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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)3272号 判決 1992年5月08日

原告

萬田恵美子

ほか三名

被告

坪田圭次

主文

一  被告は、原告萬田恵美子に対し金八三〇万二二八二円、原告萬田豊、原告平井光恵及び原告谷口文恵のそれぞれに対し金二八二万五四七九円並びに右各金員に対する昭和六三年一一月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告萬田恵美子に対し金二〇三一万一五三六円、原告萬田豊、原告平井光恵及び原告谷口文恵のそれぞれに対し金六七七万〇五一二円並びに右各金員に対する昭和六三年一一月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点内で発生した交通事故の被害者の遺族が、加害自動車の運転者に対して民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

左記の交通事故が発生した。

(一) 日時 昭和六三年一一月一六日午前七時四五分頃

(二) 場所 京都市福稲御所ノ内町一〇番地の六先道路上

(三) 加害車 普通貨物自動車(京都四〇ま三七四三号)

右運転者 被告

(四) 被害車 自動二輪車

右運転者 萬田五郎(被害者、昭和三年四月一八日生まれ)

(五) 態様 本件交差点を南進中の被害車と東側道路から本件交差点に進入した加害車が衝突して、被害車が転倒し、被害者が左下腿挫滅創、左腓骨開放性複雑骨折、左脛骨上端骨折、左前脛骨筋・腓腹筋断裂の傷害を負つたもので、本件事故の発生につき、被告に過失がある。

2  入通院

被害者は、昭和六三年一一月一六日から平成元年三月九日まで一一四日間、久野病院において入院治療を受け、同日死亡した。

3  相続関係

原告萬田恵美子は被害者の妻、原告萬田豊、原告平井光恵及び原告谷口文恵は被害者の子である。

二  争点

1  本件事故と死亡との因果関係

(一) 原告ら

被害者は、本件事故後、創部の筋や皮下組織の壊死物質を吸収したことによる肝障害や感染症予防のための抗生物質の投与等により急速に肝硬変を悪化させて死亡したものであり、本件事故と被害者の死亡との間には因果関係がある。

(二) 被告

因果関係は否認する。被害者の既往症である肝硬変が被害者の死の原因である。仮に本件事故による受傷が死期を早めたとしても、死期を早めた一要素に過ぎず、寄与度は低い。

2  事故状況及び過失相殺

(一) 被告

被害者は、本件交差点直前で、右折待機中の加害車を認めながら、止るものと判断して再び加速し、右折進行してきた加害車と衝突したもので、被害者には二〇パーセントの過失がある。

(二) 原告ら

本件事故は、被告の一方的過失による事故である。

3  その他損害額

第三争点に対する判断

一  事故状況などについて

1  事実関係

(一) 前記争いのない事実に証拠(乙一の四ないし一三、一七ないし二〇)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件事故現場は、南北に通じる道路(黒染通)とその東側側道及び西側に通じる道路(九条陸橋南側側道)が交差する信号機により交通整理の行なわれている交差点上である。道路幅員は、南北道路が本件交差点北側で約九・五メートル、東側側道が四・五メートル、西側道路が五・三五メートルである。本件現場付近の道路は、いずれもアスフアルト舗装され、平坦である。

また、本件現場付近の道路の最高速度は時速四〇キロメートルに制限され、東側側道の本件交差点入口においては一時停止すべきことが指定されている。

本件事故当時、本件道路の路面は乾燥していた。

(2) 加害者は、加害車を運転して、東側側道を南進してきた。そして、加害者は、本件交差点入口の<1>において一時停止して、本件交差点を右折するため、本件交差点に時速約五キロメートルで進入し、<3>で左六・一メートルの<ア>付近を南進中の被害車を認め急ブレーキをかけたが、約〇・六メートル進んだ<4>で自車右前部を被害車の左側面部に衝突させて、被害者を五・九メートル離れた<イ>に、被害車を五・二メートル離れた<ウ>に転倒させ、自車は〇・七メートル進んだ<5>に停止した。

なお、本件事故現場には、被害車が転倒した際のものと認められる擦過痕が<ウ>手前に二・八メートルにわたり生じていた。

加害者は、<1>においては右方の南北道路南行き車線の安全を確認したが、その後は、<3>に至るまでその安全を確認していなかつた。

(3) 被害者は、被害車を運転し、青信号にしたがい南北道路を南進中であつた。被害者は、本件交差点手前において、東側側道から加害車が車首をのぞかせていたのを認め、軽くブレーキをかけたが、加害車が止るようであると判断して再び時速三〇キロメートル程度まで加速し、本件交差点を通過しようとした。ところが、加害車が進行を開始し、被害者はブレーキをかけようとしたが、あつというまもなく加害車と衝突した。

