範囲の認定が煩わしい割に実益が少ないものであることを理由としている。しかしながら、本件事故において大量処理、迅速処理の要請はまったく存しない。突然の事故に遭遇した被害者らの遺族たる原告らに発生した損害(葬祭費用)のすべてが賠償されてしかるべきである。右算定基準においても、一定額の増減が認められており、それぞれの事故の個別性は無視できないのである。

本件事故は、未曽有の大惨事であり、遺族原告ら及びその親族の悲しみは大きく、世間の耳目を集めたことも重なり、葬祭費用については通常必要とされる費用以上の支出がなされている。これは、本件事故の特殊性に基づくものであり、被告らは右のような事情を十分に理解すべきである。

(2) したがって、原告らは、葬祭費用(葬祭へ出席した親族の交通費、仏壇購入費、墓碑建立費等を含む)としてそれぞれが支出した金額すべてを請求するものである。

(3) 被告らは、本件事故後、「信楽高原鐵道事故ご被災者相談室」を設け、原告ら遺族との間において、葬祭費用、交通費その他についての交渉にあたってきた。右相談室は、「百箇日法要まではすべての費用の面倒を見る」と発言し、それぞれの遺族に対し、葬祭費用、交通費、諸雑費等を負担してきた。

原告らが、それぞれ主張する既払金額は、いずれも右相談室からのものであり、それぞれ、葬祭費用、交通費、諸雑費に充てられるものである。右金額は、前記算定基準の金額を上回るものであるが、右相談室が葬祭費用、交通費、諸雑費として支払ったのであるから、これらの既払額を他の損害の費目に充当することは許されない。右相談室が明示した損害費目に充当されなければならない。なお、この点につき、原告伊原誠一は、被告JR西日本より、右趣旨を記した領収証書を受領しており、右事実が裏付けられている。

(五) 弁護士費用

原告らは、本件事故後、事故原因の解明を含めて、話し合いによる解決を求めて被告らとの間で交渉を進めてきた。しかし、被告らは、本件事故原因を明らかにせず、原告らの警察発表後の度重なる説明会の開催要求を拒否して、原因解明に必要な資料も一切提出しないまま原告らに対する誠意を示すこともなかった。また、被告JR西日本に至っては、事故発生直後から今日に至るまで、一貫して自己の法的責任を否認し、真摯に遺族らに詫びるという姿勢も見られなかった。その結果、原告らはついにやむを得ず本訴を提起するに至ったものである。

本件訴訟の遂行には、多大な労力と費用が必要であった。本件事故の特質や訴訟に至る経過、本件訴訟活動に鑑み、原告らは、各自損害額に対する日弁連報酬規定にしたがい、その標準額を弁護士費用として請求するものである。

なお、弁護士費用の損害賠償請求について、不法行為による損害賠償の場合については、最高裁判所が明確に肯定している。そして、訴訟活動における弁護士の必要性と言う点では、不法行為の場合と債務不履行の場合を区別すべき理由はないのであるから、債務不履行を理由とする損害賠償請求の場合にも、場合によって、弁護士費用の賠償請求は認められるべきである。下級審判決の中には、訴訟遂行における弁護士の必要性という観点から弁護士費用の賠償を認めたものがあり、とりわけ安全配慮義務の不履行を理由とする損害賠償請求の場合については、弁護士費用の賠償を認めた下級審判決が多い。本件損害賠償請求においては、事実上及び法律上困難な問題を含む事案であり、訴訟遂行における弁護士の必要性があることは明らかである。本件においては、仮に債務不履行に基づく損害賠償請求を認めたとしても(同様に不法行為をも構成しているのであって)、弁護士費用の賠償を認めるべきである。

(六) 最後に

新民事訴訟法は、第二四八条を新設し、損害額の認定において裁判所の裁量を拡大する規定をおいている(口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる)。

精神的損害である慰謝料や将来の逸失利益の算定は、もともと純然たる客観的事実の存否の認定の問題ではなく、裁判官による金銭的評価の問題であり、通常の事実認定とは異質のものである。このような事情から、右規定は、裁判官に対して裁量による損害額の確定を委ねたものである。原告らがこれまで主張するように、慰謝料や逸失利益というものは、損害の性質上その額の算定が極めて困難なものであり、まさに右規定が適用されるものである。

(被告SKRの反論)

(一) はじめに

(1) 以下に述べるとおり、被告SKRは本件事故について、真摯に対応してきたし、原告主張の如き高額による合意などが行われたことはない。

(ア) 被告らは、本件事故後、共同で大阪と大津において被災者相談室を設置し、当初七六名の相談員を置いて事故の被災者やその遺族との間に絶えず接触を保ち、弔意を示して弔意金、義援金を支払い、示談交渉を進めてきた。既に現在、原告らを除き、ほとんどの被災者との間に示談が成立し、本件訴訟のほかに紛争はない状況である。

なお、原告らと共に遺族の会を結成されていた他の一三名の死者の遺族とは既に示談が成立しているが(その示談交渉には、本件の原告ら代理人と同じ代理人が関与している。)、その平均示談額は四七六〇万円余である。

もちろん、示談にあたって、鉄道会社側が金額を一方的に押しつけたことなどないことは、右代理人らが交渉に当たったことからしても明らかである。

(イ) 被告らは、被災者のうち亡くなられた人たちのために事故現場近くに慰霊堂を設け、その後慰霊碑を建立し、また一周忌、三回忌、七回忌法要を遺族の方の出席を得て、弔意と事故の反省をこめて行ってきた。

そのほか相談室の職員は、遺族の方の許しがあれば事故後数年にわたり弔意訪問を続けてきたところである。

(ウ) また、被告SKRは、事故を風化させないよう、信楽駅舎の一階部分に「事故資料館」を設け、事故の写真、事故車の部品の一部を展示している。

さらに、原告らを含む方々が設けられた鉄道安全推進会議の提言を受けて、被告SKRは、より安全対策に配慮して設計された新車両を導入し、衝突時の衝撃を柔らげる装置がつき、車体も従来より強化したものを現に走行させて、安全対策を講じている。

(2) 以上のとおり、被告SKRは、経済的基盤の脆弱な小企業ではあるが、本件事故を真摯に反省し、被害者並びに遺族の方々の精神的苦痛を少しでも和らげる努力を行ってきたものであり、本件の他の被害者については、本件原告らの主張する如き高額によることなく示談が成立しているのである。

(3) たしかに、被害者ら個々における事情(収入額等)は異なるとしても、示談成立となった被害者らも同じ事故による被害者であることには変わりがない。本件原告らのみについて独自の計算により損害額が算定されるとすれば、右個別事情を超え、「同じ事故の被害者であり、生命を侵害されたことに変わりがないのに、質的に異なる算定をされた」こととなる。前記のとおり、同一の損害に対しては、普遍的な方法によって評価がなされることが基本というべきであり、本件原告らについてだけ、質的に異なる方法で損害が算定されるとする原告らの主張は失当というべきである。

(二) 「基本的視点」について

(1) 人の生命侵害に対する損害額が訴訟上問題となった場合の算定方法が、逸失利益、慰謝料等の積み上げ方式を取っていることは、数多くの(おそらく現在におけるすべての)判決例を挙げるまでもないことである。

(2) このうち、生命侵害の場合における財産的損害(積極損害、消極損害)における算定方法について、多くの交通事故事例の判決例の集積がなされ、これらを分析することによって、損害額算出における、ある程度の傾向を読みとることが可能といえる。

しかしながら、これら判決例の前に、あらかじめ定められた何らかの「基準」があるわけではない(被害者側の立証責任を軽減するための常識的な定額算定基準《例えば、入院雑費や付添費、葬儀費、慰謝料額》について、昭和四〇年代まで東京、大阪地裁の交通部である程度の基準が出されていたことがあるが、その後、裁判所において「基準」が発表されたことはない。)。裁判所において、その事案における判断をされる都度、法的に相当と認められるべき損害賠償額の算出のために適当と判断された方法が用いられた結果、その集積から、普遍性を有する一定の方向性が浮き彫りになっているにすぎない。ある事例について、右方向性に沿った判断がなされるのは、右方向性が当該事案が適切であると判断されるからにほかならない。したがって、右「基準」が判決例に影響を与え、しかも、右基準が保険制度による政策的抑制を受けているとする指摘は、右多くの判決例が、政策的観点によって、本来あるべき算定をはずれた判断を行っているとの不当な批判にほかならない。

(3) また、前記の財産的損害の算定方法が、事故の態様等によって別異に解されるべきであるとする原告らの主張は明らかに失当である。

たしかに、本件事故の態様は日常発生する自動車等による交通事故とは異なるけれども、「鉄道事故で亡くなった方については特に稼働可能年数が長くなる」わけではないし、「鉄道事故で亡くなった方についてのみ生活費控除率が変わる」わけでもないのであって、主張の如き事由をもって損害額の算定方法が変わるとする立論が容れられる余地はない。原告らの立論によるなら、これまで、また現在も数多くなされている交通事故訴訟の判決における算定方法のすべてが誤りであるとの結論に至らなければ整合性を欠くことになるのである。「本件は別である。」とする主張は、論理的に破綻しているものと言わざるを得ない。

(4) また、慰謝料については、裁判所の自由な心証をもって判断すべきとされる点は争わないが、やはり交通事故訴訟において認容される慰謝料の額の範囲と異なるものではないというべきである。関係者の心労等については理解するが、これらは自動車等による交通事故の場合にも本質的に異なるものではない。慰謝すべき心情の対象は「被害者の死亡」についてであり、その点において変わりはないというべきである。

(三) 以上を前提に、原告らの主張する諸点に反論を行う。

(1) 年金・恩給について

(ア) 恩給ないし老齢年金等の各種年金については、受給権をもって逸失利益とする判決例も見られるが、これらは、本質的に老齢者に対する生活扶助を目的とするものであって、労働の対価たる性質を有するものではなく、また、その受給権は受給権者が死亡したときはその時期・原因を問わず消滅するものであって、もとより相続性のないものである。したがって、死亡事故によって推定余命期間の年金受給権を喪失したことによる損害が発生する余地はなく、その賠償を求めることはできないというべきである。

(イ) また、仮に前記の年金等を一旦逸失利益として計算するとしても、前記のとおり、これらは生活扶助のために支払われるものであって、すべてが生活費控除の対象とされるものというべきであり、結果として、損害額に加算されないことに変わりがないというべきである。

(ウ) また、被害者が年金に加入していても、受給開始まで相当の期間がある場合、事故当時に受給開始年齢とされる時点が、当該人がその年齢に至った時点でどのようになっているのか、支給基準が維持されているのか(そもそも、制度自体が存続しているかどうか自体、極めて不確定というべきである。)については不確定な要素が多すぎるというべきであって、この意味からも、年金受給を前提とした主張が容れられる余地はないものというべきである。

(2) 生活費控除について

多くの判決例における生活費控除の方法は(一家の支柱である者については三〇パーセント控除、その他の女子は三〇ないし五〇パーセント控除、男子は五〇パーセント控除とされる例が多いようである。)、それぞれの事例において合理的と判断された故のものであり、前記のとおり、本件においてのみ、右考え方が不合理であるとされる理由はない。また、右方法が不合理であるとの具体的根拠(例えば、ある被害者について、原告ら主張のような生活費控除が妥当であるとする事故前の支出内容や、今後の支出内容を蓋然性をもって示す資料)は何ら提出されていないのであって、原告らの主張が失当であることは明らかである。

(3) 就労可能年限について

多くの判決例において(交通事故に限らない。)就労可能年限が六七歳とされているのは、別に昭和四四年の平均余命がそうであるからという理由ではなく、一般に、右年齢までの就労が可能と考えるのが合理的であると判断された故のことである。死亡損害の算定においては、不確定な事象についてのある種の擬制が不可避であるところ、現行における一般の判決例が不合理であると判断すべき理由はない。企業において現行の一般の定年が六〇歳であること、老齢基礎年金の支給時期が六五歳とされていること(国民年金法二八条)等から、右六七歳を平均的な「リタイヤ」の時期と判断することに何ら不合理はなく、前記多くの判決例に背いて、むしろ合理的理由に乏しい原告らの算定方法を用いる理由はない。

(4) 慰謝料については前記(二)(4)のとおりである。

また、懲罰的賠償については現行法において採用されるものではなく、「制裁的要素を加味した」慰謝料額の算定は、結果として、現行法において認めることができない違法な賠償を認めることとなる。原告らの主張は失当である。

また、本件における慰謝料算定にあたっては、前記一に述べた諸事情が考慮されるべきである。経済的基盤の弱い被告SKRであるが、本件事故を率直に反省し、遺族の皆様の気持ちを少しでも慰謝すべくできる限りの対応を行っていることを評価していただきたいと考える。

(5) 葬祭費用について

葬祭費用についても、「相当と認められる範囲」が、当該事故と因果関係を有する損害とされるとする一般の判決例の判断が、本件においてゆがめられる理由はない。また、仏壇や墓石の建立費については、社会通念上相当と認められる限度において、不法行為により通常生ずべき損害とされるが、これも、本件を特別扱いして考える必要のないことである。

(6) 弁護士費用について

弁護士費用についても、本件を特別扱いする理由はない。一般には、認容額の一〇パーセント程度が認められる傾向のようであるが、右は、「事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、不法行為と相当因果関係に立つ損害」と認められるとする最高裁判決に沿って検討した結果と考えられ、認容額を基準とする前記判決例の傾向は正当である(請求額を前提とすることとなれば、結果として認容されない範囲の請求についてまで加害者が費用負担をしなければならないという不合理が生じる。)。また、事案ごとの判断ではあるが、現行の日弁連報酬規定の内容(着手金と報酬の合計額は、経済的利益が三〇〇万円から三〇〇〇万円のときは右利益の一五パーセントプラス二七万円、経済的利益が三〇〇〇万円以上のときは、右利益の九パーセントプラス二〇七万円)から考えるとき、前記判決例の判断は合理的というべきである。

(三) 以上のとおり、原告らが、損害額の主張の総論として述べるところはいずれも失当である。交通事故における多くの判決例が正当なものであるなら、本件において、これと異なる損害額の算定方法が用いられる理由は何ら存在しないというべきである。

10  原告らの個別損害

(原告らの主張)

(一) 訴外亡吉崎佐代子関係

(原告吉崎峻三、同溝口恵美子、同坂本久仁・原告番号1の1ないし3)

原告吉崎峻三は、訴外亡吉崎佐代子(昭和一二年一〇月七日生。以下「亡佐代子」ともいう。)の夫、原告溝口恵美子、同坂本久仁子は子であって、亡佐代子には他に相続人はなく、原告吉崎峻三は亡佐代子の本件事故に基づく損害賠償請求権を二分の一、原告溝口恵美子、同坂本久仁子は各四分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費七七五万一五一二円

(ア) 葬儀費用 二九七万五三九二円

原告吉崎峻三らは、亡佐代子の葬儀をとり行い、その費用として二九七万五三九二円を支出した。

(イ) 葬儀以後の法要費用

三八万四三〇〇円

原告吉崎峻三らは、右葬儀以後に、亡佐代子の四十九日の法要等の法要をとり行い、その費用として三八万四三〇〇円を支出した。

(ウ) 仏壇購入費等

一〇二万三八二〇円

原告吉崎峻三らは、仏壇仏具の購入費として七六万九二〇四円を、自宅の一部を仏間に改造するための費用として二五万四六一六円をそれぞれ支出した。

(エ) 墓石建立費等

三三六万八〇〇〇円

原告吉崎峻三らは、墓石を建立する費用として二六六万八〇〇〇円を、霊園墓地の永代使用料及び永代管理料として七〇万円をそれぞれ支出した。

(2) 逸失利益四〇五九万三四九九円

(ア) 家事労働所得喪失による逸失利益 三五五五万一一八五円

亡佐代子は死亡当時五三歳の健康な女性であって、家事労働に従事し、吉崎家の家庭の大黒柱としていろいろな世話をしていた。

平成三年度賃金センサス企業規模計・産業計・新高卒(同女は大阪相愛学園高校を卒業している)・五〇歳ないし五四歳の女子労働者の平均賃金は年額金三三七万五七〇〇円であるところ、亡佐代子は、本件事故に遭遇しなければなお七六歳に至るまで二三年間就労可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり三五五五万一一八五円になる。

3,375,700×(1-0.3)×15.045=35,551,185

(イ) 国民年金受給資格喪失による逸失利益 五〇四万二三一四円

亡佐代子は、国民年金老齢年金を継続してかけており、六五歳には受給資格を得ることになっており、六五歳以降年額五三万四二〇〇円の支給を受けることになっていた。

したがって、亡佐代子が本件事故に遭遇しなければ、六五歳から平均余命までの約一九年間少なくとも右金額の年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり五〇四万二三一四円になる。

534,200×(18.029-8.590)=5,042,314

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

本件事故により、亡崎佐代子にとっては、これから夫婦水入らずでという将来の生活への期待や楽しみが一瞬にしてすべて奪われたのである。

原告吉崎峻三にとっては、ようやく娘二人を結婚させた後の妻佐代子との幸福な生活を一瞬にして奪われ、長い結婚生活において妻にかけてきたさまざまな苦労に報いることもできず、その無念さは計り知ることができない。

原告溝口恵美子、同坂本久仁子は、本件事故車両に同乗し、自らが重傷を負うとともに、母佐代子の苦しみと死を目前にしており、その時の状況は筆舌に尽くし難い。また、右原告両名は、母の葬儀にも参列できず、また、これまで育ててくれた母に孫の顔を見せることもできず、母と娘の心の通じ合った生活をすべて奪われたのである。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも合計五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 二九万七〇〇〇円

亡佐代子は、本件事故当日、時計、貴金属を着用しており、本件事故により、右時計、貴金属を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は合計二九万七〇〇〇円である。

(5) 弁護士費用 八九七万円

原告吉崎峻三、同溝口恵美子及び同坂本久仁子は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として右原告らは八九七万円を支払うことを約した。

(6) 損害のてん補

六八五万九六九二円

原告吉崎峻三、同溝口恵美子及び同坂本久仁子は、被告らから、葬祭関係費として前記(1)(ア)と(イ)の合計金額三三五万九六九二円及び三五〇万円の支払を受けた。

(7) 総損害額

一億〇〇七五万二三一九円

(8) 結論

よって、原告峻三は、総損害額の二分の一にあたる五〇三七万六一五九円、同溝口恵美子及び同坂本久仁子は総損害額の四分の一にあたる各二五一八万八〇七九円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(二) 訴外亡伊原一男関係

(原告伊原いと、同伊原誠一、同伊原佳嗣、同村上美智・原告番号2の1ないし4)

原告伊原いとは、訴外亡伊原一男(大正一四年五月一八日生。以下「亡一男」ともいう。)の妻、原告伊原誠一、同伊原佳嗣、同村上美智は子であって、亡一男には他に相続人はなく、原告伊原いとは亡一男の本件事故に基づく損害賠償請求権を二分の一、原告伊原誠一、同伊原佳嗣、同村上美智は各六分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費五二五万〇四八五円

原告伊原いとらは、亡一男の葬儀およびその後一周忌までの仏事法要をとり行い、その費用として合計五二五万〇四八五円を支出した。

(2) 逸失利益五三五八万一七二八円

(ア) 得べかりし所得喪失による逸失利益 一九七六万二七九〇円

亡一男は死亡当時六五歳の健康な男性であって、当時有限会社箱為商店に勤務していた。

平成三年度賃金センサス企業規模計・産業計・学歴計・六五歳以上の男子労働者の平均賃金は、年額三五五万三五五〇円であるところ、亡一男は本件事故に遭遇しなければなお七五歳に至るまで一〇年間就労可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり一九七六万二七九〇円となる。

3,553,500×(1-0.3)×7.945=19,762,790

(イ) 年金受給資格喪失による逸失利益 三三八一万八九三八円

亡一男は、警察共済年金及び厚生年金の受給資格を得ていて、平成三年四月には年額金三二一万三四七六円の支給を受けることになっていた。

したがって、亡一男が、本件事故に遭遇しなければなお平均余命までの約一六年間少なくとも右金額の年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり三三八一万八九三八円となる。

2,931,600×11.536=33,818,938

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

亡一男は、昭和五五年に永年勤め上げた京都府警を定年退職後、前記有限会社箱為に勤務しての収入と年金収入で悠々自適の余生を過ごしていた。子供たちも長男、次男は亡一男と同様警察に就職して家庭を持ち、長女も結婚して家庭を持っており、妻である原告いとと水入らずで落ちついた幸せな生活を送っていた。夫婦仲は良く、二人で各地の旅行を楽しんでいた。ところが、長女から母の日のプレゼントにもらった陶芸祭の入場券付き切符で、妻と一緒に楽しみにして出かけた陶芸祭に赴く途上で、被告両社の重大な過失により、思いもよらない本件鉄道事故に遭遇し、胸部圧迫による窒息死という悲惨な死を遂げ、一瞬にして幸福な人生のすべてを奪われたのである。

原告伊原いとは、亡一男とともに本件事故車両に同乗していて、本件事故に遭遇し、自らも肋骨を骨折するなど重傷を負い、事故後車内で夫の姿を探すうちに救出されて病院に搬送され、事故現場で夫と今生の別れとなったものであって、平穏にして幸福な生活から一転して伴侶を失った孤独な余生を送らざるを得ない境遇に陥り、一時は寂しさに耐えきれず後を追って自殺も考えるほどの絶望と悲嘆を味わった。

また、原告伊原誠一、同伊原佳嗣、同村上美智は、最も敬愛する父を一瞬にして奪われ、その精神的苦痛ははかりしれないものがある。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 一〇万円

亡一男は、本件事故当日、時計等をしており、本件交通事故により、右時計等を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は少なくとも一〇万円を下回るものではない。

(5) 交通費 五〇万円

亡一男の葬儀およびその後一周忌までの仏事法要に参列するため、原告伊原いとら親族は、交通費を支出したが、その金額は合計五〇万円を下回るものではない。

(6) 弁護士費用 九六九万円

原告伊原いと、同伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として右原告らは九六九万円を支払うことを約した。

(7) 損害のてん補 五〇〇万円

原告伊原いと、同伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智は、被告JR西日本から、「葬祭等にかかる当面の経費」として五〇〇万円の支払を受けた。

(8) 総損害額

一億一四一二万二二一三円

(9) 結論

よって、原告伊原いとは、総損害額から五〇〇万円を控除した一億一四一二万二二一三円の二分の一にあたる金五七〇六万一一〇六円、原告伊原誠一、同伊原佳嗣、同村上美智は総損害額の六分の一にあたる各一九〇二万〇三六八円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(三) 訴外亡臼井信子関係

(原告臼井和男、同臼井泰子・原告番号3の1、2)

原告臼井和男は訴外亡臼井信子(昭和四〇年二月二八日生。以下「亡信子」ともいう。)の父、同臼井泰子は母であって、亡信子には他に相続人はなく、原告臼井和男及び同臼井泰子は亡信子の本件事故に基づく損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費

一〇二四万六九四〇円

(ア) 葬儀費用等四六四万六九四〇円

原告臼井和男らは、亡信子の葬儀等をとり行い、その費用として四六四万六九四〇円を支出した。

(イ) 墓石建立費 五六〇万円

原告臼井和男らは、墓石を建立する費用として合計五六〇万円を支出した。

(2) 逸失利益

一億二四五七万一七五一円

亡信子は、昭和六〇年に嵯峨美術短期大学陶芸科を卒業後、同短期大学内に設置された専攻科に二年間通学し、計四年間、右嵯峨美術短期大学に通学している。したがって、亡信子の逸失利益を算定するにあたっては、四年生大学卒業の資格を有することを前提にするべきである。

次に、亡信子の逸失利益を算定するに当たっては、同女の入社当時の初任給を固定化して考えるべきではない。亡信子は、右短期大学の専攻科を卒業後、インテリア・コーディネーターの分野でアルバイトとしての勤務を経た上で、平成元年一〇月二日付で株式会社福寿園に採用され、右採用後わずか一年七か月で本件事故に遭遇したのである。亡信子の可能性がこれから花開こうというまさにそのとき、突然にしてすべての将来を絶たれたのであり、もし死亡時の給与だけを固定的に捉えて将来の逸失利益を算定するならば、以下に詳細に検討するとおり著しく不当な結果を招来することは明らかである。

まず、亡信子の初任給は、年額三〇〇万円であり、四年制大学卒の女子労働者の平均水準からすれば、比較的低水準である。また、同女が大学で四年間陶芸を専攻し、就職した職場では陶芸教室の主宰など、その専門的技能を活かす部門であったことを考えれば、なおさら低水準であるというべきである。しかし、これは、亡信子自身が、自分の将来の可能性のための自己研さんの必要を考えて、週に一日の在宅研修日が保証される年俸社員という雇用形態を選んだためなのであり、いいかえれば、当面の少し低い給料に甘んじる代わりに、そこから生まれる時間を、将来のために投資しているのである。したがって、この初任給は、亡信子の能力、技能、経験が直接反映された結果ではなく、むしろ同女が将来のために一時的、自主的に選択している過渡的なものである。

ところで、亡信子の将来の昇給の可能性についてであるが、株式会社福寿園の亡信子ら年棒社員の昇給に関する規定によれば、その年俸水準も昇給するのは当然であり、これらによれば、亡信子を含む年俸社員の給与は、原則として二年に一回見直しを行い、四月二一日付で昇給を行うこととされ、仮に六一歳まで福寿園に勤務したと仮定した場合の給与の推移と生涯賃金は、退職金を含めて一億八五六一万二二二二円となる。逸失利益の算定は、蓋然性の問題であり、亡信子の給与が一生涯、右初任給のまま昇給しないままに終わる蓋然性と、会社の規定に従って昇給し、退職金も取得するという蓋然性と、どちらがより可能性が高いのか、裁判所は経験則と良識に基づいて判断するべきである。

さらに、亡信子の才能には、非凡なものがあったことを考慮に入れる必要性がある。同女の父親である原告臼井和男は京都を代表する染色工芸家であって、数々の賞を受賞し、工芸家としての名声を欲しいものにしたのみならず、同人が経営する染色工房は、経営的にも大きな成功を収めてきた。そのような家庭環境に育った亡信子が工芸・芸術の才能にめぐまれ、そしてその道を目指すのは自然なことであった。亡信子は、当面の間は、自分を人間的にも、技能的にもとことん鍛えることを第一に考え、ほとんど作品を発表できないままこの世を去ったが、それでも、生前に製作された作品は、同女の才能の非凡さの片鱗をはっきりとあらわしている。

たしかに人の才能の評価は難しく、これを数字で表し、逸失利益の算定の蓋然性を評価することはもっと難しい。しかし、総論でも述べたとおり、裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、その蓋然性の判断を行うようつとめるべきなのである。

さらに、臼井家では一族で不動産の管理会社泰和株式会社を経営しており、資本金一〇〇〇万円を家族で所有しており、亡信子も内九五万円の株式を有していた。右会社の代表取締役は、従前は亡信子の祖父治作があたり、平成五年一月からは亡信子の母原告臼井泰子があたり、月二〇万円の収入を得ている。そして、本件事故がなければ、近く亡信子が代表取締役に就任する予定であった。

したがって、亡信子は右収入を本来あげ得る蓋然性を有していたにもかかわらずその収入を失ったものであるということができ、さらに、将来の昇給の可能性や物価上昇率の予想からして、少なくとも別紙「昇給計算表①」のとおり合計金一億七七九五万九六四五円の収入を得ることができたと考えるべきであり、これから生活費として三〇パーセントを控除すると、逸失利益は一億二四五七万一七五一円となる。

177,959,645×(1-0.3)=124,571,751

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

右に述べたとおり、事故当時二六歳であった亡信子は、陶芸やガラス工芸を目指すかたわら、寸暇を惜しんで自己の人格的な切磋琢磨、さまざまな分野の素養や教養の習得などに励んでいた。

本件事故は、そのような亡信子の将来をすべて断ち切ったるとともに、両親の亡信子に対する思いも同様に途絶せしめた。両親は工芸作家として成功を収め、亡信子にも期待はしながらも、同女の自主性を信じ、同女の可能性を伸び伸びと育ててきた。その甲斐あってか、亡信子は、可能性を大きく花開かせるほんの一歩手前まで来ていたところで、突然この世を去ったのである。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも合計五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 七七万三〇〇〇円

亡信子は、本件事故当日、時計、カメラを身につけており、本件事故により、右時計、カメラ等を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は少なくとも七七万三〇〇〇円を下回るものではない。

(5) 交通費 五〇万円

亡信子の葬儀およびその一周忌までの仏事法要に参列するため、原告臼井和男ら親族は、交通費を支出したが、その金額は合計五〇万円を下回るものではない。

(6) 弁護士費用 一二〇九万円

原告臼井和男及び同臼井泰子は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、請求金額一億四〇〇〇万円に対する費用として、一二〇九万円を支払うことを約した。

(7) 損害のてん補

九五九万一五二〇円

原告臼井和男及び同臼井泰子は、被告らから、葬祭関係費すべてを含み合計九五九万一五二〇円の支払を受けた。

(8) 総損害額

一億八七五九万〇一七一円

(9) 結論

よって、原告臼井和男及び同臼井泰子は総損害額のうち一億四〇〇〇万円及び右弁護士費用を請求することとし、右金額の二分の一にあたる各七六〇四万五〇〇〇円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(四) 訴外亡木村てい子関係

(原告木村昭典、同木村滋、同井上俊子・原告番号4の1ないし3)

原告木村昭典は、訴外亡木村てい子(昭和四年一二月二五日生。以下「亡てい子」ともいう。)の夫、原告木村滋、同井上俊子は子であって、亡てい子には他に相続人はなく、原告木村昭典は亡てい子の本件事故に基づく損害賠償請求権を二分の一、原告木村滋、同井上俊子は各四分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費七一五万四六七九円

原告木村昭典らは、亡てい子の葬儀及びその後一周忌までの諸法要をとり行い、その費用として合計七一五万四六七九円を支出した。

(2) 逸失利益四七五五万七八五一円

(ア) 家事労働所得喪失による逸失利益 二三九三万一六六三円

亡てい子は死亡当時六一歳の健康な女性であって、家事労働に従事し、木村家の家庭の大黒柱としていろいろな世話をしていた。

平成三年度賃金センサス企業規模計、産業計、学歴計、六〇歳ないし六四歳の女子労働者の平均賃金は年額二九六万三六〇〇円であるところ、亡てい子は、本件事故に遭遇しなければなお七七歳に至るまで一六年間就労可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり二三九三万一六六三円になる。

2,963,600×(1-0.3)×11.536=23,931,663

(イ) 厚生年金受給資格喪失による逸失利益 二三六二万六六六八円

亡てい子は、厚生年金老齢年金の受給資格を得ていて、平成三年には年額一五七万〇四〇〇円の支給を受けていた。

したがって、亡てい子が本件事故に遭遇しなければ、平均余命までの約二三年間少なくとも右金額の年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり二三六二万六六六八円になる。

1,570,400×15.045=23,626,668

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

亡てい子にとっては、病弱の夫を支え仕事に家事にと働きつづけ、二人の子供も結婚し、ようやくこれから夫婦水入らずでという将来の生活への期待や楽しみがすべて奪われたのである。

原告木村昭典にとっては、ようやく子供二人を結婚させた後の妻てい子との幸福な生活を一瞬にして奪われ、長き結婚生活において妻にかけてきたさまざまな苦労に報いることもできず、また、今後の老後の生活を一人寂しく暮らしていくことを考えれば、その無念さははかりしれない。

また、原告木村滋、同井上俊子にとっても、これまで育ててくれた母の恩に十分報いることもできないまま、突然の本件事故により母を失ってしまったものであり、その無念さははかりしれないものである。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも合計五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 一〇万円

亡てい子は、本件事故当日、時計、貴金属を着用しており、本件事故により、右時計、貴金属を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は少なくとも一〇万円を下回るものではない。

(5) 交通費 五〇万円

亡てい子の葬儀及びその後一周忌までの仏事法要に参列するため、原告木村昭典ら親族は交通費を支出したが、その金額は合計五〇万円を下回るものではない。

(6) 弁護士費用 九九九万円

原告木村昭典、同木村滋及び同井上俊子は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として九九九万円を支払うことを約した。

(7) 総損害額

一億一五三〇万三〇一〇円

(8) 結論

よって、原告木村昭典は、総損害額の二分の一にあたる五七六五万一五〇五円、同木村滋及び同井上俊子は総損害額の四分の一にあたる各二八八二万五七五二円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(五) 訴外亡後藤正利関係

(原告後藤泰子、同後藤久美、同芝利美・原告番号5の1ないし3)

原告後藤泰子は、訴外亡後藤正利(昭和一四年六月二九日生。以下「亡正利」ともいう)の妻、原告後藤久美、同芝利美は子であって、亡正利には他に相談人はなく、原告後藤泰子は亡正利の本件事故に基づく損害賠償請求権を二分の一、原告後藤久美、同芝利美は各四分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費三八八万三九六六円

(ア) 葬儀費用 三〇五万〇三二九円

原告後藤泰子らは、亡正利の葬儀をとり行い、その費用として三〇五万〇三二九円を支出した。

(イ) 葬儀以後の法要経費

八三万三六三七円

原告後藤泰子らは、右葬儀以後に、亡正利の四十九日の法要等の法要をとり行い、その費用として合計八三万三六三七円を支出した。

(2) 逸失利益六五九二万六一四一円

(ア) 給与所得喪失による逸失利益

四九〇七万六七九〇円

亡正利は、死亡当時五一歳の健康な男性であって、株式会社ボンネージュの取締役兼従業員として就労し、後藤家の大黒柱として、平成三年度には年額四六六万円の給与を得ていたところ、亡正利は、本件事故に遭遇しなければなお七四歳に至るまで二三年間就労可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり四九〇七万六七九〇円になる。

4,660,000×(1-0.3)×15.045=49,076,790

(イ) 厚生年金受給資格喪失による逸失利益 一六八四万九三五一円

亡正利は、厚生年金保険の加入者であり、六〇歳には受給資格を得ることになっており、六〇歳以降六四歳まで年額一八三万七七〇〇円、六五歳以降年額一九〇万四〇〇〇円の支給を受けることになっていた。

したがって、訴外亡正利が本件事故に遭遇しなければ、六〇歳から平均余命までの約一八年間少なくとも右金額の年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり金一六八四万九三五一円になる。

1,837,700×(9.821-7.278)=4,673,271

(六〇歳から六四歳まで)

1,904,000×(16.804-10.409)=12,176,080

(六五歳から七八歳まで)

4,673,271+12,176,080=16,849,351

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

亡正利は、昭和四四年に郷里の徳島県から一家そろって大阪に出てきた後、実姉の経営する洋菓子喫茶店の店長として休日もほとんどとらずに精勤し、一家の大黒柱として右原告ら家族の生活を支えてきた。そして、平成元年には長年病気のため寝たきりで原告後藤泰子が介護をしていた父潤八が亡くなり、平成二年には二女の原告芝利美が結婚して、ようやく夫婦の生活も落ちついてきた時期に、亡正利の「これからは二人で夫婦の人並みな思い出を作り、楽しい人生を送ろう」との希望により、大阪に来て初めての夫婦だけの旅行として計画されたのが今回の信楽陶芸祭行きであった。ところが、その楽しみにしていた信楽陶芸祭行きが夫婦、父娘の永遠の別れになってしまったのである。

これから、孫たちにも囲まれ、苦労をともにしてきた原告後藤泰子との夫婦水入らずの生活を送ることを夢見ながら、突然の死により五一歳の若さで人生を終えることになった亡正利の無念の思いははかりしれないものである。また、一家の大黒柱であり最愛の夫や父親である亡正利を突然に亡くし、後に残された原告後藤泰子ら遺族の悲嘆の思いもはかりしれない。

とりわけ、原告後藤泰子は、亡正利と一緒に本件事故車両に同乗していて事故に遭い、自らも身動きができなくなった状態で、向かいの席に座っていた亡正利の額に赤黒い斑点が浮かびそれが広がって顔全体が赤黒くなっていく様を目撃し、夫が目の前で死んでいく様をなすすべもなく見続けていたのである。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 一〇万円

亡正利は、本件事故当日、時計等を着用しており、本件事故により、右時計等を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は少なくとも合計一〇万円を下回るものではない。

(5) 弁護士費用

一〇五九万〇〇〇〇円

原告後藤泰子、同後藤久美及び同芝利美は、被告ら鉄道側が同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として一〇五九万円を支払うことを約した。

(6) 損害のてん補

四三八万三九六六円

原告らは、被告らから、葬祭関係費として前記(1)項の合計金額三八八万三九六六円及び逸失利益の一部として五〇万円の支払を受けた。

(7) 総損害額

一億二六一一万六一四一円

(8) 結論

よって、原告後藤泰子は、総損害額の二分の一にあたる六三〇五万八〇七〇円、同後藤久美及び同芝利美は総損害額の四分の一にあたる各三一五二万九〇三五円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(六) 訴外亡寺川初榮関係

(原告寺川清一、同寺川喜隆・原告番号6の1、2)

原告寺川清一は、訴外亡寺川初榮(大正一二年三月八日生。以下「亡初榮」ともいう。)の夫、原告寺川喜隆は子であって、亡初榮には他に相続人はなく、原告寺川清一と原告寺川喜隆は、亡初榮の本件事故に基づく損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費六一一万三四六〇円

原告寺川清一らは、亡初榮の葬儀及びその後一周忌までの仏事法要をとり行い、その費用として合計六一一万三四六〇円を支出した。

(2) 逸失利益三四三四万一四五六円

(ア) 家事労働能力による逸失利益

一四〇四万一二二七円

亡初榮は死亡当時六八歳の健康な女性であって、夫の原告寺川清一と所帯を構え、主婦として家事労働に従事していた。

平成三年度賃金センサス企業規模計、産業計、学歴計、六五歳以上の女子労働者の平均賃金は、年額二七五万六一〇〇円であるところ、亡初榮は本件事故に遭遇しなければなお七七歳に至るまで九年間就労可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり一四〇四万一二二七円になる。

2,756,100×(1-0.3)×7.278=14,041,227

(イ) 厚生年金受給資格喪失による逸失利益 二〇三〇万〇二二九円

亡初榮は、厚生年金老齢年金の受給資格を得ていて、平成三年四月には年額一六八万〇九〇〇円の支給を受けることになっていた。

したがって、亡初榮が本件事故に遭遇しなければなお平均余命までの約一七年間少なくとも右金額の年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり二〇三〇万〇三二九円になる。

1,680,900×12.077=20,300,229

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

亡初榮は、原告寺川喜隆を育てるかたわら、共働きで長年職に就き、家事もすべて取り仕切り、家計を切り盛りするなど、その家庭での役割は極めて大きかった。原告寺川喜隆を育て上げ、就職先も勤め上げて、やっと人生の最も安堵できる豊かな部分にさしかかった矢先に、本件事故に遭い、友人や夫とのゆったりした時間を十分に過ごせずに人生を終わらなければならなかった亡初榮の心境は察するに余りある。突然の事故により、これまで世話をし、また、世話になった人たち、最愛の夫、子供、孫に別れを告げることもできず死亡した亡初榮の無念さを思うとき、その精神的な苦痛は極めて大きかったといわなければならない。

原告寺川清一にとっても、老後を妻と一緒に暮らすという一番の楽しみを奪われ、苦労をかけた妻へのねぎらいの言葉も言えずに送り出さねばならなかった苦痛は極めて大きいものであり、このことは亡初榮が死亡した後、しばらく放心状態で生活していたことからも十分に窺い知ることができるし、また、亡初榮の死亡による原告寺川喜隆とその子(亡初榮の孫)の衝撃も極めて大きかったことが窺える。

さらに、被告JR西日本の本件事故に対する責任を否定する態度、被告JR西日本の社長の謝罪すらないという事態がその悲しみと怒りを一層大きくしている。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 一〇万円

亡初榮は、本件事故当日、時計、貴金属を着用しており、本件事故により、右時計、貴金属を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は少なくとも合計一〇万円を下回るものではない。

(5) 交通費 四五万二二一〇円

亡初榮の葬儀及びその後一周忌までの仏事法要に参列するため、原告寺川清一ら親族は、交通費として合計四五万二二一〇円を支出した。

(6) 弁護士費用八九七万〇〇〇〇円

原告寺川清一及び同寺川喜隆は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として八九七万円を支払うことを約した。

(7) 総損害額九九九七万七一二六円

(8) 結論

よって、原告寺川清一及び同寺川喜隆は、総損害額の二分の一にあたる各四九九八万八五六三円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(七) 訴外亡中田晶子関係

(原告中田明道、同中田佳子・原告番号7の1、2)

原告中田明道は訴外亡中田晶子(昭和二三年六月一九日生。以下「亡晶子」ともいう。)の父、同中田佳子は母であって、亡晶子には他に相続人はなく、原告中田明道及び同中田佳子は亡晶子の本件事故に基づく損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費

一五七三万七七五四円

(ア) 葬儀及び法要費用

一三八〇万七七五四円

原告中田明道らは、亡晶子の一周忌まで葬儀その他の法要をとり行い、その費用として一二四一万七三九八円を支出した。

(イ) 墓石建立費一九三万〇〇〇〇円

原告中田明道らは、墓石を建立する費用として合計一九五万七〇〇〇円を支出した。

(2) 逸失利益八七七二万七二五二円

(ア) 得べかりし所得喪失による逸失利益 八二一二万二六〇〇円

亡晶子は、生前、宗教法人浪速寺の副住職の地位にあり、同寺の各種年中行事において、父原告中田明道とともに中心的役割を果たしてきたものであって、原告らは、亡晶子に浪速寺の将来を託そうと考えていたのである。また、亡晶子はさまざな趣味をもち、ピアノ教師や組紐の製作による副収入を得ていた。

なお、亡晶子が無職であった場合に「算定基準」によれば適用される大卒女子労働者の同年齢層の賃金センサス(平成三年)によれば、年収は金五四九万八六〇〇円であるところ、平成三年度の浪速寺の利益(金一七〇六万六三五二円)と亡晶子の浪速寺での役割、亡晶子の個人的副収入の存在等からすれば、亡晶子は、少なくとも年額六〇〇万円の収入は得ていたはずであり、右金額を逸失利益の基礎収入とすべきである。

亡晶子は、本件事故に遭遇しなければなお七六歳に至るまで三四年間就労可能で、その間少なくとも右所得を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり八二一二万二六〇〇円になる。

6,000,000×(1-0.3)×19.553=82,122,600

(イ) 厚生年金受給資格喪失による逸失利益 五六〇万四六五二円 亡晶子は、厚生年金保険の加入実績があるほか、本件事故当時国民年金加入者であり、六〇歳には受給資格を得ることになっており、六〇歳以降六四歳まで年額二八万二五〇〇円、六五歳以降年額七六万四〇〇〇円の支給を受けることになっていた。

したがって、亡晶子が本件事故に遭遇しなければ、六〇歳から平均余命までの約二二年間少なくとも右金額の年金を得ることができたから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり五六〇万四六五二円になる。

282,500×(14.580-12.603)=558,502

(六〇歳から六四歳まで)

764,800×(21.643-15.045)=5,046,150

(六五歳から七八歳まで)

558,502+5,046,150=5,604,652

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

さまざまな分野で幅広く活躍していた亡晶子にとって、各分野においてこれから本格化という矢先の事故だけに、その無念さははかりしれない。

また、原告らは、亡晶子に、浪速寺で自らの将来を託そうとしていたものであり、亡晶子が亡くなった後の浪速寺の行事運営への支障、後継者についての苦悩、自らの将来の生活に対する不安は、原告らが年齢を重ねるとともに重大となっている。亡晶子と原告らの三人の人生設計を一瞬に奪った本件事故によるそれぞれの精神的苦痛は極めて大きいものである。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも合計五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 交通費 八二万一三六〇円

亡晶子の葬儀及びその一周忌までの仏事法要に参列するため、原告中田明道ら親族は交通費を支出したが、その金額は合計八二万一三六〇円である。

(5) 物損 二四万六〇〇〇円

亡晶子は、本件事故当日、時計等を着用しており、本件事故により、右時計等を紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は合計二四万六〇〇〇円となる。

(6) 弁護士費用 一二三九万円

原告中田明道及び同中田佳子は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として右原告らは一二三九万円を支払うことを約した。

(7) 総損害額

一億六六九二万二三六六円

(8) 結論

よって、原告中田明道及び同中田佳子は総損害額のうち、一億五九九八万二九九八円の二分の一にあたる各七九九九万一四九九円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(八) 訴外亡乙川花子関係

(原告乙川春夫、同乙川夏夫・原告番号8の1、2)

原告乙川春夫は、訴外亡乙川花子(昭和一三年五月二七日生。以下「亡花子」ともいう。)の夫、原告乙川夏夫は子であって、亡花子には他に相続人はなく、原告乙川春夫及び原告乙川夏夫は亡花子の本件事故に基づく損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費八七七万六三八一円

(ア) 葬儀費用等三四五万六四八一円

原告乙川春夫らは、亡花子の葬儀をとり行い、さらにその後四十九日の法要などをとり行い、その費用として合計三四五万六四八一円を支出した。

(イ) 墓石建立費等

五三一万九九〇〇円

原告乙川春夫らは、墓石を建立する費用及び霊園墓地の永代使用料として合計五三一万九九〇〇円を支出した。

(2) 逸失利益六八六二万三一三七円

(ア) 家事労働所得喪失による逸失利益 三六六二万三九八二円

亡花子は死亡当時五二歳の健康な女性であり、家事労働に従事し、乙川家を守ってきた。

平成三年度賃金センサス企業規模計・産業計・新高卒・五〇歳ないし五四歳の女子労働者の平均賃金は年額三三七万五七〇〇円であるところ、亡花子は、本件事故に遭遇しなければなお七六歳に至るまで二四年間就労可能で、その間少なくとも右収入を得ることができたから、これから生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり三六六二万三九八二円となる。

3,375,700×(1-0.3)×15.499=36,623,982

(イ) 国民年金受給資格喪失による逸失利益 三七一万三四八〇円

亡花子は国民年金老齢年金を継続してかけており、六五歳には受給資格を得ることになっており、六五歳以降年額四三万一八〇〇円の支給を受けることになっていた。

したがって、亡花子が本件事故に遭遇しなければ、六五歳から平均余命までの約一八年間少なくとも右年額の年金を得ることができたのであるから、これからホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり三七一万三四八〇円となる。

431,800×(18.421-9.821)=3,713,80

(ウ) 特別損害二八二八万五六七五円

亡花子は、原告乙川春夫の妻として、家事労働をこなすとともに、原告乙川春夫の高齢の両親及び原告乙川春夫の実妹で脳性小児麻痺の後遺症を患う乙川秋子の介護を尽くすなど、乙川家の影の大黒柱であった。ところが、亡花子の突然の死亡により、既に奈良と宝塚に嫁いでいる原告乙川春夫の実妹(丙田冬子、丁山陽子)が、原告乙川春夫と同居し働いている妹とともに、交代で両親の世話と乙川秋子の介護に係っている。そして、それぞれ家庭を持つ嫁いだ妹達のために、原告乙川春夫は、それぞれ平成五年二月と同年七月から、各五万円ずつを支払うために実妹名義の預金通帳を作って積立を継続している。

このように、亡花子の同家庭内における役割は金銭的には評価し得ないところであるが、仮にそれを評価する場合、通常の主婦の逸失利益で算出することはできないはずである。したがって、家政婦の日当等から考えても、原告乙川春夫らの被った損害は、家事労働の評価以外に一日あたり五〇〇〇円(年額一八二万五〇〇〇円)を下回るものではなく、その金額を前提とした特別損害が認められるべきである。

よって、亡花子の就労可能年数二四年までの損害額から、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり二八二八万五六七五円となる。

1,825,000×15.499=28,285,675

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

亡花子は、原告乙川春夫の妻として、主婦の勤めをこなすとともに、前述のとおり、原告乙川春夫の高齢の両親及び原告乙川春夫の実妹で脳性小児麻痺の後遺症を患う訴外乙川秋子の介護を尽くし、乙川家を支えてきた。亡花子にとっては、それまで家族のために尽くし、ようやく息子夏夫を成人させ、夏夫の結婚や孫の姿を見ることを楽しみにし、また第二の人生の夢を持っていたのに、それをかなえることなく、五二歳の若さでその命を奪われたものであり、その無念ははかりしれない。

また、原告乙川春夫にとっても、それまで苦労をかけ続けの妻に対し、その苦労に報いることもできない悔しさは、はかりしれないというべきである。

また、原告乙川夏夫は、子供好きで、夏夫の結婚及び孫の出産を心待ちにしていた母に十分な親孝行をすることができないまま、母を奪われてしまったものであり、その悲しみは言葉には表わし得ないものがある。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 物損 三三万円

亡花子は、本件事故当日、時計、貴金属等を着用しており、本件事故により、右時計、貴金属などを紛失し、衣服等も汚損し使用することができなくなった。右物的損害は合計三三万円を下回るものではない。

(5) 交通費 五〇万円

亡花子の葬儀及びその後一周忌までの仏事法要に参列するため、原告乙川春夫ら親族は、交通費を支出したが、その金額は合計五〇万円を下回るものではない。

(6) 弁護士費用 一一一九万円

原告乙川春夫及び同乙川夏夫は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として一一一九万円を支払うことを約した。

(7) 総損害額

一億三九四一万九五一八円

(8) 結論

よって、原告乙川春夫及び同乙川夏夫は、総損害額の二分の一にあたる各六九七〇万九七五九円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(九) 訴外亡中島未晴関係

(原告中島三木男、同中島育子・原告番号9の1、2)

原告中島三木男は、訴外亡中島未晴(昭和六三年七月二二日生。以下「亡未晴」ともいう。)の父、同中島育子は母であって、亡未晴には他に相続人はなく、原告中島三木男及び同中島育子は亡未晴の本件事故に基づく損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(1) 葬祭関係費四八八万〇九九〇円

(ア) 葬儀費用 五三万一〇七〇円

原告中島三木男らは、亡未晴の葬儀をとり行い、その費用として五三万一〇七〇円を支出した。なお、右葬儀は、本件事故で同時に死亡した原告中島三木男の父亡中島治三郎の葬儀と合わせてとり行われたが、ここにはその合計費用一〇六万二一四〇円の二分の一を計上しており、以下についても同様に、合計費用の二分の一を計上している。

