大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成10年(ワ)5427号 判決 1999年7月02日

原告

東一誠こと金学守

被告

時岡正和

主文

一  被告は、原告に対し、金二七四万九七九五円及びこれに対する平成六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二六二五万五四二七円及びこれに対する平成六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(本件事故)

(一)  日時 平成六年二月二六日午前一一時二五分ころ

(二)  場所 大阪市西区北堀江一丁目二一番二四号先交差点(横断歩道上)

(三)  加害車両 被告運転の普通乗用自動車(なにわ三三せ八五一一)

(四)  被害車両 足踏式自転車

(五)  態様 原告が被害車両に乗って、右交差点南詰め横断歩道を東から西に向かい進行中のところ、加害車両が北から南に向けて進行してきて原告に衝突したもの

2(責任)

(一)  被告は加害車両の保有者として自動車損害賠償保障法三条に基づく責任がある。

(二)  本件事故は、制限速度時速五〇キロメートルのところ、漫然と時速約七〇キロメートルの速度で進行していた被告が、前方不注視及び対面信号機の赤色表示を無視して交差点に進入した過失により、対面信号機の青色表示に従って被害車両に乗って横断歩道上を横断していた原告に加害車両を衝突させたもので、被告は民法七〇九条に基づく責任がある。

3(傷害、治療経過、後遺障害)

(一)  傷害

頭部・顔面打撲挫創、割創、頭部外傷Ⅱ型、右足関節骨折内外果骨折、右耳打撲、切創、左鎖骨骨折、左膝捻挫、左膝内側側副靭帯損傷、外傷後左肩関節周囲炎、左肩関節拘縮、前歯の損傷など

(二)  治療経過(医療法人寿楽会大野記念病院〔以下「大野記念病院」という。〕)

(1) 通院

平成六年二月二六日から平成一〇年一月三一日まで一三五〇日(実通院日数四六三日)

(2) 入院(合計八五日)

<1> 平成六年三月九日から同年五月二一日まで七四日間

<2> 平成七年六月一九日から同月二九日まで一一日間

(三)  歯科治療(名越歯科)

原告は、本件事故当時、歯科治療中(インプラント術施行、調整中)であったところ、本件事故のために、インプラントの上部構造が破損したために再手術、歯根の歯折による抜歯(前歯二本)及びブリッジの破損による新たなブリッジ術など、新たに長期にわたる歯科治療を要した。

(四)  後遺障害

原告の治療が長引いたのは、右足首(踝)の手術とその抜釘手術の他に、外傷後左肩関節部の拘縮、左膝外傷後の関節炎(靭帯損傷によるもの)の治療及びリハビリテーションに時間を要したものである。

原告は、平成一〇年一月三一日、症状固定の診断を受けたが、次のような後遺障害が残った。

(1) 左肩につき、外傷後の肩関節周囲炎のため、肩関節拘縮を来たし、左肩の可動域が著明に制限され、内外旋時に痛みが激しく、挙上も不十分で日常生活に制約が多い。

(2) 右足関節部内果の可動制限、左膝内側側副靱帯損傷のため、階段の昇降時に手摺を要し、和式トイレの使用・あぐら・正座は不能、長時間の歩行が困難

(3) 右のために後遺障害等級一二級の認定を受けた。

(4) 自然歯として残っていた右上一、二歯の抜歯や補綴などが必要となった。

4(損害)

(一)  治療費(支払を受けていない分) 三四五万三四〇七円

(1) 大野記念病院関係自己負担分 一万四九〇七円

(2) 名越歯科 三四三万八五〇〇円

(二)  休業損害等 一六三三万一五二〇円

原告は、本件事故前、年収一二〇〇万円を下らない所得があったが、本件事故による長期の入院、通院のために休業せざるを得ず、これによる減収は、少なくとも次のようにみるのが相当である。

(1) 全休業期間六か月 六〇〇万円

(2) 半休業期間六か月 三〇〇万円

(3) 逸失利益 七三三万一五二〇円

減収率一四パーセント(一二級相当)、継続期間五年(ホフマン係数四・三六四)

(三)  入院雑費 一一万〇五〇〇円

1300円×85日

(四)  入通院慰謝料 四〇〇万円

傷害の程度及び歯科治療が加わったこと、その治療期間及び実治療日数などからして総額四〇〇万円が相当である。

(五)  後遺障害慰謝料 三〇〇万円

後遺障害等級一二級の傷害及び抜歯を含む後遺障害慰謝料として三〇〇万円が相当である。

以上合計二六八九万五四二七円

5(弁護士費用) 二三〇万円

よって、原告は被告に対し、本件事故による損害賠償として、既払金二九四万円を控除した残額金二六二五万五四二七円及びこれに対する本件事故の日である平成六年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)は認め、(二)は争う。

本件事故は、加害車両が青色信号表示に従って現場交差点を北から南に直進通過中、同交差点南側横断歩道を、赤色信号表示を無視して東から西に横断中の原告が衝突した事案である。

3  同3は知らない。

4  同4は争う。

5  同5は知らない。

三  抗弁

1(寄与度減額)

