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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)7810号 判決 1998年10月21日

原告

甲野太郎

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

小山田貫爾

被告

乙川病院こと

乙川一郎

右訴訟代理人弁護士

竹村仁

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、九五〇〇万八四二六円及びこれに対する平成二年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野次郎及び原告甲野花子に対し、各二二〇万円及びこれに対する平成二年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告甲野太郎に対し一億二〇二四万三〇五二円、原告甲野次郎及び原告甲野花子に対し各五五〇万円並びに右各金員に対する平成二年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の経営する病院において受診し、無菌性髄膜炎と診断された原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)が、ヘルペス脳炎を発症し、失語症等の後遺障害を残したことについて、早期に脳波検査等の諸検査を行う必要があったのに検査設備のない被告の病院に入院させ他の検査設備の整った病院に転送する義務を怠った点、右検査義務を怠った点、脳症状の発現につき経過観察義務を怠った点、脳症状の発現後に適切な治療をなさなかった点に、それぞれ被告の過失があったとし、右過失により、単純ヘルペス脳炎が悪化し、当時大学四年生であった原告太郎の労働能力が完全に失われたとして、原告らが診療契約の債務不履行ないし不法行為に基づき、逸失利益、慰藉料等の損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者及び関係者

(一) 原告太郎は、昭和四三年六月二八日生まれの男性であり、本件当時大学四年生であった(甲一、二の二)。

原告甲野次郎(以下「原告次郎」という。)及び原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は原告太郎の両親である(甲一)。

(二) 被告は、昭和四五年に医師免許を取得した医師であり、昭和五七年一〇月から大阪府吹田市内で内科・胃腸科を届出科目とする病床数五〇床の乙川病院を開業し、その院長を努めている(甲九、乙九、一二、被告本人)。

A医師(以下「A医師」という。)は、昭和五〇年に医師免許を取得した医師であり、本件当時大津市民病院内科医長の地位にあったが、昭和五八年一月以来、月に一度土曜日及び日曜日に乙川病院でアルバイトの当直医として勤務し、平成二年八月二五日(土曜日)午後六時から同月二七日(月曜日)の午前八時まで乙川病院で当直していた(乙一〇、乙一一、証人A)。

B(以下「B看護婦」という。)及びC(以下「C看護婦」という。)は、本件当時、准看護婦の資格において、乙川病院に勤務していた看護婦であり、平成二年八月二六日午後五時から同月二七日午前九時まで乙川病院で当直勤務していた(乙一三、一四、証人B、証人C)。

2  原告太郎は、平成二年八月二三日から発熱、吐気の症状があり(乙二)、同月二五日の朝被告の経営する乙川病院に来院した。原告太郎を診察した被告は入院を指示し、原告太郎は直ちに乙川病院に入院した。

3  同病院において、同日午前一一時三〇分ころ、原告太郎にルンバール検査を行ったところ、次の検査結果が出た。

(一) 脊髄液検査所見

細胞数増加(三立方ミリメートル中七八)、細胞数ではリンパ球優位(八七パーセント)。

(二) 脊髄液の生化学所見

タンパクの軽度増加(六七)、糖正常。

(三) 髄液の外観

無色透明。

被告は、右検査結果により無菌性髄膜炎を疑った。

4  翌八月二六日の原告太郎の症状の推移について、看護記録(乙二)には、次のように記載されている。

午前五時四五分

頭痛は軽度であった。

午前七時

側頭部痛があった。後頭痛は軽度であり、吐気は軽度のものが持続し、頸部硬直は認められなかったが、頭を前屈させると腰痛を訴えた。

午前一〇時三〇分

両側頭部痛及び後頭部痛が持続していた。

午後一二時五〇分

頭痛を訴えた。

午後一時

ナースコールがあり、医師が診察した。後頭部及び両側頭部痛は持続していたが、頸部硬直は認められなかった。頭部を前屈すると、頭痛、吐気が強くなると訴えた。

午後二時三〇分

頭痛は持続していた。

午後六時

後頸部から両肩、眉間、眼の奥に痛みがあるが、項部硬直は認められない。母親との会話に意味不明の言葉があったが、看護婦の問いかけには明確に答えていた。

午後八時二〇分

前、側、後頭部痛を訴えていた。問いに対する応答ははっきりする時と緩慢な時があり、意味不明な発語があった。看護婦は医師に右状況を上申した。看護記録には、この際、医師が「脳炎の疑いある」と発言した旨の記載がある。看護婦は医師の指示によりキリット及びヴェノピリンの投与を施行した。

5  翌八月二七日の症状の推移については、次のように記載されている。

午前〇時

両側頭部痛及び悪寒を訴えた。原告太郎は何かを思い出して言おうとするが、分からない様子であった。看護婦の質問に対する返答は明瞭であった。

午前六時二五分

突然痙攣発作を約五分間起こし、体動が激しかった。医師が来診した。意識障害が認められ、瞳孔反射は認められなかった。

午前六時四〇分

再度痙攣発作があった。

午前一〇時

千里救命救急センターへ搬送した。

6  原告太郎は、千里救命救急センターにおいてヘルペス脳炎と診断され、同年一〇月二四日まで入院して治療を受け、同日から星ヶ丘厚生年金病院に転院し、平成三年三月三一日まで入院治療を受け、退院後も同病院に通院したが、ヘルペス脳炎後遺症として、失語症、症候性てんかん、両眼右上四分の一半盲(視野狭窄)の症状を残している(甲二の二ないし四)。

二  争点

1  被告の過失

(一) 転送義務違反

(原告らの主張)

