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大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)41号 判決 1999年7月28日

原告

道浦忠雄

右訴訟代理人弁護士

吉川法生

辻公雄

被告

大阪中央労働基準監督署長

右指定代理人

岩松浩之

鈴木英昭

佐藤清

大森康弘

愛甲唯喜

川根幸子

野中竹千代

主文

一  被告が、原告に対し、平成八年八月二三日付けでした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付の不支給決定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、労働者災害補償保険に特別加入していた原告が、脳内出血の疾病に罹患したため、被告に対し療養補償給付及び休業補償給付を請求したところ、被告が右請求に対し、給付不支給決定の処分をしたため、原告がその取消を求めた事案である。

二  前提事実(特に掲記したもの以外は争いのない事実)

1  原告は、大阪市中央区<以下略>所在大阪マーチャンダイズマートビル(以下「OMMビル」という。)の地下二階の飲食店街の一角にて昭和四四年九月一五日から「エンゼル」の店名で軽食・喫茶店の経営をし(原告本人)、平成四年六月一五日には、右業務を経営内容とする有限会社弘容商事(以下「弘容商事」という。)の代表取締役となった。

2  原告は、昭和五七年九月二日、自己並びに妻である道浦都子(以下「都子」という。)及び弟である道浦真澄が、労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)二七条一号に該当するとして、同法二八条一項の労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)への特別加入を申請し、承認を受けた。右申請の際の原告、都子及び道浦真澄ら特別加入予定者の業務の内容は、「喫茶業務八:〇〇~一八:〇〇」と記載されていた(<証拠略>)。

3  原告は、平成五年五月二二日、福井県の芦原温泉において開かれたOMM名店会(原告の経営する店のあるビル内における飲食店の集まり)の総会及び懇親会終了後、急に右片麻痺となり、意識を失って倒れ、救急車で福井県坂井郡<以下略>所在の宮崎病院に搬送され、翌二三日、同県吉田郡<以下略>所在の福井医科大学附属病院に転送になり「脳内出血」との診断を受けた(<証拠略>「本件発症」という。)。

4  原告は、本件発症が「エンゼル」における長時間の業務に起因するも(ママ)であるとして、平成七年一一月八日、被告に対して、療養補償給付たる療養の費用及び休業補償給付の請求をしたが(労災法二七条一項(ママ)一号、二号、労働基準法七五条、七六条、労災法一二条の八第一、二項、一三条三項、一四条)、被告は、平成八年八月二三日、本件発症は労災法二八条一項二号の「業務」によって生じたものではなく、労働基準法施行規則三五条に定める業務上の疾病に該当しないとして、右保険給付を支給しない旨の処分をした(以下「本件処分」という。)。

5  原告は、本件処分を不服として、大阪労働者災害補償保険審査官に審査請求したが、平成九年七月二八日付けで棄却され、更に平成九年九月一〇日付けで労働保険審査会に再審査の請求をした。

6  労災法二七条一項(ママ)一号の特別加入者については、同法二八条一項二号により「業務上」傷病等を負った場合には、労働基準法七五条から七七条まで、七九条及び八〇条に規定する災害補償の事由が生じたものとみなすと規定されており、「業務上」傷病等を負ったことが保険給付のための要件とされている。そして、この特別加入者の傷病等について、業務上外の認定は「労働省労働基準局長が定める基準によって行う。」(労災法施行規則四六条の二六)と規定されている。

右に基づく基準としては、労働省労働基準局長通達昭和五〇年一一月一四日付け基発第六七一号「特別加入者に係る業務上外の認定基準等の改正について」(以下「本件通達」という。)がある(<証拠略>)。

本件通達は、Ⅰ第1柱書において、「特別加入者の被った災害が業務災害として保護される場合の業務の範囲は、あくまでも労働者の行う業務に準じた業務の範囲であり、特別加入者の行う全ての業務に対して保護を与える趣旨のものではない。」としたうえで、同1において「業務遂行性」が認められる場合を限定し、同2において「業務起因性の判断は労働者の場合に準ずるものとする。」と定めている。

そして本件通達Ⅰ第1の1(1)は、特別加入者のうち労災法二七条一号及び二号に該当する中小事業主等について、業務遂行性の有無の判断は、次の基準によることとする。

イ 特別加入申請書(告示様式第三四号の七)別紙の業務の内容欄に記載された所定労働時間(休憩時間を含むものとする。)内において、特別加入の申請に係る事業のためにする行為(当該行為が事業主の立場において行う事業主本来の業務を除く。)及びこれに直接附帯する行為(生理的行為、反射的行為、準備・後始末行為、必要行為、合理的行為及び緊急業務行為をいう。)を行う場合

