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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)823号 判決 1993年8月26日

原告

安田徳太郎こと安承徳

被告

シグナ・インシユアランス・カンパニー

主文

一  被告は原告に対し、金一九五〇万円及びこれに対する平成三年二月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金六六七五万円及びこれに対する平成三年二月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告との間で海外旅行傷害保険契約を締結していた原告が、ニユーヨーク市内でタクシーに当て逃げされて負傷したことから、右保険契約に基づき、被告に対して保険金の支払を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  原告は、被告との間で、次のとおりの保険契約を締結した。

(一) 名称 海外旅行傷害保険

(二) 保険番号 九四六七R一六五四九五―六

(三) 保険期間 平成元年六月七日から同年六月一五日まで

(四) 保険金額 七五〇〇万円

(五) 保険料 一万四〇〇〇円

(六) 保険契約者 原告

2  原告の受傷等

原告は、平成元年六月八日午前一時五分ころ、旅行先であるアメリカ合衆国ニユーヨーク市内の路上で、タクシーに当て逃げされ、帰国後、服部中央病院で治療を受け、原告の症状は、労働者災害補償保険法の障害等級(以下「労災等級」という。)二級に該当すると認定された(以上につき争いがない。)。

3  本件保険約款等

本件保険の普通保険約款第六条一項は、「当会社は、被保険者が第一条(当会社の支払責任)の傷害を被り、その直接の結果として、事故の日からその日を含めて一八〇日以内に後遺障害(身体に残された将来においても回復できない機能の重大な障害または身体の一部の欠損で、かつ、その原因となつた傷害がなおつた後のものをいいます。以下同様とします。)が生じたときは、保険金額に別表2の各号に掲げる割合を乗じた額を後遺障害保険金として被保険者に支払います。」と規定し、第六条三項は、「第一項にいう別表2の各号に掲げていない後遺障害に対しては、被保険者の職業、年齢、社会的地位等に関係なく身体の障害の程度に応じ、かつ、別表2の各号の区分に準じ、後遺障害保険金の支払額を決定します。」と規定している。具体的な後遺障害が別表2の後遺障害に属しない場合、保険実務一般は、右約款第六条三項を適用し、労災等級を援用して運用している。後遺障害が労災等級二級に該当する場合、本件保険金額の八九パーセントが支給され、労災等級九級に該当する場合、本件保険金額の二六パーセントが支給される。さらに、右約款第九条一項は、「被保険者が第一条(当会社の責任)の傷害を被つたときすでに存在していた身体の障害もしくは疾病の影響により、または第一条(当会社の支払責任)の傷害を被つた後にその原因となつた事故と関係なく発生した傷害もしくは疾病の影響により第一条(当会社の支払責任)の傷害が重大となつたときは、当会社は、その影響がなかつた場合に相当する金額を決定してこれを支払います。」と規定している(乙二、六、弁論の全趣旨)。

4  被告は、原告の症状を労災等級九級と認定し、かつ、原告の既往症を五〇パーセントとして、本件保険契約に基づき九七五万円の支払に応じる旨を原告に通知した(争いがない。)。

二  争点

本件保険契約に基づき、被告が原告に対して支払うべき保険金額はいくらか(原告は、本件事故に基づく原告の後遺障害が労災等級二級二の二に該当するとして、保険金額の八九パーセントに相当する六六七五万円の支払を請求する。これに対して、被告は、原告の後遺障害が労災等級九級七の二に該当し、かつ、右後遺障害には既往症である後縦靱帯骨化症、第五、六頸椎間の椎間板腔狭少化が寄与しているとして、さらに五〇パーセントを減額した九七五万円の保険金額を主張する。)。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし四、六の1ないし15、七の1ないし22、乙四、七の1、2、八ないし一〇、一二の1ないし13、一六、一七、一九、検乙一、二、証人宗光博文、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められ、原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は採用できない。