(イ) 葬儀以後の法要費用

一五七万四九二〇円

原告中島三木男らは、右葬儀以後に、亡未晴の四十九日の法要等の法要をとり行い、その費用として一五七万四九二〇円を支出した。

(ウ) 仏壇購入費二五七万五〇〇〇円

原告中島三木男らは、亡未晴の仏壇の購入費として二五七万五〇〇〇円を支出した。

(エ) 墓石建立費 二〇万〇〇〇〇円

原告中島三木男らは、墓石を建立する費用として二〇万円を支出した。

(2) 逸失利益六四〇〇万六七四九円

幼児の逸失利益について初任給にホフマン係数を乗じる方法は、就職してから退職するまでずっと初任給と同額の収入を得つづけることを前提とするものであり、かつ、将来の所得を五パーセントの利子率で控除しながら所得は初任給で固定するものであって、その結果、幼児の場合には逸失利益があまりにも低額になり、不合理極まりない。逸失利益の算定は将来の所得を算定するという点で一定の予測が加わるものではあり、最高裁判例は、逸失利益の算定方法については、裁量を認めているが、それは蓋然性の高い方法でなければならず、合理性を欠く予測はもはや裁量を超えるものであるといわなければならない。

亡未晴は、原告中島三木男・育子の長男として家庭環境、養育環境の整った家庭で生まれた。父三木男は、昭和五四年三月に滋賀県立信楽工業高校を卒業して、株式会社日本サルベージサービスに就職したものであるが、高校時代はレスリング部に属し、モスクワオリンピックの候補にもなった選手であった。就職後は、ずっと右会社に勤務し続け、平成三年当時の給与は、年収(税込)約七〇〇万円であった。

子供の将来は誰にも予測し得ないが、通常の家庭環境にあった以上、両親と同等もしくはそれ以上の教育を受け、父と同等の職業に就く蓋然性は高いといわなければならない。父三木男は、平成三年当時三一歳であったが、全学歴男子労働者の平均賃金約四九二万円を上回る約七〇〇万円の収入を得ていた。にもかかわらず、その長男亡未晴について初任給(平成三年全学歴男子労働者)二三一万六九〇〇円のままで退職までの収入を予測するというのは、明らかに合理性を欠くものであって、もし、蓋然性をいうのであれば、幼児の将来を予想し得ない以上、最も平均的な値、すなわち全学歴男子労働者の年齢ランクごとの平均賃金に依拠せざるを得ないはずである(もしそうでないとしても、せめて全学歴男子労働者全年齢平均を採用すべきであろう)。

自動車事故の場合は、多発する交通事故について保険料の高額化を避けるという政策的判断から、賠償額を低額にするために初任給固定といった方式が用いられるのであろうが、本件のような絶対的な安全性を要求される鉄道事故においてこそ、裁判所はこのような合理性を欠く方式を採用することなく、もっと合理性、蓋然性の高い方式で逸失利益を算定すべきである。

したがって、亡未晴は、一八歳から七四歳になるまで五七年間の昇給可能性を考慮に入れるならば、その間少なくとも平成三年度賃金センサス企業規模計・産業計・全学歴男子労働者の各年齢層ごとの平均賃金に見合った収入を得ることができたから、ホフマン方式による年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除すると、その現価は別紙「昇給計算表②」のとおりとなり、合計九一四三万八二一四円となる。これから生活費として三〇パーセントを控除すると、逸失利益は六四〇〇万六七四九円となる。

91,438,214×(1-0.3)=64,006,749

(3) 慰謝料 五〇〇〇万円

子供を不意の事故で失った両親の悲しみというのは、より深いものがあるといわなければならない。にもかかわらず、慰謝料の算定においては「一家の支柱」ではないとして低額にされ、また逸失利益の算定においても初任給固定により低額にするというのは、余りにも不合理であり、不当な差別であるというべきである。幼児の賠償額をこのように低額化する方法はもはや著しく合理性を欠くものであるといわなければならない。

亡未晴は、中島家のいわゆる跡取り息子として家族全員の期待と祝福の下で健康に成育し、しかも、原告中島三木男及び育子夫婦にとって三人目にしてようやく出生した男児であり、かけがいのない存在であった。ところが、本件事故は一瞬にして亡未晴を死亡させ、原告らを悲嘆と絶望に陥れた。

これらの精神的苦痛を慰謝する金額としては、少なくとも五〇〇〇万円を下回るものではない。

(4) 交通費 一〇万円

亡未晴の葬儀及びその後一周忌までの仏事法要に参列するため、原告中島三木男ら親族は、交通費として合計金一〇万円を支出した。

(5) 弁護士費用

一〇五九万〇〇〇〇円

原告中島三木男及び同中島育子は、被告らが同原告らの損害賠償請求に応じなかったため、本訴の提起及び訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連報酬規定に従い、その費用として一〇五九万円を支払うことを約した。

(6) 損害のてん補 一五〇万円

原告中島三木男及び同中島育子は、被告らから、葬祭関係費の一部として一五〇万円の支払を受けた。

(7) 総損害額

一億二八〇七万七七三九円

(8) 結論

よって、原告中島三木男及び同中島育子は、総損害額の二分の一にあたる各六四〇三万八八六九円に遅延損害金を付加して、それぞれ被告ら各自に対して請求する。

(被告SKRの反論)

(一) 訴外亡吉崎佐代子関係

(1) 葬祭関係費

合計金七七五万一五一二円を主張しているが、これには葬儀費用のほか仏壇、墓石建立の費用まで含まれ、さらに仏間改造費、墓地の永代使用料管理費まで請求している。

右葬儀費用額については客観的資料はなく、裁判所において相当と認められる範囲によるものというべきである。

また、右仏壇、墓石建立費については、被害者のみのためのものであることについての立証がないし、また、支出費用のうちどの範囲が被害者のための損害であるかについての立証がなく、結果として認めることができないものというべきである。

さらに、仏間改造費や墓地の永代管理料は、本件事故と相当因果関係がある損害にあたらないというべきである。

(2) 逸失利益

(ア) 就労可能期間を七六歳として計算している点は正当でなく、六七歳とされるべきである(前記第三の三3)。

(イ) また、賃金センサス企業規模計・産業計・新高卒・五〇歳ないし五四歳の女子労働者平均賃金を基礎として計算しているが、家事労働については、企業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢平均の賃金額を基準として計算すべきである。

(ウ) 生活費控除については、前記第三の三2のとおりであり、五〇パーセントの控除とされるべきである。

(エ) 国民年金の逸失利益を請求する部分については前記第三の三1のとおりであり、認められるべきでない。

(3) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損

右については、これを認めるべき客観的資料がない。

(5) 既払金

被告側で支出した金員は、別紙既払金明細書のとおり、金六九六万二三八六円である。なお、霊柩車運賃は請求項目にないので、これを除くと、金六八六万五八六〇円である。

(二) 訴外亡伊原一男関係

(1) 葬祭関係費

合計金五二五万〇四八五円の請求があるが、その内訳をみると引出物代として大丸への支払分が相当額あり、この代金相当額は、事故によって生じた損害とは認めることができないから、控除されるべきである。

また、その他の部分についても、認められるのは裁判所において相当とされる範囲についてのみである。

(2) 逸失利益

(ア) 稼動可能年齢を七五歳までとしているが、六七歳までとされるべきである。

(イ) 基準となる年収額は、現に得ていた箱為商店での給与を基準とすべきであって、賃金センサスによるのは不当というべきである。

(ウ) 生活費控除については、夫婦二人暮しで、一応一家の主柱としての生活をしてきたといえるので、三〇パーセント控除について異存はない。

(エ) 年金について、仮に逸失利益に含められるとしても、共済年金はともかく厚生年金は、金額からすれば生活費にすべて充てられていたものというべきである。また共済年金については、生活費控除五〇パーセントとすべきものである。

(3) 慰謝料

二四〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損及び交通費

物損は、原告伊原いとの報告書では、七万〇九〇〇円となっており、交通費については一九万七〇〇〇円とされている。

(5) 既払額

別紙既払金明細書のとおり五〇四万八三八九円である。請求項目にない霊柩車運賃を除くと五〇〇万円である。

(三) 訴外亡臼井信子関係

(1) 葬祭関係費

葬儀費とされるもののうち引出物代一一二万九〇〇〇円が含まれているが、認められるべきでない。

また、墓地建立費として五六〇万円が請求されているが、認められるべきでない。

その他の部分についても、認められるのは裁判所において相当とされる範囲についてのみである。

(2) 逸失利益

(ア) 就労可能年数は六七歳までとされるべきである。

(イ) 基準となる年収額について、原告らが述べるところは、客観的に蓋然性あるものと理解することは困難というべきであり、憶測を重ねたものというほかない。現に陶芸家として高額の収入をあげていたとか、またはその蓋然性が高いというべき客観的事実がある(例えば、受賞後にほぼ間違いなく皆が高額を得る陶芸家となっているような展覧会等に入選していた)等の事実がない以上、このような計算は不可能であり、事故時点で現に得ていた収入を基準として計算されなければならない。また、「将来の昇給」について主張するところについても、今後数十年間にわたる昇給(昇格を含む)を算定すること自体が不可能というべきであるし、そもそも、陶芸家としての収入を主張しながら、社内での昇給を想定すること自体、右「昇給」の主張の信頼性を自ら否定するものというべきである。

(ウ) 生活費控除は五〇パーセントとするのが相当である。

(3) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損及び交通費

これを認めるべき確たる資料はない。

(5) 既払額

別紙明細書のとおり九五九万九九八五円であり、請求項目にない霊柩車運賃を除く既払額は九五三万一五二〇円である。

(四) 訴外亡木村てい子関係

(1) 葬祭費関係費

葬儀費の細目をみると、香典返しだけで二三四万余円となっており、その他引出物の価額も多い。これらについては損害として認めることができないというべきである。

その他についても、裁判所において相当と認められる範囲においてのみ認められるものである。

(2) 逸失利益

(ア) 就労可能年数を七七歳までとしているが、六七歳とされるべきである。

(イ) また、前記のとおり、家事労働については賃金センサス企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額を基準として計算すべきであるが、原告らが主張する方法、すなわち、賃金センサス企業規模計、産業計、学歴計、六〇歳ないし六四歳の女子労働者平均賃金は右より低くなっており、あえて原告らが右方法により計算することに対し、異議を述べるものではない。

(ウ) 生活費控除については、五〇パーセントの控除とされるべきである。

(エ) 厚生年金の逸失利益を請求する部分については前記第三の三1のとおりであり、認められるべきでない。

また、厚生年金は年額一五七万余円であり、仮に逸失利益とされるときにも、全額が生活費に充てられるとみるのが相当である。

(3) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損及び交通費

主張を認め得る資料が存しない。交通費についても同様である。

(5) 既払額

別紙既払金明細書記載のとおり、霊柩車運賃四万七六八九円を支出している。

(五) 訴外亡後藤正利関係

(1) 葬儀関係費

裁判所において相当とされる範囲内でのみ、認められるべきものである。

(2) 逸失利益

(ア) 稼動可能年齢を七四歳までとしているが、六七歳までとされるべきである。

(イ) 生活費控除については、三〇パーセント控除について異存はない。

(ウ) 年金については、仮に逸失利益に含められるとしても、厚生年金は、その金額からすれば、生活費にすべて充てられていたものというべきである。

(3) 慰謝料

二四〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損

主張を裏付けるべき資料が存しない。

(5) 既払額

別紙既払金明細書記載のとおり四四三万七二六九円であり、うち請求項目にない霊柩車運賃を除く金額は四三八万三九六六円で、原告側の主張と一致する。

(六) 訴外亡寺川初榮関係

(1) 葬祭費関係費

香典返しの引出物代(一三六万六〇〇〇円)が含まれているがこれは除外されるべきである。

その他の部分については、裁判所において相当とされる範囲内でのみ、認められるべきものである。

(2) 逸失利益

(ア) 就労可能期間を七七歳として計算している点は正当でない。余命年数の二分の一程度の期間を可能期間とする事例があるのを参考とすべきである。

(イ) また、前記のとおり、家事労働については賃金センサス企業規模計・産業計・学歴計・女子労働者の全年齢平均の賃金額を基準として計算すべきであるが、原告らが主張する方法、すなわち、賃金センサス企業規模計・産業計・学歴計・六五歳以上の女子労働者平均賃金は右より低くなっており、あえて原告らが右方法により計算することに対し、異議を述べるものではない。

(ウ) 生活費控除については五〇パーセントの控除とされるべきである。

(エ) 厚生年金の逸失利益を請求する部分については前記第三の三1のとおりであり、認められるべきでない。また、仮に逸失利益とするとしても、その金額等からして、全額生活費に充てられるとされるべきである。

(3) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損及び交通費

右については、これを認めるべき客観的資料がないというべきである。

(七) 訴外亡中田晶子関係

(1) 葬祭関係費

(ア) 一覧表をみると、いかに寺の住職一家とはいえ、寺院関係に一六五万円の謝礼が支払われたことになっている。これは一般に比して高額すぎると考えられ、その他粗供養という引出物の金額が多額に上る。例えば高島屋に支払ったとされる二二三万余円は、香典返しであると思われ、その他にも粗供養額がかなりの金額に達している。これらが本件における相当な範囲の損害と認め得るものではない。

(イ) また、墓石建立費として金一九五万七〇〇〇円を請求しているが除外されるべきである。

その他の部分については、裁判所が正当と判断された範囲についてのみ認めることができるものである。

(2) 逸失利益

(ア) 被害者が生前現実に得ていた収入がどの程度かについては明らかでなく、副住職として何らかの収入を受けていたのか否か、そもそも、行っていたという「活動」が対価を受けることを前提に行われていたのか否かも明らかでない。

右のもとで、「収入」を考えるのであれば、一般的な賃金センサスにより、企業規模計、産業計、学歴計、女子労働者を前提に、被害者の年齢または年齢平均により算出するほかないというべきである。また、右のもとで、就労可能年数は六七歳とされるべきである。

(イ) 生活費控除については五〇パーセントの控除とされるべきである。

(ウ) 厚生年金の逸失利益を請求する部分については前記第三の三1のとおりであり、認められるべきでない。また、仮に逸失利益とするとしても、その金額等からして、全額生活費に充てられるとされるべきである。

さらに、二〇年近く先に訪れるという受給資格取得時において、そもそも年金支給制度がどのようになっているのか、継続されているとして、どのような給付内容になるのかについては、不確定な要素が極めて多く、主張のような損害が存するとの主張自体を認定することが困難というべきである。

(3) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(4) 物損及び交通費

右については、これを認めるべき客観的資料がないというべきである。

(5) 既払額

別紙既払金明細書のとおり、霊柩車運賃金七万四九五四円が支払われている。

(八) 訴外亡乙川花子関係

(1) 葬祭費関係費

葬儀費については粗供養がかなりの金額となっていて、香典返しの商品である。これらは除外されるべきである。また、墓石建立費は余りにも高価というべきである。前記第三の三5の観点から、除外されるべきである。

その他の部分については、裁判所が正当と判断した範囲についてのみ認められるものである。

(2) 逸失利益

(ア) 就労可能期間を七六歳として計算している点は正当でなく、六七歳とされるべきである。

(イ) また、賃金センサス企業規模計・産業計・新高卒・五〇歳ないし五四歳の女子労働者平均賃金を基礎として計算しているが、家事労働については、企業規模計、産業計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額を基準として計算すべきである。

(ウ) 生活費控除については五〇パーセントの控除とされるべきである。

(エ) 国民年金の逸失利益を請求する部分については前記第三の三1のとおりであり、認められるべきでない。仮に逸失利益とされたとしても、全額が生活費に充てられるものというべきである。

(3) 特別損害

「特別損害」と主張する項目については、被害者の就労を基準として逸失利益を主張されている以上、その損害額から支弁されるべきものであって、これと別個に、被害者の介護に代る特別損害を認められるべきものではない。

(4) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(5) 物損及び交通費

これについての客観的資料はなく、単に報告書に記載あるのみであり、交通費についても、詳細な記載がなく、認め得る証拠がない。

(6) 損害の填補

別紙既払金明細書記載のとおり、霊柩車運賃三万七〇八〇円のみである。

(九) 訴外亡中島未晴関係

(1) 葬祭費関係費

(ア) 葬儀以後の法要費に供養(香典)返しと考えられる費用が相当含まれている。また網戸、扇風機の購入費まで入っている。これらの費用は明らかに除外されてしかるべきである

(イ) また仏壇購入費、墓石建立費については、前記第三の三5の観点から失当というべきである。また、この点を措いても、亡中島治三郎氏(示談成立済み)と二分の一の金額としているが、被害者はいまだ幼児であって、高齢の治三郎側の損害として加算すべきであり、仮に案分するとしても、三分の一程度にすべきものである。

(ウ) その他の部分については、裁判所が相当と判断される範囲でのみ認められるべきものである。

(2) 逸失利益

(ア) 就労可能年数は、一八歳から六七歳までとすべきである。

(イ) 基準とする金額について、「昇給可能性を考慮に入れ、各年齢層ごとの平均賃金に見合った収入」を前提としているが、これら年齢層ごとの金額は、「現在において、ある年齢層が得ている収入額」というにすぎず、「当該年齢になった将来に、その金額が得られる」ことを意味するものではない。また、特に当該被害者において昇給の蓋然性が存していたというべき資料もない。

むしろ、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の全年齢平均の賃金額を基準とするのが合理的というべきである。

(ウ) 生活費控除は五〇パーセントが相当というべきである。

(3) 慰謝料

二〇〇〇万円が相当というべきである。

(4) 交通費

右については、主張を認めるべき客観的資料がない。

(5) 既払額

別紙既払金明細書記載のとおり、一五四万四二六〇円である。このうち霊柩車運賃を除く既払額は一五〇万円で原告側の主張と一致している。

11 履行期

(原告らの主張)

訴外亡吉崎佐代子、同伊原一男、同臼井信子、同木村てい子、同後藤正利、同寺川初枝、同中田晶子、同乙川花子及び同中島未晴はいずれも事故日である平成三年五月一四日に目的地への途上で死亡し、同日既に運送契約上の義務(目的地まで安全に旅客を運送する義務)が履行不能となっているため、原告らは、その翌日の平成三年五月一五日を遅延損害金の起算日とするものである。

また、念のため、原告らは、遅くとも平成三年九月一四日には被告らに対して賠償金を請求しているものであるが、その経過は次のとおりである。

すなわち、平成三年六月一六日に事故犠牲者の合同慰霊祭が開催され、引き続き遺族らに対する説明会が開催された。その場で、被告らは、「信楽高原鐵道事故ご被災者相談室」を設置した上、遺族との補償交渉を行う旨を説明し、同月一七日に右相談室が設置されて、被告らと原告らとの間の個別による補償交渉が開始された。

その後、原告らは遺族会を結成し、同年九月一四日、被告らに対して、事故の真相の解明、責任の所在の明確化及び早期の適正な賠償を求めるとの立場から、事故原因、責任の所在及び賠償基準についての説明を求めるため、説明会の開催を申し入れた。

右説明会は、同年一〇月二〇日に開催されたが、被告JR西日本の社長が出席せず、あるいは事故原因について捜査中であることを隠れ蓑にして、方向優先てこの影響をひた隠しにするなど十分な説明がなされなかったため、同年一一月七日、平成四年二月一六日、同年四月一九日と継続せざるを得ず、第四回目の説明会でようやく賠償基準の説明に話が及んだが、被告らは賠償基準さえ明らかにしなかった。そのため、原告らは平成四年九月七日に賠償基準の開示を求める調停を提起せざるを得なかったのである。以上の経過からすれば、原告らは、平成三年九月一四日の説明会開催要求時に、被告らに対して賠償金の請求を行っているものである。

12 弁済の提供

(被告SKRの主張)

(一) 被告SKRは、被告JR西日本と共同ですべての被害者及び遺族との間で真摯に示談交渉を行い、本件原告らとの間でも、本件訴訟提起の直前まで交渉を行い、いずれも本件訴訟提起までに、交渉につき委任を受けていた原告ら代理人に対し、既払金以外にそれぞれ左の金額を(各被害者ごとの合計)いつでも支払う旨の提示(提供)を行った。

訴外亡吉崎佐代子関係

三四四六万二〇七八円

訴外亡伊原一男関係

四二三一万二〇一五円

訴外亡臼井信子関係

四八四〇万五七二五円

訴外亡木村てい子関係

四一五八万三三六九円

訴外亡後藤正利関係

五三九八万一〇三四円

訴外亡寺川初榮関係

三六一〇万六二二〇円

訴外亡中田晶子関係

四七九二万八〇〇〇円

訴外亡乙川花子関係

四二三二万五〇〇〇円

訴外亡中島未晴関係

三七八九万二〇〇〇円

(二) しかしながら、原告ら代理人は右金員の受領を拒絶し、本件訴訟を提起したものである。

右提供に対して受領を拒絶した以上、右各金額については、右拒絶以降の遅延損害金が発生しないというべきである。これらの提供は、いずれも訴訟提起時までに個々に行われているが、本件においては、原告ら一律に、これら提供時期よりも後である本件訴訟提起時(平成五年一〇月一四日)以降の遅延損害金が発生しない旨を主張する。

(原告らの反論)

(一) 事実関係について、たしかに、本件訴訟提起前に、本件原告らと被告らとの間で示談交渉が行われ、被告らから損害賠償金額の提示がなされた。しかしながら、原告らは、被告らから、右金額について「いつでも支払う旨の提示」は受けていない。被告らが提案したのは、本件事故について示談が成立することを前提として右金額を支払うというものであって、示談が成立しなくとも右金額を支払うということではない。また、原告らは、被告らから、右金額について現実の提供を受けたことはない。被告らは、口頭で、右金額であれば示談を成立させる旨を告げたにすぎず、右提示は、弁済の提供における口頭の提供とはならないというべきである。

(二) また一般論として、金銭債務については、債権者は一部弁済の受領を強制されることはなく、一部弁済の提供は、債権者の承諾なきかぎり、債務の本旨に従った弁済の提供といえないから、一部弁済の効果も生じない。

本件において、仮に、被告らが主張する事実が口頭の提供にあたるとしても、これは一部弁済の提供にすぎず、債務の本旨に従った弁済の提供ではないので、一部弁済の効果も生じない。

(三) 以上より、本件訴訟提起時以降の遅延損害金が発生しない旨の被告SKRの主張は失当である。

第三  当裁判所の判断

(以下においては、時刻はすべて二四時間表示とする。被告JR西日本の所有する車両を「被告JR西日本所属車両」といい、同被告の従業員たる身分を有する者を「被告JR西日本所属従業員、乗務員および運転士」等と呼称する。被告JR西日本所属車両が用いられている列車については路線が被告JR西日本、被告SKRのいずれに属するかに関わりなく、「JR列車」と呼称し、被告SKR所属車両を用いた列車については「SKR列車」と呼称する。また、SKR線について「上り」とは信楽駅方面から貴生川駅方向に向かう場合をいい、「下り」とは貴生川駅方面から信楽駅方向に向かう場合をいう。検察官に対する供述調書は「検面調書」、司法警察員に対する供述調書は「員面調書」といい、証言については「証人○○(第〇回)」というように、証人名及び採用が複数回にわたるときは、採用の回数ではなく、口頭弁論の回数によって特定する。なお、年について特に断らないときは平成三年である。書証の成立について特に記載していない場合には、成立に争いがないか、争いがあっても容易に成立が認められる場合である。)

一  判断の前提となる事実

前記争いのない事実(第二の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると以下のとおりの事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

なお、被告JR西日本は、乙A一八号証(「信楽高原鐵道列車事故事件捜査概要」)はその収集の過程において違法行為が介在した可能性が大きいとして、その証拠能力は否定されるべきであると主張するので、この点につきあらかじめ判断しておくことにする。民事裁判において、違法収集証拠として当事者の提出した証拠の証拠能力が否定されるのは憲法によって保障された個人の人格権を侵害するような著しく反社会性の高い方法によって証拠を収集した場合に限られるというべきところ、本件の全証拠によっても、せいぜい滋賀県警の内部教養用に作成された資料たる乙A一八号証が外部に流出したことが窺われるにとどまり、それ以上に、右書証の収集過程において、憲法によって保障された個人の人格権を侵害するような著しく反社会的な手段が用いられたことを窺わせる事実は認めることができないから、乙A一八号証の証拠能力がないとする被告JR西日本の主張は採用することができない。

1  被告SKRの設立経緯と運行形態

(一) SKR線の前身は旧国鉄の信楽線である。旧国鉄の分割民営化に伴い、信楽線は特定地方交通線として廃止されることが決定したものの、同線が地域住民の足として重要であったことから、滋賀県、信楽町などが中心となって、信楽線の確保、存続を図るための努力がなされた結果、第三セクター方式により信楽線は確保、存続されることになり、旧国鉄民営化直前の昭和六二年二月一〇日に被告SKRが設立された。

そして、被告SKRは、昭和六二年五月八日付けで民営化直後の被告JR西日本との間で、日本国有鉄道改革法等施行法附則二三条八項の規定に基づき、特定地方交通線信楽線に係る鉄道施設の無償譲受の契約を締結し、同月九日には「官鉄業第一九号の二」により運輸大臣から「特定地方交通線信楽線に代わる輸送の確保のため必要となる鉄道事業を経営しようとする者」として認定を受け、同日付けで同大臣から鉄道事業法二条に基づく第一種鉄道事業免許を「地鉄第七〇号」として取得した。

昭和六二年七月一二日に特定地方交通線信楽線が廃止されたのに伴い、同月一三日に被告SKRは信楽線の鉄道施設を譲り受け、信楽高原鐵道として開業するに至った。

(二) 本件事故当時、被告SKRの営業キロ数は貴生川駅、信楽駅間の14.75キロメートル(途中の駅は貴生川駅に近い方から紫香楽宮跡駅、雲井駅、勅旨駅、玉桂寺駅で、貴生川駅と紫香楽宮跡駅の間に小野谷信号場があった。)、役員・従業員は合わせて三〇余名という体制であったが、列車運行に直接関与する業務課及び施設課の従業員は一四名程度であった。また当時被告SKRにおける列車の運行は、保有車両四両、単線の折り返し運転で一日一五往復するという運行形態であり、行き違い施設はなかった。さらに、鉄道事業法施行規則によって選任が義務づけられている鉄道主任技術者については、平成三年三月八日に中野和夫が常勤の鉄道主任技術者を退いて以降、本件事故当時まで常勤の者は選任されていなかった。

2  世界陶芸祭の開催とSKR線の輸送力増強計画

(一) 昭和六〇年ころから、信楽町に「陶芸の森」を作るという計画と並行して、世界陶芸祭(セラミックワールドしがらき91)の計画が滋賀県及び信楽町が中心となって進められるようになり、平成元年五月には世界陶芸祭実行委員会(以下単に「実行委員会」ともいう。)が設置され、同委員会により世界陶芸祭の具体的な計画が立案され、実行されるようになった。この世界陶芸祭は、実行委員会の会長に滋賀県知事、副会長には滋賀県副知事と信楽町長がそれぞれ就任し、実行委員会顧問として滋賀県選出の国会議員七名、滋賀県議会議長、信楽町議会議長が就任するなど滋賀県あげてのイベントとして企画され、その主催団体の数は滋賀県や信楽町を含め一一団体、後援団体は六二を数えた。被告JR西日本及び被告SKRはいずれもこの後援団体の一つであった。

(二) 世界陶芸祭は平成三年四月二〇日から同年五月二六日の三七日間にわたって開催される予定とされたが、実行委員会の観客動員予測によると会期中の入場者数は約三五万人とされ、そのうち二五パーセントにあたる約八万七五〇〇人が鉄道を利用するものと見込まれたことから、実行委員会は、右利用客の輸送を被告SKRに要請した。そこで、被告SKRにおいて、世界陶芸祭開催期間中の利用客約八万七五〇〇人の輸送計画を検討した結果、当時の被告SKRの輸送能力をもってしては日祭日の来場者の輸送確保が困難な状況になることが見込まれたため、その解決方法として、①SKR線の中間に信号場(行き違い設備)を新設して、列車の本数を倍増する、②車両不足については、被告JR西日本にSKR線への直通乗入運転と一部列車の運行委託を依頼することを決定し、小野谷信号場の設置と併せ、平成二年三月五日付の被告SKRから被告JR西日本の常務取締役鉄道本部長宛の「世界陶芸祭開催に伴う輸送対策について(要請)」と題する文書によって、被告JR西日本の列車及び乗務員のSKR線への直通乗入れを求める要請が行われ、次いで同月二二日付世界陶芸祭実行委員会会長滋賀県知事名の「世界陶芸祭開催に関する協力について(要請)」と題する文書によって、実行委員会からも被告JR西日本に対して直通列車の運行、車両貸与等の要請が行われた。

(三) 前記要請を受け、被告JR西日本として検討したところ、車両も一〇両以下であれば融通でき、乗務員も一〇名未満であれば直通乗入れに振り向けることが可能な余力があったので、右要請に積極的に協力する方向で検討を開始し、被告SKRとの間でも直通乗入れに関する協議を重ねた結果、平成三年一月八日の被告JR西日本の経営会議において、同年四月二一日から五月二六日までの間の日曜、祝日については、京都からと大阪からそれぞれ一列車、四月二〇日から五月二五日の平日は京都から一列車直通乗入れをすることが、正式に決定された。

(一) SKR線の列車行き違い設備について、被告SKRは、平成元年九月七日、信楽町に対し、「信楽高原鉄道対向設備整備に関する資料」を提出し、同年一一日、同被告の取締役会において、「単線特殊自動閉そく方式」(第一種継電連動装置)の導入を決定し、平成二年四月二六日、信号設備設計者のシグナルコンサルタントに右装置の設計を委託するとともに、右列車の行き違い設備の新設に伴い、JR線貴生川駅改修が必要となったことから、同日、被告JR西日本に対し、口頭で同駅の改修工事を依頼し、同年五月一七日、同被告鉄道本部長宛に協議書を送付した。

(二) その後、被告SKRは、平成二年七月一七日、近畿運輸局に対し、「列車行き違い設備新設に伴う第一種継電連動装置および信号場の新設」にかかる工事計画書を提出して、認可申請を行い、同年八月二二日、近畿運輸局から右工事計画の認可を受けたので、同日、信号設備業者の信栄電業と工事請負契約を締結した。

(三) 信栄電業は、右認可にかかる工事に着手し、平成三年三月六日、第一種継電連動装置及び小野谷信号場の新設工事を完成させ、同月七日及び八日の両日にかけて財団法人鉄道総合技術研究所の検査を受け、同月八日合格証の交付を受けた。

4  輸送計画及び教育訓練の協議

(一) 平成二年七月二四日、信楽町の「陶芸の森」において、世界陶芸祭実行委員会、滋賀県、信楽町、被告SKR及び被告JR西日本の担当者が集まって「世界陶芸祭に係る輸送計画等の打合せ会」が行われ、被告JR西日本からも鉄道本部企画推進部(以下「企画推進部」という。)営業開発室、企画推進部商品企画課、運輸部輸送課、運輸部運用課等から担当者九名が出席した。席上、実行委員会から「世界陶芸祭に関する協力要請事項」が読み上げられ、大阪駅等からの直通列車の運行、JR草津線の増結及び増便、イベント列車の運行、車両貸与等の要請が行われたが、被告JR西日本の担当者が後日検討して回答する旨述べたため、具体的な計画立案には至らなかった。この後、右要請事項を受けた被告JR西日本運輸部運用課と被告SKRの関係者による協議が本格的に開始されることになった。

(二) その後、平成二年一〇月下旬か一一月上旬ころに、被告SKRの中村業務課長が被告JR西日本運輸部運用課を訪れ、SKR線に直通乗入れをする乗務員数、これらの乗務員に対する机上教育及び列車操縦訓練、教育費用等について同課の動力車乗務員担当の池田副課長と協議した。

その席上、乗務員数については、運転士、車掌がそれぞれ四、五名、これに加え、予備的人員としてそれぞれ三名くらいを運用するということにして、これらの者に対して教育訓練を実施することとされたが、右教育訓練の実施方法について、中村業務課長から、「被告SKRにおける指導者的立場の人員数及び指導日数を考えると、右乗務員全員に対して日を分けて実施するのはあまりに日数がかかりすぎるので、被告SKR側から被告JR西日本に対して行う教育というのは一回にして欲しい。」旨の要望が出され、これを受けて乗務員に対する教育訓練の方法としては、まず被告SKRが被告JR西日本京都電車区の区長及び助役、京都車掌区の区長及び助役を一日間だけ机上教育し、これに基づき、後日、右区長及び助役が被告JR西日本の関係乗務員に対し、八日間のうちに机上教育や操縦訓練を行うという方式(以下この方式を「二段階方式」ともいう。)で行うことが決定された。

(三) そして、池田副課長において「乗務員に対する教育訓練実施計画」を策定した上、平成二年一一月二二日、池田副課長と中村業務課長の両名が近畿運輸局へ赴き、中村業務課長が同運輸局の鉄道部運転保安課塩谷係長に対し、世界陶芸祭開催に向けての被告JR西日本列車の直通乗入れの必要性を説明した。塩谷係長からは、右教育訓練に関して信楽駅のホームの長さと乗入車両数との関係から、ホームを外れる車両の戸締めの問題等を指摘されたため、同年一二月に中村業務課長が再度被告JR西日本運輸部運用課を訪れ、池田副課長との間で、塩谷係長から指摘された右事項についての改善策を話し合った。

(四) 平成三年一月一七日、被告JR西日本本社において、被告JR西日本、被告SKR、信楽町、世界陶芸祭実行委員会の合同会議が開催された。被告JR西日本からは企画推進部、京都管理部、運輸部運用課、運輸部輸送課、運輸部管理課、運輸部駅務課等から各担当者が出席し、被告SKRからは奥村常務、広岡総務課長、中村業務課長ら約七名が出席した。会議は、前記の平成二年三月二二日付で滋賀県知事が出した「世界陶芸祭開催に関する協力について(要請)」をもとに行われ、同要請書に記載されている一二項目の要請の一つ一つについて順次検討協議が加えられ、①大阪駅等からの直通乗入れの列車を運行し、かつ直通乗入列車は快速体系とすること、②JR草津線の増結及び増便については休日のダイヤと絡んでいるため早急に結論を出せないので、二月中ころを目途に結論を出すこと、③各直通乗入列車にはヘッドマークを掲示し、そのヘッドマークは京都電車区のQCに作成させること、④啓発用ポスターの駅貼り、車内吊り広告、啓発用ツールの設置、⑤切符については往復割引付切符と世界陶芸祭の入場券とをセットにしたものを発売し、かつ、その切符を前売りにした場合はさらに割引にすること等の話し合いがなされた。

(五) 平成三年三月一四日貴生川駅会議室において打合せが開催された。当日午前中は、被告JR西日本内部の打合せが行われ、安全対策室作野主席、京都管理部吉村主席、草津駅の田中助役、亀山CTCセンターから米沢所長以下約六名、貴生川駅の和田駅長、嶋岡助役らが出席し、作野主席から、被告SKRの行き違い設備として小野谷信号場が新設されたことに伴い、貴生川駅と信楽駅間の常用閉そく方式は特殊自動閉そく方式に変更された旨の説明がなされたほか、これに伴って、貴生川駅の制御盤に①方向てこ、②線路閉鎖てこ、③誤出発解錠、④退行解除押ボタン等が新設されたことや、これらの機器等の取扱方法等についても簡単な説明がなされた。

同日午後からは被告SKRの中村業務課長、山本施設課長、信栄電業から二名が参加し、被告両社の打合せが開催された。この席上作野主席から貴生川駅と小野谷信号場間において行う代用閉そく方式指導通信式を施行するにあたり、その要員や指導員の派遣を被告SKR側でやって欲しい旨の要請がなされたところ、被告SKRの中村業務課長は、当初、社員が少ないので大変などと言って難色を示していたものの、結局は指導者や派遣要員については全部被告SKR側で出すことになった。

また、作野主席からSKR線内での連絡体制についての質問がなされ、中村業務課長から被告SKRの列車については信楽駅を通じて無線で連絡を取ること、直通乗入列車については周波数が違うので無線を使うことはできないが、沿線には五〇〇メートルおきに携帯電話の接続端子を設置しているので、これに乗入列車の携帯電話を接続して使うこと、貴生川駅、小野谷信号場、信楽駅の各駅間の連絡は各駅ごとの符号を定めた運転専用電話で連絡を取ることの説明がなされた。さらに、この会議においては、亀山CTCセンターと被告SKRとの間で、草津線の遅れについて五分くらいの遅れを目安として連絡を取り合い、一〇分遅れくらいの範囲内で接続するという合意がなされた。

(六) 平成三年三月二〇日、信楽駅内の被告SKR会議室において、被告JR西日本からは運輸部運用課酒井主席、京都車掌区車掌二名、京都電車区柘植派出所中尾助役、松田助役、西出運転士及び藤森運転士が、被告SKRからは奥村常務、中村業務課長が出席して、本件直通乗入れについての打合せ及び前述の二段階方式による教育における被告JR西日本側の指導者と被告SKR側との打合せ会議が開かれた。この会議では、被告SKR側から、線路図、信号機一覧表、列車時刻表などが配布された上、SKR線の線路配置や各信号機の位置、現示内容、小野谷信号場での対向列車との行き違い手順及び異常事態発生時の連絡方法などについての説明がなされた。すなわち、被告SKRの中村業務課長の説明によると、①小野谷信号場での列車の行き違い方法は、信楽駅発貴生川駅行きの上り列車(以下「上り列車」という。)が、同信号場の待避場に待避して約三〇秒間停車している間に、貴生川駅発信楽駅行きの下り列車(以下「下り列車」という。)が同信号場本線を通過し、その後上り列車が出発し、上下列車は、列車の故障や、列車の遅延がない限り、必ず小野谷信号場でこのような方法により行き違う、②SKR線の常用閉そく方式は特殊自動閉そく方式で、信号機の現示は軌道回路によって検知された列車の進行状況によって自動制御されており、小野谷信号場においては、通過扱いの下り列車は、同信号場の下り場内信号機の黄黄現示すなわち警戒信号に従って、低速で同信号場本線に入線した上、同信号場の下り出発信号機の青色現示に従い、そのまま同信号場を通過するのに対し、上り列車は、同信号場の上り場内信号機の黄黄現示に従って、いったん停車し、下り列車が通過し、上り出発信号機が青色現示になるのを待って出発する、③信楽駅からの出発列車が遅れた場合は、小野谷信号場にいる下り列車は、停止信号により出発できないようになっている、とのことであった。

(七) 以上のような協議を経て、被告両社は平成三年三月二五日に一時限り連絡運輸契約を締結し、同月二七日に本件直通乗入れに関する以下の約定の車両直通運転契約書、直通乗入運転に関する協定書及び運転作業協定書を締結した。

(1) 車両直通運転契約書(以下「本件直通運転契約書」という。)

被告JR西日本(以下「甲」という。)と被告SKR(以下「乙」という。)との間に、甲所属の気動車を乙所属線(SKR線)に直通運転することについて次のとおり契約を締結する。

(直通運転区間、編成両数その他)

一条① 甲所属気動車の直通運転の区間、編成両数及び運転日は次に定めるとおり(省略)とする。

② 輸送上の都合その他の事由により、前項に定める編成両数を一事限り変更する必要があるときは、甲と乙が協議の上変更することができる。

(諸規定の適用)

二条 直通運転をする甲所属の気動車(以下「直通列車」という。)の乙所属線内の取扱については、乙所属の列車とみなして、乙の定める諸規則を適用する。

(運転時刻)

三条① 直通列車の運転時刻は、甲と乙において別に定める列車運転時刻による。

② 運転時刻を変更する必要があるときには、甲と乙とにおいて協議して定める。

(線路等の整備)

四条① 乙は、自己の線路及び運転保安設備を直通列車の運転に支障のないように整備するものとする。

② 甲は、乙の線路及び運転保安設備を検査する必要があると認めたときは、いつでも検査することができる。この場合、検査のために要する費用は、その都度甲と乙が協議して定めるものとする。

(使用車両)

五条① 直通運転に使用する車両(以下「直通車両」という。)については、甲は乙の承認を受けなければならない。

② 甲又は乙は、直通車両が運転上支障を生ずるおそれがあると認めたときは、いつでも当該車両の使用を停止することができる。

(直通車両の整備及び保守)

六条 直通車両の保守は、甲の定める内燃動車整備心得(昭和六二年四月一日車達第八号)及び気動車整備基準(昭和六二年四月一日車達第二〇号)に基づき、甲の責任において整備、保守するものとする。

(直通車両の検査)

七条 乙は、甲所属の直通車両を検査する必要があると認めたときは、いつでも検査することができる。この場合検査に要する費用は甲が負担するものとする。

(直通車両破損の処置)

八条① 直通車両が破損した場合の処置及び応急復旧等に要する経費の負担方については、甲の定める車両直通運用基準規程(昭和六二年四月一日運達第二二号)の定めによるものとする。

② 前項の場合、破損の程度その他の事由により回送することができないときは、その都度甲と乙が協議して適宜の方法を講ずるものとする。

(事故概要の報告)

九条 乙は、自己の線内で発生した直通列車の鉄道運転事故及び運転阻害の報告方については、甲の定める運転事故報告手続(昭和六二年四月一日安達第九号)に準じて、速やかに甲に報告するものとする。

(施設の新設及び変更)

一〇条 直通車両の運転のために必要とするSKR線内の施設物の新築、移転、変更及び補修等は、乙が施行するものとする。

(油脂その他消耗品の使用)

一一条 甲は、直通列車の運転に必要な油脂、その他の消耗品、旅客車用品、防護用具、その他搭載品等は、甲所属のものを使用する。

(乗務員の乗務方)

一二条① 直通列車及び甲所属車両の乗務員は、甲所属の運転士、車掌が乗務する。

② 前項に定めた車両に乗務する乗務員の勤務方については、甲がすべて責務を負うものとする。

(乗務員の資格)

一三条 前条の定めにより、SKR線内に乗務する乗務員は、省令に定める動力車操縦運転免許を有する者並びに運転適性検査及び医学適性検査に合格した者でなければならない。

(宿泊施設等)

一四条① 乙は、必要により、甲の乗務員に乙の宿泊施設の一部を使用させるものとする。

② 前項に定める宿泊設備の使用方及び使用料については、甲と乙で別途協議する。

(直通運転料金)

一五条① 乙は、直通車両の運転料金として、SKR線内の運転に対して、別紙(省略)に定める料金を甲に支払うものとする。

② 直通列車の運用上、その編成車両の一部又は全部を空車で回送したときは、前項の定めは適用しないものとする。

(乗り入れ運転に伴う教育訓練費)

一六条 乙は教育訓練実施に伴う経費を、一五条別紙(省略)に定める料金に準じて甲に支払うものとする。

(運賃・料金の精算)

一七条 一五条、一六条に定める運賃・料金、教育訓練実施に伴う経費は一か月ごとの精算とし、連絡運輸の債権・債務に組み入れ、甲の定める連絡旅客運賃料金清算事務基準規程(昭和六二年財達第一七号)の定めによって精算するものとする。

(延滞料金)

一八条① 乙は、この契約から生ずる債務を、その支払期日までに延滞なく履行するものとする。

② 前項の債務は、天災地変又は甲の責に帰さない事由によって履行できない場合を除き、その支払い期日までに履行しない場合は、期日経過後の日数に対して年14.5パーセントの割合をもって延滞償金を甲に支払うものとする。

(損害負担)

一九条① 直通列車の運転によって発生した損害は、その損害を与えた甲又は乙において負担するものとする。ただし、その損害の原因の所在が明らかでない場合又はその原因が競合して発生し、その損害を区分し難い場合は、甲と乙が協議して定めるものとする。

② 天災地変等の不可抗力によって直通列車に発生した損害の負担方については前項のただし書きを準用する。

③ 五条二項の事由により、直通列車の運転を休止したために生じた損害は相互にこれを求償しないものとする。

(車両使用料金の改定)

二〇条 一五条に定める車両使用料金に改定を生じた場合は、甲と乙と協議のうえ、いつでも改定することができる。

(有効期限)

二一条 この契約の有効期限は、平成三年四月一日から平成三年五月二六日までとする。

(契約の改定又は解除)

二二条 この契約は、前条に定める有効期間内であっても、必要に応じ、甲と乙が協議のうえ、いつでも改定又は解除できる。

(契約の一方的解除)

二三条 甲は、この契約を解除しようとするときは、一五条に定める車両使用料を改定する場合を除き、一〇日前までにその旨を書面をもって通知するものとする。ただし、乙がこの契約の義務に違反したときは、いつでもこの契約を解除又はその効力を一時停止することができる。

(紛争時の解決方法)

二四条 この契約に定めのない事項又は疑義を生じた事項については、甲と乙が協議のうえ定めるものとし、これによりがたい場合は法令の定めるところによる。

(2) 直通乗入運転に関する協定書

被告JR西日本(以下「甲」という。)と被告SKR(以下「乙」という。)は車両直通運転契約書に基づき次の条項により協定する。

(運転関係業務の分界点)

一条 直通乗入運転を行う区間(以下「直通区間」という。)における運転関係業務の分界点は、貴生川駅場内信号機(3LA、3LB)の建植位置とする。

(運転規程)

二条 直通乗入運転列車(以下「直通列車」という。)又は車両の運転に関する規程の適用については、甲、乙間で協議して定める場合のほか、運転関係業務の属する会社の規程による。

(直通列車等の列車運行図表)

三条 直通列車等の列車運行図表は別紙(省略)のとおりとする。ただし、輸送その他の事由により、これを変更(臨時列車の設定を含む。)するときは、甲と乙が協議して決定するものとする。

(指揮命令権)

四条① 直通列車の運転取扱いに必要な事項について、相互に文書を交換し、関係者に周知徹底を図るものとする。ただし、急を要するものについては、口頭で行うことができる。

② 周知すべき事項は、甲、乙間で協議して別に定める。

(指令相互間の連絡及び協議系統)

五条 甲の運転指令(以下「甲指令」という。)と乙の運転指令(以下「乙指令」という。)相互間における連絡及び協議系統は次のとおりとする。

甲―――――――――乙

貴生川駅当務駅長  信楽駅当務駅長(亀山CTC指令を含む) (指令兼務)

(指令相互間の照合及び連絡事項)

六条① 甲指令と乙指令相互間において、翌日の直通列車に関する照合を行うものとする。

② 直通列車について、次の場合は相互に連絡し合うものとする。

(a) 列車に五分以上の遅延が生じたとき。

(b) 乗車効率等旅客の状態について情報交換の必要を認めたとき。

(c) 列車の運転順序、行先又は運用を変更したとき。

(d) 列車の運転を休止したとき。

(e) その他必要と認めた事項が生じたとき。

③ 甲指令及び乙指令は、列車が著しく遅延する見込みがあり、前途の接続等に支障をきたすおそれのある場合は、あらかじめその時分を相手の指令に連絡するものとする。

(指令相互間の協議事項)

七条 直通運転区間について、甲指令と乙指令相互間で次の場合は協議するものとする。

(a) 臨時列車を運転するときであって、三条による協議をするいとまのないとき。

(b) 一〇条の場合の相手所属車両及び乗務員を運用するとき。

(c) 列車の特発を行うとき。

(d) その他必要と認めた事項が生じたとき。

(運転整理の基準)

八条 甲指令及び乙指令は、直通列車の運転整理を行う場合は、できる限り相手に影響を及ぼさないよう相互に強調して自会社内の運転整理を行うものとする。

(列車の優先順位)

九条 運転整理を行う場合、直通列車の優先順位は列車の性質、接続、乗客の多少等を勘案して甲及び乙指令がその都度決定するものとする。

(直通乗入列車の中止又は変更)

一〇条 事故その他の事項により、直通乗入運転の実施が不可能となった場合、甲及び乙は直通列車の取消、直通乗入運転の変更等の運転整理を行うことができる。この場合、乙線区内にあって、甲線区に帰ることができなくなった甲所属車両及び乗務員の運用は、甲指令と乙指令相互間で協議するものとする。

(異常時の運転取扱い)

一一条 直通区間における異常時の運転取扱いについいては、甲、乙間で協議して定める。

(事故及び故障時の処置)

一二条① 直通列車が直通区間において運転事故及び車両故障を生じた場合は、甲及び乙が協力して応急処置を行うものとする。

② 事故の処置については、甲、乙間でその都度協議するものとする。

(変更その他)

一三条 この協定に定める事項については、変更の必要又は疑義の生じた場合、もしくは、この協定に定めのない事項を施行する必要が生じた場合は、その都度、甲と乙の間において協議して定めるものとする。

(有効期間)

第一四条 (省略)

(3) 運転作業協定書

被告JR西日本(以下「甲」という。)と被告SKR(以下「乙」という。)とは「車両直通運転契約書」に基づき、乙線に甲の車両を甲の運転士により直通乗入運転することについて、次の条項により、協定する。

(規定の遵守)

一条① 乙所属線内において、甲の従事員による運転及び車両の入換えに伴う運転業務の取扱い方は、乙の定める規程によるほか、この協定による。

② 乙の定める主な規程は、次のとおりとする。

(a) 安全運転規範 (昭和六二年六月)

(b) 運転取扱心得 (昭和六二年六月)

(c) 異常時取扱基準規程 (昭和六二年六月)

(d) 運転事故、運転阻害報告規程(昭和六二年六月)

(e) 災害時運転取扱手続(昭和六二年六月)

(運転取扱業務)

二条 貴生川駅における運転取扱業務及び内容は次のとおりとする。

(a) 甲側

ア 直通乗入運転列車(以下「直通列車」という。)に対する閉そくの取扱い、信号機の取扱い。

イ 直通列車の車両入換、転線作業などに係わる運転操縦、誘導並びに解結作業。

(b) 乙側

ア 乙所属車両の入換作業時の運転操縦

(異例作業方)

三条 甲及び乙は、平素と異なる作業又は、この協定に定めていない作業を行う必要がある場合は、その都度双方で打合せのうえ行うものとする。

(疑義が生じた場合の措置)

四条 この協定に定めていない事項、又は疑義が生じた場合は、その都度甲と乙が協議して処理するものとする。

(協定の変更)

五条 この協定を変更する必要が生じたときは、甲と乙が協議のうえ変更することができるものとする。

(有効期間)

六条 (省略)

5  信号保安システム一般について

(一) 一条の線路に複数の列車を運転させる場合、追突ないし正面衝突事故発生の危険があり、これらを回避するための方法としては、列車の運転時刻を調整する時間間隔法と、線路上に、ある区間を設定して、その区間を常に一列車にのみ占用させる空間間隔法とが存するところ、時間間隔法は保安上の絶対性がないことから、鉄道運転規則(昭和六二年三月二日運輸省令第一五号)においては、空間間隔法が採用されることになった。空間間隔法においては線路を一定の区間に区切り、同一区間には複数の列車の進入を禁止するという方法が採られる。この一定の線路区間のことを「閉そく区間」と呼び、その一閉そく区間に複数列車の進入を禁止する方法を「閉そく方式」と呼ぶ。閉そくを確保することは鉄道運転における基本ルールである。