(注1(ママ)) 特別加入者が特別加入申請書に記載した労働者の所定労働時間内において業務を行っている場合は、労働者を伴っていたか否かにかかわりなく、業務遂行性を認める。

ロ 労働者の時間外労働に応じて就業する場合

(注) 労働者の所定労働時間外における特別加入者の業務遂行行為については、当該事業場の労働者が時間外労働を行っている時間の範囲内で業務遂行性を認めるものである。

ハ 就業時間(時間外労働を含む)に接続して行われる準備・後始末の業務を特別加入者のみ行う場合

(注) 上記イ・ロ以外の時間の特別加入者の業務行為については、原則として業務遂行性は認められないが、労働者の就業時間に接続する準備・後始末行為については、特別加入者のみで行っている場合であっても、業務遂行性を認める。

三  争点

本件の争点は、原告の本件発症が、労災保険の特別加入者が保護される範囲の業務により生じたものといえるか否かである。これについて、

1  原告が特別加入申請書に記載した業務(午前八時から午後六時までの喫茶業務)以外の本件発症前に原告が行っていた業務(午後六時から午後一〇時までの時間帯の喫茶業務及び右喫茶業務終了後の経理業務等)についての業務遂行性の有無

2  1で認められた業務と本件発症との因果関係の有無(業務起因性の有無)が問題となる。

なお、本件発症前に原告が行っていた業務のうち、午前七時三〇分から午前八時までの準備行為を行っていた時間帯の業務については、これが労災法の保護対象となる業務(本件通達Ⅰ第1(1)イあるいはハに該当)であることについては、当事者間に争いがない。

三(ママ) 原告の主張

1  争点1(業務遂行性の有無)について

(一) 原告の業務は、毎日午前七時三〇分頃店に出勤し、約三〇分の準備作業ののち、午前八時頃開店し、その後午後九時の閉店まで主として厨房内において、軽食・飲物の厨房業務に従事し、閉店後は一時間程度の後片づけをし、午後一一時前後に帰宅した後、経理の記帳をするというものであった。

エンゼルの従業員としては、開店以来厨房に男性二人(うち一人は原告)、出前・給仕・レジ業務としてホールに四、五人で推移し、当時は厨房に原告ともう一人の男性、ホールに原告の妻、娘である道浦由紀(以下「由紀」という。)及び安冨美紀(旧姓道浦以下「美紀」という。)並びにアルバイトの女性二人がおり、アルバイトを除く従業員の労働時間は午前七時三〇分頃から午後一〇時頃であった。

また、休店日はなく、日曜日は原告、原告の妻、娘二名のみが出勤し、全ての業務に従事していたが、平成五年二月二〇日に芦原秀佳(以下「芦原」という。)が辞めてからは、日曜日を閉めるようになった。

(二) 被告は、原告の右業務に関し、特別加入制度の保護の対象となるのは、日曜日以外の午前七時三〇分から午後六時までの本件喫茶業務等に限られると主張するが、これは特別加入制度の趣旨をないがしろにするものである。

そもそも、特別加入制度は、中小企業においては、事業主といえども従業員を雇用する代わりに自らの労働力を利用して業務遂行を行わざるを得ず、そこで労働災害に遭遇する危険性が存すると同時に労働保険制度による生活保障を行う必要があることから設けられたものであるから、「労働者の行う業務に準じた業務」か否かは、労働者の雇用に代替して行うところの行為か否かによって区分されるべきである。

また、特別加入制度において業務遂行性を判断する際には、特別加入申請書記載の業務内容を基礎とするとされているが、同申請書記載の業務時間は、業務上外の認定の資料として、その判定の便宜をはかろうとするものにすぎず、必ずしもこれに拘束されるものではないのであって、労働の実情を考慮し、特別加入制度の趣旨にそって同申請書と異なる認定をしても問題はない。

(三) 本件において、アルバイト、パートを除く従業員の労働時間は、午前七時三〇分頃から午後一〇時頃であり、午後六時以降午後九時までの業務についても、アルバイト、パート以外の従業員、特に厨房業務に従事していた者も右時間帯の厨房業務に従事していたのであるから、右時間内における原告の業務についても、業務遂行性が認められるべきである。そして芦原が辞めてからは、殆どの期間同人に代わるべき者が補充できず、原告は自らの労働力を提供して厨房業務を遂行していたのであり、業務遂行性が認められるべきである。

