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大阪地方裁判所 平成10年(ヨ)3836号 決定 1999年9月03日

債権者

吉本聰子

債権者代理人弁護士

住川和夫

斉藤真行

債務者

学校法人大阪医科大学

右代表者理事

田中忠彌

債務者代理人弁護士

俵正市

小川洋一

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由の要旨

第一申立

一 債権者が、債務者に対して、労働契約上の地位を有することを仮に定める。

二 債権者が、債務者に対して、平成一〇年六月以降、第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、四一万九一八五円を仮に支払え。

第二主張及び主要な争点

一 当事者の主張については、主張書面を引用する。

二 主要な争点

債権者に懲戒解雇に相当する業務命令違反等の事由があるか。

第三争点に対する判断

一 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

1 債務者は、医学教育及び研究を目的とする学校法人であり、付属病院を設営している。

債権者は、昭和四〇年ころ、債務者に雇用され付属病院の栄養給食課で栄養士として勤務してきた。

しかるに、債務者は、債権者に対し、平成一〇年五月三〇日ころ、懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。その際、債務者が、懲戒解雇の事由としたのは、別紙解雇通知書(本件解雇通知)記載のとおりであった。

債務者の就業規則には、本件解雇通知書に記載されている各条項について、次のとおり規定している(第八条の別表6及び7は、別紙「勤務時間表」記載のとおり)。

「第四条 職員は職制によって定められた上司の指示に従い、本学の秩序を保持し、上司は所属職員の人格を尊重し互に協力してその職責を遂行しなければならない。

第八条 職員の勤務時間及び休憩時間は、次のとおりとする。

(中略)

六 栄養給食課に勤務する技術職員

ア 事務室担当者(栄養士) 別表6

イ 一般食担当・特別食担当者(栄養士・調理師) 別表7

(後略)

第十条 職員は早退又は私用その他勤務中勤務場所を離れる際は所属上司に届け出てその許可を受けなければならない。

第四十七条 次の各号の一に該当する者は懲戒に処する。

(中略)

三 正当の事由なしに無断欠勤をした者

四 出勤常でない者

(中略)

八 正当の事由なくしばしば上司の指示に従わなかった者

(中略)

十三 この規定及びこの規則に基づいて制定せられたる諸規則もしくは命令に違反した者」

また、右就業規則には次の規定がある。

「第四十八条 懲戒は譴責・出勤停止・減給・解雇の四種とする。

第四十九条 (中略)

懲戒解雇はこの規則四十五条の解雇の予告を用いずして解雇する。

第五十条 懲戒は別に定むる懲戒委員会に諮って学長が行う。但し、減給・解雇の場合は学長の具状に依り理事長がこれを行う。」

なお、右就業規則八条の勤務時間の定めは、平成九年一〇月一四日にそれまでの就業規則を改訂して施行されたもので、改訂前の就業規則(以下「旧就業規則」という)では、栄養士を含む技術職員の勤務時間は、始業時刻午前八時三〇分、終業時刻午後四時四〇分、休憩時間は一時間以内において随時与える(旧七条)、職種によっては業務の都合で四週間を通じ一週間の労働時間が四〇時間を超えない範囲で右勤務時間と異なる取扱をすることがある(旧八条)とされていた。

2 債務者の付属病院では、入院患者らに対し給食を提供しているが、給食には、疾病の種類に関係なく供される一般食(常食、軟食、小児食)と糖尿病等特別の疾患で患者の症状に応じ食事内容に特別な配慮をした特別食(治療食)とがある。

債務者は、各分野(常食、軟食、小児食、治療食)毎に、指導監督者として栄養士を配置しており、栄養士は、調理指導、最終点検を行うが、それ以外にも食材の下処理、調理も行うこととされている。一般食にも栄養士を配置するようになったのは昭和五四年からである。

また、栄養士の勤務は、業務の都合に応じて早出や遅出等を必要とするため、債務者は、月毎に、勤務表を作成し前月の末ころ掲示するなどして、各栄養士の具体的な勤務日、勤務時間を周知させるようにしていた。

3 債権者も、債務者に雇用されて以来、右のような勤務表に従って勤務し、事務業務のみならず、特別食の調理や盛付等に従事してきていた。

平成元年一一月ころ、債権者は小児食の調理盛付等を担当していたが、勤務中、調理現場の調理師(但し、職制上は用務員)福山博子と諍いを起こし、同人に暴行を加え、傷害を負わせるという事件を起こした。なお、債権者は、右事件によって、罰金刑を受けている。

