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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)7395号 判決

原告

石倉一明

被告

田村広美

主文

一  被告は、原告に対し、一一三万七一〇一円及びこれに対する平成二年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三一分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三五一六万八七八六円及びこれに対する平成二年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が自動車を運転して交差点で信号待ちのため停車中、被告の運転する自動車に追突され負傷したとして、被告に対し、不法行為に基づいて、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

原告は、平成二年九月二四日午後一〇時五〇分ころ、普通乗用自動車(大阪五八ゆ五〇九、以下「原告車両」という。)を運転して、大阪府東大阪市善根寺町三丁目六番四一号先交差点において信号待ちのため停車中、後方より進行してきた被告運転の普通乗用自動車(大阪三三と五九九四、以下「被告車両」という。)に追突された(以下「本件事故」という。)。

二  争点

本件における争点は、本件事故の態様及び原告の損害全般であり、特に原告の受傷の程度が中心的な争点となつている。この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(原告の主張)

原告は本件事故により傷害を受け、一頚椎、背骨、脊椎、骨盤、肋骨、膝の疼痛及び鈍痛、二首、腰、背筋、臀部、腕、足、手指、足指の疼痛及び鈍痛、三左半身、特に左腕、左足の脱力感等の頑固の神経症状を残して、平成八年一二月二六日に症状が固定した。原告の右後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表障害別等級表所定一二級一二号に該当する。

(被告の主張)

原告の治療期間長期化の原因は、原告の生来性素因、心因性反応を原因、さらに原告の多数の私病の治療を原因とするものである。原告は、本件事故において、せいぜい軽い頚部挫傷程度の受傷をしたにすぎず、そのために必要な治療は、頚部の安静、固定約二週間、その後治療薬二週間の計約四週間程度で足りるものである。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様について

乙第一号証の一ないし一一、乙第二二号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故を起こしたことにより略式命令の請求をされたが、その際の公訴事実は、時速三〇ないし三五キロメートルの速度で走行中、前方約二三メートルに停止している原告車両を発見しその後方に停止しようとした際、おりからの降雨のため路面が濡れスリツプしやすいことを顧慮するあまりブレーキペダルを軽く踏んだのみで進行し、被告車両が停止しなかつたことに狼狽して急制動したためかえつて被告車両をスリツプさせて原告車両に追突させ、原告に頚部捻挫等の傷害を負わせたというものであり、右事実は捜査段階の被告の供述に合致するものであることが認められる。

これに対し、原告は、被告車両は時速一〇〇キロメートル以上の高速でブレーキをかけないまま原告車両に衝突した、原告車両は右衝突により後部のナンバープレートのあたりがバンパーも含めて大きく奥に陥没するとともに、ハツチバツクのドアが上に押し上げられ丸く湾曲していた、被告車両もボンネツトが曲がつて上がつていたと供述する。しかし、乙第一号証の四に照らすと右原告の供述は相当誇張されていることが窺われるうえ、乙第一号証の三、四によれば、実況見分を実施した警察官は、原告車両は、後部バンパー及びフエンダーが凹損し、被告車両は、右前照灯及び右前指示器が破損したものとの認識であつたことが認められ、右のような原告車両及び被告車両の破損状況からすれば、被告車両は、原告車両に衝突した際、原告が主張するほどの高速度であつたとは認められない。そして、前記略式命令請求事件の公訴事実は、単に被告の供述に合致するというものであるにとどまらず、検察官が関係記録に基づいて客観的な資料と矛盾するものでないとの判断のもとに構成されたものであると考えられることに照らすと、刑事事件の性格上本件事故当時の被告車両の速度についてはやや控え目となつている可能性があることは否定できないものの、本件事故は、概ね右略式命令請求事件の公訴事実のようなものであつたと認めることができる。

二  原告の受傷の内容・程度について

1  甲第一ないし第一六号証、第一八ないし第二一号証、第二三号証、第六六号証、乙第二ないし第七号証、第九ないし第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後原告が受けた診察及び検査の主な内容は以下のとおりであることが認められる。