(四) また、以下のとおり原告の家族は従業員であって、右従業員である家族とともに行っていた午後六時以降午後一〇時までの原告の業務についても、その業務遂行性が認められるべきである。

すなわち、原告の家族については<1>勤務時間が午前八時から午後五時までに定められていること、<2>給仕及びレジという勤務内容は原告が決めていたこと、<3>制服がありそれを原告が支給していたこと、<4>什器備品、食器等は原告が負担して購入していること、<5>家族以外の従業員と同様、基本給が定められ、ベースアップがなされていること及び基本給は、家族以外の従業員に比べて高かったり、低かったりということはなく、売上額にかかわらず一定の金額であること、<6>ボーナス、皆勤手当、時間外手当、交通費が支給されていること、<7>所得税が源泉徴収されていること、<8>日曜日が休日となっていたことから従業員性が認められるべきである。

なお平成三年以降の従業員及び従業員たる家族等に対する給料の支払状況は別紙<略>のとおりである。

そして平成四年、五年当時午後六時から閉店までの間の家族以外の従業員としては芦原が午後八時まで勤務しており、さらにその後午後一〇時頃まで残業することがままあった。また有本千代(以下「有本」という。)も午前八時から午後五時までの勤務時間後、午後八時か午後九時まで残業することが多かった。そしてこの他にアルバイトとして、常智子、黒川直子、尾崎総柄がいた。原告の家族は勤務時間は午前八時から午後五時までであったが、アルバイトの中には夕方で帰る者があったため、残業することがほとんどであった。

この点被告は、家族が労災に特別加入していることを問題とするが、特別加入の有無と原告の家族の従業員としての実態とは無関係である。原告の家族が特別加入したのは、家族は特別加入でないと労災に入れないと聞いたからであって、これは、家族が労働者として労災に入ろうとしても労働基準監督署が容易に認めないという運用がなされていることが大きな原因である。

また被告は、紀(ママ)がエンゼルの業務に従事するようになった時期について、「給与内容等を記したレポート」(<証拠略>)と「特別加入に関する変更届」(<証拠略>)「保険料申告書内訳表」(<証拠略>)の記載と異なること、また本件処分前の原告の大阪労働基準監督署の労働事務官に対する申述(<証拠略>)と異なることから、(証拠略)の記載の正確性を問題にする。しかし平成四年、五年頃、由紀は定職についておらず、ちょくちょく店を手伝いにきていたこともあり、事務組合の担当者から、店を手伝いにくるのであれば万一のときのために特別加入の手続きだけでもとっておいたらどうかと勧められて加入しただけのことである。当時原告は家族がアルバイトで手伝うときのバイト料は経費として認められないと考えていたため、そのバイト料をポケットマネーから出していた。なお保険料申告書内訳の第一種特別加入者中「翌年度からの基礎日額」の金額は、保険料及び給付金額の基礎となる仮の日額で、事業者が選べるようになっている。また、(証拠略)については、原告は資料に基づかずに答えたものであり、リハビリ中で言葉もなかなか口から出てこない状態の時の聴取であったため、その内容に間違いが生じたものである。

さらに被告は、「保険料申告書内訳表」(<証拠略>)によると、弘容商事は、平成三年度、平成四年度の労働保険料の申告に際し、「常時使用労働者」及び「被保険者」をいずれも一名であるとしているとして、有本の労働者性に疑義があると主張するが、右数字は各月末の使用労働者数の合計を一二で除したものであり、その計算においては、<1>賃金締め切り日がある場合は、月末直前の賃金締め切り日の労働者数、<2>小数点以下は切り捨てることとされており、具体的には平成三年度については、有本が正社員になったのが平成四年一月からであるから、{一二(芦原)+三(有本)}÷一二=一・(ママ)二五、平成四年度については、芦原が平成五年二月二〇日に退職しているから、{一二(有本)+一〇(芦原)}÷一二=一・(ママ)八三となり、いずれも「常時使用労働者」及び「被保険者」は一名となる。

(五) 閉店後の後片づけは、後始末行為として業務遂行性が認められるべきである。

(六) さらに、帰宅後の経理事務についても、まさに経理という本来労働者が行うべき業務であり、これを従業員の雇用代わりに自らが行っていたものであり、かつ経理事務は会議、商談、接待等事業主の立場としての業務ではないから、業務遂行性が認められるべきである。

