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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)1827号 判決 1993年3月25日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

大深忠延

山﨑敏彦

斎藤英樹

大阪市<以下省略>

被告

パシフィックフューチャーズ株式会社

右代表者代表取締役

福井市<以下省略>

被告

Y1

奈良県大和郡<以下省略>

被告

Y2

兵庫県伊丹市<以下省略>

被告

Y3

奈良県北葛城郡<以下省略>

被告

Y4

右被告ら訴訟代理人弁護士

香川文雄

伊藤壽朗

主文

一  被告パシフィックフューチャーズ株式会社、被告Y2、被告Y3及び被告Y4は、各自金一八一四万七八八八円及び内金一六四九万七八八八円に対する平成元年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告パシフィックフューチャーズ株式会社、被告Y2、被告Y3及び被告Y4に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告の被告Y1に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告パシフィックフューチャーズ株式会社、被告Y2、被告Y3及び被告Y4との間に生じた分は、これを二分し、その一を原告の、その余を右被告らの負担とし、原告と被告Y1との間に生じた分は、原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三六二九万五七七五円及びこれに対する平成元年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の機要

一  本件は、輸入大豆の先物取引を委託した原告が、その受託者で商品取引員である被告会社並びに同社の代表取締役及び登録外務員らに対し、共同不法行為等を理由に、先物取引による損失につき損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  被告パシフィックフューチャーズ株式会社(平成二年四月一日付け変更前の商号・丸神商事株式会社、以下「被告会社」という。)は、商品取引員として先物取引の受託業務をなすこと等を目的とする会社であり、被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、後記2記載の取引当時、被告会社の代表取締役であったもの、被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y3(以下「被告Y3」という。)は、右取引当時それぞれ同社の事業部長、営業推進部長であったもの、被告Y4(以下「被告Y4」という。)は、右取引当時同社の営業担当従業員であったものである。

2  原告は、被告会社との間で、大阪穀物取引所の商品市場における輸入大豆の売買取引を同社に委託する旨の基本契約を締結し、被告会社は、右基本契約に基づき、昭和六三年一二月二〇日から平成元年七月三一日までの間、原告の計算において、別紙取引経過表記載のとおり売買取引をなした(以下、同表記載の取引を総称して「本件取引」という。)。

この間、原告は被告会社に対し、委託証拠金として、昭和六三年一二月二〇日金三〇〇万円、平成元年一月二五日金三〇〇万円、同年三月一三日金五〇〇万円、同年三月一七日三〇〇万円、同年四月三日金四〇〇万円、同年四月一〇日金二〇〇万円、同年五月三〇日金六七六万二九四五円、同年六月七日金四〇〇万円、同年六月一三日金二〇〇万円、同年六月二〇日金二六〇万円、合計金三五三六万二九四五円を預託した。

3  被告会社は、原告に対し、平成元年八月八日、本件取引の終了に伴う精算をなした上、委託証拠金残金二三六万七一七〇円を返還した。

三  争点

本件の争点は、本件取引の勧誘から終了に至るまでの過程において、被告会社ないし同社の従業員らにつき違法な行為が存したか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は次のとおりである。

1  原告の主張

(一) 被告らは、次に述べるとおり、見込み客に虚偽の事実を申し向けて勧誘し、新規委託者に対し相場観の断定的な判断を提供し、途転売買、両建の頻繁な悪用、無意味な反復売買等をしたものであって、被告らの一連の行為は、原告を操縦して委託証拠金を巻き上げるためのものであり、その勧誘及び一連の取引全体が違法性を帯び、不法行為を構成する。

(1) 被告Y4は、原告に対し、原告の経営する株式会社a商会の取引先であるb鉄建からの紹介を受けた旨の虚偽の事実を告げたうえ、輸入大豆は今後絶対に値上がりする旨の断定的な判断を示し、「絶対に儲かります。損をさせるようなことは致しません。」などと言って、先物取引の委託を勧誘した。