本来医師は、その業務の性質に照らし、危険防止のために、実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであるから、当該患者を当該診療科目を専門とする他の医師に、あるいは右診療行為を十分になし得る設備を有する医療機関に転送させてよりよい診療行為を受けさせ、よって自己に課された注意義務を果たすことを求められるところ、本件においては、単純ヘルペス脳炎の治療が遅れた場合、死亡若しくは重度の後遺障害という重篤な結果を生じることとなるため、早期診断、早期治療開始が必要であり、緊急を要する医学的事態のひとつと認識されている。ところが、被告は、内科・胃腸科を標榜する小病院であり、単純ヘルペス脳炎については専門外であること、八月二五日、二六日の当直医はアルバイトであるA医師のみであるうえ、夜勤の看護婦二名はいずれも准看護婦であり、経過観察をするための人的設備が不十分であること、乙川病院には、脳波検査及び頭部CT検査の設備がなく、無菌性髄膜炎とウイルス性髄膜脳炎との鑑別が困難であること、乙川病院の近くには、千里救命救急センターという最適の医療機関が存在し、被告は本件の一年前に同様の症例を経験し、救急車で同センターに患者を転送したことがあることからすれば、八月二五日に原告太郎を無菌性髄膜炎と診断した時点で、または原告太郎に意識障害が生じた八月二六日の時点で、さらに遅くともA医師が原告太郎の痙攣後「脳炎と考えられる」と診断した八月二七日午前六時三〇分時点で、直ちに転送の処置を取るべきであったのに、同日午前一〇時すぎまで転送の処置をとらなかった点に過失がある。

(被告の主張)

八月二五日の時点では、原告太郎にはまだ意識障害や精神症状が出現していなかったから、甲第三号証の「移送の判定基準」(病状が進行性で、意識障害や精神症状が出現し、全身管理や十分な治療を必要とするとき、高次の施設に移送する。)によれば転送の必要はない。また、単純ヘルペス脳炎の脳波における比較的特徴的な所見としてのPSD(周期性同期性放電)の脳波異常は、約三分の一の症例で認められるにすぎないから、八月二五日の時点で脳波検査を実施していたとしても、PSDの脳波異常が出現した可能性は少ないし、発病数日間は、頭部CT検査でも異常の見られないことが多いから、右時点で頭部CT検査を実施しても異常を発見できたかどうかは疑わしい。したがって、無菌性髄膜炎とウイルス性髄膜脳炎との鑑別のために、脳波検査及び頭部CT検査をすべき義務があったとはいえず、乙川病院に脳波検査及び頭部CT検査の設備がなかったことは、転送義務の根拠となりえない。さらに、当直医のA医師は、非常勤ではあるが、本件当時までに約八年間にわたり、乙川病院において一か月に一回の割合で、当直を継続してきており、乙川病院の内情に精通していたから、アルバイトの身分であることをもって、十分な治療ができないわけでない。

八月二六日の時点においても、原告太郎には意識障害はなかったから、転送義務もなかったというべきである。

八月二七日午前六時三〇分ころ、A医師は、原告太郎に痙攣発作が生じたとの報告を受けて診察し、全身痙攣発作の処置及び経過観察を行った後、被告に連絡したものであり、連絡が遅きに失したわけではない。被告は、A医師から連絡を受けて直ちに来院し、同日午前八時三〇分ころ、原告太郎を診察し、両親への説明等を行った後、国立循環器病センターに連絡したが、拒否されたため、最終的に千里救命救急センターに連絡し、了解が得られたのであり、診察時から一時間余り時間を経過したのは、最初に電話した国立循環器病センターへの連絡手続に時間を費やしたためで、やむを得ない事情によるものである。

なお、乙川病院における本件の約一年前の類似症例の病名は急性細菌性心内膜炎であり、本症例の場合とは痙攣発作が類似しているだけで、原因が細菌性か無菌性か、発生部位が脳か髄膜か、また治療法においても両者は異なっているから、右類似症例の経験が転送義務の根拠となるものではない。

(二) 経過観察義務違反

(原告らの主張)

C看護婦、B看護婦及びA医師は、脳炎の症状、特に意識障害のレベルを継続的に観察する義務があったのに、原告太郎の意味不明の発語を高熱のためと即断し、いわゆる三・三・九度方式による氏名、住所、年齢などを問いかける方法などを実施して意識障害のレベルをチェックすることを怠り、また、両看護婦は、二人で夜勤に就きながら、二人とも仮眠をとったため、原告太郎の意識障害等の観察を全くしない空白の時間(八月二六日午後九時二〇分から八月二七日午前〇時までの二時間四〇分及び同日午前〇時一五分から午前六時一〇分までの五時間五五分)を生じさせた点に過失がある。右A医師ら三名は、被告が診療契約上の債務を履行するにあたって使用した履行補助者であるから、右三名の過失は、被告の過失と同視できる。

(被告の主張)

八月二六日午後六時の時点では、原告太郎は「はい」「いいえ」だけでなく、「大丈夫です」「寒くはないです」と明確に答えており、幻聴・幻覚もなかったし、同日午後八時二〇分の時点や八月二七日午前〇時の時点でも、「頭が痛い」「吐き気がある」などと明確に答えており、いずれの時点においても意識障害がなかったことは明らかであるから、B看護婦及びC看護婦は、三・三・九度方式を使用する必要がないと判断したのであり、右行為に過失は認められない。

(三) 検査義務違反

(原告らの主張)

発熱、髄膜刺激症状、脳症状のいずれかが現われたときに単純ヘルペス脳炎の容疑が発生し、この時期に集中的な検査と綿密な観察を行い、一日でも早く確定診断を下せるように努力することが重要であり、その検査の中には、脳波の頻繁な監査と頭部CT検査(初診時から)があり、特に脳波異常は早期から出現するから、被告は、無菌性髄膜炎との鑑別診断のために、脳波検査及び頭部CT検査を実施すべき義務があったのに、これを怠った。

(被告の主張)

単純ヘルペス脳炎の脳波における比較的特徴的な所見としてのPSD(周期性同期性放電)の脳波異常は、約三分の一の症例で認められるにすぎないから、八月二五日の時点で脳波検査を実施していたとしても、PSDの脳波異常が出現した可能性は少ないし、発病数日間は、頭部CT検査で異常の見られないことが多いから、右時点で頭部CT検査を実施しても異常を発見できたかどうかは疑わしいことからして、無菌性髄膜炎とウイルス性髄膜脳炎との鑑別のために、脳波検査及び頭部CT検査をすべき義務があったとはいえない。

(四) 治療義務違反

(原告らの主張)

八月二六日午後六時の時点では、原告太郎には、①母親との会話中の意味不明な言葉(脳症候)②頭痛、吐気(髄膜刺激症状)③高熱の持続(全身感染症候)のように単純ヘルペス脳炎の症候が揃っており、しかも対症療法の実施にもかかわらず、症状の改善が見られなかったのであるから、被告は直ちに、抗ウイルス剤及び抗浮腫薬の投与を実施すべきであった。