原告は、本件事故直後、道路脇に倒れており、原告自身で動けなかつたので、同行していた友人が原告を引きずるようにして歩道まで運んだ。その際、原告は、顔面から出血しており、意識は消失しておらず、車にはねられてボンネツトから振り落とされた旨話していた。そして、原告は、本件事故当日、医療救急サービス隊によつてニユーヨーク市内のベルビユー病院に搬送された。右病院で受診した結果、左眼瞼に一・五センチメートルの切り傷があつたが、頭部外傷はなく、レントゲン検査の結果では、頸骨の骨折は認められず、頸椎のCT検査の結果では、頸椎第三から第四にかけて右側に骨棘があり、神経孔を狭めており、また、頸椎第四から第五に中心から右部に大きい骨棘があり、これが上下に伸びて脊髄の前部を圧迫し、さらに、頸椎第五から第六にかけて中位の左右対称の骨隆起が認められた。このようなことから、右病院の医師は、原告の症状が、中心から右側への大きな骨棘のために頸椎第四から第五の位置の脊髄圧迫を伴う頸椎脊椎炎であるとの診断をした。そして、原告は、右病院において、投薬等による治療を受けた。その後、原告は、平成元年六月一五日にニユーヨーク大学医療センターラスク治療院に転院した。右治療院において、原告は、不眠症を訴えており、腕、腹部、下肢に局部知覚障害があり、上肢は、第六頸神経の障害により低下しており、手首の伸筋及び肘の屈筋もやや弱化し、手首の屈筋も多少弱く、握力は両手とも弱く、手の機能不全の状態で、両下肢の力は、左臀部の屈筋以外は正常値内にあつた。このようなことから、右治療院の医師は、原告の症状は中心性脊髄症候群であるとし、頸椎後縦靱帯骨化症による頸神経症候群であると判断した。原告は、右治療院において、手の機能不全のため自ら食事をすることができない状態であり、歩行訓練を開始した。原告は、平成元年六月二五日ころ帰国し、同月二九日に天理よろづ相談所病院で受診し、同年七月六日から同年八月六日までの間、右病院に入院して治療を受けた。原告は、右病院において、右上肢の神経痛性疼痛と、四肢及び体幹にしびれ感を訴えており、第四、五頸椎の後縦靱帯骨化症、第四、五頸椎、第五、六頸椎の骨棘が著明であり、右病院の医師は、原告の症状を頸髄中心性脊髄損傷、頸椎骨軟骨症、頸椎後縦靱帯骨化症であると診断した。原告は、右病院に入院中、同年七月一七日には歩行器で歩行が可能となり、同月二六日には頸部のカラーを除去した。そして、同年八月三日当時における原告の日常生活動作については、つまむ、ひもを結ぶ、握る、スプーンを使う、便所の処置はいずれも正常であり、字を書く、上着の着脱、正座、あぐら、横座り、脚投げ出し、片足で立つ、歩くことはいずれも可能であり、立ち上がることは支持があれば可能であり、階段の昇降は手すりがあれば可能であり、杖等の補助用具は使用せず、箸を使う、洗顔はやや困難であり、ズボンの着脱、靴下をはくことはいずれも片足ではできず、歩容にはやや痙性が認められた。そして、右病院の看護記録のうち同年八月五日欄には、原告には、両上肢及び両膝部のしびれ感があるが、歩行はスムーズであり、手握運動は良である、と記載され、右病院からの退院日である同月六日欄には、独歩にて妻に付き添われて退院する、と記載されている。そして、同年九月六日に右病院で受診した際には、医師は、歩行で左下肢の挙上が悪く、上肢に反射異常があり、腱反射の亢進が認められるが、四肢の知覚障害はなく、歩行は正常であると判断していた。さらに、原告は、同年八月九日から同年九月二二日までの間、協和会病院に入院して治療を受けた。右病院にに入院当初、原告は、四肢の知覚運動障害、とくに左上下肢、右前腕の知覚障害があると診断され、右入院期間中及び退院後から平成三年一〇月二三日までの通院期間中、いずれも理学療法を主とする治療を受けた。右入院期間中の平成元年八月一六日に右病院の看護婦が原告の妻と面接した結果に基づいて作成したインテーク記録には、原告の症状に関する原告の妻の見解として、妻としても、もう少し手足に筋力をつけてもらつて、しつかり動けるようになつて欲しい、仕事面では、今のところ支障はないし、現在と症状が変わらなくても継続することは可能である旨の記載がある。また、右病院の理学療法士は、平成元年一一月一六日付の書面において、原告の症状等に関し、入院当初は一部筋力低下及び感覚障害が認められたものの、日常生活動作の面でとくに支障をきたすほどの動作能力の低下は認められず、患者である原告としては、より正常に近いレベルまでの回復を要求し、とくに感覚障害を強く訴えており、また、感覚障害については、理学療法を開始した当初は、やや軽減傾向にあつたが、最近では異常感覚の程度が増悪している旨記載している。そして、協和会病院の医師は、原告の傷害が平成元年一二月六日に症状固定した旨の後遺障害診断書を作成した。右後遺障害診断書には、傷病名として、四肢麻痺、自覚症状として、四肢筋力低下と運動障害、受傷時不完全脊髄損傷、四肢感覚障害重度と記載され、右医師は、障害内容の増悪、緩解の見通し等について、現在歩行は可能であるが、付随意運動の出現時には歩行困難であり、感覚障害があるため日常生活動作に著しい障害をきたす、と記載している。ところで、原告は、東京海上火災保険株式会社との間で、本件保険契約との同様の保険契約を締結していたが、右会社は、脳神経科と脊椎外科の専門医である宗光博文医師に対し、原告の後遺障害の程度についての診断を依頼した。そこで、宗光医師は、平成二年二月一九日に原告と面接して日常生活動作の検査等を実施し、右検査結果と、右会社から受け取つたアメリカにおける本件事故状況及び治療経過に関する資料のみに基づいて、原告の後遺障害の程度について診断をした。右診察によると、原告の日常生活動作に関しては、衣服の着脱、階段の昇降、自力歩行に障害があり、便失禁が認められ、神経学的には、第五頸椎以下、とくに第五頸椎から第二胸椎付近までの知覚異常があり、第二胸椎以下には知覚、痛覚の脱失があり、とくに四肢背側に著明であつたほか、運動機能についても、第五頸椎以下の各筋群に筋萎縮を伴う運動機能障害が認められ、上下肢について筋拘縮、硬直があり、不随意運動が混在し、また、腱反射の亢進、病的反射が認められた。さらに、レントゲン検査及びCT検査の各結果では、第四から第六頸椎に棘形成と、第四から第六頸椎に限局性後縦靱帯骨化症(とくに第六頸椎に著明)が認められ、脊柱管狭窄の存在が認められた。そして、宗光医師は、原告の症状に関する診断結果として、第五頸椎レベルでの頸髄損傷であり、後縦靱帯骨化症がその発生に大きく関与していた可能性も高く、若干因果関係に問題が残るかもしれないが、事故形態がそれだけでも頸髄損傷を生じる程度であるとし、後遺障害認定等級として、労災等級二級二の二に相当するとの判断を示した。その後、協和会病院の医師は、平成三年一月一四日現在の原告の日常生活動作について、立ち上がることは支持があれば可能であり、階段の昇降は手すりを使えば可能であり、戸外を歩くこと、片足で立つことは一人では全くできず、屋内を歩くことは一人でもできてもうまくできないとの判断をした。

