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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)2942号 判決 1999年7月09日

原告 A野一郎

右訴訟代理人弁護士 横山精一

被告 B山春夫

右訴訟代理人弁護士 小野原聡史

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇五万四八二七円及びこれに対する平成七年五月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三〇六一万四八二七円及びこれに対する平成七年五月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、平成七年五月一八日、被告とともに在籍していた高野山高校野球部の練習中、被告が誤って投げた球が原告の右眼に当たり、その結果右眼が失明する等の傷害を負った(以下「本件事故」という。)として、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、三〇六一万四八二七円及びこれに対する不法行為の日である平成七年五月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等(証拠により容易に認定することができる事実を含む。)

1  当事者の地位等

原告は、昭和五三年四月二三日生まれ(本件事故当時一七歳)の男子であり、被告は、昭和五四年四月二二日生まれ(本件事故当時一六歳)の男子であり、いずれも本件事故当時、高野山高校野球部に在籍していた。

2  本件事故の発生

(一) 平成七年五月一八日、高野山高校野球部では、右野球部の監督であった鈴木道雄(以下「鈴木監督」という。)が三塁に向けてノックをし、三塁手はノックの打球を捕球して二塁に投げ、二塁手は右送球を受けて一塁に投げ、一塁を守る者が右送球を捕球する等の練習(以下「ダブルプレー」又は「ダブルプレーの練習」という。)が行われていた。

そして、被告は、右練習に三塁手として参加していた。

(二) 被告は、同日午後五時三〇分ころ、鈴木監督からのノックを受けたが、ボールを捕球した後、右ボールを二塁に送球せず、一塁をめがけて投げた(以下「本件行為」という。)。

(三) そして、右ボールは、その際一塁ベース付近にいた原告の右眼に当たった。その結果、原告は右眼失明等の傷害を負った。

三  争点

1  被告は、過失によって本件行為をしたか。

【原告】

本件事故当時、被告を含む高野山高校の野球部員らはダブルプレーの練習をしていたのであるから、三塁手として守備練習を行っていた被告は、捕球後は二塁に向けて送球すべき注意義務があったのに、これを怠って一塁手方向にボールを投げた過失があった。

【被告】

本件事故の際に行っていた練習は、被告を含む一年生が、二年生及び三年生と初めて一緒に行った練習であり、高野山高校が、不慣れな一年生の練習にもかかわらず、具体的な練習方法について事前のミーティングも行わずに、被告を含む一年生を、ダブルプレーの練習に参加させたため、被告は、極度の緊張状態の中で、周囲の練習状況をみることもできないままに本件行為に及んだ。したがって、被告の本件行為には過失がない。

2  被告の本件行為は、スポーツ行為として違法性が阻却されるか。

【被告】

本件事故は、硬式野球というスポーツを行う際に発生したものであり、その競技の性質上、傷害の危険が内包されている。そして、被告は、明白なルール違反行為や右競技とは無関係な行為をして本件事故を発生させたのではなく、硬式野球のルール上許された行為をして本件事故を発生させたにすぎない。したがって、被告の本件行為は、野球のルールに照らし、社会的に容認される範囲内のものであって、違法なものではない。