(2) 被告らは、先物取引の経験を全く有しない原告に対し、新規委託者保護管理規則に違反して、原告の投下可能資金につき憶測に基づく審査を行ったのみで、初回の取引から六〇枚の建玉を勧め、その後も無意味な反復売買をさせては利益金を全て証拠金に振替えさせ、その証拠金の範囲での最大限度の建玉をさせることを繰り返し、取引開始から僅か一か月余りの後である平成元年一月二七日現在で既に一八〇枚もの建玉をなすに至らせた。

(3) 被告Y4は、原告に無断で、別紙取引経過表記載の番号3、5、6、8、9、10の建玉をなした。

(4) 被告らは、原告に多額の値洗い損が出た平成元年三月以降、次々に担当者を交代しては、無意味な両建を勧め、原告に対し損失についての認識を誤らせ、かつ、一任的売買により取引を拡大させた。

(5) 原告が被告会社に預託した委託証拠金は、その大半が借入金であり、被告らはそのことを知っていた。

(二) 本件取引は、被告Y1、被告Y2、被告Y3らの策定した営業方針によるものであって、自らまたは被告Y4をして原告に対し実行したものであり、右被告四名は、民法七〇九条、七一九条による共同不法行為責任を負うべきである。また、被告会社は、民法七〇九条、七一五条に基づく責任がある。

(三) 右被告らの不法行為により、原告は、原告が被告会社に対し預け入れた委託証拠金合計三五三六万二九四五円から、本件取引の終了に伴い被告会社が原告に返還した金二三六万七一七〇円を控除した金額である金三二九九万五七七五円及び本訴遂行に要する弁護士費用(右金員の一割相当額)金三三〇万円、合計三六二九万五七七五円の損害を被った。

2  被告らの主張

被告Y4は、本件取引の勧誘に際し、原告に対し、受託契約準則及び危険開示告知書(乙三)、商品取引委託のしおり(乙四)を交付し、かつ、その内容について説明を尽くしており、原告は、先物取引の仕組み、方法、危険性等を承知のうえで、委託証拠金を被告会社に預託し、自らの投機利益を追求して本件取引をなしたものであって、本件取引は全て原告の意思に基づいてなされたものである。

また、仮に、被告らに不法行為責任があるとしても、原告の損失の殆どは原告自らの過失に因るものである。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実に、証拠(甲一の1ないし3、甲二、甲三の1、2、甲四、一七、乙一ないし四九、五六ないし五八、原告、被告Y4、同Y3、同Y2)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

原告は、昭和一〇年○月○日生まれであり、広島県三原の新制中学校を卒業した後、大阪の定時制高校に入学(一年で中退)するとともに、トタン板等の卸販売を業とする会社に就職したが、右会社に一三年ほど勤務した後独立し、昭和四七年●●●に建築資材等の卸販売を業とする株式会社a商会(以下「a商会」という。)を設立し、以来現在までその代表取締役を務めているものである。a商会は、年間の純利益が約金二〇〇〇万円、従業員数が約一五名の会社であり、原告は、同社の株式の大半を保有しているほか、代表取締役として、本件取引当時同社から月額金八〇万円ほどの報酬を受けていた。

原告は、本件以前には商品先物取引の知識も経験も有せず、また、関連会社からの依頼を受けてその株式を取得したことがあるほかは、株式取引の軽験も有しなかった。

2 被告Y4は、昭和三五年生まれで、昭和六二年に登録外務員の資格を取得した後、昭和六三年九月に被告会社に入社したもので、本件取引当時、被告会社第二事業部に属していたものである。

被告Y3は、昭和一八年生まれで、昭和四五年以降先物取引関係の業務に携わり、この間に登録外務員の資格を取得したもので、昭和六三年九月に被告会社に入社し、本件取引当時、被告会社第二事業部の営業推進部長(営業推進部は、新規委託者獲得のための資料作りなど営業の手助けをする部署)の地位にあったものである。

被告Y2は、昭和二八年生まれで、昭和四九年ころ登録外務員の資格を取得し、それ以降概ね先物取引関係の業務に携わってきたもので、被告会社へは昭和六三年九月に入社し、本件取引当時は被告会社第二事業部(部員数一二、三名)の事業部長の地位にあり、被告Y4及び被告Y3の上司であったものである。

