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大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)37号 決定 1993年8月10日

債権者

花元理浩

右代理人弁護士

福本康孝

債務者

株式会社髙田製鋼所

右代表者代表取締役

中川忠夫

右代理人弁護士

吉村修

西出智幸

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

債権者が債務者の(ママ)との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要

一  基本的事実関係(この事実は、当事者間に争いがない。)

1  債権者は、申立外共立工業株式会社からの派遣により、昭和六二年五月から、奈良県大和高田市所在の債務者の旧本店でガス溶断工として就労していたが、債務者の本店の現住所地への移転にあたり、平成元年五月一六日、債務者との間で期間一年の短期雇用契約を締結し、いわゆる臨時工として雇用された。右契約は、契約書上は、日給が九〇〇〇円、通勤手当は支給されるが、その余の各種手当及び賞与はないというものであったが、実際には賞与も支給され、皆勤手当も付き、各種保険も有給休暇の制度もあった。

2  債権者は、平成二年五月一六日、日給を九一六四円としたほかは従前と同一の労働条件で短期雇用契約を締結した。

3  債権者と債務者の雇用関係は平成三年五月一六日以後も続いたが、平成四年八月二二日、債務者は、債権者に対し、同年九月二一日をもって解雇する旨予告した。

二  当事者の主張の要旨

1  債権者

(一) 争いある権利関係について

(1) 債権者と債務者との間で平成元年五月一六日に締結された短期雇用契約においては、実際には賞与も皆勤手当も支給され、各種保険も有給休暇の制度もあり、その実態は無期契約による従業員(いわゆる本工)と全く同じであった。そして、平成二年及び平成三年の各五月一六日には、新たな契約書は作成されることなく雇用関係が継続され、賞与等も支給され続けた。

このように、正社員と同じ労働条件で、しかも中途からは改めて契約書を作成することなく雇用関係が継続してきたという事情のもとでは、債権者と債務者の間の当初の短期雇用契約は、本工としての無期雇用契約に転化したものというべきである。

(2) また、債務者と債権者の間の雇用関係は、派遣社員の二年間を入れると、六年間もの間反復継続していることとなる。そして、その契約自体、仕事の内容は本工と異ならないのみならず、賞与の支給、一年毎の昇給及び有給休暇制度の存在にかんがみると、本工としての雇用契約に極めて近いものであった。このように、反復継続して短期雇用契約が継続している場合には、仮に、これが無期契約に転化していないとしても、その雇止めにあたっては通常の解雇の法理が類推適用されるものというべきである。

(3) そうすると、債権者に対する前記解雇予告ないし雇止め(これらを併せて、以下「本件解雇」という。)には債務者の就業規則所定の事由ないし正当事由の存在を要するものというべきである。

しかるに、右就業規則四五条においては、解雇の要件につき左記のとおり定められているところ、債務者は、本件解雇は、同条二号にあたる、いわゆる整理解雇として有効なものであると主張する。しかし、当時、債務者には整理解雇を必要とするような差し迫った状況はなかったばかりか、債権者は臨時工であるとの理由で労働組合への加入を認められていなかったから、債務者の主張する労働組合との協議手続は無意味な主張である。また、本件解雇は後述のように差別的な解雇であるから、解雇対象者の人選の合理性もない。

また、債務者は、債権者が臨時工であるとの理由のみをもって本工と差別して債権者を解雇している。債務者は、臨時工及びパートはすべて解雇したと主張するが、臨時工のうち一名の者については解雇していないのであって、本件解雇は差別的解雇にあたる。

そして、他に就業規則該当事由及び解雇の正当事由はないから、いずれにせよ、本件解雇は無効である。

下記の各号の一つに該当するときは、解雇するものとする。

1  精神、もしくは身体に故障があるか、または虚弱老衰傷病のため業務に耐えられないと認めたとき

2  やむをえない業務上の都合のとき

3  その他前二号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき

(4) 債権者は、解雇予告の時点で債務者に抗議を申し入れており、合意解雇は成立していない。

(二) 保全の必要性について

債権者は、債務者から受ける賃金の他に収入の道はなく、突然の解雇により本案判決まで収入の道を絶たれ、申立の趣旨どおりの仮処分命令を得なければ生活してゆくことができない。