【原告】

被告の本件行為が、硬式野球のルール上許されたものであるとしても、ダブルプレーの練習をしている際にダブルプレーに則らない送球をしたのであるから、違法なものである。

3  損害額

【原告】

(一) 損害額 四八八七万四八二七円

(1) 治療費 二六万二二三〇円

(2) 入通院慰謝料 一五〇万円

(3) 入院雑費 一万三〇〇〇円

(4) 交通費 一万円

(5) 後遺障害慰謝料 九〇〇万円

(6) 逸失利益 三八〇八万九五九七円

(二) 損益相殺 二一〇四万円

(1) 高野山高校からの見舞金 一〇〇万円

(2) 野球部後援会見舞金 一〇〇万円

(3) 日本体育・学校健康センターからの給付金 四三一万二七三八円

(4) 高野連保険 一四七万六二〇〇円

(5) 被告からの見舞金 一〇〇万円

(6) 第一火災海上保険 七九万九〇〇〇円

(7) 高野山高校からの治療費の支払 二六万二二三〇円

(8) 高野山高校からの示談金 一一一八万九八三二円

(三) 請求金額 三〇六一万四八二七円

(1) 右損害金残金(右(二)の合計額から右(一)の合計額を差し引いたもの) 二七三八万四八二七円

(2) 弁護士費用 二七八万円

【被告】

(一) 原告の主張(一)は知らない。

(二) 原告の主張(二)記載の各金員を原告が受領したことは認める。

(三) 原告の主張(三)は争う。

第三判断

一  争点1について

1  争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 被告は、小学生のころから野球をしており、中学生のころは三塁を守るレギュラー選手であり、ときには投手もする、足も速く肩も強い選手として、鈴木監督の目にとまり、高野山高校に入学した。

(二) 高野山高校野球部では、一年生部員らは、入部して間もない四月から五月くらいまでの間は、雨天練習場等で体力造りの練習を中心とした、ランニング、筋力トレーニング、ティーバッティング等の練習を行う等、二年生部員ら及び三年生部員ら(両者を合わせて以下「上級生部員ら」という。)の練習とは個別の練習を行った後、右練習の後、上級生部員らと合同で練習をしていた。

そして、一年生部員らのみの練習においても、ダブルプレーの練習は行われており、その内容は、上級生部員らが行うそれと変わらないものであった。

また、一年生部員らの練習は、上級生部員らのそれよりも早く終わることもあったため、そのような場合には、一年生部員らは、上級生部員らの練習を見学することもあった。

(三) 本件事故当日の放課後から、上級生部員らはキャッチボールをした後、守備練習(ノック)を始めた。その際、上級生部員らは内野と外野の練習に分かれ、内野の守備練習については紀の国スポーツの藤本(以下「藤本」という。)がノッカーとなって練習を行った。そして、原告は一塁手であったので、右の内野の守備練習に参加した。

内野の守備練習は、ノックを受けた者がボールを本塁に送球する「ボールバック」、ノックを受けた者がボールを一塁に送球する「ボールファースト」の順に行われた。

そして、上級生部員らが右練習を行っている間、一年生部員らは、上級生部員らとは別に、ランニング、体操、ダッシュ等の練習を行っていた。

(四) 上級生部員らのボールファーストの練習が終わると、ノッカーが藤本から鈴木監督に代わり、一年生部員ら約三〇名の中から、被告を含む六名が鈴木監督から選ばれ、上級生部員らの守備練習に参加することとなった。

その際、被告は、多数いる一年生部員から自分が選ばれたことにうかれ、興奮していた。

(五) そして、鈴木監督が、練習内容をダブルプレーに変えることを指示すると、捕手が、右指示を周知徹底させるため、大きな声で「ゲッツー」と叫んで指示を出した。これに対し、内野守備に参加していた部員らは大きな声を出してこれに応えた。

その際、一塁の守備練習をしていた者は、ダブルプレーの練習に備えるため、ノッカーからのボールを受ける者と、二塁手ないし遊撃手からの送球を受ける者に分かれ、ノッカーからのボールを受ける者は、二塁手等からの送球を受ける者よりもやや前方向に位置をとった。

そして、原告は、本件事故の際は、ノッカーからのボールを受ける者として、一塁ベースのやや前方向に位置をとっており、被告は、三塁の守備練習に参加した。三塁の守備練習には約六名が参加しており、先頭から順に鈴木監督のノックを受けることとなっていたが、被告の順番は、前から三番目又は四番目であった。

(六) また、右のようなダブルプレーの練習では、三塁守備についた者は捕球した後は二塁に送球しなければならないものであり、ノックしたボールをノーバウンドで直接捕球するような例外的な場合を除いては、直接一塁に投げるようなプレーを選択する余地のないものであった。