(七) 日曜日については、原告以外の従業員も出勤し、業務を行っている。この場合、従業員が家族であるからといって、その業務性の有無が左右されるべきではない。家族といえども一定の給与をもらいながら個々の生活を成り立たせている実態を考えると、もし家族であるからといって、その家族が働いている曜日、時間帯については、従業員が稼働していることにならないとすれば、特別加入制度自体が有名無実化する。

2  争点2(業務起因性)について

(一) 本件発症の半年前からの原告の稼働状況は以下のとおりである。

(1) 平成四年末頃から、原告とともに厨房業務に従事していた芦原の遅刻が目立つようになり、金融業者からの取立ての電話が頻繁にかかってくるようになった。そして平成五年二月になって無断欠勤が多くなったことから、平成五年二月二〇日芦原は退職した。平成四年末から芦原が退職するまでの間のこうした状況は、原告にとって相当な精神的ストレスとなった。

(2) 芦原の退職以降、原告は一人で厨房業務に従事せざるをえない状況になった(従業員を募集したが、仕事がきつかったため皆一、二日でやめていった。)。

給仕が遅くなることは店の死活問題であることから、いつでも注文に対応できるようにしておかなければならないため、原告は一日中、厨房内で仕事をせざるを得ず、トレイにいくのもままならない状態であり、開店から閉店まで立ちっぱなしであった。

まず正午前から午後三時頃までは、店内の客は絶えることなく一杯のため、その注文をこなすだけでも相当の労力を要した。またこの時間帯に出前の注文があると、少しでも早く出前をする必要があるため、店内の業務と並行して厨房業務は繁忙を極め、特に出前の注文が大口の場合は繁忙極まりなかった。

次に午後三時頃から午後五時頃の時間帯は、出前注文が多く、遅くなると次から注文がこなくなるので、二人でしていた時間内で同じ作業を一人でこなさざるをえず、無理をした。

さらに午後五時以降は、館内の企業の退社時刻となり、また館内の展示会も多くは終了するため、それまでの時刻ほど繁忙ではなくなるものの、一人でこなしていたため忙しく、夕食も毎日厨房でとっていた。

以上の激務をこなしても、なお一人でこなすことができない事態も生じ、出前注文が重なって、それをこなすために一時的に店を閉店したりした。

(3) 以上の厨房業務は、什器を含め一〇平方メートル程度の狭い空間で行われ、火を頻繁に使うことから、厨房間(ママ)の温度は四〇度程度までのぼり、四季にかかわらず、半袖でやっても上半身はビショビショになるほどである。他方下には水がながれているため足元は冷え、厨房内での上下の温度差は激しかった。

(4) 閉店後の後片づけも、芦原の退職後は、それまで二人でやっていた作業を原告一人でこなした。後片づけとしては、食器、グラスなどの洗い物、水切り台、調理台の洗浄、冷蔵庫の掃除、床、床の溝部分、ドレーン(後述)の掃除、ゴミ出し、厨房の外の床掃除等があった。

厨房の外の床掃除については、業務が火を使う仕事であること、また客が煙草を吸うことも多く、更に床に絨毯を敷き詰めていることもあり、椅子約八〇脚を全て机の上にあげ、床を点検の上、毎日掃除機をかけていた。

また、厨房内には、それを縦断する形で細い溝が存在し、パンくず、コーヒーの豆かす、果物の皮等がその溝を流れて、排水口(厨房で接しているところでは七〇センチメートル四方)の中のかご状になっているフィルター部分を通るが、そこで濾過されない汚物は排水口の下部部分(ドレーン 厨房の床の表面からは約一メートルの深さにあるもの)に泥状となって溜まるようになっていた。それを除去するため排水口の覆物(鉄板)をあけ、かご状のフィルターを取り出し、下部の泥状の部分を、腰をかがめて、棒の先にすくう物をとりつけた物で手作業で汲み取っていた。

(5) 後片づけが終わり帰宅した後も、経理業務としての帳簿つけを毎晩深夜まで行っていた。

(二) 以上のような業務を一人でこなしていたため、特に、平成五年二月二一日から同年五月二二日までは、以前には全くながった次のような症状が現われていた。

疲れ切った身体で車を運転して家に帰るため、居眠り運転をしたり、高速道路を下りてから家までの距離を運転できず一旦仮眠を取ったり、家に帰ってからも食事をとらず、風呂にも入らず倒れるように眠ったりといったことである。また、この間大変怒りっぽかったし、夜寝ている間のいびきも大きかった。