同日午後八時二〇分の時点でも、看護記録には「問いに対し応答はっきりする時と、緩慢な時と、意味不明な発語がある」ことを医師に上申したことが記載されており、意識障害が出現しているのであるから、被告は直ちに抗ウイルス剤及び抗浮腫薬を投与すべきであった。

八月二七日午前〇時の時点では、吐気、嘔吐、両側頭部痛があり、しかも「何かを想い出して言おうとするがわからず」と看護記録に記載されているように側頭葉症状としての記憶障害が出現しているのであるから、被告は直ちに抗ウイルス剤及び抗浮腫薬を投与すべきであった。

同日午前六時二五分の時点では、痙攣、意識障害が明確であったのであるから、直ちに抗ウイルス剤の投与並びに脳浮腫に対する治療を実施すべきであった。

以上の義務があったにもかかわらず、被告及びその被用者であるA医師は、原告太郎に対し、抗ウイルス剤及び抗浮腫薬を投与しなかった過失がある。

(被告の主張)

八月二六日午後六時の時点では、原告太郎は看護婦の問いかけに対し、明確に答えており、脳症候は認められない。「頭痛・吐気・高熱の持続」の症状は、髄膜炎の臨床症状としてもよく見られるものであって、単純ヘルペス脳炎のみに特徴的にみられるものではない。よって、八月二六日の時点で、単純ヘルペス脳炎の症状が全て揃っていたとはいえない。

八月二七日午前〇時の時点では、三八度八分の高熱があり、「何かを想い出して言おうとするがわからず」という症状は高熱によるものと考えられ、記憶障害が出現しているとはいえない。

八月二七日午前六時二五分に全身痙攣発作を認め、単純ヘルペス脳炎の容疑が発生したが、痙攣発作・意識混濁及び失禁は、脳炎以外の疾患であるてんかん発作等によっても起こるので、症候性てんかんとの鑑別(脳腫瘍、脳の動静脈奇形の有無)、あるいは脳浮腫の有無が頭部CT検査によって明らかとなった時点、すなわち、千里救命救急センターに転送後、頭部CT検査を施行し、その検査結果が判明した時点が抗ウイルス剤の投与を開始すべき時期である。

2  因果関係

(原告らの主張)

ウイルス性脳炎の治療の根幹は、早期診断早期治療であり、被告が前記義務を履行していれば、原告太郎に後遺症(失語症)を生ずることはなかった。

特に、本件において無菌性髄膜炎と診断された八月二五日の時点で高次の医療機関に転送されていれば、当時の医療水準からすれば直ちに脳波検査及び頭部CT検査が行われ、脳波異常が発見される可能性が高かったのであり、脳症状が発現する前あるいは発現しても直ちに抗ウイルス剤の投与を開始することができたのであるから、右投与により実質的後遺障害を残さないで治癒させることが可能であった。

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

単純ヘルペス脳炎に見られる一般的な脳波異常は、①顕著な徐波、②発作性異常放電、③周期性同期性放電であるが、このうち①、②は疾患特異性がなく、③についても、単純ヘルペス脳炎以外に亜急性硬化性脳炎やヤコブ病でも認められるし、単純ヘルペス脳炎においても三分の一の症例で認められるに過ぎず、全経過を通じて記録されないこともある。したがって、八月二五日に脳波検査が実施されたとしても、単純ヘルペス脳炎を発見できた可能性は大きいとはいえない。

また、頭部CT検査については、発病後数週間は異常の見られないことが多い。したがって、八月二五日に右検査を実施していたとしても、異常を発見できた可能性はほとんどない。

さらに、抗ウイルス剤はヘルペスウイルスの増殖抑制剤であり、これを投与しても、投与するまでに障害を受けた神経組織は修復されず、侵害された部分に相当する後遺症は残るから、八月二五日に投与したとしても相当な後遺症が残った可能性が強い。

3  損害

(原告らの主張)

(一) 原告太郎

(1) 入院慰藉料 三〇〇万円

原告太郎は、平成二年八月二七日以後平成三年三月三一日まで約七か月間の入院を余儀なくされた。右入院による慰藉料としては三〇〇万円が相当である。

(2) 後遺障害慰藉料 三〇〇〇万円

原告太郎は、平成二年八月当時大阪産業大学工学部四年生であり、既に就職も内定していた。ところが、本件医療事故により、単純ヘルペス脳炎の後遺症を惹起したため就職も不可能となったばかりか、将来にわたり通常の労働能力を失った。来春は社会人一年生として社会に出ていくことを約束されていた大学生が、本件医療事故により突然失語症に陥るということがどれほどの精神的打撃をもたらすことになるか、想像を絶するものがある。したがって、原告太郎の後遺障害に対する慰藉料は、少なくとも三〇〇〇万円を下らない。

(3) 逸失利益七五〇〇万八二五二円

原告太郎は、本件事故当時二二歳の健康な男子であり、大阪産業大学四年生であった。そして、就職が予定されていた平成三年四月の時点でも原告太郎は満二二歳であるから、口頭弁論終結時における最新の賃金センサスである平成九年賃金センサスにより二二歳の大学卒男子の年収を計算すると三二二万八八〇〇円となる。そして、適用すべき新ホフマン係数は23.231であり、労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるから、新ホフマン方式により逸失利益を計算すると七五〇〇万八二五二円となる。

(4) 入院雑費 二八万〇八〇〇円

平成二年八月二七日から平成三年三月三一日の入院期間は全二一六日であり、一日あたりの雑費を一三〇〇円として計算すると右金額となる。

(5) 付添看護費 九五万四〇〇〇円

原告太郎が失語症のためほとんど言葉が話せず、日常の会話もできない状態であったため、原告花子が付き添って言語の学習を援助する必要があり、星ヶ丘厚生年金病院への入院期間である平成二年一〇月二四日から平成三年三月三一日までの一五九日間を通じ、原告花子は一日も休むことなく原告太郎の付き添いをした。原告花子が大阪府吹田市の自宅から大阪府枚方市の星ヶ丘厚生年金病院までバスと電車で通うためには、その交通費のみでも往復一六二〇円かかったから、付添費としては一日当たり六〇〇〇円が相当である。