原告の歯科治療と本件事故との間に相当因果関係が認められるとしても、原告には歯科の既存障害があったから再治療を要したものであって、歯科治療費の五〇パーセントを寄与度減額すべきである。

2(過失相殺)

八割の過失相殺

本件事故の態様からすれば、被告の過失割合は、最大限二〇パーセントにとどまる。

3(損害填補)(四七二万八〇二四円)

(一)  千代田火災海上保険株式会社 一三一万八四一九円

(二)  被告支払 一一六万九六〇五円

うち、治療費(大野記念病院関係)は一三八万〇九一二円

(三)  自賠責保険金 二二四万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2は争う。

2  同2は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(責任)

1  被告の運行供用者責任は当事者間に争いがない。

2  証拠(乙一の1ないし14、五、八、被告本人、調査嘱託の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、別紙現場見取図(以下地点を示す場合は同図面による。)記載のとおりであり、南北方向の片側三車線の道路(なにわ筋)(第一車線と第二車線の間に分離帯が設置されている。)(以下「本件道路」という。)に東西方向の道路が二本(北側は道路幅約四五メートルの中央分離帯が設置されている道路、南側は幅員八メートルの西から東に向けての一方通行道路である。)交差する信号機により交通整理の行われている交差点であり(以下、併せて「本件交差点」〔本件交差点北側に設置された横断歩道から南側に設置された横断歩道までの距離は約一〇〇メートル〕、北側の交差点を「西大橋交差点」、南側の交差点を「西大橋南交差点」という。)、本件道路は最高速度を時速五〇キロメートルに規制されている。

(二)  本件交差点の信号表示は、本件道路の西大橋交差点の南北方向の車両用信号機は青色表示五八秒間、その後黄色表示三秒間、その後赤色表示八九秒間(初めの一四秒間は右折矢印信号)の周期で表示され、西大橋南交差点の信号機は、西大橋交差点の信号表示と連動しており、南行車両用信号機は右西大橋交差点の青色表示の終了後三秒間青色表示のままであり、その後黄色表示三秒間、赤色表示五九秒間を経て青色表示となり、北行車両用信号機は右西大橋交差点の青色表示終了の一二秒前に青色表示から黄色表示(三秒間)になり、赤色表示八九秒間を経て青色表示となり、東西の車両用信号機は右西大橋交差点の青色表示の終了後九秒間赤色表示のままであり、その後青色表示五〇秒間、黄色表示三秒間を経て赤色表示となり、東西の歩行者用信号機も赤色表示は同様で前記西大橋交差点の青色表示終了後九秒間は赤色表示のままである。

(三)  被告は、加害車両を運転して、本件道路を北から南に向かい時速約七〇キロメートル(秒速約一九・四メートル)で前方約二〇メートルの位置の先行車両に追随して、西大橋交差点に青色表示で進入し、西大橋南港三点の入口付近(<1>地点)で前方約一八・三メートル(<ア>地点)に横断歩道上を東から西に向かい横断してくる被害車両を発見し、右転把し、急制動の措置を講じたが間に合わず、一七・五メートル進行した<2>地点で<イ>地点の被害車両と衝突した(衝突地点は<×>地点)。

時速七〇キロメートルでは、本件交差点を約五・二秒で通過することになる。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右に認定の事実からすると、本件事故時の西大橋南交差点の南行車両用信号機の表示は青色であり、原告の対面信号機は車両用も歩行者用も赤色表示であったと認めるのが相当である(前記認定のとおり西大橋交差点の車両用信号機が五八秒間の青色表示終了後も三秒間西大橋南交差点の南行車両用信号機は青色表示を継続するから、西大橋交差点に青色表示で進入した時速約七〇キロメートルの加害車両が本件交差点を進行中に西大橋南交差点の南行車両用信号機が黄色表示となる可能性は少ないというべきである。)。

すると、本件事故の発生については、原告の赤色信号無視の過失が過半をしめるというべきであるが、被告にも約二〇キロメートルの制限速度超過及び前方注視義務違反の過失があるというべきであるから、被告は民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。

原告本人尋問の結果中には、原告は、本件交差点南側に設置された横断歩道の東端歩道上で信号待ちをし、対面信号機が青色表示となったので横断を開始したところ、東行一方通行道路から西大橋南交差点に進入し、右折しようとした車両が停止して、原告の進行を待ってくれた旨の供述部分があり、実況見分の際にも警察官に対し同旨の指示説明をしているのであるが、前記認定の信号周期等からすると、原告の対面信号機は西大橋交差点の南北方向の車両用信号機の青色表示終了後九秒間赤色表示を継続するのであって、前記認定の状況からして右供述部分は採用できない(北行車両用の信号機は南行車両用の信号機の一五秒前に青色表示から黄色表示に変わることから、原告は、北行車両の信号表示が黄色となったことから横断を開始した可能性が強いというべきである。)。

三  請求原因3(傷害、治療経過、後遺障害)