このような事件を契機として、翌平成二年一月から債権者は一般食担当から調乳担当へと配置換えになった。この間の債権者の勤務時間は、数回変遷があるが、平成八年五月以降は午前九時から午後四時四〇分までであった。

しかるに、債権者が調乳を担当していた間に、ミルクの中に、黒っぽい異物が混じっていたり、平成六年三月ころにはブラシの毛のようなものが入っていたり、平成八年一〇月ころには蠅の死骸が入っていたりする事態が起こった。このため、債務者は、債権者を調乳担当からはずすこととし、そのころ、一般食の常食を担当していた栄養士が退職し、他の栄養士が特別食担当と常食担当を兼務していたこともあって、平成九年四月から、債権者に常食担当を命じた。

なお、債権者が債務者に命じた常食担当の業務は、配膳室、集膳室の衛生安全確認等、食種別食数集計、一般食オーダ内容の最終点検、調理、下処理等というものであった。

これに対し、債権者は、平成元年の傷害事件に関する債務者の処分が公平でないこと、これまで種々の嫌がらせ等を受けてきており、今回の担当業務の変更もその一環であること、命じられた常食担当業務は、単なる作業業務であって栄養士が行うべき業務ではないことなどの不満を述べ、割り当てられた勤務表に基づく就業を拒否した。債権者は、調乳担当を解かれたことから、調乳業務に従事することはなかったが、自らの判断で、調乳担当当時の勤務日及び勤務時間に従って出勤し、専ら下処理の業務にのみ従事するという就労を続けた。

この間、債務者からは、指示されたとおりの出勤、就労を行うことを頻繁に要請するなどしたが、債権者が、これに従うことはなかった。

平成九年一二月二六日、債務者の付属病院事務部長常川治男及び債務者総務部長代理阪本詔士が債権者に面談して、指示されたとおりの就労を行うよう要請したが、債権者は債務者に対する不満を述べるのみであり、その後も自己の判断による就労を続けた。

このため、平成一〇年二月一三日、常川は、債権者に事務部長室へ出頭することを求めたが、債権者はこれを拒否した。

同月一八日、常川は、栄養給食課長川浪広子を通じて、債権者に事務部長室へ出頭することを命じ、川浪が、右命令を債権者に伝えたところ、債権者は、なおも出頭を拒否し、課長室に戻った川浪を追ってきて、課長室入口付近で、平成元年の傷害事件に関し、「誰も処分を受けていない。このままで済むと思うな」などと怒鳴り散らした。川浪は債権者に退出を命じたが、債権者はすぐにはこれに従わず、締め出そうとする川浪とドアを挟んで揉み合いになるなどした。このため、川浪は、一〇数分間業務を中断させられた。

結局、債権者が事務部長室へ出頭することはなかった。

翌一九日、常川及び川浪は、連名で、債権者の二月の勤務時間などを記載した同日付業務命令書を作成して債権者に郵送し(同日到達)、指示された勤務日、勤務時間を遵守するよう命じたが、債権者はこれに従わなかった。

さらに、同年三月二三日にも、常川及び川浪は、連名で、債権者の三月の勤務時間などを記載し、命令に従わない場合は就業規則に基づく厳重措置があることを警告するとともに、弁明すべきことがあれば文書で提出するよう指示した同日付業務命令書を作成して債権者に郵送し(同月二四日到達)、指示された勤務日、勤務時間を遵守するよう命じたが、債権者はこれにも従わなかった。なお、債権者からは、その言い分を記載した詳細な弁明書が債務者に提出された。

債務者は、同年五月六日、懲戒委員会を開催し、債権者から提出された弁明書をも考慮したうえで、債権者の処分が協議されたが、全員一致で本件懲戒解雇を決定した。

二 そこで、右の認定事実によって、債務者が本件懲戒解雇を行ったことが相当と認められるか否かについて判断する。

1 まず、債権者は、債務者が命じたのは調理、下処理等の作業であって栄養士の業務ではないとか、債務者では一時的な例外を除き常食担当に栄養士を配備することはなかったなどと述べて平成九年四月一日の担当業務の変更自体が必要性及び合理性を欠くものであったと主張する。

しかしながら、右認定のとおり、債務者が債権者に命じたのは単なる調理や下処理のみではなく、調理現場の衛生管理や給食の最終点検などの指導監督業務であり、これらに加えて、調理や下処理をも命じたからといって、栄養士として業務に反することにはならない。現に、債権者自身、以前から特別食や小児食担当時等には調理盛付等の業務にも従事してきている。また、一般食にも昭和五四年以降は栄養士が配備されてきたことは前記認定のとおりである。

