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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6869号 判決

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

松下泰三

被告

A

右訴訟代理人弁護士

松井俊輔

被告

B

C

D

右三名訴訟代理人弁護士

上原洋允

黒瀬英昭

水田利裕

小杉茂雄

澤田隆

山下誠

竹橋正明

被告

E

F

右両名訴訟代理人弁護士

元地健

被告

G

右法定代理人後見人

G2

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは原告に対し、別紙物件目録記載一、二及び三の不動産について、平成四年九月一〇日相続を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

被告Aは原告に対し、別紙物件目録記載四の建物について、平成五年二月二一日交換を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

被告Bは原告に対し、別紙物件目録記載五の建物について、平成五年二月二一日交換を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、原告が、原被告らの被相続人乙川花子の遺産について、平成五年二月二一日、一部被告ら所有の物件との交換を含めた遺産分割が成立したとして、その履行を求めるものである。

一  争いのない事実

1  原告及び被告らは、亡乙川花子の相続人である。原告及び被告ら以外に乙川花子の相続人はいない。その相続関係は別紙相続関係図のとおりであり、相続分は、被告E及び同Fが各一四分の一、その余の被告ら及び原告が各七分の一である。

2  乙川花子は、平成四年九月一〇日死亡した。

3  被告Gの法定代理人後見人G2は、平成五年二月一九日、乙川花子の遺産について、生前に贈与を受けており、受けるべき相続分はない旨の特別受益証明書(甲第九号証)を作成している。

4  そして、原告の配偶者である甲野一郎において、乙川花子の遺産たる不動産に乙川花子との共有物件の被告D、同C、同B、原告、被告A、Hの共有持分並びに乙川太郎名義の物件を加えたものを六グループに分けた分割案(甲第五号証)を作成し、同年二月二一日、被告E及び同Fは二名で一グループの物件を、その他の相続人は各一グループの物件を選択するものとし、年長順に、すなわち、被告A、原告、被告B、同C、被告D、被告E及び同Fの順に選択させて、それぞれに、選択した物件を相続し、前記遺産外の物件については、これを無償譲渡する旨の同遺書を作成させた(甲第四号証の一ないし六)。

5  別紙物件目録記載の各物件は、原告が選択した物件であるところ、同目録記載一ないし三の不動産は乙川花子の遺産であり、同目録四の建物は被告Aの、同目録五の建物は被告Bの各所有であってが、いずれも右被告らが無償譲渡を承諾した物件である。

二  争点

平成五年二月二一日に遺産分割及び交換の合意が成立したか否か。成立したとすればその効力の有無

三  争点についての主張

1  原告

乙川花子死亡後、原告及び被告ら間で、遺産分割の協議がされてきたが、平成五年二月中旬、甲野一郎が遺産を公平に六等分する裁定案を作成し、各相続人はこれに従うとの合意が、被告Gを除く全相続人の間で成立した。そして、平成五年二月二一日、被告Gを除く全相続人が、乙川花子の生前住居に集り、初めに、各自が、遺産分割に関してすべて一切を甲野一郎に委任し、その裁定に従う旨の念書(甲第三号証)を作成した。そこで、甲野一郎が、右合意及び委任に基づいて、あらかじめ作成してあった裁定案(甲第五号証)を提示し、各相続人が、年長順に各物件を選択し、自己が選択した物件を相続する旨の同意書(甲第四号証)等を作成したもので、被告Gは、同月一九日、特別受益証明書を作成して、実質的に相続を放棄しているので、同月二一日、遺産分割の合意が成立したというべきである。

2  被告A

平成五年二月二一日の遺産分割には被告Gが参加していないので、遺産分割が有効に成立したとはいえない。

また、同日の分割の仕方は、被告Gを除く相続人全員が集ったところで、特段の説明もなく、甲野一郎と原告が、相続人を年長順に一人ずつ別室に呼び出し、そこで、甲第五号証を見せ、物件を選択させ、念書(甲第三号証)、同意書(第四号証)等に署名させたもので、後順位の者は選択の余地が少なくなり、最後の被告E及び同Fは全く選択の余地がなかったものである。そして、各相続人は、同意書等に署名した後は、すぐ帰るように指示され、相続人全員での話し合いはなかった。しかるところ、当夜、他の相続人から、右分割に納得できないとの苦情の電話があったこともあって、その後、被告Aは甲野一郎と原告に対し、右分割の白紙撤回を申し入れた。これによって、甲野一郎は、同月二四日には、新たな分割案を提案してきた。以上によれば、相続人間の最終的な合意は未だなされていないというべきであって、遺産分割の合意は成立していない。