1  傷害

証拠(甲二、六ないし九、一六、乙七の1、5、7、11、13、15、18、21、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、46、48、50、52、54、56、58、60、62、64、66、68、70、72、74、76〔92と同じ〕、78、80、82、84、86、88、90、92)によれば、原告は本件事故により次の傷害を負ったことが認められる。

頭部・顔面打撲挫創・割創、頭部外傷Ⅱ型、右足関節内外果骨折、右耳打撲・切創、左鎖骨骨折、左膝内側側副靱帯損傷、外傷後左肩関節周囲炎、左肩関節拘縮、左膝外傷後関節炎、左膝変形性関節炎、前歯の損傷

2  治療経過

証拠(甲二ないし九、一六、乙七の1、5、7、11、13、15、18、21、26、28、30、32、34、36、38、40、42ないし44、46、48、50、52、54、56、58、60、62、64、66、68、70、72、74、76〔92と同じ〕、78、80、82、84、86、88、90、92)によれば、原告は、本件事故による傷害治療のため、次のとおり入通院したことが認められる。

(一)  大野記念病院

(1) 平成六年二月二六日から同年三月八日まで通院(実通院日数六日)

(2) 平成六年三月九日から同年五月二一日まで入院七四日間

(3) 平成六年五月二二日から平成七年六月一八日まで通院(実通院日数二一七日)

(4) 平成七年六月一九日から同月二九日まで入院一一日間(右足関節部抜釘のため)

(5) 平成七年六月三〇日から平成九年六月三〇日まで通院(実通院日数二三四日)

(6) 平成九年七月一日から平成一〇年一月三一日まで通院(実通院日数四日)

(二)  名越歯科

名越歯科における治療経過については、これを明らかにする証拠はないが、原告は、本件事故前一八歯についてインプラント術、ブリッジ術を施行し、調整中であったところ、本件事故により右が破損し、再度右を施行する必要が生じ、また、本件事故により前歯二本を歯根が折れたことにより抜歯しなければならなくなったことが認められる。

3  後遺障害

証拠(甲六、弁論の全趣旨)によれば、原告は、平成一〇年一月三一日、症状固定し、右足関節部の可動域制限等により自賠責保険によって後遺障害等級一二級七号に該当するとの認定を受けたことが認められる。

四  請求原因4(損害)

1  治療費 四八三万四三一九円

証拠(甲七ないし九、一六)によれば、原告の治療費は、次のとおりであることが認められる。

(一)  大野記念病院 一万四九〇七円(原告支払分)

(二)  大野記念病院 一三八万〇九一二円(被告側支払分)

(争いがない。)

(三)  名越歯科 三四三万八五〇〇円

2  休業損害

証拠(甲一〇、一一、一五)によれば、原告は、平成五年には、株式会社イーストマン(食品材料及び食品輸出入業、外国芸能人の招請及び公演斡旋業、遊技場経営業、レストラン経営業、不動産売買、賃貸、管理及び仲介業)の代表取締役として一一二五万円の所得を得ていたことが認められるのではあるが、証拠(原告本人)によれば、右については本件事故当時は事業をしていなかったことが認められ、他に本件事故当時原告が就業して収入を得ていたことを示す証拠はないから、休業損害の請求は理由がない。

3  逸失利益 二三〇万一五四七円

証拠(原告本人)によれば、原告(本件事故当時六一歳、症状固定時六五歳)に就労の意思、能力があることが認められるから、基礎収入は平成六年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、男子労働者の六五歳以上の平均賃金年三七六万七一〇〇円、労働能力喪失率一四パーセント、就労可能年数五年(新ホフマン係数四・三六四)として、逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり二三〇万一五四七円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

376万7100円×0.14×4.364≒230万1547円

4  入院雑費 一一万〇五〇〇円

入院雑費は一日一三〇〇円と認めるのが相当であり、入院期間は前記認定のとおり八五日間であるから、入院雑費は一一万〇五〇〇円となる。

5  入通院慰謝料 二四〇万円

前記認定の入通院状況からすると、入通院慰謝料は二四〇万円と認めるのが相当である。

6  後遺障害慰謝料 二四〇万円

後遺障害慰謝料は、その等級及び前歯は損等を考慮すると、二四〇万円と認めるのが相当である。

7  以上合計 一二〇四万六三六六円

五  抗弁1(寄与度減額)

歯科治療を再度行わなければならなくなったのは、本件事故のためなのであって、寄与度減額を行わなければならない事情は見出せない。

六  抗弁2(過失相殺)

前記認定の本件事故の状況からすると、原告の損害額からその六割を過失相殺するのが相当である。

すると、七二二万七八一九円となる。

六  抗弁3(損害填補)(四七二万八〇二四円)は当事者間に争いがないから、これを控除すると、二四九万九七九五円となる。

七  弁護士費用(請求原因5)

本件事故と相当因果関係の認められる弁護士費用は二五万円とするのが相当である。

八  よって、原告の請求は二七四万九七九五円及びこれに対する本件事故の日である平成六年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 吉波佳希)

交通事故現場の概況 現場見取図

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例