そして、ある閉そく区間に対して常時施行する閉そく方式のことを常用閉そく方式といい、その種類を大別すると、①タブレット閉そく方式、票券閉そく方式、スタフ閉そく方式等と、②自動閉そく方式、特殊自動閉そく方式等がある。

「特殊自動閉そく方式」とは、線路を閉そく区間に分け、停車場内の閉そく区間に対しては連続した軌道回路を、停車場間にわたる閉そく区間に対しては列車がその閉そく区間に進入したこと及びその区間から進出したことを検知するための装置(以下「検知装置」という。)を設けて、これと信号機とを関連させることにより、その閉そく区間に列車があるときは停止信号を、列車がないときは進行を指示する信号を自動的に現示する機能を有している閉そく方式をいい、特に検知装置として両端の駅の場内信号機付近に短小軌道回路を設けたものを「特殊自動閉そく方式(軌道回路検知式)」という。特殊自動閉そく方式は、列車の後方の閉そく区間の信号制御、駅間の単線区間における方向の制御及び転てつ器の制御並びにそれらと信号機の連動等を自動的に行う点は、一般の自動閉そく方式と同じであるが、駅間に列車の存在を検知する軌道回路を連続的に敷設せずに、駅間を一つの閉そく区間とし、その両端、すなわち駅の入口と出口にOT型とCT型の二つの軌道回路を置き、その部分を通過する列車を検知することで、駅間に存在する列車を検知する(チェックイン・チェックアウト方式と呼ばれている)点が一般の自動閉そく方式と異なっている。本件事故当時のSKR線の常用閉そく方式は、特殊自動閉そく方式であった。

また、閉そく装置の故障等により、常用閉そく方式を施行することができないときに、平常運転に復するまでの間、施行する閉そく方式のことを「代用閉そく方式」といい、その一つに指導通信式がある。

この「閉そく」に関する鉄道運転規則の関係規定のうち主要なものは次のとおりである。

九四条 本線は、これを閉そく区間に分けて列車を運転しなければならない。(以下省略)

九五条 一閉そく区間には二以上の列車を同時に運転してはならない。(以下省略)

一〇六条 特殊自動閉そく方式による閉そくは、次に掲げる場合において、自動作用により停止信号を現示する信号機を使用して行わなければならない。

一  出発信号機にあっては、閉そく区間に列車又は車両が進入し、かつ、当該列車又は車両が当該閉そく区間から進出していないとき。

二  場内信号機にあっては、閉そく区間に列車又は車両があるとき。

三  閉そく区間にある転てつ器が正当な方向に開通していないとき。

四  他の線路にある列車又は車両が、線路の分岐箇所又は交差箇所において閉そく区間を支障しているとき。

五  閉そく装置に故障を生じたとき。

一三〇条 指導通信式又は指導指令式は、複線区間で一線が不通となったとき又は単線区間で常用閉そく方式(スタフ閉そく式を除く)を施行することができないときに施行するものとする。

(二) 信号システム上、「駅」とは、閉そく区間の両端をなす「停車場」を指す。すなわち、SKR線では、貴生川駅、小野谷信号場、信楽駅を「駅」と呼ぶ。SKR線における信楽駅と小野谷信号場間の閉そく区間中の中間四停車場は旅客の乗降のために列車が停車するだけであり、信号システムの機能上は何ら意味を持たない。

(三) 「CTC」とはCentralized Traffic Controlの略で「列車集中制御装置」の意味である。特定の線区の列車運転情報を制御所(CTCセンター)に集中表示し、迅速、的確な指令業務を行うとともに、停車場における列車の運転進路を直接遠隔制御するシステムを構成するものとして設備されているものである。

(四) 「てこ」とは、信号システムを遠隔制御する制御盤上にあって、信号機、駅間における列車の運転方向、転てつ器等を制御するためのスイッチをいう。転てつ器を単独に転換する「転てつてこ」、駅間の列車の運転方向を設定する「方向てこ」、転てつ器を所定の方向に転換して進路を(場合によっては運転方向も)設定し、信号機に進行現示を出す「信号てこ(進路てこともいう。)」、ARCの設備されている駅間で列車の運転方向が特定の方向に設定されるのを禁止する「方向優先てこ」などのてこがある。

(五) 「ARC」とは、Automatic Route Controlの略で「進路自動制御装置」の意味である。列車の進路に対する信号機等の制御を、列車がその制御区間に進入することにより、自動的に行う制御装置として、連動装置に敷設して使用される。この装置は主として特殊自動区間に設備し、進路制御の省力化を図っている。

(六) てこ、転てつ器、運転方向(リレー)、信号機等は、あらかじめ「定位」と「反位」の状態が定められていて、それぞれの状態にある時を、それぞれ「定位」、「反位」という。一般的には通常時の状態を定位といい、例えば、てこについては、制御を要求する位置に操作した状態を反位といい、制御を要求しない位置にあるとき定位という。転てつ器に関しては、本線側に進路が開通している状態を定位といい、信号機については、進行信号を現示できる状態に進路が設定され、後述の鎖錠がなされている状態を反位といい、それ以外の状態を定位という。

(七) 進路内に複数の信号機や転てつ器がある場合、それらを関連づけて制御しないと列車の接触、脱線などが発生するおそれがある。また、列車の進行中などに転てつ器が転換すると脱線のおそれが生じる。このため信号機や転てつ器を正規の状態にインターロックしておく必要がある。信号機の防護区間内にある転てつ器が列車の運行に必要な方向に開通しているときのみ、その信号機に進行を指示する信号を現示し、いったん信号機に進行を指示する信号を現示した以上は、その信号機の防護区間内の転てつ器は転換できないようにして、扱い者が信号機または転てつ器の取扱いを間違っても扱うことができないようにすることを「鎖錠」という。このうち、「保留鎖錠」とは、反位にされている信号機を人為的に定位にする操作を加えても、一定時間は定位とならない仕組みをいい、これにより列車が進行を現示している信号機の直前まで迫っているときに、誤って信号機を反位から定位にしても、転てつ器等はそのまま反位に保たれ、過走による脱線事故等が防止できる。この「保留鎖錠」を司るリレーを「ASR」という。また「進路鎖錠」とは、列車が反位を示している信号機の内方に進入した場合、その信号機が保障している進路を鎖錠し、その間に信号機を定位にして当該列車が進行する先の転てつ器の転換操作をしても、当該転てつ器が転換しないようルートを確保して脱線事故が起きることを防止するものである。

これらの信号機、転てつ器のてこが互いに関連し、その扱いに一定の順序があり、かつ鎖錠関係のついていることを「連鎖」といい、連鎖関係を保って動作することを「連動」という。

6 直通乗入れの実施及び事前トラブル

平成三年三月一六日、被告SKRは、貴生川駅との信号切り替え試験を経て、同日から新しい信号システム設備によるSKR線の列車の運行を開始した。一方、被告JR西日本においては、直通乗入れの運転士八名(西出稔、藤森光儀、甲野太郎、濱口博民、大治義信、小川邦彦、長谷川博昭、別所弘朗)を選定し、同年四月四日から同月六日、同月八日から同月一二日までの間、直通乗入列車の試運転を行い、同月二〇日から本件直通乗入れを開始した。ところが試運転期間から本件事故までの間に、以下のとおり四回のトラブルが発生した(以下これらを総称して「事前トラブル」という。)。

(一) 一回目の事前トラブル(以下「四月八日の信号トラブル」という。)

(1) 発生日時

平成三年四月八日一六時三七分ころ

(2) 発生場所

貴生川駅

(3) 対象列車

貴生川駅一六時四四分発SKR下り五四五D列車(吉澤運転士)

(4) トラブル種別

閉そく装置の運転方向設定の解錠不能

(5) トラブルの状況

貴生川駅一六時三八分到着予定のSKR上り五四六D列車が貴生川駅SKR線着発線に到着した際、通常であれば同列車に後続する列車がなく、また同列車の到着によって、同列車が通過した小野谷信号場から貴生川駅場内信号までの間の列車による中間軌道回路の短絡がなくなることから、亀山CTCセンターの草津線表示盤の列車の在線を示す列車表示灯及び小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向表示灯が滅灯するはずであるのに、これが点灯したままの状態となった。これを認知した同CTCセンター指令長奥永長寛(以下「奥永指令員」という。)が、中間軌道回路に列車が存在しないのに、その存在を示す表示灯が点灯する(短絡状態)という閉そくシステムの異常と判断し、このままでは、次に予定されている下りSKR五四五D列車(貴生川駅発定時一六時四四分)の出発信号が出ないこととなるため、異常が解消されるまで代用閉そく指導通信式での運行を行う必要があると判断して、直ちに貴生川駅の中原助役に信楽駅と打合せをして代用閉そく方式による運行準備をするよう指示した。

(二) 二回目の事前トラブル(以下「四月一二日の信号トラブル」という。)

(1) 発生日時

平成三年四月一二日一三時三八分ころ

(2) 発生場所

貴生川駅

(3) 対象列車

貴生川駅一三時四四分発SKR下り五三九D列車(服部運転士)

(4) トラブル種別

閉そく装置の運転方向設定の解錠不能

(5) トラブルの状況

貴生川駅一三時三八分到着予定のSKR上り五四〇D列車が、貴生川駅SKR線着発線に到着した際、通常であれば同列車に接続する列車がなく、また同列車の到着によって、同列車が通過した小野谷信号場から貴生川駅場内までの間の列車による中間軌道回路の短絡がなくなることから、亀山CTCセンターの草津線表示盤の駅間の列車の在線を示す列車表示灯及び小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向表示灯が滅灯するはずであるのに、これが点灯したままの状態となった。これを認知した同CTCセンター指令長森口肇二(以下「森口指令員」という。)が、中間軌道回路に列車が存在しないのに、その存在を示す表示灯が点灯する(短絡状態)という閉そくシステムの異常と判断し、このままでは、次に予定されているSKR下り五三九D列車(貴生川駅発定時一三時四四分)の出発信号が出ないこととなるため、異常が解消されるまで代用閉そく指導通信式での運行を行う必要があると判断して、直ちに貴生川駅の藤岡助役に信楽駅と打合せをして代用閉そく方式による運行準備をするよう指示し、四月八日の信号トラブルとまったく同様の異常事態となった。

(三) 三回目の事前トラブル(以下「五月三日の信号トラブル」という。)

(1) 発生日時

平成三年五月三日午前一〇時一一分ころ

(2) 発生場所

信楽駅

(3) 対象列車

信楽駅一〇時一四分発SKR上り五三四D列車(中嶋春男運転士)

(4) トラブル種別

閉そく装置の運転方向設定の解錠不能

(5) トラブルの状況

信楽駅当務駅長の神山昇運転主任(以下「神山運転主任」という。)は、上りSKR五三四D列車(信楽駅発定時一〇時一四分)を出発させるべく、同駅制御盤の22番信号てこをL側に操作し、22L反位として、同駅出発信号機22Lに進行信号を現示させようとしたが、22L信号機に進行信号を現示させることができなかった。そこで、制御盤を確認したところ、一番線の34号てつ器が車庫線に接続状態(反位)であることを発見、転てつてこ操作により、これを本線開通状態(定位)にしたが、なおも進行信号が出なかった。そこでさらに確認すると、小野谷信号場方向から信楽駅方向に列車が進行していることを示す「下り運転方向表示灯」が点灯しているのを発見した、しかしこのころ、ダイヤ上は同駅間に列車が走行しているはずがなく、同人は同表示灯の点灯は異常点灯であり、この点灯により22Lに進行信号が現示できない信号故障と判断した。

(四) 四回目の事前トラブル(以下「五月七日の運行トラブル」という。)

(1) 発生日時

平成三年五月七日一七時四九分ころ

(2) 発生場所

貴生川駅構内

(3) 対象列車

貴生川駅一七時四九分発SKR下り五四七D列車(服部運転士)

(4) トラブル種別

出発信号機制御ミスによる行き違い変更

(5) トラブルの状況

亀山CTCセンターの森口指令員は、貴生川駅制御を担当していたが、SKR下り五四七D列車(貴生川駅発定時一七時四九分)発車時刻ころ、貴生川駅信楽線着発線の出発信号機8Rに進行信号を現示させる信号押しボタンの圧下を失念した。

一方、貴生川駅では、対象列車の服部運転士は、通常、定時の一分三〇秒前には同駅の出発信号機に進行信号が現示されていることから、実際は亀山CTCセンター指令の失念により停止信号のままであったにもかかわらず、これを確認しないで進行信号が出ているものと軽信し、停止信号のまま定時に列車を発車させた。ところが列車のATS(自動列車停止装置のことで、信号機が停止信号を現示しているにもかかわらず、乗務員がこれを無視したり、あるいは誤認して進行しようとしたとき、自動的にブレーキをかけて停止させ、追突や衝突事故を防止する装置である。)が作動し、また着発線から一五〇メートルの距離で貴生川駅の構内にある虫生野踏切の警報が鳴動しておらず、遮断機も下りていないことを見て、自己が信号を見ていなかったことに気づき、踏切手前で停車した。その後、同列車は貴生川駅駅員の誘導により着発線までバックした。

このような亀山CTCセンターの制御ミス及び服部運転士の誤出発により、ダイヤでは小野谷信号場でSKR下り五四七D列車と行き違い運行するはずのJR上り五一六D列車が先に小野谷信号場手前の信号制御点13LUAを通過してしまったため、ARC(後記参照)の作用により小野谷信号場、貴生川間の列車運転方向が上りに設定され、右五四七D列車の発車ができなくなり、正規の小野谷信号場での行き違い運行ができないことになった。

7 事故当日の概要

(一) 平成三年五月一四日(以下この項においては特に断らないかぎり日付はすべて平成三年五月一四日である。)九時四二分三〇秒ころ、亀山CTCセンターの運転指令員浦出良治(以下「浦出指令員」という。)は、SKR下り五三一D列車(貴生川発定時九時四四分、この列車が信楽駅で折り返して本件五三四D列車となる。)のために、貴生川駅出発信号8REのボタンを圧下し、同列車は、定刻よりも約二分遅れの九時四六分ころに貴生川駅を出発した。

(二) 右8REのボタンを圧下する前に、浦出指令員は、京都発信楽行き、甲野運転士運転のJR九九三〇D列車(貴生川駅から信楽駅までの間の列車番号は五〇一D)が途中の大津駅で五分遅れとなっているという連絡を受けていたが、浦出指令員は、右九九三〇D列車の貴生川発車も遅れ、小野谷信号場で交換(行き違い)予定の本件五三四D列車が先に小野谷信号場に到着し、ARCの作用により小野谷信号場、貴生川間の上り運転方向が設定されてしまい、小野谷信号場での行き違いができなくなると判断し、小野谷信号場上り出発信号機12Lを抑止する機能を有する方向優先てこ65R(本件優先てこ)の使用を決め、8REボタンを圧下すると同時に方向優先てこ65Rを反位に扱った。

(三) 一〇時八分ころ、浦出指令員は、交代要員の寺田指令員と交代する際、寺田指令員に対して、九九三〇D列車は石部駅を六分遅れで発車しており、乗車率は二五〇パーセント、SKR線貴生川駅の方向優先てこは取り扱っている旨を告げたが、寺田指令員から方向優先てこを操作したときに下り運転方向表示灯が点灯していたかどうか尋ねられ、点灯していたかどうか記憶がはっきりしないことに気がついた。

そこで、浦出指令員は、再度方向優先てこ65Rを取り扱うこととし、R側に倒されていた方向優先てこ65Rを一旦中立に戻した後、貴生川駅出発信号8Rの押しボタンを圧下して、下り運転表示灯の点灯したのを確認してから、再び方向優先てこ65RをR側に倒した(後記認定のとおり、方向優先てこ65Rは貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向が下りにとられていない限り機能しないものであった。)。そして、その後、浦出指令員は8Rの出発現示を取り消すために、まず定位ボタンを圧下し、それから8Rのボタンを圧下して8Rの出発信号を復位させた。

(四) SKR下り五三一D列車は定時一〇時七分五〇秒のところ、一〇時一〇分ころに信楽駅に到着した。

(五) 信楽駅の当務駅長里西孝三は、五三一D列車の入れ替え、増結作業の終了後、本件五三四D列車(信楽駅発定時一〇時一四分)として出発させるために、一〇時一四分から一五分ころ、信楽駅出発信号22Lを出す操作を行ったが、制御盤に下り運転方向表示灯22RFKが点灯したままの状態となり、出発信号は現示されなかった。そのため信栄電業から被告SKRに派遣されていた信号技師の八木澤守が信号故障と思い、原因を調査したが、原因は分からなかった。

(六) 一〇時一六分四〇秒ころ、JR九九三〇D列車(貴生川駅より本件五〇一D列車)が貴生川駅に到着し(定時一〇時一三分)、亀山CTCセンターでは右到着と同時に方向優先てこ65Rは反位の状態のまま、出発信号機6REを圧下し、本件五〇一D列車は一〇時一九分ころ(定時一〇時一七分)に貴生川駅を発車した。

亀山CTCセンターでは、貴生川駅出発信号機6REが滅灯したのちに方向優先てこ65Rを定位に戻した。

(七) 被告SKRの中村業務課長は、信楽駅出発信号22Lが出発信号を現示しないので、信号故障と判断し、代用閉そく方式で五三四D列車を出発させることを決定した。しかしながら、中村業務課長は、神山運転主任に小野谷信号場まで行くように指示したものの、代用閉そく方式指導通信式の定められた手順である、小野谷信号場への駅長役の派遣や信楽駅と小野谷信号場間の区間開通確認がなされたのを確認することなく、神山運転主任が自動車に乗って信楽駅を出るよりも早く、一〇時二五分に渕本運転士に命じて22Lが赤現示(以下「R現示という」)の状態のまま本件五三四D列車を出発させた。

(八) 一〇時二六分ころ、貴生川駅の墨田助役から亀山CTCセンターの寺田指令員のもとに本件五三四D列車が信楽駅を一〇分遅れで発車したとの連絡が入り、寺田指令員は墨田助役に対し、草津線の列車との接続をどのように行うかについて指示した。

(九) 一方、一〇時一九分ころに貴生川駅を出発していた本件五〇一D列車(甲野運転士)は、一〇時三〇分ころ、小野谷信号場の手前にさしかかっていたが、甲野運転士は場内信号機12Rが警戒信号(制限速度時速二五キロメートル)である黄黄現示(以下「YY現示」という。)から進行信号である青現示(以下「G現示」という。)に変わったのを見て、小野谷信号場の場内に進入し、同信号場の出発信号機13RがG現示であるのを確認して時速約五〇キロメートルで同信号場を通過した。このとき、所定のダイヤでは同信号場において行き違うことになっていた本件五三四D列車は、同信号場の待避線に到着していなかった。なお、本来信楽駅において誤出発があった場合には、小野谷信号場下り出発信号13Rは誤出発探知機能によりR現示となるはずであるが、本件事故当日は、八木澤信号技師が信号回路を誤って短絡させたことにより、誤出発探知機能が機能せず、13Rは本件五〇一D列車の接近によりG現示となったものである。

(一〇) 一〇時三五分ころ、本件五〇一D列車と本件五三四D列車は、小野谷信号場と紫香楽宮跡駅間のカーブで見通しの悪い軌道上(起点貴生川駅より9.1キロメートル付近)で正面衝突し、双方の乗客三七名と乗員五名の計四二名が死亡し、六一四名が重軽傷」(運輸省調査による。)を負った。

二 争点1(被告JR西日本所属列車のSKR線への直通乗入れに際しての被告JR西日本の立場)について

1 基本的視点

(一)  まず、後に検討する被告JR西日本の不法行為責任等の前提として、そもそも被告JR西日本(組織体としての被告JR西日本を構成する機関ないし従業員)は、本件直通乗入れに際して、SKR線上における事故発生防止のための何らかの行為義務(作為義務)を負うべき立場にあったのかどうかという点について、本件直通乗入れに関する具体的事情に即して検討する必要がある。なぜなら、SKR線の鉄道事業法上の事業免許を有するのは被告SKRのみであり(当事者間に争いがない)、同線の利用者との関係で、路線上の安全性確保のための措置を講じるべき義務を第一次的に負うのは被告SKRであると解され、SKR線上で起こった事故について本件直通乗入れに関する具体的事情の検討を経ずに、被告JR西日本が同線利用者に対する関係で不法行為上の行為義務を負うべき立場にあると直ちにはいい難い面があることから、右の点をまず検討する必要が生じるからである。

この点について、原告らは、本件直通乗入れは被告JR西日本と被告SKRとの「共同運行」であったと主張し、これを前提に被告JR西日本はSKR線上の安全確保義務を当然に負うべきであったと主張するが、「共同運行」という概念によって、本件直通乗入れの実態を主張するのはともかく、鉄道事業法上「共同運行」なる運行形態の規定があるわけではなく、少なくとも鉄道事業法によるSKR線の鉄道事業免許を有しているのは被告SKRのみであって、被告JR西日本にはその免許はない(その意味で形式的には支配領域外)のであるから、法規上、被告JR西日本も当然にSKR線の安全対策を講じるべき立場にあったということはできない。

(二)  ところで、一般に、行為者に過失の前提となる行為義務(作為義務)を負わせるためには、①行為義務を課す前提となる状況に利益侵害結果(損害)発生の蓋然性が客観的に存在すること、②当該行為義務違反によって侵害されるであろう利益が重大であること、③当該行為者が結果発生の危険性と一定の関係を有していること、④右①及び②の因子が行為者に行為義務を課すことによって犠牲にされる利益を上回ること、以上の四つの要件が充足されることが必要であると解される。したがって、被告JR西日本が、本件直通乗入れに際して、SKR線上における事故発生防止のための何らかの行為義務を負うべき立場にあったかどうかは、被告JR西日本について、右に示した四つの要件が存在するといえるかどうかにかかっているというべきである。

なお、この点に関して、被告JR西日本は、鉄道業界においては鉄道事業免許が絶対的な意味を有しており、路線の安全確保については当該路線の事業免許を有する者のみが考えるべきことがらであって、他の者はたとえ自己所属の車両や乗務員を直通乗入れさせているような場合であっても、一切その路線上の安全確保について考える立場になく、したがって安全性確保のための行為義務も負う立場に立ち得ないというのが鉄道業界における常識である旨の主張をしている。しかしながら、およそ過失の前提としての行為義務が存在するかどうかは、単に鉄道事業法上の免許を誰が受けているかというような形式的な要素のみによって決せられることがらではなく、行為者が実際に置かれている立場の実態に即して個別具体的に検討されるべきものであるから、被告JR西日本の右主張は採用することができない。

(三) そこで、以下において、本件直通乗入れの実態をもとに、被告JR西日本が本件直通乗入れにおいていかなる立場にあったかを検討することとする。

2 本件直通乗入れに至る経緯及び被告両社の打合せ状況

(一) 前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実を認めることができる。

(1) 被告JR西日本は、世界陶芸祭実行委員会及び被告SKRからの要請を受ける形で、世界陶芸祭の成功のために被告JR西日本として積極的に協力することを決め、本件直通乗入れの準備を開始し、平成二年四月ころから被告SKRとの打合せを開始した。まず、信号保安設備に関する打合せは平成二年四月ころから始められ、続いて同年七月二四日の陶芸の森における世界陶芸祭実行委員会、滋賀県、信楽町及び被告SKRとの打合せ会議を皮切りに、直通乗入列車の運行計画及び乗務員の教育・訓練について被告JR西日本と被告SKRとの間で打合せが行われるようになった。

(2) その後、平成二年一〇月下旬か一一月上旬には、被告SKRの中村業務課長と被告JR西日本の運輸部運用課の池田副課長との間で、乗務員の教育・訓練に関する打合せが行われ、その際、中村業務課長が「昔の経験者が柘植に居るので線路見学だけしてもらえばよいのではないか。」と述べたのに対し、池田副課長は、昔とは状況が違うことや当局からの指導もあることを述べ、乗務についての教育訓練を一回も行わないわけにはいかないと主張したことから、被告両者間で乗務員の教育・訓練を行うことにし、具体的な教育・訓練計画について打合せを行った。そして、池田副課長の方で、右打合せの結果に基づき、「乗務員に対する教育訓練実施計画」を策定し、中村業務課長とともに近畿運輸局鉄道部運転保安課に説明に行くなど、具体的な乗務員の教育訓練計画の策定については被告JR西日本の池田副課長が積極的に関与していた。

(3) 平成三年三月一四日午後に貴生川駅会議室で行われた合同会議においても、被告JR西日本安全対策室の作野主席から被告SKRに対して質問がなされる形で会議が進められ、その中で、貴生川駅・小野谷信号場間の代用閉そくの方法や要員派遣について、作野主席が被告SKR中村業務課長に質したのに対し、中村業務課長は、最終的には、被告SKRから要員をすべて出すことを承諾したものの、「社員が少ないので大変ですわ」などと要員派遣を渋る言動をしていた。さらに、同じ会議において、SKR線内の連絡体制、草津線との接続についても協議がなされるなど、会議の内容はSKR線の運行の内容にまで踏み込んだ内容のものであった。

(二) 以上認定の事実を総合すれば、本件直通乗入れ実現に被告JR西日本も積極的に協力することとし、被告SKRとの間の、教育・訓練計画等の協議の場面では、むしろ、被告JR西日本の方が、教育訓練の実施に消極的であった被告SKRを引っ張る形で積極的に関与していたことが認められる。

3 本件直通乗入れに関する各種契約・協定の内容

(一) 車両、乗務員、運転保安設備に関する規定

(1) 前記判断の前提となる事実(第三の一)記載のとおり、本件直通乗入れに際して被告JR西日本と被告SKRとの間で締結された本件直通運転契約中には「被告SKRの線路及び運転保安設備を検査する必要があると被告JR西日本が認めたときは、いつでも被告JR西日本が自ら検査することができる」(四条)という規定、「(直通列車及び被告JR西日本所属車両に)乗務する乗務員の勤務方については、被告JR西日本がすべて責務を負うものとする。」(一二条二項)という規定、「被告SKRがこの契約の義務に違反したときは、いつでもこの契約を解除又はその効力を一時停止することができる」(二三条ただし書き)という規定がある。

(2) これらの規定のうち、被告JR西日本が必要なときはいつでも被告SKRの線路を検査できるというのは、被告JR西日本もSKR線の路線の安全性について確認できる立場にあったことを端的に示す規定であるし、この規定と、被告SKRが契約に定められたSKR線の整備等の義務を怠っていると判断したときには、被告JR西日本が一方的に解除できるという規定を合わせ考えれば、被告JR西日本は、乗入先のSKR線の安全性が確保されているかどうかをチェックし、安全性が確保できていなければ乗入れを中止することもできる立場にあったと認められる。また、乗務員についても、乗務員の勤務方について被告JR西日本が責任を負うとされている以上、SKR線内に乗入れてしまうと、乗務員に対する被告JR西日本の支配がまったく及ばないというわけではなく、点呼等の機会に乗務員を通じてSKR線の安全性についての情報を得ることも可能であったと認められる。

もっとも、被告JR西日本は、右直通運転契約書四条、二三条ただし書きは、被告JR西日本において被告JR西日本所属車両の損傷等を防止するという財産保全の観点から置かれた規定であるから、運行の安全を確保する趣旨の規定ではないと主張する。しかしながら、仮に、右直通運転契約書の各条項が被告JR西日本において主張するような趣旨及び観点から設けられたものであったとしても、被告JR西日本において乗入先であるSKR線の線路及び運転保安設備の検査等を通じ、自らSKR線の安全性についての情報を得ることができたことには変わりがないのであるから、安全性の確保についての確認を容易にすることができる立場にあったという前記認定を左右するものではない。

(二) 直通列車の運行についての規定

(1) 前記前提となる事実(第三の一)記載のとおり、運転取扱いについて被告両社の指令相互間の連絡及び協議系統(直通乗入運転に関する協定書五条)、指令相互間の照合及び連絡事項(直通乗入運転に関する協定書六条)、指令相互間の協議事項(直通乗入運転に関する協定書七条)が詳細に合意され、直通乗入れの区間、編成車両、運転日等も詳細に合意され(車両直通運転契約書一条一項)、その変更は被告両社が協議して決定するものとされ(車両直通運転契約書三条)、また、直通区間の異常時の取扱いについても被告両社間で協議して定めるものとされ(直通乗入運転に関する協定書一一条)、さらに直通列車の運転取扱いに必要な事項について、相互に文書を交換し、関係者に周知徹底をはかるものとし、周知すべき事項は被告両社間で協議して決めるものとされている(直通乗入運転に関する協定書四条)。

(2) 右の直通列車の運行についての各規定によれば、直通列車に関する指令系統、指令の内容、直通列車の編成車両、運転日、異常時の取扱い等のSKR線の運行の安全に関わる重要な重項に関して被告両社の合意によって決められ、その変更も被告両社の協議によるとされていることが認められ、その限りではあるが、被告JR西日本もSKR線の運行内容の決定に関与しているということができる。

4 乗務員に対する教育・訓練等

(一) 教育・訓練の計画

前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告JR西日本の直通乗入運転士の教育・訓練について、平成二年一〇月下旬か一一月上旬ころ、被告SKRの中村業務課長と被告JR西日本の運輸部運用課池田副課長との間で打合せがなされ、二段階方式による教育・訓練の基本的方針が決定され、これに基づき、池田副課長が具体的な教育・訓練計画を策定して「乗務員に対する教育訓練実施計画」を策定し、その上で、池田副課長及び中村業務課長の両名は近畿運輸局を訪れて教育訓練計画について説明をしたことが認められ、以上の事実からすれば、被告JR西日本は直通乗入れの運転士の教育・訓練計画の策定に際しても、主導的立場でこれを進めていたことが認められる。

ところで、被告JR西日本は、右「乗務員に対する教育訓練実施計画」は、すべて中村業務課長の主導のもと、被告両社の打合せに基づき行われているのであって、池田副課長は単にそれを書面にしたにすぎないと主張する。しかしながら、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、右平成二年一〇日下旬か一一月上旬ころの打合せにおいて、中村業務課長が「昔の経験者が柘植に居るので線路見学だけしてもらえばよいのではないか」などと乗務員に対する教育・訓練自体に消極的な姿勢を示していたのに対し、池田副課長が当局の指導やSKR線の施設が変更になったこと等を理由に挙げて、右中村業務課長を説得した結果、被告両社において教育・訓練を行うようになったという経緯があったことが認められ、そうだとすると、教育訓練計画の策定に際して中村業務課長が主導的に行ったということは考えられず、右被告JR西日本の主張は採用することができない。

(二) 教育・訓練の実施

前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件直通乗入運転士に対する教育・訓練は、被告SKRの希望もあって「二段階方式」で行うものとされ、まず、平成三年三月二〇日に被告SKRの会議室において行われた説明会に被告JR西日本の運輸部運用課酒井主席のほか車掌、運転士等が出席して説明を受け、その後の同年四月三日、四日に被告JR西日本の教育指導担当者及び運転士が、被告SKRの列車に乗車して説明を受け、それらの説明に基づき、被告JR西日本の教育指導担当者が直通乗入運転士に対して教育・訓練を行ったことが認められる。つまり、被告SKRの希望ないし委託があったとはいえ、直通乗入運転士に対して指導教育を行うのは、被告SKR側の者ではなく、被告JR西日本の指導教育担当者とされ、実際にそのような形で教育・訓練が行われたのであって、かかる事実からすれば、教育・訓練の実施に当たっては、被告JR西日本が、被告SKRに代わって乗入乗務員に教育するという重要な役割を担っていたことが認められる。

(三) 乗務員の選定とその業務の管理

前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、直通列車の乗務員の選定は、被告JR西日本が行い、直通乗入運転士の始業及び終業点呼も被告SKRの機関においてなされることにはなっておらず、被告JR西日本の機関において行われていたことが認められ、右事実によれば、直通列車の乗務員の選定及びその業務管理もすべて被告JR西日本側において行われていたことが認められる。もっとも、点呼の点につき、被告JR西日本は、直通列車の乗務員はSKR線のみを走ったのではなく、JR線においても乗務したのだから、被告JR西日本の機関で点呼を受けるのは当然であるし、直通乗入れ期間中の運行計画は詳細にわたって被告JR西日本に伝えられていたから、被告JR西日本の機関において行っても何ら問題はなかったと主張するが、いずれにしろ、直通乗入運転士の業務管理は、SKR線の運転にかかる分も含めてすべて被告JR西日本において行われていたものであって、被告JR西日本が本件直通乗入列車の運行に一定の関与をしていたことには変わりがない。

5 貴生川駅についての業務の受託と信号の操作

前記争いのない事実等(第二の一)、同判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告JR西日本は、被告SKRとの間で締結していた「貴生川駅共同使用契約」に基づき、貴生川駅における被告SKRの列車の取扱い及び信号機の取扱いを行っていたこと、右共同使用契約中には有効期間内であっても必要に応じて協議の上、訂正または解除できる旨の条項があること、SKR線は単線のため、貴生川駅の信号を取り扱う場合には、信号システム上必然的に閉そく区間のもう一方の端である小野谷信号場の上り出発信号機に影響を及ぼすことになること、特に亀山CTCセンターに設置された方向優先てこ65Rは、貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向を下りに固定する機能を有するものであって、その操作はSKR線の運行に多大の影響を及ぼすものであることが認められる。以上の事実からすれば、被告JR西日本は、契約によって与えられた権限である貴生川駅の信号機の操作に加えて方向優先てこ65Rの設置・操作(これは後に検討するように契約によって与えられた権限内のことではない。)を行うことにより、SKR線の運行に関与していたものと認められる。

6 直通乗入れの実施及び収益の増加

(一) 鉄道は軌道上を高速で列車が走行するという交通手段であり、適切な運行確保がなされなければ直ちに乗客等の人命を危殆に陥れることになりかねず(公知の事実)、単線上に異なる別個の会社に所属する複数の車両が乗り入れている場合に、これらが秩序なく運行すれば、衝突事故発生の危険性が一層高まることは自明の理である。前記認定のとおり、本件直通乗入れは、その重要な構成要素の一つである列車及び乗務員を被告JR西日本が提供し、しかもJR線からSKR線への直通乗入れという形態をとるものであるが、直通乗入れがなされる場合、直通乗入列車の利用客は乗入先においても乗入れ前の路線と同様の事故防止策が採られているものと信頼して利用するのが通常であるし、特に、前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)記載の事実及び弁論の全趣旨によれば、被告JR西日本が旧国鉄の分割民営化によって誕生した西日本最大規模の鉄道会社であって、その技術力と組織力に多くの国民が刮目し、かつ、高い信頼を寄せていること、他方、被告SKRは、運行に直接関与する従業員がわずか一〇数名程度の小さな会社であり、そこに初めて大量の乗客が押し寄せてくることになったものであって、乗客の輸送自体も被告JR西日本からの乗入列車がなければとうてい対応しきれない状況であったことが認められ、右のような事情をも併せ考えると、直通乗入列車の利用客を含む乗入先の路線の利用者は、被告JR西日本において自社と同様の安全対策が講じられていることを確認した上で乗り入れているものと信頼するのが通常である。

(二) また、本件直通乗入れを実施することにより、被告SKRとの契約による割合部分のみとはいえ、被告JR西日本は運賃収入の増加を期待することができた(証拠略〉)。

7 安全性確認、結果回避措置の容易性

前記判断の前提となる事実(第三の一)認定のとおり、SKR線は、もとは旧国鉄の信楽線であり、旧国鉄の分割民営化で管理する会社が別になったとはいえ、被告JR西日本には昭和六二年の被告SKRによる運行開始直前まで同路線に関わっていた者がおり、今回の直通乗入れに当たってもそのような経験者を中心に乗務の任に当たらせていること、被告SKRの従業員は旧国鉄のOBが数多くおり(〈証拠略〉)、被告JR西日本の従業員とお互い知り合いである者も少なからずいたこと(〈証拠略〉)からすれば、被告JR西日本においてSKR線の安全性についての情報を収集することはさほど手間のかかることとも考えられない。また、前記3の(一)で認定のとおり、被告JR西日本は、被告SKRが義務に違反し保安上危険であると認めた場合には、被告SKRと協議の上、是正を申し入れることもできるし、場合によっては、一方的に直通乗入れを中止することができ、さらに、前記5で認定のとおり、必要な場合には、被告SKRと協議の上で、貴生川駅の信号取扱いも中止することもできるのであって、自社所属の施設ないし従業員が関係する形での事故がSKR線上で発生することを回避することは可能なのであるから、被告JR西日本が結果回避のための措置を講じることは可能であったというべきである。

8 小括

(一)  以上に認められる事実を総合すると、①一般に高速度交通機関としての鉄道は、それ自体衝突等によって人身損害を発生させる危険性を内在させており、特に本件直通乗入れのように単線上に所属の異なる乗務員が乗務した複数の列車が乗入ることになる場合にはその危険性は一層増大するのであるから、行為義務(作為義務)を課す前提となる状況に結果(損害)発生の蓋然性が客観的に存在するということができ、②被侵害利益は、生命、身体等であるから、安全性が確保されないことによって侵害されるであろう利益が極めて重大であるのは明白である。また、③一般に、被告JR西日本から他社線へ乗務員及び車両が同一のままで直通乗入れがなされている場合、利用者は乗入先の路線においても被告JR西日本と同様の安全性が確保されているものと信頼し、乗入先路線の利用者も、被告JR西日本が自社線と同様の安全性が確保されていることを確認した上で乗り入れてきているものと信頼して利用するものであり、他方、本件直通乗入れの実施によって、被告JR西日本も運賃収入の増加が見込まれ、自社線の営業にとっても利益になるプロジェクトであったのであるから、かかる事実からしても、もはや被告JR西日本は、SKR線上における自社所属の車両、施設ないし乗務員が関係した事故という結果発生の危除性について無関係ではなくなっているというべきである。しかも、本件直通乗入れに際しては、被告JR西日本も後援団体の一つとして世界陶芸祭というイベント開催の一翼を担い、かつ、乗務員に対する指導教育計画の策定に際しても、自ら主導的立場において、乗務員の教育にむしろ消極的であった被告SKRをリードする形で関与し、かつ乗務員の教育・訓練についても被告SKRの希望によるとはいえ、自社において行うなど本件直通乗入れ実現のための重要な役割を担い、直通乗入れについての被告両社の契約ないし協定上、あるいは信号システム上、被告JR西日本も一定の限度でSKR線の運行に関与せざるを得ない立場にあったなど、直通乗入れという危険状態の作出に積極的に関与していたといえるのであって、SKR線上における自社所属の車両及び乗務員が関係した事故発生の危険性について関係を有しているというべきである。さらに、④被告JR西日本には被告SKRの社員と知り合いの者も少なからずおり、直通列車の乗務員の勤務管理はすべて被告JR西日本の機関において行っていたことからすれば、SKR線における運行の安全性に関する情報収集のためには、被告JR西日本としてはさまざまな手段を採り得たと思われるし、その危険性が判明した場合には、自ら検査を行い、協議をするなどして、場合によっては直通乗入れを中止し、あるいは貴生川駅の運転取扱いを中止することもでき、そうすれば自社所属の施設または従業員が関係する事故の発生を回避することができたのであり、したがって、SKR線の運行管理権がなくとも危険回避のための方策を採ることはさほど困難ではなかったものと認められる。そうだとすると、被告JR西日本にSKR線上における自社所属の施設または従業員が関係する事故発生防止のための安全対策を要求したとしても、それによって犠牲にされる利益は、鉄道利用者の生命・身体の安全という利益に比べれば、極めて軽微であるといわざるを得ない。

以上を要するに、本件直通乗入れにおける実態は、先に挙げた行為義務が生じるべき四つの要件のいずれをも充足するものであるから、被告JR西日本(組織体として被告JR西日本を構成する機関ないし従業員)は、私法秩序の一部をなすものとして法による強制を要請される慣習もしくは条理に基づく行為義務(作為義務)の一環として、本件直通乗入れに際し、SKR納の利用者(直通乗入列車の利用者に限らない)に対して、同線上において自社所属の施設、車両または従業員が関係した事故が発生しないように独自に安全対策を講ずべき立場にあったというべきである。

(二) 右の認定に反し、被告JR西日本は、被告SKRに対する是正勧告といっても、勧告に従わせる権限が被告JR西日本にはなく、あくまで勧告に従うかどうかは相手方たる被告SKRの自発的意思に委ねられている以上、勧告どおりに被告SKRが是正するかどうかは保証の限りではなく、結果回避可能性がないから、被告JR西日本は結果回避義務を負うべき立場には立ち得ないと主張する。しかしながら、本件直通乗入れの実現については、前記認定のとおり被告JR西日本所属の施設及び従業員が一定の関与をしているものである上、右にいう是正勧告ないし協議義務は、場合によっては、被告JR西日本において一方的に直通乗入れを中止したり、協議の上で貴生川駅の信号取扱いを中止することができるという契約上の強い権限に裏付けられたものであって、被告SKRにおいて単なるアドバイス的効果しか期待できないというものではない。したがって、被告JR西日本に結果回避義務を認めたところで何ら不可能を強いることにはならないのであるから、被告JR西日本の右主張を採用することはできない。

さらに、被告JR西日本は、被告JR西日本所属の列車及び乗務員が乗り入れていたのは、被告SKRに車両及び乗務員を賃貸していたにすぎないのであるから、その使用収益権はあげて被告SKRに属するものであり、「被告JR西日本の」乗務員及び車両ではないから、SKR線の運行に関与していたとしても、それはあくまで他社線の運行に対する「協力」にすぎないのであって、本来的に被告JR西日本はSKR線の運行には無関係であると主張する。しかしながら、鉄道における直通乗入れは、つながったレールの上を閉ざされた車両内にある乗客を乗務員とともに他社線に移動させて行くという形態によって実現されるものである以上、その実態を直視すれば、単線上を所属を異にする複数の車両が運行していることによる衝突事故発生の危険性が存在していることに変わりはないのであるから、先に検討した被告JR西日本の立場は、被告JR西日本と被告SKRとの間における本件直通乗入れについての契約がいかなるものであったかによって直ちに左右されるものではない。しかも、右契約は、前記判断の前提となる事実(第三の一)及び証拠(〈省略〉)によれば、世界陶芸祭という限られた期間内における輸送力の増強の要請が最初にあり、それを行政法規及びこれに基づく既存の免許並びに被告JR西日本社内の車両直通運用基準規程に適合させた形で簡易に実現させるための形式として、締結されたものにすぎないと認められるから、なおさら、契約の形式それ自体に重きを置くことはできないというべきである。したがって、この点に関する右の被告JR西日本の主張も採用することができない。

三 被告JR西日本及び従業員の注意義務

1 総論

(一)  右に述べたように、被告JR西日本は、本件直通乗入れに際し、SKR線の利用者に対して、同線上において自社所属の車両、施設又は従業員が関係した事故が発生しないように独自に安全体制を確立すべき立場にあったというべきであり、被告JR西日本の代表取締役は右の安全体制を確立すべき義務を負っていたというべきであるが、法人としての被告JR西日本を実際に動かしているのは同被告の企業目的実現のために使用されている個々の従業員であるから、右の行為義務は、結局のところ、各従業員の職分に応じた形で、これらの者に対して課せられていると解するべきである。そして、旅客鉄道事業は、安全対策の不備等のためにひとたび事故が発生すれば、直ちに人の生命、身体に危険を生ぜしめるおそれのある事業なのであるから、かかる旅客鉄道事業者(組織体としてこれを構成する機関ないし従業員)の行為から生ずる損害発生の危険の程度ないし蓋然性の大きさと被侵害利益の大きさに鑑み、旅客鉄道事業者の機関ないし従業員が事故発生の防止のために負うべき注意義務の内容も、極めて高度のものが要求されているものといわざるを得ないのであって、単に鉄道事業法、鉄道運転規則等の関係諸法規や運転取扱心得の諸規定を遵守するだけでは足りず、可能な限度で運行の安全に関わる情報を積極的に収集し、必要に応じてその時々の水準にある安全工学や人間工学等の学問的知見をも活用して情報を分析し、事故防止を図るべき義務を負っているというべきである。

(二)  次いで、右のような義務が一般的に存在していることを前提とし、被告JR西日本の従業員において、そのような義務を尽くしていたとするならば、本件事故結果の発生又は結果発生に至る因果経過の重要部分を予見できたといえる場合には、結果が発生することのないように、自ら可能な限りの安全対策を講じ、あるいは他の者に対して対策を講じるように働きかけるべき義務が存在していると解せられる。そして、右予見の対象となるべき「重要な部分」とは、因果の経過のうちで、その事実が予見できる場合には、一般人にとって、通常、利益侵害結果(ないしはこれを予見せしめ得る他の「重要な部分」)に対しても予見可能性があるといい得る「事実」を指すものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、因果経過の重要部分とは、前記判断の前提となる事実(第三の一)において認定した本件事故当日の事実経過に照らし、①信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じたこと、②それにも拘わらず本件五三四D列車が代用閉そく方式の手続きを踏まずに信楽駅を出発してくること、③本件五〇一D列車が小野谷信号場を通過することであると解される。なお、本件においては、八木澤信号技師が信号回路を誤って短絡させ、誤出発探知機能を作動させなくしたという事情も介在しており、これも事故の原因の一つとなっているものではあるが、右にいう被告JR西日本従業員の予見すべき対象である因果経過の重要部分には当たらないというべきである。なぜなら前記認定の本件事故当日の事実経過に徴すると、信楽駅を本件五三四D列車が出発するよりも早く小野谷信号場を本件五〇一D列車が通過してしまえば、誤出発探知機能の作動の有無に関係なく正面衝突の危険は発生するのであって、その意味で八木澤信号技師が人為的短絡行為をしたことは因果経過の重要部分とはいえないからである。

(三) ところで、原告らは、ある行為が本来危険なものである場合には、具体的な原因や因果の具体的な経過までの予見可能性は不要であり、結果発生の「危惧感」があれば、行為者に予見可能性が認められるべきであると主張する。しかしながら、いくら行為が危険なもので、発生した結果が重大なものであっても、単に内容の特定しない一般的・抽象的な危惧感があるというだけで、およそ行為者において結果発生に至る因果経過の重要部分すら予見不可能な場合にまで結果回避のための注意義務を課すのは、日常生活の中で一定の危険を孕んだ行為を不可避的に経験せざるを得ない現代においては妥当とはいえない。要するに、予見の対象となるべき危険は、あくまで結果回避措置につながる程度の具体性をもっていなければならず、かつ、それをもって足りるというべきであるから、原告らの右主張を採用することはできない。

2 被告JR西日本の従業員の具体的注意義務

右に述べた、被告JR西日本の機関ないし従業員が負うべき義務であるところの、SKR線上において自社所属の車両、施設または従業員が関係した事故が発生しないように安全体制を確立すべき義務の内容を、具体的に布衍するならば、SKR線の安全性が確保されているかを確認するために、他社である被告SKRが管理するSKR線内のことであるから、必要な事項について被告SKRとの連絡協議を密にし、自社線内にもまして乗務員の報告、点呼手続を徹底させ、社内の担当部課が多岐にわたっている場合には担当部課相互でも十分に情報交換を行い、運行の安全性が確保されているかどうかの情報を収集する必要があったというべきである。

その上で個々の機関ないし従業員が習得し得る専門的、科学的知見をも加味して、SKR線内において、将来被告JR西日本所属の施設または従業員が関係した事故の発生を予見せしめる事実を発見するように努め、個々の機関ないし従業員のうちの誰かが本件事故の発生又は本件事故に至る因果経過の重要部分を予見することが可能であった場合には、事故発生を回避するために、各々の職分に応じて、あるいは自ら被告SKRとの情報交換を十分に行い、他の部課にこれを依頼し、あるいは乗入乗務員に対する指導教育を行うように指示をし、あるいは上司に対して被告SKRに対する是正勧告さらには運輸大臣による被告SKRへの是正指導等が行われるように進言し、場合によっては、直通乗入れを中止し、あるいは中止することを進言する等の措置が期待されていたというべきである。

特に、被告JR西日本のように高度に組織化された巨大な人的機構を有している企業(被告JR西日本の言葉を借りれば「多数の人員をそれぞれ定められた職務内容に応じて業務を遂行させ、これを組織統合して事業目的を達成している近代企業」)のような場合、一つのプロジェクトを実現させるためには、自己が所属するセクション以外のさまざまなセクションの構成員が必然的に関与することになるのであるから、各担当セクションを統括する立場にある者は、自己が所属しているセクション内において事故を予見する上で必要な情報は漏らさず収集できるような体制を構築する必要があることはいうまでもないことであるが、それだけでは足りず、関係する他のセクションとの連絡協議ないし情報交換を密にして、SKR線内における自社所属の施設ないし従業員が関係する事故発生を防止するのに必要な情報を収集するように努め、あるいは関係セクションに提供すべき義務があるというべきであり、右義務を果たしていたとすれば、当該セクションにおいて本件事故の発生ないし本件事故に至る因果経過の重要部分が予見できたといえる場合には、当該セクションの統括者には本件事故の予見可能性が肯定されるというべきである。

四  争点2(被告JR西日本従業員の注意義務違反)について

1  信号システムに関する注意義務違反

(一) 信楽駅出発信号機22Lの赤固定の原因について

(1) はじめに

前記判断の前提となる事実(第三の一)で認定したとおり、本件事故当日、SKR五三一D列車が信楽駅に到着し、折り返し上り五三四D列車として信楽駅を出発しようとしたとき、信楽駅制御盤の下り運転方向表示灯22RFKが点灯し続け、出発ボタンを圧下しても上り出発信号機22Lが赤現示のまま変わらないという事態が発生した(以下これを「本件赤固定」という。)。

すなわち、22RFKは、小野谷信号場・信楽駅間の「下り運転方向」が設定されている間、点灯する表示灯であり、小野谷信号場・信楽駅間の「下り運転方向」は、通常列車が信楽駅に到着した時点で解錠されるシステムになっているところ、SKR五三一D列車が到着したにもかかわらず、この「下り運転方向」が設定されたまま解錠されず、これにより22RFKが点灯し続けたのである。