(三) 原告は、発病当日も、いつもと同じように午前五時三〇分に起床し、開店準備、厨房業務をした後、芦原温泉で開催されたOMMビル名店会の総会に出席するため、午後二時三〇分に集合し、午後五時頃右温泉に到着した。原告は、総会・懇親会が終わって廊下を歩いているとき体調の変化を感じたため、同行者の肩を借りてロビーに座っていたところ、発病したものであるが、原告は総会・懇親会でもアルコールは殆ど飲んでいない。

また原告には、平成四年末頃までは、脳に関する基礎疾患が全くなく、健康そのものであり、かつ一日の生活リズム及び休日の取り方において、平成四年末頃までと平成五年から同年五月二二日までの期間とで異なる点は少ない。

(四) このように原告の厨房での激務、後片づけ等が原因となって本件発症に至ったことは明かである。

四(ママ) 被告の主張

1  争点1(業務遂行性)について

以下に述べるとおり、仮に原告が長時間にわたりエンゼルに関する業務に従事していたとしても、本件において特別加入の保護の対象となる「労働者の行う業務に準じた業務」は、日曜日以外の日で、午前七時三〇分から午後六時までに行っていた喫茶業務及びこれに付随する業務に限られる。

(一) 平日の業務について

(1) 原告が脳内出血で倒れる直前にエンゼルで就業していたのは、原告、原告の妻、長女美紀、三女由紀とパートの松岡綾子(以下「松岡」という。)の五名であり、右松岡は午後四時に退店し、これ以降は原告の家族以外の労働者は就労していなかった。したがって、原告については、本件通達Ⅰ第1の1(1)イ及び同(注1)により、特別加入申請書の「業務の内容」欄記載の本件喫茶業務等に限り「労働者の行う業務に準じた業務」となるものである。

(2) まず本件において原告の家族は、労働者にあたらない。

事業主と居住、生計を同一にする親族は、<1>事業主の指揮命令に従っており、かつ<2>就業の実態が他の労働者と同様であり、賃金も同等に支払われている場合を除き労働基準法上の労働者にはあたらないとされている。そして労災法は労働基準法八章から派生したものであり、両法の労働者概念は同一である。

本件においても、都子、道浦真澄、美紀、由紀は特別加入をしていた期間があり、これは、これら原告の親族が、純然たる労働者ではなく、事業主の立場にあったことを裏付けるものである。

また「保険料申告書内訳表」(<証拠略>)の「常時使用労働者」及び「被保険者」がいずれも一名であり、これは芦原を指すものと考えられる。したがって、同年度において常時業務に従事していた者のうち弘容商事によって労働者として扱われていたのは、芦原一名であった。

加えて同じく「保険料申告書内訳表」によれば、平成五年度における弘容商事の「常時使用労働者」は四名、「被保険者」は〇名であり、一般賃金総額は四一九万九〇〇〇円とされているところ、都子、美紀、由紀は第一種特別加入者として取り扱われており、ここにいう四名は都子ら三名以外の者を指すものと考えられる。また仮に都子ら三名が「常時使用労働者」の四名に含まれるとしても、都子ら三名を含む四名の年間賃金総額は四一九万九〇〇〇円であり、一人あたり一〇〇万円強にとどまるから都子ら三名は通常の労働者と同等の報酬を受け取っていたとはいえないから労働者性は否定されるべきである。

(3) 次に原告は、有本が平成四年一月から常時使用労働者になったとする。しかし、これは前述のように弘容商事の平成三年度、平成四年度の労働保険料の申告と合致しない。また(証拠略)については、由紀がエンゼルで業務に従事するようになった時期について、由紀の特別加入に関する変更届け(<証拠略>)とその内容が相違し、また本件処分前の原告の大阪労働基準監督署の労働事務官に対する申述(<証拠略>)とも異なり、その内容の正確性に問題がある。

(二) 日曜日に行っていた業務について

日曜日の業務については、まず芦原の退職後から本件発症までの間は、エンゼルは日曜日の営業を行っておらず、また芦原退職以前についても、日曜日の業務に従事していたのは、原告と都子のみである。このように日曜日については、家族のみで営業していたものであって、前述のとおり都子は労働者といえないから、日曜日の業務は労働者とともに行われていたといえず、本件通達Ⅰ第1(1)ロに該当しないので、特別加入制度の保護対象外である。

(三) 経理事務等について

芦原に関するトラブルに対する対応については、「労働者の行う業務に準じた業務」には当たらない。また経理事務は会計事務所や悦子によって行われていたものであり、仮に帰宅後原告がこれを行っていたとしても、就業時間に接続して行われていたものではないから、本件通達Ⅰ第1(1)ハに該当せず、特別加入制度の保護の対象外である。