2  債務者

(一) 争いある権利関係について

(1) 債権者と債務者は、平成元年以降毎年五月一六日付けで、期間を一年とする短期雇用契約を締結してきたのであって、この契約が中途で無期の契約に転化したということはない。債権者には皆勤手当が支給されていたが、本工に支払われる職務手当等の諸手当の支払いはなかったし、定期昇給もなく、また、給与の体系も臨時工である債権者と本工では全く異なっていたものである。なお、債務者は、平成二年以降毎年五月一六日付けで短期雇用契約に係る契約書(臨時雇用契約書)に署名捺印を求めたが、債権者は、印鑑を所持していないとの理由で、署名押印をしなかったものである。

そうすると、右契約は遅くとも平成五年五月一五日の経過をもって終了しており、債権者は債務者との間で雇用契約上の権利を有する地位にはない。

(2) 債務者は、鋳鋼品の製造を業とし、年間売上が一〇数億円あったが、近時の不況により特に平成四年七月ころから受注が激減して売上が四億円も減少し、一億三〇〇〇万円もの赤字が予想され、企業としての存続維持が危機に瀕するような重大な事態となったため、労働組合とも十分協議して了解を得た上で、パート及び運転手一名を除く臨時工全員を解雇したもので、債権者の本件解雇もその一環として行われ、一か月の予告期間を置いてなされたものである。これは、就業規則四五条二号の「やむを得ない業務上の都合」に該当するものであり、仮に債権者と債務者の当初の短期雇用契約が本工としての無期契約に転化し、あるいは本件解雇に通常の解雇の法理が類推適用されるとしても、本件解雇は有効である。

(3) そして、債権者は、債務者が解雇の予告をした平成四年八月二二日には、これを了承して退職届に自己の拇印を押し、健康保険被保険者証の返還、離職票の受領、厚生年金保険被保険者証の受領、社会保険事務所への健康保険の被保険者資格喪失届出等退職に伴う諸手続を済ませ、同年九月二一日から自発的に出勤しなくなったものである。したがって、債権者と債務者との間では、雇用契約が合意解約されたものである。

仮に合意解雇が認められないとしても、債権者の右行為は、解雇を承認したものというべきであるから、解雇の効力を争う権利を放棄し、あるいは信義則上解雇の効力を争うことはできないものというべきである。

(二) 保全の必要性について

債権者の主張は不知。

第三当裁判所の判断

一  争いある権利関係について

1  債権者は、本件においては当初の短期雇用契約がその反復継続により無期契約に転化したと主張する。しかし、格別の意思の合致のないかぎり、期限付の雇用契約がいくら反復継続しても、それが無期契約に転化すると解することはできないのであって、債権者のこの主張は失当というべきである。

もっとも、当該短期雇用契約締結及び更新の事情等に照らし、それがいずれかから格別の意思表示がないかぎり当然更新されるべき雇用契約を締結する意思に基づくものであったと認められる場合には、かかる契約は、あたかも期間の定めのない本工としての雇用契約と実質的に異ならない状態で存在していたこととなり、かような短期雇用契約の雇い止めについては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推するのが相当である。

そこで、以下、債権者と債務者の間の契約が、右のような性質のものであったか否かにつき検討する。

2(一)(1) (証拠略)(平成元年五月一六日付の臨時雇用契約書)、(証拠略)によれば、債権者は、平成元年五月、債務者に雇用されるにあたり、前記のような趣旨の臨時雇用契約書を作成したこと、債務者は、平成二年五月、債権者に対し臨時雇用契約書の用紙を交付してこれを作成しようとしたが、印鑑を所持していないとの理由で債権者の署名捺印が得られず、契約書用紙は債権者が所持したままになっていること、平成三年五月(ただし、日給は九四三八円とされた。)及び平成四年五月(ただし、日給は九六九三円とされた。)にも右と同様の契約書用紙を交付してこれを作成しようとしたが、右同様の理由で債権者の署名捺印が得られなかったことが一応認められる。