3 被告Y4は、昭和六三年一二月一二日ころ、新規委託者の獲得のため、信用情報誌に記載されていた電話番号をもとにa商会に電話を架けた。被告Y4は、右情報誌の記載からb鉄建がa商会の主要な取引先であることを知り、b鉄建の紹介であると言えば原告が面会を断りにくいであろうと考え、原告に対し、b鉄建から紹介を受けた旨の虚偽の事実を告げ、先物取引について一度話を聞いてほしいと言って面会を求めた。原告は、先物取引について知識も関心も全くなかったが、b鉄建が原告のためになる話を紹介してくれたのだろうと好意的に受けとめ、また、重要な取引先からの紹介ならば無碍に断ることもできないと考え、被告Y4と面談することにした。

同年一二月一三日午前一〇時ころ、被告Y4は、a商会に赴いて初めて原告と面談し、五〇分足らずの間に、商品取引の仕組みの概要を説明するとともに、持参した日本経済新聞の紙面を指し示すなどしながら輸入大豆の相場の値動きにについて説明し、輸入大豆の相場は今が底値であって確実に値上がりするから、今が先物取引を始めるチャンスである旨を述べ、輸入大豆の先物取引を一度考えてみてほしいと要請した。

被告Y4は、翌一四日にも原告に電話を架け、面談の約束を取りつけたうえで午後五時三〇分ころa商会に赴き、原告に対し、株との比較で先物取引の有利性を説明し(株式取引では代金全額を払い込まねばならないが、先物取引では委託証拠金のみで取引ができること等)、また、委託証拠金三〇〇万円を預託して六〇枚の買建玉をし、相場が二〇〇円値上がりした場合を例示して、手数料を控除しても金二五八万円もの純利益が得られる旨を述べ、更に、昨日と同様に、値上がりの確実な今が先物取引を始めるチャンスである等と言って、先物取引の委託契約をなすよう勧誘した。これに対し原告は、被告Y4の説明を聞いても先物取引の仕組みなどをよく理解することができなかったので、そのような難しいものはよく分からないと言って断ろうとしたが、被告Y4は、その点は専門家である自分らに任せてほしい、今被告会社は大阪に進出したところで新しい得意先を開拓するために頑張っているところだなどと言って、熱心に勧誘を行った。

原告は、右同日、被告会社との間で、大阪穀物取引所における輸入大豆の売買取引を同社に委託する基本契約を締結し、被告Y4に対し、同取引所の受託契約準則を遵守する旨の承諾書を差し入れ、被告Y4から、受託契約準則の記載された書面(乙三)及び「商品取引委託のしおり」(乙四)の交付を受けた。

4 被告Y4は、そのころ、新規委託者から取引委託を受けるにあたり、被告会社の管理部門にその受託の適否を判断させるため、原告の顧客カード(乙四七)を作成したが、同被告は、原告に対し余裕資金がどの程度あるかについて尋ねることなく、原告が会社代表者であることや右会社の規模、或いは、先物取引は一〇〇〇万円、二〇〇〇万円の単位でされる人もいるという話を被告Y4が原告にした際に、原告が特に驚いた様子でもないように見受けられたことなど、原告との会話中のニュアンスから憶測して、右カードの「投下可能資金」欄に「二〇〇〇万円」と記載し、また、原告は株式の取引についても経験がないにもかかわらず、同カードの「株式経験」欄に「現物取引・有」と虚偽ないし憶測に基づく記載をして、これを管理部門に提出した。被告会社の管理部門では、同年一二月一四日ころ、右Y4の記載した顧客カードに基づき、原告からの受託について「適」との判断をした。

5 被告Y4は、同年一二月一九日午後〇時三〇分ころ、a商会に赴いて原告と面談し、輸入大豆の相場の値動きが先に被告Y4の述べた予想通り値上がり傾向にあることを説明し、なおも建玉を躊躇する気持ちのあった原告に対し、間違いなく値上がりするから一度自分に任せてほしいといって、買六〇枚の建玉(委託保証金三〇〇万円)をなすことを勧めた。