(一) 原告は、本件事故後、平成二年九月二五日未明に石切生喜病院で診察を受けたが、そのときは、自発痛はあつたものの、運動障害及び頭部打撲は認められなかつた。また、原告は、同日再び同病院を訪れたが、その際には、頚部痛の自覚症状を訴えたものの、頚部可動域は正常で、知覚も正常、上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射、腕橈骨筋腱反射等はいずれも正常であり、レントゲン検査によつても頚椎に異常は認められなかつた。更に、原告は、同月二九日に同病院で診察を受け、頚部痛、腰部痛、吐き気を訴えたが、以後同病院では診察は受けていない。

(二) 原告は、平成二年九月二六日に、中島整形外科で診察を受けたが、両上肢に知覚過敏は認められたものの、上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射、ホフマンテスト、筋力等の検査結果では異常は認められず、骨折、脱臼も認められなかつた。同月二八日にも同病院で診察を受け、頚部痛、腰部痛を訴えたが、大腿神経伸展テストは正常であり、以後同病院では診察を受けていない。

(三) 原告は、平成二年一〇月一日以降、医療法人大道会大道病院で診察を受けたが、同日のレントゲンの結果によつても、頚部、腰部、肩の骨には異常がなく、頚椎側面中間位でやや生理的前弯消失がみられたが他に異常が認められなかつた。同月一五日には脳波の検査を行つたが、異常放電もなく正常脳波という検査結果であり、同月一七日の再度のレントゲン検査、同年一一月七日のMRI検査でも、いずれも異常なしとの結果が出た。同年一二月二五日に可動域の検査を行つているが、この結果もほとんど正常であり、同月二九日に圧迫テスト、ライトテスト、上腕二頭筋反射、上腕三頭筋反射、ホフマン反射の検査を行つたが、その結果はいずれも正常であり、また、平成三年一月二九日の腹部超音波検査、CT検査でも特記すべき所見はなかつた。更に、原告は、同年五月一日に医療法人大道会ボバーズ記念病院で診察を受けたが、MRI上明らかな異常所見は認められなかつた。

大道病院への通院中の原告の愁訴は、腰、下肢の疲労感、歩行困難、背痛、首こり、全身疲労感、上肢のしびれ等であつたが、同病院で行われた治療としては、初診日である平成二年一〇月一日に湿布薬と肩こり等の症状に対するハイゼツト、神経痛に対するロキソニン等が処方されたものの、以後は、時折湿布がされているのみで、そのほかには平成五年一〇月二二日まで単純な理学療法、運動療法が行われるにとどまつた。

(四) 原告は、平成二年一二月六日以降関西医科大学附属病院で診察を受けたが、同日の整形外科の診断では、ホフマンテスト、ジヤクソンテスト、スパーリングテストはいずれも異常がなく、知覚異常も認められず、神経学的な異常所見は認められなかつた。また、レントゲン上も頚椎、両股に異常所見は認められなかつた。平成三年一月五日には、圧痛点なし、可動域正常、イートンテスト、ホフマンテスト正常、知覚障害はないとの検査結果が出ており、同月七日には、脳神経外科で診察を受け、頚椎のレントゲン検査では異常がなく、また一月八日に行つたCT検査でも異常はなかつた。同月一七日には、外科で胸腹部の単純レントゲン検査を行つたが異常はなかつた。整形外科で同年二月七日に行つたレントゲン検査でも異常は認められなかつた。原告は、平成三年七月一二日以降は同病院では診察を受けていない。

(五) 原告は、平成二年一〇月一日から松岡診療所で診察を受けるようになり、同診療所では、比較的早い時期から首牽引を、その後は腰牽引を繰り返し受け、平成三年二月一二日以降は、低周波表面刺激療法による治療も受けるようになつた。しかし、原告が、これらの治療に先だつて他覚的所見の有無についての検査を受けた形跡はない。なお、松岡診療所の松岡医師は内科医であり、交通事故の患者を診察した経験を持たず、原告に対し、大阪府立成人病センター整形外科、大阪府済生会野江病院、市立堺病院等を紹介した。