労働者にいかなる業務を命じるかは当該雇用契約の趣旨に反しない範囲内で、使用者に裁量が認められるものと解されるところ、右認定のとおり、債権者が調乳業務を担当していた期間にミルクに異物が混入するなど調乳に関する問題が生じていたことや、常食に専属させる栄養士が不足していたことなどが認められるのであるから、債務者が債権者の業務を調乳から常食に変更したことに必要性や合理性がなかったとはいえない。

この点に関して、債権者は、川浪による職場における専横、部下いじめ等が繰返されてきており、債権者に対する右担当業務の変更もかかる嫌がらせの一環である旨主張し、陳述書(書証略)等にもこの主張に沿う記載をしているが、川浪その他の関係者の陳述書等本件の関係証拠をみても、川浪の専横などは窺われず、これらの証拠に照らすと債権者の右陳述書等の記載はにわかには信用し難い。他に、債権者が主張するような、川浪の専横、部下いじめ等がなされてきたと認めるに足る証拠はなく、債権者に対する右担当業務の変更が嫌がらせの一環であるとの右主張も採用できない。

また、債権者は、膝の関節炎に罹患しており、常食担当では身体的負担が大きいことを指摘したとも主張するが、債権者が作成した前記の弁明書においても、単に重たい配膳車を押して病棟に行くことや食器の入った籠を持ち上げることは身体的に無理である旨記載されているのみであって、担当業務の変更を命じられるにあたって、債権者が、罹患している病名や症状がいかなるもので、常食のいかなる業務が加重か等を具体的に説明したなどの経緯を認めるに足る証拠はないし、債権者が常食担当となった後、債権者の身体状況に照らして負担の大きい業務を命じられていたとの事情も認められない。

以上によれば、債権者の担当職務の変更が必要性も合理性もないものであったという債権者の主張は採用できない。

2 次に、債権者は、平成九年一〇月の就業規則改訂以前には、現行の就業規則八条六号イに相当する規則はなく、それ以前の就業規則の勤務時間の定めと異なる業務の指示は違法であったとも主張するが、右認定のとおり、改訂前の就業規則においても、職種や業務上の必要に応じて勤務時間を変更することは予定されていたのであり、従前の勤務日や勤務時間はこれに基づいて具体的に指示されていたものと認められるうえ、もともと、債権者が債務者の業務命令に従わなかったのは、それが就業規則に反するとの理由からではなかったし、改定前の就業規則を前提としたとしても、債権者の就労状況は就業規則どおりのものではなかったのであって、債権者の就労状況を決して正当化できるものでないというべきである。

3 右認定事実によれば、債務者が本件解雇通知に解雇事由として記載した事実はいずれもこれを認めることができ、債権者が長期間にわたって、債務者の業務命令に従おうとせず、自分勝手な就労を続けるなどしたことは明らかに職場の秩序を著しく乱すものであって、これらの債権者の行為は本件解雇通知に掲記された前記就業規則の各条項に該当するというべきである。

また、債権者は、懲戒委員会の根拠が不明であり、開催の事実が疑わしく、債権者に弁明の機会が保障されていないなどと主張するが、懲戒委員会の根拠は右認定のとおり、就業規則に明記されているし、出席者や協議経過が記載されているし、出席者や協議経過が記載された議事録(書証略)が存することからしても開催の事実は明らかであり、懲戒処分は事前に警告され、これに応じて債権者は弁明の書面を提出しており、弁明の機会も十分与えられていたと解され、その手続にも違法は認められない。

債権者は、債務者から、従前の勤務態度を改めて指示された勤務を行うよう重ねて、文書での業務命令を受け、懲戒処分を警告されていたにもかかわらず、敢えて、これを無視し続けたのであるから、その情状は極めて重いというほかない。

そうすると、債務者が、このような債権者の反省のない態度に、懲戒委員会の議を経た上で、改善の可能性なしと判断し本件懲戒解雇の処分に踏み切ったのはまことにやむを得ないものであって、本件懲戒解雇は相当であったと解される。

したがって、債権者と債務者間の雇用契約は平成一〇年五月三一日をもって終了したものと認められる。

三 以上によれば、債権者の本件申立は、理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 松尾嘉倫)

別紙(略)

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