原告は、右同日、c信用金庫から手形貸付による融資を受けて額面金三〇〇万円の保証小切手を用意し、翌二〇日午前一〇時ころ、再度訪れた被告Y4に対し、輸入大豆六〇枚の買建玉(別紙取引経過表記載の番号1の取引、以下「別表番号1」のように表記する。)を注文するとともに、委託保証金として右保証小切手を交付した。

6 平成元年一月一二日、原告は、被告Y4の勧めにより、前記六〇枚の買建玉を手仕舞いした(別表番号2)。その後、被告Y4は原告に対し、同年一月一三日、昨日の決済による利益金を証拠金に振り替えれば七五枚の建玉ができる旨を説明し、相場が値下がりに転じそうなので売り七五枚を建てるよう勧め、また、同年一月一八日には、値下がり傾向が強いので、今の玉を手仕舞いしてその利益を証拠金に振り替え、売玉の枚数を増やすようにと勧め、原告は、いずれも被告Y4の助言に従ってその旨の注文をした(別表番号3、4、5)。

同年一月二三日、被告Y4は、今後更に値下がりが見込まれるから玉を増やすチャンスであると言って、証拠金を追加して売建玉を六〇枚建て増すよう勧めた。原告は、最初に預託した証拠金三〇〇万円の範囲内で取引をするつもりであったことから、被告Y4の勧めに難色を示し、また、当初値上がりが確実だと言って勧誘しておきながら、次々に売りを建てるよう勧められるのは納得がいかないと述べたが、被告Y4から、証拠金は二、三日後でもよい、間違いないから自分に任せてほしいと言われ、また、これまで順調に利益を得てきたこともあって、結局被告Y4の助言に従うこととし、六〇枚の売建玉を注文した(別表番号6)。

その後も被告Y4は、同年一月二六日、売建玉九一枚を手仕舞いしてその利益を証拠金に振り替え、更に売玉の枚数を増やすようにと勧めた。これに対し原告は、利益が出た分については利益金を渡してほしいと申し入れたが、被告Y4は、値下がりの見込みが大きいことを強調して、玉を増やす方向を強く勧め、売玉九一枚を手仕舞いした後再度一二〇枚の売りを建てることで原告を説得した(別表番号7、8~10)。この結果、原告の建玉数は、同年一月二七日の時点において、売一八〇枚(いずれも同年一〇月限)に達した。

7 同年一月二七日の売建玉の後、相場は一転し、同年二月から三月にかけて値が次第に上がってきたため、原告は、被告Y4に度々電話を架け、損が出るのではないかと問い合わせたが、被告Y4は、今仕切れば損切りとなる、いずれ値が戻る見込みなので待った方がよいと助言した。ところが、被告Y4の予想に反して相場は値上がりを続け、同年三月七日の時点での値洗い損が金六七五万ほどに達したことから、原告は、右同日午前、被告Y4に対し電話を架け、これ以上取引を続けることについての不安を訴えた。

これに対し被告Y4は、営業推進部長の被告Y3に協力を求め、右同日午後、被告Y3とともにa商会に赴き、原告に対し、被告Y3が今後の輸入大豆の相場の動向について発表した見解が掲載されていた業界紙を示しながら、被告Y3を紹介し、以後の取引について自分よりも経験の豊富な被告Y3が助言をするので取引を継続してほしいと申し入れた。これに続いて被告Y3は、原告に対し、今後の対応策として、現在の玉を全て手仕舞い(損切り)するか、追証拠金を預託して現在の玉を維持することのほか、両建、途転、難平の方法があることを一通り説明し、更に、今後の相場は当分値上がりが続くであろうとの予測を述べたうえ、これ以上損を出したくないのであれば買一八〇枚を建てて両建にし、双方の玉を適当な時期に処分していく方法を採るようにと助言し、双方の玉を処分する時期については自分が適宜指示していく旨を述べた。原告は、被告Y3の説明を聞いても両建の意味を十分に現解することができなかったが、これまでの損失を回復したい一心で、被告Y3の勧めるままに両建をすることを承諾し、但し、その場合に必要となる証拠金九〇〇万円について調達できる見込みが定かではなかったことから、調達可能な金額が分かり次第改めて被告Y3に連絡をすることとした。その後原告は、右同日中に被告Y3に電話を架け、金五〇〇万円なら調達できる旨を伝えたところ、被告Y3は、それならば、従前の売玉のうち八〇枚を損切りし、買一〇〇枚を建てることにしようと述べ、原告もこれを了承した(別表番号11ないし13)。