(6) 弁護士費用 一一〇〇万円

(二) 原告次郎、原告花子

(1) 慰藉料 各五〇〇万円

原告次郎、原告花子は原告太郎の両親として、これまでも、そしてこれからも、前記原告太郎の後遺障害について、我が子と苦しみを共にしていくことになるのであり、その精神的苦痛は計り知れないものがある。慰藉料は少なくとも各五〇〇万円は下らない。

(2) 弁護士費用 各五〇万円

(被告の主張)

争う。

第三  当裁判所の判断

一  本件の診療経過について

争いのない事実及び証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  受診前の原告太郎の症状

平成二年八月二三日、原告太郎は、夕刻より全身倦怠感、むかつき、三八度の発熱があり、頭痛も生じた(乙一、二)。

同月二四日、原告太郎は、熱が下がったものの、嘔吐し、頭痛も継続していた(乙一、二)。

2  八月二五日の経過

八月二五日朝、原告太郎は、依然全身倦怠感が強く、頭痛、むかつきもあるため(乙一、二)、乙川病院で診察を受けた。被告が原告太郎から右経過について説明を受けたうえ診察したところ、軽度の項部硬直が認められ、血液検査の結果感染症が疑われたことから、被告は発熱の原因を精査するため入院を指示し、原告太郎は同日乙川病院に入院した(乙二、乙九、被告本人)。

入院後の午前一一時三〇分ころ、被告の指示で原告太郎に対し腰椎穿刺(ルンバール検査)が行われた。午後四時ころ、細胞数三立方ミリメートル中七八、リンパ球八七パーセント、髄液外観が無色透明との検査結果が出たことから、被告は、原告太郎の症状について無菌性髄膜炎と診断した(乙二、九)。被告は、同時刻ころ、原告花子に無菌性髄膜炎であることを説明した後、帰宅したが、同日午後六時から当直勤務予定のA医師に対する特段の引継ぎや指示は行わなかった(乙九、証人A、被告本人)。

午後六時、原告太郎は、軽度の後頭部頭重感及び吐気を訴えていたものの頭痛はなく、午後九時には悪寒、戦慄、吐気はあるものの、頭痛や頭重感はなく、午後一〇時には、軽度の吐気が持続している旨訴えていたものの、頭痛は訴えていなかった(乙二)。

3  八月二六日の経過

翌二六日午前五時四五分ナースコールがあり、原告太郎は強度の吐気を訴え、少量の胃液を嘔吐し、また、こめかみ部分の軽度の頭痛も訴えた。体温は三八度であった(乙二)。

午前七時には、原告太郎の体温は三九度一分に上昇し、側頭部痛、軽度の後頭痛、軽度の吐気を訴え、頸部硬直はなかったが、頭前屈すると腰痛がある旨述べ、午前七時一五分には悪寒を訴えていた(乙二)。

午前一〇時三〇分には、原告太郎は両側頭部痛、後頭部痛が持続している旨述べていた。体温は三七度八分であった。

午後〇時五〇分にも、原告太郎は頭痛を訴えており、体温は三八度八分であった(乙二)。

午後一時ナースコールがあり、原告太郎は悪寒、吐気を訴えた。A医師が原告太郎を診察したことろ、頸部硬直は認められなかったが、後頭部、両側頭部痛は持続し、頭部を前屈すると、頭痛、吐気強くなると訴えていた。そこで、解熱鎮痛剤であるインダシン坐薬が投与された(乙二、証人A)。

午後二時三〇分には、原告太郎は、吐気、悪寒は治まったものの、頭痛が持続している旨訴えており、体温は三九度二分であった(乙二)。

午後四時二〇分には、原告太郎の体温は三八度二分であった(乙二)。

午後六時には、原告太郎の体温は三八度四分であり(乙二)、後頸部から両肩、眉間、眼の奥に痛みがある旨訴えていたが、項部の硬直は認められなかった。この際、原告花子は、B看護婦に対し、原告太郎が会話の中で意味不明の言葉をいう旨訴えたが、原告太郎はB看護婦の問いかけには明確に答えていたので、B看護婦は、原告太郎に対し、氏名、生年月日を質問するなどいわゆる三・三・九度方式の意識障害検査を行わなかった(乙二、証人B)。

午後八時二〇分には、原告太郎の体温は三九度一分であり(乙二)、前頭部、側頭部及び後頭部の痛みを訴え、C看護婦の問いに対し応答にはっきりする時と緩慢な時とがあり、また意味不明な発語があった。C看護婦はA医師に右の状況を伝えて診察を求めた。A医師は原告太郎を診察し、脳炎の疑いあるとの発言をした(乙二、証人C、証人A)。そして、A医師の指示により、C看護婦は原告太郎に対しキリットと解熱鎮痛剤ヴェノピリンを投与した(乙二)。この際も、C看護婦は、原告太郎に対し、いわゆる三・三・九度方式の意識障害検査を行わなかった(証人C)。

午後九時二〇分には、原告太郎の体温は三八度であった(乙二)。

4  八月二七日の経過

翌二七日午前〇時、原告太郎の体温は三八度八分で、少量の嘔吐が続いており、両側頭部痛、悪寒を訴えた(乙二)。また、原告太郎は、B看護婦の質問には明確に返答していたものの、何かを思い出して言おうとするが、言葉が出ない様子がみられた。そして、B看護婦は、原告太郎をA医師に診察してもらい、同医師の指示により、制吐剤エリーテンと解熱鎮痛剤インダシン坐薬の投与を行った。この際も、三・三・九度方式の意識障害検査は行われていない(乙二、証人B、証人A)。

午前〇時一五分及び午前六時一〇分にB看護婦が点滴の交換を行ったが、この間、当直のA医師、B看護婦、C看護婦はいずれも原告太郎の経過観察を行わなかった(証人B、証人C)。

午前六時二五分、原告太郎は突然痙攣発作を起こし、これが約五分間継続した。A医師が診察したところ、意識障害が出現しており、瞳孔反射はなく、瞳孔は左上方へ共同偏視し、失禁も見られた(乙二)。A医師の指示により、酸素吸入の措置がとられた(乙二)。

午前六時四〇分、原告太郎は再度痙攣発作を起こし、A医師の指示により抗痙攣剤セルシンが投与された(乙二)。

午前九時三〇分、被告は原告太郎の診察を行い、意識障害の程度についてJAPAN COMA SCALE(以下「JCS」という。)の一度の二(覚醒しているが、見当識障害がある。)と判断し、脳炎の疑いがあると診断した(甲三、乙二)。そして、原告次郎と原告花子に脳炎の疑いがある旨、単純ヘルペス脳炎の場合には予後が不良である旨説明した(乙二)。