そして、本件事故は、22Lが赤現示であるにもかかわらず、本件五三四D列車が区間開通確認がなされていない状態のままで信楽駅を出発したことが一つの大きな原因となっているものであるから、この本件赤固定の発生という事態が本件事故発生に至る一連の因果の中で重要な意味を有していることは疑いがない。そこで、被告JR西日本従業員の過失(及び過失行為と結果発生との因果関係)を検討するにあたり、本件赤固定を発生させた信号システムについて考察を加えることが不可欠になる。なぜなら、仮に本件赤固定について被告JR西日本の従業員がまったく予見不可能であるということになれば、赤固定のもつ意味合いに照らし、事実上本件事故発生に対する被告JR西日本従業員の予見可能性を肯定することは困難になると考えざるを得ないからである。

(2) SKR線における信号保安設備の状況(〈証拠略〉)

SKR線における軌道回路の概要、信号機の設置状況は、別紙「信楽高原鉄道における軌道回路、信号機等の配置及び方向回線」のとおりである。小野谷信号場の下り場内信号機は12R、同出発信号機は13R、同信号場の上り場内信号機は13L、同出発信号機は12L、信楽駅の上り出発信号機は22Lであり、小野谷信号場付近の軌道回路は、貴生川駅に近い方から12ROT、12RCT、31T、12RT(下り線)及び13LT(上り線)、32T、13LCT、13LOTとなっており、12Rの建植位置は12ROTと12RCTの間であり、13Rの建植位置は12RTと32Tの間、13Lの建植位置は13LOTと13LCTの間、12Lの建植位置は13LTと31Tの間である。小野谷信号場の貴生川駅側の転てつ器は31P、信楽駅側の転てつ器は32Pである。もともとの設計においては接近制御点12RDAを列車が踏むことによって、小野谷信号場下り場内信号機12R及び同出発信号機13Rが制御される(てこ反応リレー13RP動作・保留鎖錠リレー13RASR落下)ようになっていたが、平成三年三月八日に変更工事が行われ、12R現示時期を早めるため、12Rの制御時期は列車が12RDAを踏んだ時点ではなく、貴生川駅の下り出発信号の現示の時点(貴生川駅所属の下り運転方向表示リレー11DNR動作時)になった。しかしながら、13Rの制御時期は12RDA通過時のままであった。

ところで、このSKR線の信号システムの特徴は、小野谷信号場下り場内信号機12Rと同出発信号機13Rとの間に反位片鎖錠の関係があったということである。具体的には、12Rが反位であるとき(R以外の現示、すなわちYY又はG現示で列車の進行を許可しているとき)に13Rを反位に扱うと、反位鎖錠リレー12RHSRの落下により、12Rが反位の間は、13Rは反位のままに鎖錠されるという構造になっているため(13Rが反位とは、13RにG現示が可能な状態、すなわち、13Rが保証している閉そく区間の運転方向が下り方向に設定されているということであり、反位の場合に常に13RにG現示が現示されているとは限らない。)、12Rが反位の場合、13Rは単独では定位に戻れず、13Rが定位に戻るためには、先に12Rが定位に戻っている必要がある。そして、13Rと信楽駅出発信号機22Lとの間には定位鎖錠の関係(単線上の一閉そく区間において一端の駅の出発信号が反位の時は反対の駅の出発信号は定位となる関係)があるため、結局12Rが反位の時に13Rを反位に扱うと、12Rが反位の間は、22Lを反位にできない、すなわち22の赤固定が生じるという関係になっていた。

貴生川駅の運転取扱い関係については、被告SKRと被告JR西日本間の「貴生川駅共同使用契約書」により、被告JR西日本が取扱うこととされていたため、貴生川駅構内のSKR線の信号機(貴生川駅場内信号機3LA・3LBより貴生川駅寄りのもの)については、通常は亀山CTCセンターにおいて制御し、信号機等の異常が発生して亀山CTCセンターの制御が解放されている場合だけ、貴生川駅において運転取扱いをしていた。

(3) 松本陽による分析

証拠(〈省略〉)以下これらをまとめて「松本鑑定」という。)及び弁論の全趣旨によれば、運輸省交通安全公害研究所交通安全部鉄道技術・評価研究室長松本陽(以下「松本鑑定人」という。)は、本件赤固定は、亀山CTCセンターにおいて、先行下り列車が小野谷信号場を通過する以前に方向優先てこ65Rの反位操作を行ったため生じたものと断定できるとし、65Rの反位操作により本件赤固定が発生する理由としては、次の三つの要因、すなわち①被告SKRにおいて、小野谷信号場の場内信号の制御時期を、認可条件に基づいた検査時の状態「下り列車の12RDA通過時」から「貴生川駅の出発信号6〜8RE制御時」に変更したこと、②被告SKRで設備した信号システムにおいて、小野谷信号場の12Rと13Rを「反位片鎖錠」としたこと、③被告JR西日本で、亀山CTCセンターに「方向優先てこ65R」を設置し、かつ、65Rを先行下り列車が小野谷信号場を通過する前に操作すること、があるが、いずれか一つが欠落しても本件赤固定を発生させないという分析を行ったことが認められる。その分析の理由は、概略以下のとおりである。すなわち、

(ア) 先行列車が貴生川駅を発車する際、貴生川駅・小野谷信号場間の「下り運転方向」が設定され、このとき、小野谷信号場の場内信号機12RがYY現示となり、反位制御される。

(イ) 先行列車が小野谷信号場手前の接近制御点12RDAを通過すると、この時点で小野谷信号場・信楽駅間の「下り運転方向」が設定され、小野谷信号場の下り出発信号機13RがG現示し、続いて下り場内信号機12RもG現示し、この時点で、右②のために、12Rによって13Rが反位に鎖錠される。

(ウ) 先行下り列車が小野谷信号場の場内信号機12Rを通過すると、通常は、貴生川駅・小野谷信号場間の「下り運転方向」は解錠されるのであるが、その前に右③の「方向優先てこ65R」を操作した場合には、「下り運転方向」の設定は解錠されず、設定継続され、したがって、右①によって12Rは反位継続のままとなる。

(エ) したがって、先行下り列車が小野谷信号場の出発信号機13Rを通過しても、12Rが反位継続のため、13Rの反位片鎖錠が継続し、13Rの反位条件である小野谷信号場・信楽駅間の「下り運転方向」も設定されたまま鎖錠される。

(4) 矢橋昭夫の分析

本件事故当時の被告JR西日本電気部信号通信課主席であった矢橋昭夫(以下「矢橋」という。)は、その陳述書(〈省略〉)及び証人尋問(以下これらをまとめて「矢橋供述」という。)において、本件赤固定の本当の原因は、①12Rと13Rとの間の反位片鎖錠の連動、②13RASRの保留鎖錠リレーと進路鎖錠リレーの共用(このような機能を有するリレーを慣行上「接近進路鎖錠リレー」と呼び、この場合、列車が当該信号機の保障している区間の外側(「外方」という)にいる間には保留鎖錠リレーのみが関係し、同信号機が保障している区間の内側(「内方」という)に進入した段階では保留鎖錠リレーは関係せず、進路鎖錠リレーのみが関係する。)、③12Rの制御時期の下り列車12RDA通過時から下り運転方向設定時への変更、の三つであると述べ、方向優先てこ65Rの取扱いにより、結果的に赤固定が発生したのはこのような仕組みのもとでの一場合にしか過ぎず、方向優先てこを取り扱わなくとも、例えば小野谷信号場を手動モードにして12Rを反位に扱ったときや、亀山CTCセンターで保守点検のために貴生川駅の出発ボタンを扱ったとき、亀山CTCセンターのCTCを開放して貴生川駅で運転方向てこを扱ったときなどにも22Lの赤固定は発生したと述べている。

(5) 以上の松本鑑定及び矢橋供述に弁論の全趣旨を総合すると、本件赤固定の原因につき少なくとも以下の事実を認めることができる。すなわち、本件事故当時のSKR線の信号システムを前提とした場合、方向優先てこ65Rの操作は、信楽駅出発信号機22Lの赤固定を惹き起こす原因の一つとなり得るものであり、事故当日の本件赤固定は、亀山CTCセンターにおける方向優先てこ65Rの反位操作も原因の一つとなって生じたものであって、本件事故当日に方向優先てこ65Rの操作がなくとも22L赤固定が発生したとはいい難い(矢橋供述で65Rの操作以外にも22L赤固定が生じる場合として挙げられている条件が本件事故当時に存在していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。)。その意味で、本件事故当日の本件赤固定は(他の要因が関与していたとしても)方向優先てこ65Rの操作がなければ発生しなかったものであり、したがって、本件事故当日の方向優先てこ65Rの操作と本件赤固定の間には、明らかに条件関係(事実的因果関係)が認められるというべきである。

被告JR西日本は、矢橋供述と同様の事実を主張して、方向優先てこ65Rの操作は本件赤固定の本質的原因ではなく、方向優先てこ65Rと本件赤固定の間には条件関係すらないと主張する。しかしながら、一般に条件関係(事実的因果関係)は、現実に生起した特定の事実と特定の事実とを原因・結果として連結する具体的因果関係であるから、その存否は、自然法則ないし社会法則(一般原則としての因果関係)に従って判断されなければならず、その因果関係の探求は、結果発生にとっては唯一の原因、つまり十分条件としての原因を問うことではなく、必要条件としての原因を問うことで足りるところ、右に述べたとおり、本件事故当日の信楽駅出発信号機22Lの赤固定が、方向優先てこ65Rの操作が誘因となって生じたことは優に認められるのであって、他にも赤固定が起こり得る場合があることは、方向優先てこ65Rの操作と22L赤固定との間の条件関係を何ら否定することにはならないというべきであるから、被告JR西日本の右主張を採用することはできない。

(6) 以上認定の本件赤固定のメカニズムに前記判断の前提となる事実(第三の一)記載中の本件事故当日の概要に、甲A一三及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当日の22L赤固定が生じた経緯は以下のとおりであったと推定される。

(ア) 平成三年五月一四日(以下(6)項において同じ)九時四二分ころ、亀山CTCセンター浦出指令員は、SKR下り五三一D列車のために貴生川駅出発信号機8REのボタンを圧下し、同列車は定刻よりも二分遅れの九時四六分ころに貴生川駅を出発した。そのころ、浦出指令員は京都駅発信楽駅行き九九三〇D列車(貴生川駅からは本件五〇一D列車)が途中の大津駅で約五分遅れているとの連絡を受けていたので、同列車の貴生川駅発車も遅れるものと判断し、8REのボタンの圧下と同時に方向優先てこ65Rを反位に扱った。なお、通常の方向優先てこであれば、上り列車が小野谷信号場上り出発信号機12Lを制御するまでの間に扱えばよいのであるが、後述するように、方向優先てこ65Rは、貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向を下りに設定した後でないと有効にならない構造となっていたものであり、亀山CTCセンターの制御盤では下り列車が小野谷信号場に到達すると下り運転方向表示灯が滅灯して運転方向が確認できなくなってしまうこと、先行の下り五三一D列車のための8REボタン圧下と同時に方向優先てこ65Rの取扱いを行えば、8REの取消し操作が不要となる(というのは、本来方向優先てこ65Rの使用を必要とするときは、目的とする遅延した列車がまだ駅に到着していない時であり、駅の出発線には列車がないため、このような時に65Rを機能させるためだけに出発信号8REの押しボタンを圧下し、下り運転方向を設定する(いわゆる「空たたき」)と、今度は目的とする遅延列車が貴生川駅に到着するまで駅の出発信号機には進行信号が現示されたままとなり、他の列車線に影響が出ることが懸念されるため、方向優先てこ65Rを反位に操作した後、いったん現示させた出発信号機の進行信号を取り消して定位(停止信号)状態にするためにその信号の取消押しボタンを圧下するという操作が必要となるところ、先行列車の貴生川駅発車時にその操作を行えばかかる手続は不要となるからである。)ことという事情があったため、この段階で65Rが反位に扱われたものである。

(イ) その後、SKR下り五三一D列車は、九時五〇分ころに12RDAを踏んで13Rを反位に制御したが、右列車が同五五分ころに軌道回路13LCTを通過した後も、方向優先てこ65Rの12R制御と12Rによる13Rの反位片鎖錠関係により、13Rは定位に戻れず、信楽駅出発信号機22Lを赤固定させることになった。

(二) 信号システムについての協議及び施工経過

(1) 前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実を認めることができる。

(ア) 平成二年二月ころ、滋賀県、信楽町及び被告SKRの間で話し合いがなされた結果、SKR線に行き違い設備を新設し、増便を図って輸送力を増強するという計画が立てられ、被告SKR内部において検討が続けられ、同年三月一六日には、被告SKRの山本施設課長が貴生川駅へ行き、信号機の建植位置や連動図表を信号詰所(主任室)において確認したが、山本施設課長は土木が専門であり、電気関係に詳しくなかったことから、この時は信楽駅に以前から置いてあった連動図表を持参し、現状とどう違うのかを見比べた程度であった。

(イ) その後、被告SKRにおいて信号場新設場所の測量や工事担当業者の選定が行われ、被告SKRの広岡総務課長から被告JR西日本運輸部管理課の笠松主席に連絡がなされ、被告SKRと被告JR西日本との信号等の工事に関する協議が開始された。なおこの後、笠松主席は、本件直通乗入れに伴う信号等改修工事についての被告JR西日本側の窓口的な役割を行うことになった。

まず、平成二年四月二六日に被告SKRの専務取締役である中野和夫(以下「中野専務」という。)、広岡総務課長及び山本施設課長並びに信号場新設工事の設計業者であるシグナルコンサルタントの津田部長及び松岡が、被告JR西日本の本社において、笠松主席及び電気部信号通信課須々木主席と会い、信号設備の連動図表を見せて、行き違い設備新設計画について説明した。その際、笠松主席は、貴生川駅から小野谷信号場間の列車の運転方向を決めるための方向てこをつけて欲しい旨を述べたが、今後技術的な打合せは、電気部信号通信課とシグナルコンサルタントとの間で行うことを決めたのみで、この日はそれ以上の話にはならず、三〇分程度で打合わせは終わった。同年五月一七日、山本施設課長は、笠松主席に被告JR西日本鉄道本部長宛の貴生川駅の信号保安設備に関する「協議書」を提出した。

(ウ) 被告JR西日本の運輸部管理課の本件事故当時の課長は仲井徹であったが、本件事故当時、同課には契約・清算係、企画係、庶務係、要員係、サービス指定係及び運転設備係の六係があり、それぞれに担当副課長が置かれていた。そのうち笠松主席の所属していたのは運転設備係で、担当業務は運転設備の基礎的調査・計画及び使用開始・廃止並びに営業及び運転設備の調整に関すること、具体的には、運転に関わるすべての設備について、ユーザー(乗務員や駅務関係者)側からの意見要望に基づきチェックをしたり、注文をしたり、あるいは調整役となったりすることであり、担当副課長は西村俊一であった。また、電気部信号通信課は被告JR西日本の信号通信関係を統括する部門であり、本件事故当時の課長は玉井義興であったが、同課には、企画、信号制御、通信電波管理、新幹線という本社機構としての役割を果たす係のほかに、直轄区域内の工事や保全を担当する部門として直轄担当係があり、担当副課長は西倉弘史であった。そして、貴生川駅の連動装置の改修工事は、貴生川駅が京都管理部内の草津信号通信区という現場区内の駅であったので右の直轄担当係が担当した。なお、同係における計画担当の主席は、平成元年一二月から平成二年一二月までの約一年間は春名進一(以下「春名主席」という。)であったが、平成三年一月一六日からは奥井猛(以下「奥井主席」という。)が引き継いだ。

(エ) 被告JR西日本本社鉄道本部電気部長は、平成元年六月から平成三年九月まで鈴木勝(以下「鈴木電気部長」という。)であったが、鈴木電気部長は、右期間、鉄道事業法一四条及び同法施行規則二三条二号にいう鉄道電気設計管理者としての役目も負っていた。この鉄道電気設計管理者が置かれている場合、連動装置の作用の変更や列車集中制御装置の制御項目の変更等の工事を行うのに、事前に鉄道電気設計管理者が確認しておれば、鉄道事業法上必要とされている運輸大臣の認可を省略することができ、運輸大臣に対する届出で足りることになる。

(オ) 平成二年六月二八日、被告SKRの広岡総務課長、山本施設課長、シグナルコンサルタントの津田部長、松岡が、被告JR西日本本社において笠松主席及び春名主席と会い、貴生川駅の信号設備変更に伴う打合せを行った。その際、春名主席からは、方向てこの追加の要望が再度出され、さらに連動図表の記載方法についての要望も出された。右要望に応じて、津田部長は貴生川駅と小野谷信号場間に一対の方向てこ(15LR、11LR)を書き込んだ上、記載方法の訂正も行って、同月三〇日に春名主席宛に訂正後の連動図表を送付した。この連動図表の変更の際、小野谷信号場の12Rと13Rが反位片鎖錠の関係となるような変更も加えられていた。

(カ) その後、平成二年七月一七日に、被告SKRは近畿運輸局へ変更工事の認可を申請し、同年八月二二日に近畿運輸局から工事計画が認可された。一方、被告JR西日本は、運輸局からの要請があったために、鈴木部長の決裁を経た上、同月二一日に貴生川駅の改修工事の届出を出したものの、この時点ではまだ被告JR西日本内部で改修工事計画が固まっておらず、春名主席としては後日計画を変更する前提での届出であった。

(キ) 平成二年九月一三日、被告JR西日本の本社において、被告JR西日本と被告SKRとの信号設備に関する打合せが開かれ、被告JR西日本からは、運輸部管理課笠松主席、運輸部駅務課小林主席、運行管理部大西主席、亀山CTCセンター奥永主席、川主席、電気部信号通信課春名主席、安全対策室藤原主席、貴生川駅嶋岡管理助役(平成三年四月一日から同駅の駅長となった。)の合計八名が出席し、被告SKRからは中村業務課長及び山本施設課長、被告SKRの信号設備変更工事の施工業者である信栄電業の小堀、さらにシグナルコンサルタントの津田部長及び松岡が出席した。この打合せにおいて、被告JR西日本側から、JRの直通乗入列車が遅れた場合困るので、小野谷信号場上り出発信号機12LをJR西日本側において抑止したい旨の要望が述べられた。

この12L抑止の話が出てきたのは、もともとの計画では12LはARCによる自動制御がなされることになっていたが、そうすると、貴生川からの下り列車が遅れた場合、その前に上り列車が12Lの制御点を通過してしまうと、その時点で12Lを制御してしまい、小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向が設定されることになり、貴生川駅からは下り列車を発車させたくてもできないことになってしまうので、SKR線のみならずJR草津線の運行にも大きな混乱が生じるおそれがあるということからであった。

ところが、右の被告JR西日本の要望を聞いた津田部長は、被告JR西日本が、被告SKRの設備である小野谷信号場に作用を及ぼすような機能を持つことは、被告JR西日本において他社の設備を操作することになり、大いに疑問を感じたことから、笠松主席をはじめとする被告JR西日本の者たちにはもちろんのこと、かかる問題の所在に気づいていないような被告SKRの中村業務課長や山本施設課長にも聞こえるように、被告SKRの信号を被告JR西日本が扱うのはおかしい旨の主張をした。そのため、笠松主席は、やむなく、12Lの抑止について、信楽駅に被告JR西日本の方から連絡するので、被告SKRの方で抑止してもらいたい旨を述べ、津田部長もこれに納得したため、その日の話はそれで終わった。

そして、津田部長は、笠松主席から言われたところに従って、信楽駅で12Lの抑止を行うことができるように、信楽駅で12Lを抑止するためのてこ12LSPbを設置した連動図表を作成し、同年九月一七日、春名主席宛二部、被告SKRにも一〇部それぞれ送付した。

(ク) 一方、被告JR西日本においては、右打合せの翌日である平成二年九月一四日、元亀山CTCセンター所長で運行管理部の今矢主席、笠松主席及び春名主席が、被告JR西日本本社食堂に集まり、打合せを行い、その席上、今矢主席から、「貴生川駅は着発線が一本なので12Lの抑止はぜひ必要である」との意見が述べられた。そして、シグナルコンサルタントの津田部長から12LSPbが設置された連動図表が送付されてきた後の、同年九月二六日ころ、同年九月一四日と同様のメンバーが、再度打合せのために、被告JR西日本本社食堂に集まり、そこで笠松主席と今矢主席が話をした結果、「被告SKRの案は被告JR西日本としては具合が悪い、被告JR西日本側で操作できる方がベターである」ということになり、この日の結論として、同年九月一三日の被告SKRとの打合せの結果にもかかわらず、被告JR西日本としては、12Lの抑止を被告JR西日本側の方向優先てこによって行うことに決定した。

その後、被告JR西日本側から被告SKR側に対し、方向優先てこ65Rの設置について、連絡がなされることはなかった。

(ケ) 平成二年一〇月四日、被告SKRから信号設備変更工事を請け負った信栄電業による工事が始められたが、同年一〇月か一一月ころ、春名主席から信栄電業の小堀宛に電話で連絡があり、12Lを抑止する12LSPbを取り外してほしいとの要請がなされた。しかしながら、右の連絡は、単に12LSPbを取り外してほしいということだけで、方向優先てこによって12Lを抑止するという話はまったくなされなかった。

(コ) その後、平成二年一一月一四日、被告JR西日本の春名主席、草津信号通信区の内林助役、鉄道本部亀山鉄道部(以下「亀山鉄道部」という。)伊賀上野分所の森川敦徳主任及び被告SKRの山本施設課長等が亀山CTCセンターにおいて現地調査を行った。この時、山本施設課長は、亀山CTCセンターの所長などに挨拶をして、SKR線に関係するリレーを設置する場所の説明を受けたり、制御盤の表示を変えなければならないこと等の説明を受けたのみで、方向優先てこについての説明は受けなかった。そして、その後本件事故までの間に、被告SKR側の人間(信号の設計業者、施工業者も含む。)が方向優先てこ65Rの設置の事実を知ることはなかった。

(サ) 平成三年一月一六日、前述のとおり、春名主席の後任として奥井主席が着任し、春名主席より引継ぎを受けていた青山主席から、直通乗入れに伴う貴生川駅等の改修工事(以下「本件貴生川駅等改修工事」という。)に関する結線図を書くように指示された。奥井主席としては、一から結線図を書く自信がなかったので、いったんは断ったものの、「途中まででもいいから」と言われてこれを引き受け、菅村主席の援助も受けつつ、結線図を書き上げた。また、奥井主席は、連動図表の持ち回り決裁を受けるように指示されていたので、春名主席からの引継書類の中にあった新しい連動図表の原案を青焼きコピーし、今回変更となる部分にマーカーで色を付けて、同年一月三一日、持ち回り決裁に回し、電気部信号通信課の担当者の決裁を経て、同年二月五日に笠松主席の決裁を受けた。しかしながら、鉄道電気設計管理者である鈴木電気部長の確認を経ることはなく近畿、運輸局に対する届出もなされないままであった。そして、本件貴生川駅等改修工事については、平成三年一月三一日に電気部信号通信課から草津信号通信区及び亀山鉄道部に工事委任をし、亀山鉄道部は、同年二月五日に株式会社京三製作所(以下「京三製作所」という。)との間で方向優先てこ65Rの設置を含む亀山CTCセンターの改修工事契約を締結し、同工事は、京三製作所の下請である京三エンジニアリングサービス株式会社によって同月二二日から始められ、同月二五日に完成した。

(シ) ところで、被告JR西日本が亀山CTCセンターに設置した方向優先てこ65Rは、標準結線図(被告JR西日本が旧国鉄時代からの経験に基づき作成した技術資料)に準じたシステムの場合と異なり、貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向が下りに設定されているという条件の下でしか有効に機能しないという構造となっていた。これは、方向優先てこ65Rの設計段階でのミスであり、実質的な審査、承認行為がなされていれば発見できたものであるが、小規模な工事ということで連動会議、結線会議が十分に行われず、鉄道電気設計管理者の確認も経なかったために、施工前に発見することができなかったものである。方向優先てこ65の設置工事は鉄道電気設計管理者の確認がない場合には、工事前に運輸大臣の認可を受ける必要があるが、それも受けていなかった。なお、方向優先てこ65Rが記載された連動図表は被告SKRには交付されなかった。

(ス) 被告SKRの信号関係の工事は、平成二年一〇月四日に着工され、必要な工事が進められていたが、平成三年三月四日、五日の両日、小野谷信号場新設及び自動閉そく新設に伴う社員説明会が実施され、信栄電業の小堀から特殊自動閉そく方式や行き違い設備の説明がなされた。四日の説明会には亀山CTCセンターの米沢所長、貴生川駅嶋岡管理助役ほか被告JR西日本の職員も参加していた。この四日の説明会の席上、運転士から「小野谷信号場の上り場内信号機13Lの信号現示をG現示からYY現示に変更して貰いたい。また、小野谷信号場の下り場内信号機12Rの制御時期が接近制御点12RDA通過時では遅すぎるので、もう少し早くして貰いたい。」との二点の要望が出された。そして、小堀において変更内容を検討し、同年三月八日の鉄道総合研究所の完成検査の後、運輸局の認可を経ることなく、小堀は、信栄電業の下請業者である日信電気工事株式会社に、①小野谷信号場の上り場内信号13LのG現示を撤去し、YY現示とする、②接近制御点13LUAによって制御していた小野谷信号場上り線の信号13Lの制御を、信楽駅の出発信号現示による制御とする、③小野谷信号場の上り信号13Lの反位片鎖錠を撤去する、④接近制御点12RDAにより制御していた小野谷信号場下り信号12Rの制御を貴生川駅の出発信号現示による制御とする、⑤接近制御点22RDAによって制御していた信楽駅場内信号22R、23Rの制御を、小野谷信号場下り出発信号13RのG現示によって制御することとするという五点の変更工事を行わせた。

右変更工事については、必要な認可を経ないままで行われたばかりでなく、被告JR西日本にも連絡がなされなかった。

(セ) 一方、被告JR西日本においては、本件貴生川駅等改修工事が進められていたが、その第一回連動検査は平成三年三月五日の夜から六日早朝にかけて行われた。この連動検査は、各システムが配線図どおり施行され、連動図表どおり作用して制御するか確認するために行われるものであり、重要な意義を有しているもので、もれなく検査が行われるかチェックするため、被告JR西日本においては、事前に「連動検査チェック表」を作成して電気部信号通信課長の決裁を受けなければならないとされているのであるが、決裁を受けていない下書きのチェック表によって連動検査を実施した。

ところが、この検査を実施中の同月六日午前三時ころ、亀山CTCセンターの表示条件漏れ(亀山CTCセンターの表示盤の方向表示灯が点灯したまま滅灯しない)が発見されたため、この時点で検査は中止となり、最も重要な集中扱い(亀山CTCセンターから方向優先てこ65R、貴生川駅出発、場内信号を遠隔制御する)の連動検査は同月一二日に実施することになった。また、未決裁の前記下書きのチェック表を結線図と照合して点検したところ、約八〇項目にのぼるチェック漏れが発見され、これも同月一二日に実施した第二回の連動検査で改めてチェックされた。

このように、被告JR西日本の行った連動検査は三月一二日に終了したものであるが、草津信号通信区の内林俊夫助役(以下「内林助役」という。)は、これら連動検査があたかも三月六日にすべて完了したものであるかのように、「貴生川駅連動検査チェック表」を作成し、これを三月七日貴生川駅閉そく装置の検査に当たった鉄道総合研究所の検査官に提出した。

(ソ) その後、平成三年三月一六日三時から、亀山CTCセンターにおいて、最終的な連動検査が行われたが、その際、方向優先てこ65Rを機能させるためには、貴生川駅・小野谷信号場間の下り運転方向表示灯を点灯させなければ機能しないということが分かり、他にJR関西線には取扱いにこのような条件がある方向優先てこはなかったことから、亀山CTCセンターの米沢所長は、草津信号通信区の馬場区長に改善を申し入れるとともに、各指令員に対し、方向優先てこ65Rの取扱いについて「従来の方式よりも保安面に弱く、従来のARC区間に設置されている優先てこのような機能を持たせることはできない」との注意を促すマニュアルを配布した。ただし、本件事故後、既に方向優先てこ65Rは使われなくなっていたにもかかわらず、右マニュアルの記載について、運行管理部の齋藤副課長から米沢所長に対して内容が不適切であるとの指摘がなされ、米沢所長において「保安面に弱く」などの記載を削除したマニュアルを新たに作成して指令員に配布するとともに、従来のものは廃棄するように指示し、本件事故の操作に当たった捜査機関に対しては、右の新たに作成されたマニュアルを提出した。

(タ) 試運転期間及び直通乗入れ実施期間をあわせて信号トラブルが三回発生したが、そのうち五月三日の信号トラブルは、本件事故当日とまったく同様に、方向優先てこ65Rの操作がきっかけとなって信楽駅出発信号機22Lの赤固定が生じたものであった。

(2) 事実認定の補足説明

(ア) 原告らは、右の(1)の(イ)の認定に反し、平成二年四月二六日にJR西日本本社を訪れたのは、山本施設課長、シグナルコンサルタントの津田部長及び信栄電業の小堀であって、その日行われたことは、信号通信課へ行って挨拶をするとともに、被告SKRが設置予定の信号保安システムの連動図表を手渡しただけであると主張する。たしかに証人小堀の供述(〈証拠略〉)には、右主張に沿う部分があるけれども、右供述は、一緒に行った人間や、会った人間についての曖昧な記憶に基づくものであって、〈証拠略〉(笠松貴の員面調書)に比して信用性が低いといわざるを得ないし、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、同日の打合せにおいては、連動図表を見た上で方向てこの設置の話まで出たことが認められるところ、証人小堀の供述は右事実に反するものでもあって、たやすく信用することができない。したがって、右の原告らの主張を採用することはできない。

(イ) 被告JR西日本は、前記(1)の(キ)の認定に反し、平成二年九月一三日の打合せにおいては、小野谷信号場上り出発信号機12Lの抑止の方法として、被告SKRにおいて抑止するということまでは決まっておらず、今後被告JR西日本と被告SKRとの間で検討するということになったと主張する。たしかに〈証拠略〉には、右主張と符合する部分がある。しかし、右笠松主席も、検面調書における供述において、シグナルコンサルタントの津田部長が「JRの方では、SKRの中に手を突っ込んできて勝手にしようとしているけど、それでええんか。」ということを言い、山本施設課長が「そんなの困るな。」と言ったので、笠松主席は、「そのような発言を聞いて、少しむかっとしたような気分になったこと」もあり、売り言葉に買い言葉的に「それやったら、自分とこ(被告SKR側)でやったらええやないか。」と言ったという事実は認めているのであって、いずれにしろ、笠松主席から、12Lの抑止は被告SKR側でやればよいという趣旨の発言がなされたことは明らかというべきである。そうだとすれば、12Lの抑止を被告SKR側で行うことに被告SKR側からも異議が述べられなかった以上、笠松主席の真意はともかく、この打合せにおいて、被告SKR側で12Lの抑止をするということで、いったんは話がまとまったとみるのが自然である。さらに、同じ打合せにおいて、亀山CTCセンターと信楽駅の間に12Lの抑止てこを引く連絡用の直通電話を設置することが決定され、現に設置されたこと(〈証拠略〉)、前記認定のとおり、シグナルコンサルタントの津田部長は、この打合せの直後に信楽駅制御盤に12L抑止てこ(12LSPb)を書き入れた連動図表を作成し、春名主席に送付していることも合わせ考えるならば、この打合せにおいて、被告SKR側で12Lを抑止することで一応話がまとまり、今後被告両社において検討するというような話にはならなかったと認めるのが相当である。したがって、被告JR西日本の右主張を採用することはできない。

(ウ) 被告JR西日本は、前記(1)の(ク)及び(ケ)の認定に反し、平成二年一〇月ころ、被告JR西日本の春名主席からシグナルコンサルタントの津田部長に対して「小野谷信号場上り出発信号機12Lの抑止については、亀山CTCセンターの方向優先てこで行う」旨を連絡し、了承を得たと主張する。この点の裏付けとなるべき証拠としては、春名主席の検面調書(〈証拠略〉)における供述(以下この項においては「春名供述」という。)のみが存在するところ、この供述内容は以下に述べるとおり信用性に乏しいといわざるを得ない。すなわち、同供述は、津田部長に連絡したときの状況として、「その時、津田さんはそれだけの説明で納得してくれたようで、特に注文はありませんでした。」ということを述べるのであるが、前記(1)の(キ)の認定のとおり(この点は笠松主席も〈証拠略〉において認めるところである)、平成二年九月一三日の会議において、津田部長はJR西日本側において12Lを抑止する案に対して、この案の問題点に気づいていない中村業務課長や山本施設課長にも分からせるべく、強く反対する主張をし、いったんは笠松主席に被告SKR側で抑止することを認める発言をさせた張本人であり、そのような津田部長が、亀山CTCセンターにおいて12Lの抑止を行う旨の春名主席からの連絡に対して、「それだけの説明で納得」したり「特に注文」もしないような態度をとるものとは通常考えられず、春名供述はこの一点において既に不自然な内容を含むものといわざるを得ない。さらに、春名主席は、同供述中で、電話した相手は、津田部長ではなく、小堀であったかもしれないと述べ、自ら連絡した相手をはっきり覚えていないことを認める供述をしているばかりでなく、その連絡内容の点についても、「抑止ボタンが不要であるということを連絡した以上、その理由も説明しているはずなので、JRの方で優先てこを設けるということも伝えたことは間違いないと思う。」という程度の供述に終始し、その内容は曖昧であるといわざるを得ない。

以上のとおり、春名供述はたやすく信用することができず、他に被告JR西日本から被告SKRに対して方向優先てこ65Rの設置の事実を伝えたことを認めるに足りる的確な証拠もない。

(エ) 被告JR西日本は、前記(1)の(コ)の認定に反して、平成二年一一月一四日の時点で、山本施設課長は方向優先てこ設置の事実を知っていたはずであると主張する。その根拠として、山本施設課長のダイヤリー該当欄に「JR貴生川信号立会、継電気室及び亀山CTC制御配盤」との記載があり(〈証拠略〉)、かかる記載は、同課長が同センターを訪れた趣旨が単に「挨拶」ではなく、亀山CTCセンターに新たに設置される方向優先てこを含めた新設部分の打合せ及びその立会いであることを示して余りあるというのである。しかしながら、同日の現地調査に出席していた草津信号通信区内林助役のメモ(〈証拠略〉)にも、方向優先てこについての記載はないこと、亀山CTCセンターの所長であった米沢満も「この時も、工事業者から新設されることになっている優先てこのことについては、何ら説明を受けていませんでした。」と供述していること(〈証拠略〉)、右現地調査に同行していた京三製作所の高山一成も、単に「この時は、CTCセンター内の制御盤面等を見て、実際現場で仕事をされていた運転指令の方から要望を聞いた。」とのみ供述していること(〈証拠略〉)からすれば、この日に「方向優先てこを含めた新設部分の打合せ」まで行われたとは認めることができない。もっとも、福永晴雄の員面調書(〈証拠略〉)の供述中には、平成二年一一月一四日当時、亀山鉄道部伊賀上野分所所長であった福永は、当日現地調査に参加した森川主任から、京三製作所の人の立会いのもと、制御盤に方向優先てこを新設する等の工事が予定されているという話が出ていたとの報告を受けたと述べる部分がある。しかしながら、京三製作所の野中広志の員面調書(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によると、京三製作所において本件貴生川駅等改修工事を担当していた野中が、亀山CTCセンターに方向優先てこを設置される予定であることを知ったのは、平成二年一二月一一日である事実が認められるのであって、そうだとすると、同年一一月一四日の段階で、京三製作所の人間が立ち会って方向優先てこの設置工事の話がなされたということはあり得ず、右福永の供述は事実に反しているといわざるを得ない。

したがって、平成二年一一月一四日の現場調査において、方向優先てこ設置の話がなされたものとの事実は認めることができず、また、山本施設課長が、この日に方向優先てこを設置することを知ったという事実も認めることができない。したがって、右被告JR西日本の主張は、採用することができない。

(オ) また、被告JR西日本は、前記(1)の(コ)の認定に反し、①平成三年三月七日及び八日に貴生川駅等改修工事に対する運輸省の検査が行われ、その際、検査官が貴生川駅制御盤の前で「方向優先てこはどれですか。」と尋ねたのに対し、被告JR西日本内林助役は方向優先てこは亀山CTCセンターに設けた旨を回答し、このやりとりを側にいた山本施設課長も聞いていたこと、②同月一一日及び一五日の信号設備の試験の際には、山本施設課長は被告JR西日本の関係者と打合せの上、関係者と共に小野谷信号場に向かい、方向てこの操作及び誤出発等の試験の実施に立ち会ったが、その際、亀山CTCセンターで方向優先てこを取り扱い、貴生川駅・小野谷信号場間の方向が転換しないことを確認していること、③同年四月四日から一二日までの間に予定されていた試運転期間において、試運転列車五五〇八Dは小野谷信号場で一〇分間停車するダイヤが組まれていたが、そのままでは貴生川駅寄りにある古野踏切が一〇分間鳴動持続となる不都合が発生することが判明したので、この対策として、同年四月一日、中村業務課長から亀山CTCセンターに対し、「試運転列車五五〇八Dについて小野谷信号場の上り出発信号を抑止して欲しい」旨の要請があり、同課長と亀山CTCセンターとの間で右試運転列車との間で右試運転列車について方向優先てこを操作することが合意されたこと、以上の三点の事情からすれば、被告SKRにおいて本件事故前に方向優先てこ65R設置の事実を知っていたことは明らかであると主張する。

しかしながら、まず①の点に関して、運輸省(鉄道総合研究所)の検査官が被告JR西日本が主張するような発問をしたことを認めるに足りる的確な証拠はないばかりでなく、前記(1)の(セ)、(ソ)の認定の事実、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、草津信号通信区内林助役が、連動検査が三月六日にすべて完了したような内容虚偽のチェック表を鉄道総合研究所の検査官に渡したことから、同検査官において内部検査がきちんと行われているものと判断し、貴生川駅の制御盤とリレー室を目視で見る程度の検査であったことが認められ、そうだとすると、「方向優先てこはどれですか」などという質問が検査官からなされたとは考えられないのであって、結局右の被告JR西日本の主張はその前提を欠くものであり、採用することができない。

次に②の点であるが、たしかに前記(1)の(ソ)認定のとおり、平成三年三月一六日午前三時から亀山CTCセンターにおいて最終的な連動検査が行われ、その際に方向優先てこを機能させるためには、あらかじめ貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向を下りに設定しておかなければならないことを、亀山CTCセンターの米沢所長及び馬場草津信号区長は確認したのであるが、本件証拠によっても、山本施設課長がそのことを聞いて確認した事実までは認めることができない。したがって、②の主張も採用することができない。

また、③の点については、そもそも被告JR西日本が主張するような事実を認めるに足りる的確な証拠がなく、採用することができない。

したがって、被告JR西日本が、被告SKRにおいて本件事故前に方向優先てこ65Rの存在を知っていたことの根拠として挙げる事情は、いずれもそのような事情の存在自体認めることができないものであって、採用することができず、他に被告SKRにおいて方向優先てこ65Rの存在を本件事故前に認識していたことを窺わせる証拠はない。

(三) 方向優先てこ65Rの設置・操作についての連絡の必要性

(1) 前記のとおり、方向優先てこ65Rは、小野谷信号場の上り出発信号機12Lを被告JR西日本の亀山CTCセンターにおいて抑止するという機能を有するものであって、もし、このてこの設置及び操作が被告SKRに無断で行われるとすると、被告SKRとしては、なぜ12LがR現示になるのか見当がつかず、混乱が生じることが容易に予想される。その意味で、方向優先てこ65Rの設置操作は、被告SKRが運行管理権を有するSKR線の信号保安システムに重大な影響を及ぼすものであることは明らかである。したがって、安全運行確保の観点からは、その設置に際して、被告JR西日本側で協議の場を持ち、変更を提案した上で、方向優先てこ設置の必要性を説明し、取扱上の問題についても十分に協議の上合意に達しておく必要があるのみならず、その操作にあたっても、必ず被告SKR側に連絡する必要があったというべきである。また、信楽駅と亀山CTCセンターの間には直通電話が設置されており、その連絡をすることも容易であることを考えれば、なおさらその操作に際して連絡すべきであったということができる。

(2) もっとも、被告JR西日本は、方向優先てこの設置に関し、方向優先てこ65Rは、もともと「貴生川駅共同使用契約書」により被告SKRより委託を受けた貴生川駅の運転扱いのために貴生川駅制御盤に設置されている運転方向てこ15Rと同じ機能を有するものであって、12L抑止の必要性は被告SKRも認識していたのであるから、その設置の連絡は必要もないし、せいぜい口頭による連絡で足りると主張する。しかしながら、被告SKRも12L抑止の必要性を認識していたとはいえないことは、前述のとおりであるから、その点で既に被告JR西日本の主張は理由がないことが明らかであるが、以下に述べるとおり、方向優先てこ65Rと運転方向てこ15Rはその性格が異なるものである。すなわち、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、貴生川駅の運転方向てこ15Rが用いられるのは亀山CTCセンターが故障したような例外的な場合であって、しかも隣接する二駅のてこ(すなわち、15Rと小野谷信号場の方向てこ11R)を一対として扱うことを基本としているものであり、貴生川駅・小野谷信号場とも手動扱いのとき使用するのが原則で、その場合には、小野谷信号場の下り場内信号12Rの制御は、12Rてこにより方向てこ11Rとは別個に行われるので、15R反位により12R信号が制御されることはなく、12Rてこは列車が12Rが保障している区間の内側(12RCT)に進入後、定位に戻されるべきものであるから、13Rが12Rによって反位片鎖錠される事態にはならず、信楽駅の22LがR現示に固定されることもないこと、もっとも、貴生川駅が駅扱いモード、小野谷信号場がARCモードの状態で、単独で運転方向てこ15Rを扱うと、方向優先てこ65Rの操作を行ったのと同じ状態になるが、そのような扱いの打合せがなされていない限りは、65Rは15Rとは異なった機能のてこの追加と考えるべきこと、貴生川駅の運転方向てこ15Rについて、貴生川駅が駅扱いモード、小野谷信号場がARCモードの状態で打合せなしで単独で15Rを扱うというようなことは予定されていなかったことが認められ、結論において、貴生川駅の運転方向てこ15Rは、方向優先てこ65Rと、その用法、効果において異なったものであることが認められる。

また、被告JR西日本は、隣接する二駅の方向てこを一対として打合せた上で扱わなくてはならないという扱いは、ARC区間の一部で手動モードにするとその先もずっと手動モードにしなければならないということになって、不合理な扱いであり、そのような扱いが原則ということはあり得ないし、鉄道運転規則一〇三条但書や被告SKR運心一〇二条はARC区間においては、隣接駅相互間で一対で方向てこを使用する必要はないことを定めている規定であると主張し、それに沿う証拠(〈省略〉)もある。しかし、証拠(〈省略〉)によれば、一般的に方向てこは閉そく区間の両端の駅が打合せた上で操作するというのが原則的な扱い方であることが認められるところ、方向てこを一対のものとして扱わねばならないとすると実際上おかしい場合というのは、ARC制御の路線間に多数の閉そく区間があって、一か所のみ手動扱いにした場合のことであろうが、JR線ではともかくSKR線は閉そく区間は貴生川駅から小野谷信号場の外は、小野谷信号場の場内、小野谷信号場から信楽駅間しかないのであるから、右原則的な扱い方どおりに方向てこ操作することとしても、さほど不合理な事態は生じないし、かえって、貴生川駅に方向てこを設置するに際し、被告JR西日本の方から小野谷信号場にも方向てこを設置するように申し入れた事実(証人矢橋)からすれば、被告JR西日本自身両端の駅で打合せて一対で操作するのが方向てこの原則的扱いであると認識していたとも考えられるのであって、結局、方向てこの扱いについて両端の駅が打合せて操作する扱いは原則ではないという主張は採用することができない。また、法規上の根拠についても、これらの規定は運転方向の決定についてのものであって、方向てこの使用方法についての規定ではない(そのこと自体は矢橋証人も証言中で認めている。)から、〈証拠略〉及び証人矢橋の供述のうち右認定に反する部分はにわかに採用することができず、この点についての被告JR西日本の主張も採用することはできない。また、証人矢橋は、JR線内では閉そく区間の一方の駅が手動モード、他方の端の駅がARCモードで打合せなしで方向てこを扱っているケースが多く見られると供述するが、本件はSKR線であり、SKR線について打合せなしにそのような扱いが予定されているとは認めることができない以上、右認定を左右するものではないというべきである。加えて、〈証拠略〉(日本信号株式会社作成の「特殊単線自動閉そく装置取扱説明書」)及び〈証拠略〉添付資料(日本信号の藤井から山本施設課長に送付された説明書の差替え分のファクシミリ文書)中には、小野谷信号場が自動モードで、貴生川駅が手動モードの場合の方向てこの扱いについての記載があるが、これらは、両端の駅の打合せが必要かどうかまで言及しているものではないので、これも右認定を左右するものではないというべきである。

さらに、被告JR西日本は、方向優先てこ65Rの操作は、鉄道運転規則ないし被告SKR運心上の「運転整理」に当たらないので、被告SKR側に連絡する必要はないと主張する。しかしながら、先に述べたとおり、方向優先てこ65Rの操作は、SKR線の信号保安システムに重大な影響を及ぼすものであるから、列車の安全運行確保の観点からは、「運転整理」に該当するかどうかにかかわりなく、操作の前あるいは操作後直ちに被告SKRに連絡すべきものである。すなわち、鉄道運転規則あるいは被告SKR運心の「運転整理」に該当する場合には、方向優先てこの操作は、当然運行指令権を有する信楽駅駅長の指示のもとに行われることになるのであるが、それ自体は被告SKRと被告JR西日本の間のいわば手続上の問題にすぎないのであって、SKR線内の信号を抑止する機能を有する方向優先てこを操作する場合に、それを連絡しなければ同線内の信号現示が運行指令の思惑とは異なるものとなって、混乱の原因となることが被告JR西日本においても容易に予想される以上、SKR線の運行の安全を図る上では運行指令に連絡するのが当然期待されるべき措置ということができ、「運転整理」に当たらないから連絡しなくてもよいということにはならない。本件事故当時の被告JR西日本の電気部長であった鈴木勝も、その供述調書(〈省略〉)及び大津地裁における証言(〈省略〉)において、「長年鉄道マンとしてやってきた者」として、方向優先てこ65Rの操作は、他社である被告SKR信号を抑止するてこなので、その操作に際しては、事前に被告SKRの運転指令員に連絡しなければならないし、連絡する間がなく取り扱った場合には、直ちに取り扱った旨を連絡すべきであると述べており、右のような認識が信号を取扱う者のいわば常識であると認められる。

(四) 注意義務違反

(1) 前記第三の三において述べたとおり、被告JR西日本の従業員には、本件直通乗入れに当たり、自社所属の乗務員や車両、施設が関係した事故の発生を防止するために必要な情報を収集、分析する義務があり、右義務を尽くしていたとすれば本件事故発生を予見できたとき、あるいは本件事故発生を予見せしめる因果経過の重要部分(具体的には信楽駅出発信号機22Lが赤固定すること、それにもかかわらず本件五三四D列車が代用閉そく方式の手続を踏まずに信楽駅を出発してくること)を予見できた場合には、それに応じた可能な結果回避措置を講じるべき注意義務を負っていたというべきであるところ、前記(一)、(二)認定の事実によれば、信号保安システムの計画、施工に関して、被告JR西日本の従業員には、以下のとおりの注意義務違反が認められる。

(2)  被告JR西日本の電気部長、電気部信号通信課長は、本件貴生川駅等の信号設備改修工事の設計を実際に担当する部課を統括する立場にあり、運輸部管理課長は、信号設備の改修に際しての調整役であり、今回の貴生川駅等改修工事についての被告SKRとの交渉の窓口となっていたのであるから、春名主席や笠松主席ら実際に設計、交渉を担当している者がいかなる業務遂行を行っているかを常に把握し、社内における連動会議、結線会議等必要な会議を随時開催させ、必要な決裁は漏れなく経させるようにするのはもちろんのこと、被告SKRとの間でも設計段階から竣工後に至るまで必要な情報交換が常に行われるような関係を構築し、乗入先のSKR線の信号保安システムがどのような状態になっているかの情報は漏れなく収集できるような部内の体制を確立し、社内の関係部課とも連絡を密にしてSKR線内の信号保安システムの安全性に関する情報を収集するように努め、収集した情報を、電気通信関係を専門的に扱うセクションとして保有する専門的知見を用いて、自らあるいは部下の者に命じて、収集した情報を分析し、本件事故の発生あるいは本件事故発生に至る因果経過の重要部分の発見が可能であった場合には、あるいは自己のセクションにおいて信号保安システムの改修を行い、あるいは被告SKRと協議を行い、あるいはてこ扱いについて覚書、協定を交わすように部下に命じ、上司に意見を具申するなど可能な限りの安全対策を講じるべき注意義務があったというべきである。

右の前提に立った上で、注意義務違反の有無について検討する。まず、被告JR西日本の信号設備設計担当者は、平成二年六月三〇日ころに受け取った連動図表において、被告SKRの予定では小野谷信号場の12Rと13Rが反位片鎖錠の関係とされていることを知っており、後述するように、被告JR西日本の運輸部運用課及び安全対策室においては、平成三年五月三日に信楽駅の出発信号機22Lが赤固定した事実を知ることができ、亀山CTCセンターにおいては、その日方向優先てこ65Rを引いたことも分かっていたのであるから、これらの部課と信号保安システムに関する情報を綿密に交換するように努めていれば、電気部信号通信課内において、22L赤固定が生じたこと、方向優先てこ65Rを操作したこと、12Rと13Rが反位片鎖錠の関係にあること(証人矢橋の証言によれば本件赤固定の最大の原因)の情報を得ることはできたものであり、以上の情報を信号専門家の目を持って分析すれば、22L赤固定の原因に12Rが関与しているのではないかとの分析を立てることは容易に可能であったものである。そうして、被告JR西日本の職員も参加した平成三年三月四日の信号設備に関する説明会の席上で小野谷信号場の信号機の現示の点も話題になっていたのであるから、被告JR西日本社内の亀山CTCセンターや貴生川駅との情報交換を適切に行い、かつ被告SKR(及び設計業者であるシグナルコンサルタント)との間で信号保安システムに関する情報交換が常に行われるような体制を作るように努めていれば、被告SKRによる制御タイミング時期の変更工事の事実を電気部信号通信課、運輸部管理課において容易に察知することができ、そうすれば同課において、方向優先てこ65Rの操作によって信楽駅出発信号機22Lの赤固定が生じ得る事実を事故前に知ることは可能であった。以上を要するに、本件事故前に、電気部信号通信課及び運輸部管理課において、方向優先てこ65Rの操作によって信楽駅出発信号機22Lの赤固定が生じることは予見可能であったというべきである。