被告Y3は、その後同年三月二八日までの間、事実上原告の担当者として原告に対し助言を与えてきたが、この間、当分値上がりが続くであろうとの相場観のもとに、同年三月一六日には売玉二〇枚を損切りして六〇枚の買いを建てることを勧め(証拠金三〇〇万円を追加預託)、また、同年三月一七日に先の買建玉一〇〇枚につき利食いを勧めた後は、多額の値洗い損を抱えた八〇枚の売玉を残したまま、同年三月二〇日及び同月二八日、それぞれ二〇枚、八〇枚の買いをたてるように勧め、原告は、いずれも被告Y3の助言にしたがってその旨の注文をなした。(別表番号14ないし18)。

8 同年三月以降の相場は、被告Y3の予測に反して値下がり傾向が続き、原告は、被告Y3のなす助言についても不信を持つようになった。このため、原告の担当者は、同年三月三一日、被告Y4らの上司で被告Y4らが属する第二事業部の責任者である被告Y2に交代し、被告Y2は原告に対し、同年三月三一日、八〇枚の売りを建てて両建にするよう勧め、その旨の注文を得た(別表番号19)。

その後、被告Y2は、本件取引が終了した同年七月三一日まで、原告の担当者として、原告に対し助言を与え、原告はいずれも被告Y2の指導するところにしたがって取引を継続した(別表番号20ないし41)が、この間、被告Y2は、値洗い損が概ね拡大し続けていた別表番号15、17、18、26の買建玉合計一八〇枚について手仕舞いするよう勧めることなく、これを放置したまま、同年五月二四日、二〇〇枚の売りを建てて各二八〇枚の両建、同年六月六日、再度二八〇枚の売りを建てて各二八〇枚の両建、同年六月一五日、四〇枚の買いを建て増しして各三二〇枚の両建とすることをそれぞれ勧めた。

9 原告は、損失が次第に巨額となっていくにつれ、取引を継続することに不安を募らせていたが、同年七月末ころになって弁護士に相談し、同年七月三一日、原告からの依頼を受けた本件原告訴訟代理人が、被告会社に対し、全ての建玉を処分するよう指示し(別表番号42ないし50)、これによって原告と被告会社との間の取引が終了した。

二  以上に認定した本件取引の経過を前提として、被告らの不法行為責任の有無について検討する。

1  前掲各証拠並びに甲一八の1ないし3、甲一九ないし二四を総合すれば、商品先物取引の特性について次のことを指摘することができる。すなわち、商品先物取引は、差金決済という取引方法により少額の証拠金で取引に参加できるため、商品価格の僅かな変動により、投下資金に比して高率の差益金、差損金を生じる極めて投機性の高い取引であり、また、通常の現物取引とは異なる特殊な形態で行われるものであるから、一般人にとっては、その仕組みを正確に理解することが容易ではなく、そのうえ、商品価格の変動要因が極めて専門的かつ多岐にわたるため、価格の動向を予測することが極めて困難であって、それゆえ、商品先物取引に参加しようとする一般大衆が、自律的な判断に基づき取引をなしうるまでには、相当な困難が伴うものということができる。