(2) これに対し、(証拠略)(債権者作成の陳述書)及び(証拠略)(債権者本人の審尋反訳書)中には、(証拠略)の臨時雇用契約書は、債権者が債務者の臨時工として就労するようになってから約三か月後になって初めて、「形だけだから署名捺印するように」との債務者の説明の下に作成されたす(ママ)る部分がある。しかし、(証拠略)の上にはいずれも平成元年五月一六日付けの債務者の社長、次長及び取締役の確認印が押捺されているところ、右契約書作成時において右確認印の日付を遡らせるべき事情は窺われないことにかんがみれば、(証拠略)中の契約書作成時期に関する部分は採用できない。

(3) また、(証拠略)(債権者作成の陳述書)及び(証拠略)(債権者本人の審尋反訳書)中には、債務者は、平成三年五月には臨時雇用契約書への署名捺印は求めず、平成四年五月になってから平成三年度と四年度の契約書をまとめて二通交付して署名捺印を求めたとする部分があるところ、(証拠略)(平成三年分の臨時雇用契約書)及び(証拠略)(平成四年分の臨時雇用契約書)はホッチキスで止められている。しかし、債権者が、平成二年五月一六日付の契約書について、印鑑を所持していないことを理由に署名捺印をしなかったことにかんがみると、平成三年五月一六日付の契約書について債権者が印鑑を所持していないことを理由に署名捺印をしなかったため、平成四年五月になって、債務者が改めて平成三年度と四年度の契約書を二通ホッチキスで止めて債権者に交付したにすぎないのではないかとの合理的疑いを払拭できないから、右のとおり(証拠略)がホッチキスで止められていること並びに(証拠略)中の前記部分をもって直ちに前記認定を覆すことはできない。

(二) (証拠略)によれば、債務者の本工については月単位の基本給が決まっているが、債権者を含む臨時工については日給を基準に賃金が決定されていたこと、給与の計算の基礎となる所定日数は本工については二四日、臨時工については二三・五日と異なっていたほか、欠勤があった場合に減額する方法及び基準となる係数が双方で異なっていたこと、臨時工には、各種保険が付き、勤労意欲を高めるため皆勤手当が支給されていたが、本工に支払われる職務手当、諸手当及び家族手当は支給されていなかったし、定期昇給もなかったこと、臨時工については臨時昇給は実施されていたが、その昇給率は本工の五〇から七〇パーセントにすぎなかったこと、賞与についても、臨時工の勤労意欲を高めるために支給されていたが、その額は正社員の二〇ないし八〇パーセントにすぎなかったことが一応認められる。

(三) なお、(証拠略)によれば、平成二年五月ころ、債務者は、債権者に、本工にならないかと声をかけたが、債権者は、高齢等を理由に断ったことが一応認められる。

(四) 以上のように、債務者は、債権者に対し、毎年五月一六日前後に明示的に臨時雇用契約書への署名捺印を求め、債権者と債務者の契約は、毎年度改めて契約を締結することにより一年毎に雇用関係を更新してきたこと、賃金についても臨時工と本工とでは一定の相違があり、このことを債権者としても認識していたことにかんがみれば、債権者のガス溶断工としての仕事自体が本工と変わりないものであったこと(<証拠略>により一応認められる。)を考慮に入れても、債権者と債務者の短期雇用契約が、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるとの趣旨で締結されたものと認めることはできない。

したがって、その雇い止めに解雇の法理を適用することはできない。

3  そうすると、平成四年八月二二日になされた解雇予告の効力の点はさておくとしても、債権者と債務者の本件契約は遅くとも平成五年五月一五日をもって終了しているから、いずれにせよ債権者は債務者と雇用契約上の権利を有する地位にはないこととなる。

二  結論

したがって、本件申立は理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判官 原啓一郎)

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