(4) この事故により、被害者は、左下腿挫滅創、左腓骨開放性複雑骨折、左脛骨上端骨折、左前脛骨筋・腓腹筋断裂などの傷害を負つた。また、加害車は右前部車幅灯レンズ割損、前部バンパー右側擦過などの損傷を、被害車は左側面ボデイーカバー割損、右側ミラー割損などの損傷をした。

(二) 被告の捜査段階の供述中には、事故直前における被害車の速度が時速四、五十キロメートルであつたとする部分があるが、衝突後の被害車の移動距離及び擦過痕の長さなどから考えて、被告のいうような速度に達していたとは考え難い。

2  判断

以上に認定の事実によれば、加害者は、右方の安全確認が不十分なまま加害車を進行させて本件事故を発生させたものであるから、本件事故の発生について大きな過失があることは明らかである。

しかしながら、被害者としても、加害車が本件交差点に進入しようとしているのを認めながら、加害車が進路を譲つてくれるものと速断して、加速し、本件交差点を通過しようとして本件事故にあつたものであるから本件事故の発生についてある程度の過失があるといわざるをえない。

そして、右認定事実から認められる双方の過失の内容、程度、衝突場所の道路状況等を考慮すると、被害者の過失は一割程度と認めるのが相当である。

二  死亡との因果関係について

1  前記争いのない事実に証拠(甲五、乙二、鑑定及び原告本人尋問の各結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(一) 被害者は、本件事故前三〇年間において、毎日のように日本酒三合、ビール一本程度の飲酒をしていた。そして、被害者には、本件事故以前において、肝硬変が存在し、その肝硬変は代償期(形態学的に肝硬変が完成していても肝の機能がよく保たれている時期)ではなく、脂肪合成や脂肪代謝などの肝細胞機能が低下し、腹水や肝の萎縮などを伴つた非代償期(黄疸、腹水、浮腫、精神症状及び出血傾向など重篤な症状の認められる時期)に至つていた。また、被害者の肝硬変には原発性肝癌が合併していた。しかしながら、被害者は、腹部の膨満感を除いては、肝硬変に気付いていなかつた。

(二) 被害者は、本件事故により、左下腿挫滅創、左腓骨開放性複雑骨折、左脛骨上端骨折、左前脛骨筋・腓腹筋断裂などの傷害を負い、救急車により久野病院に運ばれ、同病院に入院し、腰椎麻酔下での左下腿挫滅、断裂創の縫合術、抗生物質、止血剤の投与などを受けた。初診時における被害者の意識は正常であり、シヨツクや大量出血はなかつた。その後、発熱が二週間持続したが漸次軽快し、創部は壊死に陥つたが漸次軽快に向かつた。

ところが、次第に腹水が貯溜傾向になり、一二月二五日には血中アンモニア一二〇と上昇し、一見意識明瞭であるが見当識の障害(肝機能性脳症)が出現した。また、その後、黄疸も出現した。そして、被害者は、平成元年三月四日頃から傾眠状態、同月八日昏睡状態となり、同月九日肝不全及びそれに続発する肝腎症侯群を直接死因として死亡した。

(三) 非代謝期肝硬変の余後は不良で、一般に、肝癌を合併していなかつたとしても、五〇パーセント生存率が二年とされているが、正常の社会生活を維持できる期間は更に短い。そして、(代償期も含めた)肝硬変に合併した肝癌の一年生存率が五八・三パーセント、二年生存率が三四パーセント、三年生存率が二〇・七パーセント、五年生存率が八・三パーセントとされていることなどを踏まえ、鑑定人は、肝癌を合併している被害者の場合については、最大限二年を越す生存の期待はほとんどなく、一年以内の死亡を予測するのが常識的であるとしている。

2  そして、鑑定の結果によれば、事故による受傷が直接肝不全をもたらしたとは考えられないが、本件事故によるわずかな出血、受傷部位からの浸出物の吸収、外科的処置に伴う麻酔や手術、抗生物質などの投与が肝不全をもたらしたことは容易に推定でき、一般的な医学的考察からは一年以内と考えられる生存期間を交通事故が約三か月に短縮したと考えられるとされているところ、右鑑定人の判断は、右認定の事実関係に照し採用できる。