また、後述するように被告SKRにおいては、代用閉そく方式の手続きがほとんど遵守されておらず、信楽駅出発信号22L赤固定の場合に閉そくの確保すらなされないまま列車を発車させるおそれのあることは、被告JR西日本の運輸部運用課及び安全対策室において、遅くとも五月三日の信号トラブルの後には認識可能であり、小野谷信号場において行き違い列車が待避線に停車していない場合でも、小野谷信号場下り出発信号13RがG現示であれば、直通乗入列車が小野谷信号場を通過して進行することは運輸部運用課において認識可能であったのであるから、信号通信課及び運輸部管理課において、右の運輸部運用課及び安全対策室が得られるべき情報も総合して分析していたならば、電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長としては、遅くとも五月三日の信号トラブル発生後の段階においては、①信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じること、②それにもかかわらず被告SKRが代用閉そく方式で定められた手続を踏まずに列車を進行させること、③本件五〇一D列車が小野谷信号場を通過することを予見することは可能であったというべきである。

そうだとすれば、右の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長は、本件貴生川駅等改修工事に際して被告JR西日本社内に置いて十分な連動図表、結線図の検討が行われ、必要な確認・決済は漏れなくなされるように部内の体制を整えるとともに、五月三日の信号トラブル以降の段階においては、部内の者に指示をして被告SKRと連動図、結線図を持ち寄って赤固定の生じるメカニズムを解明し、赤固定が生じないように被告SKRに対しSKR線の結線、連動の変更を勧告させるとともに、それがなされるまでの間、早期操作が行われるおそれの大きい方向優先てこ65Rの取扱いについて被告両社で協定を交わすように指示し、あるいは上司に具申し、同てこ取扱いについての連絡体制を整えるように部下に指示しあるいは関係部署と協議するなどして、少なくとも赤固定が生じた場合になぜ赤固定が起こっているのか被告SKR側にも分かるようにしておくべき義務があったというべきである。

それにもかかわらず、右の者らはこのような義務を怠り、鉄道電気設計管理者の鈴木電気部長ですら方向優先てこ65Rの設置の事実を知らないという部内における情報管理体制の不備を放置し、さらに、被告JR西日本の担当者は、方向優先てこ65Rの設置・操作の事実を被告SKRに連絡せず、一方被告SKRは、被告JR西日本に制御タイミング時期変更工事の事実を連絡しないという被告両社間の不十分な連絡体制を放置したため、被告SKRの信号関係者においても、被告JR西日本の現場担当者においても、信楽駅出発信号機22Lの赤固定の発生の事実及びその原因を知ることが困難な状態を作出し、さらに、後述するように運輸部運用課や安全対策室においては、被告SKRが22L赤固定の際に代用閉そく方式を遵守せずに列車を運行させていた事実を知り得ていたのであるから、それらの部課とも十分な情報交換を行うように努めるべきであったのに、それもせず、結局、予見することができた本件事故の発生を防ぎ得なかったという注意義務違反があったというべきである。

(3) 被告JR西日本は、制御タイミングの変更工事については被告SKRの方から連絡すべきものであるところ、被告SKRからそのような連絡がなく、被告JR西日本において右の事実を知らなかった以上、本件赤固定の発生を被告JR西日本側で予見することは不可能であったと主張するが、右に述べたとおり、被告JR西日本の電気部長ら担当セクションの統括者は、自分の所属するセクションが乗入先のSKR線の信号保安システムの状態についてきちんと情報収集できるように、セクション内の体制を構築しておくべきであったのであり、右に認定したとおりそのような努力をしていれば容易に右変更工事の事実を知り得たと認められる以上、実際に被告JR西日本の人間が右事実を知らなかったとしても、本件赤固定の予見可能性を否定する根拠にはなり得ない。

(五) 因果関係

(1) 右に述べたとおり、当裁判所は、被告JR西日本の電気部長、電気部信号通信課長及び運輸部管理課長の注意義務違反と本件事故発生との間には相当因果関係があると判断するものであるが、被告JR西日本は、被告SKRが区間開通確認をせずに赤信号のまま列車を発車させるというようなことを被告JR西日本の担当者において予見することはできないから、被告JR西日本の注意義務違反との間に相当因果関係はないと主張する。たしかに、右電気部長らが、自分の所属しているセクションにおいて収集可能な情報だけを前提にするときは、被告SKRの右のような危険行為を予見することは不可能かもしれない。しかしながら、先に述べたとおり、被告JR西日本のような巨大かつ高度に組織化された人的機構を持つ企業においては、一つのプロジェクトを実行する場合、特定の分掌事項を担当する部課の責任者は、自分のセクションのことのみを把握しておればよいわけではなく、企業内の同一プロジェクトに関わるすべての部課と連絡を密にし、情報交換に努めることもその職責に含まれているのであって、本件においては後述するように、被告JR西日本の安全対策室及び運輸部運用課において、被告SKRが区間開通確認をせずに赤信号のまま列車を出発させることについての予見が可能であったのであって、右の電気部長らがこれらの部課と連絡を密にするように努めていれば、右被告SKRの危険行為を予見することも可能であったというべきである。したがって、被告JR西日本の右主張を採用することはできない。

(2) また、被告JR西日本は、自らは貴生川駅・小野谷信号場間に本来設置が予定されていた方向優先てこを設置したに過ぎず、本件信号保安システム全体の設計者ではないから、かかる立場の者に本件事故との間の相当因果関係を認めることは、ますます不可能であると主張する。しかしながら、前述したとおり、本件直通乗入れに際して、被告JR西日本はSKR線の利用者に対する関係でも、自社所属の車両又は乗務員が関与する事故が発生しないように安全対策を講じるべき立場にあったものであるから、本件信号システムの安全性についても自社線の設備に対するものと類似の配慮が求められていたというべきであり、被告JR西日本の主張は、その前提において採用することができない。

(六) 小括

以上のとおりであって、被告JR西日本の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長には、信号保安システムに関する注意義務に違反した過失があり、それによって本件事故が惹き起こされたものと認められる。

2  教育・訓練における注意義務違反

(一) 旅客鉄道運輸における係員の教育訓練の重要性

鉄道輸送は大量の乗客を高速度で輸送するものであるから、ひとたび事故が起これば、直ちに多数の乗客の生命身体が危殆に瀕することになることは、これまでも繰り返し述べているところであるが、そうであれば、当然のことながら高度な事故防止のためのシステムが要求されることになる。ただし、鉄道による旅客輸送は、複雑な設備を伴う軌道上を車両を高速度で走行させることによって行われるものであり、その実現のためには、さまざまな役割分担のもとに多数の係員が関与せざるを得ない。そして、係員が的確な作業を遂行するためには、その作業を行うのに必要な知識と技能を十分に習得する必要があり、それらを各係員が保有できるようにするためには、教育と訓練が必要なことはいうまでもないことである(〈証拠略〉)。このように鉄道運行においては、係員に対する教育訓練が非常に重要な意味を有している。

特に、通常の保安システムに異常事態の発生した場合には、本来安全を保障しているはずの保安システムが信頼できず、それに替わる手段によって運行を確保しなければならないところ、この異常時における各係員の手順について十分な教育、訓練がなされていなければ、列車の運行の安全を確保することができず、直ちに事故に直結することになるのであるから、係員に対する教育・訓練の中でも通常の保安システムに異常事態が発生した場合における取扱い手順についての教育はより一層重要な意義を有しているというべきである。

したがって、本件直通乗入れに際して、SKR線内において自社所属の乗務員、車両及び施設が関係する事故の発生を防止すべき立場にあった被告JR西日本としては、乗務員等の係員の教育についても十分に配慮する必要があったというべきである。

(二) 教育、訓練に関する打合せ

前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(1) 平成二年一〇月下旬か一一月上旬に、被告SKRの中村業務課長が被告JR西日本運輸部運用課を訪れ、同課動力車乗務員担当の池田副課長との間で、SKR線に直通乗入れをするJR列車の乗務員数、これらの乗務員に対する机上教育及び列車操縦訓練、教育費用等についての打合せが行われた。その席上において、中村業務課長が乗入運転士の列車操縦訓練について、「昔の経験者が柘植にいるので、線路見学だけしてもらえばよいのではないか。」と述べたが、池田副課長は、行き違い場所が新設されること、鉄道運転規則一〇条一項に関する運輸局からの通達があること等を理由に挙げて、教育訓練の必要性を説いた。その結果、SKR線はもともと被告JR西日本の路線であり、この路線の運転経験者を当てることを考慮して、操縦訓練は一人三往復以上とし、運転士八名、車掌八名に対して教育訓練を実施することになった。

ところが、中村業務課長から、被告SKRの指導者的立場の人員の数、指導日数を考えると、全員に対し日を分けて教育訓練を実施するのは、あまりに日数がかかるので、被告SKR側から被告JR西日本側に対して行う教育は一回にして欲しい旨の要望が出された。そこで、中村業務課長と池田副課長の協議の結果、まず被告SKR側が被告JR西日本京都電車区の区長及び助役、京都車掌区の区長及び助役に一日だけ机上教育をし、これを受けて後日、右区長助役らが被告JR西日本の関係乗務員に対し、八日間のうちに机上教育や操縦訓練を行うという二段階方式によって、教育訓練を行う方針が合意された。

(2) 運輸部運用課の分掌事項は、①動力車乗務員及び列車乗務員の運用に関すること、②動力車乗務員及び列車乗務員の技術及び能力向上計画(事故防止、サービス教育等)に関すること、③車両の配属及び運用計画に関すること、④無線の管理及び運用に関すること、⑤他会社及び他運輸機関との直通運転計画等に関わる車両運用及び乗務員運用の調整及び協議に関すること、⑥鉄道本部直轄現業機関への車両の配置計画に関すること等であり、主な担当業務は運転士、車両の運用や車両の転配属、乗務員の指導教育である。平成二年六月以降本件事故当時までの課長は畠中達、動力車乗務員担当の副課長は池田副課長であった。

(3) (1)の打合せの後、被告JR西日本の池田副課長は、右打合せの内容に基づき、「乗務員に対する教育訓練実施計画」を策定して、平成二年一一月二二日、中村業務課長とともに近畿運輸局へ説明に赴き、被告SKRの中村業務課長から同運輸局鉄道部保安課塩谷係長に対して、本件直通乗入れについての説明をしたところ、塩谷係長からは、信楽駅のホームの長さと乗入れ車両数に関係して、ホームを外れる車両の戸締めの問題、一番線から二番線への車両入れ替え作業の問題、一番線ホームから二番線ホームへ通じる通路の危険防止策についての指摘がなされ、右指摘事項については、同年一二月に被告JR西日本運輸部運用課において、中村業務課長と池田副課長とで改善策を話し合った。そして、平成三年三月一三日、右両名で近畿運輸局を訪れて、池田副課長が完成させた「乗務員に対する教育訓練実施計画」を届け出し、受理された。

(4) この「乗務員に対する教育訓練実施計画」によると、被告JR西日本京都電車区及び同車掌区の各区長及び各助役が被告SKRの教育指導担当者から、①運転取扱心得(被告SKRと被告JR西日本の相違点)、②線路、信号設備、③運転取扱い方、④異常時の取扱方について一日間教育を受けた上で、右区長及び助役が延べ八日間にわたり被告JR西日本の乗入乗務員全員に対して机上教養及び実技訓練を実施する(運転士については、貴生川駅・信楽駅間について一往復線路見学を行い、三往復運転操縦訓練を行う。)こととされていた。

(5) 平成三年三月一三日午後、貴生川駅会議室において、被告JR西日本からは安全対策室作野主席、京都管理部吉村主席、亀山CTCセンター米沢所長、貴生川駅嶋岡管理助役などが出席し、被告SKRからは中村業務課長、山本施設課長などが参加し、被告両社の打合せが開催された。この席上、作野主席から貴生川駅と小野谷信号場間において行う代用閉そく方式指導通信式を施行するに当たり、その要員や指導員の派遣を被告SKR側でやって欲しい旨の要請がなされたところ、被告SKR側は、当初、社員が少ないので大変などといって難色を示していたものの、結局、指導者や派遣要員については全部被告SKRの方から出すということを了承した。ただし、代用閉そくについて話がなされたのは貴生川駅・小野谷信号場間のことだけで、小野谷信号場・信楽駅間については話題にすらならなかったし、代用閉そくの方式に関する被告両社の運心の規定の比較対照も行われなかった。

また、作野主席からSKR線内での連絡体制についての質問がなされ、中村業務課長から被告SKRの列車については信楽駅を通じて無線で連絡を取ること、直通乗入列車については周波数が違うので無線を使うことはできないが、沿線の五〇〇メートルおきに携帯電話の接続端子を設置してあるので、乗入列車の携帯電話を接続して使うこと、貴生川駅、小野谷信号場、信楽駅の各駅間の連絡は各駅ごとの符号を定めた運転専用電話で連絡をとることの説明がなされた。

(6) 平成三年三月二〇日、信楽駅会議室において、被告JR西日本からは運輸部運用課酒井主席、京都車掌区車掌二名、京都電車区柘植派出所中尾助役、松田助役、西出運転士及び藤森運転士、被告SKRからは奥村常務、中村業務課長が出席して、二段階方式における被告JR西日本側の指導者と被告SKR側との打合せ会議が催された。この会議では、被告SKRから、線路図、信号機一覧表、列車時刻表などが配布され、SKR線の線路配置や各信号機の位置、現示内容、小野谷信号場での対向列車との行き違い手順及び異常時の連絡方法などについての説明がなされた。その際、小野谷信号場での行き違い方法についての説明と合わせて行き違い時の小野谷信号場での信号現示の説明もなされたが、その内容は、通過扱いの下り列車については、同信号場の下り場内信号機の警戒信号に従って低速で同信号場本線に入線し、同信号場の下り出発信号機のG現示に従いそのまま同信号場を通過するのに対し、上り列車については、同信号場の上り場内信号機のYY現示に従って低速で待避線に入線した後は上り出発信号機のR現示に従っていったん停車し、下り列車が通過し、上り出発信号機がG現示になるのを待って出発するという程度のもので、下り列車が小野谷信号場に入線するに際し、待避線に上り列車が未だ到着していない場合の扱いについては、上り列車が遅延したときには下り出発信号機がR現示となる旨が中村業務課長より述べられ、さらにそのR現示が長いときには乗務員の方から沿線電話を使って信楽駅の方に連絡をとって欲しい旨が述べられたのみで、被告SKR側からそれ以上の説明はなされなかったし、被告JR西日本側からもそれ以上の説明を求めることはしなかった。また、双方の運心の相違点についての確認もなされなかったし、信楽駅から直通列車に対する連絡の方法や、乗入列車の運転士はいかなる場合に信楽駅の指示を仰ぐのかという点についても確認はなされなかった。

ただし、この会議が終わった後、柘植派出所から運輸部運用課に無線機のスイッチはどうするのかという質問があり、酒井主席が中村業務課長に確認したところ、中村業務課長の回答は、無線機の周波数が違うので使用できないから、異常時は沿線電話で連絡して貰いたいとのことであったので、酒井主席から現場に対して、SKR線に乗入れたら、無線機のスイッチは切っておくようにとの指示を出した。

(7) 右の指導者養成会議に本社から唯一出席していた被告JR西日本の酒井主席は、運輸部運用課の奥村主席から「三月二〇日の打合せ会に出席してほしい」と指示されて出席したものであるが、打合せ会に京都電車区の者も出席していたこともあり、自らは積極的に関与するつもりもなく、どのような問題意識を持って臨むかについて上司から特別な指示も受けていなかった。そのため、本来ならば打合せの内容について復命書を作成するにもかかわらず、口頭復命で終わらせており、打合せの内容が十分に運輸部運用課に伝えられることはなかった。また、二段階方式の教育計画において実際に乗入乗務員に対して教育を施す立場にあるとされた助役や区長らにしても、そのような自覚に欠けており、結局、被告JR西日本としては、教育計画に反して西出稔指導員(以下「西出指導員」という。)を教育担当者とし、同指導員にマニュアルを作成させて乗入運転士に対する教育に当たらせることにした。

右西出指導員は、用紙一枚に「運心、就業規則はJR方式とする」「異常時の対応はすべて信楽駅(高原鉄道)とする」等の記載がなされた別紙「臨時列車(世界陶芸祭)運転について」のとおりのマニュアル(以下「本件マニュアル」という。)を作成し、これが乗入乗務員に対する机上教養の際配布されることになった。

(三) 被告JR西日本において乗入乗務員に対して実際に行われた教育

前記争いのない事実等(第二の一)、判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると以下のとおりの事実が認められる。

(1) 運心についての教育

運心についての教育は、本件マニュアルを読み上げた程度の教育であって、「乗務員に対する教育訓練実施計画」に定められている両社の運心の相違点についての教育を意識的に行うことはなされなかったばかりでなく、むしろ被告両社の運心は変わりはないという説明がなされ、乗入運転士の中にはSKR線においても被告JR西日本の運心が適用されるとの理解をする者もいた。

(2) 線路・信号設備、運転取扱いについての教育

SKR線内においてはJR列車に搭載されている無線機が使えず、必要があるときには携帯電話機によって信楽駅と連絡を取らなければならないのであるが、その携帯電話の取扱いについては被告JR西日本と同じであるということから、実地訓練は行われないままであった。また、小野谷信号場下り出発信号機13Rの信号塔には信楽駅制御盤から操作できる回転灯が設置されていたのであるが、その存在も教育されなかった。さらに、ダイヤ上必ず小野谷信号場で行き違うことになっていることの教育もなされなかった。

(3) 異常時の取扱いについての指導教育

異常時の対応については、西出指導員又は中尾助役による机上教育の際に「異常時の対応はすべて信楽駅(高原鉄道)とする」という本件マニュアルの記載が読まれる程度の教育がなされたにすぎず、具体的にいかなる場合に信楽駅に連絡を取る必要があり、誰に連絡するのかというような細かい説明は一切なされなかった。したがって、下り列車が小野谷信号場に到着した際に、上り列車が到着していない場合はどうするのかという点についての説明もなされなかった。

(四) 運心や車両直通運転契約書の現場への交付

被告JR西日本の現業機関には、被告SKRの運心、被告両社間で締結された車両直通運転契約書の写し、直通乗入運転に関する協定書の写し、運転作業協定書の写しは交付されなかった(争いがない)。これらの内容は、被告JR西日本の内部手続上も当然現場に徹底されなければならないものであった。

(五) 注意義務違反

(1) 前述のとおり、被告JR西日本の従業員には、本件直通乗入れに当たり、自社所属の乗務員や車両、施設が関係した事故の発生を防止するために必要な情報を収集、分析する義務があり、右義務を尽くしていたとすれば本件事故の発生を予見できたとき、あるいは本件事故の発生を予見せしめる因果経過の重要部分(具体的には信楽駅出発信号機22Lが赤固定すること、それにもかかわらず本件五三四D列車が代用閉そく方式の手続を踏まずに信楽駅を出発すること、本件五〇一D列車が小野谷信号場を通過すること)を予見できた場合には、それに応じた可能な結果回避措置を講じるべき注意義務を負っていたというべきところ、前記(二)ないし(四)認定の事実によれば、乗入乗務員の指導教育について、被告JR西日本の従業員に以下のとおりの注意義務違反が認められる。

(2)  前記認定のとおり、被告JR西日本の運輸部運用課長は、動力車乗務員及び列車乗務員の技術及び能力向上計画(事故防止、サービス教育等)に関すること、他会社及び他運輸機関との直通運転計画等に関わる車両運用及び乗務員運用の調整及び協議に関すること等を担当する部課を統括する立場にあり、前記(一)で認定のとおり、運行の安全確保については乗務員に対する十分な教育が不可欠であることに鑑み、一般的な教育訓練を日頃より十分に行うことはもとより、本件直通乗入れに際し、乗入乗務員の指導教育については、被告SKRからの委託により被告JR西日本側が責任を持って行わざるを得なかったのであるから、同課において、SKR線の安全運行のために乗入運転士に対していかなる教育訓練が必要であるかを見極め、被告SKRと協議を行い、教育訓練計画を策定するとともに、被告SKRから乗入運転士の教育に必要な情報がすべて被告JR西日本側に伝えられているかを積極的に調査し、情報不足のところは、運輸部運用課において被告SKRや被告JR西日本の他の部課から情報を収集して補っていくような体制を確立すべき義務を負っていたというべきである。

ことに本件においては、被告SKRが乗入乗務員の教育を行うのに十分な体制を有しておらず、信号場を新設して初めて行き違いを経験することになったものであって、指導教育に当たる被告SKRの担当者自身、線路信号設備や異常時の取扱い方について十分な知識がなく、したがって教育をなし得る能力も意思も十分ではなかったことが認められる。そしてかかる事実は、中村業務課長との協議に当たった池田副課長や平成三年三月二〇日の打合せ会議において中村業務課長の説明を聞いていた酒井主席等といった運輸部運用課の担当者、同年三月一三日の代用閉そく方式に関する打合せに出席した安全対策室の作野主席において、十分に察知することができる状況にあったということができ、運輸部運用課において情報収集の努力をしていたとするならば、容易にこれらの事実を認識することが可能であり、直通乗入列車が対向列車と小野谷信号場において行き違うダイヤになっていることは同課において容易に認識し得たのであるから、右ダイヤの内容、異常時の指揮命令系統、小野谷信号場において対向列車が遅延して待機していなかった場合に乗務員がとるべき措置、信楽駅の指示を仰ぐべき必要が生じる事由と連絡方法といった点について、被告SKRと十分協議し、被告両社で認識を共通にした上で、乗入乗務員に対する教育の周知徹底を図り、さらに連絡方法についても、実際に乗入運転士に実地訓練をさせておく必要があったものというべきである。

それにもかかわらず、被告JR西日本の運輸部運用課長は、右の乗務員等に対する教育体制の確立を怠り、前述のとおり、信楽駅に指示を仰ぐべき必要が生じる事由とその指示を仰ぐ方法についての協議が被告両社の間でまったくなされず、信号故障や事故を想定したマニュアルの作成とそれに対する十分な検討が被告両社間で行われなかった状態を放置していたばかりでなく、乗務員に対する教育も不十分なまま現場任せにされ、そのために、乗入列車がダイヤ上必ず小野谷信号場で行き違うことになっていたことの周知徹底が図られず、対向列車が小野谷信号場で待機していなかった場合の対処の仕方や、異常時の具体的な意味内容とその場合の対処方法についての教育も行われないままにされていた状態、さらには、被告SKRとの協定書や契約書の写しも現業機関に送付されておらず、携帯電話使用の実地訓練もなされていない状態を放置し続けた。

そして、前記認定のとおり、被告JR西日本の電気部信号通信課や運輸部管理課においては信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じる事実を予見することが可能であり、運輸部運用課や安全対策室において、被告SKRが閉そく確保すら危うくしかねない代用閉そく方式の手続違反を行っていた事実を遅くとも五月三日の信号トラブルの後には認識できたものであるから、運輸部運用課長としては、自課内においてきちんと情報収集をするとともに関係する他セクションとの情報交換を十分に行うように努めていれば、①信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じること、②それにもかかわらず、被告SKRが代用閉そく方式に定められた手続を踏まずに列車を出発させること、③本件五〇一D列車が小野谷信号場を通過することの三点を遅くとも五月三日の信号トラブルの後には予見することは可能であった。それにもかかわらず、運輸部運用課長は、右に述べたとおり、乗入運転士に対する教育が満足に行われていない状態を放置し、その結果、本件事故当日、甲野運転士をして、行き違い列車が小野谷信号場の待避線に停車していないにもかかわらず、信楽駅に連絡することなく、小野谷信号場下り出発信号機13RのG現示のみを盲信させるという事態を招来させ、本件事故を防止することができなかった注意義務違反があるというべきである。

(3) 被告JR西日本は、被告SKRが、同じ鉄道事業者として、出発信号機が停止信号であるにもかかわらず、代用閉そく方式の手続きを履践しないこと、誤出発検知装置を人為的な操作によりその機能を発揮させなくすることという極めて重大な誤りを二重に行うことなど常識では考えられず、まったく知りようもなかったのであるから、被告JR西日本に予見可能性はないと主張する。しかしながら、証拠(〈省略〉)によれば、まさに被告JR西日本がいうところの「鉄道一〇〇年の歴史」の中には、出発信号違反、あるいはわたり行為等による錯誤信号現示による「常識では考えられない」事故例が厳然として存在していることが認められるところ、乗務員の指導を行う立場にある運輸部運用課としては、過去の事故例等から得られる専門的知識によって予見可能な事故防止策は当然に講じなくてはならない立場にあるのだから、出発信号違反及び錯誤信号現示のような事態も念頭に置いた教育訓練体制を確立する必要があるというべきである。特に本件においては、被告SKRが乗入乗務員の教育を行うのに十分な体制を有していなかったこと、信号場を新設して初めて行き違いを行うことになったものであって、指導教育に当たる被告SKRの担当者自身、線路信号設備や異常時の取扱い方について十分な知識がなく、したがって教育をなし得る能力を有しておらず、その意思も十分ではなかったことは、運輸部運用課において察知可能であり、電気部信号通信課や安全対策室との情報交換に努めていれば、信楽駅の出発信号機に赤固定が生じるおそれのある事実、被告SKRの代用閉そく方式が閉そくの確保すら危うくしかねないような基本的手続きを無視した方法でなされている事実を認識可能であったのであるから、なおさら信楽駅に赤固定が生じること、それによって被告SKRの関係者がパニック状態に陥り、代用閉そく方式の手続きを踏まずに信楽駅から上り列車を出発させるおそれのあることは運輸部運用課において予見可能であったというべきである。

(4) また、被告JR西日本は、第一に被告SKRとの間で「異常時」の概念は共通であったのだからいかなる場合が「異常時」かなどということは協議する必要はないし、第二に運転士の職責は、鉄道運転規則上、信号の現示に従って列車を運転することであり、かつそれで足りるのであるから、信号がいかなる仕組みないし装置によって制御されていることまでの知識までは不要であり、小野谷信号場において、対向列車が到着していないが青現示の場合の措置を運転士に教育指導する必要もないと主張する。しかし第一の点についていえば、いかなる場合が信楽駅に指示を仰ぐべき場合に該当するかについて、被告両社間で実際に十分な確認がなされていない以上、「異常時」の概念は被告両社間で共通だというのは被告JR西日本側のいわば憶測にすぎないというべきであり、被告SKR側が指示を仰ぐように期待している場合に、被告JR西日本の乗入運転士が指示を仰がなければ、信楽駅からは乗入運転士に確実に連絡を取る方法がない以上、極めて危険な状態が発生することは被告JR西日本の教育担当者において容易に認識可能であったのであるから、やはり、被告JR西日本側の乗入乗務員に対する指導教育を担当する部課としては、いかなる場合に運転士が信楽駅の指示を仰ぐべきかについては積極的に確認し、被告SKRとの間でいかなる事態が指示を仰ぐべき「異常時」なのかという点についての認識を共通にすべきであったというべきである。第二の点に関しては、前述した過去の錯誤信号現示による事故例をみれば、運転士が単に信号現示に従って進行するのがいかなる場合も安全であるということが被告JR西日本がいうように自明なこととは思われないことに加え、旧国鉄時代やJR開業からしばらくの間は、運転士が個々に携帯する時刻表に行き違い場所を記載し、どこで対向列車と行き違うべきかを明確にさせ、個々の運転士は、たとえ出発信号機がG現示でも、それだけに従って出発することはしないという取扱いもなされていたことが認められ(〈証拠略〉)、また、被告JR西日本自身、北近畿タンゴ鉄道からの乗入列車については、被告JR西日本の大阪指令と交信できるようにして指令員と乗務員との確実な連絡体制を確保し、信号現示だけに頼らない安全確保を図っていることも認められる(〈証拠略〉)ところ、新設されたSKR線の信号保安システムが他の安全手段を講じなくてもよいほどに絶対的に信用できるものであるかにつき、被告JR西日本の教育担当者として経験的に確認しているわけではなかった以上、小野谷信号場において上り対向列車が到着しておらず、かつ、下り出発信号がG現示である場合の扱いについても、被告SKR側との間で絶対に安全な方法を確認した上、乗入乗務員に周知徹底させ、実践させる必要があったというべきである。

(六) 小括

以上のとおりであって、被告JR西日本の運輸部運用課長には、教育訓練に関する注意義務に違反した過失があり、それによって本件事故が惹き起こされたものと認められる。

3  報告体制確立に関する注意義務違反

(一) 報告体制を確立することの重要性

前記第三の二において認定したとおり、被告JR西日本は、本件直通乗入れに当たり、SKR線上において、自社所属の従業員、施設又は車両が関係する事故の発生を防止すべき立場にあったというべきであるから、SKR線が被告SKRが運行管理権を有するとの一事をもって、安全対策を被告SKRのみに任せきりにすることはできず、被告JR西日本も、積極的にSKR線の安全運行に関する情報を収集し、専門的・科学的知見をも用いて分析し、将来SKR線において自社所属の施設及び従業員が関係した事故に至る予兆を発見できたのであれば、積極的に可能な限りの安全対策を講じる必要性があったというべきである。

ところで、被告JR西日本のように巨大かつ複雑な人的機構を持ち、高度に分業化された組織の場合、一つのプロジェクトを実現するためにさまざまなセクションの構成員が必然的に関与せざるを得ないのであるが、ある一人の構成員が認識できた事情だけを基礎にその構成員の判断能力だけで判断しても事故発生は予見できなかったような場合であっても、別の構成員が認識できた事情も併せ考慮した上、それをさらに他のセクションの構成員の有する専門的知見を用いて分析したならば事故発生が予見できたという場合があることは、経験則上容易に想定されるところである。したがって、被告JR西日本としては、情報の伝達不全によって、SKR線上における事故発生が予見できないというような事態が生じないように組織内の情報伝達体制を確立しておく必要があったというべきである。そこで、企業として積極的にSKR線の運行の安全に関わる情報を収集し、分析しようということになれば、運行の安全に関わるような事実は、実際に直通乗入れに携わっている現場の従業員にしか認識できないものも多いから、実際に乗入れている乗務員や、被告SKR側と接触している駅員にSKR線の情報を的確に報告させ、集約し、組織内において、情報を共有化することが不可欠となることはいうまでもない。その上で、仮に、乗務員の運用に当たったり、事故報告を受けたりする立場にある各セクションにおいてこのような報告体制を確立し、各セクションで得た情報を確実に共有化しておれば、本件事故発生ないし本件事故に至る因果経過の重要部分が予見できるだけの事情が収集できたという場合には、報告体制を確立したり、他のセクションとの情報の共有化を図る責任は右各セクションを統括する立場にある者にあるというべきであるから、右責任者らに本件事故発生(ないし因果経過の重要部分)についての予見可能性を肯定し得ることになる。

この点に関し、被告JR西日本は、本件直通運転契約書九条において、SKR線内で発生した直通列車の運転阻害事故については、被告JR西日本が定めるものによって、被告SKRの方から被告JR西日本に報告されることになっていたのであるから、被告JR西日本で積極的に情報収集する必要はなかったと主張するが、SKR線の利用者との関係で被告JR西日本が積極的に運行の安全に関わる情報を集めるべき立場にあったことは前記三において詳述したとおりであり、本件直通運転契約書九条は被告JR西日本と被告SKRとの関係として、被告SKRに報告義務を定めているだけであり、このことは何ら前記被告JR西日本の義務に影響するものではない。

本件においては、前記判断の前提となる事実(第三の一)記載のとおり、合計四回の事前トラブルが発生しているので、以下において、これらのトラブル中に本件事故ないし事故発生に至る因果経過の重要部分を予見できるような事情が存在していたかどうか、それを被告JR西日本の関係者は知り得たのかどうか、そのような事情を被告JR西日本の者が知り得たとして組織内における報告体制に不備はなかったかどうかの点について検討し、報告体制確立義務に関する注意義務違反の存否を検討することとする。

(二) 代用閉そく方式指導通信式の手続き

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、代用閉そく方式指導通信式の手続きは以下のような手続きのもとになされるべきものであることが認められる。

① 信号機故障が確認された場合には、報告を受けた運転指令員(SKR線の場合には信楽駅当務駅長(以下単に「駅長」というときは特に断らない限り、運転取扱い上の当務駅長をいう。))によって、関係信号機に停止信号現示の措置がとられ、指導通信式施行の指令が出される。

② 閉そく区間の一端の小野谷信号場には駅長が配置されていないため、指導通信式の指令を受けた信楽駅長または貴生川駅長は、直ちに小野谷信号場に駅長役(被告SKR運心においては「運転係」という用語になっているが、閉そく区間の一端の駅において運転取扱いを行う者であるから駅長役であることに変わりはない。)を派遣する(ただし、前記認定のとおり、事前の被告SKRと被告JR西日本の打合せの結果、代用閉そく方式の要員派遣はすべて被告SKRの方で行うこととされていたので、運転係は被告SKRの方から派遣されることになる。)。そして、閉そく区間の列車等の有無を調べるため、適任者を選んで現場に派遣し、徒歩等の手段により開通を確認する(これを「区間開通確認」という。)。

③ 閉そく区間の両端駅の駅長は、打合せて閉そく専用電話機を指定して「閉そく用」と赤字で書かれた紙片を電話機に添付する。

④ 出発駅の駅長は、閉そく方式の変更を運転通告券によって運転士と車掌に通告する。

⑤ 出発駅の駅長は相手方の駅長と打合せて、一人の指導者を選定して相互に職氏名を記録する。指導者は指導者腕章を着用する。

⑥ 相手方の駅長は、列車を到着させる条件が整っていれば、閉そくの承認を与える。

⑦ 出発駅の駅長は、関係転てつ器の鎖錠を確認して、運転士または車掌に対して代用手信号を現示する。

⑧ 運転士は、指導者の同乗を確認して出発する。

⑨ 相手方駅に到着後、駅長の照会に対して運転士から到着報告をする。

⑩ 両端の駅長の打合せによって閉そくを解除する。

⑪ 以下④ないし⑩を繰り返す。

(三) 被告JR西日本所属の駅員及び乗務員による情報収集

右(一)において述べたとおり、被告JR西日本の乗務員の運用や安全対策情報関係を扱うセクションを統括する立場にある者は、乗り入れている乗務員や被告SKR側と接触している駅員にSKR線の運行の安全性に関わる情報を的確に報告させるような体制を構築する必要があったものであるが、その前提として、駅員や乗務員に対しても漫然と直通乗入れ業務に当たらせるのではなく、「プロとしての意識・知識・技量」をもって自発的に事故防止に関わる情報を収集するような意識を持たせる必要があったというべきである(甲A三三の6添付「平成3年度運転事故防止対策」参照)。すなわち、(一)で述べた報告体制確立義務は、単に組織内での情報伝達が十分になされる体制を構築する義務だけではなく、現場で本件直通乗入れに携わっている駅員や乗務員等に対して運行の安全性に関わる情報を的確に収集させる体制を構築する義務も含むものであるということができる。そのために、被告SKRの運転取扱いについて駅員や乗入乗務員に対して事前に十分教育していることが必要なことはいうまでもない。

この点につき、被告JR西日本は、被告SKRが管理するSKR線のことであるし、被告SKRとの事前の協議において異常時の対応はすべて被告SKRが行うとされていたのであるから、被告JR西日本所属の乗務員等は被告SKRの指示に従えばよいのであって、異常な事態に直面してもそれを被告JR西日本に帰って報告する必要はないと主張する。しかしながら、直通乗入れに際して、被告JR西日本がSKR線の運行の安全についての情報を積極的に収集すべき立場にあったことは既に認定したとおりであるし、異常時の対応を被告SKRが行うということと、被告JR西日本がSKR線の運行の安全に関わる情報を収集すべき立場にあるということとは次元を異にし、被告JR西日本が積極的に情報収集をすべき立場にあった以上、異常時の対応をどこが行うかに関わりなく運行の安全性に関わる情報を収集できるような体制を構築しなければならないことには変わりないというべきである。

さらに、被告JR西日本は、一般に運転士は、信号に従い、定められた運転時分を守って列車を安全に操縦すべき基本的職責を有するのであって、本来駅関係従事員の基本的職務である代用閉そく方式施行時の区間開通確認、相互の駅間の打合せ等につき、それが施行されているか否か等について、いちいち点検ないし確認する立場になく、本来の列車の運転操縦業務以外にかかる義務まで負わせることは、運転士にとって過大・過重な責務を負わせることになると主張する。しかしながら、運転士の基本的職責が、信号に従い、定められた運転時分を守って列車を運行することにあるとしても、それはあくまで「安全性に疑問を感じさせる事情のない下では」という留保付きのものにすぎない。代用閉そく方式施行時においては、形式的な手続きの積み重ねによって実質的な安全を確保しているのであるから、運転士といえども自己の認識できる範囲で代用閉そく方式の手続きがきちんと行われているかを点検・確認する義務があるというべきである。また、運転士にこの程度の調査義務を課したとしても、運転士の基本的職責が安全な運転にあることからすれば、むしろ当然のことであって、何ら過大・過重な責務を負わせることにはならないと解される。現に、原証言によれば、原運転士自身、五月三日の信号トラブル時には被告SKR所有の列車がすべて小野谷信号場に来ているから、信楽駅・小野谷信号場間の閉そくは確保されていると認識したと証言しており、単に出された指示に従うのではなく、指示が適切に行われているのか点検、確認するプロセスを踏まねばならないことは原運転士自身も認めているところである。

(四) 四月八日の信号トラブルと代用閉そく方式の手続き違反

(1) トラブル及びトラブルに対する対応の事実経過

前記判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、四月八日の信号トラブル及び同トラブルに対する関係者の対応は、以下のとおりであったと認められる。

(ア) 貴生川駅一六時三八分到着のSKR上り五四六D列車が貴生川駅SKR線着発線に到着した際、通常であれば同列車に後続する列車がなく、また同列車の到着によって、同列車が通過した小野谷信号場から貴生川駅場内信号までの間の列車による中間軌道回路の短絡がなくなることから、亀山CTCセンターの草津線表示盤の列車の在線を示す列車表示灯及び小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向表示灯が滅灯するはずであるのに、これが点灯したままの状態となった。

(イ) これを認知した同センターの奥永指令員は、このままでは貴生川駅発定時一六時四四分のSKR下り五四五D列車(吉澤運転士)の出発信号が出ないことになるため、異常が解消されるまで代用閉そく指導通信式での運行を行う必要があると判断して、一六時三七分すぎころ、貴生川駅の中原助役に対して、代用閉そく方式を準備するように指示をした。

(ウ) 同助役は直ちに信楽駅に電話をかけ、代用閉そく方式による列車の運行を実施するに当たっては信楽駅の責任者に直接話をしなければならないと考え、中村業務課長を電話口に呼び出した(なお、この日の信楽駅の当務駅長は岩佐清二運転主任(以下「岩佐運転主任」という。)であった。)。中原助役は中村業務課長に対し、貴生川駅の信号故障を連絡するとともに、小野谷信号場への要員の派遣、貴生川駅・小野谷信号場間の区間開通確認、貴生川駅への指導者の派遣など代用閉そく方式を施行するのに必要な準備方を依頼したところ、同業務課長は右依頼を承諾した。

(エ) 中村業務課長は、直ちに神山運転主任(運転主任に昇格したのはこの後である平成三年四月一六日であるが、便宜上本判決中においてはこの言い方で統一する。)に小野谷信号場に転てつ機用の手回しハンドルを持っていくように指示をし、自らも同信号場に向かい、一七時一五分ころまでには小野谷信号場に到着した。そして、同業務課長は、小野谷信号場にたまたま歩いてきた山本施設課長に貴生川駅に向かうよう指示したところ、同施設課長は自動車で貴生川駅に向かい、一七時二〇分ころ貴生川駅に到着し、中原助役に対して、小野谷信号場・貴生川駅間の区間には障害物がなく区間開通している旨の報告をした。なお、この際、山本施設課長は中原助役に対し、徒歩で区間開通確認をしてきた旨報告し、中原助役も、閉そく変更記録簿には区間開通確認の方法として「徒歩」と記入した。ただし、仮に徒歩で小野谷信号場と貴生川駅の間の区間開通確認を行おうとすれば、通常一時間以上を要する。

(オ) 中原助役は右報告を受けて、山本施設課長に指導者になるように述べ、同課長がそれを承諾したので、亀山CTCセンターに電話し、小野谷信号場・貴生川間の区間が開通したこと、指導者に山本施設課長が選定され準備ができた旨を告げ、さらに相手方の駅に当たる小野谷信号場に専用電話をかけて呼び出したところ、中村業務課長が電話に出て、同業務課長が小野谷信号場で当務駅長として待機しているという趣旨のことを言ったので、中原助役は山本施設課長を指導者として乗車させたい旨を述べると、中村業務課長も「それで頼みます」と述べた。

(カ) 一七時二九分ころ、中原助役は、亀山CTCセンターより代用閉そく施行の指示を受けて五四五D列車の出発準備に入り、一七時三三分ころ再び小野谷信号場の中村業務課長と連絡をとって、準備ができしだい同列車を出発させる旨を告げ、その後、山本施設課長に指導者腕章を手渡して、同課長に指導者として守るべき注意事項を説明し、さらに運転通告券に所要事項を記入の上、吉澤運転士に渡した。一七時四六分ころ、同列車は貴生川駅の墨田助役の代用手信号及び中原助役の出発合図に基づいて同駅を出発した。

(キ) 一八時少し前ころ、同列車は小野谷信号場に到着し、中村業務課長は、中原助役に対し同列車が到着した旨の連絡をした。その後まもなく、貴生川の制御盤の在線表示灯が滅灯したので、中原助役は、さっそく亀山CTCセンターに電話をかけてその旨を連絡し、対向列車である上り五四八D列車が到着した後、小野谷信号場にいた中村業務課長に通常方式に戻す旨の連絡を取った後、一八時二〇分ころ、亀山CTCセンターから常用閉そくに戻すようにという指示を受け、同二一分ころ、中原助役は、解放扱いから常用閉そく方式に戻した。

以上のとおりであると認められるところ、右の認定に反し、原告らは、山本施設課長が貴生川駅に到着した際、中原助役が到着した同課長に対し、貴生川駅・小野谷信号場間の区間開通確認を要請したが、山本がその必要がないなどと反論したため、中原助役も区間開通確認がないまま代用閉そく方式を施行することにしたと主張し、右事実については被告SKRとの間では争いがない。しかしながら、本件の全証拠を検討しても右事実を認めることはできないから、被告JR西日本との間では、右事実を認めることはできない。

(2) 代用閉そく方式の手続き違反と被告JR西日本関係者の認識

(ア) 指揮命令系統の混乱

前記(二)で認定のとおり、本来SKR線において代用閉そく方式を施行する場合には、信楽駅の当務駅長である岩佐運転主任が貴生川駅との打合せを行ったり、代用閉そくのさまざまな指示をしなければならないのであるが、四月八日の信号トラブル時においては、中村業務課長が貴生川駅駅長との打合せを行ったり、要員派遣を指示したりするなど指揮命令系統の混乱がみられた。異常時においては、信号機によって自動的に行われていた閉そくの確保を人間の手で行わねばならないことになり、指揮命令系統の混乱が閉そく扱いの誤りによる事故につながりかねないので、情報の集約点及び指揮命令の発信点を一本化する必要がある。そのために、異常時の列車取扱いの基本の一つが指揮命令系統の確立にあるとされているのであり(〈証拠略〉)、被告SKRの運心においても異常時の取扱いの責任者を当務駅長としているものと認められる(〈証拠略〉)。そうだとすれば、四月八日の信号トラブルの際に、信楽駅の当務駅長の岩佐運転主任ではなく、中村業務課長が貴生川駅駅長との打合せを行ったり、要員派遣を指示したりしているのは、指揮命令系統を乱すものであって、代用閉そくの手続き上許されないことといわなければならない。被告JR西日本の貴生川駅の中原助役は、前記認定のとおり、信楽駅に電話した際、信楽駅の当務駅長を確かめることなく、中村業務課長を呼び出しており、誰が指揮命令権を有するかの点についての配慮を欠いていたものであるが、この点について配慮していれば、右指揮命令系統の混乱の事情を十分に知り得たものである。

被告JR西日本は、中村業務課長は、運転士及び運転主任等列車運行に関わる所属社員を指揮監督し、旅客の輸送及び運転並びに車両に関する一切の業務を統括し、本件直通乗入れ全般にわたる教育責任者の立場にあり、被告JR西日本との業務上の打合せの実質的な責任者であり、運転関係の規定・車両及び列車乗務員の運用等については被告SKRの第一人者であったなど、被告SKRの事務分掌上も、被告JR西日本との折衝においても、それまでの経歴、実力からみても、被告SKR内部における現実に従事していた業務からみても、被告SKRにおける鉄道輸送業務において包括的・全面的な指揮監督権を有していたというべきであるから、駅長に代わって代用閉そく方式を施行させたとしても、何ら越権行為とはいえないし、被告SKRの指揮命令系統からいえば、業務課長は各運転主任の上位職であって、これを指揮命令及び指導する関係にあり、業務課長は運転主任の職務を自ら行う権限を有しているから、現場に運転主任と業務課長の双方が立ち会っているような場合には、駅長業務を自ら執行したとしても、何ら指揮命令系統を撹乱する行為にならないと主張する。しかしながら、異常時の運転取扱いの責任は駅長にあるとして、指揮命令系統を一本化しているのは、前述のとおり駅長以外の者が駅長のなすべき指令行為を独自に行ったり、これに容喙したりすることを許すと、指揮命令系統が混乱し、確実な閉そくの確保ができなくなるおそれがあるからなのであって、たとえ中村業務課長に実力、経験があり、職制上は岩佐運転主任の上司に当たるとしても、当務駅長に代わって指令行為をなすことはできないと解される。この点は、被告JR西日本の貴生川駅駅長であった嶋岡恒明も「このような指導通信式を実施するに当たっては、当日の当直助役が当務駅長として運転取扱いの指揮をや」るので、「駅長としてはその取扱いの全体をみながら当直助役の指揮下に入って状況に応じて運転取扱い業務に就くことにな」ると供述しているところでもあり(〈証拠略〉)、結局のところ、右の被告JR西日本の主張を採用することはできないといわざるをえない。

(イ) 区間開通確認の懈怠

また、貴生川駅の中原助役は、前記(エ)認定のとおり、一七時二〇分ころ、貴生川駅に現れた被告SKRの山本施設課長から、徒歩で区間開通確認をした旨の報告を受け、閉そく変更記録簿にも、確認方法を「徒歩」と記入した。区間開通確認の趣旨は、代用閉そく方式を施行する閉そく区間内に車両ないし列車が存在しないことを確認することにあるのであるから、必ずしも徒歩によらなければならないというものではなく、適宜の方法によって行えばよいと解されるから、山本施設課長が徒歩によって区間開通確認を行わなかったとしても、それが直ちに代用閉そく方式の手続き違反となるとは解されない。ただし、適宜の方法でよいとはいっても、絶対に間違いが許されない性質の手続きであるし、車で走行しながら見たのでは動いている列車を見落とすこともあり(証人神山)、人の目で列車ないし車両の有無を確かめるのが一番確実な方法であるから、被告JR西日本の主張するように、それまでの列車の運行状況、当時運行されていた各列車の所在位置、被告SKR保有の車両数代用閉そく開始までの時間などによって貴生川駅・小野谷信号場間に列車がいないことが推定されれば足りるという筋合いのものではなく、区間の全路線上に列車ないし車両がないことを人の目によって確認しなければならないと解される(その意味で自動車を利用しても見通しの利く場所で立ち止まって視認する程度の確認はする必要はある。)。被告JR西日本は同被告の「運転作業要領」(〈証拠略〉)においては、常用閉そく方式で最後に運転した列車の運転士に連絡して位置を確かめれば足りるという規定になっているとして、四月八日のトラブルの際の区間開通確認はこれで足りると主張しているが、被告JR西日本の「運転作業要領」がSKR線に適用になるわけではないから、かかる被告JR西日本の主張は失当である。そうすると、一六時三七分に代用閉そく方式の準備の指示を受けて中村業務課長に代用閉そく方式の手続きを依頼した中原助役とすれば、信楽駅・小野谷信号場間の距離、小野谷信号場・貴生川駅間の距離、さらに要員派遣、区間開通確認に要する時間も考えれば、山本施設課長が徒歩で区間開通確認をした場合に一七時二〇分に到着するはずはないわけであるから、少なくとも山本施設課長が述べるように徒歩で区間開通確認がなされたのではないことは、容易に知ることができたはずである。そうであれば、代用閉そく方式の手続きにおいて区間開通確認のもつ意味の重要性に鑑み、出発駅の駅長である中原助役としては、区間開通確認がまともに行われているかどうかについて確かめるべきであったのであり、そうすれば、山本施設課長が小野谷信号場から自動車に乗ってわずか一〇分程度で貴生川駅に到着したことから、なんら実質的な区間開通確認が行われなかったことを十分に知り得たものである。

(五) 四月一二日の信号トラブルと代用閉そく方式の手続き違反

(1) トラブル及びトラブルに対する対応の事実経過

前記判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、四月一二日の信号トラブル及び同トラブルに対する関係者の対応は以下のとおりであったと認められる。

(ア) 貴生川駅一三時三八分到着のSKR上り五四〇D列車が貴生川駅SKR線着発線に到着した際、通常であれば同列車に後続する列車がなく、また同列車の到着によって、同列車が通過した小野谷信号場から貴生川駅場内信号までの間の列車による中間軌道回路の短絡がなくなることから、亀山CTCセンターの草津線表示盤の列車の在線を示す列車表示灯及び小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向表示灯が滅灯するはずであるのに、これが点灯したままの状態となり、貴生川駅発定時一三時四四分のSKR下り五三九D列車(服部運転士)の出発信号が出ないという、四月八日の信号トラブルと同様の異常状態が発生した。