二  右認定事実によれば、本件事故以前から、原告には、第四から第六頸椎に棘形成と、第四から第六頸椎に限局性後縦靱帯骨化症(とくに第六頸椎に著明)、脊柱管狭窄の身体的素因が存在したことは明らかである。

また、右に認定した原告の症状及び治療経過からすると、原告は、本件事故後、ニユーヨーク市内の医療機関で治療を受け、その後、帰国して天理よろづ相談所病院で一か月間の入院治療を受けた結果、両上肢及び両膝部のしびれ感があるものの、杖等を使用せずに歩くことができるようになり、階段の昇降も手すりを使えば可能な程度に回復し、右病院を独歩で退院したのであり、その後、協和会病院に入院中も右状態が継続していたことは、協和会病院の看護婦が記載した前記インテーク記録における原告の妻の見解についての記載内容、右病院の理学療法士が作成した前記書面の記載内容のほか、協和会病院に入院中の平成元年九月六日に天理よろづ相談所病院に通院して診察を受けた際、医師は、原告の歩行が正常であると判断していたことの諸事実からも明らかである。ところが、平成元年一一月ころから、原告の症状が増悪するようになり(この点は理学療法士の前記書面により認められる。)、宗光医師の診察を受けた平成二年二月一九日当時は、衣服の着脱、階段の昇降、自力歩行に障害があり、便失禁が存在するなど、症状の増悪が認められ、さらに、平成三年一月一四日当時は、戸外を歩くこと、片足で立つことは一人では全くできず、屋内を歩くことは一人でできてもうまくできない状態になつて、症状が一層増悪したものであり、このような症状の推移からすると、本件事故による原告の症状は、ニユーヨーク市内の医療機関、天理よろづ相談所病院、協和会病院における各入院治療によつてある程度正常に歩行できる程度に回復したのであるが、その後は、前記の後縦靱帯骨化症、脊柱管狭窄の身体的素因によつて症状が増悪したと解するのが相当である。そうすると、平成元年一一月ころ以降に出現した症状の増悪部分は、本件事故との間に相当因果関係がないというべきである。

さらに、本件事故は、歩行者である原告がタクシーに衝突されて路上に転倒し、意識の消失はなかつたものの、自力では動けない状態で倒れているところを救助されていることからすると、本件事故によつて原告の身体に相当強い衝撃が加わつたことは明らかであり、これに、原告の前記症状及び治療経過を併せ考慮すれば、本件事故から平成元年一一月ころまでの間における原告の症状については、前記身体的素因の有無にかかわらず、本件事故により発症したと解するのが相当である。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある原告の後遺障害の程度は、前記各入院期間中の症状に基づいて判断すべきところ、右症状は、労災等級九級七の二(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当すると解すべきであり、前記身体的素因による減額をするのは相当でない。

三  以上によれば、原告の請求は、一九五〇万円(前記保険金額七五〇〇万円に対する労災等級九級に相当する二六パーセントを適用)とこれに対する本訴状送達の翌日である平成三年二月一六日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

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