(四) 原告は、特別加入制度において業務遂行性を判断する際に、特別加入申請書記載の業務内容を基礎とするとされているが、同申請書記載の業務時間は、業務上外の認定の資料として、その判定の便宜をはかろうとするものにすぎず、必ずしもこれに拘束されるものではないのであって、労働の実情を考慮し、特別加入制度の趣旨にそって同申請書と異なる認定(特別加入者が単独で時間外労働を行っている時間帯までもイ項所定の労働時間に含める)をしても問題はないと主張する。

しかし、労災保険は、元来労働者の保護を目的とする制度であるところ、労働者以外の者についても業務の実態や災害の発生状況等からみて労働者に準じて労災保険制度による保護を及ぼすにふさわしい者も存在することから、特別加入の制度が創設された。このように特別加入制度は、その業務の実情、災害の発生状況等に照らし実質的に労働基準法の適用労働者に準じて保護するにふさわしい者に対して労災保険を適用しようとするものであり、特別加入者が業務によって受けた傷病等の全部をその保護の対象とするものではない。しかるに原告が主張するように特別加入者が単独で時間外労働を行っている時間までをも本件通達Ⅰ第1(1)イ項の所定労働時間に含めると結局は、特別加入者が業務を行っている時間全てについて「労働者の業務に準じた業務」に当たるとして特別加入制度による保護を認める結果となって、特別加入制度の右趣旨に抵触することになる。

確かに本件通達は、特別加入申請書の業務内容の記載文言を基礎としつつ、実情に即して記載文言よりもやや拡張した範囲について業務遂行性を認めることとし、必ずしも特別加入申請書の記載文言に拘泥しているものではないが、特別加入制度の趣旨にそう範囲(特別加入の申請に係る事業のためにする行為、労働者の時間外労働に応じて就労する場合、就業時間に接続して行われる準備、後始末の業務を特別加入者のみで行う場合)で拡張しており、これらによって、特別加入者が「労働者の行う業務に準じた業務」を行う場合は全て網羅されているというべきである。

2  争点2(業務起因性)について

本件喫茶業務等は、サンドイッチの調理程度であり高熱を要するような調理を行っていなかったことや、原告は直接に接客に従事していたものでないことから肉体的または精神的に過重な負担をもたらすものであったとは認めがたい。

エンゼルでは、そのメニュー(<証拠略>)から明らかなとおり、サンドウィ(ママ)ッチ以外の軽食はなく、温かい飲み物はコーヒー、紅茶など数品目にすぎないから通常の飲食店に比して火を使う頻度は著しく低かったといえる。またエンゼルの厨房はオープンカウンター方式であり、客席と空気が流通するようになっており、店内は空調が行われていたのであるから、エンゼル厨房の通気環境が通常の飲食店に比して劣悪だったとはいえない。原告自身身体の高さではさほど高温にならないことを認めている。さらに原告の後片づけとしての「椅子八〇脚全てを机のうえにあげ、床を毎日点検し、掃除機をかけていた」との主張については、エンゼル店内のテーブルは約五〇センチメートル四方のものであり、他方椅子は重量のある布張りの奥行き四〇センチメートルのものであることから、椅子全部を一挙にテーブルのうえにあげること自体が困難であると思われる。

したがって、原告がエンゼルで行っていた業務のうち、「労働者の行う業務に準じた業務」といえる平日の午前七時三〇分から午後六時までにおこなっていた本件喫茶業務については、何ら過重なものとは認めることができず、本件喫茶業務等と本件発症との間には相当因果関係は認められない。

五(ママ) 争点に対する判断

1  争点1(業務遂行性)について

(一) 証拠(<証拠・人証略>、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

原告の日課は、日曜日を除き、午前七時三〇分頃エンゼルに出勤し、約三〇分の準備作業の後、午前八時頃開店し、その後、午後九時の閉店まで、主として厨房における業務に従事し、午後一〇時頃まで後片づけをして午後一一時頃帰宅し、経理の記帳を行うというものであった。エンゼルの喫茶店業務に従事していた者は、平成五年二月までは、厨房業務に原告と芦原、厨房外の業務に原告の親族やアルバイト数名であり、芦原は通常午後八時まで勤務しており、ときに午後九時まで残業することもあった。同月二〇日、芦原が退職してからは、その後任を募集しても応募者が数日で辞める状態でこれを補完できず、芦原がしていた業務の殆どを原告において行うようになった。芦原の退職後原告の本件発症までの間、エンゼルの厨房以外の業務に就労していたのは、原告、都子、美紀、有本及び数名のアルバイトであった。従業員の勤務時間は午後五時までであるが、その残業時間は、美紀においては平成五年三月が三三・五時間、同年四月が六九・五時間、五月が五六時間、有本においては同年三月が七七・五時間、同年四月が一六・五時間、同年五月が六六・五時間である。都子、美紀は原告の同居の親族であるが、有本は原告の姪になり、原告と同居はしていない。そして、従業員の仕事の内容及び給料の額は原告が定めており、同居の家族である美紀についても、制服が支給され、タイムカードがあり、勤務日、勤務時間が決まっており、他の家族以外の従業員と比較して基本給に差はなく、従業員であった芦原と同じ計算で残業手当等が計算されて支給され、昇給もおこなわれていた。他方、都子については、弘容商事の出資者であり、また取締役であって、役員報酬のみを受け取っていた。