3  被告E及び同F

平成五年二月二一日の分割協議においては、最後に別室に呼び入れられ、案を検討する暇もなく、最後に残っていた物件を押しつけられ、その内容も公平でない。同月二二日には、被告Eが被告Bに右分割の不当性を訴え、これによって、被告D、被告C、被告Aも集って話しをしたところ、右分割を白紙に戻すとの結論となり、これを被告Aが代表して原告に伝え、原告もこれを了解した。従って、遺産分割協議は未だ成立していない。

仮に、右が認められないとしても、右協議は被告Gを加えずになされたものであり、また、公平に反するものであって無効である。

4  被告B、同D及び同C

平成五年二月二一日の分割協議は、年長順に別室に招き入れられ順次選択がされたもので、後になれば、前の者が選択した物件については選択の余地がなく、協議とは到底いえないものである。そして、同月二二日、被告Aから、前日のことはキャンセルする旨伝え、原告、甲野一郎はこれに同意した。従って、遺産分割協議は未だ成立していない。

第三  争点に対する判断

一  甲第三号証の一ないし七、第四号証の一ないし六、第五ないし第七号証、第八号証の一ないし七、第九号証、第一三ないし第二二号証、乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三ないし第五号証、丙第二号証の一、二、第三ないし第五号証、丁第一号証、証人甲野一郎の証言、被告A、同C及び同F各本人尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。

1  被告Gの法定代理人後見人G2は、平成五年二月一九日、乙川花子の遺産について、生前に贈与を受けており、受けるべき相続分はない旨の特別受益証明書(甲第九号証)を作成し、これを原告に交付している。尚、その後、平成六年一二月二二日、大阪家庭裁判所において原告及び被告らを当事者として、乙川花子の遺産を被告Gを除く相続人が取得し、同被告に対し三〇〇万円を支払うなどの遺産分割調停が成立している。

2  乙川花子は、公正証書遺言を残しており、これによれば被告Aの相続分として七分の二と指定されていたが、同女死亡後の遺産分割の協議の中で、右遺言書の件や、同被告が管理していた乙川花子名義の預金の額について、同被告に対し非難がされたことから、同被告が憤慨して遺産分割の協議に参加しなくなり、平成四年一二月ころには、協議は行き詰った状態となっていた。原告は、平成五年二月一二日ころ、夫の甲野一郎とともに、被告A方に赴き、同被告を説得し、その場で、甲野一郎が乙川花子と被告D、同C、同B、原告、被告A、Hの共有物件(以下「共有マンション」という。)の各共有持分を含めて分割するとの案を示し、被告Aをこれに興味を示してその方向での分割案であれば分割に応じてもよいと考え、遺言書の存在に関わらず相続分を相続人全員公平にするとの条件で遺産分割案の作成を一任した。そこで、甲野一郎は、同月一四日、被告A及びGを除く相続人を集め、相続分は全員平等で六分の一とし、共有マンションを含めた分割とする等の方針を説明し、分割に対する一任を求めた。その際、物件の選択について、くじで決めるとの意見が出されたが、甲野一郎はこれを拒否した。ただし、物件を年長順に選択するといたことは説明していない。相続人中には、甲野一郎に一任することに、抵抗を感じた者もあったが、そのままでは分割が進行しないこともあって、その場の協議は、消極的ながら、甲野一郎に一任することで終わった。

3  甲野一郎は、乙川花子の遺産たる不動産に共有マンションの各共有者持分並びに乙川太郎名義の物件を加えたものを六グループに分けた分割案(甲第五号証)を作成し、同月二一日、被告Gを除く全相続人を乙川花子の生前住居に集合させた。そして、まず、相続人それぞれに、「私は今回の遺産分割に関して、すべて一切を貴殿にお任せし、その裁定に従うことをお約束致します。なお、分割を円満に進める為に、必要とされる場合には、第一ブラザー、第二ブラザー(共有マンション)の所有権の無償贈与を行うこともお約束致します。又、裁定後は誠実に実行し、相続人相円満に遺産相続を終えることをお誓い致します。」と記載した念書に署名させたうえ、年長順に別室に呼び出し、そこで初めて前記分割案を示してその一つを選択させ、直ちに、自己が選択した物件を相続し、前記遺産外の物件については、これを無償譲渡する旨の同意書(甲第四号証)を作成させ、その後は、他の相続人に会わないように帰宅させた。

4  右分割案は、甲野一郎の計算でも、各グループの価格に七八九四万円から一億二〇二二万円までの開きがあり、課税額等を考慮しても、決して均等とはいえないものである。そして、そのグループの一つについては、最年長の被告Aに取得させることを考え、同被告が選択することを予想して案が作成されており、二番目に選択するのは甲野一郎の妻である原告であったから、原告の選択する物件も予想されて立案されている。また、共有マンションの共有者Hは被告E及び同Fの母であるが、同女がこれを無償譲渡するとの約束はなされていない。