午前一〇時四分、乙川病院から一一九番通報がなされ、午前一〇時一一分に乙川病院に救急車が到着し(甲一三の一、二)、午前一〇時二七分、原告太郎は救急車で千里救命救急センターに搬送された(甲七)。

同センターにおいて、頭部CT検査、脳波検査を含む諸検査が行われた後、午後三時ないし四時前ころ、単純ヘルペス脳炎用の抗ウイルス剤であるアシクロビル(薬品名ゾビラックス)五〇〇ミリグラムが投与された(甲七)。

5  その後の治療経過及び後遺障害

原告太郎は、千里救命救急センターにおいて、最終的に単純ヘルペス脳炎と診断された(甲二の一ないし四、甲七、乙一)。

原告太郎は平成二年八月二七日から同年一〇月二四日まで千里救命救急センターにおいて入院治療を受け、単純ヘルペス脳炎の後遺症として症候性てんかん、言語障害、記銘力記憶力障害、右上四分の一半盲の症状が残ったため、リハビリ及び抗てんかん剤を内服する目的で、星ヶ丘厚生年金病院に平成二年一〇月二四日から平成三年三月三一日まで入院した(甲二の一、二)。

原告太郎は、平成三年一二月二八日に症状固定したが、後遺症のうち、症候性てんかんについては、意識を失い痙攣をおこす発作が半年に一回くらい、ふらつき感、吐気、気分不快を伴うものが頻回にあり、薬物療法が続けられ、また、言語障害等については、失語症もあいまって言語能力は低く、漢字の書字は小学校低学年レベルのものも想起できず、複雑な内容の情報は理解する力も表出する力もない状態である(甲二の二、甲二三)。そして、身体障害者等級表により、音声・言語機能障害四級と認定されている(甲二二)。

二  単純ヘルペス脳炎及び無菌性髄膜炎に関する医学上の一般知見について

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  無菌性髄膜炎について

無菌性髄膜炎は、ウイルス性髄膜炎以外の疾患をも含む概念であるが、しばしばウイルス性髄膜炎と同義語として使われている。ウイルス性髄膜炎の臨床的特徴としては、①急性発症、②発熱、③髄膜刺激症状(頭痛、悪心、嘔吐、項部硬直、ケルニッヒ徴候等)が挙げられ、成人では、特に激しい頭痛を訴えることが多いが、全身状態は通常良好である。髄液所見は、リンパ球主体の細胞増多を呈し、総タンパクは軽度上昇することはあるが、糖濃度は低下しない。そして、診断及び鑑別診断で最も重要なことは、ウイルス性髄膜炎であるかウイルス性髄膜脳炎(単純ヘルペス脳炎を含む。)であるかの鑑別であり、意識障害、脳局在症候、痙攣などの症状・所見がわずかでも出現すれば、髄膜脳炎と考えて、直ちに抗ウイルス剤(アシクロビル又はアデニンアラビノシド)を投与するとされている(甲四)。

ウイルス性髄膜炎は自然寛解する良性の髄膜炎であるため、治療としては、抗ウイルス剤の投与は必ずしも必要でなく、頭痛に対する対症療法のみ行い、経過観察すればよいとされ、通常、後遺症もなく治癒する(甲四)。

2  単純ヘルペス脳炎について

(一) 発症

単純ヘルペス脳炎は、ウイルス性脳炎の一種であり、わが国では散発性ウイルス脳炎としては最も頻度が高いが、その発生数は年間二〇〇ないし四〇〇人と推定されており、比較的まれな疾患である(甲四、五、鑑定の結果)。

単純ヘルペスは一型(口唇ヘルペス)と二型(陰部ヘルペス)とに分けられ、初感染後もその個体に潜伏持続感染していることが多く、何らかの誘引により再び活性化し、病変を生ずる。単純ヘルペスによる中枢神経感染は二群に大別され、一群は二型で起こり、主に新生児に見られるもので、母親の陰部より感染した二型の敗血症を起こし、脳のみでなく全身諸臓器もおかされる。他群は、一型で起こり、中枢神経系のみに感染が起こり、ウイルス性髄膜炎又はウイルス性脳炎(単純ヘルペス脳炎)の形をとる(甲四)。

(二) 臨床的特徴

単純ヘルペス脳炎の症候としては、①脳症候、②髄膜刺激症候、③全身感染症候が挙げられる。①については、病変が進展すると、高頻度で意識障害が起こり(昭和五六年から五七年に集められた日本の症例の分析結果では九一パーセント。以下この項のパーセントは右分析結果による。)、痙攣の頻度も高く(七二パーセント)、全身痙攣、局所的痙攣の両方が起こりうる。経過中のある時期に、特に深い意識混濁に陥る前において、幻覚、妄想、錯乱、異常行動等のいわゆる精神症状を示す例が多く(六六パーセント)、これはさまざまな側頭葉症状(皮質聾、聴覚失認、感覚性失語、幻聴、味覚障害、臭覚障害、同名上四分の一盲、複合幻覚、夢幻状態、既視感、記憶障害、カタプレキシー、摂食行動障害、性行動障害等)や、前頭葉症状(運動性失語、口舌顔面失行等)に基づく、一見不可解な言動を指している。②については、症例の約九〇パーセントで頭痛、吐気、嘔吐、項部硬直、ケルニッヒ徴候等の髄膜刺激症候を伴い、髄膜脳炎の形をとる。③については、発熱であり、初期の一時期は別として経過中ほとんど全例にみられ、四〇度以上の高熱を示すこともまれではない(甲五、乙四)。

症例の八五パーセントにおいて、初発症状は発熱又は髄膜刺激症状若しくはその両方であり、脳症状はその後で、あるいはそれと同時に現れている(甲五、乙四)。

髄液所見としては、通常の場合、圧の上昇、単核球優位な細胞増多、総タンパク濃度の上昇、糖濃度は正常値を示す(甲五、乙四)。

また、脳波異常は、経過中ほとんど全例(九六パーセント)にみられ、かつ、極めて早期から発現する(乙四、乙五、乙七)。周期性同期性放電(PSD)は、全誘導に同期的に現れる高電位鋭波あるいは棘波を主体とし、約三二パーセントに記録されている(以上につき甲五、乙四)。