以上によれば、原告の本件発症前に、有本はエンゼルで就労しており、同人は原告の姪ではあっても、原告と生計を同じくするものではなく、右認定の就労状況に照らせば、その労働者性を肯定しえる。また美紀についても、原告と同居の親族ではあるものの、他の従業員と変わらない処遇を受けていたという前記認定事実に照らせばその労働者性を肯定できる。他方都子については、前記認定事実によれば、その労働者性を否定せざるをえない。

(二) この点、被告は、美紀が労災保険に特別加入していた時期があること、芦原が在職中の「保険料申告書内訳表」に記載されている「常時使用労働者」数は一名であること、同じく平成五年度の「保険料申告書内訳表」には「常時使用労働者」が四名と記載されており仮にこの四名の中に都子、美紀、由紀の三名が含まれるとすれば、この四名の年間の賃金総額は四一九万九〇〇〇円であり、一人あたり一〇〇万円強にとどまることから、通常の労働者と同等の報酬を受け取っていたとはいえないこと、(証拠略)はその内容の正確性に問題があることなどから、原告の発症前の時期に有本がエンゼルで就労していたことには疑念があり、また美紀の労働者性も否定されると主張する。

しかし、芦原が在職中の「保険料申告書内訳表」の「常時使用労働者」数については、その計算方法を考慮すれば、必ずしも有本の就労を否定することにはならず、由紀について不正確な記載があるとしても、それをもってその他の記載の信用性までをも特に問題とする事情は見あたらない。確かに(証拠略)には、従業員として有本の記載はないが、当時原告がリハビリ中であり、何らの資料にも基づかず述べたこと、(証拠・人証略)に照らすならば、(証拠略)をもって当時有本が働いていなかったとまではいえない。また美紀については、特別加入している事実はあるが、これは、労働基準監督署においては、個人事業の場合、原則として事業主と同居の家族は労働者性がないものと扱うことになっていることから、保険の適用をうけるべく、特別加入という手続を選択したものにすぎないこと(<証拠略>)、このため「保険料申告書内訳表」の「常時使用労働者」数に加算されていないことが認められ、これらの事実に照らせば、特別加入しているとの一事によってその労働者性を否定するわけにはいかない。そして、「常時使用労働者数(ママ)」に美紀らが加算されていることを前提とする、給料の低額さの被告の主張もとりえない。

(三) 以上に鑑みるに、原告の午後六時以降の業務は少なくとも午後八時までは従業員であった芦原の労働者としての業務を引き継いだ部分を含み、退職者の仕事を補う業務に事業主としての負担という面はあるとしても、退職前の従業員の残業に応じて就労していた部分までが、事業主としての業務に転化するものではなく、有本、美紀とともにした午後六時から午後九時までの時間帯の原告の業務は、本件通達Ⅰ第1(1)ロによる労働者の時間労働に応じて就労する場合として業務遂行性が認められる。そしてこれに接続する後片付けの時間についてもその業務遂行性を同通達ハにより肯定しうる。ただし、帰宅後の経理業務は就業時間に接続しないことから、特別加入の保護の対象業務と考えられない(本件通達Ⅰ第1(1)ハ)。なお、日曜日の業務については、証人美紀によれば、芦原が辞めた後は開店せず、それまで就労していたのは原告と都子にどとまるから、業務遂行性を肯定できない。

(四) 以上より、原告の行っていた業務のうち、日曜日以外の午前七時三〇分から午後一〇時までの本件喫茶業務が、特別加入制度の保護の対象業務となるといえる。

2  争点2(業務起因性)について

証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

芦原の退職した平成五年三(ママ)月二〇日以降、原告は、従業員を募集したが、応募者が一、二日で辞めるという状態で、本件発症まで原告は一人で厨房業務に従事せざるをえない状況が続いた。