(イ) これを認知した亀山CTCセンターの森口指令員は、異常が解消されるまで代用閉そく指導通信式での運行を行う必要があると判断して、一三時四〇分ころ、貴生川駅の藤岡助役に対して、代用閉そく方式を準備するように指示をした。その後すぐ、藤岡助役は信楽駅に電話をかけたところ、最初、当日の当務駅長であった岩佐運転主任が応対したが、すぐに中村業務課長が電話口に出て藤岡助役と話をした。藤岡助役は、中村業務課長に対し、五三九D列車の出発信号が出ないことを告げると、中村業務課長は、代用閉そく方式指導通信式を実施すること、被告SKR側で小野谷信号場に要員を派遣し、区間開通確認も、指導者の派遣も行う旨を述べた。そこで、藤岡助役は、亀山CTCセンターに電話をかけ、森口指令員に対し、代用閉そく方式の準備ができ次第連絡する旨を報告した。やがて五三九D列車の出発時刻である一三時四四分が過ぎ、服部運転士が駅事務所に来たので、藤岡助役は、服部運転士に対し、代用閉そく方式の準備中であり、一時間程度出発が遅れるかもしれないので待って欲しい旨、乗客にもその旨を伝えて欲しい旨を告げた。

(ウ) 一方、信楽駅には同駅発定時一三時四三分の被告JR西日本の試運転列車五五〇四D(甲野運転士)が待機していたが、中村業務課長は右に述べた藤岡助役との打合せを受けて、まず、この列車を小野谷信号場まで行かせることを決め、神山運転主任に同列車を出発させるように指示を出した。神山運転主任は、中村業務課長の指示を受けて、甲野運転士に小野谷信号場まで行って待つように指示した上で、同主任がてこを操作して出発信号機にG現示を出して同列車を出発させた。なお、同列車には指導添乗として被告JR西日本の西出指導員及び藤島指導助役が添乗していた。その後、神山運転主任は、中村業務課長から指示を受け、小野谷信号場に向かった。そして、五五〇四D列車は、一三時五五分ころ、小野谷信号場上り場内信号機13LのYY現示に従い同信号場待避線に進入し、同信号場上り出発信号機12LのR現示に従って停止した。その後一〇分くらい待っても行き違い予定の五三九D列車が到着しないので、甲野運転士は、携帯電話により状況を聞こうとしたが、携帯電話の端子ボックスが鎖錠されていたため信楽駅と連絡を取ることができなかった。その後一時間近くにわたって、五五〇四D列車は同信号場において待機することになったが、この間神山運転主任が小野谷信号場の信号てこを取り扱い、12LにG現示を出すなどした。そのため、右待機の間、甲野運転士は、12Lが突然G現示に変わり、その後R現示に戻るという現象を現認した。

(エ) 代用閉そく方式施行の決定がなされた当時、たまたま線路の調査をしようとして軽トラックを運転して雲井駅近くを走行していた被告SKRの保線担当の倉田富司施設整備主任(以下「倉田」という。)は、車載無線で岩佐運転主任から貴生川駅へ行くように指示を受け、倉田は区間開通確認を何もすることなく貴生川駅に向かった。

一四時ころ、小野谷信号場に神山運転主任が到着し、藤岡助役にその旨の電話連絡が入り、そのしばらく後に、被告SKRの渕本運転士が貴生川駅の事務所に入ってきて、指導者として来た旨を告げた。そのすぐ後に、倉田が同駅の事務所に入ってきて区間開通確認をした旨を述べたが、藤岡助役は、このような短時間で貴生川駅・小野谷信号場間の線路を確認できるはずがないことから、倉田が区間開通確認をしたなどと言っているのはでたらめであると分かったものの、他社の社員ということもあり注意できないでいたところ、その場にいた服部運転士が、倉田に対し「どこを見てきたんや、そんなもん区間開通確認になっていない、もう一回見てこい。」と叱責したため、倉田は事務所を出ていき、四か所ほどの地点を選んで降車の上、線路を確認した。この後、中村業務課長から貴生川駅に連絡が入り、服部運転士に早く五三九D列車を発車させるように指示がなされたが、服部運転士は安全確認ができていないと反論し、出発を拒否した。

一四時三〇分ころ、小野谷信号場にいた中村業務課長から藤岡助役に対し、区間開通確認をした者が小野谷信号場に到着したこと、線路に異常はない旨の連絡が入った。この連絡を受けて、藤岡助役は亀山CTCセンターの指令員と相談の上、下り五三九D列車を一時間遅れの五四一D列車として出発させることにし、中村業務課長に連絡した上、一四時四四分ころ指導者として渕本運転士を同乗させた上、同列車を出発させた。

(オ) 一四時五五分ころ、右変更後の五四一D列車が小野谷信号場に到着し、指導者腕章を着けた指導者の渕本運転士が、待避線にいた五五〇四D列車に乗り移ってきて、代用閉そく方式を施行する旨を告げた。ところが、同列車の出発に当たり、甲野運転士が指導員の渕本運転士を通じて中村業務課長に運転通告券を要求したところ、小野谷信号場では用意していないので貴生川駅で渡すという返事が返ってきた。また、同列車に添乗していた西出指導員も運転通告券を要求したが、交付を受けることはできなかった。さらに、同列車の出発に際しては、代用手信号は用いられず、中村業務課長の「行って下さい。」との言葉だけで出発が行われた。なお、この出発の際、本来は使用停止の措置がとられているべき12Lは進行信号を現示していた。

その後、五五〇四D列車は貴生川駅に到着したが、甲野運転士は到着報告を行わなかった。

(カ) 甲野運転士は、その後、五五〇四D列車の折り返しとなる下り五五〇七D列車を運転して信楽駅に到着し、さらに、その折り返しとなる信楽駅発定時一五時四三分の上り五五〇八D列車に乗務した。同列車の出発する際、信楽駅において、小野谷信号場・貴生川駅間の運転通告券が林運転士に交付された。

五五〇八D列車は小野谷信号場の場内信号機13LのYY現示に従い、同信号場の待避線に進入し、出発信号機12LがR現示であったので所定位置に停止した。このとき小野谷信号場には誰も見あたらなかったが、しばらくして行き違いが予定されている下り五四三D列車が小野谷信号場に到着し、同列車から下車した渕本運転士が五五〇八D列車の指導者として乗り移ってきて、甲野運転士に対し「指導通信式で頼む。」「時間が来たら出発して下さい。」と告げた。そこで、甲野運転士は、出発時間を確認の上、指導者の渕本運転士に対して出発する旨告げて発車した。このときは代用手信号がないばかりか何の出発合図もなかった。さらに、このときも本来は使用停止の措置がとられているべき12Lは、神山運転主任の操作により進行信号を現示しており、甲野運転士はこれを現認した。

その後、五五〇八D列車は貴生川駅に到着したが、甲野運転士は到着報告を行わなかった。

(キ) 甲野運転士、西出指導員及び藤島指導助役はいずれも信号トラブルの経緯及び被告SKRの対応について、帰社後特に報告をすることはなかったが、甲野運転士は仕業表に運転通告券二枚を添付して提出した。

以上のとおりであると認められる。

右(ウ)の認定に反し、原告ら及び被告SKRは、五五〇四D列車が信楽駅を出発する際、神山運転主任は甲野運転士に対して、小野谷信号場で待てという指示のみならず貴生川駅の信号故障の事実も伝えたと主張し、右主張に沿う証拠(〈省略〉)もある。しかしながら、右の説明を聞いたとされる甲野運転士、西出指導員、藤島指導助役はその供述中で一切その点に言及していないばかりでなく、神山運転主任自身、その証人尋問中においては、貴生川駅の信号故障を説明した点については明確に供述しておらず、この点に関する乙A五号証の記載はただちに信用することはできない。他に右事実を認定するに足りる的確な証拠もないので、原告ら及び被告SKRの右主張を認めることはできない。

さらに、被告SKRは、前記(カ)の認定に反し、五五〇八D列車が小野谷信号場を出発する際、神山運転主任が誤操作によって小野谷信号場上り出発信号機12Lに青信号を現示させ、同列車はその信号に従って一〇分程度早発したと主張し、右各主張に沿う証拠(〈省略〉)もある。しかしながら、証人神山は、「この一〇分早発したことの連絡を中村業務課長が貴生川駅にしたかどうか分からない。」と供述するところ、仮にダイヤよりも一〇分早発したということになれば、貴生川駅における運転扱いにおいて相当な混乱が予想されるので、中村業務課長と貴生川駅との間でそれなりに緊迫したやりとりがなされたはずであるのに、中村業務課長のすぐ傍にいたにもかかわらず、「気づかなかった。」、あるいは「覚えていない。」ということ自体不自然というほかはない。また、実際、五五〇八Dが定刻よりも貴生川駅に早く着いたということを認めるに足りる的確な証拠もなく(嶋岡駅長、藤岡助役はそのような事実に一切言及していない(〈証拠略〉)。)、右五五〇八D列車が一〇分早発したとの証人神山の供述及びそれと同旨の乙A五号証の内容は客観的事情と符合しないものであって、被告SKRの右主張は採用することができない。

(2) 代用閉そく方式の手続き違反と被告JR西日本関係者の認識

(ア) 指揮命令系統の混乱

四月一二日の信号トラブル時の信楽駅の当務駅長は岩佐運転主任であったから、前記(二)で認定のとおり、代用閉そく方式の指令や貴生川駅との打合せ等は本来岩佐運転主任が行うべきことであった。しかしながら四月八日の信号トラブルの時と同様に、指揮命令系統に混乱が見られた。具体的には、中村業務課長は、岩佐運転主任に代わって貴生川駅の藤岡助役からの連絡を受けて代用閉そく方式の施行を決定し、その後五五〇四D列車を小野谷信号場まで行かせることを決め、神山運転主任に命じて同列車を出発させ、五五〇四D列車の甲野運転士や西出指導員からの運転通告券の要求に対して貴生川で貰ってくれという指示を出し、小野谷信号場において、神山運転主任に指示して信号てこを取り扱わさせるなど、代用閉そく方式において指令権者(信楽駅当務駅長)がなすべきことを独自に行っていたものであるし、渕本運転士は、五五〇八D列車の出発に際し、甲野運転士に対して何の権限もないのに、代用手信号や出発合図のないまま出発を指示した。前記(四)の(2)の(ア)(四月八日の信号トラブル)で述べたとおり、異常時の運転取扱いの責任は駅長にあるとして、指揮命令系統を一本化しているのは、前述のとおり駅長以外の者が駅長のなすべき指令行為を独自に行ったり、これに容喙したりすることを許すと、指揮命令系統が混乱し、確実な閉そくの確保ができなくなるおそれがあるからなのであって、たとえ中村業務課長に実力、経験があり、職制上は岩佐運転主任の上司に当たるとしても、駅長に代わって指令行為をなすことは許されないし、渕本運転士が勝手に出発の指示をすることも許されないと解される。

この点について、まず、甲野運転士、西出指導員及び藤島指導助役は、五五〇四D列車の出発に際して、中村業務課長から運転通告券は貴生川駅で貰うようにという指示を受けたり、同課長による代用手信号のない出発合図を受け(この日、同課長は小野谷信号場の運転係(被告SKR運心一〇五条)としての職務を行っていたと解されるので、信楽駅当務駅長の指示を受けて運転通告券を発行したり、出発合図を出したりすることは権限内であるが、信楽駅当務駅長の指示を受けずに、運転通告券を貴生川で貰ってくれという指示をしたり、代用手信号を出さずに出発合図を出すということは小野谷信号場の運転係としての権限を越えるものである。)、また、甲野運転士については、五五〇八D列車の小野谷信号場出発に際して渕本運転士による出発の指示を受けていたものであり、右三名とも駅長役は誰かという点につき配慮をしたとは認めることができないが、この点について注意しておれば、被告SKRの代用閉そく方式施行時における指揮命令系統の混乱について容易に知ることができたものである。もっとも、被告JR西日本は、五五〇八D列車の小野谷信号場出発に際して、甲野運転士が渕本の出発指示を受けた点につき、渕本運転士は、当時小野谷信号場で当務駅長の任務を遂行していた中村業務課長の指示を伝達したものと甲野運転士は理解したと主張し、証人甲野も同様の事実を述べている。しかしながら、甲野の供述によれば、当時小野谷信号場には誰も見あたらなかったというのであるから、甲野運転士がそのように理解したというのはにわかに信用できず、右の被告JR西日本の主張を採用することはできない。

さらに、貴生川駅の藤岡助役は、亀山CTCセンターの森口指令員から代用閉そく方式の施行準備の指示を受けて信楽駅に電話した際、当務駅長の岩佐運転主任から中村業務課長に電話の相手が変わり、その後の打合せにおいても中村業務課長が応対していたことから、当務駅長でない者が現場を取り仕切っていることを認識していたものである。

(イ) 区間開通確認の懈怠

被告SKRの倉田は、たまたま線路の調査をしようとして雲井駅付近をトラックを運転して走行していたところ、岩佐運転主任より無線で貴生川駅へ行くように指示を受け、貴生川駅・小野谷信号場間の区間の安全について何の確認をすることもなく貴生川駅に向かい、到着後区間開通確認がなされた旨を藤岡助役に対して述べた。区間開通確認は、異常時において一閉そく区間に一列車の原則を貫徹させるために極めて重要な手続きであることは明らかである(〈証拠略〉)。したがって、区間開通確認がおろそかにされることはあってはならないことであるにもかかわらず、実際倉田は何の確認もしなかった。そして、貴生川駅の藤岡助役は、倉田が貴生川駅の事務室に来て区間開通確認ができた旨を告げたとき、それがでたらめであることが分かったというのであるから、結果的に服部運転士の指示によって倉田が再度確認に出ていったとしても、右の時点において、藤岡助役は被告SKRが区間開通確認をおろそかにしていることを容易に知り得たというべきである。被告JR西日本は、平成三年三月一四日の被告両社の会議において区間開通確認は被告SKRにおいて行うこととされていたから、被告SKRの者の行うことを信頼すればよいと主張するが、被告JR西日本もSKR線で自社所属の施設及び従業員が関係する事故の発生を防止すべき立場にあり、被告JR西日本の従業員には積極的に運行の安全に関わる情報を収集すべき義務があることは前述したとおりであり、区間開通確認の重要性に鑑みると、被告SKRの行ったことを盲目的に信頼すれば足りるということにはならないのは当然である。

もっとも、原告らは、倉田が再度区間開通確認のために出ていった後、三〇分後に中村業務課長から藤岡助役に対して区間開通確認ができたという連絡があった点についても、藤岡助役は三〇分で十分な区間開通確認などできるはずがないことは熟知していたのであるから、この点からも藤岡助役は、被告SKRの区間開通確認が杜撰になされていることを知り得たと主張する。しかしながら、区間開通確認は必ずしも全区間にわたり徒歩でなされなければならないものとは解されないことは前述したとおりであり、適宜の方法で行った場合に三〇分以上かかるかどうかは証拠上必ずしも明らかではなく、倉田が出て行ってから三〇分程度で区間開通確認ができたという連絡が入ったとしても、それをもって被告SKRの区間開通確認が杜撰であることを藤岡助役において認識すべきであったとまではいえないというべきである。

(ウ) その他の手続き違反及び信号の異常現示

運転通告券は、代用閉そく方式施行にあたり、通常とは異なる運転取扱いであるので、駅長から運転士への指示事項を明確化して正確性を担保し、運転士に対しては運行の指示が権限ある者によってなされていることをも明らかにするとともに、運転中に代用閉そく方式で運転していることを確実に意識付けて錯誤、失念を防止し、運転士が所属する運転区所に対しては指示の存在を証する趣旨で交付されるものと認められる(〈証拠略〉)。そうだとすれば、運転通告券の交付は、代用閉そく方式施行時において、運転士に対し、権限ある者の指示があったことを示すものとして重要な意味を有していることになる。ところが、五五〇四D列車の運行に際しては、運転通告券の交付がなく、そのことは同列車に乗務していた甲野運転士及び指導添乗していた西出指導員、藤島指導助役とも認識していた。被告JR西日本は、運転通告券の交付の欠如があっても、代用閉そく方式の履行そのものを危うくするわけではないと主張するが、右に述べた運転通告券交付の趣旨に照らせば、かかる見解は採用することができない。

また、代用手信号は、代用閉そく方式施行中において、運転士に対し、当該進路の閉そくが確保され、転てつ器の開通がなされているので発車すべきことを示すものであると認められる(〈証拠略〉)。そうだとすれば、代用手信号も閉そくが確保され、転てつ器が開通していることを運転士に対して示すものとして重要な意味を有していることになる。ところが、五五〇四D列車は、代用手信号なしで中村業務課長の出発合図により出発し、このことは同列車に乗務していた甲野運転士及び指導添乗していた西出指導員、藤島指導助役とも認識したものであるし、五五〇八D列車については、指導者である渕本運転士の指示により、代用手信号も出発合図もないままに出発したもので、このことは同列車に乗務していた甲野運転士が認識していた。なお、被告JR西日本は、五五〇四Dの出発時には代用閉そく方式施行中であるが、小野谷信号場の出発信号機はG現示であったので、進路を構成しているポイントが開通していると確認できたと主張するが、代用閉そくを施行しているということは、常用閉そく方式が使えないということであるから、信号機によって転てつ器の開通を確認できるはずがないのであって、被告JR西日本の主張は理由がない。

さらに、代用閉そく方式の施行時においては、信号機については使用停止措置がとられ、その上で修理等の作業が行われなければならないと解される(錯誤現示のおそれがある以上当然である。)にもかかわらず、神山運転主任が信号てこを操作したために、五五〇四D列車の小野谷信号場に停車中には、同信号場の12Lに一瞬G現示が出され、同列車の発車時にも12LにG現示が出されるという異常現示が発生し、五五〇四D列車に乗務していた甲野運転士及び指導添乗していた西出指導員、藤島指導助役はこの異常現示の一部または全部を現認した。もっとも、彼らは信号の専門家ではないので、なぜ異常現示が生じているかについてまで認識できたとは思われないが(〈証拠略〉)、少なくとも、信号機が普通ではあり得ない異常なG現示をするおそれのあることは認識し得たものである。

(六) 五月三日の信号トラブルと代用閉そく方式の手続き違反

(1) トラブル及びトラブルに対する対応の事実経過

前記判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると以下のとおりの事実が認められる。

(ア) 平成三年五月三日午前一〇時一一分ころ、信楽駅の当務駅長であった神山運転主任は、SKR上り五三四D列車(信楽駅発定時一〇時一四分、中島運転士)を出発させるべく、同駅制御盤の22番信号てこをL側に操作し、22Lを反位として、同駅出発信号機22Lに進行信号を現示させようとしたが、22L信号機に進行信号は現示しなかった。そこで、神山運転主任は、制御盤を確認したところ、同駅一番着番線34番転てつ器が車庫線に接続状態であることを発見し、34番転てつてこの操作によりこれを本線開通状態(定位)にしたが、なおも進行信号が出なかった。そこでさらに確認すると、小野谷信号場方向から信楽駅方向に列車が進行していることを示す「下り運転方向表示灯」が点灯しているのを発見した(以上につき別紙「信楽駅制御盤盤面図」参照)。しかし、このころ、ダイヤ上は同駅間に列車が走行しているはずがなく、同人は、同表示灯の点灯は異常点灯であり、この点灯により22Lに進行信号が現示できない信号故障と判断した。

(イ) このため、神山運転主任は、「信号が出ん」と当時切符販売をしていた里西孝三運転主任(以下「里西運転主任」という。)に言ったが、客が多くて里西運転主任も慌てていた様子で相手にしてもらえず、駅場内マイクで八木澤信号技師を呼んだが、同人を呼び出すことはできなかった。そこで、神山運転主任は、たまたま同駅ホーム上にいた中村業務課長に相談したところ、同課長は転てつ器の状態を神山運転主任に尋ね、定位であることを確認すると、五三四D列車を出すように指示するとともに、たまたま勤務あけで事務所に来た岡村孝常運転士(以下「岡村運転士」という。)に対して、五三四D列車の指導員として乗務するように指示をし、自らも同列車に乗り込んだ。そして、岡村運転士は、指導者腕章を取り出して四両編成の同列車の三両目か四両目あたりから飛び乗り、岡村運転士が飛び乗るのとほぼ同時に、22LがR現示のまま、同列車は定刻よりも約一〇分遅れで神山運転主任の手信号により発車した。

(ウ) 一方、貴生川駅を定刻の一〇時一六分に発車したJR下り五〇一D列車(原運転士)は、運転時刻表どおりであれば小野谷信号場を通過するところ、同信号場下り出発信号機13RがR現示であったため、一〇時二八分ころ所定位置に停止した。

五〇一D列車が小野谷信号場に到着後、三分くらいして五三四D列車が小野谷信号場に接近してきたが、同列車は、同信号場信楽側転てつ器32Pの手前で停止した。その直前、停止しかけたときに、岡村運転士は、最後部の車両から降車して五〇一D列車の先頭車両に乗り移るため、先頭車両の先頭右側から最後部の車両に向けて歩いて移動した。その後、五三四D列車は停車し、先頭車両から中村業務課長が降車し、同列車を小野谷信号場の待避線に入れるため、右転てつ器32Pを手回しにより開通させ、同列車を入線させた。その後、同課長は、下り五〇一D列車の下り方向への進路をとるために再度右転てつ器32Pを手回しにより下り方面に開通させる作業を行った。原運転士はこの中村業務課長の作業を見ていた。

(エ) 五三四D列車に指導者として乗り込んでいた岡村運転士は、五三四D列車が小野谷信号場の待避線に入線して、同信号場の上り出発信号機12Lの手前で停止した後、同列車の最後部から降車して五〇一D列車の先頭車両の最前部の進行方向右側すなわち助手席側から乗り込んだ。その際、原運転士は、運転席左側の窓を開けて下にいる中村業務課長と話をしていたが、その話が終わってから、岡村運転士は、原運転士に対して信楽駅の出発信号が赤のままで青が出ないこと、自分が指導者として乗ってきたことを説明した。

その後まもなくして、五〇一D列車は、中村業務課長の指示により、13RがR現示のまま同信号場を出発した。その際、原運転士は、中村業務課長が信楽駅に何の連絡もしている様子がなく、信楽駅・小野谷信号場間の列車の不存在の確認、運転通告券の交付等代用閉そく方式にとって必要な手続きがなされていないことから「SKRの代用閉そくのやり方はずいぶんずさんなやり方だ。」との認識を抱いた。

(オ) 右五〇一D列車は信楽駅に接近したが、神山運転主任は、本来であれば五〇一D列車を一番着発線に入線させるため22番の信号てこを操作しなければならないのに、誤って制御盤の23番の信号てこをR方向に操作してしまい、二番着発線への入線を示す23RがY現示となってしまった。原運転士は、時刻表によれば同駅の一番着発線へ入線するはずであるのに、二番着発線への入線を示す信号がY現示をしていたため、この異線現示を不審に思い、場内信号機の手前で列車を停止させた。

神山運転主任は、この異線現示に気づき、手旗を持って場内信号機23Rのところまで行って、原運転士に異線現示を詫びた上、二番着発線への進入を手旗で誘導し、五〇一D列車を二番着発線に入線させ、結局、五〇一D列車は定刻よりも約一四分遅れで信楽駅に到着した。なお、この五〇一D列車には神山運転主任の旧国鉄時代の顔見知りであった西田車掌と指導役の梅田車掌が乗り込んでいたが、被告SKRの手違いで列車の到着が遅れた上、入構する着発線も間違えたので、神山運転主任は彼らにそれを謝り、何とかマル(内緒にすること)にしてくれと頼み、同人らはそれを了承している。

(カ) その後、前記SKR上り五三四D列車が貴生川駅を折り返し、SKR下り五三三D列車として信楽駅まで走行し、さらに、右列車の折り返し列車であるSKR上り五三六D列車は、岡村運転士を指導者として同乗させて出発した。

右五三六D列車に対向するJR下り五〇三D列車(甲野運転士)は、貴生川駅を定刻の一一時一六分より二分二〇秒遅れで出発して、運転時刻表どおりであれば小野谷信号場を通過するところ、同信号場下り出発信号機13RがR現示であったため、所定位置に停止した。なお、同列車には被告JR西日本京都電車区柘植派出所の中尾助役が警戒添乗していた。

(キ) 五〇三D列車が停止してからしばらくして、中村業務課長が国道の方(線路の北側)から現れ、その後すぐ、五三六D列車が小野谷信号場に到着し、待避線に入線した。そして、五三六D列車から指導者腕章をした岡村運転士が降り、五〇一D列車に乗り込んできて、「指導通信式で運行しているから頼む。」と代用閉そく方式で運行していることを説明した。岡村運転士の乗車後、中村業務課長が出発合図を出し、山本施設課長が出発の手信号を出したために、甲野運転士は列車を出発させた。このとき、甲野運転士は、中村業務課長に対して運転通告券を要求しても無駄だと思ったので、これを要求せず、実際交付されなかった。岡村運転士は、五〇一D列車が信楽駅に向けて走行している最中に、「信楽駅の場内信号が出ないかもしれないから気をつけてくれ。信楽駅の出発信号は出なかった。」などと甲野運転士に述べた。

(ク) 原運転士、甲野運転士及び中尾助役はこのトラブルの経緯及び被告SKRの対応について被告JR西日本において報告はしていない。

(2) 事実認定の補足説明

(ア) 岡村運転士が五〇一D列車に乗車していたことについて

前記(エ)の認定に反し、被告JR西日本は、五〇一D列車に岡村運転士が指導者として乗り込んできた事実がない旨を主張し、それに沿う証拠(証人原の供述)もある。しかしながら、証人原の右供述は、以下に述べる理由により採用することができない。

まず、〈証拠略〉(証人原の平成四年一一月九日付検面調書)におけるこの点に関する供述部分は、検察官からの岡村運転士同乗の事実に関する質問に対して、「その点、記憶は曖昧で、私としては乗り込んでいないように思えるのです。」と述べるもので、自ら記憶が曖昧であることを認めている内容の供述である。このような調書の表現になった理由について、証人原は、「取り調べの際にははっきり否定したかもしれないし、岡村運転士をかばう気持ちで曖昧な表現をしたのかいずれかは分からない。」旨の供述をしている。まず、はっきり否定したというのであれば、右の供述部分は原の意に反して供述内容と異なる記載がなされたということになるが、当該調書部分は問答式で記載されている部分である上、原は異線現示の点や西出指導員に対する呼び方などの部分について訂正を申し立てているのであるから、原が右調書の読み聞けの際に、岡村運転士の同乗の事実について自己の供述と異なる記載になっていることに気づかなかったということは考えられず、結局、原がこの点をはっきり否定したにもかかわらず、このような調書内容になったとは考えられない。さらに、岡村運転士をかばう気持ちでこのような表現をしたという点についても、一方で証人原は、「警察から事情聴取されている段階で岡村運転士に対して抗議の電話をした。」と供述しながら、それより後になされた検察での取り調べにおいて岡村運転士をかばう気持ちで曖昧な供述をしたと述べるものであって、不自然であり、かかる供述内容は、とうてい信用することができない。結局、証人原の供述は、岡村運転士の同乗の事実について記憶が曖昧であるとの〈証拠略〉の供述内容から明確にこれを否定する供述へと変遷していることにつき、何ら合理的な説明がなされていないということに帰着し、右証人原の供述は、それ自体信用性に乏しいものといわざるを得ない。

一方、証人原は、岡村運転士が五〇一D列車に乗っていなかったことを裏付ける事情として、①五〇一D列車が信楽駅に到着した際、岡村運転士は、信楽駅で乗客の整理をしており、乗務を終えた原運転士と挨拶をしたこと、②警察での取り調べの際、岡村運転士が五〇一D列車に同乗した旨警察で供述していることを知って、同運転士の自宅に電話し、「乗ってへんやないか。おかしいやないか。」旨詰問したところ、同運転士は「ああそうやな、まあええやないか。」と原運転士の抗議を認める趣旨で答えたことを挙げている。しかしながら、まず、①の点については、証人原自身、岡村運転士を見た時点につき、「五〇一D列車が到着したとき、もう既に信楽駅にいたのを見たというわけではなく、五〇一D列車の乗客が降り始めてから後に、岡村運転士が一番着発線と二番着発線の間の通路に立っているのを見た。」ということを供述しており、右①の点は必ずしも岡村運転士が五〇一D列車に乗っていなかったことの根拠になるものではない。さらに、②の点については、真実そのようなやりとりがあったのであれば、その後に行われた検察庁での取り調べの際には、そのことを明らかにするか、そうでなくても岡村運転士の乗車の事実を強く否定するのが当然であると思われるのに、証人原自身、右のやりとりを検察庁で明らかにしたかどうかは記憶がない旨供述しているのみならず、「(岡村運転士が乗り込んできたかどうか)記憶が曖昧で、私としては乗り込んできていないように思える。」というような前記検面調書の記載内容にあえて異議を申し立てなかったことに照らし、証人原が供述するような岡村運転士とのやりとりが真実あったものとは認め難いから、右②の点も岡村運転士の同乗はなかったことの裏付けとはならない。

さらに、証人原の供述は、事前教育における運心についての教育及びその理解、小野谷信号場における行き違いの認識、小野谷信号場における梅田指導車掌の行動などの重要部分について検面調書(〈証拠略〉)の内容から大きく変遷しているものであり、こららの変遷理由について、何ら合理的な説明がないことからすれば、全体としてその信用性は低いものといわざるを得ない。被告JR西日本は、捜査機関の予断によって、実際の原の認識とは異なる内容の調書が作成された旨の主張をするが、右〈証拠略〉の記載からは何らそのような事情は窺われないばかりか、本件の全証拠によっても、検察官の取り調べにおいて任意性を否定するような事実があったとは認めることができないのであって、被告JR西日本のかかる主張を採用することはできない。

他方、証人岡村の証言については、〈証拠略〉(同人の検面調書)の供述内容から証言内容まで、指導者として同乗するに至った経緯、同乗時の状況につき、主要部分において一貫しているということができる。また、仮に岡村運転士が五三四Dに同乗しなかったとすると、午前一〇時一二分ころに信楽駅に到着した五三一D列車の乗務を終えたことにより、所定の勤務が終了したにもかかわらず(〈証拠略〉)、岡村運転士が指導者として同乗していたことに争いがない五三六D列車が出発する一一時一四分まで約一時間にわたり居残っていたことになるが、岡村運転士が何の理由もないのに残っているとは考えられず、また残るべき理由があったことを窺わせるに足りる的確な証拠もない。さらに、神山証言や谷勝美運転主任の検面調書(〈証拠略〉)によっても、五三四D列車が出て行ってから五〇一D列車が信楽駅に到着するまでの間に岡村運転士が信楽駅にいたことを窺わせる事情は見あたらないのであって、この点からしても、五三四D列車に岡村運転士が同乗して小野谷信号場に向かったとの岡村証言は、信用に値するというべきである。そして、五〇一D列車が信楽駅に到着後客が降りて改札口の方へ向かっていた時分には、岡村運転士が同駅にいたことは争いがなく、そうだとすると、岡村運転士は五三四D列車に同乗して信楽駅を出発し、五〇一D列車に乗って帰って来たと考えるのが自然であって、行き違うべき小野谷信号場で五〇一D列車の客扱いはない以上(当事者間に争いがない)、五〇一D列車に乗車していたとすれば指導者として同乗してきたと考えるほかはなく、したがって五〇一D列車に指導者として同乗したとする証人岡村の証言及び検面調書(〈証拠略〉)の供述は他の証拠とも符合し、信用することができるというべきである。

これに対し、被告JR西日本は、証人岡村の右証言の信用性がない理由を縷々指摘するけれども、いずれの点も右証言の信用性を左右するに足りない。

以上に述べたとおり、岡村運転士は、五〇一D列車に指導者として同乗していたと認めるのが相当であり、右認定に反する被告JR西日本の主張を採用することはできない。

(イ) 原運転士の22L赤固定の認識について

被告JR西日本は、右(1)の認定に反し、原運転士が信楽駅出発信号機22Lの赤固定の事実を認識し、あるいは認識し得た事実はなく、せいぜい転てつ器・32P及び小野谷信号場下り出発信号機13Rの故障という認識しかなかったと主張し、原運転士も、その証人尋問において同様の供述をする。しかしながら、右の(ア)の点において述べたとおり、原運転士の運転する五〇一D列車には、岡村運転士が指導者として同乗していたのであり、その際に、岡村運転士は、22Lの赤固定の事実を原運転士に対して告げており(証人岡村)、これと異なる証人原の供述は信用することができない。なお、甲野運転士の運転する五〇三D列車に同乗した際には、岡村運転士は、22LのG現示が出ないことを甲野運転士に告げている(証人甲野)のであって、五〇一D列車にも同乗していた以上、同じ事実を告げていたとみるのが自然である。

また、原運転士において、岡村運転士が22L赤固定の事実を告げたのを聞いていなかったとしても、原運転士は、中村業務課長が五三四D列車に同乗して小野谷信号場にやって来て、転てつ器を手回しで操作して同列車を待避線に進入させ、その後に五〇一D列車のために再度転てつ器を手回しで操作して開通させているという一連の状況を目撃し、かつ、その後に出発信号が赤固定している信楽駅に行き、駅員と話をし、五三六D列車が22L赤現示のまま同駅を出発した際には、その横に停車中の列車内にいたのであり(以上原証言)、これだけの事実を体験すれば、いくら信号の専門家ではない原運転士においても22L赤固定の事実を容易に認識可能であったというべきである。被告JR西日本は、列車を安全・定刻に操縦することを唯一の職責とする運転士は、信号故障の原因やどの信号機が故障しているかなどについて確認する必要はないし、自身の体験した信号故障を被告SKR社員がどのような方法によって認識し得たのかということは関心を抱かないのが普通であるなどと主張するが「列車を安全」に操縦することを職責とする運転士であればこそ、自身が走行している路線の安全性については関心を抱くのが普通であると思われ、いきなり、転てつ器や信号機が正常に作動していない状況を目の当たりにした運転士が、また同じ区間を走行しなければならないのに、一体何が起こったのか関心を抱かないとは考え難い。以上により、22L赤固定の認識あるいは認識可能性に関する右の被告JR西日本の主張を採用することはできない。

(ウ) 原運転士の「ずさん」という認識について

被告JR西日本は、前記(1)の(エ)の認定に反し、原運転士がずさんな代用閉そくのやり方と思った事実はないと主張し、証人原も同様の供述をする。しかしながら、本件の全証拠を総合しても、原運転士の検面調書(〈証拠略〉)作成段階の取り調べにおいて任意性に疑いを抱かせるような事情があったことが認めることができないことは(ア)において述べたとおりであるし、(1)において認定した原運転士の直面した状況からすれば、原運転士が当時そのような感情を抱くのは極めて自然なことであり、その意味で、右検面調書の供述は、内容においても自然なものというべきであって、右調書の記載が検察官の創作であるとかでっちあげであるとはとうてい言うことができない。被告JR西日本は、同運転士が「ずさん」なる言葉を普段用いることはなく、読み聞けの時には気づかなかったにすぎないと主張するが、証拠(〈省略〉)によれば、二回にわたり、異なる検察官から取り調べを受けて、「ずさん」という言葉が入った調書に読み聞けの上署名押印していること、しかも〈証拠略〉の場合には問答式の答え部分に「ずさん」という言葉が出てきていることが認められるのであって、右被告JR西日本の主張は採用することができない。さらに、被告JR西日本は、〈証拠略〉の調書の記載中には「時刻表によれば次の上り列車が信楽駅を発車するまで四〇分近くもあったことから、同信号所(小野谷信号場)と信楽駅との開通は確保されていると考えた」旨の記載があるところ、原運転士が当時〈証拠略〉(事前教育の際に運転士に渡されたSKR線の全列車のダイヤ表)を取り出して調べたわけでもなく、次の列車の発時刻など分かるはずがないから、右記載は事実に反する検察官の創作であって、同調書の記載は信用性がないと主張する。しかし、調書の右記載は、必ずしも現場で原運転士が時刻表を見たという内容ではないと思われ、事前教育の際原運転士が受け取っていた時刻表によって列車の時刻を知っていたことは十分にあり得るし、その日、原運転士は、五〇一D列車に乗って信楽駅に行き、同駅で待機した上で一一時四三分信楽駅発の五〇四D列車に乗って帰ることになっていたのだから、自己の待機中に信楽駅を出発していく列車が何かという知識をトラブルの当時に有していたとしても、何ら不思議ではなく、〈証拠略〉の調書中の右記載をもって直ちに事実に反するものということはできず、被告JR西日本の右主張は理由がない。

(エ) 甲野運転士が運転通告券を要求していないことについて

被告JR西日本は、(1)の(キ)の認定に反して、甲野運転士は小野谷信号場で中村業務課長に対して運転通告券を要求したと主張し、証人甲野も、その証人尋問において同様の供述をする(証人甲野)。しかしながら、〈証拠略〉(甲野運転士の検面調書)によれば、甲野運転士は検察官に対して「なお、この時は中村業務課長に頼んでも無駄であると思っていたので、運転通告券を要求しておりません。」との供述をしたことが認められるところ、このトラブル以前に運転通告券を要求したのにもらえなかったという経験を有する甲野運転士の当時置かれた状況からすれば、このような心理経過は極めて自然であるということができるし、調書中の他の供述も具体的で信用できることも併せ考慮すれば、運転通告券を要求していない旨の供述が、被告JR西日本がいうように記憶違いに基づく供述であるとはとうてい認め難い。これに対し、証人甲野の証人尋問における供述は、一方では単に「要求したがもらえなかった。」との供述であったものが、その後に聞かれると「信楽駅で貰え。」と言われたとの供述をするものであって、供述内容が一貫せず、信用することができない。したがって、被告JR西日本の右主張を採用することはできない。

(3) 代用閉そく方式の手続き違反と被告JR西日本関係者の認識

(ア) 指揮命令系統の混乱

前記(二)で認定のとおり、本来SKR線において代用閉そく方式を施行する場合には、信楽駅の当務駅長である神山運転主任が貴生川駅との打合せを行ったり、代用閉そくのさまざまな指示をしなければならないのであるが、この五月三日の信号トラブル時においては、中村業務課長が、神山運転主任を差し置いて勝手に代用閉そく方式の施行を決め、神山運転主任から指示を受けたわけでもないのに小野谷信号場に赴き、信楽駅に連絡をすることもなく独断で転てつ器の切り替え作業を行い、運転通告券のないまま列車を出発させているなど、指揮命令系統の混乱が見られた(前記(五)の(2)の(ア)で述べたとおり、中村業務課長は、小野谷信号場の駅長役であったとしても信楽駅の指示を仰いで運転取扱いをする必要がある。)。そして、原運転士においては、中村業務課長が信楽駅に連絡をすることもなく転てつ器の切り替え作業を行い、運転通告券のないまま五〇一D列車を出発させていることを目撃しているし、甲野運転士及び中尾助役は、運転通告券のないままの出発指示を受けているのであって、右三名において被告SKRにおける代用閉そく方式施行時の指揮命令系統の混乱の事実は容易に知ることができた。

(イ) 区間開通確認の懈怠

また、前述のとおり、区間開通確認は、異常時において一閉そく区間に一列車の原則を貫徹させるために極めて重要な手続きであり、絶対におろそかにされてはいけない手続きであるにもかかわらず、被告SKRにおいては、五三四D列車を発車させるについて、小野谷信号場への要員派遣、区間開通確認をまったく行っていなかった。原運転士は、中村業務課長が行き違いとなる五三四D列車に乗って五〇一D列車に三分ほど遅れて小野谷信号場に到着してきたことを認識していたところ、前述のとおり、信楽駅出発信号機22L赤固定の事実について認識することができたのであるから、五三四D列車が信楽駅を22L赤固定のまま出発してきたこと、五三四Dの到着時間からみて駅長役の派遣や区間開通確認の作業がまったくなされていないことを容易に認識できたものである。

(ウ) 運転通告券の不交付

前記(五)の(2)の(ウ)で述べたとおり、運転通告券の交付は、運転士に対して権限ある者の指示があったことを示すものとして重要な意味を有しているものであるにもかかわらず、五月三日の信号トラブル時においては、原運転士にも甲野運転士にも運転通告券は交付されなかった(甲野運転士は運転通告券の要求すらしなかった。)のであるが、右両名及び五〇三D列車に指導添乗していた中尾助役はいずれも運転通告券が交付されなかった事実を認識していた。

(七) 報告体制確立に関する注意義務違反

(1) 予見可能性

以上認定してきたとおり、四月八日の信号トラブル時においては、貴生川駅の中原助役において、代用閉そく施行時における被告SKRの指揮命令系統の混乱、まともな区間開通確認が行われていない事実を認識可能であり、四月一二日の信号トラブル時においては、甲野運転士、西出指導員及び藤島指導助役において、代用閉そく方式施行時における被告SKRの指揮命令系統の混乱の事実、代用手信号欠如の事実、運転通告券不交付の事実、本来は使用停止措置がとられているべき小野谷信号場の信号にG現示が一瞬出て消滅するという異常現示の事実、貴生川駅の藤岡助役において、被告SKRが区間開通確認をおろそかにしている事実をそれぞれ認識可能であり、五月三日の信号トラブル時においては、原運転士においては信楽駅出発信号機22L赤固定の事実、被告SKRが区間開通確認をまったくしていない事実、運転通告券不交付の事実を認識あるいは認識することが可能であり、原運転士、甲野運転士及び中尾助役において、代用閉そく施行時の被告SKRの指揮命令系統が混乱していた事実を認識することが可能であった。

以上の乗務員及び駅員によって認識可能な事実が確実に認識され、被告JR西日本社内で報告され、集約されていたならば、被告JR西日本の関係者において、遅くとも五月三日の信号トラブルの後には、信楽駅出発信号機22LがR現示であるにもかかわらず、SKR列車が代用閉そく方式の手続きを踏まないまま信楽駅を出発してくることの予見は十分可能であったというべきである。

被告JR西日本は、被告JR西日本の運転士等が認識した被告SKRの代用閉そく方式の違反は形式的な手続違反であって、代用閉そく方式の一部不履行と閉そくを確保しない運転の間には深い断絶があるから、被告SKRにおいて赤信号にもかかわらず列車を冒進させることの予見可能性を基礎づけるものではないと主張する。しかしながら、そもそも代用閉そく方式による運行は、形式的な手続きの積み重ねによって実質的な安全を確保しているものであるから、形式的な手続きの不履行の事実でもそれがいくつも重なれば実質的な安全確保を困難にさせるものであるというべきであって、代用閉そく方式の一部不履行と閉そくを確保しない運転の間に、被告JR西日本が主張するごとき深い断絶はない。例えば、四月一二日の信号トラブルの際、被告JR西日本所属の乗務員及び駅員において認識可能な事実のみを取り出してみても、指揮命令系統の混乱がみられ、区間開通確認は疎かにされ、代用手信号は出されず、停止措置がとられているはずの信号機にG現示が出たりしているというのであって、これらの事情のみをもってしても、SKR線において一閉そく区間に一列車の大原則が確実に守られていない(すなわち衝突事故発生の実質的な危険がある状態にある)ことは容易に推測可能である。実際この日に衝突事故が起こらなかったのは、たまたま貴生川駅に被告SKRの服部運転士がいて、倉田に対して、もう一回区間開通確認をするように指示し、下り列車を出発させなかったことや、小野谷信号場の上り出発12Lの誤操作によるG現示が一瞬であったため、五五〇四Dの甲野運転士が12LのG現示を現認しても進行しなかったという幸運な事情があったからにすぎない(現に甲野運転士は、一〇分ほど待ってもG現示にならないので、信楽駅に携帯電話で問い合わせようとしており、ある程度の時間G現示が出ていれば進行しただろうと思われる。)。したがって、四月一二日に被告JR西日本の関係者が認識し得た事情のみを集約しただけであっても、被告SKRが閉そくを確保しないままに車両を出発させるおそれのあることは、被告JR西日本において十分に予見可能であるというべきである。本件においては、さらに四月八日及び五月三日の信号トラブル時において、22Lに赤固定が生じる事実、区間開通確認すらまったくなされていない事実までを被告JR西日本の乗務員において認識することができたのであるから、ますます被告SKRが信号トラブル発生時において代用閉そく方式で定められた手続を踏まずに列車を発車させることの予見は十分に可能であったというべきである。

そうして、かかる事故の発生が被告JR西日本内部で予見できていれば、被告JR西日本としては、被告SKRに善処方を申し入れ、場合によっては直通乗入れを中止する等の措置によって事故を回避することが可能であった。

それにもかかわらず、本件においては、直通乗入れに実際に携わる乗務員や駅員等が、認識すべきことがらを確実に認識しておらず、また、認識した運行の安全性に関わる事情を点呼や運転事故報告手続により被告JR西日本内部において報告するという作業がまったく行われていないという状況にあったのであり、被告JR西日本においては、情報収集及び報告体制が確立されていなかったといわざるを得ない。

この点について、証人畠中は、点呼は運行状況なり、車両状況なり、本人の勤務状況を把握するのが主たる目的であって、危険な兆候まで把握するという趣旨は含まれていないと供述するが、〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、旧国鉄においても、点呼には、労務管理的意義や情報伝達的意義と並んで事故防止的意義があるとされていたことが認められるほか、証人畠中も点呼の中で乗務員が危険だと感じた内容を報告することがあることは認めているのであって、前述したとおり、直通乗入れに際して、被告JR西日本は、SKR線の運行の安全に関わる情報を積極的に収集すべき立場にあったのだから、点呼によって実現される事故防止に役立つ情報の収集という効果に着目して、点呼を積極的に運行の安全性に関わる情報収集の場として活用することが必要とされていたというべきである。

さらに、被告JR西日本は、同社における運転事故報告手続(〈証拠略〉)一四条(他の会社の鉄道で発生した鉄道運転事故及び運転阻害事故の報告等)の規定によれば、他社線における鉄道運転事故及び運転阻害事故については、自社の社員に起因するもののみが報告の対象とされているのであって、それ以外のものは報告の対象とされていないのであるから、乗入運転士は、被告JR西日本に対して、SKR線で経験した事前トラブルの事実について報告する必要はないと主張し、畠中証人も同様の供述をするが、右に述べたとおり、被告JR西日本に帰ってから報告させるような体制を構築していなかったこと自体が問題なのであるから、被告JR西日本が、右規定につき、SKR線の運行の安全に関わる情報であっても自分に起因する事故以外は報告しなくてもよいというような解釈をして、そのとおりの運用を行っていたということは(ちなみに、証人甲野は「運転事故報告手続」自体見たかどうか覚えていないと供述している。)、報告体制に不備があったことをまさに自認しているものというほかはない。

(2) 過失

以上を前提に、誰にいかなる過失が認められるかを判断する。証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、駅務関係及び運転事故の報告については安全対策室の分掌事項であり、列車乗務員の指導教育及び運用については運輸部運用課の分掌事項であることが認められる。そうだとすれば、同セクションを統括する立場にある安全対策室長及び運輸部運用課長は、乗務員及び駅員が運行の安全に関わる情報を確実に認識できるように、SKR線乗入れに当たって必要な知識を教育し、彼らが認識し得た事情については運転事故報告や点呼によってきちんと報告させ、部内において集約し、関係部課相互に連絡協議をして、情報を共有化できるような体制を構築すべきであったものであり、そうしていたならば、同人らにおいて、SKR線で信号トラブルが発生した際に、被告SKRが、代用閉そく方式で定められた手続を踏まずに列車を進行させるおそれのあることは、遅くとも五月三日の信号トラブルの後には十分認識することができたものというべきである。また、前記認定のとおり、電気部信号通信課及び運輸部管理課において、信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じるという信号トラブルが発生することは予見可能であり、運輸部運用課において小野谷信号場の待避線に行き違い列車がいなくても、同信号場出発信号機13RがG現示であれば直通乗入列車は同信号場を通過して進行することを認識できたのであるから、結局、安全対策室長及び運輸部運用課長は、自己の統括する部課の報告体制を確立するとともに、関係する部課に対し、情報交換を十分に行うように働きかけていれば、①信楽駅出発信号機22Lに赤固定が生じること、②それにもかかわらず、本件五三四D列車が代用閉そく方式で定められた手続を踏まないまま信楽駅を出発してくること、③本件五〇一D列車が小野谷信号場を通過することを予見できたものというべきである。それにもかかわらず、右の者らは右の義務を怠り、本件事故の発生を防止しなかったものである。

(八) 小括

以上のとおりであるから、被告JR西日本の安全対策室長及び運輸部運用課長には、報告体制確立に関する注意義務に違反した過失があり、それによって本件事故が惹き起こされたというべきである。

4  甲野運転士の本件事故当日における注意義務違反

(一) 甲野運転士の注意義務の根拠

(1) 「運転整理」について

(ア) 原告らは、甲野運転士が、本件事故当日に、小野谷信号場に行き違うべき列車が到着していないにもかかわらず、同信号場の下り出発信号機13Rを越えて進行したことにつき、①それが鉄道運転規則上の運転整理である「行き違い変更」に当たり、同規則六三条により、列車の運転に当たっては、その都度運輸長又は運転整理担当者の指令によってこれを行わなければならないこと、②この運転整理の「指令」の主体・方法・手順については各鉄道会社において、その実情に応じた規定がなされているが、被告SKRにおいては、その運心上、信楽駅長から運転士への口頭による指令もしくは臨時の重要事項については運転通告券という文書を使用しての指令方法が定められていることから、事故当日、甲野運転士は、小野谷信号場に行き違うべき列車がなかったのであるから、進行せずに信楽駅長の指令を仰ぐべきであったと主張する。そこで、まず、甲野運転士が13Rを越えて進行したことが「運転整理」に当たるのかどうかにつき判断する。

(イ) 「運転整理」についての規定

① 鉄道運転規則(〈証拠略〉)。

(列車の運転時刻)

六二条 列車の運転は、停車場における出発、通過又は到着の時刻を定めて行わなければならない。

2 列車の運行が乱れたときは、列車の性質等を考慮して運転整理を行い、所定の運行に復するように努めなければならない。

(運転整理)

六三条 列車の運転順序変更、行き違い変更、運転の取消し等の運転整理を必要とするときは、その都度運輸長又は運転整理担当者(運輸長があらかじめ指定する者に限る。以下同じ。)の指令によってこれを行わなければならない。

② 被告SKR運心(〈証拠略〉)

(運転指令者)

四〇条 列車の運転整理は駅長がこれを行う。

(運転整理事項)

四一条 次に掲げる運転整理は駅長がこれを行わなければならない。

(1) 不定期列車の運転

(2) 臨時列車の運転

(3) 列車の取消

(4) 列車の特発

(5) 列車運転時刻の変更

(6) 車両運用の変更

(7) 列車編成の変更

(8) 列車運転順序の変更

(9) 列車種別の変更

(10) 列車の臨時停止

(11) その他列車運転に支障をおよぼすと認められる事項

(運転指令と記録)