5  平成五年二月二一日の選択においては、被告Aは、甲野一郎が予想した物件を選択し、相続人全員が選択したが、各相続人は、選択方法に疑問を持ちながらも、とりあえず甲野一郎の言うままに従って、選択を終え、帰宅した。被告E及び同Fは、二名で一グループを選択するものとされたが、順番が最後であったから、選択の余地はなく、残った一グループを提示され、苦情を述べたが、これしか残っていないと言われ、不満ながら一応前掲の同意書に署名して帰宅した。しかし、納得できず、翌日、被告Eが被告Bに不満を述べ、右両被告に加え、被告D、同C、同A、同Fも集って話しをした結果、右分割は白紙に戻そうという結論になり、被告Aにおいて、原告に電話して、その旨を伝えた。そこで、甲野一郎は、同月二四日ころ、「右分割に関し、右被告らの納得を得られなかったことに反省している。前記提示した案にはこだわっていない。これを棚上げにして同意ができれば喜ばしい。」などと記載した書面(乙第一号証、丙第二号証の一)を同被告らに送付した。そこで、被告Aにおいて、同月二七日、分割案(丙第三号証)を作成したが、原告は賛成せず、新たな分割協議は成立していない。

二  以上に鑑みるに、遺産分割協議に被告Gが参加していない点については、同被告が特別受益証明書を作成交付しているところ、一般的には、特別受益証明書の作成交付によって、自己の相続取得分がない形での遺産分割に合意し、あるいは、その取得べき持分を他の相続人に譲渡したものと考えられるから、その特別受益証明書の作成交付が瑕疵なく、有効であるかぎり、その作成者が参加しないまま遺産分割をしても、その不参加によって、その遺産分割が無効になることはない。しかし、被告Gの特別受益証明書の作成交付をもって、自己の相続取得分がない形での遺産分割に合意し、あるいは、その取得すべき持分を他の相続人に譲渡したものと認めることができるかどうかは、しばらく措き、被告Gを除く相続人らに遺産分割の合意が成立したものかどうかを検討する。

遺産分割の合意は、相続人全員でなされることを要するが、これは、必ずしも、相続人全員が一堂に会してなさなければならないものでもなく、また、一通の書面に相続人全員が署名してなさなければならないものでもない。その意味では、平成五年二月二一日に被告E及び同Fが同意書を作成した時点で一応、相続人全員の意思表示が合致した形がとられている。しかしながら、同日の分割については、次のような問題点がある。すなわち、原告は、甲野一郎が、分割について、被告Gを除く相続人ら(以下「相続人ら」というときは被告Gを含まない。)から、乙川花子の遺産分割についてすべてを任せるとの委任を受けていたと主張するのであるが、甲野一郎は相続人の一人である原告の配偶者であって、客観的な第三者的立場にあるとはみなされていなかったうえ、右委任の内容が実質的な財産処分権を含むものであれば、利益相反、双方代理の関係となったものであるから、全くの白紙委任については、これを必ずしも有効というのはできない。そして、被告らが、遺産分割について、甲野一郎に一任したのは、公平な分割がなされることを前提としていたことは明らかであるが、甲野一郎が作成した分割案自体平等でなく、同人評価でも最も高額なグループと最も低額のグループとの間には、四〇〇〇万円を超える差がある。証人甲野一郎は、選択の順序と生前贈与を考慮すれば公平になると言うが、生前贈与の有無及び額は確定されておらず、生前贈与の額によって選択の順序が決められたわけではないので、その供述には合理性がない。また、相続人以外の者の物件を含む遺産グループについては、その履行が困難なものもあった。そして、何よりも、選択の方法が公平を欠く。年齢の順に選択をさせることに合理性がなく、被告Aと原告が最も有利な立場にあり、被告Aが取得するものは予想できたから、原告と甲野一郎が協議すれば、原告は、意向どおりに物件を取得できた。少なくとも、他の相続人からは、そのように理解される立場にあった。しかも、分割案を直前に示して、十分な検討をさせていない上、選択の前に、選択方法については何の説明もせず、直前に、遺産分割について一切を任せるとの書面を作成させた上で年長順に一人ずつ別室に呼び入れ、その場で選択をさせ、異議を述べにくい状況を作出し、選択後は、相続人同士が会わないように帰宅させるなどの策を弄している。

これからすると、甲野一郎の分割案の提示及びこれを被告らに選択させて同意書を作成させた行為は、被告らの委任の趣旨に反し、信義に反する行為と言ってよく、被告ら、特に後順位で選択した被告らが同日の分割に不満を持ち、異議を述べたのは、当然というべきであり、これは、原告、甲野一郎にとっても、予想できたところと認められる。予想できたが故に、選択後、相続人同士が会わないように帰宅させたものというべきである。

以上によれば、平成五年二月二一日の遺産分割協議は、一見意思表示が合致したような形をとっているものの、協議という名に値しない不公平なものであって、信義に反して作成されたものとして、遺産分割としての効力を有しないというべきである。

三  よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

別紙〈省略〉

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