このため、いつでも注文に応じられるように、原告は一日中、厨房内で仕事をせざるを得ず、トイレにいくのもままならない状態であり、開店から閉店まで立ちっぱなしであった。

正午前から午後三時頃までは、店内の客は絶えることなく、その注文をこなすだけでも相当の労力を要し、またこの時間帯に出前の注文があると、少しでも早く出前をする必要があることから、店内の業務と並行して厨房業務は繁忙を極め、特に出前の注文が大口の場合は繁忙極まりなかった。また午後三時頃から午後五時頃までは、出前注文が多く、遅くなると次から注文がこなくなるという恐れもあって、以前芦原と二人でしていた作業を一人でしかも同じ時間内にこなさざるをえず、無理をしなければならなかった。さらに午後五時以降は、館内の企業の退社時刻となり、また館内の展示会も多くは終了するため、それまでの時刻ほど繁忙ではなくなるものの、夕食も毎日厨房内でとらざるを得ない状況であった。

以上の厨房業務は、什器の占める面積を含め一〇平方メートル程度の狭い空間で行われ、火を頻繁に使うことから、四季にかかわらず厨房間(ママ)の室温は高温となり、半袖の衣服を身につけていても上半身は汗みずくになるほどであった。

そして閉店後の後片づけも、芦原が退職後は、それまで二人でやっていた作業を原告一人でこなした。後片づけとしては、食器、グラスなどの洗い物、水切り台、調理台の洗浄、冷蔵庫の掃除、床、床の溝部分、ゴミ出し、椅子約八〇脚を全て机の上にあげたうえでの厨房の外の床掃除等があった。また、排水口の清掃も毎日必要であり、その覆いをあけ、かご状のフィルターを取り出し、下部の泥状の汚物を、腰をかがめて手作業で汲み取っていた。

そのため、特に、平成五年二月二一日以降同年五月二二日まで帰宅時に、居眠り運転をしたり、高速道路を下りてから家までの距離を運転できず一旦仮眠を取ったり、家に帰ってからも食事をとらず、風呂にも入らず倒れるように眠ったりする状態であった。また、この間大変怒りっぽかった。

原告は、発病当日も、いつもと同じように午前五時三〇分に起床し、出勤して開店準備、厨房業務をした後、午後二時三〇分頃OMMビルを出発し、福井県内の芦原温泉で開催されたOMMビル名店会の総会に出席した。原告は、総会及び懇親会が終わって廊下を歩いているとき体調の変化を感じたため、同行者の肩を借りてロビーに座っていたところ、同日午後九時過ぎ頃、突然右片麻痺を生じ、午後一一時一五分頃救急隊の出動を得て、同日午後一一時四四分頃宮崎病院に搬送され、さらに福井医科大学附属病院に転送され、翌二三日午前一時頃同病院に入院し脳内出血(左被殻出血)と診断されて脳内血腫除去術を受けた。

脳内出血の原因としては、高血圧、脳血管異常、ストレスが考えられが(ママ)、原告には、本件発症前、高血圧又は脳血管異常は存在しなかったから、本件発症の原因としては、ストレスと考えざるを得ないところ、地方労災委員医師志水洋二の鑑定意見によれば、原告の保護対象業務を午後六時までの業務に限定して相当因果関係を否定するものの、午後六時以降の長時間労働及び帰宅後の深夜に及ぶ経理業務を考慮すれば、その業務は過重負荷となり、原告の脳内出血との相当因果関係を肯定できるとの趣旨と窺える。

以上によれば、本件発症の原因は、原告の喫茶店営業業務による過重負荷にあるということができるところ、労災保検特別加入者としての保護対象業務としては、原告帰宅後の経理業務等が除かれるにしても、平成五年三(ママ)月二〇日頃から本件発症の日まで、日曜日を除く午前七時三〇分から午後一〇時頃までの長時間労働を続けており、その間の労働は従業員の退職のため著しく繁忙で、密度の高いものとなっており、休日はあったものの、喫茶店閉店後の帰宅時における車両運転状況からも疲労が蓄積した状況にあったことが窺われるのであり、原告の保護対象業務が過重なものであったと認めることができる。そこで、本件発症には業務起因性を肯定することができる。

3  結論

以上によれば、原告に対する本件発症は労働基準法施行規則三五条に定める業務上の疾病に該当しないとして療養補償給付、休業補償給付を支給しない旨の処分は違法であって、取消を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 和田健)

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