(六) 原告は、平成四年七月二八日から市立堺病院で診察を受けるようになり、同年九月一日には、腹壁反射、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、バビンスキー、下肢伸展挙動テスト、パトリツクテストの各検査が行われたが、いずれも正常であり、知覚異常、筋力低下のいずれも認められなかつた。同年一一月一〇日にも明らかな神経学的所見は認められず、平成五年二月二五日には、上腕二頭筋反射、橈骨反射、上腕三頭筋反射、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、ホフマンテスト、ワーテルベルグテストが実施されたが、いずれも正常であつた。同年三月二日には、歩行は正常で、爪先立ち、踵立ちもでき、トレンデレンブルグサイン正常、頚椎可動域良好、肩可動域良好であつた。ただ、項部痛及び圧痛の自覚的症状を訴え、ホフマンテスト、ワーテルベルグテストにおいて左側部分に異常が認められ、軽度の知覚障害が認められたが、他方で、上腕二頭筋反射、橈骨反射、上腕三頭筋反射はいずれも正常であり、筋萎縮は認められなかつた。また、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、バビンスキーの結果はいずれも正常で、下肢の知覚障害はなく、筋力テストも正常であつた。平成五年四月六日には膝蓋腱反射、アキレス腱反射、バビンスキーは正常であり、五月一八日には頚椎の可動域良好、肩関節の可動域良好、上腕二頭筋反射、橈骨反射、上腕三頭筋反射、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、バビンスキーはいずれも正常で、知覚障害もなかつた。同年一〇月五日の検査でも、歩行正常、腰椎可動域正常、大腿神経伸展テスト、下肢伸展テスト、パトリツクテスト、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、バビンスキーの結果は、いずれも正常であり、知覚異常もなかつた。

2  甲第二〇号証、乙第八号証、第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、松岡診療所において、本件事故後の、平成三年三月四日には、大腸癌の疑い、同年四月一日には陰部湿疹、同年六月六日には貧血症、同年七月四日には大腸癌の疑い、同年一一月一二日には高尿酸血症、同月三〇日には大腸癌の疑い、出血大腸炎、同年一二月二七日には両下肢湿疹、平成四年二月七日には左大腿部化膿症、同年三月三日には腸炎、同年六月一五日には肝炎の疑い、同月二〇日には膵癌の疑い、同月三〇日には不安神経症、同年七月二一日には狭心症(疑)、同年九月三日には痔核、同年一〇月八日には感冒、平成五年一月二二日には両下肢化膿症、同年二月六日には高脂血症、同月二五日には感冒、同年五月には膵癌疑い、同年六月五日には狭心症疑い、同年七月一五日には膵癌疑い、大腸癌疑い、肝炎疑い、腸炎、同年一〇月一八日には感冒でそれぞれ診察を受けていることが認められる。

3  乙第八号証、第一〇、第一一号証、第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、松岡診療所では、平成三年七月二三日には、原告を神経症と判断し、平成四年四月三〇日には、原告の家庭状況等を詳しくきくなどし、同年六月三〇日には原告を不安神経症として心神医学療法を施したこと、大道病院でも、平成四年九月九日以後原告に対し一ないし二週間に一回くらいの割合で約八か月間にわたつて心身医学療法を行つたこと、松岡診療所及び関西医科大学附属病院では、原告に対し、抗不安剤を処方したことがあることが認められる。

4  甲第一八号証、第二一号証、第二二号証の三、五ないし七、第二四号証、乙第四、第五号証、第七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告を診察した医師の原告の症状に対する見解は次のようなものであることが認められる。

(一) 大道病院心療内科の狩山医師は、原告は、交通事故を契機としてそれに家庭内の複雑な事情が加わつて心気的な性格傾向が表面化してきたのではないか、現在の様々な愁訴の一番の原因はその生来性の性格素因にあるように考えられると述べている。

(二) 関西医科大学附属病院整形外科の森医師は、原告には、頚部交感神経亢進症状はあるものの、他覚的所見よりも自覚的所見が多彩であり、心因的な要素も加わつている可能性もあつたので、心療内科でも経過をみてもらつていたと述べている。

(三) 関西医科大学附属病院整形外科の斉藤医師は、原告の症状は神経学的に明らかな所見を持たず、多数の不定愁訴が出現しており、原告はノイローゼ気味であると述べている。

(四) 関西医科大学附属病院心療内科の橋爪医師は、原告の症状は心因反応に自律神経失調を伴つた状態であると考える、本件事故後現在に至るまでの治療関係、特に医師の対応に不満を持ち、内向的性格と相俟つて抑うつ状態を呈していると述べている。

