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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)10313号 判決 1993年4月16日

原告

ラジャワント・カウル・コーリー

ほか四名

被告

日本火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各金一〇三万八〇〇〇円及び右各金員に対する平成三年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、日本での企業研修中に交通事故で死亡した被害者(インド国籍)の遺族から、既に支給された保険金では不足であるとして、さらに自賠責保険会社に対し自賠法一六条により差額の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  自賠責保険の成立

訴外株式会社神崎組は、被告との間で、平成元年五月一三日、被保険車両を普通貨物自動車(姫路四四る二五五七)、被保険者を保有者及び運転者、保険期間を同年六月二七日から平成二年六月二七日までとする自賠責保険契約を締結し、所定の保険料を支払つた(保険証明書番号七六〇―四九八六五九―六)。

2  保険事故の発生

右保険期間内に以下の交通事故が発生した。

(1) 発生日時 平成二年一月八日午後五時五五分ころ

(2) 発生場所 兵庫県加西市繁昌町南の岡九二番地の一

(3) 加害車両 訴外桑原靖夫運転の被保険車両

(4) 被害者 ターロツク・シン・コーリー(インド国籍、一九三七年四月四日生、以下「被害者」という。)

(5) 事故態様 加害車両が国道三七二号線を北東から南西に向かつて走行中、北西から南東に向かつて徒歩で右道路を横断中の被害者を撥ね飛ばしたもの

(6) 被害内容 被害者は、本件事故により多発性骨盤骨折、尿路損傷、腹腔内出血、後腹膜出血の傷害を受け、平成二年一月二四日死亡した(死亡当時五二歳)。

3  被害者の職業など

被害者は、インドで設立中のフェニツクスエレクトリツク株式会社に勤務し、日本のフェニツクス電機株式会社に研修に訪れていた際に本件事故に遇つたものであり、被害者は原告ら家族を扶養していた。

4  相続関係

原告ラジヤワント・カウル・コーリーは被害者の母、原告カルデイツプ・カウル・コーリーはその妻、原告ラジヤワント・シン・コーリー、同グンワントバー・シン・コーリーはその息子、同アミツト・コール・コーリーはその娘であり、原告らのみが、被告に対する保険金請求債権を均等に相続した。

5  損害の填補

被告は、被保険者に原告らの本件事故による損害について賠償責任があることを認め、以下のとおり算定して、原告らに一八七二万六六六七円、被害者の父である訴外ブツド・シン・コーリーに一〇八万三三三三円(合計一九八一万円)を支払つた。

(1) 死亡者本人の慰謝料 三〇〇万円

(2) 遺族の慰謝料 六五〇万円

(3) 葬儀費用 五〇万円

(4) 逸失利益 九八一万円

一八歳男子の平均賃金(月額一四万四八〇〇円)を基礎として、五二歳から六七歳まで稼働可能とし、生活費控除を五〇パーセントとしホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出

(5) 合計 一九八一万円

6  自賠責保険においては、保険会社が自賠責保険事業方法書の一部として自賠責保険損害査定要網(以下「査定要網」という。)を作成し、監督官庁である大蔵大臣の認可を受けて、右要網に基づき損害額の査定が行われ、これに基づき保険会金額が支払われている

7  査定要網の死亡の場合の逸失利益の算定方法についての規定は以下のとおりである。

逸失利益は、下記収入額から本人の生活費を控除した額に死亡時の年齢に対応する新ホフマン係数を乗じて算出する。

(a) 有職者で現実収入額の立証が可能な者

過去一カ年間における収入額と別表Ⅳに定める年齢別平均給与額の年相当額のいずれか高い額とする。

(b) 有職者で現実収入額の立証が困難な者、家事従事者及び一八歳以上の学生

別表Ⅳに定める年齢別平均給与額の年相当額とする。

(c) 働く意思と能力を有する無職者、幼児および一八歳未満の学生

別表Ⅳに定める一八歳の平均給与額の年相当額とする。ただし、働く意思と能力を有する無職者で被扶養者があるときは、別表Ⅳに定める年齢別平均給与額の年相当額の五〇パーセント(一八歳の平均給与額を下回る場合は、一八歳の平均給与額)とする。