四二条 指令するときは、指令伝達簿にその要旨を双方とも記入しなければならない。 指令事項は受令者において復唱しなければならない。

③ 被告JR西日本運心(〈証拠略〉)

(運転整理の施行)

二七条 列車の運転整理は、輸送指令員が行うものとする。ただし、次の場合は、駅長が運転整理を行うことができる。

(1) 停車場内の運転線路の変更をするとき。

(2) 輸送指令員から指令を受けることができないために、関係停車場の駅長と打合せて、列車順序変更及び行き違い変更をするとき。

2 駅長は運転整理を行ったときは、その後すみやかに、その旨を輸送指令員に報告するものとする。

別表第一(28)

「運転整理」とは、列車が遅延したとき又は遅延するおそれがあるとき、列車を正常に運転させるための手配であって、列車の順序変更、行違い変更、待避箇所の変更、運転線路の変更、時刻変更、回復運転の指示等をいう。

(ウ) 以上の規定を前提にして、甲野運転士が、本件事故当日、行き違うべき列車が到着していないにもかかわらず、小野谷信号場を通過した行為が被告SKR四一条にある「運転整理」に当たり、指令を受けなければならないものであったかどうかを検討することになるが、検討すべき点としては、第一に被告SKR運心四一条の駅長が行うべき「運転整理」事項の中に行き違いをする場所を小野谷信号場から信楽駅に変更する行為も含まれるのかどうか、第二に、第一の点が肯定できるとして、本件事故当日甲野運転士が小野谷信号場を通過した行為は「運転整理」を行ったことになるのかどうかという点であり、この両者が肯定されれば、「運転整理」の規定を根拠にして、本件事故当日、甲野運転士は、小野谷信号場で停止して指示を仰ぐべきであったという注意義務が導き出されることになる。

(エ) まず、第一の点から検討する。被告SKR運心四一条には「運転整理」事項として「行き違い変更」が挙げられているわけではないので、(11)にある「その他列車運転に支障をおよぼすと認められる事項」に行き違いをする場所を小野谷信号場から信楽駅に変更する行為も含まれるのかどうかが問題となる。「運転整理」の一般的な定義については、(イ)で認定したとおり、被告JR西日本において、列車が遅延したとき又は遅延するおそれがあるとき、列車を正常に運転させるための手配とされているほかは、鉄道運転規則にも被告SKR運心にも規定はない。そこで、被告SKRの運心における「運転整理」にいかなる範囲のものが含まれているかは、被告SKRの運心の規定及び鉄道運転規則の規定の仕方から探るよりほかはないが、被告SKR運心の上位規範である鉄道運転規則が、「運転整理」の例示の一つとして「行き違い変更」を挙げており、被告SKR運心四一条が特にこれを除外した趣旨とは解されない上、行き違い場所を小野谷信号場から信楽駅に変更するということになると、他の列車の運行に重大な影響を及ぼすことになり、これを駅長の指令なくして他の者が勝手になし得るとすることは相当でないので、列車の行き違い場所を小野谷信号場から信楽駅に変更することは、被告SKR運心四一条(11)の「その他列車運転に支障をおよぼすと認められる事項」に該当すると解され、したがって、行き違いをする場所を小野谷信号場から信楽駅に変更する行為も、被告SKR運心において駅長が行わなければならないとされている「運転整理」に該当すると解される。

(オ) 右のように、列車の行き違い場所を小野谷信号場から信楽駅に変更することは、被告SKRにいう「運転整理」に該当するにしても、甲野運転士が、本件事故当日、ダイヤ上は行き違いが予定されている上り列車が小野谷信号場に到着していないのに13Rを越えて進行したことが、行き違い場所を小野谷信号場から信楽駅に変更したことになるのかどうかはさらに検討されなければならない。たしかに、単線である以上、甲野運転士の運転する本件五〇一D列車が、先に小野谷信号場・信楽駅間の閉そく区間に進入してしまうと、対向列車は出発できなくなり、結果的に行き違い場所は小野谷信号場から信楽駅に変わることになるのであるが、それはARCによる運転方向設定が行われたため、13RにG現示が出て、甲野運転士がそれに従って進行したことによりたまたまそうなったというだけであって、「運転整理」として予定されている「行き違いの場所を変更した」ということにはならないと解される。つまり、被告SKR運心四一条に列挙されている事項は、すべて予定されている運行態様を意図的に変更する場合のことであると解されるところ(そう解さないと、例えば結果的に三〇秒程度到着が遅れたという場合にいちいち「列車運転時刻の変更」として駅長の指令を要するというのはいかにも不合理である。)、ARCの作用によって機械的に進路の設定がなされ、それに従って進行した場合には、結果的に行き違いの場所が変わることになっても、意図的に変更したものではないから、「運行整理」としての「行き違いの場所を変更した」ことにはならないと解するのが相当である。

この点について、原告らは、鉄道運転規則六三条はARCで制御された行き違い場所の変更を運転整理から除外していないと主張するが、ARCは、列車の走行によって自動的に進路を設定しようというシステムであるから、同規則の解釈として、ARCの設置された区間においては、運転整理を行うべき駅長が有している行き違い場所変更の権限の行使を、ARCの作用によって自動的に行われる限りにおいてARCに委ねたものとみるべきである。なぜなら、そのように解しないとせっかくARCによって自動的に運転方向が設定されている場合に、それに従って進行してはならないということになり、特殊自動閉そく区間においてARCを設置して運転方向の設定を自動的に行おうとした意味がほとんどなくなってしまい、鉄道運転規則の右規定がそのようなことを予定しているとは解されないからである。

原告らはさらに、このように自動的な進路設定に委ねていれば、出発が遅れた列車の遅れは一層拡大するおそれがあり、駅長の判断を仰ぐ必要があるから、被告SKR運心においてはこのように自動的に進路設定が行われる場合でも駅長の指示を仰ぐことになっていると主張するが、被告SKR運心(〈証拠略〉)を子細に検討しても、かかる趣旨の規定は見いだせないばかりでなく、かえって、前記のとおり被告SKR運心四一条の列挙事項は意図的に変更する場合のみが規定されていると解されるのであって、右の原告らの主張を採用することはできない

(カ) 以上により、鉄道運転規則ないし被告SKR運心の「運転整理」の規定を根拠として、本件事故当日、甲野運転士は、小野谷信号場において停止し、信楽駅に連絡すべきであったということはできないものと解される。

(2) 甲野運転士の負うべき注意義務

右のとおり、「運転整理」の規定は、本件事故当日の甲野運転士の過失の根拠にはなり得ないと解されるが、およそ運転士は、単に列車の運転に関する特別の規定に従っておれば足りるというものではなく、いやしくも列車の運転に関して危険の発生を防止するために可能な限りの一切の注意義務を尽くさなければならない職務上の義務があると解されるところ、小野谷信号場から信楽駅の区間には行き違いをすることができる箇所はなく、信楽駅から上り列車が出てきている場合に、自己の運転する下り列車が13Rを越えて単線軌道上を進めば正面衝突に至る蓋然性は極めて高いのであるから、信楽駅から列車が出てきていることが予測できる場合には、安全に乗客を輸送すべき運転士の職務上の当然の義務として、出発信号がG現示であっても小野谷信号場で列車を一旦停止させて、信楽駅に連絡をすべき義務が生じると解される。なお、原告らは、甲野運転士が何らかの危惧感を抱いたならば予見可能性を肯定できるかのような主張をするが、そのように予見可能性を抽象化することが相当でないことは既に述べたとおりである。

被告JR西日本は、鉄道信号における進行現示は、交通信号とは異なり、その内方に進路が開通しており、かつ、その信号が保障する閉そく区間に列車が存在しないことを示しているのであり、運転士は、出発時刻が到来し、旅客又は貨物の乗降ないし積み卸しが完了し、運転士の視認し得る範囲内の線路に支障がなく、かつ、信号が進行現示の時は、列車を進行させるべき職務上の義務を負うから、甲野運転士は、信号がG現示である以上、信楽駅から列車が出発して来ることなど予見すべき立場にはなかったと主張し、証人畠中及び元運輸省鉄道局保安車両課補佐官の関口満一も同様の見解を述べる(〈証拠略〉)。しかしながら、一般論としてそのようにいえるのは、一般に鉄道信号はその保障する区間内の閉そくが確保されていない限りは進行現示にならず、フェイルセイフの構造により何か異常があれば必ず停止現示になるというシステムであるため、通常の場合は、運転士はダイヤと信号現示に従っているのが一番安全であるからであって、いかなる場合も信号現示だけを信じればよいということにはならない。要するに、安全な運転を使命とする運転士とすれば、運転の際には合理的に判断して最も安全と思われる方策をとりつつ操縦する必要があり(被告JR西日本運心四条参照)、信号システムが正常に作動している限りは、信号現示に従うのが最も安全な方策であるから、信号現示に従えばよいのであるが、運転士のそれまでの経験や四囲の状況から合理的に判断して信号現示に従うのが最も安全というわけではないと判断されるときには、たとえ信号機が進行現示を示していても、それに従うべきではないということになる。

さらに、被告JR西日本は、運転士に前記のような義務を課すことは、運転士に過度の負担を強いることになるとも主張する。しかしながら、信号保安システムといっても神ならぬ人の手で作られた機械にすぎない以上、短絡不良や電圧異常等により誤作動する危険や、何らかの事情で誤出発検知装置が正常に作動しない危険がないわけではなく、また、運転中に指令員の認知できない異常事態に遭遇することもあり得るのであって、機械ではなく状況を合理的に判断する能力を持った列車運転の専門家としての運転士が運転しているのであるから、運転士としての合理的な判断基準に照らして、信号現示に従うことが一番安全というわけではないと判断される場合には、たとえ進行信号が現示されており、時刻表に定めた時刻になっていたとしても、列車を停止させて、指令員の指示を仰ぐべきであることは、列車による旅客輸送というものが、ひとたび事故が起これば直ちに多くの人命を危殆に陥れる危険性を孕んだものである以上、あまりにも当然であり、動力車操縦者運転免許に関する運輸省令に基づいて運転免許を与えられ、列車運転のプロフェッションとして日常ハンドルを握っている運転士に右の程度の注意義務を課したところで何ら過重な負担を課すことにはならないというべきである。この点については、前記関口満一の供述(〈証拠略〉)においても、鉄道運転規則の解釈について、運転士が特別の安全性に関わる情報を持っていた場合には、自分の前方の見える範囲に支障がなくても安全確保の措置を講じるべきことになることを供述しているところであって、前記の程度の義務を列車運転士に課しても、鉄道運転規則一七五条、六二条に抵触することにはならないと解されるし、被告SKR運心一六八条において「列車又は車両は進行信号の現示があるときは、その現示箇所をこえて運行するものとする」と定めているのも、運転士に前記のような注意義務があることを当然の前提にしているものと解される。

もっとも、被告JR西日本は、進行信号の場合に、駅長ないし運転指令による停止の指令がないのに停止することができるとしたのでは輸送が大混乱してむしろ危険でさえあり、運転士は、指示なくして独自の判断で停止することは許されないと主張しているが、問題にしているのは、運転士がその認識した状況、知識及び経験から合理的に判断して進行現示に従うことが一番安全とはいえないと判断される場合(乗客の乗降が未了であったり、視認できる範囲の線路に支障がある場合はもちろんであるが、異常気象の場合や係員による危険な運転取扱いがなされている場合など、それだけに限られるものではない。)の話であり、停止して指示を仰ぐことで列車運行に多少の遅れが生じたとしても、事故が発生するよりははるかにましなのであって、このような場合にまで運転士は列車を停止させてはならないというのは、運転士がわずかな注意を払いさえすれば防止できる事故の発生をくいとめる最後の機会を奪ってしまう発想であり、健全な社会常識に照らし、にわかに左袒することができない。なお、〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、旧国鉄時代やJRになってからもしばらくの間は、出発信号機に進行信号が出て出発時刻になっていても本来の行き違い場所に行き違うべき列車が来ていなければ、個々の運転士は出発しないという扱いもなされていたことが認められるのであって、右の被告JR西日本の主張するような考え方が鉄道輸送実務における常識であるとまでいえないことは明らかである。

以上により、甲野運転士には、安全な運転を使命とする運転士の職務上当然の義務として、信楽駅から対向列車が出発していることを予見可能な場合には、出発信号がG現示であっても小野谷信号場で列車を一旦停止させて信楽駅に連絡をすべき義務があるということになるが、対向列車の出発が予見可能であったならば、回避措置は容易に講じることができるわけであるから、右の注意義務を根拠とする甲野運転士の過失が認められるかどうかは、結局甲野運転士において、本件事故当日、小野谷信号場下り出発信号機13RがG現示であるにもかかわらず、信楽駅から対向列車は出発してくることを予見可能であったかどうかの一点にかかっているということになる。

(二) 過失評価の前提となる事実

(1) 事前教育等

前記判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、甲野運転士は、本件直通乗入れに際して平成三年四月一一日に行われた机上教育及び試運転を含む三二回の運転経験によって、SKR線においては小野谷信号場が唯一の行き違い場所であること、小野谷信号場ではダイヤ上必ず行き違うことになっていること、何か異常があった時は信楽駅に連絡して指示を受けること、SKR線ではJR列車に搭載されている車載無線は使用できないため、貴生川駅出発後は運転士の判断により携帯電話機を使用して信楽駅と連絡を取るしか指示を受ける方法がないこと、SKR線の常用閉そく方式は特殊自動閉そく方式であり、同線にはARCが設置されていること、小野谷信号場から信楽駅の間はカーブなどにより見通しの悪い区間が多く存在することを認識し、または理解したことが認められる。

被告JR西日本は、甲野運転士が、事前の教育において、ダイヤ上必ず小野谷信号場ですれ違うとの教育を受けていないと主張し、甲野運転士も、〈証拠略〉及び証人尋問において同様の事実を述べている。たしかに、乗入れ前に行われた机上教育においては、中尾助役がマニュアル(〈証拠略〉)の記載を読み上げる程度の説明しかなされなかったことは前記認定のとおりであるから、その際にダイヤ上必ず小野谷信号場で行き違うことになっていることの説明まで行われたとは認めることができない。しかしながら、〈証拠略〉は、事前教育の際、甲野運転士に対して配布され、同人がすべて目を通した資料であるところ(〈証拠略〉)、〈証拠略〉には全列車の時刻表が記載されているほか、〈証拠略〉には小野谷信号場における取扱いとして、上り列車は停止扱いで三〇秒停止とし、下り列車は通過扱いとする旨の記載があり、試運転期間も含めると本件事故まで三〇数回に及ぶSKR線での運転の際には、すべて小野谷信号場で対向列車と行き違いをしたという経験と相まって、甲野運転士は、ダイヤ上必ず小野谷信号場で行き違うことになっていることを理解していたものと認められるし、〈証拠略〉によれば、現に、甲野運転士は、司法警察員による取り調べの際にもダイヤ上小野谷信号場で必ず行き違うことを理解していた旨の供述をしていたことが認められ、右供述の信用性を否定する事情も見あたらないから、被告JR西日本の前記主張は採用することができない。

さらに、被告JR西日本は、甲野運転士がSKR線がARC区間であるかどうかは知らなかったと主張する。しかしながら、甲野運転士は、〈証拠略〉(甲野運転士の平成四年一一月四日付員面調書)において、SKR線の具体的な信号の変換状況については知らされていなかったが、同線の信号システムの理解として、駅間に回路がなく、ある地点を踏めば信号が変わっていくシステムであるということは判っており、実際の運転の際に自分の目で信号の変換状況を確認した旨を供述しており、少なくとも列車の進行によって信号システムが作動することの知識は有していたことが認められるほか、証人畠中の証言によれば、一般的な運転士であれば特殊自動ということを聞いておればARC区間であるということは予測できるものであることが認められ(証人畠中)、甲野運転士は、SKR線の常用閉そく方式が特殊自動閉そく方式であることは説明を受けていたのであるから(〈証拠略〉)、同人はSKR線に特殊自動閉そく方式とあわせてARCが採用されていることは十分に理解していたものと認められ、これと異なる証人甲野の供述は信用することができない。したがって、右の被告JR西日本の主張も採用することができない。

(2) 事前トラブルにおける経験

前記判断の前提となる事実(第三の一)、前記第三の四の3認定の事前トラブルの事実経過及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実を認めることができる。

(ア) 四月一二日の信号トラブルにおける経験

五五〇四D列車を運転して信楽駅を出発し、小野谷信号場に行った際、甲野運転士は、同信号場で一時間近く待機させられ、その間に、同信号場の上り出発信号機12Lが数秒間だけG現示に変わるという事態を目撃している。本来、信号システムには何か支障がある場合には必ず停止信号が出る原則(フェイルセイフの原則)があることは甲野運転士も知っていたのであるから、このように一瞬G現示が出て、またすぐR現示が出るというような不可解な信号現示は異常であって、あってはならないものであることは、甲野運転士において認識可能であった。

その後、渕本運転士が五五〇四D列車に乗車してきて代用閉そく方式の施行を告げられて出発したのであるが、その際には、指揮命令系統が混乱している状態の中で、運転通告券の発行はなく、代用手信号もないままの出発を指示された。さらに、その後の五五〇八D列車が小野谷信号場を代用閉そく方式によって出発する際には、小野谷信号場には誰も駅長役がおらず、出発合図も代用手信号もないままに、指導者として同乗してきた渕本から、出発の指示を出されるということを経験している。この運転通告券の不交付及び代用手信号の欠如という事態の持つ意味については前記(第三の四の3)認定のとおりであるが、甲野運転士としては少なくとも被告SKRが代用閉そく方式の基本的手続を無視した運行を行うおそれがあることの認識はできたものというべきである。被告JR西日本は四月一二日の信号トラブルの際には実質的な進路の安全は確保されていたと主張するのであるが、前にも述べたとおり、代用閉そく方式においては形式的な手続きの積み重ねにより実質的な安全確保を図っているのであるから、いくら形式的な手続違反であっても、正規の基本的手続きを無視した手続きを運転士に強要すること自体、将来基本的な手続違反によって実質的な安全確保が図れない事態が生じることを予見せしめるものというべきである。

(イ) 五月三日の信号トラブルにおける経験

甲野運転士は、五〇三D列車を小野谷信号場から信楽駅まで代用閉そく方式で運転したが、その際、指導者として同乗していた岡村運転士から、信楽駅出発信号機の赤固定が生じた事実を聞かされた。またこの時甲野運転士は、要求しても無駄だと思ったので被告SKRに対して運転通告券の要求もしなかった。

(3) 事故当日の認識

前記判断の前提となる事実(第三の一)に証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、甲野運転士は、本件事故当日、本件五〇一D列車を運転して約二分遅れで貴生川駅を出発したが、出発前に上りの列車が遅れているという話は聞かされていなかった。そして同運転士が五〇一D列車を運転して小野谷信号場にさしかかった際、小野谷信号場下り場内信号12Rは待避線に列車がいない場合、いつもはYY現示であるのに、この日はYY現示からG現示に変わり、12RのG現示に従って小野谷信号場に進入すると、いつもは待機しているはずの行き違い列車が待避線におらず、行き違い列車がいない場合はそれまでの経験では必ずR現示になっていたはずの小野谷信号場下り出発信号13RがG現示を示したことを認識し、いつもとは違う状況であることから、「あれ、おかしいな。」と感じた。しかしながら、甲野運転士は、13RがG現示であったことから対向列車は信楽駅で待機しているものと考え、13Rを越えて列車を進行させた。

被告JR西日本は、甲野運転士が「おかしいと思った」旨の供述記載がある供述調書(〈証拠略〉)は、同運転士が本件事故により重傷を負い、甲賀病院に搬送され、傷口のガラス等を除去するなど最初の措置が加えられる前に、同病院で警察官から事情を聴取されて作成されたものであって、事故直後の精神的・肉体的に受けた衝撃が色濃く存在していた時期の供述であるから、その信用性は極めて疑わしいし、その後に作成された供述調書(〈証拠略〉)にも「おかしいと思った」旨の供述記載は何か所か存在するが、それらの供述調書はいずれも警察官による言葉による理詰めの尋問や心理的圧迫を加えられた結果作成されたものであって信用性がなく、同運転士がそのような意識を持ったことは断じてないと主張し、甲野運転士も証人尋問において同様の事実を述べる。しかしながら、まず、〈証拠略〉(平成三年五月一四日付員面調書)の供述調書に記載された供述内容に不自然、不合理な点はなく、証人甲野自身、同調書に録取された供述の取り調べ時の状況について、「自分としては意識はある程度あったように思う。」旨を供述しているのであって、本件全証拠を総合しても、同調書の供述内容の信用性に疑問を投げかけるような事情を認めることはできない。また、〈証拠略〉(平成四年一〇月一七日付員面調書)、〈証拠略〉(平成四年一一月六日付員面調書)に記載された供述の任意性については、これらに疑いを抱かせるような事情は本件全証拠によっても認めることができないばかりでなく、〈証拠略〉(証人甲野の刑事公判廷での証言速記録)によれば、甲野運転士は、取り調べ中メモを取ることや希望すれば退席することも許されていたことが認められるのであって、結局右〈証拠略〉の各供述調書の供述記載に信用性がないとする被告JR西日本の主張には理由がない。したがって、被告JR西日本の右主張は採用することができない。

(三) 甲野運転士の注意義務違反

(二)において認定した事実を総合すると、甲野運転士は、小野谷信号場がSKR線における唯一の行き違い場所であること、異常時は信楽駅の指示を仰ぐこと、SKR線では無線機が使用できないため、貴生川駅出発後は運転士の判断により携帯電話機を使用して信楽駅と連絡を取るしか指示を受ける方法がないこと、小野谷信号場から信楽駅の間はカーブなどにより見通しの悪い区間が多く存在すること、SKR線の信号現示は列車の進行によって自動的に制御されるものであること、ダイヤ上JR列車は必ずSKR列車と行き違うことになっていたことを認識しており、二回にわたる信号トラブルからSKR線の信号システムがトラブルを起こす危険性のあるものであることを認識でき、四月一二日の信号トラブルの際には、小野谷信号場上り出発信号12LにG現示が数秒間にわたり出るというフェイルセイフの原則を脅かす異常現示が生じたこと、五月三日の信号トラブルの際には、信楽駅の出発信号機に赤固定が生じたこと、さらに、被告SKRでは運転通告券を交付せず、また代用手信号も出発合図もないままに出発させるというような代用閉そく方式の基本的手続きを無視した杜撰なやり方が行われていることを経験したものであるが、多数の乗客を安全に輸送する使命を負う運転士としては、たとえ小野谷信号場下り出発信号機13RがG現示であったとしても、行き違うべき五三四D列車が遅れているということは事前に聞いておらず、むしろ自己の運転する五〇一D列車が所定の時刻より遅れているのに行き違うべき列車が待避線で待機していない状況を認識し、甲野運転士自身「おかしいな」と感じたのであるから、それまでの認識経験を総合し運転士として合理的に判断すれば、対向列車が代用閉そく方式の手続きを踏まないままに信楽駅を出発してくることがあるかもしれないことを予見することができ、小野谷信号場に列車を停車させて、携帯電話機で信楽駅と連絡を取ることにより、同駅の指示を仰ぐべきであった。それにもかかわらず、甲野運転士は、右義務を怠り、対向列車は信楽駅で待っているものと即断し、13Rを越えて単線区間に列車を進行させた過失により、本件事故を惹き起こしたものである。

(四) 使用関係、業務執行性

民法七一五条一項にいう「ある事業のために他人を使用する者」に当たるかどうかは、単に雇用契約が存在しているかどうかだけではなく、当該被用者に対して実質的な指揮監督関係が存在しているかどうかによって決せられるべきものと解されるところ、甲野運転士は、SKR線に乗り入れる際にも被告JR西日本の機関において点呼を受け、仕業表も被告JR西日本の機関に提出し、給与は全額被告JR西日本から受け取り、乗入れに当たっての机上、実地訓練も被告JR西日本の教育担当者から受け、SKR線を乗務の際には被告JR西日本の指導助役や指導員が添乗していたものであり、SKR線に乗り入れている間も就業規則は被告JR西日本のものが適用になっていたものであって(以上すべて争いがない)、以上の事実によれば甲野運転士がSKR線を運転している間においても、被告JR西日本と甲野運転士との間に実質的な指揮監督関係があったことは明らかである。もっとも、被告JR西日本は、車両とともに乗務員も被告SKRに賃貸したものであって、乗務員に対するすべての指揮監督権限は被告SKRが有しており、およそ被告JR西日本において乗務員に対する支配はなし得ないと主張するが、被告SKRと被告JR西日本の契約関係によって直ちに被用者に対する実質的支配関係の有無が決せられるものではなく、右のごとき主張は採用することができない。

五  被告JR西日本の責任について

1  法人過失ないし企業過失論について

(一) 以上に検討してきたとおり、被告JR西日本の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長については信号システムに関する過失が、運輸部運用課長については教育、訓練に関する過失及び報告体制確立に関する過失が、安全対策室長については報告体制確立に関する過失が、甲野運転士には本件事故当日の運転に関する過失がそれぞれ認められるのであるが、これらのうち、信号システムに関する過失、教育・訓練に関する過失、報告体制確立に関する過失については、原告らは、法人である被告JR西日本の過失と捉えるべきであると主張しており、法人過失ないし企業過失論の可否が問題となる。

(二)  たしかに、高度産業社会の中で危険性の高い業務を組織的かつ一体的に行うことによって利潤を挙げている企業の活動に起因して被害が生じたという場合、ある従業員に過失があるといってみても、それは組織内部のさまざまな人的、物的条件の中で不可避的に生じたものである場合が多く、その従業員一人の過失という形で捉えることが実体を的確に捉えたものとはいい難い場合もあろうし、また、巨大な人的組織を持つ企業にあっては、その構成員のうち誰に故意、過失があったかを被害者において容易に知り得ない場合が多く、その特定を要しないという構成が被害者救済に役立つ場合もあり、法人ないし企業自体の過失という構成を認める見解が一定の説得力を持っていることは否定できない。そして、本件の場合でも、担当セクション相互間の連絡、情報交換義務というものを通じて、あるセクションの統括者の過失は、他のセクションの統括者の過失の前提となっているという側面があり、それぞれの過失がまさに企業というシステムの中で有機的に関係し合っているという点では、被告JR西日本という法人ないし企業自体の過失と評価するというのが素朴な感覚に合致する。

(三)  しかしながら、右のような法律構成は以下のような解釈論上の問題点があり、なお慎重な検討を要する問題といわねばならない。

まず第一に、法人ないし企業自体の過失という構成を正面から認めることになった場合には、「過失」概念についての再検討を迫られざるを得なくなる。民法七〇九条の不法行為の要件である過失は、具体的状況のもとにおける適正な結果回避措置を期待し得る前提としての、予見義務の存在に裏付けられた予見可能性を必要とする結果回避義務違反、すなわち予見義務及び結果回避義務という行為義務に違反することと解されるところ、行為義務を論ずる前提としては、作為であれ、不作為であれ、自由な意思決定に基づいてなされた挙動としての「行為」の存在が不可欠であると解される。ところで、法人ないし企業というものは擬人化されているとしても所詮観念的存在でしかあり得ず、具体的な企業活動はすべて機関を通じて行うことになるものと解され、比喩的な意味でしか法人ないし企業の「行為」というものを問題にすることはできない。そうだとすると、法人として何をすべきかというのは、結局法人の機関ないし構成員が何をすべきかということにほかならないのであって、機関ないし構成員を離れた法人自体の過失というものを論証することは困難であると思われる。また、特定の個人を前提としない行為義務というものは、仮にそれが観念できるとしても、結局組織の中で誰が何をすべきなのかということがはっきりしないことになるため、具体性を欠く立論にならざるを得ない。原告らは、民法七一七条一項、自動車損害賠償保障法三条などのいわゆる中間責任を認めた条項を挙げて、法人自体が過失責任の主体となり得ることを認めなければ、これらの条項を合理的に説明することができないと主張するが、これらの条項は立法的に法人自体が損害賠償責任の主体となる場合を定めたものであって、これらの条項にある「必要なる注意」や「注意を怠らなかったこと」を、あえて民法七〇九条の要件としての「過失」と整合的に解釈しなければならない理由は見あたらない。

第二に、法人に民法七〇九条により直接不法行為責任を認める場合、同条に基づく損害賠償責任と同法四四条一項に基づく責任及び同法七一五条に基づく責任との役割分担が明確にされなければならないが、その点の論証は極めて困難であるという点である。原告らは、この点、右三つの法律構成は三者択一あるいは二者択一の関係ではなく、これらが重複して適用される場合もあるとしつつ、同法七〇九条を直接に適用する構成は、比較的大規模で複雑な組織を持つ法人に、また内容的には偶発的というよりは恒常的・継続的または日常的・定型的行動から被害が生まれたような不法行為、その団体の人的・物的組織の多くが関与しているような加害行為の場合に典型的に適用になるとする。しかし、同法七〇九条の適用を右の範囲とする理論的な根拠自体明確ではない上、「比較的大規模」とか「日常的・定型的」というような基準は、法適用の限界を画する概念としてはあまりにも曖昧であるといわざるを得ないのであって、仮に同法七〇九条、四四条一項及び七一五条が重畳的に適用になるとすると、法人が不法行為責任を負う場合の多くは民法七〇九条でカバーされてしまうことになり、同法四四条一項、七一五条一項の役割が失われてしまうことになるが、民法がそのようなことを予定しているとも解されない。

第三に、実質的な面から見ても、企業活動に伴う加害行為が代表取締役の故意、過失によるものか、あるいは被用者の故意、過失による者かを判別することが困難な事例がそれほどしばしばあるわけではないと考えられることに加え、被用者の故意、過失を問題にする場合であっても、氏名まで逐一特定する必要はなく、例えば会社の組織内でいかなる事業部門を担当する者であるかを特定すれば足りると解され、その程度の特定を被害者側に要求しても、被害者に過大な立証を要求することにはならないと解される。さらに、将来における同種の加害行為の抑止機能の観点から見たとき、特定の機関ないし被用者を媒介にせずにいきなり法人自体の過失を論ずるということになると、当該加害行為に関与した法人ないし企業の担当者は自らの責任を自覚することにはならず、当該担当者が「悪いのは会社であって、自分は悪くない。」というような開き直りをしてしまえば、結局、当該加害行為の教訓は何も生かされないことになってしまうのであり、そのようなことを解釈論として許すのが妥当とも思われない。さらに、法人ないし企業自体の過失を認めるべきとする見解は、代表者又は被用者個人が企業活動に伴って発生した被害をすべててん補しなければならない立場に立つとすると、これらの者に酷であるという点を問題とするが、被害者が加害行為を行った機関あるいは被用者個人に加えて、民法四四条あるいは同法七一五条を訴訟物として法人を被告としている場合には、主として法人の資力に期待している場合が多いと解されるし、法人の被用者個人に対する求償はその内部関係に応じて制限されるから、実際上当該機関あるいは被用者個人が損害賠償債務を現実に履行しなければならない場合は、比較的稀であると考えられる上、そもそも当該機関あるいは被用者個人に不法行為が成立する場合でなければ損害賠償責任も発生しないのであるから(法人過失ないし企業過失を認める見解においても、加害行為を行った機関あるいは被用者個人に対して民法七〇九条に基づく損害賠償請求ができることは認めると思われる。)、酷ということにはならないと思われる。

(四)  これを要するに、被告JR西日本のような法人の不法行為責任は、当該法人がいかに企業規模が大きくて社会的、外見的には実在の人間のように活動しているかに見えても、それは結局のところ中にいる構成員の存在を不可欠としており、具体的、法律的には機関を通じて活動するほかないものであるとともに、現在の我が国の民法における法人の不法行為に関する実定法の体系上は、法人の不法行為については、民法四四条あるいは同法七一五条によって評価すべきであって、同法七〇九条によって評価すべきものではないというべきであり、また、民法七〇九条にいう「過失」とは具体的状況のもとにおける予見義務の存在に裏付けられた予見可能性を前提とする結果回避義務違反であって、それは自由な意思決定に基づく行為の存在を前提としている以上、特定の個人の存在を抜きに論ずることは相当でなく、法人の不法行為上の故意、過失とは具体的には法人の構成員の故意、過失を意味するのであって、例えば株式会社においては代表取締役が職務を行うにつき故意又は過失により他人に損害を加えたときは、商法二六一条三項、七八条二項の準用する民法四四条一項の規定により会社が損害賠償責任を負い、代表取締役以外の企業構成員が会社業務の執行につき故意又は過失により他人に損害を加えたときは、民法七一五条一項により会社が損害賠償責任を負うこととなる。

2  被告JR西日本の責任

以上のとおりであるから、当裁判所は、原告らが主張する法人としての被告JR西日本自体に対して民法七〇九条を適用するという法律構成を採用することはしない。しかしながら、原告らが右法律構成において法人たる被告JR西日本自体の過失を基礎づける事実として主張している事実は、裁判所が右1に述べたような法的見解に立つ場合においては、それを前提にして主張しているものと解されるので、以下その前提で判断することとする(主位的請求についての主張を善解して認容しているため、予備的請求である民法四四条一項に基づく請求については判断しない。)。

そうすると、被告JR西日本の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長、安全対策室長、甲野運転士にはそれぞれ本件事故につき過失が認められるところ、本件直通乗入れは被告JR西日本の業務として行われたものであるから、右六者の過失行為は被告JR西日本の業務の執行につきなされたものということができ、結局右六者の過失を前提とする被告JR西日本に対する使用者責任がそれぞれ成立すると解される。したがって、被告JR西日本は、民法七一五条一項に基づき原告らに対して本件事故によって生じた損害を賠償する責任を負うことになる(右使用者責任相互の関係は共同不法行為に基づく責任となる)。

六  争点5(被告SKRの不法行為責任)及び争点6(共同不法行為)について

1  被告SKRの責任

被告SKRの従業員である中村業務課長は、本件事故当日午前一〇時二五分ころ、信楽駅の出発信号機が赤信号のままで固定されるという異常事態に遭遇したが、その際代用閉そく方式指導通信式に定められたとおり、小野谷信号場に駅長役を派遣した上、小野谷信号場までの閉そく区間に車両が存在しないことの確認手続きを行い、運転士に対して運転通告券を発行する等の代用閉そく方式の諸手続を行った上で出発指示を行わなければならない注意義務があるところ、その義務を怠り、右諸手続を実施しないまま本件五三四D列車を運転する渕本運転士に対し、出発をするように指示をし、その結果本件事故を惹き起こしたこと、また渕本運転士は、常用閉そく方式を変更し、代用閉そく方式指導通信式によって列車を運行する場合、信楽駅長からの運転通告券の発行など代用閉そく方式指導通信式の手順が実施された上で列車を出発させる注意義務があるにもかかわらず、それを怠り、代用閉そく方式指導通信式の手順が実施されていないことを認識しながら本件五三四D列車を出発させ、その結果本件事故を惹き起こしたことについては原告らと被告SKR間で争いがない。

以上の事実によれば、中村業務課長及び渕本運転士には本件事故を惹き起こした過失があるということができ、また同人らの行為は被告SKRの業務の執行につきなされたものであるということができるから、被告SKRは右両名の過失を前提とする民法七一五条の不法行為責任に基づき、損害賠償責任を負うべきである。

2  共同不法行為

民法七一九条にいう「共同して」とは、複数の加害行為間に、発生した損害との関係で客観的に見て一体性があることをいうと解される。そうすると、被告JR西日本の電気部長、電気部信号通信課長、運輸部管理課長、運輸部運用課長、安全対策室長及び甲野運転士の過失に基づく行為並びに被告SKRの中村業務課長及び渕本運転士の過失に基づく行為は、これまでに認定したところから明らかなように、いずれも本件直通乗入列車の運行に関連する一連の事象と見ることができ、社会的一体性を有するものであり、客観的に見て発生した損害との関係で一体性があるものと評価できるので、右各過失を前提とする被告JR西日本及び被告SKRの各不法行為は、共同不法行為の関係に立つと解される。

七  争点9(原告らの損害(総論))について

1  はじめに

本件事故は、本来最も安全な交通機関であるべき鉄道の軌道上で、列車同士が正面衝突するという、あり得べからざる事故であって、犠牲者及び遺族は、これにより多大な財産的、精神的損害を被ったものであることは多言を要しないところである。

そこで、以下各原告らの損害額を算定するに当たって、原告らに共通する損害論上の問題点につき、あらかじめ当裁判所の見解を述べることとする。

2  死亡逸失利益

(一) 死亡逸失利益の算定手法について

原告らは、現在一般的に広く用いられている死亡逸失利益の算定手法(いわゆる初任給固定新ホフマン方式)は、①特に幼児及び学生の場合に年齢的成長に伴う収入の上昇要因及び経済成長による収入の上昇要因のいずれをも考慮しないことになる点、②経済成長による賃金の上昇要因を考慮しないのに年五分の割合による中間利息を控除することになる点で不合理であると主張する。しかしながら、判例は右の算定手法について不合理であるとはしておらず(最高裁判所第二小法廷昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一五〇〇頁参照)、当裁判所も右手法を特段不合理とすべき理由はないと考える。その理由は以下のとおりである。

逸失利益の算定はいわば将来に対する予測であって、もとより裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、でき得る限り蓋然性のある額を算出するように努め、ことに右蓋然性に疑いがもたれるときには、被害者側にとって控え目な算出方法(例えば、収入額につき疑があるときは、その額を少な目に、支出額につき疑があるときは、その額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは、算出の基礎たる期間を短縮する等の方法)によって、あるべき逸失利益の額を算定しなければならないのであるが(最高裁判所第三小法廷昭和三九年六月二四日判決・民集一八巻五号八七四頁参照)、現に生きて、元気に労働している人間を目の前にしても、その人間がこれから先どのくらいの収入を上げられるかということを正確に予測することは、不可能に近いものであることからも明らかなように、右の逸失利益の算定はいわば擬制としての性質の上に成り立っているものであって、この算定手法というものは厳密な意味での科学的な分析になじむ性質のものではなく、あるべき損害賠償額の説明の方法としていかなる手法がより説得的かという問題にすぎないと解される。以下このような前提に立って検討する。

まず、①特に幼児及び学生の場合に初任給固定方式によると年齢的成長に伴う収入の上昇要因及び経済成長による収入の上昇要因を考慮しないことになるので不合理であるという主張から検討する。逸失利益計算の基礎となる収入額(以下「基礎収入額」という。)をどう考えるかは、いいかえると被害者がどのくらいの収入を上げられる蓋然性があると認められるかということであるが、むろん、将来における収入の上昇の蓋然性が立証できた場合であれば、それに従って基礎収入額を算定することになるのであるから、初任給固定という方法が用いられるのは、収入の上昇の蓋然性の立証が困難な場合ということになる。その場合、収入の上昇の蓋然性につき立証が尽くされていないのであるから、被害者にとって一番控え目な算出方法、すなわち死亡時からみて直近の時点での収入程度であれば就労可能期間にわたり上げ続けられたであろうという前提のもとに基礎収入を決める初任給固定方式は、蓋然性という点では一応の合理性を有する方法であるということができる。また、賃金ないし収入の上昇は、単に年齢的要因や経済成長要因のみによって規定されるものではなく、本人の才能、努力、勤務先の経営状況などさまざまな要因が複雑に関与して決まるものであると解されるところ、昨今のように終身雇用の企業慣習の崩壊、年棒制・能力給の導入、アルバイト・パート雇用の増加、派遣社員制度の導入という雇用環境をめぐる情勢の変化、高度経済成長期から低成長期に入ったといわれる時代情勢の中において、むしろ年齢的上昇要因やインフレをベースにした賃金体系がこの先も存続し、被害者がそのとおりの収入を上げることを前提とするような基礎収入の算定方法がより現実的で説得力があって、初任給固定方式が不合理であるとは必ずしもいいきれないというべきである。したがって、原告らの①の主張は理由のあるものとは考えられない。

次に、②経済成長による賃金の上昇要因を考慮しないのに年五分の割合による中間利息の控除を行うのは合理的でないという主張についてであるが、まず、基礎収入額の算定の問題は、死亡した被害者自身がこの先どれだけの収入を上げられたかという蓋然性の立証の問題であり、これにはさまざまな要因が関与することが前提となっているのに対し、中間利息の控除の問題は金銭の一般的な運用益を前提にして、将来得られるべき収入をどのようにして事故時の現価に引き直すかという問題であるから、右二者の問題には、少なくとも法的な意味での相関関係はないと解される。ところで、民法四〇四条が民事法定利率を年五分と定め、同法四一九条において金銭債務の遅延損害金につき約定のない場合は法定利率によるとされているのは、将来における金銭の一般的な運用益(元本を運用していたならば上げられたであろう利益)がいかほどかという点についてはおよそ人間の判断能力の限界を超えていることを前提にして、将来における金銭の一般的な運用益は年五分とみるのが相当であるという立法者の判断が前提になっているものと解される。そうだとすれば、中間利息の控除に当たっても民法四〇四条、四一九条の趣旨を類推して年五分の割合による中間利息の控除を行うのもあながち不合理ではなく、原告らの②の主張も理由があるものとは思われない。

(二) 年金・恩給

(1) 原告ら(原告臼井和男、同臼井泰子、同中島三木男及び同中島育子を除く。以下(二)項内につき同じ。)は、被害者が受給あるいは加入していた各種年金や恩給につき、本件事故により給付を受けることができなくなったとして、年金あるいは恩給分の逸失利益を請求している。そこでまず、年金あるいは恩給の受給権の喪失が賠償されるべき損害といえるのかどうか検討すると、およそ不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであるところ、公務員であった者に支給される恩給(普通恩給)、国民年金法に基づいて支給される国民年金(老齢基礎年金)、厚生年金法に基づいて支給される厚生年金(老齢厚生年金)は、いずれも当該受給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に依存して生計を立てている家族に対する関係においても同一の機能を有するものと認められるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし恩給及び年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和四一年四月七日判決・民集二〇巻四号四九九頁、同裁判所第三小法廷昭和五九年一〇月九日判決・判タ五四二号一九六頁、同裁判所大法廷平成五年三月二四日判決・民集四七巻四号三〇三九頁、同裁判所第三小法廷平成五年九月二一日判決・判タ八三二号七〇頁各参照)。

(2) 次に、右のように恩給あるいは年金の受給権の喪失は損害と解されるとしても、未だ受給資格を得ていない者が不法行為により死亡した場合についても、逸失利益として相続人が相続し、加害者に対して賠償を請求することができるかが問題となる。この点、被害者において一定の恩給あるいは年金の給付を受けることが確実ということができる場合であれば、既に給付を受けている者と区別するいわれはないから、恩給あるいは年金の受給権の喪失を逸失利益として、相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるというべきであるが、それ以外の場合については、相続人においてこれを加害者に請求することはできないものと解すべきである。また、そのように解することが、退職年金から控除できる遺族年金の範囲について、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られると解されていること(最高裁判所大法廷平成五年三月二四日・民集四七巻四号三〇三九頁)とも整合性を有するものというべきである。

(三) 生活費控除

原告らは、被害者の立場(例えば一家の支柱であるかどうか、女性か男性か)によって一律に三割ないし五割の生活費控除率を決める方法は不当であると主張し、およそ生活費の占める割合が得られた収入の三割を越えることはないから、全被害者について一律に三割の生活費控除を行うこととするのが相当であって、また、控除すべき被害者の生活費とは、被害者自身が将来収入を得るに必要な再生産の費用であるから、就労可能年限経過後は生活費控除を行うことはできないと主張する。

まず前者の点についていえば、当該被害者の生活費をどの程度とみるかは、まさに個々の被害者の生活実態によって決められるべき問題であるから、全被害者について一律に生活費控除率を決するのではなく、個々の被害者の逸失利益の算定において検討すべき問題である。

次に、後者の点であるが、控除すべき生活費とは、就労可能期間中においては原告らがいうように「被害者自身が将来収入を得るに必要な再生産の費用」なのであるが、それ以降は被害者自身が健康で文化的な最低限度の生活を維持するのに必要な費用であると解するべきである。けだし、生活費控除の趣旨は、死亡したことによって支出することのなくなった費用を損益相殺の観点から得べかりし利益から控除するという点にあると解されるところ(最高裁判所平成八年五月三一日第二小法廷判決・民集五〇巻六号一三二三頁参照)、就労可能期間が経過して就労できなくなっても、健康で文化的な最低限度の生活を維持するのに必要な費用は生きている限り支出し続ける性質のものであるからである。この点、判例には、控除すべき生活費につき「被害者自身が将来収入を得るに必要な再生産の費用」という表現を用いているものがあるが(最高裁判所昭和四三年一二月一七日第三小法廷判決・判時五四六号六二頁)、右判例は就労可能期間中の生活費控除の点につき判示しているものであって、就労可能期間経過後の生活費控除の点について述べているものではないと解される。したがって、就労可能期間経過後の年金受給権喪失による逸失利益の算定に当たっても生活費控除を行うのが相当であり、原告らの右主張を採用することはできない。

(四) 就労可能年限

原告らは、全被害者につき一律に七〇歳プラス七〇歳以上についての各年の平均余命の二分の一を就労可能年限とすべきであると主張しているが、就労可能年限は、その性質上個々の被害者ごとの事情に応じて認定していくべき問題であって、一律に決めるべき問題ではないし、現在の雇用をめぐる状況に鑑みたとき、六七歳が就労可能年限の一応の基準とされていることが早すぎて不合理だとはとうていいえないのであるから、原告らの右主張を採用することはできない。

3  慰謝料

原告らは、民事交通事故訴訟において一般に用いられている慰謝料算定基準はそもそも低額に失するというべきであると主張し、本件については、右基準は妥当せず、被害者において、鉄道の安全性に対する信頼を裏切られたこと、長時間にわたり列車内に閉じこめられたこと等を考慮すべきであるし、被告らの安全対策があまりに杜撰であったことからすれば制裁的意味も加味し、さらにインフレーションによって逸失利益が実質的に目減りしていくことも加味して慰謝料額を算定すべきであると主張する。およそ裁判所が慰謝料を算定するに当たっては弁論に現れた一切の事情を斟酌して決定することになるのであるが、制裁的意味を加味して慰謝料を算定することは、損害のてん補ないし公平な分担を目的とする我が国の不法行為法の予定していないところというべきであるし、インフレーションによって逸失利益が実質的に目減りをするという点についても、その前提たるインフレーション自体を認めるに足りる的確な証拠がないのであるから、この点についても各被害者の慰謝料算定に当たって考慮する扱いはしない。

4  葬祭費

不法行為により死亡した者のため、祭祀を主催すべき立場にある遺族が葬祭をとり行い、墓碑を建設し、仏壇を購入したときは、そのために支出した費用は、社会通念上相当と認められる限度において、不法行為により通常生ずべき損害と認めるべきである(最高裁判所昭和四四年二月二八日第二小法廷判決・民集二三巻二号五二五頁参照)。そしていかなる額が社会通念上相当かは各被害者によって異なるのであるから、各被害者別に判断することとする。原告らは、本件においては一般の自動車交通事故訴訟と異なり大量・迅速処理の要請はまったく存しないのであるから、原告らが葬祭に関連して支出した全費用につき被告らに負担させるべきであると主張するが、葬祭費用が社会通念上相当な範囲の支出に限って損害として認めるのは、事故と損害との相当因果関係の問題であって、大量・迅速処理の要請とは関係がないことであるから、原告らの右主張には理由がない。なお、原告らが請求している葬祭関係費用のうち仏間改装費用、墓地の永代使用料は本件事故と相当因果関係を有する費用とはいえない。

なお、被告SKRは各犠牲者について支払った霊柩車代を控除すべきであると主張している。霊柩車代について、それが葬儀に際して要したものであれば、葬儀費用に含まれるものであると解されるが、遺体を事故現場から自宅まで搬送するための費用として要したものであれば、葬儀費用とは別個の損害として観念されるべきものであり、本件ではいずれの犠牲者についても、右いずれの費用として被告らが支払ったものかは明らかではないので、霊柩車代を各原告らの損害から控除する扱いはしない。

七  争点10(原告らの個別損害)について(円未満切り捨て)

1  訴外亡先佐代子関係

(原告吉崎俊三、同溝口恵美子、同坂本久仁子(以上三名を合わせて「原告吉崎ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡佐代子の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

一九七四万一〇八四円

(1) 基礎収入額

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡佐代子は本件事故当時五三歳であったこと、いわゆる専業主婦として家事労働に従事していたこと、最終学歴は高等学校卒業であることが認められる。平成三年度賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・女子・五〇歳から五四歳)の平均賃金は三一六万〇九〇〇円であるところ、亡佐代子は、本件事故に遭わなければ、その後一四年間は就労可能であったと認められる(弁論の全趣旨)から、本件事故時から一四年間は、少なくとも右程度の賃金に相当する労働を行うことができたものと認められる。

原告吉崎らは、右に加えて国民年金の受給資格喪失による逸失利益を請求している。たしかに証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡佐代子は、国民年金(老齢基礎年金)の保険金を昭和四六年から継続して納めていたこと、継続して保険金を納入し続けたときには、同人が満六五歳に達すると年金の受給資格が得られることになっていたことが認められる。しかしながら、年金の支給額については国民の生活水準の変動に合わせて速やかに改定することが予定されている上(国民年金法四条)、年金の支給基準についても政府の財政事情等によって大きく左右されることがあり得るものであって、実際に亡佐代子が六五歳になったときの支給額如何は予測がつかないものといわざるを得ない。したがって、原告吉崎らの主張する逸失利益のうち国民年金分については理由がないといわざるを得ない。

以上の次第であるから、亡佐代子の逸失利益算定に際しての基礎収入額は、一四年間にわたり年額三一六万〇九〇〇円とするのが相当である。

(2) 逸失利益

右に認定したとおり亡佐代子の基礎収入額は年額三一六万〇九〇〇円が相当であるところ、亡佐代子が専業主婦であったこと、二人の娘はいずれも結婚して別居しており、同居の家族は原告吉崎俊三のみであったこと等本件弁論に現れた事情を考慮すると、亡佐代子の生活費割合は四割が相当であるから、右三一六万〇九〇〇円を基礎とし、これから生活費として四割を控除し、事故時から一四年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、亡佐代子の死亡逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり一九七四万一〇八四円となる。

(計算式)

3,160,900×(1-0.4)×10.409=19,741,084

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡佐代子の生活状況、原告溝口恵美子、同坂本久仁子については母親である亡佐代子とともに本件五〇一D列車に乗車して本件事故に遭遇し、亡佐代子の死を目前にしていること等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告吉崎らは、亡佐代子は本件当日時計、貴金属等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は一〇万円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 亡佐代子の死亡による損害のまとめ