(五) 大阪府済生会野江病院脳神経外科の古瀬医師は、原告の訴えは不定愁訴で神経学的には異常は認められず、外傷後の神経症といつてよいと思うと述べている。また、原告は被害者意識が強いようで、神経症のようになつている感じがする、何とか話し合いがつく方が本人のためと考えるとも述べている。

(六) 松岡診療所の松岡医師は、平成二年一〇月二二日の来院時に、原告は病状が多彩で、顔つきもノイローゼ気味であり、かなり心因性の要素が強いと思つていると述べている。また、心理的背景があるので、賠償問題もある程度進ある方が症状の改善にはよいのではないかと思う、原告の症状は、心因的要因も強く、日によつて訴える症状に大きな波があるとも述べている。

(七) 市立堺病院整形外科の原田医師は、平成四年七月二八日の初診時の原告の愁訴内容は、症状が強くなると心臓が止まりそうになり、声が出にくくなり、電話での会話ができなくなるというものであつたと述べている。

(八) 北野病院の石田医師は、痛みの原因につき心因性のものもあるような気がすると述べている。

5  以上によれば、原告には、本件事故後から現在に至るまで神経学的な異常所見は認められず、原告に対する治療が長期化したのは、原告がその生来性の性格素因に基づく心因性を原因とするものと解される不定愁訴を訴え続け、医師がこれに対する適切な方針を見出せないまま治療を続けたことに加え、原告が本件事故とは直接関係のない疾病等によつても相当頻繁に診察・治療を受けたことにもよるものであると認められる。

これに対し、原告本人は、市立堺病院の原田医師に脊髄に損傷がある可能性が高く、脊髄の損傷はレントゲンやMRIでは発見できない場合もあると言われた、大道病院の青木医師も神経に傷がついているのであろうと言つていたと供述し、甲第六二、第六三号証にもこれにそう記載がある。しかし、甲第六二号証によれば、原田医師の見解は、原告の場合、症状の訴えには一貫性、連続性があり、かつ、それらの症状が全般的には徐々に軽減していることから考えて、現在の症状をすべて心因性のものと捉えるのは妥当でないというにすぎず、また、甲第六三号証によれば、大道病院の青木康彰医師が原告に神経の損傷があると判断したのも、原告が事故直後に上下肢の麻痺症状があつたと訴えており、原告の訴えからすると脊髄損傷があつた可能性はあるというものであるにすぎないことが認められる。

また、甲第二五号証の二には、平成四年四月二〇日撮影のレントゲン写真では、第一二胸椎前面上方に小さな骨硬化がみられ、このことから、この部に小さな楔状変形を残さない程度の亀裂骨折があつたものと推定判断されるとの記載があり、甲第二六号証にも、平成二年一〇月一日及び平成三年二月六日撮影のレントゲン写真では著名な圧迫骨折の所見が認められなかつたものの、平成四年四月二〇日撮影のレントゲン写真に第一二胸椎前方上方に少量の骨硬化が認められたとの記載がある。また、甲第六一号証にも、第一一、第一二胸椎椎体縁にみられる骨棘は、骨折後の変化と解釈できるとの記載がある。しかし、乙第四号証によれば、市立堺病院の原田医師は、平成四年八月二二日実施のMRIの結果第一二胸椎部における軽度の椎間板組織の変性が認められるものの、受傷からの経過が長く、本件事故に由来するものか否かの判断は困難であり、その他には明らかな脊髄圧迫病変は認められなかつたとしていることが認められるうえ、乙第一号証の七、第二号証、第一三号証によれば、事故により亀裂骨折が生じるのはかなり強い外力が受傷したとされる部分に加わつた場合であり、仮に事故の時点において亀裂骨折が生じていたのであれば、ただちに強い背部痛が生じると考えられるが、原告は、事故後最初に受診した石切生喜病院において頚部の痛みは訴えたものの背部痛は全く訴えていないことから、原告に右のような骨折が生じたとは認め難く、かえつて、本件事故後間もない平成二年一〇月一日に撮影された胸腰椎部のレントゲン写真において、既に第一二胸椎の部分に骨棘形成が認められるところ、骨棘が生じるには相当な期間が必要であるため、本件事故以前から骨棘が形成されていたと考えられることが認められる。したがつて、右の第一一、第一二胸椎間の狭小、椎体縁の骨棘形成は本件事故によるものと認めることはできない。