頭部CT検査では、低吸収域が七七パーセントにみられるが(甲五)、右異常は発病後四ないし五日後に現れることが多く、全例にみられるわけではない(甲四、乙五、七、鑑定の結果)。

本症の発病の多くは急性であるが、精神症状が先行する例では亜急性にみえることがある(甲六、乙四、八)。

(三) 治療・予後

単純ヘルペス脳炎の治療薬として、昭和五〇年代に抗ウイルス剤のアデニンアラビノシドの有効性が一般的に確認され(甲五、甲二一)次いで、昭和五〇年代後半から昭和六〇年にかけて、抗ウイルス剤アシクロビルがアデニンアラビノシドに比べ有効性が高く、しかも副作用が少ないことが海外で発表された(甲五)。

単純ヘルペス脳炎は、右二種の抗ウイルス剤を使用しないとき、致死率は高く(昭和五五年の海外の文献によると六四パーセント)、後遺症も強く、失語、記憶障害など重篤な機能欠損を残し、社会生活が困難となることが多かったが、右抗ウイルス剤、特にアシクロビルの開発により、予後は著しく改善され、昭和五九年に発表されたスウェーデンの成績では、アシクロビルを投与した場合の致死率が一九パーセント(アデニンアラビノシド投与では五〇パーセント)、六か月後に正常生活に戻った例の割合が五六パーセント(アデニンアラビノシド投与では一三パーセント)と報告されている(甲五)。

わが国においては、アデニンアラビノシドが昭和五九年から、アシクロビルが昭和六〇年からそれぞれ市販され(甲二一)、これと同時に昭和五九年以降平成元年までに、医学雑誌を中心として、わが国においてアシクロビルの有効性に関する種々の文献も発行された(甲四ないし六、乙四ないし六)。これらの文献では、単純ヘルペス脳炎の予後が一般に悪いこと、早期にアシクロビルないしアデニンアラビノシドを投与すれば格段に予後が改善されること、アシクロビルの副作用は軽度で一過性のものであることから、単純ヘルペス脳炎の疑いがあれば早期に確定診断前の段階でアシクロビルないしアデニンアラビノシドの投与を行うことが推奨されており(甲三ないし六、乙四ないし六)、昭和六〇年発行の「セラピューティック・リサーチ」では、治療の効果はどれほど早く薬剤投与を始めたかによってほとんど決定されてしまうと述べられ、「傾眠(言語刺激で容易に覚醒し、言語による応答もできるが、刺激が止むとすぐにウトウトする状態。甲一〇)の状態で治療を開始すれば、後遺症は〇パーセント、半昏酔(疼痛刺激に対して手足を引っ込めるような反応を示し、ときにはうめき声をあげたり、つぶやいたりすることもあるが、はっきりした言語による反応はない状態。甲一〇)の状態で始めた場合は四一パーセント、そして昏睡状態(外界からのあらゆる刺激に全く反応しないか、あるいは非常に強い疼痛刺激に対してごくわずかに動く程度である状態。甲一〇)に陥ってからでは半数の症例が動物としての生命はとりとめても、社会復帰はできない状態に止まるという報告」も紹介されている(甲六)。

右の予後に関する報告は、他の文献で承認、引用されている報告と必ずしも同一ではないが、抗ウイルス剤の投与時の患者の年令、投与時の意識障害の程度、発病から投与までの経過日数が大きく影響を与える因子とされる点はほぼ共通しており、後遺症については、若年であること(三〇歳以下)、抗ヘルペスウイルス剤投与開始時の意識障害が傾眠にとどまること等が軽減因子とされている(甲五、乙五、七、鑑定の結果)。

三  過失の有無について

以上の事実を前提として、まず原告の主張する転送義務違反の有無について判断する。

前記のとおり、無菌性髄膜炎は自然寛解する病気であり、治療としては頭痛等の対症療法だけで足り、また、単純ヘルペス脳炎それ自体は、わが国において年に二〇〇ないし四〇〇人しか発症しない比較的まれな病気ではある。

しかしながら、髄膜炎を発症すれば脳炎を発症する可能性があることは、平成二年当時の一般開業医においても広く認識されていたものと認められるし(証人A、証人B、被告本人)、単純ヘルペス脳炎の初期症状は、発熱または髄膜刺激症状若しくはその両方として発現し、しかも急性である場合が多く、これは無菌性髄膜炎の症状と同一であって、特に無菌性髄膜炎(ウイルス性髄膜炎)が発症している場合にはウイルス性髄膜脳炎(単純ヘルペス脳炎を含む。)との鑑別が重要とされていたこと(甲四、鑑定の結果)、そして、無菌性髄膜炎とウイルス性髄膜脳炎との鑑別診断の要素としては、①ウイルス性髄膜脳炎の場合に発現する意識障害、痙攣、幻覚妄想等の精神症状といった脳症状の有無、②無菌性髄膜炎では正常か異常があっても軽いのに、ウイルス性髄膜脳炎の場合には高い確率で重い異常を示す脳波異常の有無、③髄液検査による有核細胞中に占める多形核球の比率、④頭部CT検査による低吸収域発生の有無といったことが考えられるが、早期に確定的診断を行うことは困難であること、脳波検査及び頭部CT検査は鑑別診断のために必須とまではいえないものの可能な限り早く行うべきであることといった点もまた一般的に認識されていたものと認められる(甲三ないし六、乙四、鑑定の結果)。

そして、単純ヘルペス脳炎の症例それ自体は少ないとしても、ウイルス性髄膜炎が発症した場合に単純ヘルペス脳炎が発症する割合は無視できない程度のものと認められるのであって(証人高須によれば、ウイルス性髄膜炎の発症数は年間五〇〇〇人程度であるのに対し、単純ヘルペス脳炎の発症数は前記のとおり年間二〇〇ないし四〇〇人であり、その比率は約四ないし八パーセントである。)、平成二年当時の一般開業医の間において、ウイルス性髄膜炎が発症した場合に単純ヘルペス脳炎が発症することが極めて稀でおよそ想定できないものと一般的に認識されていたとは到底認められない。加えて、単純ヘルペス脳炎を発病した場合、その多くは急性であり、治療が遅れれば予後が悪く、死亡あるいは重篤な後遺症を残す可能性が低くなく、後遺障害を軽くするには早期の鑑別診断及び早期の治療開始が必須であるところ、平成二年当時、ウイルス性髄膜脳炎の治療に抗ウイルス剤アシクロビルないしアデニンアラビノシドが有効であり、特にアシクロビルは副作用が軽度で一過性のものであることが医学雑誌等により医療関係者の間では周知のものとなっていたと認められる。