三  損害額について

以上を前提にして損害について判断する。

1  被害者の傷害による損害について

(一) 治療費(請求額三六六万五四九五円) 三六六万五四九五円

被害者の本件未払い治療費として三四五万三八四五円が存することは、当事者間に争いがない。また、甲一八の一及び二、甲一九の一ないし三、甲二〇の一及び二によれば、被害者が本件治療費及び診断書料として二一万一六五〇円を負担したことが認められる。

(二) 付添看護費(請求額五一万三六〇〇円) 五一万三〇〇〇円

被害者は前記入院期間(一一四日間)中、付添看護を要したが(甲七)、その費用としては、一日当たり四五〇〇円の割合による右金額を認めるのが相当である。

(三) 入院雑費(請求額一四万八二〇〇円) 一四万八二〇〇円

被害者の前記入院期間(一一四日間)中の雑費としては一日当たり一三〇〇円の割合による右金額を認めるのが相当である。

(四) 休業損害(請求額七五万一一七〇円) 七五万一一七〇円

被害者(昭和三年四月一八日生)は、本件事故当時六〇歳の男性で、本件事故当時、竹内金物株式会社に勤務し、年間二四〇万五〇六二円の収入を得ていた(原告本人、甲八)。また、前認定のように、その当時、被害者には肝硬変及び原発性肝癌が存したが、腹部の膨満感を除いては、肝硬変を自覚しない状態にあつた。

したがつて、本件事故に遭遇しなければ、被害者は、平成元年三月九日までの一一四日程度の期間については、年額二四〇万五〇六二円程度の財産上の収益をあげることが可能であつたものと推認することができる。そこで、右年額を算定の基礎として右一一四日間の休業損害を算出すれば、次の計算のとおり七五万一一七〇円(円未満の端数切り捨て、以下同様)となる。

(計算式)

2405062×114÷365=751170

(五) 傷害慰謝料(請求額一〇〇万円) 一〇〇万円

被害者の受傷内容その他の事情に照せば、被害者の入院期間(一一四日間)中の慰謝料としてのは右のとおり認めるのが相当である。

(六) 眼鏡代(請求額六万二〇〇〇円) 六万二〇〇〇円

被害者は、本件事故により破損した眼鏡の代金として右金額を要求した(甲一〇、原告)。

(右(一)ないし(六)の合計 六一三万九八六五円)

2  被害者の死亡による被害者の損害について

(一) 逸失利益(請求額一五八四万六九五三円) 〇円

非代償期肝硬変の余後は、一般に、肝癌を合併していなかつたとしても、五〇パーセント生存率が二年とされているが、正常な社会生活を維持できる期間は更に短いこと、肝癌を合併している被害者の場合については、最大限二年を越す生存の期待はほとんどなく、一年以内の死亡予測するのが常識的であると考えられることは既に認定のとおりである。したがつて、被害者に、本件事故に遭遇しなければ、休業損害として認定した期間を越える就労可能期間があつたとは考え難いところ、これを証するに足りる証拠は存しない。

(二) 死亡慰謝料(請求額一八〇〇万円) 一二〇〇万円

被害者は、本件事故当時、世帯主で(原告本人)、被害者自身としては、腹部の膨満感を除いては、肝硬変を自覚しないまま、竹内金物株式会社において勤務する(前認定の事実)生活をしていた。

しかしながら、被害者は、本件事故当時既に、非代償期肝硬変に肝癌を合併した、一年以内の死亡を予測するのが医学的に常識的と考えられる状態にあり、それゆえ、本件事故によるわずかな出血、受傷部位からの浸出物の吸収、外科的処置に伴う麻酔や手術、抗生物質などの投与が肝不全をもたらしたと考えられることは前認定のとおりであつて、被害者の死亡には、被害者の既往症である非代償期肝硬変が相当程度寄与していると考えざるを得ないことも事実である。

その他本件において認められる諸般の事情を考慮すると、被害者の死亡による慰謝料については、一二〇〇万円の限度で認めるのが相当である。

なお、被告は、本件事故による受傷が間接的、二次的な要因に過ぎなかつたことを前提として、九割程度の減額がなされるべきであると主張するが、被害者の既往症が被告の主張するまでに高度の寄与をしたとは全証拠によつても認め難いし、慰謝料事由として斟酌した事由を更に減額事由として考慮することは相当ではないから採用しない。

(右1及び2の合計 一八一三万九八六五円)