なお、甲第二二号証の二、八、乙第九号証によれば、ボバーズ記念病院で平成三年七月四日及び平成四年二月一二日に行つたMRI検査では、第四腰椎、第五腰椎間で軽度の椎間板のずれが認められたことが認められるが、証拠上、右椎間板のずれと原告の訴えている症状との関係は明らかでなく、また、右椎間板のずれが本件事故によつて生じたものであるかどうかも不明であるといわざるをえない。

6  右1ないし5及び本件の事故態様に照らすと、本件事故に基づいて原告に生じた傷害は頚椎捻挫にとどまるものと考えられ、原告に本件事故によつて自動車損害賠償法施行令二条別表障害別等級表所定の後遺障害が残つたものとは認められない。また、右傷害の治療に必要な期間は個人差があることを考慮しても最大限六か月程度とみられることから、原告の右傷害による症状は遅くとも平成三年三月三一日は固定したものと認めるのが相当であり、同年四月一日以降に原告が受けた治療は、本件事故とは相当因果関係が認められないというべきである。しかも、原告は、前記のとおり、平成二年一〇月一日以降、松岡診療所で診療を受けているが、同所での診療は本件事故とは関係のない疾病が多く含まれているほか、同所は内科で交通事故の患者を診察するのははじめてであつたというのであり、同所で平成三年二月下旬以降に行われた首牽引も、整形外科的な検査を経て行われたものではなく、もつぱら原告の愁訴に基づいて行われたものであるといわざるをえないから、原告が松岡診療所で受けた診療については、平成三年三月三一日以前のものであつても、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

三  原告の損害について

1  診療費等 二〇万五五七五円(請求六六万九四六七円)

甲第三〇号証の三、第三一号証の一ないし一〇、一四ないし二〇、二二ないし二七、甲第三二号証の一五五、一五六によれば、原告は、平成三年二月一四日に診療費として大道病院に二五七五円、平成二年一二月六日から平成三年三月三一日までの間に診療費として関西医科大学附属病院に合計一八万〇八八〇円、平成三年二月一五日、二五日に大阪府立成人病センターに検査費等として合計一七六〇円を支払つたことが認められ、また、甲第二八、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一号証の二八、二九によれば、原告は、文書代として、石切生喜病院に二〇六〇円、中島整形外科に八〇〇〇円、大道病院に二〇六〇円、関西医科大学附属病院に八二四〇円を支払つたことが認められる。これらの合計二〇万五五七五円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

なお、原告は、脊椎等の痛みを治療するために、平成三年二月一二日にぶら下がり健康機一台を一万九一七二円で購入したと主張するが、その効用及び必要性が不明であり、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

2  通院交通費 四万一二一八円(請求三八万〇五五〇円)

甲第三八号証の一ないし一二四によれば、原告は、平成二年九月二九日から平成三年三月一一日までの間にタクシー代として合計一五万六〇九〇円を支出したことが認められるが、それらのすべてが本件事故による通院のために使用されたかどうか明らかでないうえ、原告が通院するにあたつてタクシーを使用する必要があつたことの証明もないから、右の二割に相当する三万一二一八円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。また、原告は、そのほかに電車代、バス代を請求するが、前記のとおり、本件事故と相当因果関係のある通院は、松岡診療所分は除き、平成三年三月三一日までのものと解されるうえ、右電車代、バス代の単価等の具体的内容は全く不明であり、これを裏付ける資料の提出もないことから、控え目に認定せざるをえず、一万円に限つて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

よつて、原告が主張する交通費のうち、本件事故と相当因果関係のある損害は、四万一二一八円となる。

3  休業損害等

(一) 有給休暇使用による損失 〇円(請求二二万九三八二円)

甲第六七号証によれば、原告は、平成元年四月一日に日本ユニシス株式会社に就職し、現在に至つていることが認められる。

原告は、本件事故による受傷の治療のために使用した有給休暇の時間を残業手当をもつて計算した額を有給休暇使用による損害であると主張する。しかし、有給休暇を使用したことからなぜ右のような計算に基づく損害が生じるのか明らかでなく、これをもつて原告の逸失利益とすることはできない。