そして、ダブルプレーの練習の趣旨が右のようなものであることは、本件事故当時、被告も認識していた。

(七) 鈴木監督が三塁手方向にノックをすると、被告より順番の早い上級生部員らは、いずれもボールを捕球すると、これを二塁に送球した。

被告は、上級生部員らの練習を見て、非常にレベルが高いと感じ、その雰囲気に圧倒され、「こんな中で、ついていかなあかんのか。」、「エラーしたらどうしよう。」などと考えた。

そして、自分が一年生部員らの中から選ばれたことに対する興奮等とあいまって、鈴木監督がダブルプレーの指示を出したことがまったく耳に入っていない状態であったため、被告は、鈴木監督からのノックをきちんと捕ってファーストに投げよう、と考えていた。

(八) そして、鈴木監督が被告に向けてノックをして捕りやすいゴロを送ったところ、被告は、ボールを捕球すると、これを自らが考えていたとおりに一塁方向に投げ、通常の守備位置よりも前に位置をとり、次に鈴木監督からノックを受けようとして態勢を整えていた原告の右眼付近にそのボールを当てた。

2  右認定の事実によれば、被告は、ダブルプレーの練習においては、三塁手はノックのボールを捕球した後、二塁に送球しなければならないということを認識していながら、鈴木監督や捕手の、ダブルプレーを行う旨の指示を不注意で聞いていなかったため、ノックのボールを捕球した後、漫然と右ボールを一塁方向に投げて原告の右眼付近に当てたことは明らかである。

したがって、被告の本件行為は、過失によるものと認めるのが相当である。

二  争点2について

1  被告は、本件事故は硬式野球というスポーツを行う際に発生したものであり、その競技の性質上、傷害の危険が内包されていること、被告は硬式野球のルール上許された行為をしていたにすぎないことを理由に、被告が本件事故を発生させた行為は、違法なものではない旨主張する。

2  しかし、前記一1認定の事実によれば、本件事故当時、高野山高校で行っていたダブルプレーの練習は、試合におけるような、ルールに反しない限りで、自らが行うべきプレーを選手各自が選択することができる場合とは異なり、三塁手が鈴木監督のノックを受けた場合は、これを二塁に送球するというように、各自の行うべきプレーが固定化又は定型化された練習方法であったことが明らかである。

そして、右のような練習方法をとった場合、右練習に参加する者らは、定型化されたプレーに反する行動をとる者が出ることを予想していないのが通常である。

その結果として、右のような練習方法において定型化されたプレーに反するプレーをすることについては、試合におけるような、当該試合に出場している各選手がそれぞれ取るべきプレーを選択しており、他の者も、当該選手が選択するプレーが自らの予想に反することがありうることを前提としている場合に比して、その危険性は極めて高いというべきである。

3  したがって、前記一1において認定した、本件事故当時の練習態様、右練習の中で被告が行ったプレーに照らすと、被告の行為は違法なものであると評価せざるを得ず、本件事故が硬式野球というスポーツを行う際に発生したものであり、被告が行ったプレーが硬式野球のルール上許されたものであるからといって違法性が欠けるものではない。

4  よって、この点に関する被告の主張は採用することができない。

三  争点3について

1  争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 被告の本件行為によって、原告の右眼付近にボールが当たった後、原告は、どうなったのか自分では判らず、ノックの妨げにならぬように、一塁のファウルゾーンに出ていた。

その際、原告は、鼻にボールが当たったと思っていたが、気が付くと自分の手が眼を押さえており、かなり大量の血が出ていたため、ベンチに下がり、眼を氷で冷やした。

その後、高野山高等学校教諭の横辻が、原告を高野町立高野山病院(以下「高野山病院」という。)に搬送した。

(二) 原告は、高野山病院に搬送された後に応急処置を受けたが、その後同病院の指示によって救急車で和歌山県立医科大学付属病院(以下「附属病院」という。)に搬送された。