以上のようなウイルス性髄膜脳炎が発症した場合の進行の早さ及び結果の重篤性、無菌性髄膜炎とウイルス性髄膜脳炎との確定的な鑑別診断の困難性、並びに、ウイルス性髄膜脳炎による後遺障害を軽くするには早期の鑑別診断及び早期の治療開始が必要であると考えられていることといった点を総合勘案すると、被告のような一般開業医であっても、患者が無菌性髄膜炎に罹患している旨の診断をした医師としては、ウイルス性髄膜脳炎(単純ヘルペス脳炎を含む。)を罹患している疑いの有無につき鑑別診断を行い、ウイルス性髄膜脳炎に罹患している可能性があると認められたときは速やかに抗ウイルス剤の投与による治療を開始すべき義務を負うということができ、鑑別診断及び治療に適した高次の医療機関へ転送し、鑑別診断のための脳波検査等の検査及び治療が受けられるよう適切な措置を講ずべき注意義務があったというべきである。

そして、被告は、前記認定事実によれば、平成二年八月二五日朝、来院した原告太郎により発熱等の症状が二三日から生じていたことを告げられており、原告太郎に軽度の項部硬直等を認め、入院を指示し、ルンバール検査による髄液検査により同日午後四時ころに無菌性髄膜炎と診断していたこと、また、乙川病院には当時脳波検査の設備はなく、脳症状の有無の経過観察以外に鑑別診断の方法はなかったうえ、入院当日(二五日)が土曜日であったため、その日の夜以降二七日の朝まで、乙川病院には約五〇人の入院患者がいたのに対し(証人A)、当直のアルバイト医師一名と准看護婦二名しか勤務しておらず、原告太郎の経過観察を十分に行える人的態勢も整っていたとはいえないこと、他方、乙川病院から自動車で数分の所には脳波検査や頭部CT検査等を行う設備を備えた千里救命救急センターがあったと認められること(甲七、一二、一三の一、二、証人C)を併せ勘案すれば、被告は、二五日の夕方の時点で、原告太郎を鑑別診断及び治療に適した高次の医療機関へ転送し、鑑別診断のための脳波検査等が受けられるようにし、右検査等の結果ウイルス性髄膜脳炎に罹患している可能性があると認められたときは速やかに抗ウイルス剤の投与が受けられるようにすべきであったということができる。しかるに、被告はこれをせず、漫然、乙川病院の医師、看護婦に脳症状の有無の経過観察を行わせたにとどまったもので、この点において、被告に過失があったものといわざるを得ない。

被告は、八月二五日の時点では、原告太郎にはまだ意識障害や精神症状が出現していなかったから、「今日の診断指針第2版」(甲三)記載のウイルス性脳炎に関する「移送の判定基準」(病状が進行性で、意識障害や精神症状が出現し、全身管理や十分な治療を必要とするとき、高次の施設に移送する。)によれば転送の必要はないと主張する。しかしながら、右基準はウイルス性脳炎に対してもある程度の治療を行うことが可能な病院を対象にしているとみるべきであって、乙川病院のようにウイルス性脳炎に対する鑑別診断を十分に行う人的・物的設備を有せず、脳炎に対する治療がそもそも困難な病院については右移送基準は当てはまらないというべきであり、右被告の主張は採用できない。

また、被告は、単純ヘルペス脳炎の脳波における比較的特徴的な所見としてのPSD(周期性同期性放電)の脳波異常は、約三分の一の症例で認められるに過ぎないから、八月二五日の時点で脳波検査を実施していたとしても、PSDの脳波異常が出現した可能性は少ないし、発病数日間は、頭部CT検査で異常の見られないことが多いから、右時点でCT検査を実施しても異常を発見できたかどうかは疑わしいことからして、無菌性髄膜炎とウイルス性髄膜脳炎との鑑別のために、脳波検査及び頭部CT検査をすべき義務があったとはいえず、乙川病院に脳波検査及び頭部CT検査の設備がなかったことは、転送義務の根拠となりえないと主張する。確かに、前記認定のとおり、頭部CT検査においては、発病後数日間は異常が現われないことが多いが、脳波検査については、初期の段階から異常が認められることが多く、たとえ単純ヘルペス脳炎に特徴的なPSDが認められなくても、無菌性髄膜炎に罹患している患者に脳波異常が認められれば、単純ヘルペス脳炎の可能性が疑われ、抗ウイルス剤の投与の契機となるのであるから、脳波検査はできるだけ早期に行うべきであり、右検査設備のないことは転送義務の根拠の一つとなり得るというべきである。

四  因果関係について

原告太郎が八月二五日の時点で高次の医療機関に転送された場合、当時すでに種々の文献で早期の脳波検査の必要性が強調されていたこと(乙四、五、七)からすると、すみやかに脳波検査が行われた可能性が高いといえる。また、脳波異常は脳炎患者の大部分に認められ、初期の段階でも認められることが多いこと、特に原告太郎には翌八月二六日に脳症状が現れていたと認められる(乙二、鑑定の結果)ことからすれば、八月二五日の段階で脳波検査を行えば脳波異常を発見できた可能性が高いと認めることができる(甲一九の二、鑑定の結果)。そして、右のように八月二五日の段階で脳波異常が発見され、単純ヘルペス脳炎の疑診がなされ、抗ヘルペス剤が投与された場合、右時点では原告太郎に脳症状がいまだ現われていなかったと認められること(乙二、鑑定の結果)及び当時二二歳であったという原告の年令からすると、前述した単純ヘルペス脳炎の後遺症の軽減因子(年齢が三〇歳以下、投与開始時の意識障害が傾眠にとどまること。前記二2(三)参照。)に照らし、原告太郎はほとんど後遺症なく全治した可能性が高いというべきである(甲一九の二)。したがって、被告の転送義務違反と原告太郎の後遺症との間には相当因果関係を認めることができる。