なお、生活費の立証が困難な場合、被扶養者があるときは収入額から三五パーセントを、被扶養者がないときは収入額から五〇パーセントを生活費として控除する。

二  争点

被告に死亡保険限度額である二五〇〇万円までの支払義務が存するか否か。

1  原告ら

(1) 自賠責保険については、査定要網は公表され、全ての損保会社において共通に適用されており、自賠責保険契約の契約内容を構成している。

(2) 被害者は、前記のとおり有職者であるが、過去一年間の現実収入が五二歳年齢別男子平均給与を下回るか、もしくは、その立証が困難なものであり、かつ、被扶養者を有するものであるから、前記査定要綱の死亡の場合の逸失利益算定の規定によれば、被害者の死亡時の年齢である五二歳の年齢別平均所得を基準とされることになり、また、その生活費控除率も三五パーセントということになり、これによると、被害者の逸失利益は、三五一〇万八六七二円となる。

(計算式)409,900×12×(1-0.35)×10.981=35,108,672

しかるに、被告は、前記のとおり一八歳男子の平均賃金を基礎とし、生活費控除率も五〇パーセントとして逸失利益を算定して支給した。これは、査定要綱違反である。

(3) 右のとおり、被害者の損害は保険金支払限度額である二五〇〇万円を明らかに超えるから、既払金との差額五一九万円を原告らの相続分に応じて原告らに各一〇三万八〇〇〇円の支払義務がある。

2  被告

(1) 査定要綱が自賠責保険の内容を構成しているとの点は否認する。

(2) 被告の原告らへの保険金支払が査定要綱に違反するとの点は争う。

第三争点に対する判断

一  査定要綱が自賠責保険契約の内容となつているとの原告の主張について証拠(乙四、証人伊藤文夫)によれば、査定要綱は、自動車事故被害者の保護・救済を図りつつ、大量の支払事務を迅速に処理し、かつ、被害者間の公平な救済の確保等の自賠責保険制度に対する要請から支払保険金を算定する目安として保険業法一条で定める事業方法書の一部として大蔵大臣の認可を得て、会社共通に策定されているものであり、とくに争いのない事案はこれによつて損害額の算定を行つていること、しかしながら、現実の事務処理にあたつては、査定要綱実施要領、自賠責保険損害調査関係規定集等にも準拠し、さらに難解な事案等については、自動車保険料率算定会の地区本部や調査事業部審理室における稟議・審査等によつて処理されることが認められ、これによれば、査定要綱は標準的事案についての保険会社内部における損害額算定の目安であり、保険会社に対しては、原則として(標準的事案については)、査定要綱に基づき保険金の支払をすべきであるとの事実上の拘束力を持つことにはなるが、それを超えて、被害者・加害者間における民事責任の範囲を決定するといつた私法上の拘束力を持つものではないというべきである。従つて、査定要綱が自賠責保険契約の内容となつているとの原告らの主張は採用できない。

二  被害者の逸失利益を九八一万円と算定したことが査定要綱に違反するとの原告主張について

査定要綱が前記の趣旨で策定されたものであること、査定要綱の逸失利益算定の基準となる年齢別平均給与額、就労可能年数などが日本における賃金統計、平均余命等をもとに作成されていること(乙一別表Ⅲ、Ⅳの欄外注)によれば、査定要綱により逸失利益を算定するのは、当然のことながら日本において現に就労し、あるいは、就労可能である被害者を前提にしているということになる。従つて、たまたま日本国内で交通事故にあつたが、インド国籍で今後ともインド国内を就労、生活の本拠とする者が被害にあつた本件においては、前提を欠き、被告は査定要綱に拘束されるものではないというべきである。そうすると、原告らの被害者請求に当たつては被害者の逸失利益をインドにおける現実収入あるいは平均賃金によつて算定すべきことになるが、被害者の逸失利益が原告主張額となることについての証拠はないから、被告には既に支給した保険金を超えて支払うべき義務は存しないことになる(さらに、付言すると、前記の被告が逸失利益として算定し、支給した九八一万円は、ILO発行の労働統計年鑑によるインドの一九八五年度の(1)製造業(全企業)の平均賃金月額が七四〇・二ルピー、(2)製造業(大企業)の平均賃金月額の最高が一〇四五・六ルピーであり、これを邦貨に換算(近時の1ルピーの最高価一〇・五九三円による。)すると、右の(2)の平均賃金月額の最高でも一万一〇七六円にしかならず(乙二の二、三、三の1ないし3)、一八歳の平均給与月額一四万四八〇〇円の一割未満であることに照らせば、被害者にとつて低額ではなく、また、原告らがインドにおける現実収入、あるいは平均賃金を明らかにしていないにも係わらず、支給されており、迅速な被害救済との自賠法の理念にも適い、合理的で、不利益な処理がなされたものではないというべきである。)。

三  まとめ

右によれば、被告には原告らに対し、保険金支払限度額二五〇〇万円と既払金との差額五一九万円を相続分に応じて支払うべき理由はないことになり、原告らの請求は棄却すべきことになる。

(裁判官 高野裕)

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