そして、原告は、附属病院での診察を受けたが、その結果、右眼球が破裂しており、眼底の網膜も寸分に裂断して視神経とも分離していることが判明したため、早急に右眼球摘出手術を受けることとなった。そのほか、本件事故の際、原告が右頬の亀裂骨折の傷害を負っていたことも判明した。

(三) 結局、原告は、同日、附属病院に入院し、以後同月二七日までの一〇日間、右病院に入院し、治療を受けた。

そして、原告は、高野山病院に平成一〇年六月一七日まで通院し、治療を受けたほか、その後は附属病院に半年に一度の割合で通院している。

(四) その結果、原告は、右入通院治療のため、二六万二二三〇円の費用を支出した。

(五) 原告は、本件事故以前は両眼とも一・五の視力(裸眼)があったが、本件事故によって右眼は失明し、左眼は〇・六の視力(矯正)となったが、将来さらに左眼の視力が低下する可能性もある状態である。

そのほか、原告は、本件事故により、右義眼内のかゆみ、多量の目やに、左眼の充血、疲労からの肩凝り、頭痛、頸の痛み等の症状を覚えるようになった。

そのため、原告は、日常生活においては、毎日、自宅や学校、外出中でも数回にわたって右義眼の洗浄及び内部の洗浄を必ず行い、目薬も手放すことができず、睡眠前には、両眼にアイシングを行う必要があり、眼鏡又はコンタクトレンズを着用しなければ、日常生活にも支障を来す状態となった。

2  損害額

(一) 治療費

前記1認定の事実によれば、原告は、本件事故による負傷の治療費として、二六万二二三〇円の支出を要したことが明らかである。

(二) 入通院慰謝料

前記1の認定における原告の入通院期間その他本件に顕れた全事情を総合して考慮すると、原告の入通院による精神的損害を慰謝するには、一〇〇万円の支払をもってするのが相当である。

(三) 入院雑費

前記1認定の事実によれば、原告は、本件事故により一〇日間の入院加療を要したことが明らかであるから、入院雑費として一万三〇〇〇円を要したことが推認される。

(四) 交通費

原告は、本件事故によって原告が負った障害の治療のために要した交通費が一万円である旨主張するが、右事実を認定するに足りる証拠はない。

(五) 後遺障害慰謝料

そして、前記1の認定における原告の負傷の部位・態様、原告の後遺障害の部位・態様、本件事故の態様その他本件に顕れた全事情を総合して考慮すると、原告の後遺障害による精神的損害を慰謝するには、九〇〇万円の支払をもってするのが相当である。

(六) 逸失利益

原告は、現在、高野山大学に在学中であるから、卒業後の二二歳に達した日から六七歳に達するまでの間、少なくとも三二六万一九〇〇円の年収(平成八年賃金センサスの第一巻第一表産業計、企業規模計、男性労働者、学歴計、二〇歳ないし二四歳平均)を得ることができたこと、及び前記1認定の後遺障害によって原告は労働能力の五六パーセント相当分を喪失したことが推認されるので、その額を基礎として、新ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益を求めると、次のとおり三八〇八万九五九七円となる。

三二六万一九〇〇円×〇・五六×(二四・四一六-三・五六四)≒三八〇八万九五九七円

(七) 合計 四八三六万四八二七円

3  損益相殺

原告が、前記第二、三3の原告の主張(二)(1)ないし(8)の各金員合計二一〇四万円を受領したことは当事者間に争いがないから、右1の合計四八三六万四八二七円から右金員を差し引いた金員(二七三二万四八二七円)を、被告は賠償すべきである。

4  弁護士費用

被告の本件行為によって発生した本件事故と因果関係のある弁護士費用は、二七三万円である。

5  右3及び4記載の金員の合計額は、三〇〇五万四八二七円である。

第四結論

以上によれば、原告の請求は三〇〇五万四八二七円及びこれに対する不法行為の日である平成七年五月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条ただし書、六一条、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 坂本浩志 裁判官島田睦史は、転補のため、署名、押印することができない。裁判長裁判官 中村隆次)

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