(二) 残業時間減による損失 三一万九一一三円(請求五一二万八二一九円)

甲第四七号証の一、二、第五四号証の一ないし一九、第五九号証、第六〇号証の一、第六七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故前の平成二年六月から八月までの間に残業により時間外手当として合計一五万六一六二円の支払を受けていたが、本件事故に遭つたため、本件事故の翌日から前記症状の固定した平成三年三月三一日までの間残業をすることができず、そのため、従前どおり残業していれば得られたはずの三一万九一一三円の損失を受けたものと認められる。

計算式(47,436+44,802+63,924)÷92×188=319,113(円未満切捨て)

(三) 代休による損失 一〇万二〇〇九円(請求七九万二六七六円)

甲第四七号証の一、五四号証の一ないし一九、第六〇号証の一、第六七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の給与は本件事故当時一時間当たり一八三八円であつたが、原告は、本件事故により、欠勤、遅刻、早退をしたため、これにより五五・五時間分の給与が減額され、平成三年三月三一日までの間に、一〇万二〇〇九円の損失を受けたものと認められる。

(四) 賞与の減少による損失 一一万八〇〇四円(請求四七万六四二三円)

甲第五〇号証の三、四、第五八号証の一、第六七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により欠勤、遅刻、早退等をしたため、賞与のうち、平成二年一二月分では四万七五七四円、平成三年六月分では一四万〇八六〇円の減少があつたことが認められる。平成三年六月分については、その二分の一の七万〇四三〇円を本件事故と相当因果関係があると認める。

(五) 昇進遅れによる損失 〇円(請求一三八万八二八〇円)

原告は、本来平成四年四月一日をもつて昇格、昇級する予定であつたが、本件事故による欠勤、遅刻、早退及び就業能力劣化のため勤務成績が劣り、昇級が遅れたと主張するところ、甲第六五号証には原告の昇格が予定より一年遅れたとの記載があるが、原告のした通院のうち本件事故と相当因果関係があるのは平成三年三月三一日までのものに限られるところ、甲第六五号証は、平成三年四月一日以降の業務評定、能力評定について触れているにすぎず、三月三一日以前の期間の欠勤等が原告の昇格にどの程度影響を及ぼしたのかは不明であり、原告の主張する右損害と本件事故との間には相当因果関係を認めることはできない。

(六) 昇格がなされていた場合の残業減、代休増、賞与低下による損害 〇円(請求五〇二万〇三六〇円)

既に述べたとおり本件事故が原告の昇格にどの程度影響を及ぼしたのか不明であり、原告の主張する右損害と本件事故との間には相当因果関係を認めることはできない。

4  逸失利益 〇円(請求五三八万三四二九円)

原告に本件事故によつて自動車損害賠償法施行令二条別表障害別等級表所定の後遺障害が残つたものとは認められないから、これを前提とする原告の主張は理由がない。

5  原告車両全損による損害 一万〇四四二円(請求三〇万円)

原告は、原告車両の本件事故当時の価格は三〇万円であると主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告車両は、本件事故当時新規登録から一一年を経過していたことが認められるから、本件事故当時における残存価格または再調達価格は相当低いものであつたことが予想されるうえ、これらを確定することのできる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

もつとも、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告車両の運搬及び廃車のために一万〇四四二円を支出したことが認められるから、右の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

6  慰藉料 五〇万円(請求一二四〇万円、入通院分一〇〇〇万円、後遺障害分二四〇万円)

本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するには、五〇万円が相当である。

四  結論

以上によれば、原告が本件事故によつて受けた損害は合計一二九万六三六一円となるところ、乙第一九、第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故による損害のてん補として、被告車両に付された任意保険から既に合計二五万九二六〇円の支払を受けていることが認められるから、右額を控除した残額は、一〇三万七一〇一円となる。

本件の性格、審理の経過及び認容額に照らすと、弁護士費用は一〇万円とするのが相当であるから、結局、原告が被告に対して請求できる損害額は、一一三万七一〇一円となる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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