しかるところ、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、原告は、従業員約一五名を有するa商会の代表取締役を十数年にわたり務めてきたものとして、相応の社会的経験と理解力、判断力を有していたものと認められるから、被告Y4から受けた説明と「商品取引委託のしおり」(乙四)等の交付書面を読むことによって、先物取引が一般大衆にとっては投機取引であり、多額の利益を得ることもある反面、損失を被る危険も大きいことについても、一応の理解をしていたことはあながち否定できない。しかしながら、原告は、本件以前には、商品先物取引はもとより証券取引についての経験も有しないものであって、投資、投機についての関心が薄く、また、右会社の業務内容が相場の動向とは縁の薄いものであったことから、輸入大豆の相場の予測については何らの知識も経験も有せず、それゆえ、本件取引の開始から終了までを通じ、被告Y4ら被告会社の担当者の助言ないし指導するままに取引を続け、平成元年四月ころ以降、次第に取引の経験も積み、時には自らの意見を述べるようにはなったものの、最終的には、専門家である被告会社担当者の助言ないし指導するところに従って取引を継続していったものであり、被告会社担当者の助言するところに反して建玉をなし、或いはこれを処分したことは一度もなかったものと認めることができる。

2  これをもとに、被告会社の担当者として原告に対し取引の勧誘及び受託業務を行った被告Y4、同Y3及び同Y2について、違法行為の有無を検討する。

(一) まず、原告が先物取引を開始するに至った経緯を見るに、被告Y4が原告に対し先物取引の勧誘をなすにあたり、輸入大豆の相場は今が底値であって確実に値上がりする旨を繰り返し述べたことは、前記一3に認定したとおりであり、かかる勧誘行為は、断定的判断の提供として、商品取引所法九四条一号、受託契約準則一六条二号(乙三)に抵触し、前記一3に認定した事実経過に照らし違法というべきである。また、被告Y4が、b鉄建から紹介を受けた旨の虚偽の事実を告げた点についても、それが直接には面談の約束を取りつけることに向けられた虚言であるにしても、原告に対し、被告Y4の言を安易に信用させ、或いは被告Y4の勧誘を断りにくいものとする効果を有するものである以上、不当な勧誘手段であるというべきである。

(二) 次に、新規委託者保護義務違反の主張について検討する。

前述のように、一般大衆にとって商品先物取引が極めて投機性の高い取引であり、しかも、その仕組みの理解が容易でなく、相場の予測が困難であることからすれば、商品先物取引の受託業務を行う商品取引員ないしその登録外務員には、新規に取引に参入しようとする一般の顧客が予期せぬ多大な損害を被らないよう、顧客が取引に習熟するまでの間、これを保護育成すべきことが要請される。

被告会社においては、商品取引員の全国大会で成立した新規委託者保護管理協定を受け、社内規則により、新規委託者に対し三か月間の保護育成期間を設け、この期間内の建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限し、委託者から特に右制限を超える建玉の要請があった場合には、その妥当性について審査を行うこととされていたことが認められるが(甲二二、被告Y4、弁論の全趣旨)、右の保護管理規則は、前述した商品先物取引の特殊性、危険性に鑑み、業界の自主規制の形で設けられたものであって、単なる内部規則にとどまるものではなく、委託者との関係においても注意義務の一内容を構成するものであり、右規定に著しく違反し、社会的に許容される限度を逸脱して勧誘等がなされた場合、不法行為を構成するというべきである。

これを前提として検討するに、前記一4で認定したとおり、被告Y4は原告に対し、最初から建玉制限を超える六〇枚もの建玉を勧めているところ、原告は、先物取引はもとより株式取引の経験も有せず、また、a商会の代表取締役を務めていたとはいえ、同社の業務内容が相場の変動とは縁の薄いものであって、特別の知識、経験を習得していた者でもないことからすれば、他方において、前述した原告の資産状況に照らし、原告が相応の余裕資金を有していたと認められることを考慮するにしても、被告Y4が、初回から建玉制限の上限の三倍もの建玉を勧めたことは不当というべきである。この点、被告Y4は、建玉制限の超過については管理部門の審査を受けて了承された旨を供述しているが、仮に形式上そのような手続が履践されていたとしても、それは前記一5で述べたように、被告Y4の虚偽ないし憶測に基づく報告の結果であって、新規委託者からの受託の適否の判断(前記一5)としてならばまだしも、建玉制限の上限の三倍もの建玉を容認する審査としては、杜撰というべきであり、到底是認しうるものではない。