3  権利の承継

前記争いのない相続関係によれば、被害者の死亡にともない、原告らは被害者の1、2の請求権を原告萬田恵美子が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合により相続したことになる。

4  原告萬田恵美子固有の損害

葬儀費(請求額一四七万四一五〇円) 七〇万円

被害者の年齢、家族関係、その他本件において認められる諸般の事情を考慮すると、葬儀費については、右限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

なお、減額に関する被告の主張は、葬儀費に関しても、死亡慰謝料に関するのと同様の理由により採用しない。

5  過失相殺について

前記認定の被害者の過失割合一割を自己又は被害者側の過失として斟酌し、以上に認定の損害額から減ずべきことになる。

6  損益相殺

(一) 労災保険及び厚生年金関係

原告萬田恵美子に対して、厚生年金保険から遺族年金が二三八万〇五五四円、労災保険から休業特別支給基金が一三万〇三一四円、遺族給付が二八四万四二八二円、葬祭給付が四一万六一三〇円、遺族特別支給金が三〇〇万円支払われたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、休業特別支給金及び遺族特別支給金は、労働福祉事業の一環として支給されるもので、損害填補のためではないから、損益相殺の対象とはならない。また、政府が被害者に対し労災保険法又は厚生年金法に基づく保険給付をしたときに、被害者が加害者に対して取得した損害賠償請求権が、その給付の価額の限度において減縮すると解されるのは、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合に限られるものと解される(最高裁昭和六二年七月一〇日判決民集四一巻五号一二〇一頁)が、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、葬祭費用と労災保険法による葬祭料が対象とする損害とが同性質で、右保険給付と損害賠償とが右同一の事由の関係にあることは明らかであるが、労災保険法による遺族補償年金及び厚生年金法による遺族年金が対象とする損害と同性質であり、したがつて右保険給付と損害賠償とが右同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは、財産的損害のうちの消極損害(休業損害を含めた広義の逸失利益。)のみであつて、財産的損害の治療費などの積極損害(入院雑費及び付添看護料はこれに含まれる。)及び精神的損害(慰謝料)並びに物的損害は右の保険給付が対象とする損害とは同性質とはいえないことになる。更に、逸失利益を内容とする損害賠償請求権の相続人が、労災保険法による遺族補償年金及び厚生年金法による遺族年金の受給権者でない場合には、右相続人の損害賠償債権額から右各給付相当額を控除すべきではない(最高裁昭和五〇年一〇月二四日判決民集二九巻九号一三七九頁)から、原告萬田恵美子に対して右給付がなされたことをもつて、その余の原告らの損害賠償債権額から右各給付相当額を控除することはできないことになる。

したがつて、過失相殺及び右各保険給付の損益相殺をした後の損害額は、次の計算のとおり、原告萬田恵美子について八〇三万八七八二円(円未満切り捨て。以下、同様)、その余の原告らについて各二七二万〇九七九円となる。

(計算式)

原告萬田恵美子について

葬儀費関係 700000×0.9-416130=213870………<1>

積極損害関係 (3665495+513000+148200)×0.9×1/2=1947012………<2>

消極損害関係 751170×0.9×1/2-5224836=-4886810ゆえに0……<3>

精神的損害関係 (1000000+12000000)×0.9×1/2=5850000………<4>

物的損害関係 62000×0.9×1/2=27900………<5>

<1>+<2>+<3>+<4>+<5>=8038782

その余の原告らについて

積極損害関係 (3665495+513000+148200)×0.9×1/6=649004…<1>

消極損害関係 751170×0.9×1/6=112675………<2>

精神的損害関係 (1000000+12000000)+0.9×1/6=1950000………<3>

物的損害関係 62000×0.9×1/6=9300………<4>

<1>+<2>+<3>+<4>+=2720979

(二) 被告からの既払額

被告が原告らに対して八七万三〇〇〇円の支払いをしたことは当事者間に争いがなく、相続分の割合に応じて各損害に填補されたことになる。

したがつて、右損益相殺後の損害額は、原告萬田恵美子について七六〇万二二八二円、その余の原告らについて各二五七万五四七九円となる。

(計算式)

原告萬田恵美子について

8038782-873000×1/2=7602282

その余の原告らについて

2720979-873000×1/6=2575479

7  弁護士費用(請求額合計三七〇万円)

原告萬田恵美子について七〇万円

その余の原告らについて各二五万円

本件訴訟の結論及び審理経過によれば、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、右のとおりと認めるのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井英隆)

別紙 <省略>

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