これに対し、被告は、八月二五日に脳波検査が実施されたとしても、ウイルス性髄膜脳炎に一般的に見られる脳波異常(①顕著な徐波、②発作性異常放電、③周期性同期性放電)のうち①、②は疾患特異性がなく、③についても単純ヘルペス脳炎以外に亜急性硬化性脳炎やヤコブ病でも認められたり、単純ヘルペス脳炎の三分の一の症例では認められないこと、全経過を通じて記録されないこともあることからすると、ウイルス性髄膜脳炎を発見できた可能性は大きいとはいえないと主張するが、前述のとおり、無菌性髄膜炎に罹患していることを前提とすると、PSDが認められなくても右記①、②の脳波異常の存在だけで単純ヘルペス脳炎の疑診はできるし、またすべきであり、多くの場合は初期の段階から脳波異常が認められるのであるから、右被告の主張は採用できない。

また、被告は、抗ウイルス剤はヘルペスウイルスの増殖抑制剤であり、これを投与しても投与するまでに障害を受けた神経組織は修復されず、侵害された部分に相当する後遺症は残るから、八月二五日に投与したとしても相当な後遺症が残った可能性が強いと主張するが、前記のとおり、八月二五日の段階では原告太郎に脳症状は現れておらず、その二二歳という年齢も考慮すると、八月二五日の段階で抗ウイルス剤が投与されれば、統計上原告太郎に後遺症が残った可能性は少ないということができるから、右被告の主張も採用できない。

五  損害について

1  原告太郎の損害

(一) 入院慰藉料

原告太郎は、単純ヘルペス脳炎及びその後遺症の治療のため、平成二年八月二七日以後平成三年三月三一日まで約七か月間入院したが(前記一5)、被告の過失なく単純ヘルペス脳炎の治療がなされた場合にも、八月二七日以降一定期間は入院治療することが必要であったと認められるから、被告の過失により原告太郎が入院を余儀なくされた期間は、六か月間程度と認めるのが相当であり、その間の入院慰藉料は、原告太郎が重度の意識障害を被っていたことも考慮するならば、二〇〇万円と認めるのが相当である。

(二) 後遺障害慰藉料

原告太郎は、本件当時大学四年生であり、相応の能力を有していたものと推認されるところ、被告の前記過失により、平成三年一二月二八日の症状固定時において、後遺症としててんかん発作については意識を失い痙攣をおこすものが半年に一回くらい、ふらつき感、吐気、気分不快を伴うものが頻回に起こる状態となり、また、失語症もあいまって言語能力は低く、漢字の書字は小学校低学年レベルのものも想起できず、複雑な内容の情報は理解する力も表出する力もない状態となった(前記一5)。このように大学生として相応の能力を有していた者が小学生低学年以下の言語能力にまでその能力が低下してしまったことからすると、その精神的苦痛は甚大であるといわざるを得ず、本件証拠によって認められる一切の事情を考慮すると右苦痛を慰藉するための慰藉料としては一三〇〇万円が相当である。

(三) 逸失利益

原告太郎は、本件当時満二二歳の男子であり、大学四年生であった。そして、就職が予定されていた平成三年四月の時点でも原告太郎は満二二歳であるから、平成三年における賃金センサス第一巻第一表による産業男子労働者旧大・新大卒二〇ないし二四歳の平均年収は三一一万三一〇〇円を逸失利益算定の基礎とすべきである。また、適用すべき新ホフマン係数は23.231である。

ここで、労働能力喪失率を検討するに、原告太郎は全く言語能力が無くなった訳ではなく、医師の診断書(甲二三)には、ある程度の作業能力があり、労働内容、条件に配慮があれば就労が可能であるかのような記載も存し、身体障害者等級表により四級と認定されていると認められるが、前記のような言語障害(失語症)、てんかん発作を起こす状況では、事実上就業は不可能というべきであり、労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当である。よって、新ホフマン方式により逸失利益を計算すると

311万3100円×23.231=7232万0426円

と認められる。

(四) 入院雑費

前記のとおり、原告太郎は平成二年八月二七日から平成三年三月三一日まで入院していたことが認められるが、このうち被告の過失により入院を余儀なくされた期間は一八〇日間と認めるのが相当であるから、一日あたりの入院雑費を一三〇〇円として計算すると入院雑費は合計二三万四〇〇〇円と認められる。

(五) 付添看護費

原告太郎が失語症のためほとんど言葉が話せず、日常の会話もできない状態であり、原告花子が付き添って言語の学習を援助する必要があったため、星ヶ丘厚生年金病院への入院期間である平成二年一〇月二四日から平成三年三月三一日までの一五九日間を通じ、原告花子は、一日も休むことなく原告太郎の付き添いをしたこと(甲八、一七、一八)、原告花子が大阪府吹田市の自宅から大阪府枚方市の星ヶ丘厚生年金病院までバスと電車で通うためには、その交通費のみでも往復一六二〇円かかったこと(甲一八)からすれば、付添費としては一日当たり六〇〇〇円が相当である。よって、付添看護費の合計額は九五万四〇〇〇円と認められる。

(六) 弁護士費用

弁護士費用としては六五〇万円が相当であると認められる。

2  原告次郎及び原告花子の損害

(一) 慰藉料

不法行為により身体を害された者の両親は、そのために被害者が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合には、自己の権利として慰藉料を請求しうるものと解するのが相当であるところ、原告次郎、原告花子は原告太郎の両親であり、前記のように大学生であった原告太郎が被告の過失により小学生低学年以下の言語能力にまでその能力が低下させられてしまったことからすると、その精神的苦痛は被害者が生命を害されたときにも比肩すべきものであったことは否定し得ない。そして、証拠によって認められる一切の事情を考慮すると右苦痛を慰謝するための原告次郎及び原告花子の慰藉料としては、各二〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用

原告次郎及び原告花子分について各二〇万円が相当であると認められる。

六  結論

以上によれば、原告太郎の請求は、不法行為に基づく損害金九五〇〇万八四二六円及びこれに対する不法行為の日の後である平成二年八月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で、原告次郎及び原告花子の請求は、不法行為に基づく損害金各二二〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年八月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三代川三千代 裁判官中村愼 裁判官坂口裕俊)

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