更に、被告Y4は、取引開始後一か月余り後の平成元年一月二七日までの間、新規委託者に対する保護育成期間内であるにもかかわらず、原告に対し、取引による利益金の殆どを証拠金に振り替え、建玉枚数を拡大するよう次々に勧め、平成元年一月二七日の時点では、実に一八〇枚もの枚数の建玉をさせるに至っているのであって、かかる被告Y4の助言ないし指導は、業界による自主規制がなされていることの趣旨を無視し、新規委託者に対する保護育成の観点を全く欠いてなされたことが明らかであり、社会的に許容される限度を逸脱し、違法というべきである。

(三) 次に、両建の勧誘の点について検討する。

両建は、取引相場の変動に関係なく、建玉のいずれか一方に利益を生ずる反面、他方の建玉はその分だけ損勘定となり、両建にした時点での損益が固定されるものであるが、相場の動向に応じて双方の玉をいずれも利益となるように仕切ることは至難の業であって、委託者にとっては、反対建玉分の委託手数料を新たに負担しなければならないという不利益を生じるだけでメリットはなく、そのうえ、両建後相場の動きに合致した側の玉の建て落ちを繰り返すことによって(他方の玉において損勘定が増大しているにもかかわらず)名目上の利益を生じることから、委託者が損勘定の認識を誤る危険性が高い。一方、受託者にとっては、両建にした時点で建玉枚数が増えるのみならず、以後も取引を継続させることで手数料収入が確保できる利点があることから、両建の濫用により、委託者に不測の損害を被らせる危険があり、このため、全国の商品取引所では、行政当局の要請を受けて定めた指示事項により、両建の勧誘を禁止している(甲一八の2、被告Y3、弁論の全趣旨)。

しかるところ、被告Y3は、前記一7のとおり、平成元年一〇月限の売玉一八〇枚に対し、同一限月の買玉一八〇枚を建てて両建とすることを勧め、また、被告Y2は、前記一8のとおり、頻繁に両建を勧め(別表番号19、29、36。なお、平成元年一〇月限のものと同年一二月限のものが混在しているが、前述した両建の問題性に照らせば、二か月程度の限月のずれにはさほどの意味はないというべきである。)、多額の値洗い損を抱えた買玉を放置したまま、利益の出た売玉の建て落ちを繰り返したものであって、被告Y3及び同Y2が、かかる取引を助言ないし指導したことは、前記一7、8の取引経過に照らし違法というべきである。

この点、被告Y3は、損状態での対処法を一通り原告に説明したところ原告が両建を選択したもので、両建を勧めたわけではない、或いは損切りを勧めたのに原告が応じなかった旨を供述しているが、前記一7の認定経過に照らし措信できず、更に、原告が被告Y3に両建の注文をなした平成元年三月七日が新規委託者としての習熟期間中であったことをも考慮すれば、被告Y3が助言ないし指導した前記一7の建玉は、両建の勧誘の点に加えて、前述の建玉制限違反の点でも新規委託者に対する保護育成の観点に欠けるものといわざるを得ない。

(四) その余の原告の主張について検討するに、原告は、被告Y4が原告の計算においてなした別表番号3、5、6、8、9、10の建玉につき、無断売買である旨を主張するが、これらの主張については、先に認定した事実経過に照らし、採用することができない。

また、原告は、本件取引の委託証拠金は、その大半が借入金によるものであり、被告らはそのことを知っていた旨を主張し、原告が被告会社に預託した証拠金のうちには、前記一4で認定した以外にも、原告が手形貸付により銀行融資を受けて被告会社に交付したものがあることが認められるけれども(甲五、甲六の1、2、甲七)、右のように証拠金として預託した資金の直接の出所が借入金であったとの事実は、その当時原告の有していた流動資金が当該証拠金を支払うのに不足していたとの事実を推認させるのみであって、原告が、資産の面において、先物取引の委託者として不適格者であったことを何ら意味するものではなく、むしろ、前記一1で認定した原告の資産状況に照らせば、原告は、少なくとも資産の面においては不適格な者でないことが明らかであり、したがって、右原告の主張も採用できない。