(1) 以上のとおりであるから、亡佐代子の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は四三〇四万一〇八四円となる。

(2) 損益相殺後の金額

三六一八万一三九二円

原告吉崎らは、被告らから合計六八五万九六九二円の支払いを受けたので(弁論の全趣旨、この範囲では原告と被告SKRとの間に争いはなく、右範囲を超える部分については証拠がない。)、右既払金を損益相殺として損害額から控除すると三六一八万一三九二円となる。原告吉崎らは、既払金のうち三三五万九六九二円は葬儀関係費名目で支払われたものであって、右金員については、他の損害費目に充当すべきではないと主張するが、右既払金が亡佐代子の損害のうち、葬儀費用にのみ充当する趣旨で支払われたものであることを認めるに足りる的確な証拠はなく、右の原告吉崎らの主張は理由がない。

(六) 弁護士費用 三六〇万円

原告吉崎らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告吉崎俊三につき一八〇万円、原告溝口恵美子及び同坂本久仁子につき各九〇万円をもって相当と認める。

(七) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡佐代子自身の損害は三六一八万一三九二円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告吉崎俊三は亡佐代子の夫、原告溝口恵美子及び同坂本久仁子はいずれも亡佐代子の子であり、他に相続人はないことが認められ、亡佐代子が被告らに対して有する損害賠償請求権を原告吉崎俊三は二分の一、原告溝口恵美子及び同坂本久仁子は各四分の一の割合で相続することになる。したがって、原告吉崎らが承継した損害額に右(六)認定の弁護士費用を加えると、原告吉崎俊三が一九八九万〇六九六円、原告溝口恵美子及び同坂本久仁子がそれぞれ九九四万五三四八円となる。

2  訴外亡伊原一男関係

(原告伊原いと、同伊原誠一、同伊原佳嗣、同村上美智(以上四名を合わせて「原告伊原ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡一男の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

二三八八万八八〇〇円

(1) 基礎収入額

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡一男は、本件事故当時六五歳であったこと、京都府警を退職後、酒箱の修理、製造等を業務内容とする有限会社箱為に勤務し、本件事故当時はアルバイト工として平成二年一二月から平成三年四月までの五か月間に五三万二〇〇〇円(一年当たり一二七万六八〇〇円)の収入を得ていたことが認められるところ、酒箱の修理、製造という仕事の内容、亡一男の就労実績、健康状態に照らし、亡一男は、本件事故がなければその後八年間は就労可能であったと認められる(〈証拠略〉)から、本件事故時から八年間は、少なくとも年間一二七万六八〇〇円のアルバイト代収入を得ることができたものと認められる。

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡一男は、本件事故当時、年額二七六万五二〇〇円の警察共済年金を得ていたこと、年額一六万六四〇〇円の厚生年金を得ていたことが認められる。平成三年当時六五歳であった男子の平均余命が16.31年であることは当裁判所に顕著な事実であるから、亡一男は、本件事故がなければその後一六年間は右各年金を得られたものと認められる。

以上の次第であるから、亡一男の基礎収入の額は、本件事故後の八年間は、アルバイト代収入と年金収入を合わせた四二〇万八四〇〇円、その後の八年間は年金額である二九三万一六〇〇円であるとするのが相当である。

(2) 七三歳までの分

一六六三万七四八八円

右に認定したとおり、本件事故後八年間の基礎収入額は四二〇万八四〇〇円が相当であるところ、亡一男が一家の家計の支柱であったこと、子供らはいずれも独立して別居しており、同居の家族は原告伊原いとのみであったこと等本件弁論に現れた事情を考慮すると、この期間の生活費割合は四割が相当であるから、右四二〇万八四〇〇円を基礎とし、これから生活費として四割を控除し、事故時から八年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、右期間の逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり一六六三万七四八八円となる。

(計算式)

4,208,400×(1-0.4)×6.589=16,637,488

(3) 七三歳以降の分

七二五万一三一二円

右に認定したとおり、右(2)の期間後の八年間の基礎収入額は年額二九三万一六〇〇円が相当であり、年金給付の額、子供らはいずれも独立して別居しており、同居の家族は原告伊原いとのみであったこと等本件弁論に現れた事情に年金給付の持つ性格を合わせ考慮すると、この期間の生活費割合は五割が相当であるから、右二九三万一六〇〇円を基礎とし、これから生活費として五割を控除し、事故時から八年間及びそれ以降の八年間の各年数に対応する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によってそれぞれ控除し、亡一男の右期間の逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり七二五万一三一二円となる。

(計算式)

2,931,600×(1-0.5)×(11.536-6.589)=7,251,312

(三) 慰謝料 二三〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡一男の生活状況、原告伊原いとについては夫の亡一男とともに本件五〇一D列車に乗車して本件事故に遭遇し、亡一男の死を目前にしていること、他方、原告伊原らは後記認定のとおり葬祭関係費に充当する合意のもとに五〇〇万円の金員を被告らから受け取っていること等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告伊原らは、亡一男は本件当日時計等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は一〇万円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡一男の死亡による損害のまとめ

(1) 以上のとおりであるから、亡一男の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は四八一八万八八〇〇円となる。

(2) 損益相殺後の損害額

四六八八万八八〇〇円

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告伊原らは、被告らから五〇〇万円の支払いを受けたこと、右五〇〇万円の授受に際しては、持参した被告らの担当者が、当初「補償金の内払」名目の領収書を持参して原告伊原誠一に署名押印を求めたところ、原告伊原誠一が「葬儀費用としてなら受け取れるが、補償金の内払いとしての受領はできない」旨を述べ、それに応じて被告らの担当者が右領収書の名目を「葬儀等にかかる当面の経費」に書き換えたことが認められる。以上の事実からすれば、右五〇〇万円は葬儀及びその後の法要に必要な出費に充てる趣旨で授受されたものと認めるのが相当である。したがって、右五〇〇万円については、葬祭関係費のみから控除することとする。そうすると、損益相殺後の損害額は四六八八万八八〇〇円となる。

(七) 弁護士費用 四七〇万円

原告伊原らが、その権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告伊原いとにつき二三六万円、原告伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智につき各七八万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡一男自身の損害は四六八八万八八〇〇円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告伊原いとは亡一男の妻、原告伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智は亡一男の子であり、他に相続人はないことが認められ、亡一男が被告らに対して有する損害賠償請求権を原告伊原いとは二分の一、原告伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智は各六分の一の割合で相続することになる。したがって、原告伊原らが承継した損害額に右(七)認定の弁護士費用を加えると、原告伊原いとが二五八〇万四四〇〇円、原告伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智がそれぞれ八五九万四八〇〇円となる。

3  訴外亡臼井信子関係

(原告臼井和男、同臼井泰子(以上両名を合わせて「原告臼井ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一二〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡信子の葬祭関係費は一二〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

三九五四万六〇〇〇円

(1) 証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡信子は本件事故当時二六歳(昭和四〇年二月二八日生)であったこと、嵯峨美術短期大学陶芸科卒業後インテリア・コーディネーターのアルバイトを経て、平成元年一〇月から本件事故に至るまで株式会社福寿園の「CHA研究センター」の工芸科研究員として雇用されていたこと、具体的な勤務内容は百貨店での自社の販売ブースのコーディネート、「CHA研究センター」内での作陶、同センターの陶芸体験教室での陶芸の指導などであったこと、株式会社福寿園での待遇は年棒制であり、本件事故当時の亡信子の年棒は三〇〇万円であったこと、亡信子は「CHA研究センター」研究員としての仕事を自己研さんの場と考えており、将来研究員を辞めて陶芸家等として独立する可能性も十分あったことが認められる。以上の事実からすれば、亡信子は、本件事故がなければ、事故後四一年間にわたり少なくとも三〇〇万円の年収を上げ得ることができたと考えられる。そして、亡信子が独身で両親と同居していたこと、前記収入の額等本件弁論に現れた事情を総合すると生活費は四割とするのが相当であるから、前記三〇〇万円を基礎収入とし、生活費として四割を控除し、四一年間の期間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除して亡信子の逸失利益の事故時における現価を算定すると、以下の計算式のとおり三九五四万六〇〇〇円となる。

(計算式)

3,000,000×(1-0.4)×21.970=39,546,000

(2) 原告臼井らは、右認定に反し、亡信子が研究員として稼働し続けた場合には昇給の蓋然性が高いし、仮に研究員を途中で辞めたとしても同女の非凡な才能からすれば、陶芸家として大成した蓋然性が高いこと、さらには本件事故に遭わなければ母親である原告臼井泰子を嗣いで臼井一族の不動産を管理する泰和株式会社の代表取締役に就任し、月額二〇万円の収入を得る予定であったことから、亡信子は本件事故がなければ別紙「昇給計算表①」記載のとおりの収入を上げられたものであると主張する。

まず、昇給の点についていえば、たしかに証拠(〈省略〉)によれば、株式会社福寿園においては、年棒制の社員の年棒は二年に一回の割合で見直しをし、四月二一日付で昇給を行うとされていたことが認められる。しかしながら、まず、株式会社福寿園の昇給基準がこの先変更されないままで推移していくものであるのかどうかは、まったく予測できないものといわざるを得ないし、証拠(〈省略〉)によれば、亡信子が他の仕事を辞めて株式会社福寿園の「CHA研究センター」の研究員となったのは、陶芸に関する自己研さんを積むためであったこと、同人は、父親である原告臼井和男から展覧会等への出品を勧められると、「自分が納得できるまで勉強してから」などと述べていたことが認められるところ、これらの事情に弁論の全趣旨を総合すると、亡信子は、いずれは陶芸家として独立することを考えていたことが認められ、そうだとすると、果たしていつまで株式会社福寿園の研究員に留まっていたものであるかは不明といわざるを得ない。したがって、亡信子は、本件事故がなければ昇給基準に従った年棒を受け取っていた蓋然性が高いという原告臼井らの主張は理由がない。

さらに、亡信子が陶芸家として非凡な才能を有していたという点については、仮に亡信子が非凡な才能に恵まれていたとしても、陶芸家として非凡な才能を有していることが直ちに収入の上昇につながるわけではない以上、昇給の蓋然性を裏付ける事情として十分なものではなく、また、亡信子が近く泰和株式会社の代表取締役に就任する予定であったという事情については、右の事実を認めるに足りる的確な証拠がないのであって、結局のところ、亡信子の収入が原告臼井らが主張するように上昇していく高度の蓋然性を認めることはできないといわざるを得ない。

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡信子の生活状況、亡信子が芸術家として大成する夢を将来に託しながら二六歳という若さで突然命を奪われた無念さは察するに余りあること等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告臼井らは、亡信子は本件当日時計、カメラ等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は一〇万円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡信子の死亡による損害のまとめ

(1) 以上のとおりであるから、亡信子の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は六二七四万六〇〇〇円となる。

(2) 損益相殺後の損害額

五三二一万四四八〇円

原告臼井和男本人及び弁論の全趣旨によれば、原告臼井らは、労災保険から葬祭費として五三万九五二〇円及び遺族補償給付として八九九万二〇〇〇円の支払いを受けたことが認められるので、右各金員を対応する損害費目から損益相殺として控除すると、損益相殺後の損害額は五三二一万四四八〇円となる。

(七) 弁護士費用 五三〇万円

原告臼井らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告臼井和男及び同臼井泰子につき各二六五万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡信子自身の損害は五三二一万四四八〇円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告臼井和男及び同臼井泰子は亡臼井の両親であること、他に亡臼井の相続人はいないことが認められ、亡信子が被告ら各自に対して有する損害賠償請求権を原告臼井らは各二分の一ずつの割合で相続することになる。したがって、原告臼井らが承継した損害額に右(七)認定の弁護士費用を加えると、各二九二五万七二四〇円となる。

4  訴外亡木村てい子関係

(原告木村昭典、同木村滋、同井上俊子(以上三名を合わせて「原告木村ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡てい子の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

二六四〇万九三一五円

(1) 基礎収入額

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡てい子は本件事故当時六一歳であったこと、本件事故当時はいわゆる専業主婦として家事労働に従事していたこと、健康状態は良好であったことが認められる。平成三年度賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・女子・六〇歳から六四歳)の平均賃金は二九六万三六〇〇円であるところ、亡てい子の健康状態及び弁論の全趣旨によれば、亡てい子は、本件事故に遭わなければ少なくとも事故後一一年間は就労可能であったと認められるから、本件事故時から一一年間は、少なくとも右程度の賃金に相当する労働を行い得る能力を有していたにもかかわらず、本件事故によってそれを喪失したものと認められる。

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡てい子は、厚生年金(老齢年金)の受給資格を得ており、平成三年六月以降、支払年金額は年額一五七万〇四〇〇円とされていたことが認められる。本件事故当時六一歳であった者の平均余命が23.69年とされていたことは当裁判所に顕著な事実であるところ、右に認定した事実からすれば、亡てい子は本件事故がなければ、二三年間にわたり少なくとも年額一五七万〇四〇〇円の年金の給付を受けることができたものと認められる。

以上の次第であるから、亡てい子の逸失利益算定に際しての基礎収入額は、本件事故後の一一年間は家事労働分及び年金給付分の合計額である四五三万四〇〇〇円、その後の一二年間は年金給付分の一五七万〇四〇〇円とするのが相当である。

(2) 七二歳までの分

一八六六万四二四五円

右に認定したとおり、本件事故後一一年間の基礎収入額は年額四五三万四〇〇〇円が相当であるところ、亡てい子が専業主婦であったこと、二人の子供はいずれも結婚して別居しており、同居の家族は原告木村昭典のみであったこと等本件弁論に現れた事情を考慮すると、この期間の亡てい子の生活費割合は四割が相当であるから、右四五三万四〇〇〇円を基礎とし、これから生活費として四割を控除し、事故時から一一年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、右期間の亡てい子の逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり二三三六万八二三六円となる。

(計算式)

4,534,000×(1-0.4)×8.590=23,368,236

(3) 七二歳以降の分

三〇四万一〇七九円

右に認定したとおり、亡てい子の右(2)の期間後の一二年間の基礎収入額は年額一五七万〇四〇〇円が相当であり、亡てい子が専業主婦であったこと、二人の子供はいずれも結婚して別居していること等の事情に加え年金の額及び年金給付の持つ性質を合わせ考慮すると、この期間の亡てい子の生活費割合は七割が相当であるから、右一五七万〇四〇〇円を基礎とし、これから生活費として七割を控除し、事故時から一一年間及びその後の一二年間の各年数に対応する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によってそれぞれ控除し、亡てい子の右期間の逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり三〇四万一〇七九円となる。

(計算式)

1,570,400×(1-0.7)×(15.045-8.590)=3,041,079

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡てい子の生活状況、亡てい子は病弱な夫を支えながら二人の子供を育て上げ、ようやく自分の時間を活かせるようになった矢先に事故に遭遇して命を奪われたものであること等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告木村らは、亡てい子は本件当日時計、貴金属等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は一〇万円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡てい子の死亡による損害のまとめ

以上のとおりであるから、亡てい子の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は四九七〇万九三一五円となる。

(七) 弁護士費用 五〇〇万円

原告木村らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告木村昭典につき二五〇万円、原告木村滋及び同井上俊子につき各一二五万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡てい子自身の損害は四九七〇万九三一五円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告木村昭典は亡てい子の夫であり、原告木村滋及び同井上俊子は亡てい子の子であること、他に亡てい子の相続人はいないことが認められ、亡てい子が被告らに対して有する損害賠償請求権を原告木村昭典は二分の一、同木村滋及び同井上俊子は各四分の一ずつの割合で相続することになる。したがって、原告木村らが承継した損害額に右(七)認定の弁護士費用を加えると、原告木村昭典が二七三五万四六五七円、原告木村滋及び同井上俊子が一三六七万七三二九円となる。

5  訴外亡後藤正利関係

(原告後藤泰子、同後藤久美、同芝利美(以上三名を合わせて「原告後藤ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡正利の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

三七六三万〇四三二円

(1) 基礎収入額

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡正利は本件事故当時五一歳であったこと、同人は原告後藤泰子と昭和三九年九月に結婚し、結婚当時は遠洋漁業に従事していたが、昭和四〇年に下船し、同四四年ころ大阪に出てきて、亡正利の実姉が大阪府茨木市内で経営するネージュ製菓株式会社に夫婦で勤務するようになったこと、本件事故当時、亡正利はネージュ製菓株式会社の経営する洋菓子店「ボンネージュ」茨城駅前店の店長であったこと、平成元年度の給与所得は四五七万円、同二年度の給与所得は四六六万円であったことが認められる。以上の事実を総合すれば、亡正利は、本件事故に遭わなければその後一六年間就労可能であり、その間少なくとも四六六万円の年収を得ることができたものと認められる。

原告後藤らは右に加えて厚生年金及び国民年金の受給資格喪失による逸失利益を請求している。たしかに証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡正利は、厚生年金の保険金を昭和四一年から継続して納めていたこと、平成五年の支給基準によれば亡正利が継続して保険金を納入し続けたときには、同人が満六〇歳に達すると特別支給の老齢厚生年金の受給資格が得られ、同人が六五歳に達すると国民年金(老齢基礎年金)の受給資格を得ることになっていたことが認められる。しかしながら、年金の支給額については国民の生活水準の変動に合わせて速やかに改定することが予定されている上(国民年金法四条、厚生年金保険法二条の二)、支給開始年齢を含む支給基準についても政府の財政事情等によって大きく左右されることがあり得るものであって、実際に亡正利が六〇歳あるいは六五歳になったときの年金の支給額如何は予測がつかないものといわざるを得ない。したがって、原告後藤らの主張する逸失利益のうち、国民年金分については、理由がないといわざるを得ない。

以上の次第であるから、亡正利の逸失利益算定に際しての基礎収入額は、本件事故後一六年間にわたり年額四六六万円とするのが相当である。

(2) 逸失利益三七六三万〇四三二円

右に認定したとおり、本件事故後一六年間の亡正利の基礎収入額は年額四六六万円が相当であるところ、亡正利が一家における家計の支柱となっていたこと、同居の家族は原告後藤泰子と同後藤久美の二名であったこと等本件弁論に現れた事情を考慮すると、この期間の生活費控除割合は三割が相当であるから、右四六六万円を基礎とし、これから生活費として三割を控除し、事故時から一六年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、亡正利の死亡逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり三七六三万〇四三二円となる。

(計算式)

4,660,000×(1-0.3)×11.536=37,630,432

(三) 慰謝料 二四〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡正利の生活状況、原告後藤泰子については夫である亡正利とともに本件五〇一D列車に乗車して本件事故に遭遇し、自らも体が動かせない状態であったため、なすすべもなく、眼前で亡正利が死んでいくのを見るほかなかったものであり、その苦痛は、筆舌に尽くし難いものであったと察せられること等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告後藤らは、亡正利は本件当日時計等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は一〇万円を下らないと主張するが、右各事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡正利の死亡による損害のまとめ

(1) 以上のとおりであるから、亡正利の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は六二九三万〇四三二円となる。

(2) 損益相殺後の金額

五八五四万六四六六円

原告後藤らは、被告らから百か日法要交通費四万八二六〇円を含む合計四三八万三九六六円の支払いを受けたので(〈証拠略〉、この範囲では原告と被告SKRとの間に争いはない。)、右既払金のうち百か日法要交通費については葬祭関係費から、その余の分については全損害から損益相殺として控除すると五八五四万六四六六円となる。原告後藤らは、既払金のうち三三八万三九六六円は葬儀費用に充当する趣旨で支払われたものであって、右金員については、他の損害費目に充当すべきではないと主張するが、〈証拠略〉によって葬儀関係費用について支払われたことが明らかな四万八二六〇円を除き、右既払金が亡正利の損害のうち、葬儀費用にのみ充当する趣旨で支払われたものであることを認めるに足りる的確な証拠はなく、右原告後藤らの主張は理由がない。

(七) 弁護士費用 五九〇万円

原告後藤らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告後藤泰子につき二九四万円、原告後藤久美及び同芝利美につき各一四八万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡正利の損害は、五八五四万六四六六円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告後藤泰子は亡正利の妻、原告後藤久美及び同芝利美は亡正利の子であり、他に相続人はないことが認められ、亡正利が被告ら各自に対して有する損害賠償請求権を原告後藤泰子は二分の一、原告後藤久美及び同芝利美は各四分の一の割合で相続することになる。したがって、原告後藤らが承継した損害額に右(七)認定の弁護士費用を加えると、原告後藤泰子が三二二一万三二三三円、原告後藤久美及び同芝利美がそれぞれ一六一一万六六一六円となる。

6  訴外亡寺川初榮関係

(原告寺川清一、同寺川喜隆(以上両名を合わせて「原告寺川ら」という。)

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡初榮の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

二〇三〇万八六六八円

(1) 基礎収入額

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡初榮は本件事故当時六八歳であったこと、本件事故当時はいわゆる専業主婦として家事労働に従事していたこと、健康状態は良好であったことが認められる。平成三年度賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・女子・六五歳以上)の平均賃金は二七五万六一〇〇円(年収)であるところ、亡初榮の健康状態及び弁論の全趣旨によれば、亡初榮は、本件事故に遭わなければ、少なくともその後八年間は就労可能であり、その間右程度の賃金に相当する労働を行うことができたものと認められる。

〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、亡初榮は、厚生年金(老齢年金)の受給資格を得ており、平成三年六月支払期以降の支払年金額は年額一六八万〇九〇〇円とされていたことが認められる。本件事故当時六八歳であった者の平均余命が17.66年とされていたことは当裁判所に顕著な事実であるところ、右に認定した事実からすれば、亡初榮は本件事故がなければ、少なくとも八五歳に至るまでの一七年間年額一六八万〇九〇〇円の年金の給付を受けることができたものと認められる。

以上の次第であるから、亡初榮の逸失利益算定に際しての基礎収入額は、本件事故後の八年間は家事労働分及び年金給付分の合計額である四四三万七〇〇〇円、その後平均余命に至るまでの九年間は年金給付分の一六八万〇九〇〇円とするのが相当である。

(2) 七六歳までの分

一七五四万一二三五円

右に認定したとおり、本件事故後八年間の基礎収入額は年額四四三万七〇〇〇円が相当であるところ、亡初榮が専業主婦であったこと、子供はいずれも結婚して独立しており、同居の家族は原告寺川清一のみであったこと等本件弁論に現れた事情を考慮すると、この期間の生活費控除割合は四割が相当であるから、右四四三万七〇〇〇円を基礎とし、これから生活費として四割を控除し、事故時から八年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、右期間の逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり一七五四万一二三五円となる。

(計算式)

4,437,000×(1-0.4)×6.589=17,541,235

(3) 七六歳以降の分

二七六万七四三三円

右に認定したとおり、右(2)の期間後の九年間の基礎収入額は、年額一六八万〇九〇〇円が相当であり、亡初榮が専業主婦であったこと、子供は独立して別居していること等の事情に加え、年金の額及び年金給付の持つ性質を合わせ考慮すると、この期間の亡初榮の生活費割合は七割が相当であるから、右一六八万〇九〇〇円を基礎とし、これから生活費として七割を控除し、事故時から八年間及びその後の九年間の各年数に対応する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によってそれぞれ控除し、右期間の逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり二七六万七四三三円となる。

(計算式)

1,680,900×(1-0.7)×(12.077-6.589)=2,767,433

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡初榮の生活状況、亡初榮は息子が独立し、ようやく自分の時間を活かせるようになった矢先に本件事故に遭遇して命を奪われたものであること等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告寺川らは、亡初榮は本件当日時計、貴金属等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は一〇万円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡初榮の死亡による損害のまとめ

以上のとおりであるから、亡初榮の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は四三六〇万八六六八円となる。

(七) 弁護士費用 四四〇万円

原告寺川らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告寺川清一及び同寺川喜隆につき各二二〇万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡初榮自身の損害は四三六〇万八六六八円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告寺川清一は亡初榮の夫であり、原告寺川喜隆は亡初榮の子であること、他に亡初榮の相続人はいないことが認められ、亡初榮が被告ら各自に対して有する損害賠償請求権を原告寺川らは各二分の一の割合で相続することになる。したがって、原告寺川らが承継した損害額に右(七)の弁護士費用を加えると、それぞれ二四〇〇万四三三四円となる。

7  訴外亡中田晶子関係

(原告中田明道、同中田佳子(以上両名を合わせて「原告中田ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡晶子の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

五二六〇万一八〇七円

(1) 基礎収入

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡晶子は本件事故当時四二歳(昭和二三年六月一九日生)であったこと、昭和四六年大谷女子大学英文学部を卒業後、日新運輸倉庫株式会社に勤務していたが、昭和五三年から父親の原告中田明道が住職を勤める浪速寺の年中行事の四国八十八ヶ所霊場巡拝に参加するようになり、同五四年には日新運輸倉庫株式会社を退職して浪速寺の仕事を手伝うようになったこと、平成二年の終わりころに染織家らとともに組紐制作を手がけるアトリエ「創」を設立し、本件事故当時はようやく軌道に乗り始めたところであったこと、右アトリエ「創」からの収入は不明であること、平成三年四月五日に東寺真言宗管長から中僧都に補せられ、同時に浪速寺副住職に任命されたこと、浪速寺から給与名目での支払は受けていなかったことが認められる。平成三年賃金センサス(産業計・企業規模計・新大卒・女子四〇歳から四四歳)の平均賃金が五四九万八六〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるところ、右に認定した事実からすれば、亡晶子は、本件事故がなければその後二五年間にわたり少なくとも五四九万八六〇〇円の年収を得ることができたものと認められる。

なお、原告中田らは、亡晶子の厚生年金及び国民年金受給資格喪失による逸失利益も請求している。たしかに証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡晶子は、厚生年金の保険金を昭和四六年四月分及び同年六月分から昭和五四年三月分まで納めていたこと、昭和五七年四月から国民年金の掛金を継続して納めていたこと、平成五年の支給基準によれば亡晶子がこのまま継続して保険料を納入し続けたときには、同人が満六〇歳に達すると特別支給の老齢厚生年金の受給資格が得られ、同人が六五歳に達すると国民年金(老齢基礎年金)の受給資格を得ることになっていたことが認められる。しかしながら、年金の支給額については国民の生活水準の変動に合わせて速やかに改定することが予定されている上(国民年金法四条、厚生年金保険法二条の二)、支給開始年齢を含む支給基準についても政府の財政事情等によって大きく左右されることがあり得るものであって、実際に亡晶子が六〇歳あるいは六五歳になったときの年金の支給の有無及び額如何は予測がつかないものといわざるを得ない。したがって、原告中田らの主張する逸失利益のうち国民年金分については理由がない。

(2) 逸失利益

右に認定したとおり、亡晶子の逸失利益算定に当たっての基礎収入額は年額五四九万八六〇〇円が相当であるところ、亡晶子は両親と同居していたこと、亡晶子の父親である原告中田明道は浪速寺の住職であったこと、前記収入の額等本件弁論に現れた事情を総合すると生活費控除割合は四割とするのが相当であるから、前記五四九万八六〇〇円を基礎収入とし、生活費として四割を控除し、二五年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、亡晶子の逸失利益の事故時における現価を算定すると、以下の計算式のとおり五二六〇万一八〇七円となる。

(計算式)

5,498,600×(1-0.4)×15.944=52,601,807

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡晶子の生活状況、亡晶子が浪速寺の副住職に任命され、さらにアトリエ「創」の仕事も軌道に乗り始めた矢先に本件事故に遭遇したこと、原告中田らは寺の後継者を突如失ったこと等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告中田らは亡晶子は本件当日時計、カメラ等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は二四万六〇〇〇円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡晶子の死亡による損害のまとめ

以上のとおりであるから、亡晶子の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は七五九〇万一八〇七円となる。

(七) 弁護士費用 七六〇万円

原告中田らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告中田明道及び同中田佳子につき各三八〇万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡晶子自身の損害は七五九〇万一八〇七円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告中田明道及び同中田佳子は亡晶子の両親であること、他に亡晶子の相続人はいないことが認められ、亡晶子が被告ら各自に対して有する損害賠償請求権を原告中田らは各二分の一ずつの割合で相続することになる。したがって、原告中田らが承継した損害額に右(七)認定の弁護士費用を加えると、それぞれ四一七五万〇九〇三円となる。

8  訴外亡乙川花子関係

(原告乙川春夫、同乙川夏夫(以上両名を合わせて「原告乙川ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一三〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡花子の葬祭関係費は一三〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

二五六三万五五八三円

(1) 基礎収入額

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡花子は本件事故当時五二歳(昭和一三年五月二七日生)であったこと、家事労働に従事する傍ら、家業の貸家、貸駐車場の管理業務を行っていたこと、亡花子の家族には脳性麻痺の重度の障害を有する者や老齢の者もおり、これらの者の世話も亡花子が一手に行っていたこと、亡花子の健康状態は良好であったことが認められる。平成三年度賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・女子・五〇歳から五四歳)の平均賃金は三一六万〇九〇〇円(年額)であることは当裁判所に顕著な事実であるところ、亡花子は通常の家事労働に加えて障害を有する家族の介護にも当たっており、この点の稼働能力は通常の家事労働にプラスして一日当たり二〇〇〇円(年額七三万円)として評価するのが相当であるから、亡花子は、本件事故がなければ年額三八九万〇九〇〇円の収入を得るべき稼働能力を有していたものと認めるのが相当である。そして、亡花子は、本件事故に遭わなければその後一五年間は就労可能であったと認められる。

原告乙川らは、右に加えて国民年金の受給資格喪失による逸失利益を請求している。たしかに証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡花子は、国民年金(老齢基礎年金)の保険金を昭和五一年から継続して納めていたこと、継続して保険金を納入し続けたときには、同人が満六五歳に達すると年金の受給資格が得られることになっていたことが認められる。しかしながら、年金の支給額については国民の生活水準の変動に合わせて速やかに改定することが予定されている上(国民年金法四条)、年金の支給基準についても政府の財政事情等によって大きく左右されることがあり得るものであって、実際に亡花子が六五歳になったときの支給額如何は予測がつかないものといわざるを得ない。したがって、原告乙川らの主張する逸失利益のうち国民年金分については理由がない。

以上の次第であるから、亡花子の逸失利益算定に際しての基礎収入額は、本件事故後一五年間にわたり年額三八九万〇九〇〇円とするのが相当である。

(2) 逸失利益

右に認定したとおり亡花子の基礎収入額は年額三八九万〇九〇〇円が相当であるところ、亡花子が専業主婦であったこと、子供は就職していたこと等本件弁論に現れた事情を考慮すると、亡花子の生活費控除割合は四割が相当であるから、右三八九万〇九〇〇円を基礎とし、これから生活費として四割を控除し、事故時から一五年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、亡花子の死亡逸失利益の事故時における現価を算出すると、以下の計算式のとおり二五六三万五五八三円となる。

(計算式)

3,890,900×(1-0.4)×10.981=25,635,583

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡花子の生活状況、特に亡花子は障害を有する者や年老いた者がいる家族の中にあって一家の中心的存在としての役割を果たしていたこと、同人の一人息子の結婚相手が決まっていた等本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

(四) 物損

認めることができない。

原告乙川らは、亡花子は本件当日時計、貴金属等を着用しており、本件事故により右時計等を紛失し、衣服も汚損し使用することができなくなり、その損害は三三万円を下らないと主張するが、右事実を裏付けるに足りる客観的証拠はなく、本件の全証拠によっても右事実を認めることはできない。

(五) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(六) 亡花子の死亡による損害のまとめ

以上のとおりであるから、亡花子の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は四八九三万五五八三円となる。

(七) 弁護士費用 四九〇万円

原告乙川らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告乙川春夫及び同乙川夏夫につき各二四五万円をもって相当と認める。

(八) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡花子自身の損害は四八九三万五五八三円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告乙川春夫は亡花子の夫、原告乙川夏夫は亡花子の子であることが認められ、亡花子が被告らに対して有する損害賠償請求権を原告乙川らは各二分の一ずつ相続することになる。したがって、原告乙川らが承継した損害額に右(七)認定の弁護士費用を加えると、それぞれ二六九一万七七九一円となる。

9  訴外亡中島未晴関係

(原告中島三木男、同中島育子(以上両名を合わせて「原告中島ら」という。))

(一) 葬祭関係費 一二〇万円

本件事故と相当因果関係を有する亡未晴の葬祭関係費は一二〇万円であると認める。

(二) 逸失利益

二一一三万一八九一円

(1) 証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、亡未晴は本件事故当時二歳(昭和六三年七月二二日生)であり、健康に育っていたこと、亡未晴の父親である原告中島三木男は県立信楽工業高校卒業後株式会社日本サルベージサービスに就職し、大型クレーンの運転手として稼働する傍ら、家業の農業も行っていることが認められる。平成九年賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・男子・一八歳から一九歳)の平均賃金額は年額二四八万二六〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるところ、右に認定される事実からすれば、亡未晴は、本件事故がなければ、一八歳から六七歳までの四九年間にわたり少なくとも二四八万二六〇〇円の収入を上げることができたと考えられる。そして、前記収入の額等本件弁論に現れた事情を総合すると生活費は五割とするのが相当であるから、前記二四八万二六〇〇円を基礎収入とし、生活費として五割を控除し、亡未晴が一八歳になるまでの一六年間及び一八歳から六七歳までの四九年間の各年数に対応する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除し、亡未晴の逸失利益の本件事故時における現価を算定すると、以下の計算式のとおり二一一三万一八九一円となる。

(計算式)

2,482,600×(1-0.5)×(28.560-11.536)=21,131,891

(2) 原告中島らは、右認定に反し、亡未晴は両親と同等若しくはそれ以上の教育を受け、父親と同等の職業に就く蓋然性が高く、あるいはそうでなくとも少なくとも賃金センサス(産業計・企業規模計。学歴計・男子労働者)の各年齢階層ごとの平均賃金に見合った収入を得ることができたはずであるから、亡未晴は本件事故がなければ別紙「昇給計算表②」記載のとおりの収入を上げることができたものであると主張する。しかしながら、本件の全証拠によっても、亡未晴が将来どのような職業に就いてどの程度の収入を上げられるかを知ることはできないし、まして昇給するかどうかまでの予測をすることはできないから、原告中島らの右主張を採用することはできない。

(三) 慰謝料 二二〇〇万円

本件事故の態様、本件事故前の亡未晴の生活状況、亡未晴が、わずか二歳という年齢で、あまりにも早く、しかも突然に命を奪われることになったこと等本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、右金額をもって相当と認める。

(四) 交通費

認めることができない。

遺族が葬儀等に参列するために要した交通費については、葬祭関係費用の認定の際に考慮しているので、別途独立に認めることはしない。

(五) 亡未晴の死亡による損害のまとめ

(1) 以上のとおりであるから、亡未晴の本件事故と相当因果関係を有する損害(弁護士費用を除く)は四四三三万一八九一円となる。

(2) 損益相殺後の損害額

四二八三万一八九一円

弁論の全趣旨によれば、原告中島らは、被告らから損害賠償金の内金として一五〇万円の支払いを受けたことが認められる(原告中島らと被告SKRとの間では争いがない。)ので、右金員を損益相殺として控除すると、損益相殺後の損害額は四二八三万一八九一円となる。

(六) 弁護士費用 四三〇万円

原告中島らがその権利を実現するために本件訴訟を提起、追行するに際し、弁護士にその訴訟活動を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証の難易及び認容された額その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮し、被告らに負担させるべき弁護士費用は、原告中島三木男及び同中島育子につき各二一五万円もって相当と認める。

(七) 小括

以上の次第で、被告ら各自に負担させるべき亡未晴の損害は四二八三万一八九一円であるところ、証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告中島三木男は亡未晴の父親、原告中島育子は亡未晴の母親であること、他に亡未晴の相続人はいないことが認められ、亡未晴が被告らに対して有する損害賠償請求権を原告中島らは各二分の一ずつの割合で相続することになる。したがって、原告中島らが承継した損害額に右(六)認定の弁護士費用を加えると、それぞれ二三五六万五九四五円となる。

八  争点12(弁済の提供)について

被告SKRは、被告らは、原告ら代理人に対し、遅くとも平成五年一〇月一四日までには、既払金以外にそれぞれ訴外亡吉崎佐代子の損害に関し三四四六万二〇七八円、訴外亡伊原一男の損害に関し四二三一万二〇一五円、訴外亡臼井信子の損害に関し四八四〇万五七二五円、訴外亡木村てい子の損害に関し四一五八万三三六九円、訴外亡後藤正利の損害に関し五三九八万一〇三四円、訴外亡寺川初榮の損害に関し三六一〇万六二二〇円、訴外亡中田晶子の損害に関し四七九二万八〇〇〇円、訴外亡乙川花子の損害に関し四二三二万五〇〇〇円、訴外亡中島未晴の損害に関し三七八九万二〇〇〇円を支払うことを示して弁済の提供を行ったと主張する。しかしながら、弁済の提供とは一定の債務がある場合に、債務者に一定の行為を要求することにより、債務者を債務不履行責任から免れさせるための制度であるところ、被告らが右の額を原告ら代理人に示したのは、未だ被告らの負うべき債務の内容が定まっていない段階で単に示談額を提示したにすぎず、被告らが一定の債務を負っていることを前提にしてその履行に向けた行為がなされたわけではなく、しかも、提示額は前認定の損害額の一部にすぎないから、右の被告らの行為をもって弁済の提供ということはできない。したがって、右の被告SKRの主張は理由がない。

九  結語

以上のとおりであるから、原告らの請求は、被告ら各自に対し、原告吉崎俊三が一九八九万〇六九六円、同溝口恵美子及び同坂本久仁子がそれぞれ九九四万五三四八円、同伊原いとが二五八〇万四四〇〇円、同伊原誠一、同伊原佳嗣及び同村上美智がそれぞれ八五九万四八〇〇円、同臼井和男及び同臼井泰子がそれぞれ二九二五万七二四〇円、同木村昭典が二七三五万四六五七円、同木村滋及び同井上俊子がそれぞれ一三六七万七三二九円、同後藤泰子が三二二一万三二三三円、同後藤久美及び同芝利美がそれぞれ一六一一万六六一六円、同寺川清一及び同寺川喜隆がそれぞれ二四〇〇万四三三四円、同中田明道及び同中田佳子がそれぞれ四一七五万〇九〇三円、同乙川春夫及び乙川夏夫がそれぞれ二六九一万七七九一円、同中島三木男及び同中島育子が二三五六万五九四五円及び右各金員に対する本件事故日である平成三年五月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三浦潤 裁判官山口浩司 裁判官大須賀寛之)

昇給計算表①

年齢

年収

ホフマン係数

中間利息控除の年数

27

4,335,100

0.95238095

4,128,667

28

4,335,100

0.90909091

3,941,000

29

4,335,100

0.86956522

3,769,652

30

5,499,600

0.83333333

4,583,000

31

5,499,600

0.80000000

4,399,680

32

5,499,600

0.76923077

4,230,462

33

5,499,600

0.74074074

4,073,778

34

5,499,600

0.71428571

3,928,286

35

6,533,400

0.68965517

4,505,793

36

6,533,400

0.66666667

4,355,600

37

6,533,400

0.64516129

4,215,097

38

6,533,400

0.62500000

4,083,375

39

6,533,400

0.60606061

3,959,636

40

7,910,200

0.58823529

4,653,059

41

7,910,200

0.57142857

4,520,114

42

7,910,200

0.55555556

4,394,556

43

7,910,200

0.54054054

4,275,784

44

7,910,200

0.52631579

4,163,263

45

9,123,200

0.51282051

4,678,564

46

9,123,200

0.50000000

4,561,600

47

9,123,200

0.48780488

4,450,341

48

9,123,200

0.47619048

4,344,381

49

9,123,200

0.46511628

4,243,349

50

10,320,400

0.45454545

4,691,091

51

10,320,400

0.44444444

4,586,844

52

10,320,400

0.43478261

4,487,130

53

10,320,400

0.42553191

4,391,660

54

10,320,400

0.41666667

4,300,167

55

9,351,900

0.40816327

3,817,102

56

9,351,900

0.40000000

3,740,760

57

9,351,900

0.39215686

3,679,176

58

9,351,900

0.38461538

3,596,885

59

9,351,900

0.37735849

3,529,019

60

7,220,000

0.37037037

2,674,074

61

7,220,000

0.36363636

2,625,455

62

7,220,000

0.35714286

2,578,571

63

7,220,000

0.35087719

2,533,333

64

7,220,000

0.34482759

2,489,655

65

6,908,400

0.33898305

2,341,831

66

6,908,400

0.33333333

2,302,800

67

6,908,400

0.32786885

2,265,049

68

6,908,400

0.32258065

2,228,516

69

6,908,400

0.31746032

2,193,143

70

6,908,400

0.31250000

2,158,875

71

6,908,400

0.30769231

2,125,662

72

6,908,400

0.30303030

2,093,455

73

6,908,400

0.29850746

2,062,209

74

6,908,400

0.29411765

2,031,882

75

6,908,400

0.28985507

2,002,435

76

6,908,400

0.28571429

1,973,829

計 177,959,645

昇給計算表②

年齢

年数

ホフマン係数

中間利息控除後の年収

18

2,316,900

0.55555556

1,287,167

19

2,316,900

0.54054054

1,252,378

20

3,110,300

0.52631579

1,637,000

21

3,110,300

0.51282051

1,595,026

22

3,110,300

0.50000000

1,555,150

23

3,110,300

0.48780488

1,517,220

24

3,110,300

0.47619048

1,481,095

25

4,071,100

0.46511628

1,893,535

26

4,071,100

0.45454545

1,850,500

27

4,071,100

0.44444444

1,809,378

28

4,071,100

0.43478261

1,770,043

29

4,071,100

0.42553191

1,732,383

30

4,922,700

0.41666667

2,051,125

31

4,922,700

0.40816327

2,009,265

32

4,922,700

0.40000000

1,969,080

33

4,922,700

0.39215686

1,930,471

34

4,922,700

0.38461538

1,893,346

35

5,656,100

0.37735849

2,134,377

36

5,656,100

0.37037037

2,094,852

37

5,656,100

0.36363636

2,056,764

38

5,656,100

0.35714286

2,020,036

39

5,656,100

0.35087719

1,984,596

40

6,310,800

0.34482759

2,176,138

41

6,310,800

0.33898305

2,139,254

42

6,310,800

0.33333333

2,103,600

43

6,310,800

0.32786885

2,069,115

44

6,310,800

0.32258065

2,035,742

45

6,861,700

0.31746032

2,178,317

46

6,861,700

0.31250000

2,144,281

47

6,861,700

0.30769231

2,111,292

48

6,861,700

0.30303030

2,079,303

49

6,861,700

0.29850746

2,048,269

50

6,828,400

0.29411765

2,008,353

51

6,828,400

0.28985507

1,979,246

52

6,828,400

0.28571429

1,950,971

53

6,828,400

0.28169014

1,923,493

54

6,828,400

0.27777778

1,896,778

55

5,851,100

0.27397260

1,603,041

56

5,851,100

0.27027027

1,581,378

57

5,851,100

0.26666667

1,560,293

58

5,851,100

0.26315789

1,539,763

59

5,851,100

0.25974026

1,519,766

60

4,105,900

0.25641026

1,052,795

61

4,105,900

0.25316456

1,039,468

62

4,105,900

0.25000000

1,026,475

63

4,105,900

0.24691358

1,013,802

64

4,105,900

0.24390244

1,001,439

65

3,553,500

0.24096386

856,265

66

3,553,500

0.23809524

846,071

67

3,553,500

0.23529412

836,118

68

3,553,500

0.23255814

826,395

69

3,553,500

0.22988506

816,897

70

3,553,500

0.22727273

807,614

71

3,553,500

0.22471910

798,539

72

3,553,500

0.22222222

789,667

73

3,553,500

0.21978022

780,989

74

3,553,500

0.21739130

772,500

計 91,438,214

臨時列車(世界陶芸祭)運転について

◎ 注意すべき点

○就業規則、運心はJR方式とする

○閉そく方式の種類   常用閉そく方式――特殊自動閉そく式

代用閉そく方式――指導通信式、指導式

○異常時の対応はすべて信楽駅(高原鉄道)とする

○出発合図   貴生川駅――車掌のブザー合図

信楽駅――駅長の出発指示合図→車掌のブザー合図

※ 小野谷(信)《上り》   出発の条件が整っていることを確かめた後列車の運転を開始する。

(車掌のブザー合図はない)

○停止位置目標   信楽、小野谷(信)は ○

○沿線電話の使用は携帯電話のL1、L2と端子ボックス内9線をつなぐ

○方向幕は臨時とする

○前照灯は昼夜に関係なく「入」定位

○駅、要注踏切に接近した時は気笛を吹鳴すること

○信楽駅での運転線路(到着線)変更の取扱いは基本的にはありません。

○信楽駅での留置は発位置(貴生川方)手ブレーキ、手歯止、手歯止札、使用すること

○雲井〜勅旨間岩倉踏切に特殊信号発光機が設置されている。復帰扱いはJRと同じ

※ 4両編成で信楽1番線到着後、2番線への転線作業方

着後、直ちにエンド交換し、誘導(車掌)にて約20m押込み後、入信にて本線4両位置まで81上げ2番線に据付ける。据付後直ちに最後部車(信楽方)戸ジメスイッチ右左「切」戸ジメスイッチ右左「切」指差確認喚呼

※ 4両編成で信楽2番線到着後列車での戸ジメスイッチの取扱方

貴生川駅発車後直ちに戸ジメスイッチ右左「切」指差確認喚呼

信楽駅場内信号機、確認に先立ち戸ジメスイッチ「切」確認喚呼

※ 4両編成で信楽2番線発での戸ジメスイッチの取扱い

客扱い前(車掌がドア「開」とする前)に、自運転室戸ジメスイッチ右左「切」確認

発車後直ちに、戸ジメスイッチ右左「入」指差確認喚呼

貴生川駅場内信号機確認に先立ち戸ジメスイッチ右左「入」指差確認喚呼

※ 電話連絡方

信楽駅JR078―5638 NTT0748―82―3391

○貴生川(信楽1番線)到着時「車止ブレーキ注意」指差確認喚呼

○休憩について

信楽駅では乗務員休憩室(畳の部屋)

貴生川駅では会議室(旧物資部)とする

○曲線、勾配、ポイント制限等要注意ヶ所が随所にありますが

速度超過にならないよう十分注意して下さい

請求額一覧表

犠牲者

請求額

原告番号

原告名

割合

各請求額

1

吉崎佐代子

100,752,319

1

1

吉崎俊三

1

2

50,376,159

1

2

溝口恵美子

1

4

25,188,079

1

3

坂本久仁子

1

4

25,188,079

2

伊原一男

114,122,213

2

1

伊原いと

1

2

57,061,106

2

2

伊原誠一

1

6

19,020,368

2

3

伊原佳嗣

1

6

19,020,368

2

4

村上美智

1

6

19,020,368

3

臼井信子

152,090,000

3

1

臼井和男

1

2

76,045,000

3

2

臼井泰子

1

2

76,045,000

4

木村てい子

115,303,010

4

1

木村昭典

1

2

57,651,505

4

2

木村滋

1

4

28,825,752

4

3

井上俊子

1

4

28,825,752

5

後藤正利

126,116,141

5

1

後藤泰子

1

2

63,058,070

5

2

後藤久美

1

4

31,529,035

5

3

芝利美

1

4

31,529,035

6

寺川初栄

99,977,126

6

1

寺川清一

1

2

49,988,563

6

2

寺川善隆

1

2

49,988,563

7

中田晶子

159,982,998

7

1

中田明道

1

2

79,991,499

7

2

中田佳子

1

2

79,991,499

8

乙川花子

139,419,518

8

1

乙川春夫

1

2

69,709,759

8

2

乙川夏夫

1

2

69,709,759

9

中島未晴

128,077,739

9

1

中島三木男

1

2

64,038,869

9

2

中島育子

1

2

64,038,869

1,135,841,056

吉崎佐代子

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

96,526

H03/05/14

0

96,526

葬儀料一式

1,495,860

H03/05/26

3,359,692

6,168

葬儀等の当面経費

1,000,000

H03/05/29

葬儀費一部金

870,000

H03/05/15

仮処分和解金

3,500,000

H04/04/17

3,500,000

0

6,962,386

6,859,692

102,694

吉崎佐代子

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

3,462,386

3,359,692

損害賠償内払計

3,500,000

3,500,000

6,962,386

6,859,692

伊藤一男

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

48,389

H03/05/14

0

48,389

葬儀費の当面経費

5,000,000

H03/05/23

5,000,000

0

5,048,389

5,000,000

48,389

伊原一男

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

5,048,389

5,000,000

損害賠償内払計

0

0

5,048,389

5,000,000

臼井信子

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

68,465

H03/05/14

0

68,465

労災給付金(葬祭費)

539,520

H05/10/14

9,591,520

-60,000

労災給付金(遺族補償)

8,992,000

H05/10/14

9,599,985

9,591,520

8,465

臼井信子

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

607,985

539,520

損害賠償内払計

8,992,000

9,052,000

9,599,985

9,591,520

木村てい子

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

47,689

H03/05/14

0

47,689

47,689

0

47,689

木村てい子

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

47,689

0

損害賠償内払計

0

0

47,689

0

寺川初栄

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

61,390

H03/05/14

0

61,390

61,390

0

61,390

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

81,390

0

損害賠償内払計

0

0

81,390

0

中島未晴

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

44,260

H03/05/14

0

44,260

損害賠償金内払

1,500,000

1,500,000

0

1,544,260

1,500,000

44,260

中島未晴

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

44,260

0

損害賠償内払計

1,500,000

1,500,000

1,544,280

1,500,000

中田晶子

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

74,954

H03/05/14

0

74,954

74,954

0

74,954

中田晶子

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

74,954

0

損害賠償内払計

0

0

74,954

0

乙川花子

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊枢車運賃

37,080

H03/05/14

0

37,080

37,080

0

37,080

乙川花子

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

37,080

0

損害賠償内払計

0

0

37,080

0

後藤正利

既払金明細

既払金額

既払日

訴状記載

既払金差額

霊柩車運賃

53,303

H03/05/14

0

53,303

葬儀経費

3,883,966

H03 随時

4,383,968

0

補償金払金

500,000

H03/08/21

4,437,269

4,383,966

53,303

後藤正利

既払科目

既払金額

訴状記載

葬祭儀費計

3,937,269

3,883,966

損害賠償内払計

500,000

500,000

4,437,269

4,383,966

図2-1-1 信楽高原鉄道における軌道回路、信号機等の配置及び方向回路

信楽駅制御盤盤面図

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