(五) 以上の検討結果を総合すれば、被告Y4、被告Y3及び被告Y2が本件取引についてなした取引勧誘から取引終了までの一連の行為は、不当な勧誘、断定的判断の提供、新規委託者保護義務違反、両建の勧誘の点でそれぞれ違法性を有すると認められるところ、右被告らは、所定の役割分担のもとに、被告会社の原告に対する取引受託業務を共同して遂行したものであって、客観的共同性が認められ、全体として違法であると解され、少なくとも過失によって原告に後記損害を与えたものというべきである。

3  被告Y1の責任について

原告は、本件取引が、原告を操縦して委託証拠金を巻き上げることを目的として、被告Y1らの策定した営業方針に基づき実行されたものであるとして、被告らがいわば会社ぐるみで違法行為を行った旨を主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることはできず、また、被告Y1が、被告Y4らの前記違法行為につき関与していたことを窺わせるに足りる具体的事実も、何ら認めることができない。

よって、原告の被告Y1に対する請求は理由がない。

4  被告会社の責任について

被告会社は、被告Y4、被告Y3及び被告Y2の使用者であり、右被告らが、被告会社の業務の一環として前記違法行為をなした結果、原告に対し、後記損害を与えたのであるから、被告会社は、被告Y4らの使用者として民法七一五条一項により、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。

三  原告の損害及び過失相殺

1  原告は被告会社に対し、本件取引の委託証拠金として、合計金三五三六万二九四五円を預託し、被告会社は、本件取引の終了に伴う精算の結果、金二三六万七一七〇円を原告に返還したものであるから、原告が本件取引により被った損害は、金三二九九万五七七五円であると認められる。

2  しかしながら、前述のように、原告は、従業員約一五名を有するa商会の代表取締役を十数年にわたり務めてきたものとして、相応の社会的経験と理解力、判断力を有していたものであって、先物取引が投機性の高い取引であることについて一応の理解をしているものであり、したがって、被告Y4らの述べる相場観が所詮は予測の域を出るものではないことについて全く思いいたらなかったわけではないというべきであり、にもかかわらず、多額の損失を被る危険を身を持って体験し、取引の実情にも次第に慣れてきた平成元年四月ころ以降においても、なお、原告が被告らの助言するところに漫然としたがって取引を継続してきたことが、前記損害の拡大に重大な原因を与えたものといわざるを得ない。してみれば、被告らが、新規委託者に対する配慮を怠り、原告が取引に習熟しないうちに多額の損失を被らせていたことを考慮にいれても、被告らの違法行為の程度、委託証拠金預託の経過、その他本件取引に関する諸事情を総合すれば、原告に生じた前記損害のうち五割を原告自身の過失によるものとして相殺するのが相当である。

したがって、原告が請求しうる損害額は、原告に生じた前記損害金三二九九万五七七五円の五割である金一六四九万七八八八円である。

3  原告が、本件訴訟代理人らに本訴の追行を委任し、報酬の支払いを約したことは、弁論の全趣旨により明らかであり、本件事案の性質、審理経過、認容額等に鑑みると、原告の負担する弁護士費用のうち、金一六五万円を被告らに負担させるのが相当である。

なお、遅延損害金については、本件不法行為の後で、前記委託証拠金の最終の預け入れ日である平成元年六月二〇日以降につき、弁護士費用を除く部分に対してのみ認めるのが相当である。

三  結論

以上によれば、被告Y4、同Y3、同Y2及び被告会社は、原告に対し、金一八一四万七八八八円及び内金一六四九万七八八八円に対する平成元年六月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は、右の限度で認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告Y1に対する請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀岡幹雄 裁判官 小池喜彦 裁判官 筒井健夫)

<以下省略>

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